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バーナム効果の何が錯覚なのか分からない。

こんにちは、大柴です。今回もニッチな感じで書いてみよう。

「バーナム効果」って知ってますか?

(入口が詐欺師くさいけど)今日はこの話にしようと思います。

よくきくあのセリフ

占い師のアドバイスに

「それってバーナム効果ですよね」

と返すアレです。

バーナム効果ってのは、

誰にでも当てはまるような曖昧なことを、自分のことだ!と信じ込む錯覚効果

のことをいいます。

それを、

「いや、それって誰にでも当てはまることですよね?」という意味で

「それってバーナム効果ですよね?」

と言うわけです。

文脈のとおり批判的に言うわけですが、ここに納得がいかないことがあります。

なんで、占いの場にまったく関係のない他者の視点が入ってくるのか??

占いの範囲

そもそも占いの範囲って、ご存知のとおり、クライアントと占い師の間にしかありません。この両者の間の契約で成り立っていますから、他者は存在しません。

なのに、なぜ「誰にでも当てはまること」がクライアントにも当てはまるのに、それを当たると言うと語弊になるんだろう。

誰に当てはまっても当てはまっていなくても、クライアントに当てはまっていることには変わりないでしょう。

当たったかどうかは「占い結果」と「クライアント」だけの関係で起こる問題であって、他人に当てはまっていても当てはまっていなくても関係ないのでは?

たとえば、「親が亡くなる」は、いっけんすると衝撃的で固有の人生イベントのように感じますが、誰にでもいずれ必ず起こりうる出来事です。

誰にでも当てはまる衝撃人生イベント、たっくさんあるんですよ。

つまり、「誰にでもあてはまるじゃん」は、「だからなに?」って感じでしょ。


今回は自分の整理のために画像を作ってみたんだけど、解像度大丈夫かな?(何度作ってもぼやけるんだよね)

で、

占いの範囲って、黄色い部分ですよね。

なのに、なぜか「多数の該当者」が口を出す。

なぜ占いの結果に対して、クライアント以外の該当者がいるとダメなんでしょうね??

なんで他の人にも思い当たることがあると、占いじゃないなんて言われるんでしょうね??

占い師的には、範囲外の人は関係ないですよね。

「誰にでも当てはまること」であっても、それが「今の自分に当てはまっている」と感じるのであれば、クライアントと占い結果という個人的な関係においては「当たっている」と言ってよいはずです。占いの契約関係では問題ありません。

でもこれ、占い師でもそう思ってる人いるんですよね。

それは、感情の混乱が原因かも

占いは、占い師とクライアントの契約で成り立っています。

なので、

クライアントが「当たった!」と思うならそれでいいんじゃない?

みたいなことなんですが、

(何をもって当たったというかはまた別の話として)

それにもかかわらず、バーナム効果であってもなくても、クライアントが得た納得感を「占いが当たった」と言うと語弊が生じたり、批判されたりするのはなぜなのか。

これは、「主観的な納得」と「客観的な的中」が混ざってしまうから。



「占いってバーナム効果ですよね」と言う人は、

客観的な的中じゃないじゃん」と言いたいのかな、と思うんですね。

でもその人は、契約範囲内ではない。

範囲内では問題は起こっていないんです。

なぜなら、クライアントは「主観的な納得」が得られているからです。


バーナム効果の正体って?

「占いってバーナム効果ですよね」と言う場合、言い替えると「そんなもんは占いじゃない」ってことなのかなと思うんですが、理由としては

「クライアント固有の運命」を見抜いてるわけじゃないじゃん!

が言い分だと思うんですね。

これは誰でもそうなんですけど、クライアントは、

・人は誰でも、他の人とは違う個性的な存在だ

・占いは自分だけの特別な運命や性質を見抜いてくれるはずだ

こういう期待を心のどこかに持っています。

これが、占われる時に心に準備してある大前提となります。

クライアントはこれにより、バーナム効果が勝手に発揮されやすくなります。


そして、「曖昧で誰にでも当てはまる占断」が

「人間が抱く理想像や悩みはみんな似通っている」

という心理を突いてくる、というわけですね。

だから、「うわ当たってる!」「そのとおり!」になるわけです。

曖昧な事や当たり前のことでも、

「自分にしかない運命を見抜かれた!」

と思ってしまうんですね。

ライアント固有の性質を客観的に言い当てたのではなく、

占いの星読みやカードや命式などのシステムが、クライアント固有の性質を客観的に言い当てた

のではなく、

クライアントが自分の頭の中で「自分に当てはまるように意味を補って完成させた」

のが実態です。

そのため、客観的な視点から見ると、それは占いの予測精度が高い(=当たった)のではなく、人間の認知のクセに過ぎないとされ、

「当たったと言うのは錯覚でしょ」

と指摘するんですね。

指摘する側は、勝手に”当たって”しまうクライアントを前提としています。

でも人間ってそうですよねー

勝手に都合のいい材料を持ってきて組み立ててしまうことはよくあります。

図にするとこうなのかな。

右ルートは混ざっちゃってるルートで、感情の混乱がありますが、

左ルートは、実際に占いの場で起こっていることです。

けっこう明確に違います。


ん?どっちが正解なの?

どっちが当ってるってことなの?

どっちが悪い人なの?

って思うかもしれませんが、どっちが正解でもありません。

状況を整理するとこうなってるよねってことですね。

客観的な事実としては、

占い師の占断が「誰にでも当てはまる一般論」だとしても

「私自身にとっては、心に響く意味があった占いだ!(当たった)」

と個人的に受け止めること自体は、決して間違っていません。

いや間違うもなにも、占いの場である契約範囲内では、こういうことも起こっていますよね。


原因はおかしな前提

こうした混乱や、混乱していることが自覚できず謎理論で占いを否定するのは、そもそも持っている前提がおかしいんじゃないでしょうか。

占いってものをどう捉えているのか、その捉え方は果たして本当に正しいのか?

と考えると、やっぱり正しくない。

・占いは「自分だけの特別な運命や性質」を見抜いてくれるもの

ではないし、

・精度高く予測するもの

でもないし、

・他の人とは違う個性的な存在であるはず

んなことはないし、、、


でも、こうしたピントのズレた前提を持っているせいで、

前提どおりにならない占断が出ると

「バーナム効果だ」と主張するんですね。

いったんまとめてみよう

「誰にでも当てはまること」を「占いが当たった!」と客観的な事実として主張しようとすると、「それは人間の心理的な錯覚(バーナム効果)ですよ」と反論されて語弊が生じます。

しかし、クライアント自身の人生を豊かにするためのヒントとして、「この言葉は今の自分にぴったり当てはまっている」と個人的なメッセージとして受け取る分には、他人に当てはまるかどうかはぜんぜん関係ありませんよね。

その主観的な納得感や気づきこそが、占いが持つ本来の心理的な役割であると言えます。


その人固有の運命を見抜けないって、占いの否定ではないよね

なぜか期待されているけど、実際はそういうオーダーはあんまり無いよね。

精度の高い予知がないからって、占いの否定要素ではないよね

精度の高い予知=占いじゃないからね。

(気象庁でもできないよ。。。)

でも、バーナム効果を感じることは実際あるよね

あるよ。人間の脳って勝手に当てはめるんだもんね。だって期待してるから当たって欲しいんだもん。

それに、誰でも特別な部分は実は少なくて、固有の運命なんてあんまりないからね。他の人には絶対にない、自分しか経験してない事なんてほとんどないからね。どこかしら似通っているものなんだよね。

みたいなことでしょうかね。

大柴の頭の整理結果なので、あっちこっち混乱しながらも、こんなことなのかなって思います。

こんな占い師はイヤだ!

さて、今回も長いこと語ってみましたが、ここから想像できてしまう、あったらイヤだなあという人物像がありまして。

ちょっと書いてみましょう。


①狙ってやってる占い師

バーナム効果を使って、ランキングトップになってやろう!

私は当たる占い師ですよ皆さん!

あなたは特別な存在で、あなた固有の運命を見抜きますよ!

②うっかり乗せられるクライアント

自分の特別な運命を教えてもらった!

見抜かれた!やっぱりこの占い師は当たるんだ!


蜜月だと思いますが。。。

実はこれがずっと続くと、占い師側にはこんなことも起きてしまいます。


・バーナム効果で当たる占い師を演出

・しかも★がたくさんついたり、支持されることで「私って当たる占い師なんだ!」と謎の自己肯定をしてしまう(最初は自信がなくても、どんどん強化していってしまう)

・謎の自己肯定により強化されたメンタルで、客観的な視点からの指摘を受け入れられなくなる(お客さんが当たるっていうんだから私が正解だよ黙ってて)

・当たる占い師という自信で学ばなくなり、指摘されるような学びの場には出なくなる(学びが足りていなければ当然ながら講師に指摘される)

・どんどん学びの足りない占い師になっていく。

・でも、バーナム効果を使いまくってランキングトップになる。


バーナム効果やちょっとおかしい前提を利用して、こういうことができてしまうし、どんどんはずれた道に進んでしまうかもしれません。

やはり、学びを止めないことは大事ですね。スーパーバイズは嫌がらずに。


感想で〆る

占い師でもよく分からないまま混乱しつつ占っている人はいるし、ちょっとおかしい前提を持っている人もいますから、一旦自分で考えを改めてみましょう。

占いとは〇〇〇〇

↑この前提、あなたはなんですか?


占いをどうとらえるか、占いでは何を得られるか、

それはかなり幅の広いこと。

そのすべてが「占い」ってことでいいでしょう。

寿命がたった数十年の私たちの前提なんて、視野の狭いこと。

占いの歴史は千年単位だよ。

ちっぽけな人間の小さな思い込みで量れるもんじゃないからねえ

2
「相性がいい」は都合がいいってわけじゃない。

ニッチ記事を目指しているあまねです。

今回もやたらニッチにできるのか。。。?

相性ってなんぞ?

相性って、現場ではかなり良く聞かれる用語だと思うんですよね。

相性がいいか悪いか、とか、

相性どうですか、とか、

職場との相性が分からないと就職を決めかねる、とかなんとか、、、

そんなふうに使いますけど、じゃあ、

『相性』って何だと思いますか?

相性てふんわり語じゃないよね

私は、「相性のよさ」と「都合のよさ」は分けたい。って思ってます。

「相性がいい相手」って、つい

「いつも仲がいい」とか「いつも心地よい」とか「自分にイヤなことをしない人」だとか、そういうふうに思ってしまうんですが、、、

それは「都合のいい人」でしょう?

と思うわけですね。

先に言っておくと、「都合がいい人」はネガティブな意味ではありません。

(そんなこと一言も言っていないのに、そうとる人が多いみたいでね)

ちなみに都合のいい人ってどんな人?

たとえば、

「あの人いい人だよねー」

の”あの人いい人”は

「自分にとって都合のいい人」

になります。

”イヤなことをしてくる相手”のことを、自分にとって好印象な人”と感じるはずがない。

「自分の好印象」が結びついているのは、あくまでも「自分の都合」なんですね。

都合のいい人とは、

話の分かる人、話を聴いてくれる人、趣味の合う人、笑いのツボが同じ人、心地よい人、などなどなど。。。

そんな人をつい「相性のいい人」と感じてしまうんですが、

私としては「相性と都合をちょっと混ぜすぎてないか??」と感じます。

そう考えると、じゃあ「都合のいい人」はどんな人なのか?というと、

友人になったり、恋愛や結婚をする相手になります。

友人になるのに都合がいい、恋愛するのに都合がいい、結婚するのに都合がいい、、、

ということですね。

じゃあ相性のいい人って?

