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たっくさん答えを抱えてる身体とコミニケーション-自分が持つ智慧と繋がる-

 いつもありがとうございます。

 投稿はしとくもんだ!と、改めて感じさせる事がありました。

 アウルブックってホントに簡単に見直しができます。

 前回の下弦の月の頃、眠りから目覚める時に『肉体の大切さ』を受け取ってアウルブックに、投稿しています。

 それがなんともじわじわ実感させられる事が起きてるのと、そのメッセージを受け取った頃に、その重要さに繋がる出逢いをもしてる!と振り返りってわかりました。

 現実ってすごい!ミラクル!

 ってまた改めて興奮していますが、

 今朝は、朝一で、(エネルギー的にですが)自分のフィールドから、ワクワクのエネルギーを引っ張り出して浴びています!

 そのせいか、そう感じてしまうのかも!って思っています。これが感謝だったなら同じ現象でも感謝を感じる。

 感情を選ぶってそのくらい簡単な事って最近実感する事が多いです。

 体験したい!って思う方は、是非体験の意図を投げておく事をオススメしますし、投げたら忘れてるくらいがちょうどいい。

 体験されてる方は共感して、やっぱり〜!だよね〜!って気持ちを⤴️してもっと自分の体験の中で連鎖を起こしてくださいませ!

 ✴︎✴︎✴︎

 今朝は、身体からたっくさんのメッセージを受け取ったのですが、それを書き出していた後に

 『今、気づいていた方がいい事ある?』っていうのと『アウルブックへの投稿のテーマもある?』って立て続けに尋ねました。

 その後、ふと目が『易経』の本に向いたんです。

 私は、もともとビジョンで受け取るというのが少なかった方ですが、最近すっごく増えているんですね。

 それと同時に、この肉体の目も自動的に必要な方向へ向いていくのを度々体験しています。まるで目自体が意識を持っていて『こっちだよ』って指していくんです。

 五感の向上が六感や七感を向上させますね…

 それはさておき、

 それが『易経』の本だったんです。

 えーー!それ?って正直思ったんですけど、

 まあ、やってみるか!

 です。

 はて、どうしようか…🤔

 と思いついたのが、そこも身体の手に任せたのです。結果的にいわゆるビブリオマンシーってもの。

 で、64掛あるところの出たところが25番でした。私はそのページ自体がメッセージと感じたので、そのままページ事受け取りました。

 天雷无妄

 様々な解釈はあると思いますが、私の場合には

 不安な時こそ天に任せておく

 いわゆるよく聞く宇宙に委ねるという表現ですね。不安な時ほど、こうした方がいいかなとか動き回ったりして余計な事をして事を大きくしてしまう事ありませんか?

 ちょうど昨日、ちょっとした事で、不安に駆られる事があった直後でしたから、なるほどなあ〜と納得してしまいました😅

 というか…方向性のドリームワークでも同じ答えを受け取ってるんですけどね…💧ははは…

 ✴︎✴︎✴︎

 上記の体験は一例ですが、

 手段はビブリオマンシーだろうとタロットやホロスコープでもいいですが、自分の中の智慧がなんと伝えているのか?に着目することがすっごく重要だと私は思っています。

 そこがホロスコープを指し示したなら、ホロスコープに、タロットならタロットに、自分に今必要な答えやヒントはそこにあるって事だと思います。

 私は、占星術は好きですが、占星術やタロットそのものはそれ程重要ではないと思っています。

 ✴︎おしまいに✴︎

 現象だろうと、タロットやホロスコープだろうと、自分がそこに意味を与えたら、意味が発生するというのを知識ではなく、はっきりとそしてより深く体感する事が起きました。

 それは、まさに海王星が牡羊座に入った一昨日に起きたんですね。

 それこそ自分ではまだ認識できない何かが、エネルギーレベル(見えない領域)で起きたんだと思っていますから少しずつ現象として出てくるのではないかと思っています。

 そんな中で、この身体とのコミニケーションにおいて、たっくさん答えを持ってる事も今朝だけで、てんこ盛りな事を体験しました。

 私はアウルブックでは自分の体験を中心に書いていますが、

 投稿の継続を通して、自分が体験してる事というのは、私という個人の為ではなく、他者に伝える為のものでもあると思うようになってきたからです。

 それは誰も同じです。

 もちろんワクワクするような体験を伝えたい思いはありますが、ちょっと隠しておきたいなという体験を投稿する事も重要だと思っています。

 私自身は、この『委ねる』というのも数年前からの課題的なものでありますが、ダサい体験(全てを言う必要はないですが)は公開の勇気が必要です。

 これが重要で、

 自分のプライドを捨てる事にも繋がり、また他者へ勇気を与えるものでもあります。

 アウルブックは、それができる場ですから可能な限り、必要に応じて投稿はしていこーかなと思っています。  

セルフリセットループを終わらせた。

やたら「決める」という言葉を聞くようになったり。

アウルブック内でもアンダーテール(ゲーム)ネタを見かけるようになったり。

なんだろう?と思っていたけど。


前回の記事(過去の決意を終わらせた。)がきっかけで突然、ひらめいた。

私の「ケツイ」がループを生じさせていた説。


銀色で透明な決意。

私の場合、寝起きは自分の内面とつながりやすい時間。

目を閉じたままぼーっとしていると、「銀色の金属片のような小さなもの」を見つけた。

その銀色のかけらに意識を向けてみると……。


私は絶対に幸せにならない。


うそでしょ……って思った。

なんの曇りも迷いもなく、まっすぐで透明で、すごくクリアな決意。

なんでも弾き返すバリア的なものがあるように私は感じた。


アンダーテールで言うところの「フラウィ」みたいなのがいたんだよね。

あえて擬人化するなら見た目は「キャラ(アンダーテールの世界ではじめて地下に落ちてきた人間)」みたいな感じ。


この決意のことを一時的に「銀色」と名付けた。


「銀色」と話す。

「銀い色」と一緒に泣いた。

何十年間も「銀色」は私を守ってくれていたとわかったから。


「銀色」が守っていたのはネガティブな感情。

「幸せにならない」と決めてたおかげで、私は忘れないでいられた。


この決意がなかったら、私は人間として大切な半分を失ったまま、今も生きていたかも……。

「悲しいってなーに?😀」とか平気で言っちゃうような、ちょっと危ない人になってた可能性がある。


以前の私はネガティブを感じない人間になろうとしてたから。

それで生まれた「副作用みたいな決意」なんだと思う。


幸せが続きそうになったら破壊する。

ループが生じるのは、たぶん怖いから。

方向性としては2つ。


自分の存在(ネガティブな感情)を消されるのが怖い。

幸せであり続けるのが怖い。


順調に幸せばっかり感じてるみたいだから、これ以上は幸せにならないでおこうね☺️(無意識リセット開始。イマイチな状態が続く……


っていう地獄みたいなループ。


それだもん、ひぐらしの梨花(りか)ちゃんみたいな女の子が私の内面世界にいるわけだよ……。

まちがいなく100回はループしてるはず。


「100%成功すると決まってないなら動きたくない」

「同じループはもう繰り返したくない」

と言いたくなるのもわかる。


(詳細は「見えない世界の話。」を参照。

梨花ちゃんみたいな女の子がきっかけで「糸」や「月の人」を見つけて今があると思うと。

過去の決意を終わらせた。」もだけど、トゥルーエンドへ向かってる感めっちゃある)


もう、終わりにしよう。

今の私はネガティブな感情をなくそうとするのをやめてる。

ちゃんと味わう、感じると決めてる。


だからもう、君が必死なって守る必要はなくなったんだよ、と。

「銀色」に伝えてあげた。


うれしいような、さびしいような、なんともいえない泣き顔をしてたけど。

「銀色」は、わかってくれたみたいだった。


私は幸せになっていい。

願望実現系のやつで「決めるからそうなるんだよ」って話はよく聞くけども。

やってもうまくいかなかったのは自分のせいだったみたい。


「幸せにならない」って意識の深い部分で決めてるから、幸せに直結するものは自動で無効化。

(そうなるのは「ネガティブ感情を守る」という自分の優しさが発動した結果)


そんなことしてるなんて普通、気づかないって😂

見えない世界からのヒントがなかったら、ずっとわからなかったと思う。


ふーんって無意識にスルーしてたものの多さにも気づけたから。

動画とか見返したいやつが大量にあります。


芋づる式にほかの決意も……。

うまくいってないときほど、うまくい方法を探し回っていた過去の私。


それすらも自分の決意の表れだと今はわかる。


今の私では何の価値も与えられないから、勉強しなくてはいけない。


みたいなやつ。


そんなことないからー!😂って、過去の私に言ってあげたい。


自分の人生がそうだったように。

そのときの自分にできることを精一杯やったらいいだけ。


背伸びしなくていい。

ムリしなくていい。


今のあなたでもできることはあるよ!


