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1
気になる他人の言動は、自分を映す鏡だった。

「過去の私がぶり返してる」シリーズ。

いわゆる「冷笑系」の人の発言が気になっていて。

大事になる前に心を見てみよう、という話です。


「冷笑系」とは。

私は昔から工作とか、ものづくりが好きで。

好きが高じてシステムエンジニアになったし。

会社の忘年会の出し物の都合で、武器の造形やったり、衣装を手作りしたり。

仕事とは関係ないところでも「つくる」をよくやってた。


そんな私が同じ技術者として尊敬する人の中に「植松努さん」がいる。

「TEDのスピーチ(思うは招く)」は有名なので、見たことある人もいると思う。


植松さんの動画では「どーせむり」「なにそれ自慢?」「意味なくね?」みたいな言葉が出てくるけど。



自分は動かず高みの見物をしたり、斜に構えてたり……。

そんな雰囲気のことを「冷笑系」と言うのかもしれないと、私は考えてる。


冷笑的な言葉を見聞きして、悲しい思いをしてた時期のことは、植松さんの動画を見て泣くことでほぼスッキリ。

残りは「本当は相手に言いたかったこと」をノートにぶつけて終了。


今度は視点を変えて、自分が言う側になってなかったかを探ってみた。


冷めてたときの私。

最初のきっかけは「親」。

私の記憶の中で思い当たった出来事をサラッと取り上げてみる。


なにかあって母が部屋中に響き渡る大声で怒鳴っているとき。

あー、またやってるよ……。早く終わんないかな😒

そんな風に思ってた。


「どうにかしなきゃ」みたいなのもなくなって、投げやりな状態。

もう、どうにでもなれって感じ。


母の振る舞いを見て「感情を出すのはよくない」と学習しただろうし。

自分の気持ちや感情を抑えるための手段として「冷笑」を装っていたのかもしれなくて。


冷笑的な行動によって「自分を守っていたのかもしれない」と気づいたとき。

行動の奥にある大切なものに触れた気がした。


禁止と許可。

「自分がやられて不愉快になった行動 = やったらダメなこと」

そんな風に考えちゃってるから、気になったり、許せなかったりしてる。


思うことも感じることも別に悪いわけじゃない。


というわけで。

まだまだ感情を抑えてるかもしれないなと思ったから。

ひとりのときはもっと素直に盛大に感情を出そうって決めたし。


冷笑系も同じ。

冷笑的なことが頭に浮かんだのなら、私が全力で受け止めようって決めた。


変わった世界。

不思議なもので。

思ってもいいし、感じてもいいぞー!ってすると、人がやってても気にならなくなるんだよね。


やる側に起きてることをちょっとでも知ってたら、やさしいまなざしを向けられるし。

シンプルに、その場で起きてる現象をまるで風景のように眺めていられる。


これからも続く。 

長年、自分の心と向き合ってきたおかげで、外側の現象に反応する機会はかなり減ってきてる。 

だけど、「もう、大丈夫だー!」って油断してると急に来るから。


もし、また反応を見つけたら、同じように心を見つめて。

思い込みに気づいたり、自分のためにどうするか考えていくんだと思う。 


どこかに残しておかないとすぐ忘れてしまうタチなので。

備忘録のかわりとして記事を投稿してます。 


今後もなにかあればシェアするのは変わらないと思うので、 よろしくお願いします!

2
自分の思いに素直になる

「どうなるか」はコントロールできない。

「どう在るか」は、私次第。

これまではどこかで

「傷つかないように」

「失敗しないように」と、

過去のデータや思考でブレーキをかけて、

自分を守る安全運転をしてきたのかも。

でも、外側の結果や相手の反応は

自分にはコントロールできないもの。

だからこそ、

結果(陽)だけを求めるのではなく、

ワクワクやトキメキ、

自分の「本音」に従って動くプロセス(陰)そのものを

大切に味わっていきたい。

恐怖を超えて自分の心の声を聴き、

素直に動いてあげること。

人生の手綱を、自分の手に握り直す。

どんな選択も、私らしく軽やかに楽しんで進んでいきます✨

3
昨日の自分より少しだけ自由な自分へ

やっと、この場所に立てた。

ありのままの自分を受け入れられなかった日々。

あの頃の私には

この場所の住人たちが

みんなキラキラして見えました。

私には、眩しすぎたんです。

でも最近、やっと分かってきたことがあります。


『ありのままの自分が、一番素敵なんだ。』


そう思えて一歩踏み出したとき

不思議と

周りの世界まで違って見えました。

世界が少し優しくなったような気がしたんです。


あぁ…

この感覚なんだね。


まだ生まれたばかりの、小さな感覚。

だから、

焦らず

ゆっくり

育てていきたい。


泥臭い自分から、軽やかな自分へ。


軽やかな自分から、創造する自分へ。


そして、

誰かと比べるのではなく


昨日の自分より少しだけ自由な自分へ。


4
冥王星が扉を開き、天王星が道を示す―『変わる』と決めた私に伴走してくれた星たちの物語

私は、別のブログにセルフコーチングの記録をのこしています。

天王星が双子座入りする前に、今の自分について振り返ってみようと思い、今日はAIと一緒に半年分のブログを全部読み返しました。


ここ最近では、ブログを書く度に「現実が変わってる実感がない」と思っていましたが、いざ振り返ってみたら—

方向性を決めて、たくさん勉強して、資格を取って、サービスを設計して、副業許可をもらいにいくというチャレンジだらけの半年間でした。

自分でやれることは、着々と形になっていたのです。


このブログでも書きましたが、セルフコーチングの始まりは、謎の衝動でした。

昨年の夏、「今の自分ではいけない」と吐露しながら号泣した日がありました。


普段は自分の奥深くに眠る気持ちを口に出すことはないのに、言葉が涙と一緒にぼろぼろ止まらなかったのです。


「このままじゃいけない、変わらなきゃ」—


その衝動に突き動かされてブログを始めたのが、2025年10月。

このブログに書いていますが、その時期は冥王星アウトオブバウンズの最中でした。


リミッターが解除された冥王星は「破壊と再生」の力を規格外に発揮します。

「あなたが本当に望んでいなかったことはやめていいんだよ。そしてあなたは望んでいいんだよ」—

そんなエネルギーが満ちていた時期だったんですね。


当時の私が駆られた衝動の理由がわからなかったのは当然です。

約70年ぶりの力に突き動かされていたのだから。


ブログとセルフコーチングを始めた当初は、目指すものが曖昧でした。

「できるけど好きじゃない」と「好きだけど才能がない」の間で迷っていたのです。


Webデザイン(できるけど好きではないしセンスもない)、歌手やナレーター(好きだけど仕事にするほどの才能がないとわかってる)——

とりあえず始めてみようと立てた目標でしたが、どちらを選んでも何かが欠ける場所で立ち往生していました。


そこに飛び込んできたのが、西洋占星術だったのです。


ネイタルチャートを読んで、また泣きました。


長年「欠点」だと思っていたものが、持って生まれた配置だと知れたのです。

何度でも書きます。



言葉にするのが遅いのは、内省してじっくり考えられる逆行の個性

他人軸で生きてきたのは、強すぎる共感力の裏返し



自分を責め続けてきた「ダメな私」は、実はずっと才能を持っていたと気づけた瞬間でした。

そこからは、怒涛の急展開が待っていました。



今振り返ってみると、半年間で大きな転換が3回ありました。

ひとつ目は、ドリームキラーが身近にいると気づいた日(2025年10月)。

セルフコーチングを始めてたった3週間で、「悪意はないのに自分の夢を妨げる要因が環境側にある」と気づけたのです。

そこに気づかなければ、ずっと「やっぱり私には無理か」「受け入れてもらえないことなんて挑戦するものじゃないのか」「でもなんとなくしんどいなぁ」で終わっていた可能性がある―

今の私がセルフコーチングを続けられている、全ての起点になった気づきでした。


ふたつ目は、社長に「社外にやりたいことができた」と打ち明けた日(2026年3月)。

「嫌われないようにしなきゃ」「評価を落とさないようにしなきゃ」と生きてきた私にとって、ネガティブに転じるかもしれないことを働きかけるのは、とてもとても怖かったです。

でも、結果的にはその出来事が、頭の中だけで考えていたことを初めて「現実に落とすこと」へと着地した瞬間でした。

あの日を境に、私は「悩む人」から「戦略的に動く人」に変わることができました。


みっつ目は、リーディングセッションの練習を7回こなした日(2026年3月)。

苦手な対人コミュニケーションをひとつひとつ乗り越えていき、次第にセッション練習が「怖いけど楽しい」に変わりました。

そして、「学んでいる人」が「渡せる人」になる瞬間は、インプットした”知識量への自信”からではなく、実際に誰かと向き合った”経験”から来るのだと知りました。



天王星が双子座へ本格的に入るのは、明日―2026年4月26日。

これは84年ぶりのことであり、2033年頃まで続く約7年間が始まります。


天王星の象徴キーワードは「変化・革命・独立・自由の獲得」—


太陽と月が双子座の私は、特に強く影響を受ける人の一人です。

自分自身に対して、革命が起こるであろう7年間です。


今思うと、この半年間は、冥王星OOBが「変わっていいんだよ」と扉を開いてくれ、天王星双子座入りの波に乗るための準備期間であったのかもしれません。


私のネイタルチャートには、「言語化×内省力」が持って生まれた資質として強く出ています。

昔から人と話すことが苦手で、書けるのに話せないというジレンマを感じていました。

長年他人軸で生きてきて、「何かが起きると私のせいだ」と落ち込み続けてきました。

そんな「深く自分を見すぎてしまう性質」が、内省力という才能だったと気づくまでに、ずいぶんと長い時間がかかりました。


だからこそ、これからは私の思いを届けたい人がいます。


変わりたいけど何をしたらいいかわからない、自己分析や占いをたくさん受けてきたけど活かし方がわからない—そんな人です。


資格があるから、知識があるから、だけではなく

自分がその道を歩いてきたという根拠がある。


私はこれから、星読み×コーチング×ジャーナリングで伴走する活動を始めます。

アンドユーさんがおっしゃっていた、「占いで終わらない星読み」の意味がようやく理解できた気がします。


肩書はまだありません。

でも、それでいいと思っています。

射手座10ハウスに天王星を持つ私は、既存の言葉を借りるのではなく、自分で名前をつけていけると信じているので。

天王星が双子座を抜ける2033年頃に、ちゃんと社会に示せる形が取れるように——そう思いながら、今日も一歩を踏み出します。


半年前の私へ。


あなたが感じた「謎の衝動」のおかげで、あの頃想像すらできなかったことが起きています。

星が、ちゃんと背中を押してくれていました。

ありがとう。

5
小骨

とあるスピリチュアルリーダーの方に言われた言葉がずっと喉につかえた小骨のように忘れられません。

その言葉は、「普通の企業で働いても上手くいかない人がスピリチュアルの仕事をしようとしても上手くいかない」といった趣旨の言葉でした。

 

正確な表現は思い出せませんし、私の被害妄想かもしれませんが、その言葉を聞いた私は、「あなたは一般企業で上手くいっていないから、スピリチュアルで稼ごうなんて思わない方が良い」という風に聞こえてしまいました。

 

馬鹿にされているのかな‥

それともいつもの私の被害妄想‥?