相性に「良し悪し」を絡ませないで考えています。

相性とは、くっつきやすいタイプのこと。

たとえば、

「息子に似ている部下」と「父に似ている上司」とか

「いじめっ子」と「いじめられっ子」とか

「売りたい人」と「買いたい人」とか

都合は挟まず、単純にくっつきやすいタイプ、かなと思います。

相性と都合を混ぜると

「どうして相性がいい相手なのに喧嘩するんですか?」

みたいなことが生まれるんですが、

「相性のいい相手と都合の悪いことが起きている」

と考えるとわりと成立します。

都合が悪い相手でも相性がいいことがある

なので、こう↑も言えてしまうのが残念なところです。

特に「いじめっ子」と「いじめられっ子」は最悪ですね。

相性がいいなんて言われても、受け入れがたいです。本当に。

いじめられる側からすれば「相性が悪いからいじめられるんだ」と思ってしまいますよね。

ですが、自分にとってその相手が都合がいい人でも悪い人でも、人間関係は歯車同士。

噛み合う相手は「相性のいい人」

相性が悪ければ、歯車は噛み合わない。

噛み合うことを「相性」

そして、歯車が噛み合う相手を「相性のいい人」と呼ぶわけです。

都合の良し悪しはありません。

例を出してみよう

たとえばわたくし大柴は、タロットを教えています。生徒さんから見て「知りたいことを知ることができた講座はあまねさんの講座だった」ということがあれば、その生徒さんからすればわたくし大柴は

・都合のいい相手(知りたいことが知れたぞ)

・相性のいい相手(”知りたい”と”教えたい”の関係)

になります。お互いに噛み合い、とっても良い関係だなと両者ともに感じることができます。

こうならないことももちろんあって、

「図星なことを言われて、逃げていた問題と向き合いたくなかったからショックを受けた」という方からすれば、こうなるのかも。

・相性がいい相手:クライアントと占い師(占って欲しい人と占いたい人)

・都合が悪い相手(言われたくないことを言われた)

分けて考えるとこうなります。

両方が揃わない相手なんて、ごく普通にいますよね。

ここから分かること

人間関係は歯車、ということは、形が合わなければ一生噛み合わないので、自分の都合のいいように自分の歯車の形を作っていけばいいんですね。

・都合のいい人と噛み合う形

・都合の悪い人と噛み合わない形

・都合のいいことが起こる形

・都合の悪いことが起こらない形

に自分がなっていけば最強です。

自分の形を上記のように変えれば、最強になれます。

で、この逆のことが起こっているなら、あなたの歯車は都合の悪い形になっています。気付いたなら今すぐ変化しましょう。

それから、ここから分かることがもう一つ。

自分から形を変えようとしない限り、あなたの歯車は変わりません。

他人は変えられません。変わるのは自分だけ。

これがこの世の原理原則です。

自分の歯車が変わるから、噛み合う相手も変わる。

結局、間接的に相手を変えることもできるのです。

あなたの歯車を見直してみて

相性がいいよ=その人があなたにとって都合が良いよ

ではないよ。

あなたの歯車は、どんな人と噛み合う形になっているの?

人生で何度も起こる、似た事件ってどんなこと?

何度も起こるってことは、何度も起こす形に自分の歯車ができているということ。

嫌いなのに、何度も噛み合ってしまうタイプっている?

毎回イヤな思いをさせられる内容って同じだったりしない?

思い出していくと、自分がどんな歯車の形をしているか、何となく分かってきたかも。

そして「変わりたい!」「この形じゃイヤ!」「でもどうしたらいいの?」と思いますよね。

その解決策が、占いや心の分野です。

この分野には大きな可能性があり、それもまだすべて解明されていないという、とても希望に満ちた状況です。

出会った瞬間から噛み合って、今までにないものすんごいスピードでくるくる回り出す、相性最高の歯車さんに出会ってみたくないですか?

そんなわくわくと期待を胸に抱いて、毎日占いと心理の勉強をしています。

3
見えない次元の自己との交流で深める愛、アウルブックバースデーに皆にビックウェーブの予感!

 

 アウルブック1周年おめでとうございます🎊


 昨日は、見えない次元からの知らせで、思いがけず太陽回帰図を投稿しました。

 当初理由がわからなかったのですが、それを通して私に認識させたいと思われるものがありました。

 え?!こんなカタチで別の疑問に対して知らせてくるんだ!

 またそれを自分で発見できる楽しさです。

 高次元でもプラスとマイナスがあり、プラスの方は本人の成長を奪わないと聞きます。実際私自身もセッションで、あまりにも絶妙な伝え方に驚いた事があります。(後からわかってくる)

 体験されている方もいらっしゃるでしょうが、見えない次元の知らせとは、それがひとつでもなく驚くような精密なピースの繋がりと、予測を上回ること。

 人間の思考を凌駕する。

 それは、また自分の謙虚さを育み、そして、その意を自分自身で発見する喜びと驚きは感動に満たされます。


見えない次元の自己と交流を深めてみる


 なんとかのという存在でもいいのですが、まずオススメは自己の領域と交流。魂で生きていきたいなから欠かせない交流だと思うから。

 先日のこと

 知識として理解していた夢の次元はもうひとりの自分であるというのが、体感としてはっきりと認識した夢の体験がありました。

 夢の内容も鮮明ですし、メッセージというなら、今の自分に対して、それも『なるほど』と思えるもの。

 せっかくなら統合化された自分のメッセージを引き出してみよう!と💡久しぶりに…


 ドリームワークをタロットでのクラウドスプレッドで!


 これは、松村潔氏の著書のクラウドスプレッドから知ったもので、私のお気に入りがアーノルドミンデルの方向性のドリームワークをタロットで行うものです。

 最近お気に入りのライトランゲージカードは、構成はタロットと同じ。2つのカードをワークに使ってもいいのですが、今回はこれひとつで!

 そして今回はプロセスを省き、統合化された自分からのメッセージという一択という意図。

 冴えていたのか、自分に必要なカードと最後にジャンプして出てきたカードもありました。カードを開くと、

 今の自分

 夢の次元の自分

 そして統合化された自己

という3つのピースがビッタリハマる!そしてジャンピングカードもドンピシャなサポートアドバイスでした!

 タロットに親しんでる方には、プラスワンとしてオススメのクラウドスプレッドです。

 

 さいごに


 私はアウルブックへの投稿の頻度の高さと継続の意味が自分でも分かりません。

 ただ、太陽回帰図の投稿にあたり、自分のジオのネイタルとアウルブックのそれが2つもピッタリと重なるポイントとその惑星の組み合わせには驚きました。 

 なるほど!

 そして、このクラウドスプレッドでのメッセージもそこをアシストする意味も含まれてて数珠つながり。

 私達がこれはやってる意味はなんだろう?と思えるものの答えは、大抵後からわかるものですよね。そこに意味がないと決めつけるのは自我です。

 凄くもったいない。

 ご存知だと思いますが、サポートを依頼すれば、ちゃんと様々なカタチを取って知らせてくる。

 そしてそれは自分が宇宙に愛されているという感覚を私達にもたらせてくれます。

 本当に最後に(笑)アウルブックバースデーなのでカードを一枚

 運命の輪!!

 人生を変えるビックチャンス!

 運命の輪は現状を超越する展開をもたらします。ただ与えられるままの人生から、自分で選択し、創造して行く人生に挑戦したいと思いませんか?今こそ勇気を出して新しい展開に飛び込んでみる時なのです。人は可能性を差し出された時、そのリスクについて考えます。現時点でのリスクを背負うことを恐れ、踏み出さない決断をする人の多いことか。しかしこの世界は、自らのスイッチを入れる事が大切なのです。もし明日、あなたの人生が終わるとしたら、やり残した事はなんでしょうか?運命の輪はあなたに覚悟を決める事を求めています。チャンスは決断によってのみ開かれるのです。勇気を出してトライしましょう。大きな報酬と共に未来を書き換える絶好のチャンスがあなたの前に現れています。

 ※カード説明文より引用

 決めた方は宇宙が動く、また応援が入るタイミングのようです。

 素敵な時間をお過ごしください🌈


4
「認めたくないもの」に秘められた魅力。

ゆうやさんのライブで描いたを絵を見直して、母のことを思い出した。

母にもよく似合いそうな柄だなと思ったから。


母を象徴するなら牡丹より薔薇だし。

黒地(または濃い紫)の布に、とても大きな真紅の薔薇が一輪、ドンと描かれてて。

細い金の模様とかが入るような、着る人を選びそうな柄のほうが似合う。


現実を自分の心を映す「鏡」とするなら。

母は激しい要素を持った人だったのは、それ自体に意味があるように思えてくる。


同族嫌悪してただけかも。

私にはそんなのあるはずない!

そんなのは私じゃない!

って。


否定したい心が激しさとなって現れていたのかな、とか。


……否定したくなってる時点で「ある」って、認めてるようなもんなのに。


いい加減、受け取りなさいよ。

母が持ってたような「毒」も「トゲ」も「クセ」も、私にはないと思いたかった。

だけど、「やっぱ、あるわ」と認めることになった。


私の精神の中心に「刀」がある時点で、キラキラ・ふわふわしてるわけがなくて。

そりゃそうだよなと。


「母の怒り」って実のところ、私の無意識の叫び声だったのでは?

そんな風にも考えた。


「なんで認めないんだ! お前にだってあるだろう! 」って怒りで返されてる感じ。

当然、怒りは表面的なものでしかなくて。


その訴えの先にあるのは、

お前が認めたくないものの中にこそ、お前にしかない魅力が詰まってるんだろうが!

持ってる魅力を自分から消してる場合じゃないだろ!

みたいな。


怒りよりは悲しみ。

どうして受け取ってくれないんだ!という叫び。


ごめんな。

母親ほどではないにしろ。

目を引くようなDNAはしっかり受け継いでるらしく。


自分のダークな部分を受け取ってみたら案外、心地よかったし。

離れていく人が居ても、なんとも思わなくて。


「いままで違う人のフリをしててごめんね」って思ったぐらいだった。

自分に対しても人に対しても。


私は地に足つけていく系。

というわけで、ここからは私らしさの出てる話をするんだけども。


都合の悪いことがあると、見えない世界の存在やエネルギーのせいにする能力者が身近にいて。

改めて自分の心を省みる力が必要だなと感じてます。


「私には〇〇が合わない」

「〇〇(有名なパワースポット、特定の都道府県、または住民の人間性)はあまりよくない」

「(私じゃなくて)守護霊がそう言ってるんです」


いやいや、ちょっと待ってくださいよと。


同じ心学を学ぶ者として、他責にしてる場合ではなく。

今こそ、自分の心を観るときなのでは?


