リストからパッと選んだのは「安全」と「心の平安」。
変化を恐れて自分で現状維持を選んでいたんだとしたら。
変わらないと決めることで得ていたものはなにか?
タロットも使いつつ探ってみると。
変化や可能性を拒否ってた理由。
「(こんな自分でも)ここにいてもいいんだ」と思いたかった。
「ただ居るだけでいい」ってことを頭ではなく感覚でつかみたかった。
それがわかるまでは動きたくなかった。
自分の命に対して投げやりな状態(自分ではないモノになろうとするとか)だと、何をやってもうまくいかない。
そのことを知ってるから変化を拒んでました、みたいなニュアンス?
(正直、表層を掘ってる感じしかしないから、その辺のことは重要ではなさそう)
「生命の木と現実を絡めた話が多め。」でも少し書いたけど。
蟲師を読んでギンコの物語を追体験することによって得られた「私はここにいてもいいんだ……」という不思議な肯定感。
こっちのほうが重要だったっぽい。
言葉とかじゃなかったんだよね。
心の内側で静かに「ああそうだな……」って納得する感じ。
人間として今、存在してることに意味があるし。
私の命を司る「見えない領域のなにか」もそれを望んでいる。
「生きてる = 居ていい」ってのが感覚で理解できたというか。
心に直接届いた、みたいな感覚。
どんな素質・体質を持ってようとそれが私だし、この世界の一員だし、それでよくて。
いままでは自分ばっかりに目を向けがちだったけど。
「世界の一員として自分も世界もどうあるといいのか?」という視点の持ち方まで蟲師から感覚的に教わった気がするし。
それができたから、やっと「次に行こう」って自然に思えたのかも。
前に進めない状態が今も続いてるのかな?と思って気にしてたのに。
知らない間に終わってた。
もう、自分の可能性に目を開いてる状態になってた。
お金のワークの印象。
初見のときの最悪な印象はなんだったんだ!?って思うぐらい、普通になってた。
こっちに来ようとしてる気配を感じながら全体の流れの一部として認めてる感じ。
そこに恐れとか焦りとかはなくて。
「私に向かってくる流れがひとつある」っていう認識だけがある感じ。
今までと違うのは「お金を受け取ったときに感じるものがある」ってこと。
いままでは人にフォーカスが当たってて、お金そのものに焦点が当たってなかった。
言ってみればお金を受け取る・受け取らない以前に「目に入ってない」みたいな感じだったと思う。
お金を渡されても何の実感もないというか。
空気みたいに思ってたらしく。
あってもなくてもどっちでもいい、みたいな。
お金に限らず自分のもとにやってくる「なにか」に対して私は「無関心」だったかも。
来たなら来たなりに受け取るけど、「……」って無言で受け取ってた。
もらったところで何の感情も浮かばない感じ。
それが今だと「光の玉」が自分の手元にやってきてるように見えてて。
その光の玉に温かさを感じるんだよね。
何も考えなくても「ありがとう」って自然に言いたくなった。
で、その光を味わったら(必要な分を受け取ったら)、また別な人に私から光の玉を渡していくっていう一連の流れを見た。
私もまた流れの一部なのだっていうオチ。
自分のところで流れがストップする件で深い嘆きを味わったこともあったけど。
「受け取って終わり」じゃなくて、ちゃんとその先も見えてる部分に私は大きな変化を感じた。
わかんないけど。
大丈夫だって思えた。
その「大丈夫だ」ってやつも感覚的なもので、うまく言葉にできる感じじゃない。
「ここにいていいんだ」って感覚を味わったときと似てる。
そんな感じ。
その他いろいろ。
循環・増幅・貢献を今年のテーマとして設定したけど。
それだって大げさなことをやってやろうって感じではない。
こうしてアウルブックで投稿することも貢献・増幅(拡大)・循環になってるはずだし。
もっと身近な例を出すと、家事をやっただけでも貢献してるよなって思う。
生きてれば血液でもなんでも循環してるわけで。
特別なことをやろうとしなくても、すでにやってる。
その意識をどれだけ持てるか?って感じなのかも。
そうなるとワーク系の本も「別にやらなくていいわー」ってなりそうな気がする……。
ひとまず一回、お試しで本を手に取るなりしてみようと思ってます。