さて、“貘(ばく)”も解説が3気筒目に差し掛かりましたが…
自分はいったい、誰が笑顔になる話をしているのでしょうか?
誰を、どんな顔にする話をしているのか?
自分には、あまり人のことがわかりません(書いたものに対する読み手の顔や意見は見えない)し…見つけたものに対して頭も良い方ではないみたい(発見したものとは、知識量とか思考力がつり合わない・足りないみたい?)なので…今のところは、その辺をつき詰めて考えるのは、やめていますが(汗)
ともかく、抱えていると苦しい?
何なのかしんどい?みたいなので…
ひとまず『アウルブック』の場をお借りしてアウトプットしています。
やっぱり、タロットが占いに使われてきて、これまでやってきたように…困っている人には、なんらか「道しるべ」になるものにしたいですよね🤔
(それも、経路道筋はガンギマリじゃなくて、その人その人にとって選びやすい、ちょうどよい感じになってくれるようなものとして❀)
タロットに親しむ皆さま方には、タロットで変な「からくり」…“貘(ばく)”ができましたので、よろしかったらご覧になってみてください。
と、お伝えしたい感じでおります。からくりサーカス❀
⋯そうですねぇ
叶うなら、喜ばれたい。
紐解いてみた人を、ただ素直な笑顔にしてくれるものであってほしいです🍀
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3気筒目は、“獏”にある縦列5本並びの真ん中です。
それだけ人間の人間らしい営みの要素として、古代の口伝と読み書き算術・瓦版と手書き本の中世・印刷物と経済活動の近世、そうしてテレビやラジオなど電波ばかりでなく通信のインターネットインフラの行き渡りつつある現代とこれからでは特に、中心的というか、普遍的なテーマかもしれません。
(時代によって、どこの要素が濃くなるのかで“獏(ばく)”と称して組んだこの代物は、そもそもの並びも配置も変わる気がします)
さてこの3気筒目ですが
ここには、ある言葉が浮かびます。
つくづく「悪化は早い」という言葉です。
これは、まともに生きて暮らす人々には「教訓」として
悪事をはたらく・利用する人々には「道具」として
人間と社会と媒体が、人と世に将来に、もたらす作用が分かれると考え至ります。
悪化は雑草のようなもの。
堅実に農業を営む人々、土地を管理する人々にとって、都度取り去らねばならない厄介者です。
放置しておけば、農作物に肥料の養分が渡らず、得られるはずの実りは得られません。
養われるべき人々への糧を失います。
年々、雑草を茂らせ放題にしている土地は、構造物を侵食してボロボロにしたり、時には鳥の運んできた種には巨木となる木の種も含まれていたりして、根付いてしまったりします。大きくなってから取り去るのは、容易ではなくなります。大きくなる前に、生い茂ってしまう前に、なるべく刈り取り去る・抜き取り去る必要があります。
雑草は侵食の例ですが、他にも腐ったり廃れたりする作用には、人の手でケアや入れ替えなどメンテナンスを必要とします。
(また人間が暮らす・物事を維持するには、各々の水準に必要な態度や習慣がある・心得や対処能力が要るもののようです。)
では、生い茂る雑草を利用したいなどと考える人々とは、なんなのでしょうか?
しかし、たとえば借りてきたヤギが雑草を食べてくれるのを利用する…という営みは、まともに生きて暮らす側の、状況を捉えた対応の一つとして建設的な(加えて、生命の循環を鑑みた・見る人によっては面白みのある)工夫ですね。
そうではなくて、悪化としての作用…侵食・腐食・荒廃を、都合よく考える側とは、どういった人々でしょうか?
