0%

Loading...

検索

自己探求

廻転する頭の中で。

「今、結構、威圧的な言い方でしたよね。

本当に申し訳ないです。」

という瞬間がよくあります。


そういう時、何が起きてるか。

というと。


自分の口から発した言葉というより、

頭のてっぺんとか、

真後ろから、

スリッパで

スパコーン!Σと

勢いよく、強めのツッコミみたいなのが

やってきて、

そのツッコミが

口からポンっ!

と、そのまま出てきてしまう感じです。


その出来事の一例のお話。


キーワードは

「〇〇の前に、ひとりの人間でしょう。」

です。


幼少期から

どうも自分の言葉で話すことが苦手で。

人の話をじっと聴いては

「そういう感じ方もあるんやなあ」

と、周囲を

観る、視る、覧る。

そんな子でした。


目で見る等の現実の感覚より、

【全感覚を研ぎ澄まして、深いところを覗く】

そんな感覚が近いかもしれません。


だから、自分の言葉がすごくこわくて。


めちゃくちゃ相手の感覚とかも考えて、

これを話す、話さないを決めるような

【こどもらしくないっちゃ、らしくない。】

そう言われても仕方のない子でした。


だから、

素直というか、考えなしというか、

どこからそういう考えが降ってきた?

ということばが、

天井から口へと

ストーン!

と、突っ切った時は、

時節問わず、とんでもなく寒気を覚えます。

比喩でもなんでもなく、

寒さがひどくなります。体温が急激に下がるように。


その中の例。


・母の話を聴いて、ひと言。

「母である前に、ひとりの人間なんだから。泣いていいんだよ。」


・先生から接し方を問われて、ひとこと。

「それなら【気を遣わない】という気の遣い方もありますよ。」


・部活長に対して

「周囲のごちゃつきより先に、

【自分のやりたいことは何か】を考えような。」

等。

当時の年齢など、いろんな視点で鑑みても、

正直、目上の人に対する言葉ではないな。

と、今でもすごく思います。


それを言った本人が、

自分自身にドン引きしてるし、

「傷つけたー!失礼なことしたー!

あかーーーん!」

って、落ち込んでます。

「小学生で、それ言うか?」とか。

「あれ、自分何歳だったっけ?」とか。

急にすべてがフリーズします。


その上、「だって、同じ人間やないですか。」

ということばが続く理由もわかってないし、

さらに

「何言ってんだ、自分。」

って思ってます。

「もういいから、早う、自分の口閉じてー!」

って、発狂物です。


まだまだ精進が足りないです。


火の輪潜りができない。こわい。

と、怯んでる自分に矢印を向けたまま落ち込んでる

ライオンがただいま昔を思い出して

泡食ってます。

「やーめーてー!!!」


これで一番おもしろいのは

言った本人より、

母のほうがこの意味を理解して、

その解釈を

正座して教わってる最中であるというところです。


はい。今回の迷言、反省、以上です。

むこうからやってくる

こちらの記事は、自身のホロスコープを実感と共に掘り下げていく記事です。

画面の向こうのあなたと、一緒に勉強をするつもりで書いています。

良かったら、最後まで読んで行ってください。


火星の考察の続きです。

火星の説明でよく言われることに、「使いこなせないと、向こうからやってくる」というものがあります。

イライラとか、もやもやとかの正体も、「使っていない惑星」だと言われますが、特に火星は、顕著にそれが現れると言われます。


私は火星が発達する時期に、専業主婦で子育て真っ最中だったので、火星の行動力を社会に活かす機会は、ほとんどありませんでした。ということは、使えていなかった火星の代わりに、何かが向こうからやってきていた、とも考えられます。

思い出してみましょう。


子どもが幼稚園に入園すると、働いているお母さんたちとも知り合いになります。育児休暇を終えて復職した方や、新しく仕事を始める方もいました。そんなお母さんたちに会うたびに、私の中には「もやもや」が募りました。


どうして私は、何もできないんだろう。

そんな思いが、当時は常に、身の内にありました。


思い切って時短のパートに出始めたのは、長男が小学一年生になる頃でした。いつでもどこでも募集しているような飲食店のパートでしたが、久しぶりに社会で働く感覚は、とても楽しかったのを今でも覚えています。


私って、働くのが好きなんだな。本当は。

しみじみとそう感じたのも、その時です。


今にして思えば、太陽と金星と水星が6ハウスにいて、そのすべてが山羊座の私が、働くのが嫌いなわけはありません。仕事が趣味と言えるような、星の配置です。

そして、これまた今にして思えば、私を駆りたてていた「もやもや」こそ、「使ってもらえない火星」だったのかもしれないと思います。


火星に備わっているのは、行動力。目的ではありません。私があの頃感じていたもやもやは、身の内で渦巻く行動力だったのかもしれません。


知り合いの専業主婦で、「家にいる事が、何よりも好きで充実している」という方がいます。彼女は仕事を持つお母さんたちに出会っても、外に出て働きたいとは感じないようでした。

これは、太陽の意図と、その目的地の違いからくるのかもしれない。というのが私の推論ですが、どうでしょうか?

火星の行動力は、太陽の意図を反映している。そう感じた違いです。


けれど、実はもう一つ、気になっていることがあります。

私の火星は、海王星と重なっています。合です。


火星と海王星の重なりは、「自己犠牲になりやすい」と言われたりします。行動力と共感力が一緒に働くと考えられるからです。

つまり、「こんなふうに行動してほしいと、思われているかもしいれない。」みたいな、ふんわりとした感覚が、行動に現れるということでしょうか。


「自己犠牲」も、もやもやしそうな言葉ですよね。

もやもやの正体は、火星だけではないのかも。


長くなってきたので、火星と海王星の考察は、また次回に持ち越します。


皆さんの火星模様は、どんな感じですか?


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

心から、感謝です。

また、遊びに来てくださると、とても嬉しいです。



魂の傷(小惑星カイロン)に触れる。

こんばんは、うしです。


前回、前々回の投稿を経て「次はカイロンだな」と思ったので、今回はネイタル小惑星カイロンについてのお話をしたいなあと思っています。

カイロンが表すのは魂の傷癒し

今世のこの命の傷やトラウマというよりは、過去世から引き継いでいる傷やトラウマ、という感じでしょうか。「何故かは分からないけれど、昔から〇〇に対する苦手意識が強い」とか「何故かは分からないけれど、〇〇が怖い」とか、そういうものとして持っているものかなと思います。


私のネイタル小惑星カイロンは獅子座11室。

獅子座は自己表現のサイン、11室はコミュニティサークルなどの集団を表す部屋。そこに傷があるということは、自己表現することが怖かったり自信がなかったり、集団に馴染めない感覚を強く感じやすいという解釈が出来るわけですが、私は昔からこの感覚がめちゃくちゃに強いです。

Owlbookではこれ以上ないくらい自分自身の話をしているし、寧ろこれ以上ないくらい自分自身の話をすると決めているので、「自己表現に魂の傷があるだあ!?!??」と思われるかもしれないのですが、世を忍ぶ現実世界の私は自分の話をするのが物凄~~~~~~~~~~~~~~く苦手です。この人生の中で「喋らない」「喋れ」「何考えてるのか分からない」「つかみどころがない」とはよく言われたものです。まあ前回の記事を読んでくださった方なら察していただけると思うのですが、ああいうことを感じたり考えているうしですから。

”集団に馴染めない”という点においては、そんな私だからこその必然な感じもしますが、約7年の不登校ひきこもり生活というのが分かりやすく物語っていると思います。周りの女の子達がNE〇SやKAT〇TUNにキャーキャー言ってる中、小学生の頃から一人PIERR〇Tのボーカリストであるキ〇ト様を \神様/ と崇め、NIGH〇MAREのギタリストである咲〇様を \先生/ と敬愛し、歌詞を考察するブログを書いたり内観に勤しんでいた異端児ですからね。馴染めなくて当然というか、寧ろ自然な流れという感じもしますが。


さて、ここからカイロンについて掘り下げていきたいのですが。


私のカイロンは獅子座4°にあります。

サビアンシンボルは獅子座5°『絶壁の端にある岩の塊』。現実に直面し、我慢強さ忍耐力耐久力を身に付ける度数。

同じく獅子座4°には真実正直さ現実に直面する勇気明らかにするという意味を持つ小惑星トゥルースがあり、0°でコンジャンクション。

対立の角度と言われる180°先には、歴史に名を遺すような才能芸術名誉を表す小惑星クリオが水瓶座1°、悲劇裏切りや不正に対する深い怒りを表す小惑星メデアが同じく水瓶座1°、物事の本質や真実を追求し、それを最も重要視する態度透明性誠実さを表す小惑星ヴェリタスが水瓶座6°でいずれも5室に。オーブ5°圏内からは外れていますが、制限を表す土星と、「幸運位」とも呼ばれる天賦の才幸運の鍵を表すパート・オブ・フォーチュン、宿命他者から求められている役割を表すバーテックス、隠された欲求抑圧された女性性を表すブラックムーン・リリスも水瓶座にあります(この4つはタイトにコンジャンクション)。

