第1話
タイトル 聖地巡礼
聖地巡礼。
なんと甘美な響きだろう。
推しを想い、推しが居た場所をたどる道。
日比谷公園 三笠山。
私が今日、夕暮れ時に向かう聖地。
桜が見頃の、とある金曜日。
会社帰りに行ってみた。
今年は開花が遅く、4月になってようやく咲き始めた。
開花は遅いのか? 元に戻ったというべきか?
桜の開花論争は後にして、私はとにもかくにも日比谷公園へ向かう。目的は桜鑑賞。満開にはまだ早い。六分咲きくらいか。
人々に混じり、私も桜をどんどん写メっていく。
キレイですもの。
でもね、私の本当の目的は
(あの石段を上って山頂に行きたい)
心の声がそうささやく。
三笠山。
日比谷公園内テニスコート西側の一帯。
公園造成時に池などを掘った残土で作られた人工の山。
私は、彼が上ったであろう石段をうきうきしながら上り、三笠山の頂上でスマホの電子書籍のそのページを出して、文章と聖地を見比べる。
頂上にあるはずの木陰が…ない。
木は切られた跡がある。しかも少〜し年月が経っている。
本が出版されてから1年半。そりゃ聖地もちょっとは変わるわね。
彼はこの頂上のどこに佇んでいたのだろう。
どの距離であの人と密会していたのだろう。
男同士で。
気を取り直して本と聖地を再度見比べている私の視線の端に、爽やかなイケメンが映る。
「キレイな景色ですね」
なんと、爽やかイケメンさんは私に話しかけてくれた。
めがねにマスクで仕事に疲れたぽっちゃりめの私に。
ドキドキしちゃうわよ。なんていい人なの。
私に話しかけてくれるなんて。
めがねにマスクよ。ぽっちゃりよ。
「そうですね、素敵ですね」
もうね、ほんとに心臓バクバクさせながら、私なりの精一杯のお上品さで返答したわよ。満面の笑みで。
そして聖地にたどり着いたお互いを讃えあう祝福の会話を想って。
「あなたも聖地巡礼ですか」
左手に乗せたスマホを操作する爽やかイケメンさんに思わず尋ねそうになる。
(あなたもそのスマホで電子書籍と聖地を見比べているのですか)
私の心の声がそう尋ねる。
スマホの電子書籍の同じページをお互いに差し出しながら、目を輝かせて語らう私たち。
ああ、妄想が止まらない…
爽やかイケメンさんはそんな私の妄想をよそに、おもむろに夕暮れのビル群を写メっている。何枚も何枚も。
あれ? 映すのは三笠山の頂上では?
彼らの密会場所はここ。私たちが今いる三笠山の頂上…
爽やかイケメンさんをこれ以上見つめていると不審者になってしまうので、私も夕暮れのビル群を写メってみる。
キレイ…
そこでやっと気づく私。
(ああ、そうか)
景色を見に来たんだよね。山頂から見る夕暮れ時のビル群は美しいもの。そうだよね、そうだよね、そうだよね…
なあんだ。
同じ目的(かもしれない)と思った自分の恥ずかしさを感じながら、爽やかイケメンさんに軽くお辞儀をし、早々に彼が下りたであろう石段を下りる私。
石段は2ルートあるから定かではないが、そこは私の勝手な妄想が「この道」だと言っている。
その後もまた一人、男性が頂上にやってくる。
「あなたも聖地巡礼ですか」
地上からまた声をかけそうになる。恥ずかしいからしないが。
(もし私もまだ頂上に残っていたら、私も爽やかイケメンさんたちと3人で語っていたかもしれない。あのシーンについて。三笠山の頂上のどこに彼はいたのか、どの石段を上ったのか、どの距離で彼らは会っていたのか)
そんな妄想を抱きながら、私は三笠山を後にする。
日比谷公園の咲き始めたチューリップを眺めながら、今度は彼が呼び出された噴水広場から彼が歩いたルートを私も歩きたいと思う。とても過酷な人生を歩む彼を想いながら。
そしていつか、私と同じ目的の人が見つかったなら、一緒に噴水広場から三笠山まで聖地巡礼してみたい。皆で、過酷で真っ直ぐでやや不器用な彼の人生を語らいながら。
私が「彼」と呼ぶその人は…
新宿鮫。
三笠山山頂での男同士の密会は、甘いロマンスではありませんの。だって彼は「新宿鮫」ですもの。
いつか新宿の街で彼と逢うことができたらと思う。
雑踏の中、彼が私に向かって歩いて来る。彼にロックオンされている私。
すれ違い通り過ぎる瞬間に、彼は私と目を合わせ、声をかけてくる。
見つめ合うふたり。新宿鮫とOLのめくるめく恋がここから始まっていく。私が新宿鮫の次の彼女になって。
彼は今から私をご飯に誘ってくれるかしら。
それとも…
ああ、妄想が止まらない…
おわり
※2年前に作りました。初投稿です。ドキドキ💓