「おれの死骸は沼の底の滑らかな泥に横たはつてゐる。死骸の周囲にはどこを見ても、まつ青な水があるばかりであつた。この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれの迷ひだつたのであらうか。(中略)が、さう思つてゐる内に、何やら細い茎が一すぢ、おれの死骸の口の中から、すらすらと長く伸び始めた。さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮の花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の匀する沼の中に、的皪と鮮かな莟を破つた。これがおれの憧てゐた、不思議な世界だつたのだな。――おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮の花を何時いつまでもぢつと仰ぎ見てゐた」(芥川龍之介「沼」)

3月1日生まれの芥川龍之介は、太陽魚座の小説家。

彼は大変理知的な小説をたくさん残していますが、この「沼」には、彼の本質にあるロマンティックな感性が色濃く現れています。

沼の底にある「不思議な世界」に憧れて、実際に沼に飛び込んでみたけれど、結局溺死してしまった主人公。

彼の「死骸」を糧にして生まれた美しい「睡蓮の花」を見て、主人公は自分の憧れていた「不思議な世界」の正体を知ります。

おそらく、この主人公は芥川自身なのでしょう。

彼の中にある、「不思議な世界」に憧れてとうとう破滅することになったとしても、一輪の「玉のやうな睡蓮」を残せれば本望だという強いロマンティシズムが溢れています。

死と美が交差する水底のうっとりするような静けさ、それを1枚の絵のようにまとめあげた芥川の「沼」、魚座の中に潜む、死をも辞さないロマンへの強い憧れを感じたい方は、ぜひ読まれてみてください

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