同じ人間の、雑草が生い茂り放題な堕落を喜ぶような人間とは、どんな人々でしょうか。
これには、決して当人は堕落の無い、人格的にも社会的にも立派な人間であっても…何事かについて雑草生い茂り放題である状態とは、どういったことでしょうか。
堕落でなければ、これらは“関心の隙”なのかもしれません。
それら“関心の隙”を突く営みに生きる人々とは、なんなのでしょうか。
これにも、まともな営みとしての人助けと、悪事をはたらくものとに分かれる、区別分別…(人の道としての、人道上の)分かれ道があると考えます。
「悪化は早い」また“関心の隙”といった言葉や状況に対して、どんな作用をもたらす人間であるのか?
どんな方向に持っていける人間になるのか?
大人になる・義務教育を離れて(進学も含めて)社会人になる…といったことには、実はこうした要素が深いところで・本質的に問われてくるのが、実は人間という存在のようです。
どんな人間に、なりたいですか?
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3気筒目の並びは
09・03/20・15
漫画も、発信者の領分ですよね。
漫画が好きなので、ソレで説明してみましょうか…いや、ソレに限らない感じで、フワッと説明していきます。
小説でも、ゲームでも…
「09・隠者」という“作者”には「03・女帝」という“パトロン”が必要なようです。
パトロンとは、大まかに言って“雇い主(出版社・発信社)&読者の集合体・ファン(作品や作者の愛好者)”ですかね。
(あるいはこの時代だと、09(発信者)・03(発信源)を、1人の人間が担うパターンもタケナワだと思いますが…ただ、YouTubeやニコニコ、インスタやXあるいはnote(たとえばココ『Owlbook』)などの場合、それらのネットインフラ上の情報道路に各々出来た掲示板や図書館みたいになってる媒体インフラが03・女帝(配信社・配信機関)という形になるものと考えます。もし動画配信社やSNSが無かったら、ネットに繋がっていても発信配信は、簡単にはできないことになるから…ですね。何事でもインフラは豊かなほど恵まれていると言えます。)(何もかも自前で配信システムを構築して何をか発信をする…というのは、個人では、なかなか無いと思います。今あるように企業や団体など組織や国家といった規模になってくると思います。…あぁ、でも居るのか。かつてのHTMLでホームページ(時代感w)みたいな、個人でWebサイトを構築して何らか情報を配信してって営みは、まだまだ全然たくさんあるワケですよね。接続インフラ会社、サーバー会社、端末や周辺機器の会社、Webサイト素材の配信者や企業…パトロンというより、配信者がお得意さまになる関係かな。たとえば往時の絵描きや物書きにとって、昔の画材店や文房具店みたいな?)(「09・陰者」の位置づけである配信者も、画材店や文房具店にとっては「お得意様(03・女帝)」なんですよね。たぶんフラクタル理論感w)
(ともあれ「パトロン」という言葉の意味や、現代での使われ方については、ネット検索で調べてみて下さい。)
「09・03」は上段にあるので大概、発信行為は明るい方の世間でのことですね。(社会での、明るい方での事だから上段…顕在意識側にしてある、という事ですね。考えながら組んだのではなく、なんだか知らんけど出来上がってしまったものについて後から要素を見つけ出して考えているので、言い回しが逆さまになることがあるかもしれません…😅)
では下段(潜在的な動向)では、何が起きているのでしょうか?
ココでは「20・15」の組み合わせですね。
「20・審判」…漫画や小説など作家業で言うならば、“編集者”のようです。
この作品に宿る魔性(?)を、オモテ世界にて発信する媒体に、載せてもよいものかどうか?
ラッパも、パンパカパーン…!審判します❀
何故なら、時には社会そのものを暗示してもいる「15・悪魔」という有象無象の内の何を呼び覚ますか、わからないからです。
…それとも、何を呼び覚ましたいんでしょうね?召喚士浪漫❀
(“作品”も、誰か作者を介して“社会から出でしモノ”ですね。)
(そして召喚士モノには「契約」が付き物ですね❀)
漫画家など作家自身も、時には作品の中で“何を甦らせたいのか?(フィーチャーしたいのか、かな?)”といったことを、考えていると思います。キャラクターとか、世界観とか…「20・審判」の意味には「復活」があるようですが、温故知新して、今とこれからに何を伝えたいのか?何をご披露したいのか?
