明日は冬至ですね

1年で最も夜が長く、太陽の力が弱まる「冬至」。  陰陽思想では、この日を「陰」が極まり「陽」へと転じる、大切なエネルギーの節目とされています。

「極まる」というのは、言い換えれば「極端」な状態。  実は私自身、両親から「極端だ」「こだわりが強くて面倒臭い」「難しい」と言われたことがありました。 かつてはそれを批判のように感じ、自分でも「欠点」のように受け止めていたように思います。

人から見ればアンバランスで、どこか歪(いびつ)に見える私のこだわり。  けれど、その極端さの中にこそ、私だけの「心地よい調和(いい塩梅)」があると感じるのです。

自分の中のバランスが整うと、不思議と心は安定し、物事はうまく回り出すもの。 「極端さ」を許したとき、初めて本当の意味での「バランス」が生まれるという気がします。


「極端」の中にある、私だけのバランス

母の病気をきっかけに、私は食品の原材料を以前より気にするようになりました。 外食や中食は楽しみますが、家で添加物を避けるようになった私に母は、「気にしていなかった頃のほうが、むしろ健康だったのでは?」と言いました。

私にとっての不健康は、病気になることそのものよりも、「あの時やっておけばよかった」と後悔することです。 だからこそ、「今できることは、今やっておきたい」と思うのです。 そうして自分なりに尽くした結果であれば、もし病気になったとしても、どこか「仕方ない」と受け入れられる気がします。

世間の基準では「気にしすぎ」かもしれません。 けれど、心配しながら食べるより、安心して美味しく食べたい。 その「安心」という土台があってこそ、私にとっての健康は、初めて成り立つのだと思います。 それが、私が見つけた私なりのバランスでした。


歪(いびつ)さこそが、心地よい

私のこだわりは、身の回りの好みにも表れています。 整いすぎたものより、アシンメトリーなものや、不揃いなもの、どこか歪なものに惹かれ、心地よさを覚えます。

陰陽五行説がもとになっている四柱推命では、中庸(ちゅうよう)が大事にされています。四柱推命における「中庸」とは、五行(木・火・土・金・水)のバランスが取れていて、陰陽の偏りがなく、穏やかで安定した状態を指します。

私が考えるバランスの良さとは、決して「平均的で無難」であることではありません。

人から見たらアンバランスでも、その偏りの中で自分なりの調和を見つけること。 それ自体が個性なのだと思います。

そして、それが心地よさにつながるのであれば、それはその人なりのバランスの取れた状態とも言えるのではないでしょうか。


冬至のエネルギーを味方に

「極端であること」を否定しなくていい。  むしろ、そのこだわりを突き詰めた(陰が極まった)先に、新しい自分なりの光(陽)が見えてきます。

迷いが消え、自分の直感を信じられるようになったり。 外の基準に合わせるためのエネルギーを使わず、無理をしなくなったり。 心が安定していれば、運気の波にもスッと乗れるでしょう。

「気分が良い」と感じるその場所が、その人にとっての正解です。 安心して、自分だけの「いい塩梅」で、新しい1年を迎えていきましょう。

それでは、また☆