そんな風に投げかけたことがありました。


少なくとも私には特定のモノに原因があるとは思えなかったし。

なぜ、ネガティブな情報を伝えてきたのかもよくわからなかったし。


見えない世界を盾にされると、確かめようがないから。

「あなたにはそんな風に見えてるんですね」以上に言えることもないし……。


私も私なりに見えない世界のことは意識にあるけれども。

なんでもかんでも見えないモノのせいにするのは違う、と思ってます。


一旦、自分の「心」を観る。

我慢してたことはなかったか。

そのとき本当に言いたかったこと、ぶつけたかった気持ちはなかったか。



過去のことは見なくていい、スルーしていいという派閥もあるけど。

私には合ってなくて。


観るべきものを観て、自分なりに決着を付けて。

はじめて現実が動き出すことが多かった。


もちろん、人それぞれに合った手法はあるはず。

私のやり方だけが正しいとは考えてなくて。


これまでの人生経験から

心残りを自分で回収しないと、いつまでも同じところに戻ってしまうよね。

というのが私の持論だ、というだけ。


自分の行いに集中する。

感情的に強く反応する所があるのなら、言語化されてない思いが眠ってる証拠。


いろんな人が目の前に現れてくれるおかげで、私は私の「どうしたい?」を発見できてて、自己理解がどんどん進んでる。


「あの人のこういうところが嫌い!」で終わらせないで。

「じゃあ、私はどうしたいと思ってるの?」と問いかける。


自分にとって絶対に外せない、譲れないものを見つけたなら。

あとは自分が自分のポリシーに従って動けているなら、それでよしとする。


他人に「やってよ!」と要求しない。

やってくれることを期待しない。


「あの人は変わりっこないから、何も言わないでおこう」とかではない。

他人は関係なくて、私は私の在りたい姿を体現していようってだけ。


自分の大切にしたいものがわかってるからこそ、自分と相手のスタンスの違いがはっきりわかるようになってきたし。

いわゆる、「自分軸」と呼ばれるようなものがちょっとずつ構築されて。

「それはいりません」と、Noもはっきり言える体質になれたように思ってます。

5
星の後押しを日常に 〜「似合う」だけじゃない服選び〜

■星を普段着みたいに使ってみる

最近ふと、「私はわりと、星を普段使いしているかもしれない」と思いました。

四柱推命の星は、人生の流れや性質など、“読むもの”として扱われることが多いように思いますが、もっと気軽に使ってもいいのかもしれません。

例えば私は、服選びに迷った時、自分の命式にある星のイメージを取り入れることがあります。 十二運星のイメージを、服装に活用するのです。

もちろん、「この星だから、この服!」のような厳密な話ではありません。 あくまで、自分の感覚です。 でも私は、その“自分の感覚”こそが、結構大事なのではないかと思っています。

自分が「これ、〇〇っぽい!」と感じるならそれでいいし、むしろ、それがいいのです。


■私の中の「病」と「帝旺」

私の日柱の十二運星は「」。 人生サイクルでは病人を表すエネルギー。

字面にびっくりされることもありますが、“病人”というより、私は「休息」「リラックス」のイメージを持っています。 

病気の時、人は横になったり、楽な姿勢を探したりしますよね。 だからなのか、私は昔から、家で過ごす時や普段着に、自然素材で肌あたりの優しい服を選んできました。

骨格診断では「ナチュラル」タイプなので、結果的に、その感覚とも相性が良く、日常にも取り入れやすいのかもしれません。

一方で、仕事や社会性を表す月柱には「帝旺」があります。 人生のピーク、王の星。

初対面の人と会う時や、少し特別な日に、私は少し“帝旺感”を出すことを意識します。 エッセンスを入れると言ってもいいのかもしれません。

……とはいえ、

私のクローゼットに「王女のドレス」があるわけではありません。 ハイブランドの服もありません。

でも、私にとっての“帝旺っぽさ”は、作れます。

最近では、

  • ・モノトーン
  • ・コントラスト強め
  • ・シルバーやゴールドのアクセント
  • ・少しシャープな雰囲気

このあたりが、私の中の“帝旺感”です。

ここに元々好きなアシンメトリーを組み合わせると、不思議としっくりきます。

先日も、ある方に会う日、チャコール(スミクロ)とシルバーのコーディネイトで出かけました。 特別な服ではありませんでしたが、「おしゃれですね」と言っていただけて、少し驚きました。


■人それぞれの「〇〇感」

実は一時期、骨格タイプやパーソナルカラーをかなり忠実に取り入れていて、「黒やグレーは顔色が沈むから」と、封印していた時期がありました。

もちろん、診断はすごく参考になります。

でも不思議なことに、私は黒やチャコールを着ている時、なぜか褒められることが多いのです(ここは、顔タイプが影響しているところではあるのですが)。

「どこかお出かけですか?」なんて聞かれることも。

おそらく、自分の“好き”や“感覚”に合っているから、自然と雰囲気に出るのかもしれません。

でも、あとから振り返ると、あれは月柱の「帝旺」を、自然に使っていた感覚だったのかなと思います。

最近は、何を着たらいいかわからなくなった時、クローゼットの中から“帝旺っぽい”服や、“帝旺感”アイテムを選ぶと、少し安心します。

ラッキーアイテムというより、自分の中にもともとある「お守り」に近い感覚です。


■「好き」を後押し

以前イベントで鑑定をした時、「つい開運アクションばかり調べてしまうんです」というお客様がいました。

その方は、日柱が「病」、月柱が「建禄」。 建禄には、安定感、信頼感、誠実さ、みたいなイメージがあります。

なので私は、「たまに少しキレイめな服を着てみるのもいいかもしれませんね」と、お伝えしました。

すると、その方が、「普段は子育てとパートでカジュアルばかりだけど、会社で働いていた頃は、きちんとした服が好きだったんです」 と話してくださって。

「やっぱり、合ってたんだ!」 と笑ってくれたのが、印象に残っています。


■星を、自分らしさのヒントに

もちろん、着たいものに迷いがないなら、好きな服を着ればいいですし、骨格診断やパーソナルカラー、顔タイプ診断も、とても役立つと思います(私は診断を受けて楽しかったです)。

でも、

「それらを活用しているのに、なんだか最近しっくりこない」

「ちょっと物足りなさを感じる」

「内側の自分らしさを取り入れてみたい」

そんな時、星のイメージを借りてみるのも、案外おもしろいものです。 “私の〇〇感アイテム”をたった1つ加えるだけでも、気持ちが落ち着くことがあるかもしれません。


十二運星でも、通変星でも、日干でも。 「この星、なんか好き」。 そこからイメージを広げてみると、自分との付き合い方が少し変わるかもしれません。

“当てる”ためではなく、“自分を整える”ために、星を使う。

そんな楽しみ方も、私は結構気に入っています。

ご自分の命式が分からないという方は、優しい四柱推命で、命式と星の特徴を調べてみてはいかがでしょうか。

それでは、また☆

6
命式に“矛盾”を感じたとき、私が大切にしていること 〜「当たっていない」と感じる星の捉え方〜

四柱推命を学び始めると、時々ぶつかる疑問があります。 

命式に、相反する性質の星がある場合、どう捉えたらいいだろう?」というものです。

例えば、

・社交的な星があるのに、1人が好きだったり

・慎重さと大胆さが同居していたり

・現実的なのに、とても感受性が豊かだったり

実は私自身も、友人・知人の命式を見せてもらいながら、鑑定書を作成していた頃、ここで結構悩んだ経験があります。

「どっちが本当なんだろう?」「矛盾してない?」「当たってないって思われるかも…」 そんなふうに。

でも、四柱推命鑑定士・講師のやなかえつこ先生も、「そもそも人は多面的」「いろいろな要素を持っているもの」とおっしゃっています。

今の私は、“どちらかが正解”ではなく、「どちらの要素も、その人の中に存在している」と自然に捉えられるようになりました。


ただ、ここで難しいのが、「こういう性質がありますね」「素敵な星ですよ〜」 と伝えても、ご本人にまったく自覚がない場合です。

「当たっていない」で、終わってしまうこともあるからです。

占いが「当たる・当たらない」で判断されやすい理由のひとつは、ここにあるのかもしれません。


そこで私は、相談者さんのタイプによっては、「ジョハリの窓」という考え方を使うことがあります。 研修やセミナーなどでも使われる、有名な自己分析ツールです。

簡単に説明すると、

開放の窓 → 自分も他人も知っている領域

盲点の窓 → 自分では気づいていないけれど、他人は知っている領域

秘密の窓 → 自分は知っているけれど、他人には見せていない領域

未知の窓 → 自分も他人も、まだ気づいていない可能性の領域


場合によっては、一緒に言葉を書き出しながら、ミニワークのように使うこともあります。 これに、命式にある星の性質を当てはめてみると、整理されて、結構わかりやすいのです。

例えば、

「それ、昔からよく言われます!」

「めちゃくちゃ当たってます!」

というものは、“開放の窓”。


「自分ではピンとこないけれど、人からは言われたことがあります」

なら、“盲点の窓”。


「自分ではそう思っているのに、周囲には伝わっていない気がする」

なら、“秘密の窓”。


そして、

「いや、それは全然違う気がする…」

「当たってない…」

は、“未知の窓”。


「占いで言われて、妙に腑に落ちた」

「なんだかスッキリした」

という感覚があるときは、“盲点の窓”や“秘密の窓”に、言葉が触れた瞬間なのかもしれません。


私は、“未知の窓”に入る性質や才能って、「まだ使っていない要素」のようなものだと思っています。

だから、「今は使ってないだけかも」「必要になったら取り出せるかも」と、思ってもらえるように、ゲームのアイテムみたいにお伝えすることもあります。

逆に、「当たってない!」と強く感じている方に、無理にジョハリの窓を持ち出して、理解してもらおうとは思っていません。

ロジカルに整理すると安心できる方もいれば、スピリチュアルな説明のほうが、自然に受け取れる方もいるからです。


占いも、その解釈も、「自分にとってしっくりくるもの」を選べばいい。

響かなかったものは、無理に採用しなくていい。

結局、私がいつも伝えたいのは、

“自分の感覚を、何より大切にして選んでほしい”

ということなのかもしれません。

それでは、また☆


7
余命1ヶ月だったら何をする?

数日前から「あと1ヶ月で人生が終わってしまう」という「設定」を大真面目に生きてます。

なぜか定期的に「死」と直面させられる私。

今回は「自分が死ぬ瞬間」をリアルに想像したら、新しい世界が開けてきました。


アウルブックでは書けなさすぎる。

やってることがやってることだし。

センシティブすぎる気がしてアウルブックでの投稿を避けてたんです。


それに、私にとって自分にいちばんしっくり来る形で「死」に関する表現をしようと思うと。

どうしても、アウルブックのガイドラインを気にする領域に入ってきてしまうから。


自分の心境の詳細は書けずとも。

そんなことやってるよって話はできるかなぁと思ったので、投稿してます。


あと1か月だとしたらと考えると、どんな文章(発信)を残したいのか。

そういったことも真剣に考えてしまいます。


今この瞬間も命を削りながら書いていると思ったら。

どんな些細なことも自然と本気で大切にしたくなっちゃいますね。


意外な発見。

ある人が「一旦、自分の人生を終わらせてみたらいいよ」と言っていて、素直に聞いたことをやってみました。


いろいろと想像したんです。

命が尽きる直前であるとか、お葬式の場面とか。

私がどんなことを想像したのかは、私が文章にしようとすると生々しくなりすぎるので割愛。


そしたら、自分の本気の願いと思いが出てきました。

申し訳ないけど自分の親族のことは全然、出てこなくて。


それよりも「自分で作り上げた場に集まってきた人たち」のことしか浮かばなかった。

その人たちのために何ができるか、何を残せるかってことばっかり。


いま書いてる文章も死後に読まれるのかって考えると……。

伝えたいことは山ほどあるけど、厳選して伝えるしかなくて。


限られた時間の中で何をやるのか、毎日考えさせられてます。


1ヶ月と決まっているからこそ。

やることの取捨選択がとにかく早い。

と同時に、「時間がない」を理由にやる前から見切りをつけがち。


そのことに気づいてからは「1ヶ月」という締切は頭に入れつつも。

「できるかぎりやってみる」の精神で動くことにしました。


一つも逃したくない。

すべてを味わいきりたい。


そう思っているのに、ギュッと握りしめる感じではない、さわやかな執着。


ほしいけどほしがりすぎない。

妙な感覚のせいで、かえって毎日が充実してるんです。


なんでもないことにいちいち感動するし、喜びも嬉しさも倍増。


死を意識したワークと出会ったこと自体もそうだけれども。

外からやってくる「ギフト」もすごくて。

精神的にも物質的にも、ハイレベルなものがやってきてるように感じてます。


個人的には上り調子。

いままでになく充実しちゃってる。


自分がいかにどうでもいいことに時間を使ってたのかとか、よくわかる。

1ヶ月って締切ができただけでこんなに変わるのかってぐらい。


さっきも書いたように。

1秒たりとも無駄にしたくないという気持ちがありながら、まったく焦ってなくて。


なんだか不思議な感覚のままに、私はいまも生きてます。

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星に重ねる日々のこと ~今日の星メモ~ 2026.6.12