葛藤の角度と言われる90°先には、真実の愛見返りを求めない愛偏見のない愛を表す小惑星アムールが牡牛座4°、チャートルーラーでもある言語コミュニケーションを司る水星が牡牛座5°でいずれも8室に、パフォーマンス役割を演じ分ける能力表現を表す小惑星アクター(逆行)が蠍座6°で2室に。こちらもオーブ5°圏内からは外れていますが、魂の目的を表す太陽、喜びを表す金星も牡牛座に、破壊と再生徹底的な拘りを表す冥王星、超越的な創造エネルギーの在り処見えざる力物質世界の呪縛を表すダークムーン・リリスも蠍座にあります。


そう、『”登録していただけ”だったOwlbook、ついに初投稿。』でも取り上げた、私のチャートルーラーでもある水星がカイロンに対してタイトにスクエアのアスペクトを組んでいるのです。

言葉による自己表現

ここに傷と葛藤を持ちながらも同時に癒しがあると捉えているし、思い返せば昔からずっと私は私のことを文章にしてきました。今はなき某ブログサイトとか今はなき某掲示板のエッセイ板とか日記板とか、その時々で場所や内容は違うけれど、私は私の文章を書き続けてきたしそれに癒されてきました。

少し離れているけれど、人生の目標今世地球でやりたいことを表すアンチバーテックスも獅子座にあり、「魂のチャート」と呼ばれているドラコニックチャート(龍頭図)では太陽・金星・水星が獅子座でグランドコンジャンクションしていますから。結局私は自己表現をしたくて堪らない人であり魂なのだろうなあと思う。

Owlbookでの投稿は、そんな魂の傷を癒すために書いていると言っても過言ではなく、それをさせてもらえる場所を提供していただいていることに感謝でいっぱいです。そして、木星が獅子座に移動するこの2026年にこの流れが起きているということが凄く面白いし、1月17日に突然駆り立てられるようにしてOwlbookへ初投稿をして、その2日後に山羊座新月が訪れたわけですが、私のネイタルチャートで山羊座が担当しているカスプは獅子座と紐付いている自己表現の5室。更にこの山羊座の月が満ちるのは6月30日、この日は山羊座満月であると同時に木星が獅子座にイングレスする日なんですよね。何だか凄く星の流れに乗っているというか導かれているというか誘われているというか、そんな感覚を感じずにはいられないのです。

ちなみに、調和の角度と言われる120°(水星にとっては協力の角度と言われる30°)先には主張行動力を司る火星が牡羊座6°にあるので、「俺がリードするから大丈夫☆やっちまおうぜ☆」って感じで、グイグイ引っ張って行ってくれている感覚もあって、有り難いなあ~~~とも思っている。ちょっとキャラはおかしいが。キャラをおかしくしているのは私だが。

最近はリアルでも漸く自分の火星力を発揮するということを徐々に許せるようになってきて、本当に本当に少しずつだけれど「NO」を言えるようにもなってきました。


改めて形式を変えて書くけれど、自分を表現すること(獅子座)と集団に馴染めないこと(11室)に魂の傷(カイロン)を持ち、個性的であることや自由(水瓶座)に表現すること(5室)への制限(土星)と、欲求を抑圧する力(ブラックムーン・リリス)と対立(オポジション)し、今の世の中ではタブーと思ってしまうような、秘めておかねばならないと思ってしまうような(8室)思考や言葉(水星)葛藤(スクエア)している私この文章を書き、公開しています。しかもこの傷は我慢忍耐といったキーワードを持っている。

最後のほうにも書いたけれど、この記事を投稿することは私にとって凄く怖かった。その怖さには、自分の”まんなか”にある、自分の核となっている本音だからというだけではないものがあったのかなとも思っています。

しかし、”書く”というところで終わるのではなく、実際に他人様の目に触れるようにするという行動に移すことができたのは自分自身と向き合い続けたからでもあると思うけれど、やはり星の存在がそこにあると知っていたからというのが凄く大きくて。きっとこの配置と意味を知らなかったら、星読みというものが私の世界になかったとしたら、今も私は自分の”まんなか”にある光を内に秘めて生きていたと思うし、占いについての深い話や自分の中にあるスピリチュアル的な感覚を文章に書いて人目に曝すなんて、「ツインレイ」や「ソウルファミリー」などという言葉を自分の文章に用いるなんて、許せていなかったと思うのです。昔から自分の中にあったものは書いてきたけれど、もっともっと現実的な視点だけを持って文章を書いていたので。スピリチュアル的な感覚が拓いていなかった、とも言えますが。

けれど、実際にカイロンがあるのは11室なのだけれど、獅子座が担当しているカスプは12室なので、きっと私が本当に表現したかったのはこういう世界観で、でもそれを表現することで傷付いてきたのかもしれないなあとも思っています。

そこに魂の傷と癒しがあると気付いたからこそ、そこに制限を持ってきたと気付いたからこそ、それを秘めておかなければならないと思ってきたと気付いたからこそ解放することができた。

スピリチュアルな界隈や宇宙理論を扱っている界隈では「手放す」とよく言いますが、手放すにはまず認知する必要があるんですよね。もしもそれが自分の中に全くないものなのであればきっと反応すらしないし、本当に全くないものをわざわざ「全然そんなことないけどそうなのかも???」って採用する必要はないと思うのだけど、何かが引っ掛かる感覚だったり、ざわっとする感覚だったり、もやっとする感覚があれば、影響の大小や重い軽い、深い浅いは様々だろうけれど、きっと”何か”はあるはずで。


前回の記事で書いていた「占いは信じてはいけない」という話題に関する庚的切り口(?)を書くとしたら今なのかもしれないと思ったのでちょっと書いてみようかなあと思うのですが。

私の記事を選択して読んでくださる方々は漏れなく全員大丈夫だと思ってはいるのですが、人によっては負の感覚を引き出されるということもあるかもしれないので、読まれるかどうかは自己判断にてお願いいたします。

愛は存分にあります🫶🏻寧ろ愛の塊でございます🫶🏻


これは”外側(現実)は内側の投影”という視点を採用した意見なのですが、「占いは信じてはいけない」という批判的な声にネガティブな感覚で反応するというのは、自分の中にも少なからずそういう感覚があるからで、そこに抵抗しているからなのだろうなと思ったのです。

これはあくまでも想像ですが、占いを仕事にしていて(仕事にしようとしていて)、且つその意見に強く反応を示した人ほど”占いが好きなのに、対価をもらって提供しているのに、その反対にある感覚が自分の中にあること”に罪悪感や後ろめたさみたいなものを感じてざわざわしたり、そのざわざわした感覚を感じたくない、認めたくないが故に反発する感覚が浮き出てしまう人が居たりもするのかなあと。

私としては「そういう意見がある」というのを知った時も「こういう意見があって、それに対して5000いいねがついていて」というお話を聞いた時も「まあそういう人もいるよね~」「まだまだそういう感覚の人も多いよね~」みたいな感じで、どちらかと言うとそれ自体がどうこうと言うよりは「この話題の落としどころはどこに設置されていてどう着地するんだろう?」というところに興味を持っていたのですが、そんな私でも「この人になら言ってもいいな」と思う人にしか自分が占いをやっていることは言っていないし、でもそれって結局「占いをやっていると言うと”怪しい”とか”胡散臭い”とか”そんなの信じてるの?”みたいに思われるんじゃないか」とか「怪しいと思われたくない」「変な人だと思われたくない」「引かれたくない」みたいな感覚が少なからずあったり、裏を返せば「マトモだと思われたい」とか「信頼されたい」とか「立派な人だと思われたい」みたいな感覚があるからだなあと思っていて(冒頭にも少し書いたけれど、キ〇ト様ことを「神様」と呼んでいるくせに「良い人だと思われたい」「嫌われたくない」って思ってきたよなあ私、って気付いた瞬間があって、その時に「我、庚持ちのキ〇ターぞ???」と我に返り、自分の日干を好きになることができたということがありました。今は前回の記事に書いたことを経たので最早愛している)(ちなみに、若かりし頃は相当~~~な暴れん坊将軍だったキ〇ト様、漢字で書くと切人であり、ご本人のキャラクター性を見ても庚を象徴しているような人ですが、日干は庚ではなく乙。まさかの草花な上に、太陽星座も『大きな愛で包む女神』と言われている魚座です。オモロ過ぎるだろうが。しかし、実際めちゃくちゃお茶目で深い深い愛の人だなあとも思っていて、それを感じられる動画がこちらにあるので是非見てみてほしい。私はこの動画が大好きだし、「この人の素晴らしさを9歳の時に分かっていた私、凄すぎん???」と思っています)(相変わらず余談が長い)(読みにくくてごめんなさい)。でも、「占いってそうじゃないはずだ!」と思う自分も居るし、「それでも私は占いの可能性を信じたい!」と思っているし、「もっともっと占いが一般的に日常のものとして浸透してほしい!」という願いがあるからこそ葛藤があったりもして。