そんな感じの声が私の心の中で響いてます。

ようこそ、新しい海王星の時代🌊

こんばんは、うしです。


ついに海王星が牡羊座へ移動しましたね~🥳

改めて、165年に1度のこのタイミングを生きていて、その上”165年に1度のタイミングを生きていることを知っている”というのは凄いことだなあと思いながらこの文章を書いています。


2ndイングレスは本日2026年1月27日午前2時34分、4室でASCは射手座。前回の1stイングレスは2025年3月30日、5室でASCは蠍座でした。

この1stイングレスである2025年3月30日~10月22日(7月5日~10月22日は牡羊座での逆行期間)が海王星牡羊座時代のエピソード0であり前奏だったわけですが、その期間中に訪れた大きな節目である夏至当日に、まさに前奏曲が流れているような体験をしていました。

2025年の夏至のテーマは『変わりゆく時代をつなぐ分岐点』。ASCが乙女座のラスト(29°)、MCが双子座のラスト(29°)で、乙女座は12室とASCのダブルハウス、太陽がイングレスした蟹座は10室のインターセプトというのが印象的な夏至図でした。12室から1室へのダブルハウスは今世この地球に生まれる前にやり残したことを抱えながら地球に生まれてきたような感じで、インターセプトしている10室に太陽が入るというのは蟹座的な社会的自立、つまり女性の社会進出だったり、男女ともにある”女性性”を発揮した社会での在り方というところに時間が掛かる、遅咲き、注目されづらい、みたいな感じでしょうか。この日、「やっぱり私はこの人(達)とやり残したことがあってそれをやりに来たからこそ今日ここに呼ばれたんだな」と思うことがあったし、昨日の記事にも書いたように、今の仕事に対して「もう違うんだな」と思ったのが2023年だったのだけど、次に行くべき場所が見えているようで見えていないもやもやとした感覚が今以上に強かったなあと思います。

高市氏が内閣総理大臣になられたのが2025年10月21日の天秤座新月(天秤座は4室のインターセプト)というのもかなり興味深いですが、海王星が逆行中で牡羊座から魚座へ移動する前日であったというところも面白いなあと思ったりしていて。しかしそう思ったら、突然内観を深めるターンがやって来て「将来的にはこういうのをやりたいんだよな」っていう明確なビジョンが見えてきたのも、その流れで「内観パートナー」というワードが届いたのも10月で、逆行中ではありながらも牡羊座に居た時だったなあなんてことを思い出しました。昨年は木星が蟹座へ移動することもあって年始から「2025年は小惑星リリスを開く(自分の根源的な、統合されたエネルギー感覚を思い出す)」というところに意図を置いていたので、木星からの恩恵がここでやってきたのかと思っていたのだけど、それだけの影響ではなかったのかも。将来的にはひっそりと佇む隠れ家の主として美味しいお茶とお菓子を用意して、その扉をノックしてくれた人と他愛もない話をしたり内観を深めたり占いをしたりただただ静かに編み物をしたり、そんな蟹座的な、4室的な存在に還っていきたいなあと思っています。いつか私もトリエルさんみたいにバタースコッチシナモンパイを振る舞いたい。作ったことないけど。

今回、海王星が巡って来た牡羊座は、私のネイタルチャートでは深い関係隠されたものを表す8室を担当、ソーラーハウスシステムでは精神世界見えない世界を表す12室。6月30日に獅子座へ移動する木星も、ネイタルチャート上では12室を担当、ソーラーハウスシステムでは家庭心の拠り所を表す4室へ入ります。

牡羊座8室には小惑星スピリットとパート・オブ・スピリットのダブルスピリットがあるので、そこへスピリチュアルな海王星が入って来るというのも中々興味深いなあと思ったり、イングレスチャートでは4室でのイングレスなので日本全体的に自分の居場所というところへの影響が強いのかなあとは思っているのですが、ASCが射手座で、ネイタルでは射手座はIC(4室)を担当しており、それに加えて、ネイタル海王星は山羊座18°。天王星(17°)とコンジャンクションしており、こちらも4室(5°前ルール採用で5室。カスプは19°)。山羊座は牡羊座と同じ活動宮ということもあるし、なんてったって牡羊座の火星期が始まるので、今回の海王星の移動は個人的に物凄く大きな影響があるのではないかなあと踏んでおります。何を見て、何を感じていくのか、この場所で何を共有することができるのかとても楽しみです😌


今回は、これまでと少し趣向を変えて、この海王星牡羊座イングレスについて、私個人に関してはどんな始まりとなっていくのかタロットに聞いてみたので共有してみます。私個人について聞いたことではあるけれど、私と繋がってくださる方にとっても何かしらメッセージになるのかもしれないし、カードを見て直感で感じたものがある方はそれもそれとして受け取りたい方は受け取っていただけたらと思います💌

💐\どどん!/ と出てきてくれたのは大アルカナの0番、the FOOL。美しい蝶の羽を羽ばたかせ、未知の冒険に旅立つカード。蝶は変化変容の象徴、アイリスの花言葉は良い便りメッセージ希望。対応しているエレメントは風(近年では天王星を当てはめている解釈もあって、私も風星座の守護星の中では一番合っているなあと思うので一つの解釈として採用しています)。

💐バックカードはKnight of Swords。未知の世界を探求するために冒険心を燃やしている双子のカード。対応しているサインは双子座。私の中では魂の双子カード。(描かれている花は菜の花っぽいけれど葉っぱの特徴が菜の花のそれではなくミモザ系の葉っぱなので、もしもそんな花をご存じの方がいらっしゃったら何という花なのか教えを請いたい🥺)(ちなみに菜の花の花言葉は小さな幸せ将来の希望初恋純粋な愛希望新しい始まり協力団結繁栄

💐「もう一声!」ってことで補足として出てきてくれたのは9 of Cups。願望成就のカード。葡萄の花言葉は思いやり信頼陶酔好意。対応しているサイン×天体は融合統合霊的な繋がりスピリチュアル根源への回帰×発展と拡大の魚座の木星(居住の座)。

これから始まる未知の世界は願望成就の世界。今持っている願望がどんなルートで叶うのか、仕事に関しても恋愛に関してもな~~~~~~~んにも分かっていないけれど、ぜ~~~~~~~~んぶ大丈夫だよ、ちゃんとここから始まっていくよって言ってくれているような、そんなメッセージでした😌

私は所謂”基本的なよくある絵柄のタロットカード”というものを持っておらず、持っているのがこのBeautiful Creatures TarotとNicoletta Ceccoli Tarotというかなり癖強な布陣なので、本来のタロットの意味も汲みながら、今回は敢えて解説書の言葉に注目してみたり花言葉に注目してみたけれど、基本的には絵柄から直感で感じることを受け取るスタイルを取っています。

the FOOLとKnight of Swordsというところで天王星が双子座へ移動する4月26日頃にも注目しておきたいなと思っているし、2ndイングレスのチャートも中々に興味深いのでまた改めて記事にしたいなと思っています~!

タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。前説02

「前説」という言葉には、以下の意味があるそうですね。

GoogleAIによる概要

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前説(まえせつ)とは、ライブやテレビ収録の本番前に、観客への諸注意やマナー説明、会場を盛り上げるためのトーク、簡単なネタ披露などを行うことです。主に若手芸人やADなどのスタッフが担当し、出演者の登場前に観客のテンションを上げ、本番への期待感を高める役割を持ち、芸人にとっては平場のトーク力や対応力を鍛える重要な場でもあります。

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単なる前置き的な説明の機会…という程度にしか思っていませんでした(汗)前説って言葉には、こんな実際的な意味があったんですね。

こんな面白くない内容、前説ナメんなとか思われそうですね…(汗)

知らなかったとはいえ、言葉を使ってしまったからには、面白くなるよう頑張ってみましょう。自信ないですけれど。

(前説じゃなくて、考察とか導入とかいった言葉だったら、よかったのかな?…でも、ソレもなんかしっくりこないんですよね。難しいものです)

ともあれ何事か制約の無い世界なので、自由にやってみようと思います。


改めまして、

昔から、タロットをテーマに考えていることがあり…その考えをまとめて、本を書きたいと思うようになりました。

(ちゃんと売れるものにしたいという願望があります。)


西洋から日本に輸入されてきたタロットは大変、魅力的で…本当に多くの方々を魅了してやまないものと思います。


占いのツールとしてばかりではなく、これまでタロットに見いだされてきた人や物事へのナラティブとしての作用や展開…

自分の考えていることは、タロットに込められているという0から21の旅路物語に、ちょっとならず違う視点をもたらすものとなりそうです。


その視点から見つめるタロットは、読み手によっては、たとえば

古く神秘学に謂われてきた『セフィロトの樹』をなぞらえたり

聖書を紐解けば、マタイの書にある『十人の乙女のたとえ』というくだりをなぞらえることもできそうで

段組みを眺めると、お能で聞いた『神男女狂鬼』として捉える事も出来たりと

今、思いつくのはコレくらいですが、特に10(人類らしく、手とか足の指の数)で、まとめられた話は様々、取り込んで考える事が出来そうです。


なので私は仮に、“貘(ばく)”と呼んでいます。

悪夢を食べてくれるという幻獣ですね。


ただしマイナスの扱い方もある気もします…

占いのツール・タロットを扱うからには、やはり読み手の心根・心がけ次第ということで。


この“貘”とは、どう付き合ったらよいのでしょう?