 

この方には、占いとかスピリチュアルを仕事にしたいって言いづらいなぁ、

そう思っていたところ、案の定このような発言。

 

結局、この方とは喧嘩別れしてしまいました。

 

何年も前から知っていた方なので、寂しい気持ちはありますが、

この別れを通して成長できて、この出会いと別れにも意味があったと感じています。

 

最後は、不満な気持ちをぶつけるような形でしたが、後悔はありません。

こんな風に人は成長していくんだろうなぁ‥なんて。

 

そしてこの方は、私との事をYouTubeとかのネタにでもしそうと思いますが、確認はしてません(笑)

 

忘れられないこの出来事を、最初の記事にしてみました。

もし少しでも共感してもらえたり、何かの参考になれば、とても嬉しいです。

6
宇宙に触れていく為に、整えて整えて整えるが今とても重要。

 私は若い時に、この7月中頃からお盆が終わる頃の間が、とにかく身体にとりもちがついてるのではないか?と思う程辛くて苦手な時でした。


 個人的に暑いのが苦手だからと思っていたのですが、古代文字の先生に出会って、それだけとも言い切れず、この時期特有の重さからだったと知ったのです。


 最近では様々な方が、スピリチュアルな発信をされていて、知識やメソッドとして様々入ってくることで、

 

 私達は何か知った気になりやすいのですが、やはり知識ではないところから整える事大事だなと感じたので、体験談として書きます。


 エネルギーリセット


 新月のタイミングでしました。自分ではどうしようもできない事があるものですが、これはエネルギー的側面からの変容は抜群です。


 何かがあったからというよりも、何かそろそろだよなあという感じで、やっておこっかと思い、申し込んだのですが、


 当初無自覚でしたが、気がつくと、どうも長年の友人への不満が止まらない(笑)気づいた時点で、世の中にあるメソッドをやったのですが、一時はいいのですが、また不満たらたら状態に…ところが


 エネルギーリセット後はどうでしょう!


 全くどこ吹く風になってしまった。


 ちょうどその後に、たまたま会う約束をしていたのですが、彼女に必要な情報からサポートから自分でも信じられない態度に驚きました。


 私達は、親しく近い人間関係程感情がむき出しになりますね。


 これだけではなく、自分の感覚がより一層鋭くなる感覚がはっきりと認識もしたのです。自分を取り戻すというのは、こういう感覚でしょうか。


 実はこういう体験談は、身近にありましたので、聞いていた体験は、これなのかと実感していますし、


 また自分ひとりでは、どうにもできない場合もあるものです。


 お水からの変容


 人間の身体は70%が水分だとも言われていますし、最近では、水が情報の媒体である事は、かなり知られています。


 フラワーエッセンスもそれですし、私が7月に入ってから始めたことも、水の情報を肉体に取り入れる事に関連しています。

 


 その水繋がりですが、出口王仁三郎さんの耀わんの会というものに参加しました。これも先月参加したイベントで隣合わせになった方とのご縁からです!


 私は、この耀わんとは知りませんでしたが、知っている方もいるかもしれないですね。


 気になる方は、詳細や体験談は調べてみてください。特に有名なのが山口さんという方で、あちこちで開催してるようですから、興味がある方は参加してみてください。


 まだ数日後ではありますが、当日は夜眠れなくなりましたが(笑)、今は、とにかく落ち着きとともに軸がしっかりし、どっしりした感覚と、何よりも、これまたさらに直観が降りてくる!


 やはり宇宙に繋がりやすくなるのだと思いますし、出口王仁三郎さんはその時代において、現在では多くの発信で見かけるひとりひとりが宇宙に繋がる目的を持ってお椀を作ったと言われてるそうです。


 ✴︎さいごに✴︎


 スピリチュアルなムーブメントでは様々言われていますが、エネルギー的には、マイナス過多でもありますので、私達は普通に生きているだけで影響を受けます。


 その世の中の情報から、そうなろうとするあまり自分の状態に疎かになってしまうケースの方、多いのではないでしょうか。


 これは、頭は先行するけれど、身体は追いつかないという状況だと思います。


 この状態で何か活動するよりも、まず整える事で実際に活動する時はエネルギー満タンで動いていけるでしょう。


 そもそも整えば、今自分が何をする時なのか?今自分が必要な行動も直観的にわかるようになるはずです。


 それが自分に繋がる、宇宙に繋がるという事ではないでしょうか。


 素敵な時をお過ごしください🌈

7
表現するということ

 あら?アウルブックが何だかさみしくなってきましたね(笑)


 殺風景になると、それに合わせてやめてしまうとはよくある事ですが、ただ表現したい!と思った時は表現した方がいいですね。


 私自身は、アウルブック投稿は長いですが、今までの人生で、本当は○○したい!って思っていたのに、周囲に歩調を合わせて止めるということよくやっていました。


 やったから何かが変わるわけでもないし、批判もされないかもしれない。けど、自分がやらない事で、実践して失敗してという方達に対して、優位に立った感じすらしていました。


 これは自分をいちばん傷つけていますし、私同様に、もうこれを止めたいという方もいるのではないでしょうか。


 表現(行動)すること


 昨日、『波動の法則』の足立育郎さんの妹さんの著書を一気読みしました。

(参考に載せておきます)


 30年以上前の講演を纏めたものだそうですが、内容はまさに、世の中でさかんに言われてることで、今でも全く色褪せていない内容でした。


 その中で印象的だったのが、表現(行動)の大切さですが、表現を行動と表しているのも秀逸だなと感じます。


 話しのベースは、宇宙(自分自身)に繋がる事であり、それは直観力を育む事で、私自身も日常の中で段々増えているのですが、


 なんだかわからないけど○○した方がいい。


に従って行動すると、え???という事ばかりあるのです。


 そうすると直観を信頼し、また実践しての継続がいつのまにか魂と自分とのコネクトが太くもなるし、自分自身の行動回路が変わっている事を感じ始めます。


 自分を信頼しましょうって聞きますが、何をどう?って思いませんか?私はこれを実践することがその状態になると感じています。


 ただ、この直観は勇気が必要な場面もあります。


 魂で生きる

という表現がありますが、すっごく端的にいうと直観に従って行動するということです。


 魂の声って直観です。


 最初はわからないし、失敗もしますが、この失敗を増やすのも大事なのです。


 先日参加した耀わんの会の主宰の方も


 『宇宙が大きな仕事をする時に、どういう方に依頼するのかと言えば失敗が多い方だそうです。』

と仰っていました。

 (めっちゃわかる!)


 失敗が多いとは体験が多いこと。結果は地上の原理ではないかとも私も思います。


 そんな方に宇宙は味方するのでしょう。


 ✴︎さいごに✴︎


 占星術的には太陽が獅子座に入りましたし、ライオンズゲートが開く前のタイミング、そして獅子座と言えば表現ですね。


 去年の今頃は、アウルブック立ち上がり直後ともあって自己表現の話題に溢れていたと記憶しています。


 私自身の話ですと、最初は、自分が好きな占星術に関して、ためた知識を書くのが楽しかった、そうしてランキングやマーカーが嬉しかった!


 でもそのうちマーカーやランキングが気になる度合いが下がってきました。


 集客に関しては、現在アウルブックでは活用はしにくいでしょうが、それは私達が今見える範囲でのことに過ぎないですから、必要に応じて投稿されてみるのはいいと思います。


 これは知人による情報ですが、7月はやり残しせず、今やる必要な事はやり切る事で、今年の後半と来年が変わってくるそうです。


 素敵な時をお過ごしください🌈

8
あなたの言葉を待っている人がいる。※加筆・修正済み

今のアンドユーさんは「セレニティグロース」がブームなのかな?

あのやさしい感覚を大勢の人が持ち、広めていったらどうなるか。

想像するだけでもほっこりする。

アンドユーさんが提唱する「あたたかい世界」を大切にしたいと思うかどうかは人それぞれだけど。

少なくとも私は大切にしたいと思える世界観でした。


※もし、文章を読んで流れ弾に当たった人がいたんだとしたら、ごめんなさい。

言葉が足りてなかった部分、センセーショナルに見えそうな部分を加筆・修正しました。


「◯◯を読んでください」はさびしい。

ある動画をYouTubeで見ていたときのこと。

「この◯◯は説明しません。✕✕って本に書いてあるから、読んでください」

という発言が出てくるものだったとき。


その動画が初見だった私からすると。

なんで一番大事なところを省いちゃうんですか!?

と思わずにいられなかった。


星読みなどとはまったく無関係な動画ではあったけれども。

もし、あの動画に「セレニティグロース」的なやさしさが搭載されていたら……。

きっと「◯◯読んでくださいね」にはならなかったはず。


アウルブックでは星を読む人が多いから。

わかりやすいと思って「占星術」を例にするんだけれども。


星読みは特に「先人」が多くいる分野だと個人的に思っていて。


アラン・レオ。リズ・グリーン。

ユングも入るのかな?

鏡リュウジさんや松村繁さん、伊泉龍一さん。

その道に詳しい人なんて探せばいくらでもいる。


だからといって、「私よりも先にその人たちが言ってるんで、私から伝えられることはありません」みたいに考えてしまうのって。

なんだかさびしい。


過去の自分に向けて。その1。

目の前の1人でいいんだよ。

何百、何千、何万という人に伝えよう!みたいにがんばらなくても。

目の前のたった1人伝われば、それで充分。


世の中の大半のことは「過去に記されたなにか」で説明できるのかもしれない。

自分がやってもムダなんじゃないかって思うかもしれないけど。

自分ごととして置き換えたとき。


「聖書」読んでください。

「ダンマパダ」に書いてあります。

「論語」読めばわかりますよ。


そんな風に終わるのってやっぱり、さびしいじゃない。


自分が知ってること、体験したことをどう伝えるか。

「どう伝えるか」の部分に「その人らしさ」は詰まってるはずで。

諦めないでほしいと思う。


過去の自分に向けて。その2。

自分の心が世界をつくってる。


やさしい言葉が飛び交い、誰もが助け合う精神を持ってる。

喜びや幸せに包まれた人がたくさんいる。

そんな世界にいるのが当たり前になれば、自然と同じ行動を取りたくもなっていく。


やさしい世界をつくりたければ、自分にかける言葉をやさしくするところから。

醜くて汚らわしい、見たくない自分も含めて受け止めた先に「心からの優しさ」は自然と発揮されるんじゃないかって私は考えてる。


義務感(やるべき)や使命感(やらなきゃ)でやるんじゃなくて。

ほんとに自然と心からそうしたいと思ったからやる、みたいな感じ。


目の前に大きな荷物をかかえたおばあさんがいたとして。

荷物の上げ下げに苦労してるのを見て、自然と手伝ってあげたくなる感覚に近いかもしれない。


そういう感じの、ふわっとしたやさしい雰囲気の「したい」の連続で、今の私は生きてる(生かされてる)と思う。


この辺の言語化がふわっとしてるのは、体感し始めたばっかりで、伝え慣れてないせいもある。


それで伝えることをあきらめて、自分の感覚を他人の成果物の引用で済ませるとかしちゃったら。

自分の中に生じてる大切なものをなかったことにしてるみたいで……。

「やらなくていいや」ってなりそうだけど、そこはがんばろう、私。


ふわっとした「したい」をベースに、今日もできることをやっていこう。

9
自ら星々とコンタクトしたい!挑戦したい方へ

 先日わかったのが、占星術と星々とコンタクトするというのは、別のことらしいということ。


 松村潔さんの可変サイデリアルを読んだ時も感じましたが、占星術も進むと本人の体感のみになるんだと改めて実感しています。


 ヘリオ講座受講の方は、そもそも星々とコンタクトしたいという思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 これは、私が深い瞑想状態の際に質問して得た答えですが、自分の中で何か反応があった方は、参考になさってください。


 Q、星々とコンタクトするにはどうしたらいい?