表現する・発信する人は、自分自身が先ずは編集している…人間社会は、ギアやしかけの噛み合う“貘(ばく)”の連続入れ子箱となって、物事の循環は発生し、巡り回るのかもしれません。
漫画、面白いですよね❀
小さい時から読んできたので、もしかすると“貘(ばく)”は、人となりの漫画脳の産物、あるいは熟れの果て?でもあるように自負しますw
どうしてこうなったのか・なんだかわからないものですから(汗)知的産物?心理的な現象?などとして、いっそ楽しむことにします。
“貘(ばく)”は、いわゆる“プロブレム・ピクチャー(道徳的ジレンマを描き、観る者に考察や議論をさせる絵)”の類なのかもしれません。
(プロブレム・ピクチャー…『アート裏話ラボ』英ジョン・コリアー“The Laboratory”というショート動画の作品評から拾ってきた言葉ですw)
実はギアとかしかけとかナントカといった概念でもなく…もっとこう、タロットの編纂物でも自然な流れを意識したい・見通したいなら、ソレに見合う“貘(ばく)”の姿も、あるかも知れません。
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さて、過去分からコピペしますがw↓
コバトンボがタロットで組んでみた“貘(ばく)”と呼んでいる、とある編纂物なんですが
プログラミング用語的に言う“エンジン”になぞらえ、
左から・縦列を…仮に1気筒目、2、3、4、5気筒目、と呼んで
|08|01|09|04|05|
|21|18|03|19|06|
--- --- --- --- ---
|13|07|20|14|12|
|11|16|15|10|02|
(自由にしている組み合わせが、00・17)
1気筒目が
08・21/13・11
この能動性・力・能力の段から
2気筒目として
01・18/07・16
技(わざ)・術(すべ)・技術に移行するイメージです。
そうして、3気筒目です。
09・03/20・15
その世界で持てる「能力」から、研究研鑽して「技術」に至り…
今度はそれを、教えたり「伝承」する段階となるようです。
例えばその
漫画家や作家が、しばしば「先生」と呼ばれることには…なんらか持ち合わせる能力(知力)とか磨いてきた技術(知識)を、その道の審判者らには、世に伝えるに足りる!と認められているからですね。
(たとえ世間的に見て、なんでこんなヤツが?という作品や人物であっても、その道でのジャッジなので、その道の先生というワケです。)(その道に無い世間側の人間が…またその道であっても、各々の作家を○○先生といった敬称であるとか☓☓さんであるとか、呼び捨てか敬称略か、どう呼びたいのかは、本当に自由です。)
“審判者”らの世界でも、能力知力に技術知識といった研鑽研究には専門性の違いや優劣があると思います。
それらを「(能力・技術を)行使する」のが、下段「20・審判」の部分なのではないかなと。
うーん。
『攻殻機動隊』の草薙素子が、物理物質や肉体身体的な領分ではなく、ネットの方でもやってるようなことかなぁ…
あるいは「決定力」そのものの事かもしれませんね。
物理も思考領域も媒体のコッチや向こうも関係なく。
「行使する」その「決定力」の結果に
何かがある・起きる…あるいは何も起きない。
何をか発した結果、軌道に乗って星になるのか、あえなくデブリになるのか…それとも跡形も無いのか。