ネイタルホロスコープ全体から一日を振り返ってみたり、時々思いついたテーマで読んでみたり、をやっています

いろんな読み方をしてみたり、その日に降りてきた感覚をつづってみたり、とゆるりとマイペースで続けています

よかったら足を止めてお読みください

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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久しぶりにジムのレッスンに参加しました

いろいろあって疲れていて正直行くかどうか悩みましたが

身体を動かさないことが変な疲れにつながってるのかも、と思ったので

ちょっと疲労感はあったのですが、がんばって参加

今月から新しいメンバーが参加したので、今日のレッスン内容は基礎の基礎

時々こうやって基礎の基礎に戻るとすごく勉強になります

ここのところ気がかりでストレスになっていたであろう父のことも、身体を動かして

いる間は気分を切り替えることができてスッキリしましたし、笑顔にもなれました

「ネイタル金星 トランジット月、海王星 コンジャンクション」

があったので、運動がいいきっかけで気分も上がり、楽しい気分になれたのかも

しれません

父のことは長丁場になりますし、年齢も年齢なのですっきり元気になる、ということ

はなかなか難しいと思っています

母のことも心配です 

毎日電話したいぐらいですが、母には母のペースがあるので母が連絡してきたい

時にはしっかり話を聞いてあげようと思っています

そんな中でも自分の気持ちと身体のコンディションを上手に整えていくことが

これからの困難を乗り越えるのに大事じゃないかな、と考えています

「こんな状況だから楽しいことしたらダメ」

ということは思わずに、できるだけ自分のペースを守っていこうと思います

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本日もお読みいただきありがとうございました

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死をそばに置いて生きる。私を最大限に引き出す気づき。

アウルブック、1周年ですか。

お祝いムード(?)の流れがあるというのに。

「死」をテーマに生きてる私は完全に逆行してるなと思いつつ😂


とはいえ、1か月の期限を思えば、まわりを気にしてやりたいことをやめてる場合じゃないから。

独自路線のまま突っ切ります。


ゆうやさんのライブを振り返って。

「 The Source 〜源に還る日〜 ver.2.0 」のアンケート期限が今日いっぱいまでだったこともあり。

昨日、時間を作って配信のアーカイブを見て、アンケートの回答まで終わらせました。


「ピカソの自画像」のとき、いつものように「お絵かきタイム」が用意されてて。

5分ぐらいで描いたにしては、覚悟決まってんなぁーと。


タイトルは「繰り返し 繰り返し」

手元にあるニーズリストから「真価の承認」を選んだ。


絵を描いてみてーと言われたときにパッと頭に思い浮かんだのがモダンな和柄。


最近の浴衣にありそうな柄のイメージ。

「矢絣」と「麻の葉」の模様に、牡丹の花。

布地は白と黒。


「繰り返すパターン」としての模様。


この絵だけは何度も見入っちゃうんだよね。

それだけ自分の「源」に近い部分を表現できたってことなのかも。


もうだいぶ前だけど。

ACのやつで、1人だけ黒い紙を量産しまくる男の子のCMを思い出した。

(AC 公共広告機構「IMAGINATION/WHALE」「黒い絵」だそうです 

なんか、それに近いものを感じてる。


他の人のようにキラキラしてないし、明るくもない。

ほんわかする要素はひとつもない。

怖いと思う人もいるだろうし、びっくりする人もいるはず。

なんなら「大丈夫?」って心配されてもおかしくない。

でも、絵から感じる、伝わってくる雰囲気こそが「私」なんだよなと。

改めて認識する時間になった。


自分の「異質さ」にOKを出す。

どれだけ繰り返してきただろうか。

なにかあるたびに、どうして人と違うのかってことを考えてきた人生だったけど。


1か月しかないって思ったら、気にしてる場合じゃない。


「死」をどう取り扱ったらいいのか。

「死」という現象に振り回されてるところがあったけども。


死を遠ざけるんじゃなくて。

すぐそばに「死」を置いて生きればいいんだ、と。

自分から「死」さえも抱え込んで一緒に生きていこう。

そういう境地に至りました。


自分にまとわりつく「黒い影」のような、なんとも言えない気配をできるだけ無くしたい。

明るい人間であるように見せたい。


そんなのは完全に終わり。

「死」でも「闇」でも「影」でも、なんでもいいけど。

それらを含めて「私」として生きてやろうっていう気概が生まれた。


暗くて、怖くて、近寄りがたい。

全部、褒め言葉ってことにしておくわ。


「この私」で生きていく。

ウソをついてもしょうがないというか。

隠してたところでバレバレだろうし。


たとえば、私が好きになる2次元のキャラもだいたい、独特な雰囲気を醸してる。

でも、「その雰囲気がいいんだよ! 」という人はたくさんいるわけで。


同じ理屈で「私がそうであったとしても、もういいんじゃないの? 」って思った。

(だからといって、自分勝手に振る舞うとか、わがままになるってのは違うから。

そこは気をつけたいところだけども)


こんな私に残せることはなんだろうなぁ……と、今も考えてる最中。


一般的な情報は、AIが好きなだけ生成してくれるだろうから。

私はこうやって自分の体験や思い(生きた人間だから出力できること)を表現していくつもりです。

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キロンが牡牛座へ

 2019年から牡羊座にいたキロンがいよいよ夏至前に牡牛座へ移動します。

 私はキロンはかなり重要視していますし、キロンリターンを迎える前後の時は年齢的にも、それまでの人生から大きく変化が起きる方もいるからというのもひとつ。

 私はヒューマンデザインが好きですが、ヒューマンデザインでもキロンリターン前後7年の変化にはかなり重要視しているようです。


 まず、さらっと振り返ると、

 スピリチュアルが浸透したのがキロン魚座時代

 2010年4月〜2019年2月

 ちょうど、その前の水瓶座時代に『オーラの泉』という番組が放送され、見えない世界への浸透が一気に広がったと思うのです。

 ある意味、あの番組は、それまでの見えない世界への概念を変えたという水瓶座の時であり、次に迎える魚座時代の繋ぎの役目をしたのでしょう。

 そこから『オーラ』という単語を多くの方がフツーに使うようになったり、エネルギーとか、見えない世界への認識の変化、認知が広がったと思うのです。

 また、その分野の仕事の裾野も広がったのではないでしょうか。

 『自分らしく』『自分軸』が浸透したキロン牡羊座時代

 2019年2月から牡羊座に入りましたが、やっぱりなんといっても自分らしく生きるという流れが一気に来たこと。

 今ではCMでも目にします。

 ただこれは、まだ精神性の段階であり、この時期はその生き方の情熱や原動力の源を湧かせた時とも言えます。


 いよいよキロン牡牛座時代へ

 精神性から実際の資質に時代が舵を切ります。

 個人の資質や才能を現す牡牛座でもありますが、所有やお金にも関係してるサインですよね。

 最近の犯罪は、何かエスカレートしている気がするのですが、犯罪の根底にはお金の問題があります。

 牡牛座時代では、より具体的な資質の発揮とも言えますが、所有やお金に対する傷。またそれに関連した私達の概念や認識の変容が起きるかもしれません。


 私がここ最近、関わる人で感じるのが

 個人防衛、とくにお金に関してです。


 当然と言えば当然なのですが、スピリチュアル界隈で聞く

 好きな事をして後からお金がついてくる。

 これを望む人が多いと思うのです。

 ただ、そのプロセスにおいて各々が、お金に対する概念の変容が思っている以上に、必要なのではないでしょうか。

 スピリチュアルや占いを仕事にしようが、私達の認識が古いままだと、別の仕事しようが違いはありません。それはアイテムの違いに過ぎないからです。

 また、人によっては自分で稼ぐという手段ではなかったり、二足の草鞋タイプもいたり、時に誰かのサポートを頂くという時期の時もあります。

 それもらしさ。

 なんらかの常識の破壊が、今の私達に必要でしょうが、今、破壊の冥王星は、牡牛座の90度の位置の水瓶座にいます。

 まさに過去の蓄積という固定概念や所有を牡牛座と見做すなら、それを方向転換させる位置に冥王星はいます。


 キロンは土星から天王星への橋渡し


 昨日、たまたま占星術の本を読んでいて、キロンと火星のところで、すっごく唸ってしまいました笑

 火星はまたタイミングが来たら書きますが、今回はキロンについて、抜粋したいなと思います。

 

 キロンを正面から扱うというのは、天王星と土星の断絶を埋めていき、「天王星のように人間をトータルに見ることであり、特定のローカルな信念体系に委ねることから独立した視点を持つことである」ということです。

 

 キロンそのものを扱うよりも、自分のホロスコープの中で、天王星のあるサイン・ハウスを考え、次に土星のサイン・ハウスを考え、比較してみましょう。その上で、キロンのあるサイン・ハウスを考えます。

 完全マスター西洋占星術IIより

 天王星が現在の人間の寿命と同じくらいなので、人生をトータルに見れるのが天王星、という考えの視点で書かれているようです。

 そして私達は、そもそも人生を対象化できず、対象化できるのは、そのひとまわり小さな土星だとも。

(確かに!)

 キロン部分すっごくよかったんですが、気になる方は本で実際に見てくださいませ🙏

 さいごに  

 思わず長くなってしまいましたが、キロンは必要な人には、すっごく刺さるものだと思うのです。

 牡牛座に入るといよいよその世代がリターンを迎えて、人によっては大きな変化を迎える方もいるでしょう。

 また、年齢的にも、社会や家庭、肉体的にも男女とも変化を感じやすく、今後の人生を見据える時に入ることが多いので、ある意味悩み多くなる時。

 そんな時、キロンの視点が参考になるのかもなと私は思っています。


 是非是非素敵な時をお過ごしください🌈 

十二国記の感想回。~その1~

十二国記、面白すぎる。

ひとまず、「魔性の子」→「月の影(上下)」まで読了。

下巻の終盤は今の私にも響くものがたくさん詰め込まれてた。


私も「広瀬」。

「魔性の子」はホラーというより、ミステリーとして読んでたかも。

面白すぎてあっというまに読み切ってしまった。

あの現実を突きつけるラストはしびれる。


現代なら「スターシード」とか。

「宇宙人だから地球で生きるのがヘタなんだ」みたいな解釈って、気持ちとしてはわかるけど……。

本来なら変えられるはずのものを、全部まとめて変えられないもの(または行動しない理由)に自分で固定しにいくような要素があるように思う。


今、この瞬間、私が生きてるのは地球であり、日本という場所。

住む国を変えたとて、それでなにかが帳消しになるわけでもない。

実生活で「スターシードだからわかりません、できません」が通用するかと言ったら通用するわけもなく。


私も「ここじゃない別世界が本当のいるべき場所で……」って考えたことはいっぱいある。

採用したくなった時期もある。

結局、私には現実逃避を加速させる装置にしか思えなくて。

今もこうして「普通の人間」として生きてる。


器や資格について。

「月の影」を読み切って思うのは「本当に必要がなければ、与えられることもないのでは?」だった。


「楽俊(ラクシュン。ネズミ)が出るまでがんばって!」と言われる理由も読んでみて理解。

年頃のときに読んでたら間違いなく、陽子と同じ気持ちになってただろうし、逆ギレしまくってた可能性ある。


陽子の視点で見ると、たしかにいきなり大変なことがありすぎた。

平凡に生きていた女子高生が味わうにはあまりにも過酷。

特に巧国の麒麟にやられたと思わしき場面は一番、ヤバかった。


王の立場の件で尻込みする陽子の気持ちはよくわかる。

私も責任にある立場に立たされることが少しずつ増えているし。

そのたびに「私でいいんだろうか」と考えてばかり。


だから、楽俊の言葉で思わず泣いてしまった。

あのなぁ、陽子。 どっちを選んでいいか分からないときは、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。 そういうときはどっちを選んでも必ずあとで後悔する。 同じ後悔をするなら、少しでも軽いほうがいいだろ。 
やるべきことを選んでおけば、やるべきことを放棄しなかったぶんだけ、後悔が軽くて済む。
おいらは陽子がどんな国を造るのか見てみたい

小野不由美 『月の影 影の海(下)』,新潮社,2012年,P.246、P.247


おかげで私の迷いも晴れた。

天意なのか、魂の意図なのか、なんなのかはわからないけど。

やれるから、引き受けられるから、私の目の前に現れてる。


責任のない立場を選ぶことも可能なのに、そうしなかったってことは。

「なるべくしてなった」的なところもある気がして……。


かげしたさんがnoteで連載中の「占いを解体するシリーズ④」で書いてる、「フェーズ4的な感覚?