 ✴︎他の星々とコンタクトするのは、自分自身が地球と一体化している事が前提。(これはまず地球とコネクトする事だと思います)

 ✴︎我を鎮めて限りなく透明にすること。

 ✴︎身体の力を限りなく抜いてリラックスした状態をつくること。

 ✴︎心、ハートを開くこと。

 ✴︎上記の状態で受け取ったものを疑わない。




 端的に箇条書きに記すと上記のようです。簡単そうですが、私達現代人には習慣づけるには、意外にも訓練が必要だと感じさせます。


 以下は私自身の体験を書くようにという事でしたので興味がある方は参考になさってください。


 状態をつくるのに、テクノロジーをはじめとした様々ツールを活用すること

 

 瞑想とは変性意識状態に入る事を指していると私は認識していますが、まず誰でもこの状態になるのが寝入りと眠りから目覚める間。


 だからこそ私はこの状態を大事にしていました。この状態をつくるのが非常に大事なのです。


 ご自身が好きなツールはなんでしょうか。


 音楽、アート、運動、料理、呼吸なども可能です。無心になれる事も重要な要素です。


 音という周波数を使用するのはかなりパワフルだと感じていますが、思考をクリアにするような、クリスタルボウルやシンギングボウル、そしてバイノラルビートやヘミシンクなどもあります。


 自分が瞑想してその状態につくっていくというのもひとつの方法ですが、現在はショートカットできるツールや情報が沢山ありますので、簡単さを受け入れるなら、是非活用してみてください。


 ✴︎さいごに✴︎


 簡単さを受け入れるのを表層意識では望んでるはずなのに、なぜ多くの方が行動にならないのか?って私は思っていました。


 先日こちらで投稿した私自身のエネルギーリセットワークも同様です。個人的には、こんなにも不要なプロセスをカットできてしまうのか!と感激していますし、それが出来るのが今という時代なのだと思います。


 なぜそれが目の前に出ているのに行動にならないのかとは、その簡単さの前に出てくる反発、葛藤や恐怖などの様々な反応そのものを採用しているからです。


 私は最近、自分が切り捨てた中に重要なものがあったという発見ばかりしていますが、これが随分前に受け取った『逆だよ』のメッセージだなと実感しています。


 現実での体感や体験が、受け取ったメッセージを信頼をしていくことに繋がります。


 こうやって少しずつ宇宙とコネクトしていくのではないでしょうか。これからはひとりひとりが宇宙にアクセスしていく時代ですから、星々とのアクセスだって可能です。


 興味がある方は取り組んでみてください🌈

10
残っていた課題に向き合う満月

7月29日はみずがめ座満月ですね。

今回もタロットカードを展開してみました。


今回の満月は、

「残っていた課題に向き合うこと」

がテーマになりそうです。

春からここまで、 新しい環境や生活の変化の中で 一生懸命走り続けてきた方も多いかもしれません。

夏休みが始まり、 少し立ち止まれる時間ができることで、

「そういえば、あれはまだ終わっていなかったな」

そんな物事に気づくこともありそうです。


やり残していたこと。

後回しになっていた課題。

積み重なっていた疲れ。

心の中に残っていた引っかかり。

そんな一つひとつを、 焦らず整理していくタイミングになりそうです。


今は大きく動こうとしなくても大丈夫。

夜明けを待つように、

静かにできることを続けながら、 次のスタートに向けて準備を進めていきましょう。


また今回の満月では、

自分のためだけでなく、

家族や仲間、 社会のためにできることへ 目を向けてみるのもおすすめです。

誰かの役に立とうとする経験が、 結果としてあなた自身を成長させてくれるかもしれません。


慌てず、比べず、

今できることを積み重ねていく。

そんな満月の時間になりそうです。


今回展開されたカードは

・塔(逆位置)

・吊るされた男

でした。


読んでいただきありがとうございます。

おだやかな満月をお過ごしください☕

自己犠牲。②

前回の記事に対する追記(補足記事)です。

┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ⚪︎


前回も今回も

よほど『自己犠牲』というテーマに関心のある方や、絶賛自己犠牲中だ…

という方にしか、

なかなか興味が持てない内容かとは思います…。^^;


だからこそどうぞ、本当に興味なかったら、

遠慮なくスルーしてくださね……。

(いつもいつも長いのに読んでくださる皆さん、

マーカーや記事での反応なども、

本当にありがとうございます。🙇✨✨)



今すぐ誰かの役に立たなくても、


いつかのだれかに役に1ミリでも立てばいい。

そんなテンションで書いています…。🤲


ではどうぞ、

今回もよろしくお願いいたします…。m(_ _)m


✨✨


┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ⚪︎



前回記事を書いてみて、

引っかかっていた部分がありました…。


後半の方です。


↓↓



このように少しだけ断定的に書いてしまったところです…。


((少なくとも私は)の部分に、

ちょっとだけ遠慮は出ているが……。笑 )





そしてそれは一つの真実ではないかなぁ…と想うのですが、 (…それは自分の経験からです。)


だけど、

少々色んな可能性があるかもしれないとも同時に思ったので、


★ 今日はその色んな可能性について。


ふわっとさせずに

できるだけちゃんと明記していってみるのが目標になります……。🤲




. ݁₊ ⊹ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -. ݁𖥔 ݁




『自分のことを大切にすると決める。』

また、その為に

『境界線をしっかりと引く』

を、現実で実践していった時、


私の中で、

だいたい③つの可能性、パターンが

浮かびました…。


😌✨✨





* * *





① 私が経験してきたヤツ。


自分の変化の度合いと共に、

周りも徐々に徐々に、

変わってゆくパターン。


『自分を大切にする』と決め、

意思をもって境界線を引き始め、

最初はまわりに少し驚かれたり、

怪訝な顔をされることもあるけれど、

徐々に徐々に受け入れられ、

いつしか尊重されるようになるパターン。


また、当人も、この流れの中で、

『境界線の引き方』が

徐々に徐々に成長&成熟してゆける…◎

とも、想っています。

★…というか、(それはたぶん、)大切にした方がいい。

『ワガママ』と『自分を大切にする』は、

似て非なるものだからです。

(相手だって、

自分と同じように『一つの尊重されるべき命』、

『一つの尊重されるべき人生』を持っている人だからです……。🤲)








②なんの奇跡ですか…?


というくらいに、

『自分の内的な決意』と共に、

外側(現実)も一気に変わってゆくパターン。💫✨✨



(わたしは①がとっても多いので、

②はあまり経験したことがないのですが…

ただ、よく聞くのと、身近でも見たことがあるので、記しておきます…。📝)



本気で、

『自分を大切にする──、

そして本当にこわいけれども、その為の行動を勇気を持ってとる、相手に伝える。』

そう、ハラを決めた瞬間に、


問題そのものがすっかり消えてしまったり……。


頼んでもいないのに、

急に周りが協力的になるなどの、

奇跡が起こってきたり……。✨✨


つまりは、

現実が一気に切り替わる。








③疎遠になってゆくパターン。


上の写真(前回記事)で、

人には

『敬意・尊厳を持って人と接する能力◎』が必ずある…

かのように、多少断定的な書き方をしてしまいましたが…、


これをまだ持つことができない程に相手が未熟である場合は、


(※  時間さえあれば、 

①のパターンでなだらかに変化してゆける、

一緒に共に成長してゆけるとは思うのですが、)

(自分を整える為の、

 一時別居なども含めて…◎)



ただ、

自分と、

その対象となる相手、(パートナーでも家族でもなんでも…。)


その両者間の、

▶︎  内的な成長の速度に著しく差がある場合、


(※ あるいは、向かいたい方向性に、

エネルギー的落差があり過ぎる場合なども、そうかもしれない…。)


そのような場合、

自然と、

『お別れ』や『独立』を選択してゆくことになるパターン……。



* * *



◉ なんとなく、

この3つが頭の中に上がってきたのです…。


😌🤲✨✨



┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈⚪︎



実は今回のこの記事は、

ほぼこの③を書きたいがために書いたという感じです…。😌📝✨



どんな人の中にも、

『敬意・尊厳を持って人と接する能力◎』がある。

と、前回記事のように断定的に書いてしまうと、


『相手に現在その能力がないのは100%自分のせいだ…。』

とも取られかねないと想い、


で、

(必ずしも)

(すべての場合において)

そういうことを言いたかった訳ではないので、


この③という自然な一つの選択を、


一応明記しておきたかったのです…。


🤲✨✨







(そしてかくいう私も、

本当はそろそろ家から出たいのかも、

しれません……。😊


家族は本当に大好きですが…。☘️✨✨)






読んでくださり、

ありがとうございます。✨


(また追記に追記とかしてたら、

 その時はすいません…。🙇)



┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ⚪︎




〜  前回の記事を書いてから…。✨ 〜


一気に色んな気づきが押し寄せてきていて、

あたまとこころがグラグラしております…。😅


でもやっぱりこちらで書かせていただいて、

良かったのだと思います。


本当にありがとうございます。


😊🙏✨✨



そして、 先日の水瓶座満月、

やはり冥王星が関わっていたのですね…。

(なんかわかる〜!