占いをしているときは大概の場合、全く現れません。

けど、この“貘”の性質を知っていると、読み解きの参考になるかもしれませんし

逆に、あまりにも“貘”に傾倒してしまうと…柔軟な読み解きができず発想力が縛られてしまうかもしれません。

そこは読み手を信じてみようかなと。


さて、“貘”とは何のことを話しているのでしょう?

それは、前説が終わった頃にでも。

(いっそタロットそのものが、占いそのものが、本来的には“貘”の一種なんじゃないかって気付きでも、よいと思います。)


前説が必要な理由は…「概念」というものが話の骨になるので、まずは血の通う肉体や顔…表情・感情、動きなどが見えるものとしてイメージしやすくするためです。

いきなり骸骨を見せられると、怖くなったりしますよね?

概念の世界でも、同じことがあるように思うんです。(それで失敗したことが、あった気がするので…)


動物のバクのされこうべだけ見せられても、不気味だし意味がわからないですよね。素人にはバクともわからず単に動物の頭蓋骨だとしか思わないし、そんなものいったいなんなんだって話で。

現実の動物・バクを犬猫みたいに飼うことは難しいでしょう。でかい。というか調べると、どのバクも絶滅危惧種として個人が飼うことを禁じられてます。夜行性だし、悪夢を払う験担ぎにしても、よほどの数奇者でなければ飼う気にもならないかもしれません。


そんなリアルのバクではなく、心に見る“貘”なので…コレについてを、どう書き表したらよいのかわからないままですが、不定期で、アウルブックに書いていこうと思います。

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実際の動物で言うバクでは、私はマレーバクが好きです。

身体の模様は独特の白黒で、もしかするとパンダロストの方々には、より印象的かもしれません。(全くの別物ですが…)

仔バクの模様など、とても瓜坊(イノシシの仔)っぽくて、でも足の爪が大きくて、不思議な存在感があります。

身体つきは、毛足が短く意外とスラッとした印象で、もっちりした感じがあり…ガラス越しに目の前で泳いでいる姿を見たことがありますが、動きはとてもダイナミックです。

普通(?)の茶色いバク…アメリカバク、ベアードバク、ヤマバクなどですね。も、バクに共通する独特の愛嬌があって、かわいいと思います。

特にバクは、鼻と耳に愛嬌を感じます(笑)


日本には野生のバクが存在せず、中国からの仏教伝来とともに、邪気払いがあるとする貘の伝説や毛皮などがもたらされたとのこと。

貘は夢を喰う…という言い伝えは、日本で発展したものなのだそうです。

きっと漫画や小説・アニメなどにも見てきたように、日本国は物語の分野でも伝統を重んじながらも施される魔改造大国たる片鱗を感じます(笑)

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タロットを、詩的解釈や修辞学的な捉え方をする試みとして、様々なスプレッド方法は楽しめるかもしれません。

もしかすると、様々なスプレッドの読み解きは、時の運で並ぶ絵札に占われる人にも、その詩的解釈や修辞学的な知的作用というものを刺激することで、行き詰まっている日常や関心事に対し、新たな視点や新鮮味をもたらすのかも知れません。

つまりスプレッド法の多様性は、そのまま展開される心の旅路の多様性といったところでしょうか。


動画占い師さんのオリジナルスプレッドの見事さたるや、各々方の心の旅路の豊かさ・言わば添乗員としての行き届いている様子など、さすがだなぁと思って視聴したりしますが

旅物語を辿ることで、占われる側は新たな発見や気分転換があると思います。


ナラティブとして、タロットを捉える。

としたら、タロットの持つ占いとしての神秘は、どこへ行くのでしょう?

占術ツールを触媒として、そのままセッションする占い手と占われる側の双方に、人間そのものから神秘は醸されるのではなかったかな、と。

それも一つの命の輝きだと思います。

人は、自分なりの命の輝きを求めているところもあり、占いもまたソレを人にもたらしたり指し示したりする営みだったかもしれません。


タロットそのものに感じる神秘の正体は、なんなのでしょう?

もとい、なぜ人はタロットを扱って神秘を発揮してきたのか?(シェルレェル…超現実主義での営みも、その一つだったかなと)(コバトンボは衒学者…にも満たないヘタレなので、詳しく知りたい人はイロイロ調べてみてください。『魔術的芸術』とか、アンドレ・ブルトンとか、その辺だったと思います。)

昔から、人々の手に手に渡り、道具として使われる用途に応じて姿を変え品を変えて、それなりの遍歴・歴史を持っているから…人間は各々が持ち合わせる・人となりの神秘で応えてきたのでしょうか。

始まりの頃、画家たちに見出された絵柄、数・札の意味内容なども、どうしてこうなった?という謎…長年をかけて手に手に渡らい、人々の醸してきた文化的営為そのものも、本当にミスティックです。


もはや人間、というだけで神秘なんでしょう。

神秘そのものであり、神秘を担うもの。

(けど、たぶん人間が神秘の領域たり得るには機微に満ちているからこそと思い込んでいるためか野暮はいけないと畏れている。平拍子が常の環境で裏拍を取り逃しがちなのを悔しく思う。みたいなこと?とか。関係ないと思うんですけれども、この世に生まれてきたこと・生きているだけで十分、神秘なのですから。)

もうちっと視野を広げると、生き物という神秘的な現象が、広い広い宇宙のなかで、今のところ地球上(と、地球由来のもの)でしか人類は知り得ていません。

宇宙探査には、何があるのかということそのもの、純粋な興味・知的本能…いずれ実用性や資源としての関心のほかに、生命の痕跡を探る・生命の可能性を探す、というものがあります。

宇宙探査の科学者たちが求めてやまないように、生命現象そのものが宇宙では神秘です。


そもそも宇宙そのものからして神秘です。

その宇宙という神秘のなかに、生命現象の一部として生きている私たち人類もまた、れっきとした神秘の一部だろう…という気付きを辿れます。


じゃあなぜ心臓は奇跡を識ったときめきにビートを奏でず平たい日常を襲う諸問題に心疲れて生きている…みたいなことになってる人々が、行き詰まりに悩む人々が、現実では尽きないのでしょう?

自他の醸す奇跡に慣れっことなり、神秘の只中たるはずの日常に想像力なく生きていれば、ワクワクする気持ちも忘れてしまいます。いずれ悩みに囚われてしまうかもしれません。

想像力を疚しく喰われた悪夢を常とし、いっそ悪事に荷担して生きているならば、絵空事の貘を知ったとて、あまり意味はないのでしょう。


…違うなぁ。

こういうことを書きたいわけじゃない。

話はどこでしたっけ?

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あ。そういえば、たぶん

大事なことを考察していません。


「ナラティブ」って、なぁに?(爆)


コレ、なんにも調べないで流してたらダメな気がしました。


端的に「物語」と訳されますが…ではストーリーとナラティブの違いは、なんでしょう?

人生で各々が経験してきた物語は、同じ国や地域に生まれても、同じ学校や家庭にあっても、違ってきます。

「体験してきた物語」を、ナラティブって言うらしいです。

ゲーム用語としてのナラティブから、私は言葉を知りました。

ゲームでのナラティブに関する研究は、とても進んでいるようです。

参考サイト:

「ペルソナ」「キャサリン」「メタファー」に実は共通点? 橋野 桂氏×副島成記氏が語る,記憶の設計論とは[G-STAR 2025]

https://share.google/v3eajGpWLjG3jnlYt

[CEDEC 2013]海外で盛り上がる「ナラティブ」とは何だ? 明確に定義されてこなかった“ナラティブなゲーム”の正体を探るセッションをレポート

https://share.google/6d5NMwsziCGmPEUt7


タロットをモチーフにしたRPGゲームといえば『ペルソナ』シリーズが有名なようです。初期作をプレイしてきましたが、もうシリーズとして世界を跨いでいるんですね。(ちなみに私は4が好きです。)

かつて発祥の頃はカードゲームだった占いツールとして知られるタロットは、現代になってコンピューターの中で“先祖返り”して、またゲームになっちゃった!?…みたいですね(笑)