現実と内面を行き来しながら進化・成長するために、いろんなツール(本や音楽、占いなど)を利用してるのかも。


答えが欲しくなるときもある。

すべてを投げ出したくなるときもある。


時間は待ってくれない。

黙っていてもなにも始まらない。


だから、現実に立ち向かうために「現実を超えたもの」に頼る。

しかし、「現実を超えたもの」に囚われはしない。

「別物」として大切にしつつも、今を生きる。


言葉にすると難しいけど。

「現実」と「そうでないもの」。

両方をバランスよく活用しながら生きるのが、今の私にはちょうどいいっぽい。


「そうでないもの」はあくまでも現実を生きるための「ウソ」というか。

人間視点で重過ぎると感じたものを引き受けて、それでも前を見て進むにはどうしても必要になるというか……。

「感情の分散先」のひとつ、みたいな。


いま書けるのはここまでだなぁ。

今日もこっそり赤点を付けていませんか?
 

「完璧じゃない自分」に、今日もこっそり赤点を付けていませんか?


かつての私は、まさにそうでした。 できない自分、足りない自分、人と比べてしまう自分。 そんな「不完全な自分」をどうしても許せなくて、まるで高い塔の上から見ないふりをして突き落とすように、無いものにして生きてきた気がします。


でも、気づいたんです。 そうやって自分を責めて、必死に守ろうとしてきた時間も、決して無駄ではなかったということ。 それは、傷つきやすい自分を守るための、とても繊細で愛おしい防衛線だったのだと。

美学の世界では、こう言われます。 「傷のない石からは、何も生まれない」と。

真っ平らで、どこにも傷のない完璧なガラスの球体には、光はただ通り抜けるだけ。 けれど、石の裂け目、ガラスのヒビ、そんな「歪な傷」にこそ、光は複雑に反射し、差し込み、世界で唯一の美しい輝きを放ちます。


いつだったか、朝日の光を浴びたとき、 私の目の前に、息をのむほど美しい万華鏡のような景色が広がったことがありました。

あの万華鏡のきらめきは、完璧な調和から生まれたのではなく、 バラバラで、不揃いで、歪な形の破片たちが、お互いの光を反射し合っているからこそ、あんなにも眩しかったのだと、今なら分かります。

自分の内側にある、たくさんの「傷」や「不完全さ」。 それを無理に直そうとしたり、隠したりしなくていい。 その裂け目から差し込む光こそが、あなたという存在を、世界で唯一の美しい万華鏡にしてくれるのだから。


🍀今日も、がんばりすぎて息が浅くなっているあなたへ。 少しだけ口元の力を抜いて、深い呼吸を届けてあげてくださいね。


『挑戦』を火星で見てみる。

 占星術が便利なのは、人生の様々な要素を、惑星に反映して捉えてみる事ができること。

 私が『なるほど!』と唸った松村潔氏の著書の中の火星への言及と先程の投稿から

 今が火星について書くタイミングなのかもなぁ?と思ったので書きます。


 人生を拡大する、より大きな宇宙への扉という考え方の火星


 シュタイナーの考え方のようですが、太陽(地球)を中心にして金星がミクロコスモスへの扉で、火星がマクロコスモスの扉。

 え?!そうじゃん!

 って唸りと共に身体がビターっとした感じ。

 そもそも木星や土星は社会で活かすものを表すと聞くと思いますが、その手前が火星。

 火星と木星の間にはセレスなどの小惑星帯があるけれど、まさに私達の世界でそこを投影するなら、社会やコミニティーなどに飛び出して関わることで個人の中で大きく成長し育む事がある。

 それが太陽(地球)→火星→セレス他→木星→土星の流れ。

 そして、その枠を表わす土星は、人生の中で数回の刷新が起きるということなんでしょう(1周、約29年)

 シュタイナーは、火星はマクロコスモスへの誘いだという説明をしています。人は夜眠ると身体から離れて大きな宇宙であるマクロコスモスへと向かいます。そして木星で夢見、土星で行動するといいます。一方で朝目覚めると、身体感覚で確認する小さな世界に入ります。この時のミクロコスモスへの誘いは金星であり、水星で夢見、月で行動するということです。

 完全マスター占星術IIより


 自分というミクロコスモスに安住するのは、安全な生き方かもしれませんが、今、スピリチュアル界隈で言われる統合意識や目覚めみたいなものも、占星術的に見たら火星がポイントなのかもしれません。

 より拡大を目指すのなら、火星を意識してみるといいと思うのです。


 火星は人間の意識を地球の外に連れ出そうとします。それは今までの自分の範囲よりも大きなものです。今までの自分よりも範囲の大きなものというと、必ず無理がかかります。火星に関わることは、常に今の自分の基準からすると、無理なことをすることを表します。

 完全マスター占星術IIより


 火星を活性化するポイントとして、火星のサインとハウスを意識して使っていくことを推奨されています。

 そこで私達は自分が活気づくのでしょう。

 ヘリオ好きな方はヘリオで考えられるかもしれませんが、個人としての環境という意味では、ジオのそのポイントも意識してみられてもいいと思いますし、比較して見てみるのもオススメです。

 私自身は、ジオとヘリオの両面からみるのがいいと思っているからこそ、そう思うのです。

 さいごに

 私自身、ここ最近ずっと『火星』というお知らせがきていました。

 私自身は、火星は3ハウスにあり、まさに『発信』ですから、アウルブックをはじめとした発信が自分を活気づかせます。

 何より私のネイタルは、天王星とピタっと重なっていて、これを電波、いわゆるこういったSNSなどを使ってという事かもな?とも思いましたね。

 ただ、イコールハウスだと2ハウス終わり頃になり、これも納得。様々なハウス分割で見ることも併せてオススメします。

 他にもアスペクトを広げてみていくと発見があると思います。

 人生を拡大したいなと思う方で、あまり火星を意識していなかった方は、今一度ネイタルチャートをその視点から見てみるといいと思います。

 何かヒントが出てくるといいですね!

 では🌈

過剰な自己防衛を突き破るチャンスが来たら、とにかく乗ってみる!

 新月ではワクワクの風船に針を刺すポイントのカード3択を投稿しました。

 またまた…私にとってまさにその3枚が布石となっていたとは…


 もし、本当に心から

 魂で生きたい!

 目覚めたい!

 と願うなら、

自分の前に出てきた何かしら

 嫌だなぁ

 それはちょっと…

 怖いなあ

 今それどころじゃない💢

と思えるものこそ乗ってみてください。

 人によっては現象が変わるかもしれないが、たとえそれがなかったとしても、確実にエネルギーレベルでは揺らぎがおきる!

 揺らぎの連続がやがて現象に現れます。

 それが、怖いと感じたり、嫌悪を示すようなものほど!

 魂として生きたいと願う人は、過剰な自己防衛への気づきを一歩深める時が来ています。

 これは、キロンサイン移動、夏至、木星サイン移動の流れであり、まさに

 のるかそるか

 キロンが牡牛座に入る事から見ると

 個人の積み上がった過去の蓄積による価値の崩壊(水瓶座冥王星とスクエアも関連)から、お金に関しては、どうしたって動きやすい。

 人が大抵防衛的になるのは、お金。

 お金そのものよりも、そこを通して私達の姿が反映されるからですね。


 最後にカードを

 限界を壊す

 このカードは

 これだよ!

と言わんばかりに出てきたカードです笑(最近そういうのが多い)

 まさに上記で書いた事とリンクし過ぎている!自己防衛そのものの姿勢が防波堤。確かに貴方を守っていたと感じるかもしれない。

 とある占星術の書籍の中で、現状維持は存在しないと目にしました。

 後退か進化しかない。

 『常に変化し続けるというのがこの世界』と聞くと思いますが、まさにそれと同じ。

 ビジネス界での社長さん達にも同様の姿を散見します。成功していても現状維持はない。常に新しいものを見据えている。

 私達は、人生体験の中でそれをしながら成長し学んでいるのでしょう。

 とは言っても無理やり動かそうと自分を虐めるのでは、やり方は今までの在り方、そこで

 次の一枚

 ありがとう

 感謝で満たす。

 世の中には感謝日記というワークもあります。それほど感謝のエネルギーはすごい!

 感謝で満たしていくと、心はゆるみ、ほぐれて自然に心も動きやすくなり、行動にも変化が出やすくなるでしょう。

 また自分が満たされていくと、本当に自分が挑戦する必要のある事も嫌悪を感じながらも、ふっと

 どうなるかわからないけど、まあ、やってみようかな

という気持ちが芽生えてきます。


 感謝のカードでもありますが、この絵にも注目。

 自分は生まれる前に、この世界でこんな体験をする!あんな体験もしよう!とチャレンジャーとして決めてきたものがあります。

 そこに立ち返ってみる。

 そこで何かしら記憶が戻ったり、新たな感覚が起きる方もいるかもしれないですね!


 素敵な一日をお過ごしください🌈

星に重ねる日々のこと ~今日の星メモ~ 2026.6.16(サターンリターン)

ネイタルホロスコープ全体から一日を振り返ってみたり、時々思いついたテーマで読んでみたり、をやっています

いろんな読み方をしてみたり、その日に降りてきた感覚をつづってみたり、とゆるりとマイペースで続けています

よかったら足を止めてお読みください

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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1年前ほどになるのですが、サターンリターン

を迎えていました

サターンリターンとはネイタル土星とトランジット土星がコンジャンクション

していること

だいたい30歳と60歳前後で迎えるといわれています

土星は制限、試練、苦手意識、コンプレックス、といったちょっとネガティブなイメージ

がありますが、他にも社会的基盤、社会的安定、秩序、といった基盤を作るといった

地固めのイメージも強いです

ネイタルの土星とトランジットの土星がコンジャンクションする時期というのは、

こうした土星のイメージからやはり人生を見直してみるのにぴったりの時期と

いえるのではないでしょうか

サターンリターンをチェックするには、自分のネイタルホロスコープ上のどこで

コンジャンクションが起きているか、を確認します

私の場合11ハウス、MCとAscの間で起きているので

人との関わりを持つことに苦手意識があるけど、それを乗り越えて人と協力したり

楽しんだりすることで、人生を豊かにすることができる

今まで積み重ねてきた経験を周りのみんなに分かち合う

といった人との交流関係が課題となりそうな予感

私は11ハウスに星が集中しているので、これからの残りの人生も、いかに11ハウスを

充実させていくかをメインに考えることが大事なんでしょうね

今まで積み重ねてきた経験も、人づきあいで失敗したり反省したり、

傷つけたり傷ついたりもしたので、それを糧にしてこれからの人との交流に

活かしていけばいいのかな、と考えています

30歳は結婚したり子供が生まれたり、仕事で責任があるポジションに就いたり、

また60歳は子育てを終えて一段落したり、仕事は定年を迎えたり、

健康上の問題も表面化してきたり、私のように両親の問題が起きたりすることで

今後の残された人生について考えたり、と人生フェーズが変わる潮目みたいな

時期

そんな時期にサターンリターンを迎えて土星をチェックすることで

これからどう生きていくかを見つめなおすいい機会になるんでしょうね

私も土星からのメッセージを受け止めて今後の人生の指標にしようと思います

‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

今の私に合う物語を。

困難な状況にあったとしても、たくましく生きる女の子の物語を浴びたくなって。

「暁のヨナ」と「十二国記」で迷って、今回は「十二国記」をセレクト。

アニメも見てないし、完全初見。


エピソードゼロにあたる「魔性の子」から読んでもOKと聞いて、「魔性の子」から読んでます。

怖いと聞いてたけど、そこまででもない。

というか、高里くんは何者……?