そしてそれならばこのグラグラ感は致し方ないと思える……。🤲)




* * *





『自分を大切にする。』

のレベルを、

今まで以上に高いところに持ってゆかなければならない──、それはおそらく誰よりも今の私自身のテーマなのだと想います…。😌✨✨




丁寧に。  


でも、大胆に。

✨✨



一つ一つの選択に、

丁寧に

未来の自分を宿しながら──。

☘️✨✨




しっかりやってゆきたいと思います。

(そしてたのしみますっ。 😌✨)




coco🌸

昨日の自分より少しだけ自由な自分へ

やっと、この場所に立てた。

ありのままの自分を受け入れられなかった日々。

あの頃の私には

この場所の住人たちが

みんなキラキラして見えました。

私には、眩しすぎたんです。

でも最近、やっと分かってきたことがあります。


『ありのままの自分が、一番素敵なんだ。』


そう思えて一歩踏み出したとき

不思議と

周りの世界まで違って見えました。

世界が少し優しくなったような気がしたんです。


あぁ…

この感覚なんだね。


まだ生まれたばかりの、小さな感覚。

だから、

焦らず

ゆっくり

育てていきたい。


泥臭い自分から、軽やかな自分へ。


軽やかな自分から、創造する自分へ。


そして、

誰かと比べるのではなく


昨日の自分より少しだけ自由な自分へ。


十二国記の感想。~その2~

やっと書けた。

「風の海 迷宮の岸」 「東の海神 西の滄海」 「風の万里 黎明の空(上下)」 の三本立て。

本を読んで感じたこと、考えたことを書いていきます。


風の海 迷宮の岸。

実は誰もが麒麟のように生きてるんじゃないかと思った。


麒麟が王を選ぶのと同じような感覚を誰もが持っていて。

それは正しい・間違ってるを超えた、抗いようのない感覚。


自分でどんなに拒否しても抵抗しても、逃げられず。

「そういうものなんだな」と降参して、受け入れるしかないものと。

誰になにを言われても承服しかねるもの。

両方を持ってる。


パッと思いついた例を出すと。


Cさん:Aがいいと思ってる。

Dさん:Bがいいと思ってる。


Cさん:Aが絶対に正しい。Bがいいと感じるのはおかしい、間違ってると主張。

(A以外のものを受け入れるつもりはない)


Dさん:Bがどんなによいものか、Bについて力説する。

(Bをわかってもらおうとする)


お互いにどっちも譲らないので、話は平行線のまま。

こういう感じの言い合いって、どこでもよくあるはず。


AやBを譲れないと思う気持ちは、なにをどう言われても自分の意思で変えられるものではなく。

実はお互いに「私はこれで生きていきます!」と、目に見えないところで決めているのかなと思った。


決めているからこそ譲れないし、譲れないものこそが「自分軸」の正体でもあって。


自分が何を決めているのか知るためには他者の存在が必要。

だから、「違い」はあってOK。


CさんとDさん、どちらの立場だったとしても、どっちが正しいと正義の主張をしあうのではなく。

「そんなにもA(B)がいいと思ってるんだね」と相手の思いを受け取ってあげればいいし。

自分の「A(B)がいい」と思う気持ちも大切にする。


それだけでよかったのかもしれないと、そんなことを考えた。


東の海神 ⻄の滄海。

十二国記を読んでていつも思うのは「天意ってなんだろう?」なんだよね。


ものすごく俯瞰した視点から世界を見れば。

すべてのことは完ぺきに完全に調和していて、起こるべくして起こっているだけなのかもしれない。

人間の視点で物事を見るから「良い・悪い」になるだけで。


十二国記だとなんとなく「現状や結果 = 天意」みたいなところがあるよなぁと思ってて。


「天」はなにもかも良い方向に向かうことだけを望んでるわけじゃなさそう。


王が失道すること、国が荒廃すること、民が苦しくなることさえも肯定している……。

その部分に私は何かを感じてる。


「天」はすべての行いを全肯定してくれるけど。

自分の志次第で、(人間の視点で見たときに)良いことも悪いことも増幅する恐ろしさ。


自分で気づいて改心するもよし、しないのもよし。

それぞれがどのように生きようとも、常にすべて完ぺきに完全に調和している。

なるようにしかならない。


おそらく、私たちが生きてる「現実」でも同じで。

ひとりひとりが「どんな世界を見たいのか、創りたいのか」にかかってるのかもしれない。

(この話は「風の万里」にも続く)


風の万里 黎明の空。

余裕がなくなると大きい視点で見ることもできなくなって。

自分のことしか考えられなくなりがち。


王や麒麟だけ(政治家だけ)が国のことを考えてればいいってもんではなく。

そこで生きてる大勢の人々の思いもあってはじめて「国」になる、みたいな。


心学の講座で逆三方良し(自分のやろうとしていることが世間にとってどうよいのか?から考える)の話を聞いたり。

自分の死をリアルに想像して以来、私の中にも「どんな世界になったらいいか」は、うっすら見えてて。

その流れの一部に「四書を読んで実践してみる」とかが含まれてる。


陽子の「初勅」を見て、はじめの一歩ってそういうのでいいんだよなと思えた。


鈴(すず)編。

梨耀(りよう)のやり方は厳しそうに見えるけど。

なにかに気づかせようとする意図は感じ取れた。


ただ、鈴には表向きの言動だけしか目に入ってなくて、裏にある梨耀の「思い」には目が向いてなかったんだと思う。


同じ言葉を喋っていても、言葉が通じるとは限らない

小野不由美 『風の万里 黎明の空(上)』,新潮社,2013年,P.155


今の梨耀の立場(なぜ翠微洞にいるのか)を考えてみても、この言葉は重く聞こえた。


私が好きなのは今の采(さい)王である、黄姑(こうこ)の言葉。

生きるということは、嬉しいこと半分、辛いこと半分のものなのですよ。
人が幸せであるのは、その人が恵まれているからではなく、ただその人の心のありようが幸せだからなのです。
苦痛を忘れる努力、幸せになろうとする努力、それだけが真に人を幸せにするのですよ、蓬莱(ほうらい)の子……

小野不由美 『風の万里 黎明の空(上)』,新潮社,2013年,P.163、P.164


私も幸せにしてくれる場所・環境が何処かにあると思って探し歩いてた時期があった。

そんなものはどこにも存在しなくて、自分次第。


船旅における清秀(せいしゅう)の正論パンチもなかなかに効く。

私も長いこと「私は被害者なの!こんなにも不幸なのよ!」ってやってた時期があるからわかる。


文句ばっかり言っててもなにも変わらない。

変わりたいなら自分が変わるしかない。


祥瓊(しょうけい)編。

こっちはこっちで楽俊(らくしゅん)の言葉が刺さるんだよなぁ。


なぜ、そんなにも贅沢な暮らしができていたのか。

そのあたりのことを考える機会が祥瓊にあったら、と思ってしまう。


でも、そうはならなかったところに、天の意思みたいなのを感じる。

平和に生きられてることのありがたさを改めて感じるストーリーだった。


三者三様の学びがあり、どれもこれも必要なことしか起きてなかったように思う。


長い時間をかけて、それぞれの国はどうなっていくんだろう。

あちこちの大変な状況は、よりよい世界に向かうための必要な「破壊」なのか。


今は「丕緒の鳥」を読んでる最中。

次の「図南の翼」も楽しみ。

ある程度、読み切ったらまた感想を書く予定です。

受け取るタイミング、手放すタイミング ~みずがめ座満月に感じたこと~

最近、自分の星を読んでもらう機会がありました。

星を学び始めたころには、伝えてもらっても

ピンとこなかったことがあります。

「そういえば、以前にも聞いたことがあったな…」「本当かな?」とは

思っていたけれど、そのときは受け取りきれていなかった星読み。



でも、今になって「そういうことだったのか」と感じることが増えてきました。

自分のことは、自分では意外と気づきにくいものです。

身体も、赤くなっていたり腫れていたりする場所は見えますが、

背中や身体の内側は自分では見ることができません。

誰かに「こんな状態だよ」と伝えてもらって、初めて気づくことがあります。


心も同じなのかもしれません。
一度伝えてもらっても、すぐには受け止められなかったり、
理解できなかったりすることがあります。
でも、何度か伝えてもらったり、自分自身の体験を通して「そうかもしれない」と
感じられたとき、ようやく自分の中にあるものとして受け取れるようになります。

やっぱり人は、自分で感じたり経験したりすることで、
少しずつ受け入れていくものなのだと感じました。

以前、家族から「私は星読みは信じないから」と言われて、
少し残念な気持ちになったことがあります。
でも、その子の盤面を見ていると、自分で経験し、自分で探求し、
自分のタイミングで納得したいタイプ。
だから、その言葉は星読みを否定していたというより、
「私は自分で確かめたい」という、その子らしい在り方だったのだと
思えるようになりました。
相手が受け入れるかどうかは、私が決められることではありません。
「理解してほしい」と頑張りすぎていた自分を少し手放して、
相手のタイミングを信じて待つことも、大切なのかもしれない。

みずがめ座満月の「手放し」のタイミングで、そんなことをふと感じた一日でした

自分の思いに素直になる

「どうなるか」はコントロールできない。

「どう在るか」は、私次第。

これまではどこかで

「傷つかないように」

「失敗しないように」と、

過去のデータや思考でブレーキをかけて、

自分を守る安全運転をしてきたのかも。

でも、外側の結果や相手の反応は

自分にはコントロールできないもの。

だからこそ、

結果(陽)だけを求めるのではなく、

ワクワクやトキメキ、

自分の「本音」に従って動くプロセス(陰)そのものを

大切に味わっていきたい。

恐怖を超えて自分の心の声を聴き、

素直に動いてあげること。

人生の手綱を、自分の手に握り直す。

どんな選択も、私らしく軽やかに楽しんで進んでいきます✨

気になる他人の言動は、自分を映す鏡だった。

「過去の私がぶり返してる」シリーズ。

いわゆる「冷笑系」の人の発言が気になっていて。

大事になる前に心を見てみよう、という話です。


「冷笑系」とは。

私は昔から工作とか、ものづくりが好きで。

好きが高じてシステムエンジニアになったし。

会社の忘年会の出し物の都合で、武器の造形やったり、衣装を手作りしたり。

仕事とは関係ないところでも「つくる」をよくやってた。


そんな私が同じ技術者として尊敬する人の中に「植松努さん」がいる。

「TEDのスピーチ(思うは招く)」は有名なので、見たことある人もいると思う。


植松さんの動画では「どーせむり」「なにそれ自慢?」「意味なくね?」みたいな言葉が出てくるけど。



自分は動かず高みの見物をしたり、斜に構えてたり……。

そんな雰囲気のことを「冷笑系」と言うのかもしれないと、私は考えてる。


冷笑的な言葉を見聞きして、悲しい思いをしてた時期のことは、植松さんの動画を見て泣くことでほぼスッキリ。

残りは「本当は相手に言いたかったこと」をノートにぶつけて終了。


今度は視点を変えて、自分が言う側になってなかったかを探ってみた。


冷めてたときの私。

最初のきっかけは「親」。

私の記憶の中で思い当たった出来事をサラッと取り上げてみる。


なにかあって母が部屋中に響き渡る大声で怒鳴っているとき。

あー、またやってるよ……。早く終わんないかな😒

そんな風に思ってた。


「どうにかしなきゃ」みたいなのもなくなって、投げやりな状態。

もう、どうにでもなれって感じ。


母の振る舞いを見て「感情を出すのはよくない」と学習しただろうし。

自分の気持ちや感情を抑えるための手段として「冷笑」を装っていたのかもしれなくて。


冷笑的な行動によって「自分を守っていたのかもしれない」と気づいたとき。

行動の奥にある大切なものに触れた気がした。


禁止と許可。

「自分がやられて不愉快になった行動 = やったらダメなこと」

そんな風に考えちゃってるから、気になったり、許せなかったりしてる。


思うことも感じることも別に悪いわけじゃない。


というわけで。

まだまだ感情を抑えてるかもしれないなと思ったから。

ひとりのときはもっと素直に盛大に感情を出そうって決めたし。


冷笑系も同じ。

冷笑的なことが頭に浮かんだのなら、私が全力で受け止めようって決めた。


変わった世界。

不思議なもので。

思ってもいいし、感じてもいいぞー!ってすると、人がやってても気にならなくなるんだよね。


やる側に起きてることをちょっとでも知ってたら、やさしいまなざしを向けられるし。

シンプルに、その場で起きてる現象をまるで風景のように眺めていられる。


これからも続く。 

長年、自分の心と向き合ってきたおかげで、外側の現象に反応する機会はかなり減ってきてる。 

だけど、「もう、大丈夫だー!」って油断してると急に来るから。


もし、また反応を見つけたら、同じように心を見つめて。

思い込みに気づいたり、自分のためにどうするか考えていくんだと思う。 


どこかに残しておかないとすぐ忘れてしまうタチなので。

備忘録のかわりとして記事を投稿してます。 


今後もなにかあればシェアするのは変わらないと思うので、 よろしくお願いします!