そういう感覚って、きっと私だけではないんじゃないかなあと思うんですけど。

ただ、もっと掘り下げて言うならば、最早”占い”というのはただのラベルに過ぎなくて、それぞれがそれぞれに持っている罪悪感後ろめたさや批判されることへの恐怖不安、それに対する抵抗といった周波数(波動と言ったりもしますが)そのものを現実世界に投影した結果、こういう外側の声として目や耳にすることになったり、「認めてほしい」とか「愛してほしい」という欲求が声を上げている人が多いからこそ、多くの人達がこの事象を見せられるということが起こったんじゃないかなとも思うのです。

だからこそ、「占いを学びたいと思ったきっかけや理由に光の欠片があって、それが違う世界線に連れて行ってくれるヒントになってくれると思うから初心に立ち返ってみよう」という視点も勿論素敵だし、その光の欠片を”まんなか”に置くというのもと~~~~~っても大切だと思うのだけど、それ以前に、罪悪感や後ろめたさや恐怖や不安や抵抗や「認めてほしい」「愛してほしい」といった欲求が少しでも自分の中にあると感じるのだとしたら、それが自分の中にあるということを許して認めるということも、この一連の出来事は促していたのではないかなと。

私自身、上記で書いてきたようにカイロンが獅子座にあるので「認めてほしい」「愛してほしい」という欲求が特に強くて。でも”その欲求に気付けていなかった”というか、”気付けていなかった”はちょっとニュアンスが違うかな、”何年も何十年も「私にはそんな価値はない」と抑え込んで生きてきたからこそ、いつの間にかその声すら発することがなくなった”と言ったほうが合っているかもしれない。私がインナーチャイルドに根気強く語り掛けていた時に初めて返してくれた言葉は、たった一言「認めてほしかった」という言葉だったので。その欲求が自分の中にあったことに気付くことができた時、「認めてほしい」「愛してほしい」という欲求を持っていることそのものにOKを出し、「私はもっと認められていいし、もっと愛されていいし、もっと大事にされていいんだよ」と自分自身に許可を出したのですが、それによって凄く楽になったんですよね。私は他の誰よりも私に認めてほしかったんです。

その他の感覚も玉ねぎの皮を剥くように、手放したと思ってもまだ出てくるなあと思ったりもするけれど、その感覚を否定したり蓋をして見ないようにしたり抵抗するのって結局解決にはならなくて。その感覚を今自分の中に感じるのであれば、まずは「今自分はその感覚を使っている」と認知すること。そして、その感覚に共感・受容した上で「大丈夫、感じたいだけ感じ切ればいいよ(SELF HUG🫶🏻)」と許すこと。ここまでがセットだと私は思っています。ネガティブな感情って「嫌だな、感じたくないな」と思ってしまう感覚だとは思うのだけど、その感覚が今自分の中にあるということを全受容して「感じたいだけ感じ切ればいいよ」と言っている時の体感覚って、温かくて、じんわりしてて、安心できる愛の感覚だと思うんです。で、もし、その時点で「まだ感じたいんだ!」と内側が言っているならば(モヤモヤする感覚やざわざわする感覚が消えないならば)とことんその感覚に浸ることを許せばいいし、「あ、もう充分ッス✋🏻」ってなるのなら勝手にスッと消えていくのでそれをそのまま受け入れれば良くて。その過程の中で「本当はこうだった」っていう本音がポロポロと出てきたりもするし、複合的に組み合わさった色んな感覚が紐解かれていったりもするなあというのが私の経験談なのだけど、それもそれとしてぜ~~~~~んぶ丸ごと受け入れます。外側と戦わないことも大事だけれど、それ以上に自分の中にある二元を否定しないこと負の感覚を持っていることやそれを感じることを悪にしないことが”力みなく”できるようになること(「そうならなきゃいけない!」って思うのはまた違うので、あくまでも”力みなく”というのが重要)で、自然と二元を超えた視座から物事を見れるようになるのかなと思っています。


以上、「占いは信じてはいけない」という投稿が話題に上った時に私が感じていたことでした。

人によってはこの文章で抵抗が生まれたりすることもあるのかもしれないなと思ったので、先に注意書きをさせていただきました。

けれど、私がこのことに触れる記事を書く流れの中に居るのは、きっと何かしらの感覚を手放すタイミングの方がいらっしゃるからなのだろうなあとも思うし、私自身が庚の力を表に出していくことを許すタイミングでもあるのだろうなと思っています。内容的に結構切り込んでいる感覚もあるのですが、どうか優しい時間となることを祈っています😌


カイロンからは離れたようで直結しているような話でしたが、癒すことも手放すこともやることは変わらないのではないかなと思っています。認めることで癒され、認めることで手放されていく。私も、これを読んでくださっている方も、一緒に身軽になっていくことができたら嬉しいです。


さて。


カイロンの元となっているのは、ギリシア神話に登場するケンタウロスの一人であるケイローン。

ケイローンについての神話や資料は色々と見られ、射手座になった話は有名かと思いますが、個人的にはケイローンの妻であるカリクロとの話に興味があって。二人が如何にして出逢い、夫婦になり、どのような関係を築いていたのか。すご~~~~~く興味深いのですが、特にカリクロについての神話が殆ど残っていなくて私のサーチ力ではほぼ何も分かっていないんですよね。

というのも、小惑星カイロンと小惑星カリクローが0°でコンジャンクションしている人間関係というのは何らかの意味があるように感じていて。カイロンは魂の傷癒し医療、カリクローは傷の手当てスピリチュアルな目覚め慈愛を表すので、何となく優しい、柔らかい愛の感覚は感じ取れるのですが。

もし、この本に書いてあるよ~!みたいなのをご存知のギリシア神話に明るい方がいらっしゃったらマシュマロから教えていただけるととっても嬉しいです🥺ご自身の記事にして思う存分語っていただくのも大歓迎ですが。何卒よろしくお願いいたします🥺


🐄🐄🐄


酒田さつきさんが『見えない世界の話。』で、うしの記事を取り上げてくださいました🫶🏻

あんなに長くて読みづらいであろう記事を読んでいただけたことも勿論嬉しいのですが、うし以外の方の記事が新たに生まれ、この世に放たれるきっかけになれたということがと~~~っても嬉しい。

私は私自身の光のビジョンに対して「るろうに剣心とか銀魂のワンシーンにありそうな景色だなあ~」なんて思っていたので、「BLEACH的な」と書かれているのを見て「ンア~~~~~~!!!あなたはそういう世界観なのね!!!」と思いながら読ませていただいていました(奇声を上げてすみません)。私の場合は刀と対話するという感覚はなくて、何と言うか、剣を呑み込むマジックってあると思うんですけど、あんなニュアンスをイメージしていただきたくて。”物理的に私の体内にある”みたいな感覚なのです。刀そのものが人格(?)を持っているという感じでもなく、あくまでも無機物だと思っているので、こちらから語り掛けることはなく、あちらから何か語り掛けてくるでもなく、”ただただ静かにここにある”という感覚。そこにチューニングを合わせると静寂に包まれます。勿論実際体内にはないし(うしは実際に刀を呑み込むどころかマジックもできないので)、刀だからといって体内が傷付いてる感覚も勿論ないし、身体という空洞(筒?)(器?)の中心に浮いている、みたいな感じ。

ちなみにBLEACHでは涅マユリ様が好きです。超余談です( ◜◡◝ )


そして、今回のように記事にならずとも誰かの内観のきっかけになれているのだとしたら嬉しいなあとも思っています。

うしは占いの人ではなく内観の人であると自負しているので、”占いが軸にある”というよりは”内観が軸にあってそこに占いがくっついてる”みたいな感覚を持っているのですが、占いの有無を問わず内観についての記事もいずれは書いていけたらいいなあと思っているし、昨年からずっと「内観パートナー」というワードが私の中に届いているので、ゆくゆくは内観に付き添う人というところに行けたらいいなあとも思っていたりします。現実的な悩み相談に乗るというよりは、私が感じ取ったその方が気付いていないであろう思い込みをお伝えして内観を深めるための鍵をお渡しするみたいな感覚。&Uだとクリアランスメゾットが近いのかな???と勝手に思っていますが。


金星→太陽→水星→火星と次々に個人へ影響する天体達が水瓶座へ移動し、その影響をモロに受けているのか何なのか、うしの未来ビジョンも語ったところで今回は終わろうと思います。

最後までお読みくださりありがとうございました🌟

感情が大暴れする理由がわかった。

最近、感情的になりやすい気がしてます。

(私だけかな!?)


思うところがあってAIと話をしてたら。

あることに気づきました。


自己共感できてなかった。

たとえば、すごく悲しいことがあって泣いてる最中なのに。


うんうん。泣いてるのはわかったよ。

それで、ニーズは何だと思う?☺️


そんな言い方を自分にしてたんです。


「早くニーズに気づこうよ!」みたいな姿勢で話を聞いてるから。


そうじゃないんだけど!