サッカーなら監督そのものやスタッフである他に、プレイヤー自身ならばエースストライカーとか守護神とかファンタジスタと呼ばれる領域ですかね。(プレイヤーとして「お手本」になる、というところでしょうか。これは「姿を見せる(発信者)」という部分で「09(陰者)」が重なってきます…たぶん、隠者という名前なので発想しにくいですが、「先生」「名人」「達人」の域とか要素があるのかもしれません。)
野球もチームワークあってこそですけれども、たとえば観客や視聴者を沸かせるオータニのショー・タイムも、本当にすごいこっちゃですよね❀(語彙力…)
ショー・タイムで説明すると、
09陰者は、発信源(プレイヤー)そのもの、また記録する者・報じる者。
03女帝は、助力応援する全ての者。見る側全ての者。
20審判は、プレイヤー(アンパイアも審判者というプレイヤー)の行為行動&ジャッジされたプレイ結果。
15悪魔は、プレイ内容と結果に呼び覚まされた人々の行為行動、及び社会現象。
…せっかくショー・タイム言うなら、なんかもっと面白い書き方(汗)
スミマセン自分なりに思う構造部分だけ抜き出したら、こうなりました…
やはりその道に精通しないと、その道のことは面白くは書けません。
だからこそ、様々ある「その道のこと」に詳しく伝えられる記者媒体は、世に尽きない…求められる…ということでしょうか。(図らずもそうした仕組みや成り立ちを、証明?解体?説明の端緒にもなっているなら幸いなのですが…)
“何かを教える・物事を伝える”という事について仕組みを考えてみると、こうしてみたら「そんなことは知っていた・そんなもんだと思ってた」ってくらい、およそ誰にとっても、すごく当たり前なことなんだと思うんですが…
こんなふうに、(いわゆるフラクタル理論的にも?なんともコジツケ的にも…?なんというか共通してくる)構造などとして?俯瞰して考えてみる機会って、実は日常場面では、あんまり無いかも知れません。
でも、日常的にはあんまり無いからといって、そう特別な視点というわけでもない…ってことが、端的にわかると思います。
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さて、裏読みしてみますと
たぶん「教える・報じる・伝える」ことをテーマとしている3気筒目での、下段(目に見えにくい世界や世間・無意識的な営み)にある「20・審判」には
“ゾンビマスター”や“エクソシスト”あるいは“ネクロマンサー”なんて人々も、あるかもわかりません。
…いきなり何を言い出すんでしょうか😅
(この場合、漫画みたいですけれども“ゾンビマスター”や“ネクロマンサー”VS“エクソシスト”で、たぶんバトルを展開しているワケですがw)
のっけから何を言ってるんだって感じでしょうか?(^_^;)自分でも思います。
(たぶん、“天使や悪魔の世界(15)”と“人間社会(20)”をまたいで起きていることは、その道に居なければ、よくわかりませんwということだと思います。)
ゾンビマスター、ネクロマンサーとは“忌むべき物事を復活・活性化させる術を働く人々や動向”をいうのかもしれません。
対して“エクソシスト”は、それらを鎮める側の人々や物事、その動向といったところでしょうか。
“たとえ”とか“なぞらえ”での名称、というわけですね。
なんだかそんなようなワケで(どんなワケだ😅)
具体は見えずとも何をかしでかす社会側や何らか動向を「15・悪魔」のように見る向きもありますが
そもそも「悪魔」って、なんでしょね?