「私、悪くないじゃん!」

これは、小惑星をほじくっていた私のセリフです(笑)


私がずっと心に引っかかっていたこと、自分を責めていたことに対して、「これ私のせいじゃなくない?」という構造を見つけたのです。


個人的な詳しい事実は割愛しますが、私の金星は抑圧されていました。

金星を守るために火星が我慢を強いられていました(もしくは盾になって守っていたのかもしれません)。


そんな金星に小惑星オシリスが、ナウシカアが関わっていました。

そして私のバースカード「女教皇」のイシスも。


オシリス(小惑星No.1923):死と再生、解体、変容

ナウシカア(小惑星No.192):救済、介抱、受容

イシス(小惑星No.42):統合、修復、再構築


「一度壊れたものを受け入れ保護し、壊れた断片を集め繋ぎ合わせる」


つまり、私の金星は最初から輝ける仕様にはなっていなかったのです。

自分で気づき、癒し、再生させなくてはいけなかったんです。

金星を再生させること、それはもともと持って生まれた筋書きだったのです!

ね?私、悪くないでしょ?(笑)


これ、前に書いた記事の「バースカード女教皇」「潜在意識は知っていた」とも繋がっています。

私はただ、ホロスコープ通りに生きてきただけだったんです(笑)


出生図の金星は、ドラゴンテイルとドラゴンヘッドのオポジションの調停の位置にあり、金星と土星はバイクインタイルです。

でも出生図の天体だけでは理解できませんでした。


出生図の金星と龍頭図の土星はオポジションで、その調停の位置にあるのが、出生図の水星(と龍頭図の木星)です。

やっとこれらが繋がった気がしています。


小惑星ほじくり、龍頭図、やるべくしてやっていたんですよね。

私が構造にこだわる理由、ここにあったんです。



もがいてた頃の私が、まだそこにいた。

いろんな人の話を聞く内に、悩んでた時代の私が声を上げてたことに気づいて、自分自身との対話を重ねてました。

あの頃は大変だったよね……と、自分で自分をハグする感じ。


これまでの道のり。

※アンドユーさん関連とはまったく無関係なチャンネルと動画の話です。


半年以上前? 時系列はあやふや。

もういいなと思って1年以上見てないチャンネルがあって。

いまどうなってるんだろう? と興味本位で見に行ってみたら。


プレミア公開設定の動画がいくつか上がっていて。

見た動画のチャット欄で

「◯◯さんのとおりにしてる私たちはラッキー♪ それ以外のことをやってる人って✕✕✕だよね」

なかなかに火力高めな発言が🤣


発言が気になったときから、実は始まっていたんだと思う。

「なんとかしたい」ともがいてた頃の自分が顔を出してることに気づかず。

「バカにされて悔しい!ムカツク!」みたいな思いを残したまま。


怒りが生じるたびに、ジャーナリングはしてたけど。

ずっと「その発信者に遺恨があるから怒ってるんだ」と思い込んでたせいもあって。

書いても書いても真相にたどり着けず……。

深堀りしても進展がなさそうで。

そのままにしておいてました。


ところが最近になって、知人(私よりも長く学んでる人)がまだジプシーしてる姿を見て、さまざまな思いが急浮上。

ジャーナリングはしたものの、まだつかめない……。


アウルブックに投稿したのがきっかけ(?)でヒントをもらえて、無事に完了。

見守ってる人からしても、ハラハラさせたと思います。

ごめんなさい。

そして、ありがとうございます🙇


なんでなのかは、わからないけど。

私にとってアウルブックは、必要な気づきが起きる場所になってます。

(集まってる人たちの意識がそうさせてくれるのかなぁ……)


頭をぶつけてやっと気づくような経験ができるのは、良く言えば私がこの場をそれだけ信頼してる証拠だけど。

悪く言えば「甘え」。


もっと自分を理解したいと思うし。

せっかく四書について学んでいるんだから、現実で活かしていきたいと考えてます。


四書をどう読むか。

論語はちょくちょく読み続けて、やっと先進編。

AIと相談して実際に本を確認してみた。


先進編の次の顔淵編から「『仁』とはなにか?」とか。

本番が始まるっぽい。


中庸は論語の顔淵編以降の後半部分に出てくる概念を知ってたほうがよさそうだと聞いたし。

もうちょっとだけ、あとになりそう。


大学は今からでも読めると聞いたので、読んでみたら。

刺さるワードありまくり。

耳の痛い話がいっぱい😂


心学の講座をはじめて受講したときもそうだったけど。

やたら身に染みる。

反省点がいっぱい思い浮かぶ。


孟子も一部、現代語訳されたものを読んでみると。

孟子が生きてた時代の歴史的な背景や登場人物たちの事情を知ってたほうが読めそうだった。

入門書や解説書でおおまかな全体図を頭に入れてから挑戦しようと考え中。


四書を通して自分を振り返りながら、これからも自分との対話を大事にしていきたい。

自己犠牲。

とても久々の投稿です。


なんとなく直感的に

こちらで記事を書きたくなったので、

書かせて下さい。


note📔なども一応やってはいるのですが、

なんとなく今回はこちらの感じがしたので、

(もしかしたら今回だけ…?

 今日だけ…?)

にはなるかもしれませんが、


久々にこちらで書かせて頂けると、

幸いです。🌸



『自己犠牲』

というテーマに関心がある人に

読んでいただけましたら、

本当に本当に幸せです。✨✨




(P.S.

昔の記事を手直し✍️かけたくて

一時的に『下書き』状態に下げてあります…。

もしも探してくれていた人が居たら、

本当にすいません…。

よろしくお願いいたします。✨)




(◉ 今回の記事、だいぶ長いです…。

あとで分割しようかな……?🤔)


┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ⚪︎


『自己犠牲』


最近やけにこのテーマが気になってました…。

ちょっと自分自身の為にもまとめてみたいなぁ…

と、思って…。🤲


誰の為にならなくても、  一回ここに置かせて下さい。


どうぞ、よろしくお願いいたします…。✨



* * *



思えばわたしも27才ぐらいまでは徹底的に自己犠牲というものをしていて、(自己犠牲しているという自覚も持てないほどにナチュラルに…。)


あまりにもひょんな事柄をきっかけにそれが大爆発し、はじめて自分の中に溜まっていた大量の怒りと遭遇し、


少なくとも自分のことを『とても優しい』とか思っていたし、

『理性で我慢できないことなんてない、だって今まですべて理性でコントロールできてきたから…。』

ぐらいのテンションで生きていたので、


ほんのちょっとしたことをきっかけに一気にそれが崩れ、

自分でもコントロールできないほどの怒りと真正面から遭遇してしまった時には、

それはそれは驚き、絶望しました…。



最初は徹底的にその反動で家族に冷たく当たり、

(頼まれてもいないのに…  自分が勝手に家族に対して自己犠牲をしてきたのに、です…。)


『優しい私』

から、

『人としてちょっと相当ヤバいんじゃないの

人のことどんなに傷つけんの?』

っていう私に豹変して、

(でも仕方ない…

当時は本当にコントロールができなかったから…。自分を許してやりたい…、とも思う。)



そんなむちゃくちゃになってしまった家族関係の中で、

それでもなんとか自分を守る為に、


『それはやりたくない…!』

『そんなの自分でやってよ…!!』

を、初めて言えるようになり、


かなり乱暴だけれども、

ここで境界線というものが少しずつ引ける自分になっていったのでした…。


そして、

自分を粗末に扱ってきた周りが悪いと、

その時は真剣に信じていました…。







が、半年後、

とつぜん意識がひっくり返って──



『なんだ、

私が私のこと粗末に扱っていたから、


私が私のこと、

家族の下敷きみたいに使ってきたから、


だから、

こうなっちゃったんじゃないか。


すべて大元は、
私じゃないか。』



という突然の気づきに至り、


私のこと、

少々雑に扱ってきてくれたことはやっぱり嬉しくはなかったし──

『ちょっとは反省はしてほしい。』

その気持ちは確かにあったけど、


それ以上に、


『本当にごめんなさい…。🙏』


その気持ちが本当に本当に大きく湧いてきて、



それから、

『もう侵されないように…!

 侵されないように…!』

というヒリヒリとした意識で乱暴に引いていた境界線を、


少しずつ、

柔らかく優しく柔軟な意識で、

また新たに引き直しできるように、

成長・成熟していったのでした……。


🙇✨✨




. ݁₊ ⊹ . ݁ ⟡ ݁ . ⊹ ₊ ݁. . ݁₊ ⊹ . ݁ ⟡




で、今回書きたいメインテーマは、

実は全然そこじゃなくて、


さらにその先…。


になってくるんですけれど、



こういった流れの中で、

一応穏やかにではありますが、


『自分を大切にすること』のレベルを 

どんどんあげること🍑✨✨


に、一応は成功してきました…。



それはたくさんの大好きなスピ系リーダーさんたちのおかげでもあると想うし、

&Uさんで言えば、ともみん先生のおかげもあったと思います…。




まぁそんなこんなで、

世界と(家族と、周りと)調和しながらも、

『自分を大切にする』の濃度を、

少しずつ少しずつ上げてゆく…

(時に自分を優先しすぎたり、

周りに遠慮しすぎたり…

失敗もしながら……。)


それでもなんとか

その目盛りだけは少しずつ確かに上げていって、


なんというか、


家族関係も今が一番最上。


一応、そう思えるところまで来ました…。✨


(と、同時にもっと上、

レベルの高い領域があるとも思っているし、

家族みんなが生きている間に、そのような風景に出会えることも、全く諦めていない…。✨)






で、

こうなってくると、


ちょっとおかしいんだけど、


日々、

本当に自分のことを大切にして

生きさせて頂いているので、✨


な〜んというか…。


自分のことを大切にしてない家族が、

許せないっ!!!


