始まり

夕食を摂ろうとしていた。

冷蔵庫から飲み物を取り出し、

グラスを手に、食卓に向かおうとしたその瞬間、母が言った。

「スマホの調子が悪くてね……」

そこまでは良かった。

けれど、そこから始まったのは、長い長い“スマホ不調物語”だった。

「相手から送られてきたメッセージが突然届かなくなったのよ。

 〇〇月〇〇日からずっと来てないの。


 相手は送ったって言ってるんだけど、こっちは何も来ないの。


 何がおかしいのかわからないのよね……」

母の言葉は止まらなかった。

まるで泉のように、次から次へと湧き出してくる。

一息の間もなく、話は枝分かれし、また戻り、また広がっていく。

私はグラスを持ったまま、

その言葉の流れに呑み込まれ、


「あ、じゃあ、スマホ見せてみて?」の一言さえ


発するタイミングを失っていた。

あと一歩で食卓に着く、その流れを止められてしまった上に

言葉を挟む余地のない言葉の嵐。

冷えた飲み物のしずくが指先を伝い、

体が宙ぶらりんのまま動けない。


次第に母に対して苛立ちの感情が沸々と湧き出てきた。

不思議なことに、

もしこれが“食事を始めた後の話”であれば、


私はたぶん穏やかに聞いていられたと思う。

問題は、自分のテンポを乱されたことだった。

冷蔵庫から飲み物を取って、食卓に着き、

「いただきます」と言う――


その一連の流れが、私にとって“安心の儀式”だったのだ。

食事の前に静かに整えたい時間。

それを遮られた瞬間、胸の奥で小さなざらつきが生まれた。

それは単なるイライラではなく、

心のリズムが少しだけ狂って


不安な場所に突如放り込まれたかのようだった。

そのざらつきを抱えながら、

ふと、母の横顔を見た。


真剣に話し続けるその表情を見つめながら、


私は思い出した。

――そういえば、私たちは同じ「牡牛座」だった。

私と母の太陽星座は「牡牛座」

牡牛座は、安心を何よりも大切にするサイン。

見て、触れて、確かめられるものの中で心を落ち着けたい。

そして母の水星は双子座。

双子座は情報とコミュニケーションのサイン。

母にとって「話すこと」は整理すること。

思考が速く、話しながら考え、


言葉を通して安心を得るタイプだ。


だから、話が止まらない。

母の言葉の流れは、まるで風のように軽やかで、

止まることなく世界をめぐっていく。

「話すこと」そのものが、母にとっての呼吸なのだ。

一方、私は同じ牡牛座でも、水星も牡牛座。

言葉を感覚でとらえるタイプだから、


“会話のリズム”や“体のテンポ”が何より大事。

そのテンポを崩されると、

心の中の音楽が一瞬で不協和音になる。

母は言葉の流れの中で安心を探し、

私は動作のリズムの中で安心を育てていた。

――同じ牡牛座でも、求めている「安心のかたち」が違う。

それが、私たち母娘のすれ違いの本質だった。

牡牛座同士が衝突するとき、

実はどちらも「自分の安心領域を守りたい」だけ。

母は話しながら安心を探していて、

私は静けさの中に安心を見つけたい。

どちらも間違っていない。

どちらも、星の自然な呼吸。

だから、次に同じようなことが起きたら、こう言おうと思う。

「お母さん、話してくれてありがとう。

 ごはん食べながら聞いてもいい?」

安心のペースを乱さないように、

お互いのリズムを尊重するひと言。

牡牛座の安心は、“否定されないこと”から始まる。

そして、ゆっくりとしたテンポの中にこそ、


優しさはちゃんと宿っているのだと思う。


結びに

同じ星座を持つ者どうしが衝突するのは、

似ているからこそ、


相手の中に“自分の影”を見てしまうから。

母の言葉の流れの速さと、

私の中の儀式的リズム。

それはきっと

星がくれた「安心のかたちを学ぶための対話」なのだと思う。


あなたの毎日に柔らかな明かりが灯りますように。

星読み師・銀河