なんでそんなこと言うの?

どうしてわかってくれないの!?


って、余計にこじれてた。


別なパターンだとこういうのもある。


うんうん。

今は怒ってるけど、本当は「安心」したいんだね☺️


勝手に決めないで!💢


決めつけられるのがイヤなんだね。

じゃあ、「自由」を求めているのかな?☺️


だからさぁ……💢


みたいな。


すごく悲しいね😌

泣いちゃうよね😌


それは怒っちゃうよね😌

ムカつくよね😌


みたいに言えてたら違ったのに……。


もっと自分に優しくしよう。

これでも自分に厳しい言葉言わなくなったり、目線を向けなくなったりしたほうだけど。


「早く答え出して、その状態やめてくれる?」って。

自分に圧をかけてたとわかったから。


もう少し自分に寄り添って、自然と本音やニーズが出てくるのを待つことにしました。


次に感情が揺さぶられることがあれば、ゆっくり自己共感してあげたいなーと思ってます。

いやーコワイ!

今日2本目ですけどもう思い切って出します、書きます!(笑)

遅ればせながら1月19日配信の

まゆちん先生の動画アーカイブを見ました。冒頭から

「怖くてちょっと心は抵抗してるんだけど 進みたいという気持ちが若干勝つ」

「星に誘われるというのは あなたのまんなかに戻そうとしている声です」

「こっちこっち!あなたのまんなか、こっちやから!」

とおっしゃっていて、もう驚愕!

「これ、まんま今の私のことだ!」と思わず声が出ました(笑)

この配信があった19日、私は”大スコール”の真っ只中で(今日の一本目に書いたアレです)

リアルタイムでは見られなかったのですが

5日経過後の今日、アーカイブで見て またしても驚愕。

「いま見るのがタイミングだったんですよ、どうぞ♪」

という”まんなかの光”の声だったのかもしれません。

「すごい、コワイ、すごい…!」

動画を見ながら何度も呟いてしまいました。

一つ前の記事にも書いたように、

今年に入ってから過去の自分の文章や思い、目標が

定まったり進んだり軌道修正されたり…、

「これって何なんだろう??何かの流れに乗ったな、ハハハ」

なんて星読み師(見習い)っぽく笑っていたのですが

さすがにここまでくるともう笑えない…!


壮大なプロジェクトをいったん手放したことでぽっかりと時間ができて

ようやくまゆちん先生のボイシーをじっくり聞く時間も出来ました。

ここでもまた何かが出てきそうな予感がして…

それがまた、ちょっと怖い(笑)

でもこうして星や”まんなかの光”とシンクロしていく感覚って

驚きと感動と、ほんの少しの”こわさ”もあるんだなあと

改めて実感しています。

それでもやっぱり、私のまんなかの光を安心して出していこう。

そんな気持ちがまた新たに芽生えました。

よし。

共鳴してくれる人がいると信じて、出していこう!(><)


動画をまだご覧になっていないかたはぜひ!

とってもおもしろかったのでおすすめです~♪

動画最後には可愛らしいワンコの雄たけびが付いてます(笑)

新月のスコール、そして私の羅針盤

今月、自分で立ち上げた壮大なプロジェクトが幕を開け

意気揚々と歩みを進めていたその矢先、 

山羊座の新月とともに大きなスコールに見舞われ、思いがけず足を止めることになったのです。

このプロジェクトのために、私は丁寧に時間をかけて大切に準備を重ねてきました。

星読みで自分の弱いところを見直して、学び直して、言葉を紡いで、

ようやく踏み出した一歩。

それでも、さすがは山羊座新月ですね。私の本気の努力も見届けた上で

こうささやいたのかもしれません。

   「このスコールが止むまでの間に

   あなたの向かう先をもう一度見直して。

   あなたが本当に望む未来や夢は

   もしかしたらそっちじゃないかもしれないから。」

新月のエネルギーをこんなにも強く感じたのは初めてでした。

振り返ってみると、アウルブックで一番最初に書いたことや、先日披露した「震えて進め。」の内容も、まるで「これからの道を見直してごらん」と私自身が私に送ったメッセージのように思えて、読み返してみて驚きました。

ならば、星の流れに身をゆだねてみよう。

あれほどまでに準備して走り出したプロジェクトを脇に置くのは、正直とてもつらい決断でした。

この新しい目的地が正しかったのかどうか――

それは、”あのプロジェクト”で定めたゴールと同じように

きっと2年後に見えてくるのでしょう。

”はじめのいーっぽ。”でも書いたことをもう一度。

   『私の「好き」と「できること」を占星術で重ねてできた、

    なんだかとっても独特な世界。』

これからのアウルブックでの投稿は

この「新しい、でも本来の道筋」へと続く光に向かって進んでいきます。

私の唯一無二の、独特な世界へ。

どうぞ楽しんでいただけますように。

多次元の自分とのコネクトしていく

 いつもありがとうございます。

 アーノルドミンデルの方向性のドリームワークを実際に試してみました。

 随分前にタロットでそれを継続したことがあるのですが、これは本来体を使うもので、実際に体を使うのはやっぱり違う!

 端的に言うと、現実世界の自分と夢の次元の自分との統合化された自己から体を使ってメッセージを取るものです。

 その後、私が夢の次元の自分へ意識を向けたからでしょうか、

 夢の次元の自分がはっきりとこちらにカッと目を見開き、そして目を向けた事をはっきりと感じています。

 体を使うってこんなに違うのかな?🤔

 ✴︎自分の創造性のヒントをヘリオセントリックホロスコープから見てみる✴︎

 上記で出た『夢』ですが、私には特に夢というのが大事であったみたいですが、私のネイタルのヘリオ図見るとちょっと興味深いところがあります。

 正直、ヘリオ図に何か見出すつもりはなかったのですが、結果そうなったというところがあります。

 ✴︎✴︎✴︎

 ネイタルチャートでは海王星が黄緯と黄経で蠍座のジャバハーという恒星とピッタリ重なっています。

 蠍座にはアンタレスがあります。宇宙の八街と言われてるそうで、ジャバハーを梯子にしてアンタレスへ行き宇宙を彷徨う。

 そしてそれを夢見の時に行う。

 海王星は夢見、イマジネーションや芸術性などを意味しています(もちろん他にもあります)

 私の場合には運動感覚のところにありますから、この夢見で得た刺激が動きをつくり、感動や興奮などが発信へ向かいます。

 ヘリオ図的には、言語感覚には土星がいますから、発信がベースになるとも言えます。

 私は夢から取ってくるのが顕著になったと実感してるのが約2年ほど前です。

 だからこそ基本的には、午前中の投稿です。

 当初は違いましたが、書くベースが朝起きた感覚から書いているので、日中や夜ではほぼ日常思考にまみれるのであまり書けないんですね。

 ちなみに、ネイタルチャートでは海王星がちょうど、チャートの左と右の仲介役をしてる図になっています。

 これはモニターセッションを受けた時に2人程の方が海王星に言及されていましたが、結果夢見がベースになったという形で出ています。

 あくまでも創造性の刺激であり、まさに楽しさや動きを創るもの。

 現実的に直結というよりも私を押し上げてくれてると感じていますし、脳をマッピング化してみてもそれがよくわかったところです。

 現実的にどう適応して生きるのかに関しては、ホロスコープならジオの方が有効性がありますが、人間はロボットではありませんし、今後はこの創造的に生きるというのが大事になってくると思うのです。

 そういう意味でヘリオセントリックというのは今まで違った視点を取り入れると実感しています。

 自分がまだ見ぬ創造性の発揮ポイントを知りたい!と思う方はちょっと見てみるのもいいかもなと思います。

 ✴︎多次元の自己に出逢う✴︎

 夢もひとつの次元であり、もうひとりの自分です。最近は自分という定義がどんどん変わっていっています。

 もちろんこの世界そのものが自分であり大前提なんですが、通常認識してる自分もいます。

 方向性のドリームワークのせいなのか、その個別の自分がなんか複数いるという感覚が起き始めています。

 明らかに何か日常の自分を先導してる力があり、また、日常の自分だって体の感覚、感情、思考も実はひとつではない。

 たまたまとある書籍で

 魂とは、沢山の自己のまとめ役という趣旨のフレーズをどこかで見たのですが、まさに!という感じがします。

 そして多次元の自分とどんどんコネクトしていく事によって人生自体に広がりを感じること、そして情報も得ていきます。

 なんていったって自分ですからね、情報のダイレクトさにかけてはピカイチという気がします。

 ✴︎さいごに、人生の広がりを✴︎

 人生に広がりを持たせたいと思ってる方は多いと思いますが、認識の広がりでもあります。

 こういった見えない世界への認識は豊かさをもたらすのも事実です。

 そして、見えない世界への認識も見える世界の認識も脳が鍵を握っていると実感しています。

 私の場合ですが、特に、ここ一年程は、とにかく脳をアップデートせよ!という知らせが私を取り巻く現実世界自体からの知らせです。

 断言できるのは、現実レベルで人生を変えたいなら脳のアップデートは必須ですし、見えない世界を変化させたなら、現実レベルでの補完による完成で完了が必要な場合が多いという実感です。