っていう、まさかの。


27才で大爆発してしまった時とは真逆の、

(まぁありがたい)

問題意識が、

少しずつ自分の中に、

浮上するようになってきたわけです…。🤲







特にそれは、

父を見ていると、

はげしく発動してしまうのです。


自分のこと、


"家族の下敷き"

"家族の便利になるように"


優しいを超えて、

あまりにも献身的に使ってあげる姿勢、


それが昔の私と、

全くおんなじ傾向であるからです……。🤲






この人の、この

『受け取れなさ。』

『受け取りの器の小ささ』、

ヤバい…。


そう思って半分強制的に、


彼が少しでも"受け取れる人"になれるように、


彼がもっともっとナチュラルに自分のこと大切にできるように、


彼は自分が仕事の日も、休みの日も、せっせせっせとあまりにも家族の為に尽くしてくれるから──

あまりに『受け取りの器』が小さすぎるから──


「休みの日は、

いつも洗い物してくれて、ありがとう…!」


「でもあなたが仕事の日は、

わたしが洗い物担当しますからね…!!」


という半分強制で、


自分を大事にすることや、

自分を休めてあげること。🌱✨


それらを意図的に持たせるようにしたのでした…。




そのような努力の甲斐もあってか、(笑)

また、父も年齢が年齢なので、

年々やはり自然に自分に優しく、

自分を労われる人になってきました…。


前よりも自然体で自分を大切にできているし、

なかなか、ええ感じなのです……。🤲✨✨







ただ、

ずっと疑問だったのは、


どうしてか父のことだけは、


その他の家族を大切にするのと同じようには

大切にできない、


どうもやりにくい、


なぜだかわからないけれど、


彼を大切にするのは、

他の人にそうするのよりも、ちょっと難しい……


そんな微かな感触があって、

そこがずっと引っかかっていました…。



◉ これは一体なんなのか…?




母や姉を大切にする・丁寧に扱うのは、

こんなにもこんなにも簡単なのに、


どうして

父だけは、

そうはいかないのか…。


どうして少し難しいのか…。


油断すると、

今でも彼のことだけ、

わたしは少しだけ雑に扱ってしまう…。


そこと向き合ってきました…。



で、

一年ほど前に、

答えらしきものを、見つけました。




どんなにこちらが彼を大切にしようとも、


彼が少しずつ、

自分を大切にできる器を広げてくれようとも、


彼が彼自身のことを、


まだ小さくて見て、

まだちょっとだけ雑に扱って、

まだちょっとだけ家族の下敷きに自分からなりにゆくから、


その姿勢が彼自身の中に未だあるから、


やはりこちらはそこに対して甘えも出るし、



何よりもまず、


彼が彼のことを大切に扱ってくれないのに、


"鏡" である私たちが、

彼を充分に大切にできる訳がないのです。



だって私たちは、

どこまでいっても徹底的に、

ただの彼の鏡なのだから──。







そこから想うこととしては、

過去、わたしがわたしを粗末に扱ってきたこと、


わたしの "鏡" として

純粋に機能してくれていた家族が、


わたしのこと、

それで大切にできた訳がないのです。

(かなり難しかったはずなのです……。🤲)


だって大元は、

どこまでいっても、

"わたし自身がわたし自身を大切に扱っていない" 

という、

内側のところなのですから…。







と、同時に、

今回一番言いたかったことは、実はここからで、

(前置きが長すぎてごめんなさい…。🙏)



『献身的で、優しい』という、

この、父と私の姿勢。



この問題点がかなりハッキリと見えたのです。




人の中にはきっと、


⚫︎ 人のこと、大切にできる能力。

⚫︎ 人に甘えず、自分のこと自立的にする能力。

⚫︎ 人の境界線を、侵さない能力。


つまりは、

敬意・尊厳を持って人と接する能力◎

みたいなものですね。



そんなものが

やっぱあるのではないかと、

(少なくとも私は)

想うのです…。




◆◇◆




なのに、

『私が私を大切に扱わない』

『私が私のこと家族の下敷きみたいに使う』

ことによって、



⚫︎ 人のこと、雑に扱う能力。

⚫︎ 人に甘え、自分のこと自分でしないという姿勢。

⚫︎ 人の境界線を、悪気なくラクに侵してゆく能力。



そういったものを、

わざわざ相手の中から引っ張り出してあげている気が、

かなりしてきたのです

……。😱



これが父のことだけ大切に扱うのが

" 微かに難しい " 

 ポイントになっているのではないかな、と…。🤲



* * *





境界線を適切に引き、

自分の命を丁寧に尊重してあげる姿勢  💠✨

は、


自然と相手から、


⚫︎ 人のこと、大切にできる能力。

⚫︎ 人に甘えず、自分のこと自立的にする能力。

⚫︎ 人の境界線を、侵さない能力。


という人間としての美しい力を引き出し、✨




自分のこと大切にせず、

境界線もゆるゆるで、

自分を人の下敷きにしてゆく姿勢は、



自然と相手から、


⚫︎ 人のこと、雑に扱う能力。

⚫︎ 人に甘え、自分のこと自分でしないという姿勢。

⚫︎ 人の境界線を、悪気なくラクに侵してゆく能力。


を、引っ張り出し、

現実のものとして、

本当に

顕現させてしまう……。🤲




┈ ┈ ┈ ┈



なんだ…っ!

自分にとってのみならず、

相手にとっても

なんにもいいことねぇじゃねぇかよ…!!!


ってことに気づいちゃった時、


こりゃ、大変だ、

こりゃ責任もって、

自己犠牲、

本格的に終わりにせなあかんわ…!


って、

真剣に思っちゃった訳です……。🤲





そうしないと、

相手の変な力引き出すことに、

謎に、貢献しちゃう……。

(涙)(涙)






だからこそ、


表面的にいい人に見える、


『自己犠牲』とか『献身』、


たぶん、やってる場合じゃないのです。🤲



┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ⚪︎




なんでこんなこと

書きたくなったのかもわからないけれど、

突然書きたくなったので、

もう体のままに…。

です…、 正直…。🤲



荒々しく長い文章で、

本当に申し訳ない限りです。



不快な気持ちになった方がいらっしゃったら、

それも本当にごめんなさい。🙇



とはいえ自分としては、

ずっと感覚的に思ってきたことを

言語にまとめあげることができて、

ちょっと安心しています…。🙇✨





書いているうちに、

自分の病んでいるところが

ちょっと見えてきた、


自分のことが別の視野から見えてきた気がして、軽くゾッとはしておりますが、😱

(とはいえ、これもいい気づき…っ!✨)


それはしみじみ、

これからちゃんと向き合っていこうと思います…。





このように

自由に表現できる場に、感謝します。😊


&Uさん、

こんなに長い記事を読んでくださった方、(もしもいらっしゃったら。)

本当に、

ありがとうございます。


🌸✨✨




* * *



そして

め〜っちゃ久々にowl bookにログインしました…。


知ってる人誰もいなくなってたらどうしよう(笑)

と不安でしたけど、

知った方がたくさん居らっしゃったので

ほっこり安心で投稿することができました…。☺️


そして

みなさんお元気そうで、

何より…!💫✨


また直感が

 『noteじゃなくてコッチ!』

と言ってる時には、

どうぞお邪魔させてください。 🙇🌸✨


本当に、

(こんなに長いのに)

さいごまでお読みいただき、

ありがとうございました。


✨✨


coco


水星と繋がる

7月26から


3つの外惑星が水星と繋がっています


何か停滞しているものがあるなら今までのやり方や在り方を変える時

これが軸です

水星は、太陽に1番近く

1番早く太陽の周りを回っている情報屋さん


ふと感じること

小さな違和感何度となく言われることたまたま目にして心惹かれるものに意識を向けてみて


ゆっくりじんわり感じてみましょう。厳しさの中での変化ではなくて、見守られているような優しさに包まれています☆⭐︎     


行動する前に自分の心を知る。※加筆・修正済み

アウルブックとはまったく無関係な場所で見たものに反応して。

なんやかんやで実は自分の問題だったと気づくオチ付き。

※あまりにも言葉選びがヘタすぎ&説明不足すぎと思ったので、大幅に加筆・修正しました。

雑多な気づきの話です。


「なんでもアリ」が一番ラク。

人間の視点で◯✕を付けるから、◯や✕の結果を味わってるだけ。

自分の捉え方次第で変わるのなら。

「なにをしててもうまくいく」と考えてたほうがいいんじゃない!?


そんな前提を持ち始めてから世界は変わったような気がする。


自分がやりたがってることをやらせてあげるだけでいい。

理由なんかなくてもいい。


やりたいからやってる。

それだけでよかったんだ。


やるときの「心」が変わった。

私の中で一番変わったのはなんだろう?と考えてみると。

やろうとするときの姿勢、心持ちの部分。


以前の私。

ジャーナリングをやらないと。(~~~)

瞑想をやらないと。(~~~)


「やらないと」のうしろに隠れてるのは、「うまくいかない」「叶わない」とか。

「やってないから私はダメなんだ」と自分を攻める言葉がくっついてた。


「やればうまくいく」と考えてるせいで、義務化しちゃってるから。

やっても苦しいし、やらなくても苦しい。

よかれと思って採用したことが自分を苦しめてるなんて。


やることを増やせば増やすほど、自分が求める現実から遠のいてた。


今の私。

やってもやらなくてもどっちでもいい。


瞑想すると自分の体の状態や感覚をじっくり味わえるからやる。

瞑想したときのさわやかさが好きだからやる。


ジャーナリングをやるのも、生々しい感情をじっくりと味わいながら、奥にある本当の思いに手が届くあの感覚が好きだから。


「自分がいい感じになれると知ってるから、やる」に変わってる。


習慣として続くのは、やったあとの「気分のよさ」を知ってるから。

そこに必死さも、義務感も、使命感もない。

トイレに行くのと同じ感覚。


成功法則は人の数だけあるようだ。

「面白そう! 」と思ったらとりあえず試して、よかったなら取り入れる。

やっててなんか違うなぁと思ったらやめる。


自分に合ってるなと思ったものをその都度、カスタムして運用する。


そんなスタイルに落ち着いたのは、たぶん。

誰か1人の言うことを盲信して身動きが取れなくなってしまったり。

自分に合わないとわかってるのに、それでもやり続けて不満をためてみたり。


自分で自分につらい思いをさせてるだけだって、自覚したタイミングがあったから。


こっそり採用してるもの、やってることはあるんだけど。

今の私にとってホットな話題が「心学」とか「論語」だから。

表向きは、その文脈で何かを伝えることが多くなってる。


「自己流は事故流」って言われるけど、それはそのとおり。

その人はそれでよかったかもしれないけど、私にはどうなのか。

検証したくなるのが私という人間。


失敗だってやり尽くせば、どっかで「あたり」は引ける。

エジソンが試行錯誤を重ねて「竹」にたどりついたのと同じようなものだと、私は勝手に考えてる。


失敗に失敗を重ねて、いろんな感情・感覚を味わってこれたことは、財産。

悪いことばっかりってわけでもない。


できなくて困ってる人の気持ちを理解できる側にいると私は思ってるんだけど……。

こんな私でも他の人からしたら、強者に見えてしまうんだろうか。


私が私を信じなくてどうする。

なんかわかんないけど、これ、やらないとダメなんだよな……!

やりきってからじゃないと前に進めねぇっ……!


やりきった先になにかがあると思う「なにか」があったから。

ほかの人が私を見て「不毛なことをやってる」「やめたほうがいい」と思ったり指摘してくるとがあっても、私は自分を信じてやり続けてみた。


たしかに時間はものすごくかかったけど。

やってよかったと思ってる。


◯◯難民になりがちだった私。

「私以外の誰かが正解を誰かが持ってる」って世界観で生きてたとき。

情報を取捨選択する精度が低すぎて。

手当たり次第に、なんでもかんでもやっちゃう時代があった。


やってみなきゃわからないんだから、とりあえずやろう!