自分は『真・女神転生』といったRPGゲームのシリーズで、いわゆる“デビルサマナー(召喚士)”として、神も悪魔も「仲魔」と称して連れ歩く…といったシチュエーションを楽しんだことがありますがw
そこでは、いかなる神々も悪魔も一様に、ゲーム世界観内でのPCシステム上では「悪魔」として括られて納められているのですが
しばしば悪魔キャラクター各々に添えられた解説には、神話や伝承の仔細を抜粋して紹介されていて…
もともとは神であったものが、何らか歴史的経緯で悪魔に貶められたもの…といった記述が見られたり
あるいは昔に読みかじった中沢新一の本にも…どれをどう読みかじったのかもうろ覚えで話しているので、申し訳ないんですけれども(汗)
かつて神々であったものが、後の世にその土地を支配することとなった異教徒によって貶められて悪魔化された経緯であるとか、神話や英雄譚など口頭伝承を伝言ゲームしている内に、伝わり間違いや地域信仰上の都合不都合などで、もともと神様だった存在が悪魔化し、ヒーローも道化に貶められたり、だったかな…
様々な歴史的理由や経緯で神々が悪魔化していった流れ(英雄が道化に貶められた流れ)を説明していた内容など、あったような気がするんですが
詳しい人には、うろ覚えどころじゃない伝え方になっちゃってると思うんですけれども(汗)まぁそんなようなコトで
日本でも、もともと祀られていた神々が何らか理由で廃れて、祟り神や妖怪扱いになっていたり?大きな神社には、もともとその土地にあったとされる神様や別の御縁の神様も摂社末社でお祀りされていたり…人の信仰や地域の伝承によって神棚や神社でお祀りする神様の御縁が違うと、地域や個々人での勧進が違っていたり…
コレに対して、後々の世代にくだると…それら神々や悪魔や妖怪は、喩(たと)え・なぞらえ、としての神格化や悪魔像や妖怪像として(概ねは、信仰や伝承とは直接性の無さならでは)形容したり揶揄したりする道具になりもするようです。
(「ヤバいよアイツ鬼だよ。」とか使うような感じ?😅コレだとすごく抽象的ですかね…)
まだ言ってることが伝わりにくいな(汗)
ところで、作家やプレイヤーが決定力として「20・審判」になったり契約対象として「15・悪魔(味方にとって神様的な存在、敵にとって悪魔的な存在、など)」になったり、何をか伝える者としての「09・陰者」になったり、時には出資者「03・女帝」になる時も、あるのでしょう。
意味が、あるいは誰かや存在するものが、縦割りの段組みの中で、回転したり上下に移動している…かのような現象というか錯覚みたいなものを、感じますかね?
さながらピストン運動みたいにイメージされたなら…コレもまた“エンジン”などと呼ぶ所以かもしれません。(笑)
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ちょっと気が早いですが、概要として
4気筒目
04・19/14・10
権力にまつわる説明がなされる段。
ちなみに「14・節制」とは
「01・魔術師」の上位互換❀
節制…領民の様子
天使像に男女の区別なし
ある意味、その権能の運命は領民次第。
4気筒目で、3気筒目を綴り目とした「斜め互換関係」が浮き出す。
「04・皇帝」と「07・戦車(凱旋)」は対応していて(凱旋車に乗っているのは皇帝自身、または戦場を駆ける将軍は皇帝の命(めい)で機動している)、「14・節制」とは「01・魔術師」の上位互換関係にあります。皇帝を有する国となれば、その臣民も1、2、3気筒目の領域を越えてイッパシとなった人々がザラ…といった感じですかね。
じゃあ5気筒目だと何なのかというと
たぶん道徳的知見や認識の質により、1気筒目とともに2、3、4気筒目をとりまとめていく・意識的ではないままの精神的な秩序でゆるやかにコントロールしている段階…といったところでしょうか。
2気筒目の下段「07・戦車」と「16・塔」は、かなり国柄によって内容が違ってくる・偏りが出ると思われます。
16の意味内容が国柄(たぶん悪目立ちする?といった側面としても)の一部…と言っても、良いのかもしれません。
日本では、経験からの理解(たとえば作品理解)、その人その人にとって既知の出来事(視聴読またはプレイした作品)かどうかで、コミュニケーション時は物事の理解に差が出るというのが、実は言語理解よりも無意識的なまま大事な要素になっていると感じますが
この場合、時々「言葉が通じなくなったことで人々がバラバラになってしまった“バベルの塔”の謂れに、どこか似てるみたいだな…」と、感じることがあります。
(偏向的な状態、たとえば作品理解が偏っているために、広くは通じない話の仕方や認識に陥っている、など?)
