太陽魚座のわたしにソーラーリターンがやってきた。

あらためて 太陽について思う。

魚座は境界線が曖昧と言うけれど、 わたしの境界線は・・・透明で無いように見えてしっかり厚くて、薄くもある。 この感覚を深掘りしてみた。

太陽魚座。 太陽は「おひさま」だから・・・ 四柱推命だと太陽に当てはまるのが「日柱」になる。 

 四柱推命のは命式は『東洋のホロスコープ』 生年月日と時間(と出生場所)から生まれた年を「年柱」、 生まれた月を「月柱」、 「月生まれた日を「日柱」、 出生時間を「時柱」として4つの柱から本質を知れるツールなのです。

その日柱が「乙未」。 夏の終わり(未)の草花(乙)のイメージの人って感じ。 

夏の終わり→爽やか→小花→可愛らしいって良いイメージで連想しちゃう。

でもね、自然を相手に生きてるわたしには、

夏の終わりの植物は一般的には、 フサフサ伸び放題→深く根を張ってる→蓄えた養分を実に転嫁させていくって時期。

だから、なんか身を削って… 見えないところも頑張ってるし、 先を見据えたしたたかさも見える。 

 命式を見てイメージを広げることにも少し慣れてきて、ようやく客観的に見られる目線を得て、 はじめて自分の感覚が理解につながりました。 わたしにはオートマチックな感覚で自然なことだから・・・わかりにくかったんだってことも知れました。


 乙(天干)は五行だと木

 未(地支)は五行だと土

この感じだと、下が土で上に生えている草木と土の相性がよければすくすく育つイメージができるけれども、 そうでもない感じがしている。

わたしの地支の未(土)の中には 蔵干と言って表には見えない、

内包された「丁(ひのと)」があって、 火の陰が内側にある。 

これはとても見えにくい火、 か弱くて、 怖がりで、 まるで、 薪ストーブの中に眠る熾火のような感じがしている。 

自分からは燃えない火。 

火なのに熾火は、わたしの魚座とリンクする感じがある。 

 木の五行は東の意味でもあって、 もちろん東の反対は西なんだけど、 12星座を五行で分類してみたら、 乙の反対側には辛(かのと)があって、 これって魚座の対岸の乙女座っぽいなって。 天中殺も対極のエネルギーに後押しされるから反対側も大切なんだなって思った。 裏付けはないけれど…そんな気がする。

この熾火が自分だとしたら…ストーブの中の火ってかなりしっかりガードされてる。 境界が厚いって感じがここからきてるかもと思える。

ガードって自分がしてるんだけどね。 

地中深く眠ってるような火がわたしの中にある。 

あまりにも地熱が深いから草木には影響が少ない。(困る。育たない…)

うっかり、土を掘られたら、 とっさに火傷させちゃうような。 

わたしの火がある。

わたしの境界線は、 曖昧ではない。(と、自分では思っている。)

自分で許した時だけ境界線を越える。 不意に来られると閉じる。 

自分では熱が漏れ出てる…のに気づいてないのかも、 

そうでなければ境界線が曖昧なんて言われないよね。 

火の無いところに煙は立たないって言うしね。


四柱推命と西洋占星術を行ったり来たりして学びを深めています。

今は、 五行の使い方を人体実験中。

草木を育てるため「わたしの火」を育てているところ。

天中殺が終わり、余韻は残っていますが、丙午年の「火」を味方に。