そういう視点で見ると、また面白い・興味深いところです。


スミマセンうろ覚えや読みかじり(理解に確信がないまま)でラフに説明しているので、本来的な意味でのナラティブとは厳密にはかなり違ってきてしまうと思うのですが…

たとえばRPGゲームがあるとします。

たくさんの人が、そのゲームをプレイします。

そのプレイヤー各々についてですが

たくさん予備知識を仕入れてからプレイする人と

全くの予備知識なしでプレイする人とでは

なんだかプレイ内容…体験していく物語に違いが出るもんなんだと思います。


そーゆーのの各々を、ざっくりナラティブと。

ナラティブ・フィールドを展開するゲーム製作者たちは、ユーザーに向けて三者三様・十人十色・千差万別で皆、思い想いに楽しんでくれと。


そーしますと

操作方法や、たとえば剣と魔法の世界観についてなど、そこから?という基本的な知識と経験の有無は、ゲーム世界にスンナリ馴染めるかどうか、という違いも出てきます。

(逆に、プレイすることで基本的な知識や世界観を楽しく覚えさせたり、操作方法もスンナリ身につけさせるゲームは、素晴らしいゲームだなって思います。)

タロットで言えば、たとえば

0番のカード名称は愚者で、その意味内容は云々…1番は魔術師で云々…2番は…

と、この0番から21番までの名前から意味内容を知っているかどうか、が基本的な知識にあたるのでしょう。

(剣と魔法の世界では、ドワーフがいたりエルフがいたり…各々がどんな種族でどんな生活をしているのか。戦闘ユニットとして考えると、どんな特性があるのか?…といったような)

ただしゲームに関しては、プレイする本人が楽しく遊べるのかどうか…という部分が重要なので、その為には、ありったけ予備知識が必要な人もいれば、予備知識ゼロどころか取説すら読まないでゲームスタートする方が楽しい、という人もいるでしょう。

占いをする時も、占いができるかどうかという事と、絵札や卦の意味内容の理解度は、あまり関係がない…という事と、たぶん共通します。(※ちゃんと読み解きたいなら、よっぽど天才肌じゃない限り、参考になる読本は要ると思います。)


そこでタロットに見つけた“貘”のことですが

つまり、これはゲームでは無いのですが…占いでも無いんです。

なんというか、読み物なんですね。

読み手によって読み解き方・プレイ内容が変化するナラティブ・フィールドそのもの、みたいなもの?なので

ちょっと予備知識があった方が遊びやすい…もとい読みやすいのではないかなと。

それで、きっと前説が長くなるのですが

読み手によって、予備知識に興味の浅さ深さに違いが出るのも、その後の物語体験には違いが出るのだと思います。

(前説など必要ない人も、少なくはない気がしています。)

なお、今後もここで述べていく前説なる長話についての把握は、本当に、ざっくばらんで良いと思います。

その方が、細部にとらわれて矛盾が気になるといったことには陥らず、読む上での自由度は高いかも知れません。


ナラティブって結局なに?ちょっと何言ってるのかワカラナイ…という人には、どう言ったらよいのかな(汗)

タロットを、占い道具ではなく

物語を編んだ物として見てみると、人によって読み取るものが違ってくるよ、と。

いわゆる『千夜一夜』と言えるかわかりませんが…どう説明したらよいのかをどことなく考えあぐねていた日々は、少なくとも数年間くらい忘れながら十数年くらい経ってる感じです(汗)


どうしてタロットは物語が編めるのでしょう?

もしかすると、卜占(ぼくせん)ならではの特徴かもしれません。

なかでもタロットは、多彩なスプレッドを展開して多くの人々を魅了してきただけあって、浪漫タップリです。

タロットは、そもそもどんな物語(歴史と環境)によって編まれたのでしょうか?

0から21まで描かれている個人個人の辿るという数ある旅路は、いったいどんな物語を持ち合わせていたのでしょうか?

“貘”は、いたずらっぽく笑っています。

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私がタロットに見つけた“貘”は、たぶんプログラミング用語的に言うところの“エンジン”です。

占いツールに組み込まれてみて機能するタイプのものだとして…タロットは恐ろしく相性が良かっただけかもわかりません。

というか、タロットからしか、私には“そのようなもの”は見つけられませんでした。

(というか、他の占いツールをじっくり検証したわけではないので、本当のところはわかりません。)

エンジンというからには、タロットという窓を介して、人生というナラティブ(旅物語)を経る際に有効な推進力…に、なるはずです。

行き場のないエネルギーには適切なリズムとパイプラインを与え、夢や目的に対して、より有効な活動が保てるよう…に、なったらいいな(笑)


“貘”で何をしたいのかというと、私は『パロ』みたいなものを目指したいと考えています。

メンタルコミットロボット「PARO-パロ-」 | NDソフトウェア https://share.google/neevW55RhIZyo6PJA


イーロン・マスクが、日本のロボット産業を評価した時、技術は(効率の鬼に支配させるのではなく・支配のために技術を扱うのではなく)人々の笑顔や幸せのためにある。といった主旨のことを話したそうです。

その違いがわからないなら、価値あるものはつくれない、と。

(ショート動画の拾い読みなので、実際の言葉とは、ちょっと違うかもしれませんが…)


「何を目的としてつくるのか?」が重要なのかなと。

パーパスを問う。とでも言うのでしょうか。

…パンパースじゃありませんよ(爆)

パーパスとは、たぶん志(こころざし)とか目的とかいった意味だったと思います。

ナラティブ(物語)は、あるペルソナ(人格)によるパーパス(志、目的)の容れ物あるいはジム(鍛錬の場、道場)、でもあるんだと思います。

(ナラティブには、居場所に近い心理的な作用があるかもしれません。人格の揺らぎ・目的設定の甘さといった要因次第では、程度も様々な依存に陥る可能性を考えるので、注意点だと思います。)


『パロ』は、接した人を笑顔にするロボットです。

でも、私の見つけた“貘”は、愛嬌はありますが、『パロ』のように、可愛いねぇ〜ってナデナデできる感じではありません(汗)


見た目や感触の問題でカバーできるにしても、中身に向いている容れ物になるものだとすると…

解像度高めのガチリアルな容姿をしたロボットが、どうやったら人間を笑顔にできるでしょうか?(汗)

『鉄腕アトム』みたいに、人々と笑顔で交流しながら、彼にしかできない仕事をする。

ロボットとの会話や交流で、かけあい漫才やコントみたいなことにもなる(爆)

もしかしたら“貘”は、そこまで応用ができる発見かも知れません。盛り過ぎですけれども。

私たちは、ひょっとしたら“貘”を搭載したロボットを相手に人間と変わらない交流をしながら、人間として大事なことも必要に応じて教えてもらったりできる・間違ったことをしたら適切にツッコまれて諭してもらえる…なんて未来が、あるかもしれません。

“貘”なんて関係なく、まずは手元の端末を介したAIで人間との交流を重ねて、その内にそうなっていく…んでしょうね。(人類は様々なプログラミング・エンジンなりインターフェイスなりデバイスなりなんなりを目的に応じて考案して開発して…すでにやってきていることと思います。ただロボット開発をする目的によって、その優先順位には高い低いがあると思います。)


そんなわけで、ここではタロットをかたどった木札をパタパタ繰り出して人間と交流を図るカラクリ人形みたいなイメージで、“貘”の仕組みについて考えながら肉付けをしていこうと思います。

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昔、いわゆる手塚治虫の黒本(黒いカバーをしたシリーズの漫画単行本)で『鉄腕アトム』の表紙に、アトムの顔の中身を描いたものがありました。

アトムはロボットだから、あの顔は“殻(仮面)”なんだな・漫画やアニメでも研究所でのアトムの様子を見てきたように、中身は機械なんだな…って、子供なりに端的にわかりました。

人間も、トルソーなどで見ても筋肉だけの顔になると、まぁあんな感じの印象を受けると思います…たぶん一般的には不気味です。

でも、子供の頃から手塚治虫の『ブラック・ジャック』とか読んでたので、私は(もちろん、絵的な表現での)中身を見ることには慣れっこだったみたいです。不意に中身を見ても、あぁそういうものなんだなって、(人間の骨格や表情筋がどうなっているのか?といった)事実や(空想科学上だけどもロボットなるものの)実際的なものとして受け入れることができていたと思います。

あの頃、誰でも深いことは考えず、そんな感じだったように振り返ります。今の時代でも同じようなんだと考えます。

生体でも機械でも、脈絡なく中身が見えている状態は、たぶん非日常性とか異常性を覚えます。人によって、このことの感じ方の差は大きいと思います。

概念を伝える上で語られる概論や概要も、もしかしたら老若男女や立場を問わず、むき出しの筋肉や骸骨のような印象をもってソレを気持ち悪く思い、受け止めがたく感じる人も、あるのかもしれません。

(また、あまりにも単純化された概念に生きることは、暮らしをシンプルにする反面、同じ概念を共有できない人々とは、人間らしい交情を紡ぐに足りないものも出てくるかもしれません。)


かつて西洋で魔女が気味悪がられたのは、キリスト教とその教会が取り仕切る社会では、本質の扱い方が異質・非日常だったから…かもしれません。

そうしたこととは関係なく、西洋の精緻な静物画には、果物の他に、時には髑髏や狩猟の獲物が描かれたりしていますので、ちょっと驚いたりします。

タロットは、ちょっとそんな古典的な雰囲気が、絵札の象徴には、あったかもしれません。


まずは“貘”としても、いずれは可愛いねぇと言ってもらえる・愛される方向で、なんか面白い・興味深い話になればな、と思いながら下手っぴな前説を綴っています。

海王星から受けとるもの

海王星が牡羊座入りしました。

165年の新しいサイクルのスタートです。

魚座のワンネスの状態から新しい命が生まれ、その命が12サインを一周してワンネスへと返っていくサイクルで、まさに生まれた瞬間が牡羊座の初期度数です。

新しい命が宿った海王星がもたらすものは新たな直感やビジョンかもしれません。

集合的無意識、魂意識が真新しくなったのだとすれば、これまでとは全く異なる直感や延長線上にはない何かが表れてもおかしくない。

去年3月からの牡羊座プレ期以降、新たなヴィジョンや理想を持って実現化していくという時代(占星術界隈)の流れが生まれていましたが、行動することがフォーカスされがちだった印象です。私も動いていかなきゃってなっていました。

けれどここに来て動きたい欲が湧いてこなくなっていて、その具現化しようとしているものは海王星のヴィジョン?と疑問を持つようになってきました。

「何を行動するか」の、『何』の部分が予想していなかった、想いもしていなかったことになっていくかもしれないぞ!

