こんばんは、うしです。
今回は、&Uと繋がっている方ならば目や耳にしているであろう自分の”まんなか”にある光について、私が自分自身に感じているものを書いていきたいと思います。
まず私が色んな配信で講師陣のお話を聞いていて感じたのは、物凄く素直に水瓶座的で11室的であり、魚座的で12室的だなあということでした。
比べることではないとは思うけれど、私が見えている自分の”まんなか”にある光は、丁寧に紐解いていけばある意味11室的だし12室的だなと思うのだけれど、何かもっと広くて壮大で境界線がなくて宇宙的で未来的で感覚的な世界観っていうイメージだったんだけどなあ……?というギャップが凄まじ過ぎて凄い(?)。
というのも、私が捉えている自分の”まんなか”にある光とは、サムネイルにもしている

こちらの画像のようなビジョンなのです(ありがとう、Adobe Firefly~!)。
元々長文書きの私ですら「今回の記事は…長くなるぞ…」と思ってしまうくらい物凄~~~~~~~~~~く長くなる自信しかないのですが、何故これが私の”まんなか”にある光なのか、このビジョンが見えるようになるまでの過程を書いていきたいと思います。
遡ること18年前。
絶賛不登校ひきこもりの真っ只中で生きるということが凄く辛かった高校生うし、ある夢を見ます。
廃墟のような場所で私と何処の誰かも分からない男性3人vs大勢という構図で戦っていて、私の後ろには背中を預けている1人が立っていて、分かるのは右側を振り向いた時に見えた背中とこちらを守ろうとしている左手だけ。もう2人は少し離れたところで同じようにお互いに背中を預けていて、分かるのは何となくの体格差とぼんやりとした横顔のシルエットだけ。
最終的に私は敵に刀で背中を刺されてその場に倒れ込むのだけど、自分で抜いたその刀を地面に突き刺し「まだ死ねない」と言いながら立ち上がるところで目が覚めます。
…………うし、超絶カッコ良くないですか???
っていうのは置いといて。
背中に刺さった刀って自分で抜けるんですか???
っていうツッコミも置いといて。
何の根拠もないけれど「この3人とは必ずこれから出会って、共に生きていくことになる」という謎の自信があり、この3人を探し求めて生き始めました。
その夢を見た15年後。2023年、転機が訪れます。
2023年はトランジット木星が牡牛座にイングレスした年で、私にとっては12年に1度の幸運期が巡ってきていた年であり、トランジット天王星がネイタル太陽と0°でコンジャンクションした年であり、トランジット冥王星が水瓶座に1stイングレスした年だったわけですが、『宇宙が新時代への移行に本気を出してくる新月』と言われていた日を機に、あの夢を見てからずっと探し続けてきた彼らが一体誰だったのか、気付かされることになります。
「出逢う」ではなく「気付かされる」と書いたのは、”未だ見ぬ知らない誰か達”と思って探していた彼らが、本当は11歳の時から知っている人達だったから。当時中学生だった彼らの、現在の30代の姿がぴったりと当てはまったから。
そして、「ここからこっちに向かって進んでいこう~!」と思って歩き始めた矢先に突然頭を鷲掴みにされ、180°真逆を向かされたような、「いい加減に目を覚ませ!!!」と叩き起こされたような感覚になったから😇
それから1ヶ月後、彼らと実際に会う機会が与えられます。
しかし、ここまでの話にはな~~~んの根拠もありませんから。鮮明に覚えているとはいえ、昔一度だけ見た夢と一致しただけですから。根拠がなさ過ぎる自信しかありませんから。
11歳(木星回帰×天中殺年)の時に彼らを知ったきっかけはツォルキンで言うガイドKinの存在があったからだったし、3人の中の1人(夢の中では少し離れたところに居た1人)は「出逢えたら奇跡!」と言われている絶対反対Kinだし、その絶対反対Kin氏は牡牛座で木星回帰しているタイミングだし、占星術や四柱推命の観点から見てもだいぶ面白いことになっているのですが、31歳成人女性うし、現実的な視点もまあまあ持っているのでここで会いに行くべきか結構ちゃんと悩みます。
そんな時、面白い(いや、正直言うとちょっと怖いと思ってしまった)光景を目の当たりにします。