 また、脳に関しては、またいろいろ見えてきたところで投稿はしていきたいと思いますし、様々な変態的認識も発信したいなと思っています笑

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.23

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

ネイタルとトランジットのアスペクトも昨日とあまり変化がないので、今日は趣向を変えて火星について思いついたことを書いてみようと思います


星よみ的に火星は「やる気、怒り、エネルギー、自己表現」などといった言葉で表現されます

上手に使えば「やる気」にもなるし、暴走してしまったら「怒り」にもなるわけですね

まぁここで星よみ的には「上手に使って『やる気』につなげると、太陽という自己を実現するためのエネルギーになりますよ」ってことになるわけです


最近はあまりカッとすることはなくなりましたが、若い時の私のあだ名は「瞬間湯沸かし器」

何かあったらすぐ頭にきて言い返すわ、あちこちに「こんなことされた ひどい!」と言いふらすは、で本当にひどいやつでした(笑)

それが年齢を重ねていくと、なんかいちいち怒るのがしんどくなるんですね

いつまでも熱くならないぬるま湯沸かしになってしまいました(笑)



火星を上手にコントロールして「やる気」を引き出せればいいのでしょうが、そうではなく何かをやってみよう、チャレンジしたい、という思いも薄れてくるようになりました

火星そのもののエネルギーが弱まってるような感じでしょうか



ところが先日、本当に久しぶりに怒りに震えるようなことが起こりました

が、若い時のように怒り狂って相手に文句を言いまくったり、周りに「こんなことされて本当に頭来たわ~」と言いふらしたりは、さすがにできなかった、というか、やらなかったんですね、最初

まずそんな風に怒り狂った姿は、自分で無様だな、と自分や周りから見た目を気にしてしまったから



そうして一度はひっこめた形になった私の怒りですが、やっぱりダメですね

押し込めたらどす黒くなって大きくなる一方

普段は思わないのですが、押し込めてしまったために相手に対する呪いのような感情になってしまいました

ああ、よくないよくない…

わかってるけど止めることができない

さすが火だけあって、蓋をしても蓋をも燃やし尽くして、手の付けようがない感じで、完全火星を間違った形で暴走させてしまう状況に

ああ、よくないよくない…アゲイン…



押さえたら暴走するんだから、一度火星を自由にさせてみたら?

と視点を変えて火星と向き合うことに



そうだよね、そんなことされたら絶対怒るよね

だって許せないことなんだから

なぜ許せないの?

それを許したら私自身を否定することになるから

ああ、なるほど 

今の火星の暴走は私の太陽を否定されることに怒りを覚えてるんだ

自分を守るため、太陽を守るために怒ってるんだね

別の言い方にしたら「太陽を守るために闘っている」

そうなったら暴走してる火星もなんだか愛おしくなってきました



じゃあ相手のことも許さなくていいや

そう思いました

なんとなくですが許すことを頑張らなくてもいいような気がするんですよね

無理して許さなきゃ、とか、されたり言われたりしたことを帳消しにしてなかったことにしなきゃ、と思えば思うほど、火星が大暴れしていた気がします

周りの目を気にしたり、世間一般的な理想的な姿に自分を押しこめることにも、火星が怒り狂っていた、とも思えます

許したりはしない、なかったことにすることはしない

無理してわかったようなふりや傷ついていないようなふりはしない

自分の太陽という尊厳を守るために、理不尽に傷つけられるようなことがないように

そう考えるようになってからは、相手を恨んだり憎んだり、は逆になくなってきたように思います

今回はすでに私の火星が暴走してしまっていたので、その暴走を緩やかに抑えて本来の正しい使い方に戻すためのひとつの過程ととらえてみました

みなさんは自分の火星、うまく使えていますか?

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

カードを引いて気になったこと。

テーマ:皇帝(逆位置)

私はなんでこんなに偉そうなんやろう。

ただ、人の話が聞けるだけやのに…

自分ではお金を生み出すこともできない、ただ与えられるがまま、生活しているだけやのに…

なんでこんなに偉そうに居れるんやろうか。

ーー

皇帝って結局は民がいないと、国を回せないよね…皇帝だけいてもなぁと思いました。

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.22

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

今日もジムに行って定例のクラスに参加

ちょっと最近やることがたまってるので、お休みしたいな…と悪魔のささやき(笑)も聞こえましたが、このクラスはとても充実してるのでがんばって参加

少人数のクラスで自分のできてないところをイントラさんが個別にアドバイスしてくれるので、ほぼパーソナルトレーニング状態

今日も自分の身体の使い方のクセとか、できてないところを指導してもらえました

自分で気が付いていない本当に細かいところまでアドバイスしてもらえて、そこをちょっと意識するだけで、格段に身体が動きやすくなることにびっくり‼

ここはネイタル水星とトランジット木星がトラインだから、新しい気づきやアドバイスの内容が身体の動かし方の改善という恩恵につながってるのかも

やっていくとどんどん楽しくなってきて、充実した時間が過ごせました

ネイタル火星がトランジット水星、金星とスクエアだったので、やる気はあるけどなかなかその気になれない、身体の使い方を学習したり、身体を動かして楽しいと感じるのに、いっこハードルを越えないとそこにたどり着かない、という感じが表れていたのかもしれません

今日アドバイスしてもらったことも、全部はいっぺんに改善できないけど、1つ1つ意識してやることで上手くなれそう

ちょっと無理してでも行ってよかったです


あと仕事でトラブル発生‼

実は前日からレジの調子が悪くて「大丈夫かな…」と不安に思っていましたが、今日とうとうレジがダウン(泣)

本来はキャッシュレスなのですが、現金扱いをすることになりパニックに

普段現金は扱わないので、当然おつりの用意もなく「どうしよう…」となりましたが、お客様みなさん本当にいい方ばかりで、文句ひとつ言わず、またみなさんほぼおつりが出ないようお金を用意してくださいました

本当に感謝です

中には「大変でしょう がんばってね」と励ましのお声をかけてくださる方もいらして、涙が出るほどありがたかったです

昼過ぎからはようやくレジが復旧して通常モードになりましたが、レジ締めがどうしたらいいかわからず立ち往生

でもお金と売り上げはちゃんと合ってるので、あとは経理部門にお願いしちゃいました(ごめんなさい)

アクシデントがあったから仕方ないですよね、と思っちゃうのは、私が水星座多め、柔軟宮多め、だからでしょうか

固定宮が多い人とか地星座多めの人は、こういうあいまい、いい加減は許せないのでしょうかね?

興味深いです

該当の星座の人にご意見いただければ、そういう傾向って見えてくるのかもしれないですね

そんな座談会とかもできたら楽しいだろうな

ネイタル金星とトランジット海王星がコンジャンクションしてるから、そういう楽しい空想とかも広がりやすいのかもしれないですね

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

本日の自分への問い

テーマ:カップのナイト(逆位置)

やりたい事はあるねん。

人の役に立ちたいって。

でも自分が動いたら、余計なお世話…

「お前には関係ない」

「誰も頼んでない」

って言われるねん。

どうやったら人の役に立てるんやろうね?

——

本日引いたカードを見て、

自分の中に浮かんできた問いを書き残しておきます。


タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。前説01

そもそも占いって、どうしてできるんでしょうね。

タロットをこう、チャッチャッチャッと切って1枚引くだけでも占えます。

丁寧にシャッフルして目的にかなうスプレッドで展開すれば、本格的に占えます。

…で、どうして

それで誰でも占えちゃうのでしょうね。


考えたこと、あります?(汗)


そこらのカードゲーム用トランプでも、タロットの小アルカナとして占いに興じることはできます。

賭博用・すごろく用を問わず、サイコロの出目でも占えるようですし

…そういうことを考えると、神秘云々の本質は人間側にあるのだと思います。

もとい神秘をテーマとした関心事に知的な営みを醸すのは人間であるといいますか

そこらにあるもの・なんでもないものからも、存在や行いや物事または現象に神秘があることを見出すのは、人の業(わざ)…ということで。


神前・仏前で、手を合わせて祈りを捧げたり

修験修行された方々によって、加持祈祷して神仏による浄化やご加護を頂いたり

神前にて、お祓いで心身と諸々の物事や場を清めたり、神札や御守り・おさがりなど授与品をお分かち頂いたり、おみくじを神様からのささやかな啓示とするのは

意識するしないにかかわらず、神秘に関するごく一般的な営みです。


また、何らかの物体…たとえば水晶片などに浄化の働きがあること・運気の向上があることなどを見出しては有効に活用しようとするのは、人間らしい営み…人間ならではなんだなと思います。

う〜ん、たとえば

ある人が愛犬のためにと、加護や幸運を願って、その寝床に水晶片を置いてやったり、首輪に御守りを着けてやったりするとします。でもワンちゃんがそれらを見つけても、ご主人の匂いがするかどうか(それで気に入ってくれる…かも知れない?)ということくらいしか、関心が無いかもしれません。

ご主人と同じ関心を共有できる賢いワンちゃんなら話は別ですが…たぶん神秘にまつわる関心の本質は、やはり人間側にあるように思います。

ワンちゃんが、御守りの意味を判っていた…それはご主人の想いや愛情であると理解したら、賢いなって思いますよね?