っと、今日そんな予感がしました。


夢や理想が思いもよらなかった方向へむかうかもしれないし、ピンときたもの、浮かんでくるもの、湧いてくるものがこれまでとちょっと質が違うものを受けとるかもしれません。

土星が牡羊座入りする2月14日までは海王星の生まれたばかりの純粋なエネルギーが降り注ぎます。

頭で考えず、やってくるものを素直にそのままを受けとってみる期間として過ごしてみるとよさそうです⭐️

その受けとったものを土星とのチームプレイで実現させていきましょう~😊✨

今のしんどさが“長引く人・抜ける人”の差

このしんどさ、いつまで続くんだろう。

毎日少しずつ耐えてるつもりなのに、

朝起きると、昨日と同じ重さが胸に残っている。

「もう少し頑張れば抜けるはず」

そう思いながら、

その「もう少し」が延々と続いて、

気づけば疲れが慢性化していく。

周りを見ると、

同じような状況から

スッと抜け出せた人もいるのに、

自分はなぜか抜け出せない。

「この状態、いつまで?」

そんな問いが、

静かに心に浮かぶ日。

それは、

土星の使い方が違うからだ。

土星は、時間と構造の星。

耐え抜く力、責任、制限を与える。

しんどさを「耐える」プロセスを

支えてくれる星だけれど、

土星は

「永遠に耐えろ」とは言わない。

土星が求めるのは、

「いつまで耐えるか」という明確な期限

期限がない耐え方は、

土星の力を「消耗」としてしか使えず、

しんどさを

無限ループに変えてしまう。

一方で、期限を決めた人は、

土星に「ここまでだ」と線を引かせ、

その先で、再生の扉を開く。

土星は断言する。

「期限のない耐えは、君を壊すだけだ。」

今のしんどさが

長引く人と、抜ける人の差はこれ。

期限を決めているかどうか。

抜ける人は「耐える時間」を決め、

長引く人は「いつか」を信じ続ける。

期限がないと、

土星は「まだ耐えろ」と

制限を課し続ける。

期限を決めると、

土星は「ここまでだ」と

静かに制限を解除し、

次のフェーズへ導く。

もし、

「いつまで?」という霧の中にいるなら、

今日はこんな風に、

終了日を決めてみるのはどうだろう。

カレンダーやノートに、

「このしんどさの終了日」を

ひとつ書く。

今日から1週間後、2週間後、

あるいは

「次の新月まで」でもいい。

自分が納得できる日を選び、

「この日まで耐えて、そこで終わり」と

静かに宣言する。

その終了日までに、

「耐える」以外の小さな行動を

ひとつだけ決める。

(誰かに話す、散歩する、日記を書くなど)

期限があると、

行動は

「無意味な消耗」から

「意味のある移行」に変わる。

終了日が来たら、

「今日はここまで」と

自分に断言する。

しんどさが

完全に消えなくてもいい。

「耐えるモード」を、

そこで終わらせる。

すると土星は、

新しい構造を

静かに作り始める。

これは、

しんどさを無理に終わらせる方法ではない。

ただ、

土星に

「いつまで耐えるか」を

はっきり伝える練習。

今のしんどさが

長引いていると感じる日は、

もしかしたら、

自分の土星に、

「期限を決めろ。

それで君は抜けられる」

と、

耳打ちされている

瞬間なのかもしれない。

終了日を決めた瞬間、

しんどさはまだ残っていても、

それはもう

「無限」ではなくなる。

そこから、

抜ける道が、

静かに、

でも確かに、

開き始める。

自分にあった仕事

みなさんは、自分にあった仕事ができていると感じますか?


多くの人が

・自分に合う仕事はなんだろう?

・自分が楽しくできる仕事はなんだろう?

・自分は何がしたいんだろう?

と、考えたことがあるのではないでしょうか。


もちろん、わたしも長年悩み続けています。

中高生の頃から考えつづけて、いまでもこの答えは出ていません。


ただ、最近になって、こうやって探していることは

「外に何かを求めているから」かもしれないと気づきました。


・自分には何かが足りていないから幸せになれないんだ

・自分にあった仕事なら自分らしくいられるはず

・自分が好きな仕事に出会えたら幸せになれるんだ


こんな思い込みがあったように思います。


自分では、ただ自分にあった仕事を探しているだけ、に感じるけど

環境のせい、まだ出会っていないせい、と

現実から目を逸らしていたように思います。


でも、「じゃあ、今の仕事でできることをがんばろう!」ってならないのは

何かをあきらめきれない自分がいるから。


だから、自分があきらめられないもの

そこを見つめていってみました。


そうすると、中高生のころから興味のある仕事があったことを思い出し、

それは今も気持ちが変わっていないことにも気づきました。


だから、今やりたいなぁって、ぼんやりと思っていることは

軽い気持ちからきているのではなく、

自分の深いところと繋がっているものでもあると思うのです。


と、ここまでは普通の深掘りという感じだけど

その「やりたいこと」を、もっと感じてみると

今の自分には力が足りない、やりたいけど自分を保てなくなるかもしれない

と、怖さもちゃんとありました。


でも、怖いってことや「自分には力が足りない」と感じられることは

自己否定じゃなくて、それだけその仕事を真剣に捉えている

ということでもあると思うんです。


実際に、力が足りない状態で踏み出したら、自分がおぼれてしまうかもしれない。

真剣に捉えているからこそ、中途半端に踏み出せない。


その、足りないと感じる「力」は

スキルとかじゃなくて、「在り方」のようなものかもしれません。


真剣だからこそ、心の安定を大切にして

ちゃんと成し遂げていきたい、という想いがあるんだと思います。


本当は、ここまで真剣にやりたいって思っていることを大事にしたいし

これ以外はないんだ!って気持ちもあるんだけど

ここで、一歩引いて考えてみました。


なぜ「仕事」にこだわっているのだろう?


趣味としてやったら?とか、

妥協案を考えることがあると思うけど、それでは納得できない自分。

しがみついているとさえ言えるくらい、諦めることに抵抗がある。


こんなに握ってしまうのはなぜだろう…?

ここをほどいてみるために、人生という尺度で見てみました。


これまでの人生、私は、常に自分探しをしてきて

ここ数年で「自分の人生」の感覚が戻ってきたところです。


家庭などの日常では自分を生きられている感覚になっている。

その中で、仕事だけが、自分を生きていないような

諦めの中でもがいているような感覚が残っている


そこに違和感を感じているのかも、と気づきました。

「自分の人生」

「自分の在り方」

その中で、少しだけズレている「仕事」


その仕事を自分の人生に組み込みたい=心から望む仕事をしたい

だから、やりたいことにしがみついてしまうのかもしれない、と

こんな構造が見えてきました。


これにすごく納得


だから、次はこれをすこし緩めていって、

どんな変化があるかなぁ…と見てみようと思います。

過去の決意を終わらせた。

「なるべく早く感情を抑え込まなくてはいけない」

「感情を飲み込むためには、なんとかして自分を納得させる必要がある」


そんな感じで自分で決めた瞬間がある。


感情が大暴れする理由がわかった。」に書いたような感じで早く解決しようとするのは……。


私が何十年も昔にした決意によるものだった。


なぜそんな決意をしたかと言えば。

母と「あたたかさ」や「思いやり」などでつながれる関係性を築きたかったから。


それならもっと他のやり方だってあっただろうけど。

当時の私にはそれが精いっぱいだったんだよね。


思春期の決意。

そんなことを考え始めたのは思春期の頃。

中学生から高校生あたり。


母の癇癪がひどくて、感情と感情でぶつかるとお互いに消耗戦になりがちだった。


父はどう対処してるかと言えば、母が何を言おうと黙って収まるのを待つタイプ。


「じゃあ、私も同じことをやればいいのでは?」と、気づいたのはいいけれども。


私が父と似たようなことをやろうと思ったとき。

あふれてくる感情をどうにかする必要があって。


思いついたのが記事冒頭に書いたことだった。


事実をうまく脚色して自分が納得できる形に変えて。

自分に「感情を抑えることは正しいことなんだよ」と暗に言い聞かせるやり方。


聖人になろうとするのをやめた。

思春期の決意は形を変えて、すごいことになってると気づいたのは数日前。


母のことでさえ仏のような心ですべてを優しく包み込むように受け止められるようになれれば。

その領域に到達できれば私は一生、何をされてもどんな目に合ってもつらいと感じることなく、幸せに生きられるのでは!?

