占星術には、
地球を中心に据えて読む図と
太陽を中心に据えて読む図がある。
普段触れているのは、地球から見た空の配置であるジオセントリック。
そこには、
「私は何を感じるのか」
「どこへ向かおうとするのか」
そういった、個人的な軌道が描かれている。
けれどもうひとう、
少し視点をずらしてみる方法がある。
太陽を中心に据えた図、ヘリオセントリックだ。
それを初めて自分で読んだ時、とても不思議な気持ちになった。
そこに描かれていたのは、「自分がこうありたいと思っている姿」よりも、
周囲の人が、自然に見出してくれていた私だった。
コミュニティの中で引き受けている役割。
なぜか任される立ち位置。
努力というより、いつの間にかそうなっている振る舞い。
主体的な個というよりも、全体の中のひとつ。
そんな感覚だった。
人は、もしかするといくつもの軸を持っているのかもしれない。
自分の内側だけでなく、外側にも。
ジオセントリックが「内側から湧くものを輝かせて生きる私」だとしたら、
ヘリオセントリックは「全体の中に置かれた私」。
どちらが本物、自分らしい、という話ではない。
ただ、視点が変わると、見えてくる自分が変わる。
自分のチャートを眺めながらふと浮かんだのは、「玉ねぎ」のイメージだった。
層になっていて、外側から順に剥いていくとまた新たな面が現れる。
自分で認識している自分
他者から見た自分
まだ誰も気づいていない自分
さらにその奥には、
家族から受け継いだものや、
長い時間の中で繰り返され、馴染みきった癖みたいなものもあるのだろう。
「自分を知る」という営みは、
思っているよりずっと立体的だ。
そして多分、終わりがない。
視点を変えることは、
今ある自分を否定したり肯定したり、そういうこととは関係なく
自己理解に奥行きを与えることなのだと思う。
ヘリオとジオ、
もう少し観察していきたい。