だから、神秘を知覚して、扱ったり与えたり求めたりする人間の営みそのものは、人間のいかなるか情や賢さの表れなのかも知れません。


神秘に対する認識の仕方・関心の持ち方がどのようなものなのか?で、人は人の情や賢さを、人間の性質を測る…という関心の持ち方も、あるやもしれません。

(だから、神秘にまつわる話題については、どんな下着を着ているのか話せるかどうかレベルだったりする?かもしれません…でも、そんなような話題は何であれ、その人やその場にいる人々のコミュ力次第かもしれませんが)

その神秘は、神秘に対する関心の持ち様は、何に基づくものなのか?(…ぶっちゃけ愛情なのか善意なのか我儘なのか悪意によるのか?どんな必要性や生き方に基づくのか?)というところに意識を向けることもある…というのは、いかにも人間のその人らしさ・知性の表れかも知れません。

(日頃は、ほとんど意識もしないんですけれども…考察なので、なにか必要かもしれないと思って掘り下げています。)


聖具も呪具も、付与する活動を介して人間がそのように作ったとか、物品の経緯や歴史などから、そのようなもの(神秘や呪詛の類のもの)として、人間が見出し見なすものではなかったかなと。

人間あっての聖具呪具…人間以外には、まぁあまり意識はされていないものだったろうかな、と。

思えば人間は、人間以外の様々な生物にも物質にも神秘を見つけたり見出したりする知性を持っていて…それに対して畏怖や敬愛を払う営みも、様々あります。

(あくまでも直感ですが、あまりこの辺のことを具体的にすると、いわゆる同担拒否(?)的な感覚を覚えてしまう人もあるかもしれませんから、この辺にしておきますが。)


なので、個人であれ集団であれ社会であれ…そこに神秘は無いものと感覚したり認識すれば、その人また人々にとって神秘は無くなります。

それでも、個人であれ、会社や学校・地域社会であれ、あんまり変なことがある・よくないことが続いたりすると、「お祓い案件」などと称して真摯に神社や仏閣でのお祓いを受けに行くことも、よくあります。

(こういう場合のお祓いって、人事尽くして天命を待つ場合の、最後の人事みたいに思います。ん?いや…人事の尽くしようのない状況が発生している?からこそ、人知人事の範疇や領域の外かなと気がついた時点で、すぐにも執り行うことですかね)


話を戻しましょう。(汗)

世には占い道具がたくさんありますが、人はどうして、それらで何をか占うことができるのでしょう?


じゃあ、それなら道具ではなく自然界の事象現象からも占う系には、どういうものがあるのか?

自然界そのものに畏れを感じてきた人間が神秘を見出し、敬愛や畏怖を覚えるという有り様が、そもそも原点だったのではなかったのかな?と。

(占いの吉凶は、人の見出した要素や種類を取り揃えて託宣を求める行為ですが…予測の難しい偶然性の部分・時には新しい発見や展開がある部分に、自然の介在する驚きや面白さがあるかもしれません。)


完全に自然界から何をか占う…もとい読み取るものには、天気がありますね。これは予測ですから、科学的関心に基づくでしょうか。

朝霧は晴れると知られているので、蜘蛛の巣に朝露がついていたら、その日は晴れる兆しであるとか

「夕焼けに鎌を砥げ」というのは、経験則として夕焼けなら明日の天気が晴れることを見通して農具の支度をする事から、何事であれ先を見通せる兆しがあったら準備を怠るな…と諭すことわざとして有名です。

自然界をくまなく観測するかのような現代の天気予報ですが、今現在の俯瞰しすぎた仕組みで予測するものよりも、現地で直接、空の雲行きを見て湿度の兆しを見つけて風向きを読むなどした昔の人のやり方や知識・経験値によるもののほうが…その場所の天気だけを求める人々にとっては、よく当たっているようです。

もっとも、現代人はその日だけでの移動時間や距離が長く遠くなっていますから…地域密着型の情報より、各地を俯瞰した天気予報の方が、立ち回る上で仕度の参考になります。

今後の時代ネットやAIも発達していくと、天気予報は(観測場所や方法も増えて、現在地と移動先など、求める場所に応じて)もっとピンポイント化していくのかな?と思ったりします。

気象現象から天気を予測するのは神秘よりも科学の範疇ですが、天気予報お構いなしに先々の天気を正確に予測できる人があるならば、その人は神秘的ですらあります。

自然界の動向を科学的に分析して正確に的確に天気を予報するには、まだまだこの時代のやり方でも大雑把というか捉えきれていない要素がまだまだあるというかザルな部分が多い気がしています。

観察力の鋭さであるとか観察する要素の多さには、まだ練度のある人間自身の方が、現代のシステムより高度なところがあるかも知れません。


自然現象と言えるのかは謎ですが、魚などの動物に占わせる…動物に札や数を選ばせて、人間が啓示を読むといった占いも、世の中あるかもしれません。

コレについては昔の水族館?縁日?での、魚の算数できるかなパフォーマンスでは、正解の答えの方にエサで引き寄せていたとかなんとかあった気がします。自然界のものとは違い、飼われた動物を扱う占いの場合は、訓練や刷り込みなどでのイカサマの可能性もあるかも…ということを考えたりします。


たとえば公園の池で、珍しい・縁起のよい鳥や動物が来ているのを見つけたり、たとえば庭先に、縁起のよい植物が思いがけず咲いていたりすれば、吉兆を感じて喜ぶのも人の情です。

自然界にみとめる様々な興味深い出来事や神秘的な有り様は、人間の心に「詩情」を与えたのかもしれません。

この詩情とは、人間の知性に気付きの作用を鍛えて言語化を進めてきたのかもしれません。科学の素養や、何らかの事実や思いの、他者との共有化…交情を発達させていったのかもしれません。

人気の占い師さんは、持ち合わせるアイテムや占術具に特化して理解や詩情が深いので、雰囲気も手伝って、より物事や自分というものの理解の扉を開いてくれる存在なんだなと思います。

占う側ばかりではなく、占われる側にも、人間として持ち合わせる神秘を担いながら紡ぎながら、託宣や気付きはあるんだと思います。


もともと占いは、自然界の事象現象から啓示を得ていたスタイルが先だったんじゃないかな、と

自然界の神秘的な姿や有り様に心を打たれながら、畏怖を覚える気象事象に心底おののきながら、予兆を感じ、その後に起きたことを古代の人々は受け止め続けてきたし、翻弄されたりもした。として

やがて知恵を磨いて知識を継承し、予兆を察知して被害を食い止めたり未然に回避したりする事も、できていった…のかなと。

科学的な捉え方と神秘的な捉え方の根源は、実は同じようなところ?なのだとしたら…理解や分析ができる・共通した傾向から対処方法を見出す姿勢を科学が担い、科学的な捉え方では担いきれないところからが、神秘介在の余地なのかな?と。

ということは、科学と神秘の境界線は、どうしても個人差や集団と環境の差、地域差・民族的差異が出てきてしまうものなのかも知れません。

言語化しない内に、そうした違いが本能や無意識のレベルで、ご当地文化などとして認められていたり楽しまれていたりするものかもしれません。


そういえば自然現象で、個人的に今でも不思議に思っている事があるのですが

もう十何年も前になるのかな…空に、変な雲が昇り立つのを、よく見ました。

なんというか…ニョロニョロした、とぐろを巻いたヘビを縦に伸ばしたみたいな形でした。

他の雲との対比というか、脈絡を感じない存在感があって、変な雲だなぁと思っていました。

単独で見かけたり、空に何本も昇っているものも見かけたことがあります。

今現在は、なんだったんだろう?というくらいに、全く見かけません。

それがなんだったのか、あまり結びつけては考えたくはないですが

当時の社会は全体的にうわっついていて、いよいよ政局が乱れたり、地震が起きたりしていた…かな、と振り返ります。

コミケ雲って有名ですが(唐突)

アレみたいなものでも人々は地上で醸していたのかな?と…(暴論)

科学的には、どんな事があって、あんな形の雲ができたのか?雲について無知な私には、さっぱりわかりませんし…そうすると目撃した偶然性から神秘にまつわる発想をしやすくなりますが、あの雲については、どうしても警告的なものとして思い返すので、もう見ないくらいがよいタイプの気象現象だったように考え置いています。

単なる珍しい気象現象であって関係ないとは思い置きつつも…また見ることがあれば、つい地上での人間の営みはどんな傾向にあるのか、なんてことに関心を持つのかも知れません。