と。


そんな考えを持ってたらしく。


だから私は、何をされても許せる人間になるために。

人格を磨かなくていけないし、精神性も高めなくてはいけない。


という自分の思い込みを終わりにした。


すでに限界を感じていたし、もともとは母と「あたたかさ」や「思いやり」などでつながれる関係性を築くために始めたこと。


そんな修行みたいなことをしなくたって、人とあたたかさや思いやりでつながる方法を今の私は知ってる。

だから、やめようと思った。


終わりにするのはすごく簡単で。


もう、自分以外の何かになろうとしなくていいよ。

自分に「あれしろ!」「これしろ!」って強制しなくていいよ。

他人のアドバイスだって、やる・やらないは自分で決めていいんだよ。


そう伝えただけ。


努力不要、所要時間ゼロで視点の切り替えが可能になった。

いままでなら「あたたかい感覚」とか「光の感覚」(高次の自分の視点)で物事を見たくても、すぐには見れなかったのに。


自分への強制をやめた途端、見えないメガネをかけるみたいな感じで、即切り替え可能になった。


時間をかけて思考を積み重ねて極まった先で到達するっていう過程が不要になった。


私の内側にある「光」に焦点を合わせるだけでいいなんて。


ここまでこれたのは「下準備」があったから。

視点の切り替えが可能になったのは「水色のエネルギーに触れたあとの話。」で書いたように。


自分のハイヤーセルフ的な存在とのつながりや世界観(私にとっての「まんなかの光」)をはっきりと認識していたおかげだと思う。


私の内面世界において「いつでも会える人」になったおかげ。

だから、「現実でも再現可能なものになった」っていうのはありそう。


意図して起こそうとしなくていい。

ものすごく自然な流れでいらなくなった思考を手放せてる気がします。


昔の私はエゴと気合で「変化しよう!」って頑張りすぎてたし、焦りすぎてました。


そんなことしなくたって、必要なタイミングで変わるときは来るっていうのに。


自分に対して課してるものがあるのなら。

一旦、やめるのはアリですね。

海王星のベル???

 いつも有難うございます。

 自分の目に見える世界が自分の延長ならば、今朝ちょっと面白い事が起きました。

 ✴︎なんかすごいぞ、現実に起きた海王星のベル?✴︎

 私は、本はフォトリーディングという方法を知ってからは、基本的にはこの方法で読んでいます。

 昨日、たまたまふらっと出会った本をフォトリーディングを済ませて、今朝最後のパートの活性化をしていました。

 (後から、この本が海王星の動くタイミングでの時限チャイムだったと知る…)

 この本がすごくって!

 エネルギーが動き回り、自分の中の鎖という鎖が弾けまくる!まくる!

 なんなんだーーー!海王星の牡羊座のスタートの日に!って思っていました。

 それと同じタイミングで、近所のどっかの家の防犯ベルが鳴り止まず、

 うるさいなあ💢って思っていましたが、全く止まる気配がない!

 本自体も、そうそう後ひとワードよ!って思って、終わるタイミングと共に消防車が来てフィニッシュ!

 なんだこのタイミングは!

 と朝から驚き〜!のことでありました…

 やっと終わったよ🍵はあ…

 しかもこ今朝は、この本の活性化と共にアウルブックのテーマを出すと意図したんですが、想像以上のことになりましたが、改めて

 人生ミラクルだわ!

 と改めて思いました。

 まだまだ衝撃の余韻が残っていいますので、今日はこのあたりで!

 海王星が新らしいスタートを切る時、自分の周囲で何が起きるのかを注視するのも面白いかもしれません!

 仮にネガティブな事が起きたとしても、変えられる自分がいます。

 出来事は過去でも、今という自分が出した感情の周波数を変えられるのが私達。

 そしてその今が未来を変えます。

 もし今の感情や感覚を転換できたらいいスタートがきれます!

 よい一日をお過ごし下さい!

それは、どこから来た光だろう

人はたぶん、

同じ宇宙を見ているようで

それぞれ違う軌道を回っている。

誰かの声が胸に残った夜、

その震えは

本当に私の中心に触れていたのだろうか。

相手の世界に浮かんだ私の像と、

私がまだ言葉にしていない輪郭。

ネプチューンの靄が

境目を曖昧にしたとき、

感情は事実の顔をして現れる。

けれど、土星は境界を描き直す。

静かに、しかし確かに。

「ここから先は、君の空だ」と。

他人の星図から視線を外すことは、

拒絶でも断絶でもなく、

潮が引くように

自分の深さへ戻ること。

音の消えた場所で、

呼吸だけが続いている。

そこにはもう

映し返された誰かではなく、

名も急がない、

ひとつの光がある。

海王星魚座期、最後の夜。

こんばんは、うしです。

海王星魚座期最後の夜です。ジオの配信を見終えての今、です。


魚座期の最後ということで、2012年2月から始まった約14年の人生を振り返ってみようかなあと思っているのですが。

その前に、まずは魚座29°。「涙の度数」「浄化の度数」と呼ばれるサインの最終度数、ここにはネイタル小惑星カーリがあります。破壊と再生のサイクル内面の強さを見出す機会を表すと言われておりますが、配信内で共有していただいたワークで私の”まんなか”にある強い強い光に触れ、見事に泣いておりました( ◜◡◝ )


さて、2012年は「この仕事と結婚する!!!」と意気込んでその技術を取得するために田舎から上京した翌年でした。上京した2011年の4月は震災の影響もあり、入学式が行われるのか、そもそも今の状況で上京して大丈夫なのか、みたいな空気感もあったのですが、本当に「私にはこれしかない」と思っていたので単身で上京、7年間不登校をしてきたのが嘘だったかのように毎日通い、2012年は現場デビューを果たし、卒業後に4年勤めた会社と繋がった年でもありました。

そして、4年勤めた会社を辞めた後はフリーランスとして今も細々と続けているのですが、2023年11月13日の『もう戦うのをやめる新月』と言われていた蠍座新月の前々日~前日にかけての2日間で「あ、もう本当に違うんだ」と思わされる出来事がありました。「私にはこれしかない」と思ってきたからこそ不登校を抜け出し、沢山の経験を得てきました。けれど、「私にはこれしかない」と思ってきたからこそ、沢山沢山我慢したり自分自身を押し込めたり、無茶も無理もやってきました。でも、「そうしなきゃ生きれない」「そうしなきゃここに居れない」「役に立てなければ、ここに居る価値はない」そういう生き方からやっと手を引く決心がついたのです。

その決心がついたのは、私の”まんなか”にある光に触れていたからだと思っています。私が本当に求めていたことに気付かされたから。

今回のワークでピックアップしたニーズは希望乗り越えること自己受容ゆるすことの5つでした。希望に関しては、ニーズリストを見る前から「希望!!!」と画面の前で言っていて、我ながら前のめり感が凄かったんですけど。私の”まんなか”にある光に触れてくださった方(記事を読んでくださった方)には分かっていただけるのかなと思うのですが、しんどいなと思うことが多かった私だけど、人生を諦めようかとも思った私だけど、だからこそ世界に希望を与えたいのですよ。そして、自己受容やゆるすことを促したいし、自然と乗り越えていけるパワーを与えたいのです(その人の中から引き出したい、と言ったほうが合っているかもしれない)。全身全霊の愛をもって。そんな感じです( ◜◡◝ )

今は仕事に関してはタイミングさえ来ればいつ辞めることになってもいいぞという心持ちで居つつ、次の波が来るのを待っているような状況で、魚座期が始まった頃の私からしたら信じられないというか、「ありえない!!!」くらいの変化を遂げていて本当に面白いのですが。だってこの頃はまだ「自分の人生に恋愛はない!結婚はしない!寧ろこの仕事と結婚する!」って本気で思ってましたから。自分の性別を否定して「生まれてくる性別を間違えた!」って本気で思ってましたから。人間ってこうも180°変わるものなのかって思いますけど。でも本気でそう思う必要があったんだとも思う。

誕生日は5月半ばなので火星期突入まで3ヶ月半程ありますが、私の太陽期がすっぽりと入った魚座期でもあったんだなと思っていて、これは1つのサイクルの終わりだったのかと、新たな場所へ向かおうとしているのは必然なのかと感じています。