今日は「十二国記でも読もうか」となるまでの話。


急な孤独感。

日曜日の夜。


この気持ちは自分にしか分からないし。

誰にも理解できないだろう。

みたいな思いが急に出てきた。


「経営者が抱える孤独感」みたいなもの。

その奥には理解や共感を求める声があった。


誰かが変わってくれるわけでもない。

自分で決めた道。

自分で進む以外にない。

頭ではわかっていても、理解者を欲する気持ち。


そんなにも理解されたかったのか……。


自分の隠れた思いに気づいたとき、思わず泣いてしまった。


回収完了。

自然と眠くなってきて寝て起きたら、スッキリ。

孤独感はどこへやら。


さらに覚悟が決まったような感覚があった。


そういえば、2月末だったか3月末だったか。

その頃にも孤独感がテーマとして浮上していたけど。

あのときは完全に表面的なところまでで、深い部分までたどり着けていなかったらしい。


今回の発見で、ようやく回収。


フィクションで癒す。

現実でいろんなことがある分、私はフィクションに助けられてきた。


現実世界でロールモデルを見つけようと思っても、なかなか見つからない。

そうなったときにぴったりフィットなものと出会えるのがフィクションの良さ。


フィクションの中の登場人物に投影して、同じ困難を体験することで得られるものがあるなぁと私は思ってる。

なんなら、悩んでることの回答をもらうことさえある。


設定も世界も、なにもかも違ったとしても。

根底に流れるものはそう変わらなかったりするし。


じゃあ何が良いだろうと思ったとき。

定期的にキーワードとして目にしてた、「暁のヨナ」と「十二国記」のどちらかにしてみようと思い立った。


「暁のヨナ」はあとでアニメもミュージカルも見るし、原作も大人買いするだろうけど。

とりあえず、今は本でサクッと読める「十二国記」にしてみた。


困難に立ち向かってるのは私だけじゃない。

大丈夫と思いたい気持ち。


適当な人に適当な言葉で勇気づけられるより。

生きづらさや大変さを身を持って知ってて、めげずに生きてるフィクションの主人公の生き様を見てるほうが説得力がある。

そんな風に私は考えてるのかもしれない。



弱さや不完全さも自分の愛おしい一部

数日前、塔と白い階段のビィジョンが浮かびました。


塔の頂上に立っている私の下には白い階段が広がっています。自分の足元から白い物体が転がり落ちていった先は暗闇で、物体はみえません。その転がっていくありさまを、ただ見つめている私がいました。


後になり、その暗闇に消えた物体が、自分の一部だと感じた瞬間、涙が溢れてきました😭


完璧であることを求めるすぎるが故に(乙女座太陽ステリウム)、できない自分、足りない自分、人と比べてしまう自分、頭では人からの評価じゃないと分かりながらもつい赤点を付けてしまう自分、そんな自分を無きものにしようとする度に、私の魂の土台は削られ薄っぺらさを感じていました。


ヴィジョンで見た白い物体は、完璧でないと私が切り捨てて、塔の上から見ないふりをして落としてきた私の愛おしい一部(不完全な自分)でした。


それがわかった瞬間

「そこにいていいよ。あなたがそこにいるのはわかっているよ」と抱きしめていました。


私が内なる宇宙(ヘリオセントリック)の視点に立ち、地上の現実で傷ついていたもう一人の自分を高い視座から見守り救い出した瞬間だった気がします。

階段下に見つけた「足りない自分」は、切り捨てるべきゴミなんかじゃなく、愛おしい自分であり、その弱さや不完全さは「余白」として使える!

そんな捉え方ができたら、完璧主義さんは自分に優しくなれそうな気がしませんか?

自分の中にある未完成さは付き合い方で魅力となるのかもしれないなぁと思いました。


🍀まずは、人にでなく自分に、あなたの中にある未完成さを誇ってみませんか?


今日私が見つけた光の欠片✨です



双子座新月の続き-ワクワクの風船に針を刺すポイント-カード3択から-

 今日双子座新月です。

 昨日の投稿で、純粋無垢なエネルギー源がポイントになる旨を投稿しました。

 ただ、そこは人によってワクワクを刺すポイントは違うもの。

 今日ブログにて投稿した3択をこちらでも転用しますので必要な方は参考になさってください。


 というか遊んでみる!


 今回もライトランゲージカードから

 

   A                          B                       C

 


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   ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈


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 A、

 視座の転換

 今ワクワクどころではない!今どうにかしなくてはならないことがある💢

 な〜んて場合は、視座を転換することが、ワクワクの源にアクセスするポイント。

 視座の転換は、大抵ひとりでは無理な場合が多いので、まずは、『視座を転換する』ことへの意識そのものが転換するヒントに導いてくれるでしょう。





 B

 好奇心

 ズバリそのものです。

 自分の好奇心に従って、行動を添わせてみてください。

 好奇心こそ案内人!

 その行動が自分を新しい世界へ導き、人生を拡大させる方向に向かうでしょう。




 C、

 光の皇帝-光の世界の構築-

 Cを選択した方は、

 大アルカナでステージ転換です。

 もはや既存の在り方、やり方から卒業する時であり、既知のものにはワクワクはできないでしょう。

 もし今何かの講座を受講したり、新しいことを始めているならそれの現れです。

 これからの時代を意識したものにワクワクするけれど、もしかしたら『怖い』感情の方が前面にあるかもしれません。

 ある意味それは挑戦でもあります。

 それがビジネスという形態を取るなら、是非1%でもいいので進めてみてください。

 1%を日々進め続けると怖さがワクワクであったと気づいていくかもしれませんよ。

 勇気を要する怖さのワクワクこそ今、最も貴方に必要なのかもしれません。



 以上です。

 是非ご自身のワクワクの原動力へアクセスしてみてください。

 素敵な一日をお過ごしください🌈

そっとあなたの心に逢いに行きます

ぽつりぽつり 星のした

〜ただ、聴いてほしい夜もある〜

あたまの中がもやもやしているとき

誰かに話したいけど、言葉にならないとき

ひとりでがんばって、少しつかれたとき

ここは、そんなあなたのための場所です

星のこと、夢のこと、ごはんのこと 

今思っていること、昔のこと

うれしいことでも、かなしいことでも全部そのまま、ぽつりぽつりとお話しください

星占いを通して見えてくる「あなたらしさ」

夢の中にかくされたメッセージ

アートを通じて、言葉にならない感情や潜在意識と出会うこともできます

「描く」「作る」ことに意味はなくて、その過程の中に、心が緩み、何かが解けていく感覚

そして、ただ眺めるということそれらを通して

あなたのこころに、そっと明かりがともりますように

あなたの心の奥にある "風景” に、そっと光を当ててみませんか?

だいじょうぶ、うまく話せなくても

だいじょうぶ、うまく描けなくても

だいじょうぶ

あなたが聴いてほしい方法で。。。

深呼吸したいタイミングで

自分のこと

お子様のこと

パートナーのことでも。。。

沈黙でもかまいません

ゆったりと過ごす時間



ゆっくり、あなたのことを、あなたの言葉で、お話聴かせてください✨


宇宙は愛そのものです

宇宙はそっとあなたを見守っています

宇宙からのエネルギーを感じて、一緒にゆっくりと深呼吸しましょう!

ダメ押しの過去占い。

「みらいテラス」の冥王星OOBのほか、月星座シリーズも見返してました。

ライブ配信の最後で「過去占い」の話をしてて、「過去占い」の存在を思い出した私。

せっかくなので、「兄か姉がいた可能性」を思い出した件を占ってみることに。


TYPE12 魂の計画書。

6月に入ってから起きた、かなりディープな気づきの数々。

本に書いてあるように「魂の意図を思い出させるために起きた」と考えれば、すごくしっくりくる。


ついでにある人からメッセージをもらってたことを思い出して、メールを検索。

これまたすっかり忘れてたやつで、もらったメールには「問い」が書いてあって。


知らない間に私はアウルブックで問いの答えを書いてた。


その問いが今の気づきにつながるの!? っていう衝撃。

魂の計画、恐るべし。

つづけてTYPE13 地球の鼓動も読んでみた。


TYPE13 地球の鼓動。

こんなに文章が深く刺さったのは久しぶりかもしれない。

命の祝福。生きる勇気……。


一番ビビッときたのは、

「私はこの命を受け取り、自分のことを責任を持って幸せにします」

という一文。


今の私が言うとしたら、肚に力が入る感じでズシッとした宣言になりそう。

「そのつもりで生きる覚悟はできてます」みたいな雰囲気が伝わってくるような感じ。


やるぞー。

一旦、アウトプットは終了。

やりかけてることを終わらせよう。

夢が教えてくれたこと。

2周間近く前。

「目の前で大切な人を失う」という、ショッキングな夢を見た。

目が覚めても鮮明に覚えてたので、AIと一緒に夢を深堀りしたら、ボロ泣き。

この夢がきっかけで、今の「生きる覚悟」が生じたと言っても過言じゃないかも。


心理的ブロックが全部、詰まってた。

生きてる意味のわからなさ。

定期的にやってくる希死念慮。

罪の意識。

許されたい気持ち。

喪失・変化・自分ではどうにもできないことへの極端な恐れ。

自分を低く見るクセ。


上記に挙げたものは今回の夢に関連してそうだった。


登場人物の想いを受け取る。

アニメやマンガにありそうな展開っぽく見えた。

バトル要素のあるアニメ。


女の子(高校生ぐらい)と男性(20代前半ぐらい)と2人で敵のところに乗り込んだものの、2人して相手の技にハマってしまって。

「女の子だけならなんとかできそうだ」と判断した男性が自分を犠牲にして、女の子を守って亡くなる、といった場面。


女の子が男性の名前を何度も泣き叫びながら、どうにかしようともがくものの。

どうにもならず……。


止まったままの時間。

女の子は男性を失ったそのときから、ずっと止まったまま。


なんで私だけが助かったの?