って方針で。


自分なりの判断軸を持たずに正解探しをしてる状態……。

どれがいいのー!?😭

いつになったら、私も同じ体験ができるの!?😭


なにがいいのかわからなくて、さまよってばかり。


そうやって負のループにハマってた時代があるからこそ。

私には大切にしてることがあって。


自分で正解にしていく。

きっと、世の中にあふれるノウハウは「カケラ」のようなもので。

手にした「カケラ」が合うかどうかは、やってみてのお楽しみ。


「カケラ」を試すことに疲れていた私。

「カケラ」の多さにまいってた私。


なにも知らずにまっさらで、外に正解があると信じて疑わなかった自分のことを思うと……。


数日前、かつて同じ場所で学んでいた知人が、今もあちこちで正解探しをしてる様子を目にしたとき。(※1)


発信者側として正解らしきものを先に与えるよりも。

「自分で正解にするコツ」を知ることのほうが大切なのでは?と思った。


最初は難民を量産してる発信者への思いが強かったけど。

そっちは核心じゃなかった。


※1 知人の件はアウルブックやアンドユーさんなどは、まったく関係しない場所での出来事です。

おすすめに出てきた登録者少なめなYouTubeのライブ配信(アーカイブ)のコメント欄で知ってる人が「鳩行為」をしてるのを見てしまったのが発端。

もちろん、かげしたさんの記事はチェック済み。


もしかして、投影?

私よりも何年も先に学んでた人が今も抜け出せずにいるのを見て。

気持ちがあふれてきて言葉にしたくなったわけだけど。


正解探しにハマるのは、本人の問題⋯⋯?

あれ、ちょっと待てよ⋯⋯?


いま起きてることの本質って。

もっと正確に言うなら、知人に過去の自分を投影して、反応しちゃってる私の問題なのでは……?


最初、記事を書いたときは気づけなかった。

そんなとこで!?って感じ。

それだもん、発信者に焦点をあててジャーナリングしてたって根本的な解決に至れないわけだ。


「過去の私」のためにどんな工夫をしてあげる?

やり方は山ほどあるし、今はAIからやり方を提案してもらえる時代。


「毎回チェックしてます!」みたいな熱心な人じゃないと、書いてある手順をやることもないんだろうし……。

体験談や変化を伝えるほうが興味を持ってもらえると思うから、私はそうしてみてる。


デメリットや対象外な人、不都合な情報だって人は知りたいもの。

あんまりよろしくないことだとしても、その人のためになる要素がちょっとでもあるなら、伝えてみたりして。


本当にやってきてるなら、体験が積み重なってるはずだから。

伝えられることは伝えるようにしてるし⋯⋯。


私の場合「やり方」や「考え方」なら別な場所で、検索需要に応えられる文章を書いているけど。

ここで「いかにも」な文章構成にしてないのは、アウルブックという場所ならでは。

私が勝手にやってる「読みやすさ調整」みたいなもの。


AIと共同作業で文章の推敲も出来る環境が整ってるからこそ。

私は「人間らしさ」を重視していて。

どこで人間らしさを出すかとなったら、「体験」以外に思いつかなかった。


体験もさえも捏造可能な時代ではあるけれども。

リアルに会ったり、話をすればすぐバレてしまうんだし。

信用を失うことにつながるので、気をつけたい。


パッと思いついたのはこれぐらい。


いろいろ言ったけど、心の状態が大事。

精神的な平和を維持しやすくなったのは、自分の気持ちをジャッジをしなくなってから。

自分のすべてを肯定しようと思ったとき。

私には「NVCの考え方の一部」が役に立ってくれた。


正しい・間違ってるの世界を抜けて。

自分が本当に大切にしたいものに触れられるようになり、どんな感情も大切にできるようになった。

自分の心の声をこれでもかってぐらい聞いたから今がある。

なんなら体感の鈍さまで改善されたりもしてるし。


こればっかりは継続あるのみ。


しんどいのは続かないから、やっぱり心が大事。

動く前の心境チェック、私は心がけてます。

残っていた課題に向き合う満月

7月29日はみずがめ座満月ですね。

今回もタロットカードを展開してみました。


今回の満月は、

「残っていた課題に向き合うこと」

がテーマになりそうです。

春からここまで、 新しい環境や生活の変化の中で 一生懸命走り続けてきた方も多いかもしれません。

夏休みが始まり、 少し立ち止まれる時間ができることで、

「そういえば、あれはまだ終わっていなかったな」

そんな物事に気づくこともありそうです。


やり残していたこと。

後回しになっていた課題。

積み重なっていた疲れ。

心の中に残っていた引っかかり。

そんな一つひとつを、 焦らず整理していくタイミングになりそうです。


今は大きく動こうとしなくても大丈夫。

夜明けを待つように、

静かにできることを続けながら、 次のスタートに向けて準備を進めていきましょう。


また今回の満月では、

自分のためだけでなく、

家族や仲間、 社会のためにできることへ 目を向けてみるのもおすすめです。

誰かの役に立とうとする経験が、 結果としてあなた自身を成長させてくれるかもしれません。


慌てず、比べず、

今できることを積み重ねていく。

そんな満月の時間になりそうです。


今回展開されたカードは

・塔(逆位置)

・吊るされた男

でした。


読んでいただきありがとうございます。

おだやかな満月をお過ごしください☕

自ら星々とコンタクトしたい!挑戦したい方へ

 先日わかったのが、占星術と星々とコンタクトするというのは、別のことらしいということ。


 松村潔さんの可変サイデリアルを読んだ時も感じましたが、占星術も進むと本人の体感のみになるんだと改めて実感しています。


 ヘリオ講座受講の方は、そもそも星々とコンタクトしたいという思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 これは、私が深い瞑想状態の際に質問して得た答えですが、自分の中で何か反応があった方は、参考になさってください。


 Q、星々とコンタクトするにはどうしたらいい?


 ✴︎他の星々とコンタクトするのは、自分自身が地球と一体化している事が前提。(これはまず地球とコネクトする事だと思います)

 ✴︎我を鎮めて限りなく透明にすること。

 ✴︎身体の力を限りなく抜いてリラックスした状態をつくること。

 ✴︎心、ハートを開くこと。

 ✴︎上記の状態で受け取ったものを疑わない。




 端的に箇条書きに記すと上記のようです。簡単そうですが、私達現代人には習慣づけるには、意外にも訓練が必要だと感じさせます。


 以下は私自身の体験を書くようにという事でしたので興味がある方は参考になさってください。


 状態をつくるのに、テクノロジーをはじめとした様々ツールを活用すること

 

 瞑想とは変性意識状態に入る事を指していると私は認識していますが、まず誰でもこの状態になるのが寝入りと眠りから目覚める間。


 だからこそ私はこの状態を大事にしていました。この状態をつくるのが非常に大事なのです。


 ご自身が好きなツールはなんでしょうか。


 音楽、アート、運動、料理、呼吸なども可能です。無心になれる事も重要な要素です。


 音という周波数を使用するのはかなりパワフルだと感じていますが、思考をクリアにするような、クリスタルボウルやシンギングボウル、そしてバイノラルビートやヘミシンクなどもあります。


 自分が瞑想してその状態につくっていくというのもひとつの方法ですが、現在はショートカットできるツールや情報が沢山ありますので、簡単さを受け入れるなら、是非活用してみてください。


 ✴︎さいごに✴︎


 簡単さを受け入れるのを表層意識では望んでるはずなのに、なぜ多くの方が行動にならないのか?って私は思っていました。


 先日こちらで投稿した私自身のエネルギーリセットワークも同様です。個人的には、こんなにも不要なプロセスをカットできてしまうのか!と感激していますし、それが出来るのが今という時代なのだと思います。


 なぜそれが目の前に出ているのに行動にならないのかとは、その簡単さの前に出てくる反発、葛藤や恐怖などの様々な反応そのものを採用しているからです。


 私は最近、自分が切り捨てた中に重要なものがあったという発見ばかりしていますが、これが随分前に受け取った『逆だよ』のメッセージだなと実感しています。


 現実での体感や体験が、受け取ったメッセージを信頼をしていくことに繋がります。


 こうやって少しずつ宇宙とコネクトしていくのではないでしょうか。これからはひとりひとりが宇宙にアクセスしていく時代ですから、星々とのアクセスだって可能です。


 興味がある方は取り組んでみてください🌈

あなたの言葉を待っている人がいる。※加筆・修正済み

今のアンドユーさんは「セレニティグロース」がブームなのかな?

あのやさしい感覚を大勢の人が持ち、広めていったらどうなるか。

想像するだけでもほっこりする。

アンドユーさんが提唱する「あたたかい世界」を大切にしたいと思うかどうかは人それぞれだけど。

少なくとも私は大切にしたいと思える世界観でした。


※もし、文章を読んで流れ弾に当たった人がいたんだとしたら、ごめんなさい。

言葉が足りてなかった部分、センセーショナルに見えそうな部分を加筆・修正しました。


「◯◯を読んでください」はさびしい。

ある動画をYouTubeで見ていたときのこと。

「この◯◯は説明しません。✕✕って本に書いてあるから、読んでください」

という発言が出てくるものだったとき。


その動画が初見だった私からすると。

なんで一番大事なところを省いちゃうんですか!?

と思わずにいられなかった。


星読みなどとはまったく無関係な動画ではあったけれども。

もし、あの動画に「セレニティグロース」的なやさしさが搭載されていたら……。

きっと「◯◯読んでくださいね」にはならなかったはず。


アウルブックでは星を読む人が多いから。

わかりやすいと思って「占星術」を例にするんだけれども。


星読みは特に「先人」が多くいる分野だと個人的に思っていて。


アラン・レオ。リズ・グリーン。

ユングも入るのかな?