更に今日はお昼に牡牛座の上弦の月を迎えましたが🐄

他者との違いを受け入れるという意味のサビアンシンボルを持つ度数で11室だったこともあり、上弦の月自体が満月へ向けた軌道修正の時ではあるのだけど、より一層”これから”に向けた節目の日であったのではないかなと思っています。

色んな方の光について読ませていただいたけれど、やっぱり私の光は「強ぇな」とも思ったし、でも、そんな私の”まんなか”にある強ぇ光を放って生きたい。

改めてそんな風に思った1日でした😌

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.26

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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久しぶりに母と電話で話しました

互いに近況報告をしているときに出た話が「女性が我慢することで家庭が成り立ってた時代だった」ということ

とあることで父が「家族だからどんなことがあっても支えあって暮らしていける」としれっと(笑)言ったことで、母がモヤモヤしたそうで

母は父の両親と長い間同居していたので、本当に苦労やしんどい思いをしてきました

「私が我慢して頑張ったから、わがままおばあちゃんがいても、同居生活が何とかできたんだ」と母は言いますが、その苦労を父は何も気づいてないと思ったらしいです

一般的にネイタルホロスコープの4ハウスのルーラーで出生時の父親のイメージが

10ハウスのルーラーで同じく母親のイメージがわかるそうです

(専業主婦の場合は10ハウスで判断するのは難しいみたいです)

私のネイタル4ハウスのカスプは蟹座なので、ルーラーは月で天秤座

父はどんな時でもどんな状況でも常に平等を重んじる人です

娘だから、息子だからと身びいきはありません

わがままおばあちゃんが母に意地悪をしていたけど、どちらの味方もしませんでした

そして感情的になることもなく、いつも穏やかで波風たたない、といえば聞こえはいいですが、どちらかといえば常に冷静沈着

母からしたら父が自分の味方をしてくれないことが、つらいことでもあったし、でも家庭の中でバランスをとって生活をするためには、その方法しかなかった、ということも理解するしかなかったようです

なので「家族だからどんなことがあっても支えあって暮らしていける」という発言も、父としては当たり前の価値観なんだろうな、と思います

母からしたらずっと我慢して自分の感情を抑え込んでやってきたのに、となるんですけどね

母親を表す私のネイタルの10ハウスカスプは山羊座でルーラーが土星で魚座です

まさに「家族の犠牲になる」イメージぴったりです

でも私が星よみを始め母のネイタルを読んであげたことで「自分で自分のことを甘やかしてもいいんだ」と気が付いて、最近は「自分で自分を癒す」を優先して過ごすことを心掛けるようになってきた、と言っていました

星よみが母の役に立てて私もうれしいです

冥王星山羊座時代なら「そんな星占いなんていい加減でばからしいこと、やめなさい」と厳しく言いそうな母でしたが、今は冥王星水瓶座時代

社会全体が個性を優先することに価値を置くようになり、どんどん流動的に進化していく

そんな時代の後押しもあって、母もずいぶんマイルドになれたのかもしれないです

そして私にも「我慢することなく自由に生きなさいね」と言っています

自分ができなかったこと、しんどかったことは、もう私の時代にはしてもらいたくない

そんな母からの愛情をたくさん感じることができた時間でした

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本日もお読みいただきありがとうございました

最近、なぜか心に残っている言葉はありますか?

■言葉と出会う時間のお知らせ

Owlbook Liveのお知らせメールが届きました。

今回のライブは、「今のあなたに必要なメッセージを、言葉を使って一緒に紐解いていきましょう♪」というもの。

皆で一緒に、ビブリオマンシー(書物占い)を行うそうです。

言葉を介して、今の自分に必要なメッセージを受け取る時間。

想像しただけで、心がはずみますね。


■ビブリオマンシーとは?

ビブリオマンシーは、古くから行われてきた占いの一つで、本を開いたときに目に飛び込んできた言葉や文章を、今の自分へのメッセージとして受け取るものです。

オラクルカードのルーツとも言われていて、カードの代わりに「書物」を用いるところが特徴です。 ※書物占い/ビブリオマンシー(wikipedia)


■映画の中の、何気ない一言

このメールを読んでいて、ふと思い出すことがあります。

映画を観ているとき、特別に重要そうでもない何気ないセリフが、なぜか心に残ることがあります。 昨年からこの1月にかけても、何度かありました。

ストーリーの核とは直接関係がないのに、そのセリフだけ切り取られたように感じたり、スッと心に入ってきたり。 大抵は、短いフレーズです。

映画を見終わったあとも、そのセリフだけは不思議と覚えていて、「あれは、今の私に必要な言葉だったのかもしれない」と感じることがあるのです。

意図して選んだ映画でもなく、もちろん占おうと思って観ていたわけでもないのに。

それでも確かに、“受け取ってしまった言葉”があるのです。


■日常にひそむ、メッセージ

ビブリオマンシーやオラクルカードのように、明確な意図を持って始めるわけではないですが、こうした体験は、普段は見過ごしている「ひらめき」や「心の反応」に気づく感覚を、少しずつ研ぎ澄ましてくれるのかもしれません。

直感力に磨きをかけてくれる、小さな贈り物のように。

日常で触れる、映画のセリフや本の一節、ふと目にした言葉。 そんな偶然を、「今の私へのメッセージかも」と軽やかに受け取ってみる。 それは、思いもよらぬ言葉と出会うことを楽しむ、ひとつの方法なのだと思います。


■終わりに|1/29(木)12:00〜のOwlbookライブ

言葉を通して、今の自分と向き合う時間。

どんな言葉が、どんなふうに心に触れてくるのか。 

皆さんと一緒に行うビブリオマンシーが、今からとても楽しみです。

それでは、また☆


165年に一度~私その夢叶えます~海王星おひつじ座期~

「私、その夢 叶えます」

2026年1月27日 

海王星は実に165年ぶりに

牡羊座にお引越しをするんです🐏


わたしたちが生きている間では

この期間でしか体験

できないかもしれないですね~✨

昨年、2025年3月30日~10月22日までプレ期間として

海王星はお羊座へ約半年ほどお邪魔していました🏠️


牡羊座は、火の星🔥

何と言っても早い!

考える前に足が出る🏃‍♀️

「とりあえず」で動きだせる

カッコいい行動力を持ち合わせています

いわゆる失敗を恐れず前に突き進むことができるパイオニアさん

でも、2025年10月22日~本日2026年1月27日まで

海王星は、前の星座であるうお座に戻っていたんですね🐡

そして、そして

ここから2038年まで

約12年ほど海王星は牡羊座に鎮座します🗿

ということで、

ついに海王星牡羊座期の本番がやってきます🎬️

みなさん、準備はいいでしょうか?👍

ではでは、一体どのような展開が起きるのでしょうか?


【自ら手を挙げていく】

「わたし、その夢 叶えます」と

実際に手足を動かし

自分で掲げたビジョンを叶えていく

シーズンとなっていきます

「できる」「出来ない」の二元論ではなく

「やってみます!」

その精神が内から湧き出てくる

そんなカラーになっていきます🎨


【輝く自分へ】

2026年 6/30~ 木星がしし座へ🐯

この木星をどう活かせられるかで

自己実現が叶えられるのかどうか

分かれ道となっていきます🛣️


そして、今月1月後半に水瓶座へと

どんどん引っ越しをしてきた太陽・水星・金星・火星

この天体たちとの結びつきは今後に影響を及ぼします🌍️

水瓶座は

「全体性」「平等性」「社会」を表しますが

そのこころは

「自分だけ美味しい思いするのは違うよね」

周りとの協調性を重んじる側面があります。

周りの人、全体性を見て捉えていく

そのスキルも磨く必要があります💎


【でも、何よりも大事なことが・・】

周りも大切、全体性も大切だけど

自分のしし座を磨いていく

【自分の主張】をしていく

【自分の個性】を発揮していく

味ある個性を放っていく📢

2026年6/30~ 木星は、しし座期開幕!

ここで個性をぶっ放していきましょう

個性を放っていくなか

同志達と出会い、一緒に水瓶座力を磨いていく

“一人がみんなに“


しし座の星と水瓶座の星

対局にある星達が熱烈にタッグを組んで🤼

みんなで一緒に叶えていきます


【意識していきたいこと】

①まずは「始めてみる」

継続しなくてもOK

「とりあえず」精神で動きだす

➁自分の個性を磨きながら発揮していく

あなたの“強み“ “存在感“のあるものは何ですか?

そこにヒントが隠れています

③みんなのためには″結果的な話″

まずは個人技を磨いていきましょう

----✤----✴------~✩~*----✤----✴------~✩~*----✤----✴------~✩

🌜最後までお読みいただきありがとうございます🌜

海王星おうし座エネルギーが渦巻き

「やってみる!」をモットーに

生き始める12年となります

自分のしし座力が何にあるのか?