あのとき✕✕✕✕✕✕いたら……。

私だけ生きてたってしょうがないのに。

あの人がいなきゃ意味ない。

私のせいだ。


どうも、女の子なりに描いてる未来があったらしく。

「そうなるはずだ」と大きな期待を抱いていた分、絶対に叶わない状況になってしまったことへの悲しみや喪失感、罪悪感。

そういうもので埋め尽くされてしまってた。


一方、男性のほうはシンプルに「生きていてほしい」。

それだけが願いとして残ってた。


大切な人と共に生きたい。

男性の願いを受け取り、女の子の気持ちを受け取り。

その先で見えてきたのは「大切な人と生きたい」という願いだった。


相手は絶対にあの人じゃないとダメだってわけじゃない。

でも、自分だけが幸せになるってのも違う


私と誰か。共有できる相手が居てはじめて生じるモノ。

NVCでいう「ニーズ」がそこにあるとわかった。


動き出す時間。

女の子はずっと言えずにいたことを吐き出しきって。

泣きたいだけ泣いたら、前に進む気持ちを持ち始めたし。


私も同じように「心の氷」が解けるような感覚を味わっていて。

自分につながってた何十本もの「見えない鎖」を、まとめて外したような感覚があった。


現実で思い当たることがあるとすれば。

私の前に本当は「お兄さんかお姉さんが生まれてくる予定だった」ってことぐらい。

それが今回の夢と関係あるのかはわからない。


ひとまず夢で体験した「過去」に決着を付けて、主体的に生きてやろうと決めた。


で、今に至る。

そんな感じで夢を深堀りした5日後ぐらいに「余命1ヶ月だったら何をする?」っていうワークを人から聞いて。

あんな夢も見たことだし、やってみよう!ってことでやってます。


残り1ヶ月と設定して、残された時間あまり多くないとわかってても、やってるのはこんなことばっかり。

親世代でさえ見てこなかった、やらなかったことを私は今のうちにやり切っておきたいようです。


面白いシンクロ。

風神雷神のことを記事で書いたら、インスタで風神雷神が描かれたおしゃれなシャツの広告を見かけたし。(さすがAI)

西洋占星術に明るい人が「冥王星ってそういうとこあるよね~」と言いながら「ラスト・ホリデイ(映画)」を紹介していて。

その映画の内容が「余命3週間と告げられた女性がやりたいことやる!」みたいなお話だったので、びっくり。


さりげなく目の前にやってきたものをスルーせずにキャッチできるか。

知識として「知ってるだけ」で終わらせずに、体験まで落とし込めてるか。


そのあたりも問われてるような気がしてならないです。

何故、私がヘリオセントリックを推しているのか

すごーく久しぶりの投稿です😅

アートセラピストの私が何故ヘリオセントリックを推しているのか、書き留めておきたいと思いました


私がおこなっているアートセラピーでは、こう考えています

もともと愛で満たされた存在のはずだったのに、環境や人との関わりの中で、心に少しずつ傷ついて、思い癖がついてしまう

その思い癖は無意識に絵の中に表れます


でも、その思い癖を治さなきゃとか、私はこうならなければとか、もがく必要はないと思うのです

本来あなたは満たされているということを、ただただ思い出してほしいのです


そこで、アートセラピーと星を結びつけ、逢心星詠みが閃きでうまれました

逢心流で集団無意識に着目して、盤面をアートと捉え、アートセラピストの知識を交えて、毎月1日の盤面をヘリオセントリックで詠んでいます

そして、あなたの誕生日の盤面からは、あなたの握りしめてきた魂を詠み解いています

なぜなら、あなたが創造主であり、あなたの人生そのものがアートだと私は想うからです


ヘリオセントリック占星術では、太陽を中心とした星の配置ですから、私たちも太陽の周りをぐるぐるまわっている宇宙の一員であるという感覚、誰が上とか下とかではない、凸凹を埋めながら、みんな繋がっているという愛に満ちた存在であるという世界感ではないかなと思います

星を使って。。。という表現をよく耳にしますが、もうすでに無意識に星を使っているのかもしれません

年代によって同じ感覚の人が多くなるのもそういう星の配置の影響なのではないかと私は考えています

ヘリオの世界観の中で、私たちは地球に生まれてくる前に星のエネルギーを感じながら握りしめた魂の想いがあります

そのままのあなた、ありのままの自分がそこにはあると思います



ジオセントリック占星術では、自分が中心に空を見上げた時の星の配置ですから、心理的宇宙の世界観になります

地球に生まれた瞬間から、ヘリオの世界観での星との約束があるとすれば、その記憶は心の奥底に押し込めて、私たちの想いは太陽に向かった目標へと変わります

育った環境や人との関わりによってできる思考や欲が出てきます

トライして、失敗して、またトライして。。。

そんなこんなを繰り返して成長していき、成功する人がいる

そういうことをしに、地球に体感しにきたのかもしれません

そういうタイミングとか、運気とか、自分の方向性をみるのにはジオセントリックって、すごくいいと思います


ですから、どちらもあなたであり、占星術としてどちらが正しいとかではない気がします

つまりはあなたの選択次第!

気づくことで選択肢が増えます

もしも、ジオの世界観に違和感を感じられる方がいましたら、ぜひ、ヘリオの世界観を感じてみませんか?

実は、私自身も違和感を感じた1人なのですが、ヘリオの世界観を知ったことで、星詠みが好きになりました


私と一緒に宇宙からにメッセージを感じてみませんか?


私の勝手な見解ですから、あなたが思っている星占術とは、ちょっと違うかもしれません


いろんな解釈があると思います

だからこそ、また星詠みって興味深いなぁと私は思っています


なんか違うなと感じる方もいるだろうし、なるほどねと感じる方もいるかもしれません


もし、共感していただけるのならば、私と一緒に星のエネルギーを感じながら、日々を過ごしてみませんか?


🔶あなたの星が教えてくれる人生の道しるべ🔶


星々の動きに秘められたメッセージを読み解き、あなたの本質や運命の流れを明らかにできるかもしれません

「何かがうまくいかない…」「進むべき方向が見えない」そんな時、星の力を借りて、自分の本当の可能性を引き出しましょう


最後まで読んでいただきありがとうございました💖



一期一会🌏


キロンが牡牛座へ

 2019年から牡羊座にいたキロンがいよいよ夏至前に牡牛座へ移動します。

 私はキロンはかなり重要視していますし、キロンリターンを迎える前後の時は年齢的にも、それまでの人生から大きく変化が起きる方もいるからというのもひとつ。

 私はヒューマンデザインが好きですが、ヒューマンデザインでもキロンリターン前後7年の変化にはかなり重要視しているようです。


 まず、さらっと振り返ると、

 スピリチュアルが浸透したのがキロン魚座時代

 2010年4月〜2019年2月

 ちょうど、その前の水瓶座時代に『オーラの泉』という番組が放送され、見えない世界への浸透が一気に広がったと思うのです。

 ある意味、あの番組は、それまでの見えない世界への概念を変えたという水瓶座の時であり、次に迎える魚座時代の繋ぎの役目をしたのでしょう。

 そこから『オーラ』という単語を多くの方がフツーに使うようになったり、エネルギーとか、見えない世界への認識の変化、認知が広がったと思うのです。

 また、その分野の仕事の裾野も広がったのではないでしょうか。

 『自分らしく』『自分軸』が浸透したキロン牡羊座時代

 2019年2月から牡羊座に入りましたが、やっぱりなんといっても自分らしく生きるという流れが一気に来たこと。

 今ではCMでも目にします。

 ただこれは、まだ精神性の段階であり、この時期はその生き方の情熱や原動力の源を湧かせた時とも言えます。


 いよいよキロン牡牛座時代へ

 精神性から実際の資質に時代が舵を切ります。

 個人の資質や才能を現す牡牛座でもありますが、所有やお金にも関係してるサインですよね。

 最近の犯罪は、何かエスカレートしている気がするのですが、犯罪の根底にはお金の問題があります。

 牡牛座時代では、より具体的な資質の発揮とも言えますが、所有やお金に対する傷。またそれに関連した私達の概念や認識の変容が起きるかもしれません。


 私がここ最近、関わる人で感じるのが

 個人防衛、とくにお金に関してです。


 当然と言えば当然なのですが、スピリチュアル界隈で聞く

 好きな事をして後からお金がついてくる。

 これを望む人が多いと思うのです。

 ただ、そのプロセスにおいて各々が、お金に対する概念の変容が思っている以上に、必要なのではないでしょうか。

 スピリチュアルや占いを仕事にしようが、私達の認識が古いままだと、別の仕事しようが違いはありません。それはアイテムの違いに過ぎないからです。

 また、人によっては自分で稼ぐという手段ではなかったり、二足の草鞋タイプもいたり、時に誰かのサポートを頂くという時期の時もあります。

 それもらしさ。

 なんらかの常識の破壊が、今の私達に必要でしょうが、今、破壊の冥王星は、牡牛座の90度の位置の水瓶座にいます。

 まさに過去の蓄積という固定概念や所有を牡牛座と見做すなら、それを方向転換させる位置に冥王星はいます。


 キロンは土星から天王星への橋渡し


 昨日、たまたま占星術の本を読んでいて、キロンと火星のところで、すっごく唸ってしまいました笑

 火星はまたタイミングが来たら書きますが、今回はキロンについて、抜粋したいなと思います。

 

 キロンを正面から扱うというのは、天王星と土星の断絶を埋めていき、「天王星のように人間をトータルに見ることであり、特定のローカルな信念体系に委ねることから独立した視点を持つことである」ということです。

 

 キロンそのものを扱うよりも、自分のホロスコープの中で、天王星のあるサイン・ハウスを考え、次に土星のサイン・ハウスを考え、比較してみましょう。その上で、キロンのあるサイン・ハウスを考えます。

 完全マスター西洋占星術IIより

 天王星が現在の人間の寿命と同じくらいなので、人生をトータルに見れるのが天王星、という考えの視点で書かれているようです。

 そして私達は、そもそも人生を対象化できず、対象化できるのは、そのひとまわり小さな土星だとも。

(確かに!)

 キロン部分すっごくよかったんですが、気になる方は本で実際に見てくださいませ🙏

 さいごに  

 思わず長くなってしまいましたが、キロンは必要な人には、すっごく刺さるものだと思うのです。

 牡牛座に入るといよいよその世代がリターンを迎えて、人によっては大きな変化を迎える方もいるでしょう。

 また、年齢的にも、社会や家庭、肉体的にも男女とも変化を感じやすく、今後の人生を見据える時に入ることが多いので、ある意味悩み多くなる時。

 そんな時、キロンの視点が参考になるのかもなと私は思っています。


 是非是非素敵な時をお過ごしください🌈 

童心に帰る、けど自立していく新月

6月15日はふたご座新月ですね。


今回もタロットカードを展開してみました。




今回の新月は、


「過去と今の自分を大切にすること」


がテーマになりそうです。



これまで大切にしてきた思い出や経験、


楽しい、好き! と夢中になったこと。


大人になってから、もしくは最近忙しくて離れていた


趣味や学びがまた楽しくなるかもしれません。


童心に帰りつつも、私たちは大人として生きています。


これからを楽しんでいくために、


子どもの頃から抱えてきた痛みや家庭の中で求められてきた役割、


なんとなく続いているだけの環境、慣習などは手放し


自分らしい人生や魂のままに歩んでいく自立や変化がはじまっていきそうです。



今回の新月では理想や未来を描いてみることもおすすめです。



今までの大切なもの、想いを踏まえつつ「今の自分はどうしたいのか」「これからはどう歩みたいのか」


ぜひ考えたり感じたりしたことを、書き出してみてくださいね。



遠くを夢見るというよりは、


今の自分が実現したいこと、自分自身の力で育てていきたい未来。


そんな“地に足のついた理想”を描いてみてください。



新しい世界や環境に少し勇気を出して飛び込んでみることで、


これまで見えていなかった可能性が開いていくかもしれません。



過去を否定するのではなく、そこから少し自由になっていく。


そんな新月のはじまりになりそうです。




今回展開されたカードは


・カップ6(逆位置)・星・ソードナイト


でした。


読んでいただきありがとうございます。おだやかな新月をお過ごしください☕

受け継いだものを受け入れる。

母もバラが似合う女性だったと思うけど。

私から見ておじいちゃんはもっとすごくて。

たとえば風神雷神とか、金剛力士像とか。

それらと同じくらいの存在感とオーラを持つ人だったなぁと。


家系ごと受容する。

3年ぐらい前かな?