鏡リュウジさんや松村繁さん、伊泉龍一さん。

その道に詳しい人なんて探せばいくらでもいる。


だからといって、「私よりも先にその人たちが言ってるんで、私から伝えられることはありません」みたいに考えてしまうのって。

なんだかさびしい。


過去の自分に向けて。その1。

目の前の1人でいいんだよ。

何百、何千、何万という人に伝えよう!みたいにがんばらなくても。

目の前のたった1人伝われば、それで充分。


世の中の大半のことは「過去に記されたなにか」で説明できるのかもしれない。

自分がやってもムダなんじゃないかって思うかもしれないけど。

自分ごととして置き換えたとき。


「聖書」読んでください。

「ダンマパダ」に書いてあります。

「論語」読めばわかりますよ。


そんな風に終わるのってやっぱり、さびしいじゃない。


自分が知ってること、体験したことをどう伝えるか。

「どう伝えるか」の部分に「その人らしさ」は詰まってるはずで。

諦めないでほしいと思う。


過去の自分に向けて。その2。

自分の心が世界をつくってる。


やさしい言葉が飛び交い、誰もが助け合う精神を持ってる。

喜びや幸せに包まれた人がたくさんいる。

そんな世界にいるのが当たり前になれば、自然と同じ行動を取りたくもなっていく。


やさしい世界をつくりたければ、自分にかける言葉をやさしくするところから。

醜くて汚らわしい、見たくない自分も含めて受け止めた先に「心からの優しさ」は自然と発揮されるんじゃないかって私は考えてる。


義務感(やるべき)や使命感(やらなきゃ)でやるんじゃなくて。

ほんとに自然と心からそうしたいと思ったからやる、みたいな感じ。


目の前に大きな荷物をかかえたおばあさんがいたとして。

荷物の上げ下げに苦労してるのを見て、自然と手伝ってあげたくなる感覚に近いかもしれない。


そういう感じの、ふわっとしたやさしい雰囲気の「したい」の連続で、今の私は生きてる(生かされてる)と思う。


この辺の言語化がふわっとしてるのは、体感し始めたばっかりで、伝え慣れてないせいもある。


それで伝えることをあきらめて、自分の感覚を他人の成果物の引用で済ませるとかしちゃったら。

自分の中に生じてる大切なものをなかったことにしてるみたいで……。

「やらなくていいや」ってなりそうだけど、そこはがんばろう、私。


ふわっとした「したい」をベースに、今日もできることをやっていこう。

直観力を養うことで宇宙の仕事を担う自分を育む

 自分としては他に書きたい事があったのですが、それではなく(😆😭)直観によれば必要な投稿は以下だそうで、そちらを書きます。


 ✴︎感謝のエネルギーで満たす✴︎


 これはよく知られている事ですが、スピリチュアル?シンガー?で有名なさとうみつろうさんのFB記事が先日流れてきて、試してみたらとてもよかった。


 有名な方なので記事自体も知っている方も多いかもしれないけれど、そこは直観で出てきたので敢えてこちらでも書きますね。


 アメブロでも書かれているみたいなのでリンクを貼っておきます。


 記事はこちら

 


 私自身、過去に自分の体験の中だけで感謝日記をやった事があるのですが、何か限界を感じていました。


 この記事で実践してみたところ、数日ですが、これは何かスケールが違う、いい!


 現在賛同して実践してる方が多ければ、その方達の意識と創造する事になるので、動きとして大きくなると思うのです。


 気になる方は試してみてください。


 ✴︎宇宙の仕事を即お金に結びつけないのも大事では?✴︎


 私は、アウルブックで投稿を継続し続けて、現在は、こういう紹介記事が増えてきました。


 これは結ぶ役目です。


 見える世界では金銭は発生していませんが、私自身はこれが現在の宇宙からのトレーニングとお試しだとも感じています。


 私達は労働して対価を得るという形に縛られ過ぎている為、この常識の囚われが染みつき過ぎていると感じます。


 もちろんすぐに結びつく方もいるでしょうが、魂のプロセスはそれぞれ違いますから魂としっかりコネクトして各自それぞれが受け取る事が大事だと感じます。



 ちなみに…私はアンドユーさんの占術の講座は、ヘリオ講座のみ受講です。


 ヘリオ講座の無料講座中だったか、希望者には校長からのメールメッセージをもらえたのですが、その時に書かれていた一部が以下です。


 情報が集まるので、それを循環させること

 

 まさに、アウルブック投稿の中で、たどり着いたような状況です。


 投稿とは、大抵まず自分が貯めた知識や、体験から始まりますし、まずそれを放出するプロセスの中で気づく事も沢山ありますから、ひとりよがりだろうが、何だろうがそれでいいと私は感じます。


 私の場合には紹介するという地点に現在いますが、そのプロセスの中で、


 『なんだ、紹介したほうが早いじゃないか』と、やたら必要に感じられるのが紹介記事になったこと。


 常に先陣はいるものです。


 ちなみに、宇宙の仕事もアシスタントから。地上でも、最初は金銭は少ないし場合によっては無給の場合もありますが、全く同じだと思います。


 そのプロセスにおける学びがきっと誰かに還元できるものになる時がきます。


 そのポイントポイントに自分が立つ度に、それに応じた活動の扉が開くのでしょう。


 ✴︎さいごに✴︎


 メインは先にあげた内容ですが、みつろうさんの記事で『クラウンシャイネス』という記事もなかなか👍です。


 エネルギーを知るにはとてもいい記事です。リンクは貼りませんが、みつろうさんの記事にアクセスすれば出てきますから興味がある方は見られるといいかなと思います。


 では素敵な時をお過ごしください🌈

平均寿命と健康寿命から残りの人生を考える。

先月、あるセッションを受けたとき。

「1ヶ月余命ワークなんてやってる場合じゃなくて、もう今回の人生で何をするのかを考えたほうがいいですよ」と言われて、絶句した。


「いや、まだ早いだろ」ってそのときは思ったから。


今の私の状況。

自分が長年引きずってた(こだわってたと言ってもいい)、過去の経験を自分なりにクリアしてからの私は、といえば。

問題が問題ではなくなり、悩みらしい悩みも生まれにくい環境が当たり前になった。

そうなると必然的にアウルブックで書く記事ネタが減った。


なぜ、自分はこんなにも安全と平和に包まれて、なんの問題もなく生活できているのか。

言語化しようにも、かなり熟成させる必要がありそうで。

自分の中で語る言葉が構築されるまで、ずっと待っている状態だったんだよね。


本当なら今も書くつもりじゃなかったんだけどなぁ……。

「これなら書けそうだなぁ」と思うものがあって投稿してます。


目標を模索する1ヶ月。

余命1ヶ月ワークをやった結果として。

お金も物質も私の人生で目標になることはもうないな、と気づいた。

もっとほかに大事にしたいものがある。


自分を満足させるだけなら今もできてるし。

私にとって「満たされる」というのは、私が私のすべてを受け止めて理解してやることだとわかった以上。

そこに金銭や物質、外から得られるものは関係ないとわかってしまったら……。


これから自分はどうしたいのか、どうなっていきたいのか。

未来を思い描けていないこと自体が、最近の悩みだったかもしれない。


これまでの経験からしても、「頭で考えた目標に向かって突っ走る」ってのは違うとハッキリわかっていたし。

自分の直感を信じるというか、本気で自分を信頼して待つ期間でもあったと思う。


日常をまったりと過ごしながら、これからどうしていこうか……と考え始めたとき。

十二国記(「風の海」「東の海神」「風の万里」)を読んでヒントをもらった。

(十二国記まつわる話はまた別枠で記事にする予定)


自分の残りの人生を使って、どんな世界を作っていきたいのか?


十二国記を読んだおかげで、おぼろげながらに見えてきたものを。

ビジネス界隈で有名な(?)「ミッション(使命)・ビジョン(展望)・バリュー(価値観)」として自分なりに書いてみた。


「子供みたいなこと言ってるな」と思っても、しょうがない。

そこから私は始めるんだ、という気概で書いた。


なんとなくでも現状でしっくりくる目標が書けたところで、次に思い出したのは記事の冒頭に書いたセッションでの一言。


今回の人生でなにをどこまでやるのか。

終わりの基準をどこに設定しようかと考えたとき。

ふと思いついたのは「ざっくりでいいから寿命から逆算してみよう!」だった。


平均寿命と健康寿命の話。

厚生労働省が出してる「簡易生命表(令和6年)」や「健康寿命の令和4年値について」によると。

女性の平均寿命は87.13歳。

男性の平均寿命は81.05歳。


女性の健康寿命(※1)は75.45歳。

男性の健康寿命は72.57歳。


※1 健康寿命とは

心身ともに自立し、健康上の問題で日常生活に制限を受けることなく生活できる期間


……おいおい。

意外と時間なくね?


YouTubeでも私と同じぐらいの年齢の女性が、「私ももう(平均寿命の)半分ぐらいは来ちゃってるから、そろそろ考えないと……」みたいなことを言ってるのを聞いたけども。

ホントにそういう年齢に突入してきてるんだと思わされた。


中学生が人生年表を書くのと違って。

書ける年代がもう限られてる。


・40代まで

・40代

・50代

・60代

・70~75まで

・75~87(寿命まで)


私のノートには上記の区切りで年代ごとにやっておきたいことを書いておいた。

正直、この区切りを見てドキッとする人、結構いるのでは?

50代以降、60代以降ぐらいからしか書けない人もいるだろうし。

パートナーや両親、祖父母などの今の年齢から考えて「マジで……? 」ってなる人もいるはず。


メメント・モリを掲げてる私からすると、死を意識するってのは目が覚める思いになるし。

やっぱり、覚悟を持って自分から死を迎え入れるのはかなり意味のあることだと思った。


人生でやりたいことは人それぞれ。

私はタロットプロ講座しか受講してないので、他の講座でなにを言われているのか、まったくわからないんだけれども。

私は情報発信をするだけが人生じゃないと考えてます。


今の世の中なら、子どもを育て上げることに自分の命を使う人だって普通にいるはず。

(仮に40歳で子どもが生まれたとしたら、60歳でやっと20歳を迎えるわけだし)


現にアウルブックで投稿している人がいるように、親族の介護や看病などで自分の命を使う人だっていることでしょう。


仕事、家庭、体調。

それぞれの分野でキツイ経験をしてるから発信が減ってるのかもしれないし。

水星逆行の影響で、ひとりで考え直したくなる人が増えたとか。


なんとなく文章や言葉でヘタなこと言ったりやったりしそうな気配があるからと。

あえて発信を避けてる人だっていただろうし。


そろそろ夏休み期間に突入する時期だし、子どもがいる人はそれだけで大変なのかもしれない、とか。

「各々の事情」ってものがあるはずで……。


自分の都合だけで判断せずに、慮れる人間でありたいと思った。


重要度も人それぞれ。

私にとってアウルブックでさえ私の人生を構成する「ひとつのパーツ」でしかなくて。

「自分の人生」という大きな枠で見たとき、そこまで大きな割合を締めるものではないんだよね。


マーカーやランキングも意識したところで自分でどうにかできるものじゃないから基本的には放置してるし。

とにかく自分の中でベストを出せれば、書きたいことを書けてればOKと考えてて。


いつも読まれない、反応ゼロ前提で書いてる(自己満足で済ませてる)から。

何かの拍子に自分の記事がランクインしまくることがあって、結構ドキドキしてたり。


noteや他媒体で発信してるからいいや、という人もいて当然で。

どんな人に何を伝えたいのかが決まっているのであれば、なおさら反応がある場所での発信に力が入るのは自然なこと。


発信するしないは各々が決めることであって、ましてや他人が決めつけるものではないし。

書けるときもあれば、書けないときだってあるわけで。


自分のペースでやっていくのが一番。

やる・やらないを自分で選べてればいい。


情報発信は継続が命。

2016年頃から情報発信をしてきてる私からすると。

続けてるだけで最強なんですよ。


どれだけ「いい人(サイト)」見つけた!と思っても。

サイトやアカウント自体が消えちゃったらそれで終わり。

探そうにも探せない……。


自分が発信したければしたらいいし、したくないならしたくないでOK。

どれだけ間が空いたとしても、続ける(その場に存在してる)ことのほうがよっぽど大事。


アウルブックについても短期で考えずに、長期で考えて動くことを私はオススメしたいです。