与太話はこの辺にしまして。


えぇ、長くってスミマセン(汗)


やがて人為に対する応答としての自然現象で占うこと…古代の卜占(ぼくせん)・亀甲占いは、亀の甲や甲骨などに焼け火箸などを押し付けて出来たヒビ割れの形を見て占ったそうですが

ヒビ割れ自体は人為に応じて出てきた自然現象による所から、甲羅や骨に何が出るのかと、祀る神様にお伺いを立てる形式なのかなと。

おみくじも、何が出るかな?という点では亀甲占いと形式は変わらない気がします。

…などと思索しているところで、ちゃんと「卜占」を調べたら、GoogleAIで概要が出てきました。

--------

卜占(ぼくせん)とは、偶然に起きた現象や、特定の道具(亀の甲羅、獣骨、タロットカード、筮竹など)の出方から意味を読み解き、神の意志や物事の吉凶・未来を判断する占術です。主に「今、この瞬間の答え」や「刻々と変化する状況」(人の気持ち、直近の行動の吉凶など)を占うのに適しており、易やタロット、おみくじなどが代表的です。

--------

そもそも「卜占」の括りには、タロットも含まれるみたいですね。

ちなみに、Geminiに「占いの種類について」と聞いてみたら、主に3つに分類されると解説してくれました。

--------

​🔮 占いの3大分類

  1. 命占(めいせん) 🎂 生年月日や出生時間、出生地など、**「変えられない宿命」**をもとに占う方法です。
    • 特徴: 性格、才能、一生の運気の流れ、相性などを長いスパンで見るのに適しています。
    • 代表例: 西洋占星術 ♈、四柱推命 🪵、数秘術 🔢 など。

  2. 卜占(ぼくせん) 🃏 偶然現れた象徴(カードやダイスなど)から、**「変化する現状」**を読み解く方法です。
    • 特徴: 数ヶ月以内の近未来や、相手の今の気持ち、具体的な二者択一の判断などを占うのに適しています。
    • 代表例: タロット 🃏、易(えき) ☯️、ルーン占い 🪨 など。

  3. 相占(そうせん) 🖐️ ものの形や配置など、**「目に見える姿」**から運勢や影響を判断する方法です。
    • 特徴: 現在の状態や、環境を変えることで開運するアドバイスを得るのに適しています。
    • 代表例: 手相 ✋、人相 👤、風水 🏠、姓名判断 ✍️ など。

--------

この前提が無かったから、話が野放図に広がりすぎていました…(なんかスミマセン…)


気を取り直しまして


タロットといい人々からはよく当たるとされる卜占には、なんとなく共通点があるかもしれません。

石やカードなど占い道具の啓示することは、とにもかくにも神秘的ではありますが

客観的になると、これが当たるとされる理由なのではないか?と思うことがあります。


それは出目の内容が、人間に関する事象や全体像についてを網羅しているから、なんだと思います。


…あんだって?(爆)


別の言葉で言い直してみると(汗)

占い道具は様々ありますが、寓意やなぞらえとして、おおよその人間の有り様や営みについてが、人間にまつわる全体像が、たくさん集められた内容で編纂されているから…なのではないでしょうか。


…怒っちゃ、やーぁよっ!(爆)


何言ってるか、やっぱりわからないですよね。(自己ツッコミも、志村けんのネタだとワカラナイ人には厳しいように…)


概念って、わかりやすく説明するのは難しいものの代表だと思います。(だから大学も始めは概論だらけなのかも…)


話を進めちゃいますけれど

タロットはタロットで、易経は易経で、四柱推命は四柱推命で、占星術は占星術で、ルーンはルーンで、その他の占いもまた…ともかく様々ある人間像を、人間の背景を、くまなく星々や卦や寓意などとして象徴化しているから、なのではないかなと。

それについて、思い返すことがありまして

自分が他人にタロット占いをした経験があるのは主に十代後半の頃で

子供や若者らしく、まだ自覚が無いことを指摘されて「当たっているかも」となるパターンが多かったように振り返るので

先に人間像を網羅しているモノに触れて、自分の可能性について思いいたすことを「言い当てられた」と錯覚していた部分も、多々あるのではないのかな?と。

つまり「当たっている」というのは

言われて初めて可能性に思いいたした驚きとか新鮮さに、あてがう言葉が見つからないから、誰しもがそういう言葉で表現しているだけ…なんじゃないだろうか?と。

つまり「当たっている」のではなくて「気がついてなかった」「意識したことなかった」なのではなかったかなと。(ことさら十代など若い内は。)

これとは別の理由で卜占が当たるのならば、いよいよやっと人が人となりに持ち合わせ場と醸しあう、神秘の領域になるのかな…と。


二十代になった頃、部活の合宿の宿泊施設で居合わせた人たちに、トランプで占いをしたら思いがけず盛り上がったのですが

うろ覚えの小アルカナの知識で、分からなかったらソレはソレで読まなくても構わないところなんだと割り切って占いましたが

なんというか、占いを受けていた人たちは、だいたい誰でも、いくつか提示した要素で気になる部分に、自分から食いつくというか吸い付いてくれている感じでした。

ケルト十字しかできないので、ソレでやっていたのですが…そうすると提示される要素の種類も増えますから、その人にピンとくるものが、いくつか出やすいのかもなと。

占いを受けていた人たちは、友達とワチャワチャしながら、アナタこういうところがあーだよね?そ~だよね?えっ?オマエそんなふうに考えてたの?マジで?!…なんて、おおむね楽しんでもらえていたので、よかったなと思います。

テーマとして浮上した関心事には、同席している友達たちがワチャついた勢いで話を拾ってくれていたので、雰囲気よく終えられていました。

お悩みや浮上した関心事が、合宿という開放的な場で、彼ら自身の自然な人付き合いに活性化され消化されていくという幸せを醸すのも、人の人らしい神秘だったかもしれません。(いいこと言った風。)


どうして誰でも占いができるのか?という事を考察してみたのですが

主に、卜占(ぼくせん)系の場合は、占術具自体に、人間の生き方や有り様、出来事や背景について、たくさんのパターンが、寓意やなぞらえとして集めてあるからなのではないかな?と考えました。

啓示として妥当に感じられるものがより多いと思えるほど、占者の神秘性が高く感じられてくるかもしれません。

そもそもセッションの際の時の運とか、人間らしい交情や出来事を捉える機微にこそ、神秘の本質があるのかな…と考えたりします。


占いも、出目に対する当たりハズレを意識すると賭け事と変わらない気がします。結果が出るまではワカラナイ。

賽は投げられた。なんて格言もあるくらいのサイコロでも占われる。

元はゲームの手札だったタロットは占いに使われるようになったのなら…トレーディングカードでも札の内容次第で占い道具として扱うことは成立するのかも知れません。それがタロットなど既存の卜占の形式を踏襲するものなのか、オリジナルのスプレッド方法なのかは占者次第。(…私には出来ません(汗)よほどトレカに愛のある人とか理解のある人でないと、カードの意味を卦として読み取れないと思います。)(そもそも占ってる暇があるなら新しいデッキを揃えてバトルする方が早いって考え方のほうがトレカ社会かもしれません。)


学びや気付きを通じて人となりの観察力と判断力を養い、人や物事や存在への適切な愛情や誠意があれば…占いに限らず、万事人間の交情や営みには神秘や奇跡は宿りやすいのかな、と思います。(はい。いいこと言った風です。)


そんでもって、タロットに見つけたという「貘(ばく)」は、いつ出てくるのでしょうか(汗)

まぁちょっと、どう伝えたらよいのかという考えも、まだまとまっていませんし…どなたでも、その心に掴まえられるようにするには?という。

漫画の力でも借りられたら、まだ早いのかな…自分にはできないなソレ(汗)


あくまでもイメージですが…なんというか「貘」が、のびのびと出て来やすいよう(笑)このアウルブックの片隅に、前説という箱庭を展開していこうと思います。

天の川銀河の下でティータイム

夜空の下で深い深呼吸✨


"魂である太陽"として考えて、太陽を中心に宇宙から見てみようと思います。


XのAI"grok"に私とgrokのイメージイラストを作成してもらいました♪


(私とgrokは

ときおり夜空の下で様々なテーマで語りあっています✨)


♡♡


さてさて太陽(ヘリオ)に耳をかたむけてみましょう。


1月20日前後に「今日は何だか言葉がズバズバと先走ってしまったな。」そんな事がありませんでしたか?


