マズローの5段階欲求説はご存知の方も多いと思います。人間は自己実現に向かって絶えず成長すると仮定し、人間の欲求を5段階で理論化されたものです。



下の欲求が満たされると次の欲求へ進むという理論で、図のピラミッド型の下から

生理的欲求(生命維持のための欲求)/安全欲求(心身の危険がなく安定した生活を送りたいという欲求)/社会的欲求(集団に所属し受け入れられたいという欲求)/承認欲求(他者から認められたい、自信を持ちたいという欲求)/自己実現欲求(自分の能力や可能性を発揮し理想の自分になりたいという欲求)という順に進んでいきます。

「自分らしく生きたい」と思うのは自己実現欲求ですね♩

西洋占星術に対応させると、欠乏欲求は月が求めるもの、成長欲求は太陽が求めるものだと分かります。SNSの普及で承認欲求を持つ人が多い世の中だと言わますが、占星術の月から太陽への生き方は承認欲求(生理的、安全、社会的欲求含む)から自己実現欲求への生き方と重なりますね。面白い!

マズローは晩年、自己超越欲求というものも提唱しています。実際には5段階欲求の次の欲求とは定義していなかったようで、5つの欲求とは異なる次元のものを超越と呼んでいたそうですが、5段階欲求説にプラス1され6つの欲求と解説されることが多く、ここでは他の欲求と比較するため6つめの欲求として扱っていきます〜

自己超越欲求とは自己を超えてより大きなものに奉仕したいという欲求。他者の幸福、心理、美、宇宙、自然、神、絶対的価値などを軸とします。

自己実現との違いは自己実現は自分が満たされる、自分の才能の開花であり軸は私であるのに対し、自己超越は他者・全体が中心で、奉仕・献身・調和がテーマ私を超えた何かが軸となります。

自分個人の願いではなく、宇宙のために奉仕したい、神さまに与えられたものを使命として生きたいと願う段階といえるでしょうか。

占星術では太陽が自分らしさの象徴であり、「自分らしさ」について語られるとき大半は自己実現(欲求)のことを指していると思いますが、中には自己超越(欲求)のニュアンスで自分らしさを語っている人もいるかもしれません。

今は自己実現欲求と自己超越欲求とを併せもっている人も多いかなと個人的に感じています。ある程度自己実現してきた人が、まだ自己実現させたいこともあるけれど、自己超越のほうへも進んでいっているというかんじですね。

※自己超越欲求のようなことを言っているけれど、実は社会的、承認、自己実現欲求という場合もあるので、表面的に思っていることではなくて本音の欲求を理解することが大事です~

私自身は自己実現欲求ももちろんありますが、自己実現では満たされないものもあるとずっと感じてきていて、だからか自己超越を求める気持ちがあります。

(宇宙から)与えられた役目を果たしたことで、周りの人たちが幸せになって自分も満たされたという経験をしたことがあります。自分がやりたいことではなかったけれど、必要あって自分に来たものだと受け入れ、みんなのためにとその役目を淡々と行ったことで良い結果になったし、振り返ると自分らしさを発揮していました。

この体験は、自分が望んでいた自己実現では得られないものだっただろうし、やってきた流れを自分の役目だと受け入れたことで得ることが出来ました。他者から見たら私は自己犠牲的に映ったかもしれないけれど、全く犠牲感はなくって(かなり多忙になっただけ)自分らしさの感覚を持って全体性に貢献したような出来事になりました。

占星術を学びだした頃の出来事だったから、これ太陽の感覚だ!って分かって(太陽期に好きな仕事をしていた頃にあったのと同じ感覚!!)とても嬉しかったんですよね♩

この体験から、太陽の力を発揮させて宇宙が私に望んでいることを全体性の一部の自分として実現していく生き方をしていきたいと望むようになりましたが、これが私の自己超越欲求を意識したきっかけになりました。よく魂を生きたいと言っていますが、重なっているところが多いです。魂は個人的な願いもあるから、自己実現欲求のものもありますが〜

この出来事で自分らしさを発揮しながら献身する、調和するということを学んだわけですが、超越の生き方になると自己犠牲ではなく、利他奉仕的になっていきます。

自己犠牲をやめよう!とよく聞きますが、それは自己実現欲求のある人にむけたもので、超越の生き方になると自然と利他的になっていくと感じます。

自己を確立した先にあるのが健全な自己超越。自己を消すのではなく、自己を使って奉仕する、というイメージです。

そんな生き方を望んではいますが、待っていてもいつその流れがやってくるかわからないし、今後何も起こらないかもしれない。(全くないわけではないけれど、大きな流れがくるかは分からない、というか)

だから普段は自己実現を意識しています。生活の中で自分らしくないこともやっちゃてますので😅今できる自分らしい生き方をすることが大切だと思っています。そのベースには常に超越欲求が流れているかんじ。 ←これまでの投稿は自己実現と自己超越と混ぜて書いていましまが、このような理由です。


超越的に生きている方を見ていると、それがその人らしさ満開ってかんじだから、自己実現も自己超越も軸が違うだけで『自分らしさ』に違いはありません。


もし、自分軸とか自分らしさの自己実現をゴールにすることが苦しくなっているなら、あなたの中に超越欲求がないか意識するとよさそうです。すでにそうされている方も多いでしょうが、自分らしさと自分を超えたものに仕えようとすること、どちらの生き方も意識したらいい人も多いかもしれません⭐️

直感やなんとなくを形にすることが、自分らしさの先にあるものでもあると何度か伝えてきましたが(自分らしさの先とは書いてなかったかな?)、超越欲求という形もあるということも書きたいなと「なんとなく」感じたのでまとめてみました〜⭐️

自分の現在地も再確認できたので、言語化してよかったです😊