自己探求をしていくなかで見つけていく🗺

“個性“を磨き

同志達と「私たち、その夢 叶えます」

となっていけるよう

星々のエネルギーを調律し

自己実現していきましょう🔥

prisming 私の中の光

プリズミングの世界観に触れたことで、自分の光を感じるようになっています。

光って抽象的だしスピリチュアルっぽくもあるし、とても曖昧な言葉でもある。

だったのだけど、自分の中にある光は、本当に目に見える光の感覚だと気がつきました✨


プリズミングのライブで、光の感覚、自分の真ん中の世界観を講師のみなさまがそれぞれお話されていて、自分にはそういう光とか天界の感覚みたいなのは何も無いよな・・・?っと、そのときは感じたのだけれど。

それから私の中にある光について思い巡らし、先日のライブでの光を感じるワークをやってみて「これは光の感覚だったのか!」っと、ずっと追い求めていたものが光の感覚だったことに気がついたのです。


私の光の体験✨

その体験が私に初めて起こったのは17歳のとき。

ある朝目覚めたら、多幸感に包まれていて、自分の中にあったネガティブなものがすべて無くなっていた。目にうつるものがキラキラして見えて、通学途中の青空や景色が鮮明に輝いて見えて、これは一体何なのだろう?という気持ちでその日を過ごした。いつも通り高校での生活を送っていたのだろうけれど、ふわふわした感じとクリアな感じとがあって、おしゃべりな頭の中がいつもより静かになっていた。その状態は2~3日後には完全に無くなって、以前と全く同じ日常に戻ってしまった。

きれいさっぱり流れたように感じたネガティブな感情も戻ってきたし、ぐるぐる思考も戻っていたし、景色がキラキラ見えることもなくなった。勉強も部活もがんばってはいたし、学生生活の楽しさみたいなのもあったけれど、思春期特有のもやもやもあって、あの頃は幸福感とうものはそんなに感じたことがなかったかもしれない。だから忘れられない体験となった。


それから、1年に1度ほどこのような体験が起こるようになった。何の前触れもなく突然やってくるそれは、毎回1~2日ほどで消えていった。

そのたびに私は「これがずっと続けばいいのに」と思った。

理由もないのにただ幸福感に包まれるその体験をどうすれば再現できるのかわからなかった。まだ若かった私は、その体験が何なのかもよくわからなかったし上手く言語化もできなかった。


20代の中頃になって、それがちょっとした悟り体験のようなものだと理解した。一瞥体験とか神秘体験というには、自分のそれは強烈なものではなかったし、同じものとしてあつかうのは違うかと思ってもいたけれど・・・

今ではこういう情報もあちこちから集めることができるけれど、当時SNSは今ほど一般的でなくて、本とか人から直接話を聞くとかで集めていった情報の中で共通点があることに気がついた。

そういう体験をした人が口を揃えて世界(自然)と溶け合うような感覚や安心感があって、見えるものすべてが輝いて見えるという表現をされていて、自分に起こったのはこれだ!と確信するようになった。悟ってもないし私のはワンネスというかんじでもなかったけれど、目に映るものが輝いて見えるというのが、まさに自分のそれと同じ!!

精神性を高めたら、あの状態をキープできるんじゃないの?(今で言う波動を高めたらいいんじゃないの、というニュアンスですね)と思うようになり、幸福感の基準が外側に求めるものではなく内側からやってくるものになっていた。

きらきらして見える✨

気がつけば、いつの間にかそれが急にやってくることが無くなってしまったけれど、ヒーリングを受けたり瞑想をすると、それと似たような軽めのバーションのものが起こるということが分かるようになった。幸福感があるときもあれば、静けさだけを感じることもあるけど、視界のきらきらはなぜかよく起こっていた。

好きな神社に行くときも似たような体験はよく起こって、神殿や木々がやたら眩しく輝いて見える。ここ数年は自然のものを見てるだけでそうなる。太陽の光が眩しくてキラキラして見えてるんだといまだに思うこともあるけど、曇っている日でも起こることもあるし、自然しかそう見えない日もあるし、生命エネルギーの高いものに反応が起こるのだろうという自分なりの答えを持っている。

最近では外を歩いているときそれが日常化してきて、それとともに急に思考が静まって自分という感覚が薄くなってふわっとした何かに包まれるような感覚になる。地に足ついてないかんじもあるので、安全のためボーっと歩かないようには気をつけているけど、これが起こったらそれに身を任せている。

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ちなみに世の中キラキラした人という表現があるけれど、人間に対してキラキラして見えることはあっても頻繁ではない。実際にきらきらして見えた人は瞑想家だったりが多かった気がする。これは私の見え方の質で、実際はすべての人がきらきらを持っていてそれを発しているとも感じている。


私のプリズミング✨

プリズミングというものをイメージしたとき、最初は真ん中の感覚?内側にある光というものがわからなかったけれど、外側がきらきら輝いて見える。

これって光だよね?と思い・・・

外側にあるものではなく自分の内にある光・・・?

内にあるから外に見えるわけだもんね?←投影

もしやこれが私のプリズミングか!?と徐々に確信へと変わっていった。

そんな中、プリズミングライブの光を感じるワークをしてみて、私の中から湧いてきた感覚が、自分の例の体験でいつも感じていたあの幸福感と重なった⭐️

全く同じというわけではないけど、そこそこ近い質があった!!

その体感ワークでのあかりさんの詩に『光のつぶ』という表現があって、きらきらと見える世界はひかりの粒で構成されていたんだと直感した。

私の経験してきたあれこれは、光の感覚だったのかぁ~と妙に納得してしまった。


これ・・・実はずっと自分の中にあった?


私にとっての光の感覚は、急にやってきてすぐに去ってしまうというスタートだったから追い求めるものになっていたし、私の真ん中にあるものとは思ってもいなかった。

そこに行ってチューニングするという方法も、ここ数年でどうにか身につけられたもので、デフォルトのものという認識がなかった。

けれど、プリズミングの世界観と結びつけることで、無自覚なままだったけれど本当は真ん中の感覚としてずっとあったものだったのかも?と思えるようにさえなってきた。


プリズミングという新しい試みの案内を受けたときは「何それ!面白そう〜✨」とワクワクしたけど、こんな思いもよらなかった展開が身に起こってきて、私どうなっていくんだろうか?!との思いで、今の地点でのプリズミング体験をアウトプットしてみました。

プリズミングというものすごいものを創造されたなぁという驚きと感謝とでいっぱいです⭐️

そして、今これを書いているのは、自分の光を活かそうと思っているからにも違いない、とも。

光とつながってアウルブックを発信することもできるとライブでもお話されていて、それで何を書くのだ?と思ったけど、今、実際に自分の光を感じた状態でこの投稿を書いています。

光の循環の中で、受けとってつながって流して循環の輪を広げる一員になりたいと願わずにはいられません。

まゆちん先生は内なる光が星を読ませるとおっしゃっていたので、まずは光の感覚で星を読むことにフォーカスしてみよう♪

これまでと何ら変わらないような発信をしてるかもですが〜(光の感覚とつながってると書きたい欲が湧いてこないんだな😅)

光の感覚で、真ん中の状態で出てくるものがあれば書いていこうと思います😊

自分らしさの先に自由がある~おうし座下弦の月

星NAVI🌠星の流れを掴み幸せを受け取るナビゲーション💎💎

1月26日 13:47頃

おうし座にて上弦月を迎えます🌕️

おうし座の持つエネルギー

「確かさ」「所有」「感覚」

留まらない

縮こまらないエネルギー

自分らしさと自由、どちらも手にしたい

そんなムードを醸し出すおうし座の上弦月


今回の新月のテーマは

♉自分らしさの自由

専門性を深めて裁量権を得る

がポイントとなります


🌠舞台となるのは

真の自由とは?

学びを深めながら自己探求していく

9ハウス

これらの星たちが織りなすムードとは…


【マイペースに】

わたしたちの心を表す月は

自由と平等性を愛する11ハウスに

専門性を磨きたい

自由性、裁量の幅を持って

自分のペースで変わっていきたい

でも何かに急かされてるようで

早く変わりたいと感じる

そんな思いと葛藤が巡ってきます😣


【では。。どうしたらよいのか】

その思いをくみ取ってくれるかのように

うお座の土星・海王星が

寄り添ってくれます

「あなたの本質はどこにあるの?」

星からの問い合わせがきます✉

「本質」に気づけば

「あなたのペースでも早い速度でも

どちらでも問題ないのでは?」と語りかけてきます


【専門性】

既存のものに縛られず

探求してみたい

あなたの五感をフル活用してみて

匂い

質感

耳心地

目を奪われる

これらの感覚のなかに

あなたが探求したい世界の扉が現れます

ぜひ、おうし座上弦の月

素敵な扉を

ノックしてくださいね

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♉おうし座 新月ワーク🖊

あなたの五感

普段、どんなものに対して

感度が高いと感じますか?

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🌜最後までお読みいただきありがとうございます🌜

ここからの約1ヶ月間

おうし座上弦月のエネルギーが降り注ぎます

五感を活かして

新しく探求する世界と出逢って

心地よく進めていきましょう📒