あるいは「興味対象の分散のために共通認識が共有化できにくい」など。
その国が国民に施す教育の質や内容の劣化、水準が下がると、そうなりやすいようです。
なぜなら、人は勝手に得意分野を伸ばそうとする生き物なので…何らか信念が無かったり、義務に縛られてさえいなければ・営みにろくなものが無ければ、おおよそ人間は好きなもの基準で判断し生きていこうとします。
ソレが決して悪いことばかりではありませんが…コミュニケーションの性質として会話が広く通じなくなる・世代間ギャップのみならず横世代間でのギャップも多くなる、といったたころでしょうか。
ここでの「14・節制」は、その国の格や現実に見合う水準を意識した国民の姿も意味します。横対称ですが、「14・節制」と「07・戦車」も、「10・運命の輪」「16・塔」と抗う(機運を正しく読み取り、悪いことは未然に防ぐor起きてしまうであろうことを狡猾に利用する)(人間の人間らしい知性や権能の)はたらきについて同じものを持ち合わせます。
人と社会での、縦世代間と横同世代などとのギャップが深まってしまうと…教訓からの学びが進まず・助力が届かない協力が得られない事態が重なり、何かことが起きてから目が覚めるというパターンを繰り返したり、目が覚めるならまだしも、状況を変える手立ても発想も無いまま悪循環になぶられ続けるハメを見たり、のようです。
“貘(ばく)”は、現実に怯える悪夢も食べて消化分解し、人の心の栄養をもたらしてくれるものになると期待します。
うーん。
「14・節制」は、「01・魔術師」の上位互換として権能の縁の下にあるものなので…日本国の場合、「国民自身(有権者としての姿)」を表しながら、また端的に「大臣職」「官僚の性質」を表しているようです。
皇帝が大名なら節制は老中とか?
なんかそんな感じなんだと思います。
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もし自分より格上のクライアントが来たなと思ったら、運命の輪と相対する節制のイメージを自分に持つとよいかもしれません。
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国会や地方などの議場は…社会を表し意見も有象無象の「15・悪魔」のようです。「20・審判」で決定され、「03・女帝」は税金、「09・陰者」は決定されたことの報告…伝え方、めちゃくちゃ考え抜いた上での
立法府の話として考えると、今はSNSのおかげで「15・悪魔…実社会(天使的な存在も悪魔的な存在も人間的な人々も有象無象)」ではどんな人によってどんな話をされたかなど内容もダイレクトに詳しく知ることも伝えることもできますが
ネットやSNSは、生活に必要な関心事&好きなところしか見なくなる傾向も増すので、やはり「15」の縛りかけや誘惑もダイレクトなようです。
また、SNSは生の声が噴出する場でもあるので、怖くて蓋をする人々の界隈もあったり、都合不都合で無視する界隈というものもあるようです。
主観的な人間の営みには、いずれいかなる人間にも公正な第三者としてAIが「真実・事実・本当の情報」ってやつを、万人に伝わるように伝達する日も、来るのかもしれません。(超希望的な観測)
そうなると、真実や事実から目を逸らしていたい人々やその界隈は、機械から離れた生活をするようになるか、ご都合のよい話ばかりしてくれるAIパートナーを自作し続けて“過ちや間違いや偽りの共有”による関係の存続を図るのかも知れません。
未来予測の真似事はともかくw
多様性のカオスにも、歩む道が見通せる基礎力や確かな認識あるいは物事を担う力が身につくような教育も大事なんですよね。
フラフラ生きないで済むような、責任能力とかですかね。
教育は…「09(発信力)」にかかってくるモノでも、最も重要なモノの1つなんだと考えます。
う〜ん
どうせバカの部類なら、よく切れるハサミでありたい。
…?
でも、用途以上の切れ味を持つ刃物は危ないんですよね🤔考え直すと。
目的に応じた切れ味と形状を考案するハサミの作り手と、用途に適したハサミを探す選び手。
ハサミの切れ味はたかが知れているし、構造からして刃物としては少ない切れ味でも、布や紙の裁断を可能にする道具。
ハサミを発明した先人を尊敬しますが…やはり青銅器時代や鉄器時代なのでしょうか?それとも、もっと大昔?
