澄んだ自分で在りたい。
いつからか、私の中にずっとあった望みです。
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昔の私は、澄んだ状態というものを、
まじりけのない透きとおった水で満たされた湖
のように捉えていました。
湖面は凪ぎ、差し込む日差しによって水底まで照らされているような、
穏やかさや明るさ・光に満ちた風景。
そんなイメージを思い描いて、〈澄んだ自分〉でいようと努めるとき、
勇気や意欲、喜び、愛おしさ、感謝といった前向きな感情たちには居場所が与えられる一方で、
迷いやためらい、疑い、恨みや憎しみ、悲しみといった、自分を立ち止まらせる感情や後ろ向きな感情は、存在してはいけないものになっていきます。
自然と、心から閉め出してしまいたい種類の感情たちは、
表に出て来ないように、底へ底へ閉じ込めておくようになりました。
そうして隠した感情は、心の底にだんだんと溜まっていき、膨らんで、
時折、望まない形で荒々しく噴き出して来そうになります。
そうなってしまわないように、
気持ちをひたすら紙に書き連ねたり、泣き続けたり、
あるいは、ただただ、ぼーっとしてみたり。
ひとりの時間で何とか感情を宥めすかし、発散して、
誰かと一緒のときには、また〈澄んだ自分〉でいられるように努める。
自分でも「あまり健全ではないな」「こんなのは偽物だ」と感じながらも、
〈澄んだ自分〉でいることによって人の役に立てること・笑顔が見られることは
自分の喜びでもあったので、やめる勇気が持てず、
そもそも、他にどうしたらいいのかも分からずに、
そんなことを繰り返していました。
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時は飛んで、現在は、と言えば、
あの頃よりは、上手く自分の心と付き合えるようになれています。
星読みや心についての学びや実践を通して、自分の内側を見つめることを積み重ねる中で、
少しずつ、澄んだ状態のイメージが変わっていったおかげだと思っています。
思い描くのは、凪いだ湖というよりは、流れてゆく川。
そして、その川を見つめる眼。
川の水は、砂や土、葉や木の枝などを含んでいて、
底に、ゴミが多少沈んでいたりもする。
水そのものは、けして完全に澄みきっているわけではない。
けれど、
川面の水のきらめきばかりに目をとられずに、
不純物からも目を逸らすことなく、
真っ直ぐに、ただあるものとして見つめている眼が、透きとおっている。
水そのものが澄んでいるかどうかよりも、
その水を見つめる眼が澄んでいるかどうか。
澄んだ自分でいるために、本当に大切だったのは、
そちらだったのかもしれない。
今は、そんなふうに感じています。
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ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
初めまして、橙明(とうめい)です。
木星が獅子座へ移動したことに背中を押されて、
ずっと気になっていたアウルブックへの初投稿をしてみることにしました。
星読みや心について探求をしながら日々を暮らす中で見えてきたことを、
自分なりに少しずつ言葉にしていけたら、と思っています。
読んでくださった方の心が、ほんの少しでも静かに和らぐきっかけになれますように。