出てくる情報がどんどん抽象的に⋯⋯。
感情や感覚を主体とした情報に切り替わってきてます。
さっそく、3日目のワークから。
3日目のワーク。(ピンクの表紙の本)
頭に浮かんだページ。
2、14、21、31、41、51、71、81、91、121、49
全体的な内容について。
よくあるタロットの解説本と似た気配を感じる。
なにかの図と一緒に解説があって。
21、31と連続してるところは同じ形式で書かれたページが連続してるっぽい。
解説の前後には基本的な知識の話や実践した場合の話が載ってる。
思考整理(思考整理。 ~使命を思い出すワーク2.5~)をしたからか。
今日は情報よりも体感が来てる。
あたたかくてほわほわする。
温泉みたい。
これは世界にあたたかさを、人の心に心地よさをもたらすためのものなんだよ。
と言われてるような。
3日目はこれだけ。
4日目のワークの前に。(3.5)
私は何を見てる?何を受け取ってる?
lala-Ryoko⭐︎さんの「宇宙の願いを叶えるための私」と。
すあまさんの「宇宙は「意識」という名の海だった」を読んだ。
この手のイメージワークをやったとき、私は一体、どこのなにから受け取っているんだろうと思っていて。
こんな信頼できない情報を受け取っていいのか?
と、かなり悩んだ時期があった。
最近になって「もう、意地はるのやめちゃいなよ😋」と言われた気がして、こうして表に出してみてるわけだけど。
それでも「何に基づいて言ってるんだ? 」って気持ちはいつもあって。
もし、宇宙の意識から来てるんだとすれば、少しは安心できるというか。
私の願いは「宇宙の願い」でもあるんだとしたら。
私は信じたい。
自死を選びそうになるたびに必ず助けられてきた身としては、なにかによって「生かされている」としか思えず。
私が生きることを宇宙が望んでる。
それってとてつもない存在の肯定だし、そうだったらいいなと思ってしまう。
宇宙がもたらすものは良きものだけとは限らないけど。
悪しきも含めて体験したいのが宇宙の願いだというなら。
その裏にある愛を私なりに受け取って体験しようと思う。
見えないモノと共に生きる。
悪く取るなら「私たちは宇宙のあやつり人形ってことなのか?」みたいに考えることもできるけど。
これ、一緒に体験してみない?
って、軽いノリで宇宙から誘ってきてるイメージが私にはある。
最近は見えない世界のモノと一緒になにかをやっていく方向にシフトしてるし、見えないモノと一緒に想像するほうが楽だなぁという実感も確かにあって。
「何を信頼しているんだ? 」と聞かれたら、それはあまりにも漠然としているし、唯物論者の人には理解しがたいことだと思うけど。
でも、私の世界ではそれが真実なわけで。
誰にもなにも証明できない以上。
私が私を信じる以外にないんだと気づいた。
吹っ切れたおかげで表に出せるものが増えたという。
そんな感じで「宇宙の願い」も頭に片隅に入れた状態で4日目のワークをやってみると……。
4日目のワーク。(水色の表紙の本)
頭に浮かんだページ。
2、14、56、76、102
各ページの雰囲気。
2→まえがき的なもの。
14→タロットのスプレッド。枚数多め。
56→地動説を説明するときによく使われる同心円の絵。
102→見開き2ページを使った花の絵。暖色でビタミンカラーの花で埋め尽くされてる。
全体的な内容について。
なんだか脈略がないような。
この本で一番大事なのは102ページを見たときの感覚だと思う。
3日目と同じく、感情と感覚を重視する方向に変わってきた。
このエネルギーでいたらいいよ。
って、いろんな情報を省いてそれだけを伝えてきてる気がする。
やっぱり、宇宙って愛なのか!?
こうして、3日目と4日目のワークが終わりました。
宇宙の意識だとかあたたかい感覚に思いを馳せたとき。
私はアインシュタインが娘に宛てて書いたとされる手紙のことを思い出しました。
参考リンク↓
アインシュタインの娘にあてた「愛」の手紙について教えてください|教育研究室
ニセモノだったとしても内容自体はじんわりと感じるものはあるし。
「宇宙の意識の話」と合わせてみても、なんとなく通ずるものはあるような気がして。
明日はワーク最終日。
どんな体験をするのか今から楽しみです!