きゅうりの馬に串を挿すとき、
台所の薄い灯りが、夏の終わりの風を一筋だけ連れてくる。
早くおいで、と祖母が笑った声が、氷水の揺れのように記憶の底で鳴る。
瑞々しい緑は若い蹄の色、水滴は星の汗。
ここに呼ばれるのは、機敏な水星——
言葉と旅路の守り手だ。
軽やかな蹄音は、玄関の敷居を越えるたび、
途切れた会話の続きを探し当て、置き忘れた名前を磨き直し、団扇の涼しさのように、息の温度をそっと揃えてくれる。
迎え火は小さな太陽、
その周りをくるりと回る彼の軌道に乗って、
ご先祖の影はすばやく帰り着く。
やがて、なすの牛に爪楊枝の角を立てる。
艶やかな紫は夕闇の深み、ゆっくり帰ってね、と
指先が祈る速度。
ここに宿るのは土星——
時間の番人、忍耐の鍛冶師。
硬い皮は境界の律、重みは秩序の心臓。
送り火の灰が冷めるころ、彼の重厚な歩みは、
名残惜しさを丁寧に畳み、思い出を崩さぬよう背中に載せて、ひとつひとつの足跡を確かめてゆく。
その歩幅は、家系の年輪に刻まれた拍子——
急がず、忘れず、ほどけずに。
お盆の卓は、二つの天体劇場だ。
水星の風がカーテンをはためかせ、
土星の鐘が遠くで時を打つ。
私たちはその狭間で、香の煙に指をくぐらせ、
言えなかった「ただいま」と「いってらっしゃい」を
交換する。
きゅうりの若駒が開く門、
なすの老牛が閉じる門。
来訪は語彙を増やし、帰還は意味を深める。
川音のようなミルキーウェイの下、
提灯の円は軌道になり、家という小宇宙は、
速さと遅さの調和で静かに回転を取り戻す。
今夜だけは、時間もまた供物だ。
急くことは美徳ではなく、
留めることも執着ではない。
水星が連れてきた瞬きの火花を、土星が長い夜に編み直す——
その織目のなかで、私たちは生まれ直した家族になる。