四柱推命を学び始めた頃、よく耳にしたのが、「他の日干や星が羨ましくなるのは、四柱推命あるある」だという言葉でした。

気づけば私自身も、「この星があったらいいのに」と思うことがありました。


■私が欲しかった星

若い頃から音楽やダンスに親しんできた私は、どこかアーティスティックな雰囲気を持つ「」に憧れ、表現の星である「傷官」にも惹かれていました。

財星が命式にないことに気づくと、「私には人脈や金運がないの???」と、少し寂しさも感じました。


■理想の命式を思い描いてみたら

そんな中で1度、「もし自分の命式を自由に作れるなら?」と、ほんの遊び心で、“理想の命式”を考えてみたことがあります。

けれど、いざ自分の星を「理想の星」に置き換えようとしたとき、予想していなかった気持ちが湧き上がりました。 どの星も、取り替えるには惜しいと感じたのです。

プライベートを表す日柱にある「偏印」は、どこか自分らしさの象徴のように思えました。

仕事に関する月柱の「比肩」と「劫財」も、“自我満載”な組み合わせではありますが、それもまた、これまでの自分を形づくってきた大切な要素と感じます。

そうやって一つひとつ見ていくと、どの星も愛おしく感じられ、他の星に置き換える余地はどこにもありませんでした。


■四柱で見えてくる、この先の自分

四柱推命は本来、「年柱・月柱・日柱・時柱」4つの柱で読み解いていきます。 私が思いつきでおこなったこの遊びは、「年柱・月柱・日柱」の3つの柱で出した命式を使ったものでした。

その後学びを進めていく中で、改めて四柱で命式を出す機会が訪れます。 そこで初めて「時柱」を見た時、そこには少し嬉しい驚きがありました。

晩年や子孫運を見る時柱に、「正財」。 そして、十二運星は「絶」。

かつて「欲しい」と思っていた星が、そこに存在していたのです。

そういえば以前、四柱推命鑑定士・講師のやなかえつこ先生が、 「時柱には、憧れの星が詰まっている」 「“次の人生でやりたいこと”とも言えると思っているんです」とおっしゃっていたのを思い出しました。 とても印象的で、すっと腑に落ちる言葉でした。


■命式を好きになるとは

自分の命式を知れば知るほど、不思議と愛着が湧いてきます。 足りないと思っていたものは、見えていなかっただけで、実は潜んでいることも。 そして何より、今ここにある星たちが、これまでの自分をつくってきたことを感じられます。

命式を好きになることは、そのままの自分を受け入れること。

だから今、“ないもの”より“あるもの”に目を向けられるようになった自分を、どこか愛おしく感じています。

それでは、また☆