スピリーディング講座のモニターを受講したときのこと。

「家系のオーラをリーディングしてみよう!」というのがあって。


私が母方のほうをリーディングしたとき、すごい禍々しいものを感じ取っていて。

イメージでいったら、刀剣乱舞の「時間遡行軍」みたいなのが見えたんだよね。


そのときは重苦しく感じしかなくて、怖くて逃げ出したくもなったし。

父方のほうで見たものが素直に受け入れられるものだっただけに、どこか受け入れにくさを残したリーディングで終わった記憶がある。


だけど、いまの私が同じモノを見ても納得しかない。

「いやー、それでこそウチの家系っすよね!😆」と言えるぐらいにはなってる。


恐れることもビビることもなく。

そういうもんだよねー🤗って。


「強さ」を精神力で発揮する。

これまでは暴力として現れがちだった強さを。

私は「不屈の精神」を育てる方向で発揮してるんじゃないだろうか。


「情熱」や「意志」。

火のエレメント的なものに変えてそうな感じ。


数ヶ月前からやってるジャーナリングが、定期的に生じる「爆発的に燃え盛る炎」を沈静化することに非常に役立っていて。

適切な場所で燃焼し切ることも大事だったようだし。


今にしてようやく、火の扱いを覚えたってところなのかも。


冥王星OOB前の準備?

「死をそばに置いて生きる」と決めてみたり。

家系から受け継ぐものを受容して、自分の一部として前向きに活用してみたり。

……なんか、深い。


去年の冥王星講座の動画を見直してみたら。

(見直した動画はコチラ→【保存版】冥王星が導く2026年!極限を超える開運年の迎え方【冥王星アウトオブバウンズ】


必要なことしか起きてないなと思った。


バーナム効果の何が錯覚なのか分からない。

こんにちは、大柴です。今回もニッチな感じで書いてみよう。

「バーナム効果」って知ってますか?

(入口が詐欺師くさいけど)今日はこの話にしようと思います。

よくきくあのセリフ

占い師のアドバイスに

「それってバーナム効果ですよね」

と返すアレです。

バーナム効果ってのは、

誰にでも当てはまるような曖昧なことを、自分のことだ!と信じ込む錯覚効果

のことをいいます。

それを、

「いや、それって誰にでも当てはまることですよね?」という意味で

「それってバーナム効果ですよね?」

と言うわけです。

文脈のとおり批判的に言うわけですが、ここに納得がいかないことがあります。

なんで、占いの場にまったく関係のない他者の視点が入ってくるのか??

占いの範囲

そもそも占いの範囲って、ご存知のとおり、クライアントと占い師の間にしかありません。この両者の間の契約で成り立っていますから、他者は存在しません。

なのに、なぜ「誰にでも当てはまること」がクライアントにも当てはまるのに、それを当たると言うと語弊になるんだろう。

誰に当てはまっても当てはまっていなくても、クライアントに当てはまっていることには変わりないでしょう。

当たったかどうかは「占い結果」と「クライアント」だけの関係で起こる問題であって、他人に当てはまっていても当てはまっていなくても関係ないのでは?

たとえば、「親が亡くなる」は、いっけんすると衝撃的で固有の人生イベントのように感じますが、誰にでもいずれ必ず起こりうる出来事です。

誰にでも当てはまる衝撃人生イベント、たっくさんあるんですよ。

つまり、「誰にでもあてはまるじゃん」は、「だからなに?」って感じでしょ。


今回は自分の整理のために画像を作ってみたんだけど、解像度大丈夫かな?(何度作ってもぼやけるんだよね)

で、

占いの範囲って、黄色い部分ですよね。

なのに、なぜか「多数の該当者」が口を出す。

なぜ占いの結果に対して、クライアント以外の該当者がいるとダメなんでしょうね??

なんで他の人にも思い当たることがあると、占いじゃないなんて言われるんでしょうね??

占い師的には、範囲外の人は関係ないですよね。

「誰にでも当てはまること」であっても、それが「今の自分に当てはまっている」と感じるのであれば、クライアントと占い結果という個人的な関係においては「当たっている」と言ってよいはずです。占いの契約関係では問題ありません。

でもこれ、占い師でもそう思ってる人いるんですよね。

それは、感情の混乱が原因かも

占いは、占い師とクライアントの契約で成り立っています。

なので、

クライアントが「当たった!」と思うならそれでいいんじゃない?

みたいなことなんですが、

(何をもって当たったというかはまた別の話として)

それにもかかわらず、バーナム効果であってもなくても、クライアントが得た納得感を「占いが当たった」と言うと語弊が生じたり、批判されたりするのはなぜなのか。

これは、「主観的な納得」と「客観的な的中」が混ざってしまうから。



「占いってバーナム効果ですよね」と言う人は、

客観的な的中じゃないじゃん」と言いたいのかな、と思うんですね。

でもその人は、契約範囲内ではない。

範囲内では問題は起こっていないんです。

なぜなら、クライアントは「主観的な納得」が得られているからです。


バーナム効果の正体って?

「占いってバーナム効果ですよね」と言う場合、言い替えると「そんなもんは占いじゃない」ってことなのかなと思うんですが、理由としては

「クライアント固有の運命」を見抜いてるわけじゃないじゃん!

が言い分だと思うんですね。

これは誰でもそうなんですけど、クライアントは、

・人は誰でも、他の人とは違う個性的な存在だ

・占いは自分だけの特別な運命や性質を見抜いてくれるはずだ

こういう期待を心のどこかに持っています。

これが、占われる時に心に準備してある大前提となります。

クライアントはこれにより、バーナム効果が勝手に発揮されやすくなります。


そして、「曖昧で誰にでも当てはまる占断」が

「人間が抱く理想像や悩みはみんな似通っている」

という心理を突いてくる、というわけですね。

だから、「うわ当たってる!」「そのとおり!」になるわけです。

曖昧な事や当たり前のことでも、

「自分にしかない運命を見抜かれた!」

と思ってしまうんですね。

ライアント固有の性質を客観的に言い当てたのではなく、

占いの星読みやカードや命式などのシステムが、クライアント固有の性質を客観的に言い当てた

のではなく、

クライアントが自分の頭の中で「自分に当てはまるように意味を補って完成させた」

のが実態です。

そのため、客観的な視点から見ると、それは占いの予測精度が高い(=当たった)のではなく、人間の認知のクセに過ぎないとされ、

「当たったと言うのは錯覚でしょ」

と指摘するんですね。

指摘する側は、勝手に”当たって”しまうクライアントを前提としています。

でも人間ってそうですよねー

勝手に都合のいい材料を持ってきて組み立ててしまうことはよくあります。

図にするとこうなのかな。

右ルートは混ざっちゃってるルートで、感情の混乱がありますが、

左ルートは、実際に占いの場で起こっていることです。

けっこう明確に違います。


ん?どっちが正解なの?

どっちが当ってるってことなの?

どっちが悪い人なの?

って思うかもしれませんが、どっちが正解でもありません。

状況を整理するとこうなってるよねってことですね。

客観的な事実としては、

占い師の占断が「誰にでも当てはまる一般論」だとしても

「私自身にとっては、心に響く意味があった占いだ!(当たった)」

と個人的に受け止めること自体は、決して間違っていません。

いや間違うもなにも、占いの場である契約範囲内では、こういうことも起こっていますよね。


原因はおかしな前提

こうした混乱や、混乱していることが自覚できず謎理論で占いを否定するのは、そもそも持っている前提がおかしいんじゃないでしょうか。

占いってものをどう捉えているのか、その捉え方は果たして本当に正しいのか?

と考えると、やっぱり正しくない。

・占いは「自分だけの特別な運命や性質」を見抜いてくれるもの

ではないし、

・精度高く予測するもの

でもないし、

・他の人とは違う個性的な存在であるはず

んなことはないし、、、


でも、こうしたピントのズレた前提を持っているせいで、

前提どおりにならない占断が出ると

「バーナム効果だ」と主張するんですね。

いったんまとめてみよう

「誰にでも当てはまること」を「占いが当たった!」と客観的な事実として主張しようとすると、「それは人間の心理的な錯覚(バーナム効果)ですよ」と反論されて語弊が生じます。

しかし、クライアント自身の人生を豊かにするためのヒントとして、「この言葉は今の自分にぴったり当てはまっている」と個人的なメッセージとして受け取る分には、他人に当てはまるかどうかはぜんぜん関係ありませんよね。

その主観的な納得感や気づきこそが、占いが持つ本来の心理的な役割であると言えます。


その人固有の運命を見抜けないって、占いの否定ではないよね

なぜか期待されているけど、実際はそういうオーダーはあんまり無いよね。

精度の高い予知がないからって、占いの否定要素ではないよね

精度の高い予知=占いじゃないからね。

(気象庁でもできないよ。。。)

でも、バーナム効果を感じることは実際あるよね

あるよ。人間の脳って勝手に当てはめるんだもんね。だって期待してるから当たって欲しいんだもん。

それに、誰でも特別な部分は実は少なくて、固有の運命なんてあんまりないからね。他の人には絶対にない、自分しか経験してない事なんてほとんどないからね。どこかしら似通っているものなんだよね。

みたいなことでしょうかね。

大柴の頭の整理結果なので、あっちこっち混乱しながらも、こんなことなのかなって思います。

こんな占い師はイヤだ!

さて、今回も長いこと語ってみましたが、ここから想像できてしまう、あったらイヤだなあという人物像がありまして。

ちょっと書いてみましょう。


①狙ってやってる占い師

バーナム効果を使って、ランキングトップになってやろう!

私は当たる占い師ですよ皆さん!

あなたは特別な存在で、あなた固有の運命を見抜きますよ!

②うっかり乗せられるクライアント

自分の特別な運命を教えてもらった!

見抜かれた!やっぱりこの占い師は当たるんだ!


蜜月だと思いますが。。。

実はこれがずっと続くと、占い師側にはこんなことも起きてしまいます。


・バーナム効果で当たる占い師を演出

・しかも★がたくさんついたり、支持されることで「私って当たる占い師なんだ!」と謎の自己肯定をしてしまう(最初は自信がなくても、どんどん強化していってしまう)

・謎の自己肯定により強化されたメンタルで、客観的な視点からの指摘を受け入れられなくなる(お客さんが当たるっていうんだから私が正解だよ黙ってて)

・当たる占い師という自信で学ばなくなり、指摘されるような学びの場には出なくなる(学びが足りていなければ当然ながら講師に指摘される)

・どんどん学びの足りない占い師になっていく。

・でも、バーナム効果を使いまくってランキングトップになる。


バーナム効果やちょっとおかしい前提を利用して、こういうことができてしまうし、どんどんはずれた道に進んでしまうかもしれません。

やはり、学びを止めないことは大事ですね。スーパーバイズは嫌がらずに。


感想で〆る

占い師でもよく分からないまま混乱しつつ占っている人はいるし、ちょっとおかしい前提を持っている人もいますから、一旦自分で考えを改めてみましょう。

占いとは〇〇〇〇

↑この前提、あなたはなんですか?


占いをどうとらえるか、占いでは何を得られるか、

それはかなり幅の広いこと。

そのすべてが「占い」ってことでいいでしょう。

寿命がたった数十年の私たちの前提なんて、視野の狭いこと。

占いの歴史は千年単位だよ。

ちっぽけな人間の小さな思い込みで量れるもんじゃないからねえ