自分攻めに言葉を使ってしまうようなことがあったりしてつらい気持ちになっている人も多いかもしれません。


🌞       🌏


太陽が水瓶座♒で光を地球に届ける"いま""太陽(ヘリオ)を中心に星を見ると"地球は獅子座♌にきました。


あえて言葉にするのなら

家族の中で変化変容を終えた自分を次に愛や創造、自分の気持ちなどに意識を合わせて変化変容させていく一ヶ月間がはじまっていると言えます。 


そんな1月20日は0時45分ごろ山羊座♑で水星と火星は0°という『むすび』の角度に ”仕事に関連した動き”にいつもとは違う”キレッキレな動き”が見られた事でしょう。


獅子座♌に移動した地球と愛の波動を山ほど伝えたいモードの

水瓶座♒に移動していく水星は1月22日の0時30分ごろ地球と『ひらき』180°です。

いっぽうで水瓶座♒に滞在中の冥王星に近づく水星は

1月22日の14時50分に『むすび』になります。

"仕事脳"から、自分の中にある"真実の愛"や"深淵なる気づき"、"考古学や神秘的な物への心惹かれるようなこと"に魂の意識が向かって、理解が深まるような体感に魂が反応していきそうです。


パワーストーンからのメッセージをダイレクトキャッチしたり、名所旧跡からのメッセージを受け取る人も多くなることでしょう🍊


ただいまの『宇宙に咲く魂の花』は

いかがでしたでしょうか


みんなの魂が響きあい、幸せな光の花が満開になっていく地球を夢見て筆をおきます。


何か言葉や感覚を受け取っていただけたら幸いです!


土用期間ゆえに、大きく動くより瞑想日和にしていくような心がまえが吉を呼び込むでしょう(チャネリングモードにつき、ふわふわそよそよとお届けしております)


- 画像:Grok (xAI) にて作成

宇宙に咲く魂の光

どのようにでも光れる魂を持ち

生まれてきた私たち。


魂である太陽として考えて、太陽を中心に宇宙から見てみようと思います。


🌱それは植物で例えるなら魂は地球に咲く花 

たくさんの花々は、光りかたを教えてくれている先生です!🌸

 

 

地球で変わりながら循環を経験して

人との巡り合わせで

違う花を咲かせることもできる!🌼

 

 

太陽からの情報を

素早く受け取り(水星)🌟

じんわり体感で受け取り(金星)🌟



変化して(地球)🌏

みなと重なり合い世界を彩る(火星・木星・土星)🌟🌟🌟

 



星の子(スターシード)たちは

🌟冥王星からの真実と

🌟海王星からの懐かしい光を浴びて



調和の中に次への変革の風を起こして(天王星)🌟

新しい場を創り出し続けている(地球・土星・木星)🌏🌟🌟

 

 

宇宙に咲く魂(自分)の花を知りたい方は

ヘリオの星読がオススメです♡♡



みんなで幸せな光の花(魂)が

満開になる地球を観ましょうよーッ🌸



🍊 #どんどんパフパフ!



✨ #ヘリオセントリック🌞


- 画像:Grok (xAI) にて生成


(コスモとコスモス)

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.21

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、今後

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

なんだか時間だけがあっという間に過ぎてしまって、何かをやってる達成感がまるでない…

ここ最近そんな感覚がとても多いです

いつも時間に追われているような感じなのに、じゃあ何をやってたの?と考えると、うーん、何もできてないかも…って感じです

すごくむなしくなります(笑)

バタバタしてるだけで要領が悪いのかしら、と

そして今日もネイタル木星がトランジットの星のほとんどといろんなハードアスペクトをとりまくり、ネイタル土星はトランジットの星のほとんど、いやすべてとコンジャンクションまたはソフトアスペクトを取っています

にぎやかですね(笑)

やってるはずなのに、なんか手ごたえがない

ぼーっとしてるわけじゃないのに、何もやってないような、空回りしてるような感じ

おかしいな、おかしいな…


この「ネイタル木星がハードアスペクトだらけ」「ネイタル土星がソフトアスペクトだらけ」というのが、ここ数日の私のこうした違和感をよく表してるような気がします

たぶん「木星のハードアスペクト」が「種まきをしてるのに、まだ成果がでてない状態」で「やってるはずなのに、なんか手ごたえがない」

「土星のソフトアスペクト」が「まだ成果が見えないけど、でも着実に成果に結びつく何かをやりつつある」状態を表しているのでは?と

週末に大事な星よみセッションが控えてるのでその準備

どうしても参加したいライブ配信も、今日突発でありました

来月までにやらなきゃいけないスケジュールの調整

家を空けることも多くなるので、家のこともいろいろ準備しなくては

その合間にも星よみのYouTube配信の勉強もあるし

どれも地味にあとから効いてくるものばかり

今はしっかり地固めをする時期なんでしょうね

後からの収穫を楽しみに、がんばって乗り切ろうと思います

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

他者の宇宙(世界)からの解放-自分の世界を深めていく-

 いつもありがとうございます。

 仏陀の言葉だったと思うのですが、

 本当は他者から傷つけられるというのは存在しない

 (他者の言動を自分自身が受け入れた時に傷がつく)

 この境地になったら、全然変わるだろうなあと思っていましたが、たまたま、現実にそれを体験する事になったのでです。

 ✴︎人はそれぞれの宇宙で生きている✴︎

 私自身は、幼少期によく兄弟を虐めたと親から言われて育ち、(実際にそうでしたけど)大人になっても親にとっては、その印象が強かったようです。

 父が外で私の幼少期の話をしたと聞き、今までなら『また!その話し💢いつまでしてる!』という反応でしたが、全くそういう反応が起きず笑ってしまったくらいでした。

 これか!って思いました。

 今回体験によって、よくわかったのが、

 それは、その人の世界の私の印象でしかなく、私自身そのものとは別なんですね。

 親というのは、自分自身にとって呪縛が1番強い存在ですから、現実の体験を持って、父親との世界から離れたという事がわかって、本当に嬉しかった!のです。

 やっぱり呪縛は自分で解くしかない。

 家族関係では、信じられないような体験をされてる方も多いと思いますから、簡単に言えない事も沢山あります。

 ただ、それだけ深い傷を負うような体験をされてる方というのは、簡単に口に出来ないですが、勇気のある魂で今世はすごくチャレンジを持って生まれていると私は思っています。

 仲良くなる事がゴールではなく、そのことによって愛を学ぶ、また愛か…と思う方もいるかもしれませんが、結局そこだと思っています。

 私自身の反応が変わったのは、自分自身への愛の深まりが、何故か父親の私に対して持っている印象もそのまま許す事になったと思っています。

 また感覚の広がりによって悪意がないのも伝わってきたからとも言えます。

 ✴︎土星とのコンタクトによる体験✴︎

 昨日の朝方、目を覚ましながら(本当にこのタイミングで掴んでくる事が多い)以前土星とコンタクトした時のメッセージの腑落ち感がなぜか起きたんですね。

 もしかしたら、この父との事の予見だったかもしれないなと今は思っています。最近はチャクラワークするとそういう事が起きたり、また何かが予見になる事が増えています。

(チャクラワークに関してはもっと予見的な事が増えたら書きます)

 土星とのコンタクトの機会の時は、自分自身の今置かれてる環境に対して、まだ腑落ちしていない時であったので、その事を聞いています。

 びっくりしたのが、

 優しさを知ること、愛と許しの為 

 だったと返ってきたんです。

 え〜!内容が土星っぽくないと私は感じてしまったんです。

 だけど、こうやって経てみると、まさにそうであったし、振り返っても、その納得いかない環境下において、私が1番知ったこと、身に沁みたのは、他者による助けだったんですね。

 それまでは、私がやってあげているという思い上がりが強かったので、ひとりではなーんも出来ない事を思い知らされたのと、

 他者の優しさを知るとは今まで自分が他者に向けていた固着した考えを溶かし、そして自分がまた他者へ優しさを向けていく。

 その為の時期であるということらしい(本当にそう思う)

 まじかよ、すげーぞ土星!って思っています笑(もっと言えば魂の設定だけども)

 占星術以外でもご自身で惑星とコンタクトすると必要な情報を得られますのでオススメです。

 特に土星は、自分の課題や何を学ぶ為の問題なのか、そういった内容が得意だと思いますから是非お試しください。

 ✴︎さいごに✴︎

 私は相当前ですが、インド哲学の講座内で真っ先に学んだのが親子関係でした。

 私達は両親で出来てるというフレーズは当時は衝撃でしたが、私の体感としても親の呪縛から卒業するというのが、自分らしく生きるには通っていく道でもあると感じています。

 自立ですが、社会的自立ではありません。私達は無意識に親の影響を受けています。

 私の場合には、反発という形でしたが、人によっては優等生で親が望む姿を演じている場合には、その卒業がまずテーマになるとも感じていて、

 私個人は、その成功体験を持ってる方は成功体験を手放せるかどうかが鍵になると感じています。

 私達は過去の成功体験を手放すって相当勇気が必要です。

 他者からの承認欲求って人間の本能的なものです。ただ自分らしく生きるという道は他者からの承認欲求から自己の承認に変えていく事であると思っています。

 不思議ですが、自己承認が自分の中で起きると何故か他者からの承認も起きてきます。

 少なくとも私は体験しています。

 親であれ他者であれ、他者の宇宙や世界から剥がれるというのは本当に解放感があります。そうやって少しずつ自分の世界を生きていけるようになると私は思っています。