先月、あるセッションを受けたとき。
「1ヶ月余命ワークなんてやってる場合じゃなくて、もう今回の人生で何をするのかを考えたほうがいいですよ」と言われて、絶句した。
「いや、まだ早いだろ」ってそのときは思ったから。
今の私の状況。
自分が長年引きずってた(こだわってたと言ってもいい)、過去の経験を自分なりにクリアしてからの私は、といえば。
問題が問題ではなくなり、悩みらしい悩みも生まれにくい環境が当たり前になった。
そうなると必然的にアウルブックで書く記事ネタが減った。
なぜ、自分はこんなにも安全と平和に包まれて、なんの問題もなく生活できているのか。
言語化しようにも、かなり熟成させる必要がありそうで。
自分の中で語る言葉が構築されるまで、ずっと待っている状態だったんだよね。
本当なら今も書くつもりじゃなかったんだけどなぁ……。
「これなら書けそうだなぁ」と思うものがあって投稿してます。
目標を模索する1ヶ月。
余命1ヶ月ワークをやった結果として。
お金も物質も私の人生で目標になることはもうないな、と気づいた。
もっとほかに大事にしたいものがある。
自分を満足させるだけなら今もできてるし。
私にとって「満たされる」というのは、私が私のすべてを受け止めて理解してやることだとわかった以上。
そこに金銭や物質、外から得られるものは関係ないとわかってしまったら……。
これから自分はどうしたいのか、どうなっていきたいのか。
未来を思い描けていないこと自体が、最近の悩みだったかもしれない。
これまでの経験からしても、「頭で考えた目標に向かって突っ走る」ってのは違うとハッキリわかっていたし。
自分の直感を信じるというか、本気で自分を信頼して待つ期間でもあったと思う。
日常をまったりと過ごしながら、これからどうしていこうか……と考え始めたとき。
十二国記(「風の海」「東の海神」「風の万里」)を読んでヒントをもらった。
(十二国記まつわる話はまた別枠で記事にする予定)
自分の残りの人生を使って、どんな世界を作っていきたいのか?
十二国記を読んだおかげで、おぼろげながらに見えてきたものを。
ビジネス界隈で有名な(?)「ミッション(使命)・ビジョン(展望)・バリュー(価値観)」として自分なりに書いてみた。
「子供みたいなこと言ってるな」と思っても、しょうがない。
そこから私は始めるんだ、という気概で書いた。
なんとなくでも現状でしっくりくる目標が書けたところで、次に思い出したのは記事の冒頭に書いたセッションでの一言。
今回の人生でなにをどこまでやるのか。
終わりの基準をどこに設定しようかと考えたとき。
ふと思いついたのは「ざっくりでいいから寿命から逆算してみよう!」だった。
平均寿命と健康寿命の話。
厚生労働省が出してる「簡易生命表(令和6年)」や「健康寿命の令和4年値について」によると。
女性の平均寿命は87.13歳。
男性の平均寿命は81.05歳。
女性の健康寿命(※1)は75.45歳。
男性の健康寿命は72.57歳。
※1 健康寿命とは
心身ともに自立し、健康上の問題で日常生活に制限を受けることなく生活できる期間
……おいおい。
意外と時間なくね?
YouTubeでも私と同じぐらいの年齢の女性が、「私ももう(平均寿命の)半分ぐらいは来ちゃってるから、そろそろ考えないと……」みたいなことを言ってるのを聞いたけども。
ホントにそういう年齢に突入してきてるんだと思わされた。
中学生が人生年表を書くのと違って。
書ける年代がもう限られてる。
・40代まで
・40代
・50代
・60代
・70~75まで
・75~87(寿命まで)
私のノートには上記の区切りで年代ごとにやっておきたいことを書いておいた。
正直、この区切りを見てドキッとする人、結構いるのでは?
50代以降、60代以降ぐらいからしか書けない人もいるだろうし。
パートナーや両親、祖父母などの今の年齢から考えて「マジで……? 」ってなる人もいるはず。
メメント・モリを掲げてる私からすると、死を意識するってのは目が覚める思いになるし。
やっぱり、覚悟を持って自分から死を迎え入れるのはかなり意味のあることだと思った。
人生でやりたいことは人それぞれ。
私はタロットプロ講座しか受講してないので、他の講座でなにを言われているのか、まったくわからないんだけれども。
私は情報発信をするだけが人生じゃないと考えてます。
今の世の中なら、子どもを育て上げることに自分の命を使う人だって普通にいるはず。
(仮に40歳で子どもが生まれたとしたら、60歳でやっと20歳を迎えるわけだし)
現にアウルブックで投稿している人がいるように、親族の介護や看病などで自分の命を使う人だっていることでしょう。
仕事、家庭、体調。
それぞれの分野でキツイ経験をしてるから発信が減ってるのかもしれないし。
水星逆行の影響で、ひとりで考え直したくなる人が増えたとか。
なんとなく文章や言葉でヘタなこと言ったりやったりしそうな気配があるからと。
あえて発信を避けてる人だっていただろうし。
そろそろ夏休み期間に突入する時期だし、子どもがいる人はそれだけで大変なのかもしれない、とか。
「各々の事情」ってものがあるはずで……。
自分の都合だけで判断せずに、慮れる人間でありたいと思った。
重要度も人それぞれ。
私にとってアウルブックでさえ私の人生を構成する「ひとつのパーツ」でしかなくて。
「自分の人生」という大きな枠で見たとき、そこまで大きな割合を締めるものではないんだよね。
マーカーやランキングも意識したところで自分でどうにかできるものじゃないから基本的には放置してるし。
とにかく自分の中でベストを出せれば、書きたいことを書けてればOKと考えてて。
いつも読まれない、反応ゼロ前提で書いてる(自己満足で済ませてる)から。
何かの拍子に自分の記事がランクインしまくることがあって、結構ドキドキしてたり。
noteや他媒体で発信してるからいいや、という人もいて当然で。
どんな人に何を伝えたいのかが決まっているのであれば、なおさら反応がある場所での発信に力が入るのは自然なこと。
発信するしないは各々が決めることであって、ましてや他人が決めつけるものではないし。
書けるときもあれば、書けないときだってあるわけで。
自分のペースでやっていくのが一番。
やる・やらないを自分で選べてればいい。
情報発信は継続が命。
2016年頃から情報発信をしてきてる私からすると。
続けてるだけで最強なんですよ。
どれだけ「いい人(サイト)」見つけた!と思っても。
サイトやアカウント自体が消えちゃったらそれで終わり。
探そうにも探せない……。
自分が発信したければしたらいいし、したくないならしたくないでOK。
どれだけ間が空いたとしても、続ける(その場に存在してる)ことのほうがよっぽど大事。
アウルブックについても短期で考えずに、長期で考えて動くことを私はオススメしたいです。