人にはそれぞれ、
無意識に繰り返してしまう振る舞いがある。
頼まれてもいないのに引き受けてしまう人。
先回りして空気を整えようとする人。
拒まれる前に距離を取る人。
それは性格というより、
もっと深いところに染み付いた反応のように見える。
占星術では、それを「月」が示すと言われている。
月とは、
生き延びるために身につけた反応といえるかもしれない。
幼い私たちは一人では生きていけなかった。
守ってくれる大人の存在が、世界のすべてだった。
だから無意識に学ぶ。
どう振る舞えば受け入れてもらえるのか。
何をすれば見捨てられないのか。
そうして出来上がった「自分なりのやり方」は、
時間を経て、考えなくても作動するものになる。
処世術というほど計算されたものではなく、
もっと反射的で、もっと自然なもの。
月が無意識の反射だとしたら、
大切なのは「消そうとがんばること」ではなく、ちょうどいい距離を保つことなのだと思う。
反応している自分に気づく。
けれど、舵までは渡さない。
月は敵ではないし、不要なものでもない。
かつての自分を守るために働いてくれた機能だから。
ただ、大人になった今、
人生の操縦席に座る役割までは任せなくていい。
月で反射をしても、
「それでオッケー」って思う。
オッケーと思えない時があっても、それもオッケー。
月を理由に自分を責めても、オッケー。
責めてしまう自分を否定してもオッケー。
ただ、どこでそのループを止めるのかが鍵なのかもしれない。
そして人生で本当に大切なのは、
「できるかどうか」ではなく、
どうあろうとするのかーそんな気がしている。