いろんな人の発信を受け取って 「あなたが本当に望んでるのってこっちじゃない?」 と引っ張ってもらったような……。
アウルブックでいろいろと出し続けたからこそ、できた決断のように思います。
今回の記事の大まかな内容。
大きく分けると2つ、決断しました。
決断その1
「エイブラハムの教え」は過去のものとして瞑想のみを継続。
NVC(非暴力コミュニケーション)の学びを深める方向にシフト。
思考優位な状態から、感じる・味わうを大切にする方向へ。
決断その2
タロットにおける他者の評価や正しさからの卒業 & 逆位置不採用。
生命の木がベースなのは変わらず、勉強は継続。
ただし、与えられた素材を元に独自の解釈をする方向へ。
NVCの影響が大きい。
かげしたさんとのラボりトークを含め、ゆうやさんの発信にかなり影響を受けたかも……。
今日は上記の決断に至るまでの話をしていきます。
自分の器を育てる。
嘆きも痛みもぜんぶ、抱えて。
ニーズとつながり、源ともつながる。
NVCの学びを通して「感じたものを保留できる器」を私も育てていくことにしました。
そうすることで自分で言語化してた「自分だけでやろうとしない・流れに任せる」 みたいな話にもつながるはず⋯⋯。
そう思ったのは「12/22のNVC朝ライブ」を見たときです。
「あたたかい気持ちに着地。 」で感じた、あの感覚。
すべてが無になってほわ~っとした、あの感じ。
あの瞬間こそ、源とつながった瞬間だったとは。
cocoさんの記事を読んでワークをやったとき(金の龍のエネルギー。)もそうだけど。
最後にたどり着くのは言語化できない感覚の世界だった。
さらに、「12/22のラボり月間のアーカイブ」を見たとき。
言葉(思考)で大量に出てくるものはなんか違うんじゃないかって気がして。
思考や理性を自分を守るための盾として利用してる⋯⋯。
そのことに気づかされました。
理論武装することで守ってるものがある。
何を守ってるかといえば自分の強い感受性。
エイブラハムの教えも結局、感受性にフタをするような結果になってしまっていたし。
これはもう、やめたほうがいいなって。
本当はわかってた。
がんばって自分の思考や感情のコントロールを試みてる時点で答えは出てたんですよね。
最悪な気分になってばかりなのをなんとかしたい。
良い思いをできるだけたくさんしたい。
幸せなことばっかり起こる人生なるなら、そうなりたい。
私の思考と感情さえ変えれば人生バラ色になるならそうします!
エイブラハムを学び始めたときの理由ってそんな感じでした。
本当に対処療法的で。
ケガをいかに早く治すか。
ケガの痛みをいかに早く取るか。
ケガそのものを無視する・痛みをスルーするだけですべてうまくいくならそうしよう😄✨っていう発想だったから。
今も書いてて違和感しかないです……。
NVCのいいところ。
嘆きを大切なものとして扱うところに私はいちばん魅力を感じてます。
トイレや水場まわりの大掃除をしながら、しまゆかさんのインスタライブ(NVC合宿のアーカイブ)をすべて見ました。
人に言いづらそうな本音や嘆きをシェアしてる様子を見たとき。
なんて人間らしいんだ……!
って思ったんです。
あとは「12/19のNVC朝ライブ」で聞いたマーシャルさんの発言。
人生の豊かさとは笑いを笑いきり、涙を泣ききることだ。
それもめっちゃ刺さったし。
「12/22のNVC朝ライブ」や「12/23のNVC朝ライブ」で話題になった
『保留できる力(なんとかしないで放っておける力)= 自己共感力(自分に共感する力)』
のことも。
自分の器を大きくして、さまざまな感情を保留しておける。
そのほうがよっぽど人間として強いよなって私は思ったんです。
そして、その変化はタロットにも及びました。
タロットとどう関わっていくか。
私はウェイト版をメインで使ってるし、これからも使っていきたいと考えているから。
生命の木を学ぶってことは決めていて。
少しだけやり方を変えることにしました。
私も先人たちと同じように。
素材を借りて独自の解釈をやってみよう。
たとえば、タロットなら生命の木の「パス」のところに「タロット」と「ヘブライ文字」と「星座・惑星・元素」が対応してるんですけど。
どのセフィラからセフィラへの移動を表すパスなのか。
ヘブライ文字の意味。(なんで「柵」などの意味になってるのか?)
パスに割り当てられている、星座・惑星・元素の性質や特徴。
そしてそれらの情報はタロットの絵とどう関連がありそうなのか。
この辺の情報をうまく組み合わせて。
タロットに流れる世界観(感覚)を少しでもくみ取りたい。
世界観(感覚)をつかめたとすると、それって正も逆もないはず。
(NVCのニーズと一緒と思ってます)
逆位置は取らずにカードを「視点」代わりにして。
このカードの視点で見るとそのできごとってこんな風に解釈できるよと、伝える。
そんな形に変えてみてもよさそうだなぁとか。
タロットを通してニーズに気づいたり源とつながれるような、そんなタロット占いをやってみてもいいかも。
なんて考えたりもしてます。
権威や実績に引っ張られてた。
肩書というか……。
その人の実績にビビって、自分の選択をないがしろにしちゃってました。
これだけの知識のある人がこうやって言ってるのに、採用しないでいいの?
エビデンスに基づく話をしてくれてるのに、無視するの?
みたいな声が自分の中から聞こえてきたとき。
「12/24のNVC朝ライブ」を見て。
これは他人の評価・視点を「世界の真実」として受け取ったからだと気づけました。
そもそもタロットはゲーム用のカードが起源だし。
エリファス・レヴィとかがタロットとカバラを結び付けたりしたから、今のタロット(ウェイト版やトートタロットなど)があるってだけで。
マルセイユ・タロットなら生命の木なんて一切関係してないし。
「タロットに正しい使い方なんてないよ」とは聞いてたけど。
このカードを使うなら、これを知ってないと……
○○ができてないのに占いをやるなんて……
自分より実績ある人の評価に飲まれて、自分の選択を放棄するところでした。
どんどん変わる予感しかない。
アウルブックに投稿するようになってから、変化の速度がすごくて。
これからもきっと私の考えは日々、変化していくことでしょう。
揺れやブレの多さ、不完全さ。
それだって地球で生きる人間ならでは。
変化は多いでしょうが、私はこのまま前に進んでいきます!