古代浪漫に心を馳せます🌛
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お気づきの方も、あるかもわかりませんが
“獏”の構造をおおまかにも眺めてみると…二択の連続であることが、なんとなくも覚られると思います。
人間の営みが、いわゆる「0or1」と言われるような二択で分け切れるものではない…選択肢は沢山ある。と、お感じの方がありましたら
結局のところはドッチなのか俯瞰しながら、本当にドッチでもない選択になるのか、検討してみてください。
ソコには、そもそも関心が無い方はソレで全然、構わない話なのですがw
検証の確実性に自信が無く、ソレをレトリックにハマりたくないとして、この作業的提案を回避するのも選択の一つです。
徹底して行ってみた結果、とうとうAIがお得意とする01の二択にも分け切れないものがあったとしたら…もしかすると、ソレがその人の“希望の寄り代”かも知れません。
俯瞰力で曖昧化するのも解像度を上げるのも…人間の人間らしい・たぶんその人にとって必要な、大事なやり方の一つだと考えます。
(どうしても「割り切れない部分」には、その人にとっての幸せのヒントがあるかも知れません。)
それで曖昧化されることのない知性と胆力の持ち主である方々は、更に突き詰めてみてください。
モザイクで出来た“パンドレの箱”の中から、人類の希望が見つかるかも知れません(笑)
かなうならば、悪い方へと割り切った人々や物事を、いかなるか方法でもって、しっかりと止めてあげて下さい。
これも愛かも知れません。
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ところで、どうして「17・00」の組み合わせを「大御心・大御宝」としたのかというと
「17・星」の、「星」の字なんですけど…
1ヶ所だけ場所を変えてみてください。
「大御心」に、かかる意味になると思います。
はい「皇」の字ですね。
「星」の字と比べてどうですか?
よく似ていると思います。
ちょっとした発想です(笑)
明治神宮のおみくじみたいに、今や国家を支える御柱(みはしら)・御祭神となられた皇族の方々の御製(ぎょせい、詩歌)を大御心として頂くカタチがありますが…その大御心・詩歌から読み取れたり感受できることを、今後の指針や精神的な支えや励みとしたり。
たしか古代の人々も、夜の航海には星々で方向を見通しましたよね。
これから進む道について、理解に乏しい・知識が暗い人には…これら、ささやかなおみくじとして賜った大御心も、何らか参考にしてみようかな…と、余裕や素直さに応じて得るものも、あるのかなと🤔
遠いご先祖様たちは、日本の始祖は、どこから来たんだみたいな話については、なんぞ遠い星から来たみたいな話とかにしたがる人たちが喜びそうな話にも、なっちゃうんですけれども(汗)
(自分は占い道具をテーマに話をする時の立場においては、スビ系でSF顔負けの古代史を語る界隈についても、一応は中立であろうと思うのですが…全部見ているわけではないし、証拠や依拠について自分にはよくわからない点も多いみたいなので、なんともアレなんですけれども)(もし縁あった子供たちに、アレらは本当かどうか聞かれたら、タレントや芸人という人々の「仕事ネタ」なる物事や業界なるものについて考えてみるところから始めると思うので、ある程度の年齢を対象としたり、成長を待ちますが…本当かどうか大人たちにもハッキリわからない・説明し尽くすには大変なところには、浪漫と詐欺の分かれ道があるって現実問題を教えるんだと思います🤔いわゆる悪魔の証明(「無いこと」は証明できない)にも絡むのだと思いますし…)
…あー
ちょっと話をする幅を拡げたら、またとりとめなくなってしまいました(汗)
今日は夏至で、キリのよい日なので公開したいと思います(笑)
お目通し頂いた皆様には、ご精読、本当に、ありがとうございました🙇
今度は4気筒目は「権能」の段ですね。
私は現実の政治のことなどは全く何もわかりませんが、タロットの組み合わせから読める「構造的なこと」について…既にちょっと記してみたことのように、何か気が付いたことがあれば綴ってみようと思います🤔🍀
本当に“獏”は、不思議な組み合わせです。