それまでゲーム実況と音楽と少しばかりのタロットリーディングで構成されていたYoutubeのホーム画面が、突然ツインレイと書かれたサムネイルの動画で隅から隅まで埋め尽くされたのです。怖くないですか、私は怖かったです。真顔低めガチトーンの「………………え?」が出ました。5度見くらいした。
そして、その中に紛れ込んでいたあるタロットリーディングの動画を「これで全然違うわって思ったら気のせいってことにする~」と決めて見始めたら、別にそういうカードが出てきているわけでもないのに何故か私が背中を預けていた人の特徴が一言目からボロボロボロボロ出てくるわ、11歳の時に彼に対してだけ感じていた言葉にできない謎感覚(なんかよく分かんないけど、この人って何なんだろう、と思っていた)を言語化されるわで、うし、無事降伏。
そしてこの日は『あえて流れに身を任せる新月』と言われていた牡牛座新月。正直何が起こっているのかよく分からないけれど、あえて流れに身を任せてみようと会いに行くことを決意します。
そこから1年半、ある出来事が起きます。
あの夢の中で私が背中を預けていた”私が一番逢いたかった人”であり、私がこの人生で唯一背中を見て号泣した人であり、3人に会いに行くつもりが急遽1人を選択しなければならない状況を強いられ、自分の内側から「お前は誰に会いに来たんだ!」と問われ会いに行った人から婚約したことと子供を授かったことの報告を受けたのです。
2023年の牡羊座新月が訪れる直前、私は長年自分にかけてきた呪いを解きました。
それは、私は結婚する価値もないし、子供を授かる価値もないという呪い。私はそれまで恋愛というものを徹底的に避け、「今世の人生には絶対にない!」と否定し続け、拒絶し続けてきました。それを拒絶するために、自分がこの性別に生まれたのはそもそも間違いだったのだと、最初から間違えていたのだと、自分が女性であること自体を否定したりもしてきました。この呪いをかけることになったのには明確な理由もあるのですが、特に妊娠というものに対しては異常なまでの恐怖心をいつの間にか持っていて、これは今世だけの問題ではないような気がしているのだけど、兎にも角にも子供の頃からずっと持っていたその呪いに向き合うことになり、「もういいよ、この人って思える人に出会えたら結婚してもいいし子供を授かってもいいよ」と自分自身を許した直後に『宇宙が新時代への移行に本気を出してくる新月』がやってきて、その半年後、『未来からの招待状が届く満月』と言われていた牡牛座満月の日に夢の中で息子と娘の名前を授かりました。
「私の人生にもその未来はあるかもしれない」と、「本当はこの人生で一番経験したかったことだったのかもしれない」と思い、そしてそれを望んでもいいのだと、自分に許しました。
だからこそ、もうこの人生自体を諦めてしまおうかと本気で思ったし、私の人生とは一体なんだったのかとも思ったし、でもその傍らで「今世は私がこれを感じる番だったのか」と思うような過去の記憶を掘り起こすものが出てきたり、本当に色んな感覚が私の中を巡っていたのだけれど、その数日の間ずっと変わらず見えていたビジョンがあって、それはタロットのthe TOWERのイラストでした。
そこから突然、見えているビジョンがサムネイルの画像のような景色に変わったのです。
数日かけて塔は完膚なきまでに崩壊し、大きな塔がなくなったその場所には何の穢れも綻びもない真っ直ぐで綺麗な刀が地面に刺さり、美しく光る月に照らされて輝いている、そんなとても静かなビジョン。
「あの日、夢の中で背中に突き刺され、自ら抜いて地面に突き刺した刀だ」と思ったのと同時に、私の日干は刀を象徴する庚、「この真っ直ぐな刀が私の”中心”(背骨)に宿っている。私はただただ純粋な想いで探してきたはず。私はただただ純粋な想いで逢いたいと思ってきたはず。私はただただ純粋な想いで、出逢えたことに喜びを感じていたはず。だから、目の前にどんな現実が広がっていても変わらず愛し続けよう。相手の人も生まれてくる子も、私は愛したいよ」そう思いながら、「まだ死ねない」というあの日の言葉を持って今日まで生きてきました。
これが、私の”まんなか”にある光。
ちなみに彼の日干は月を象徴する丁だったりします。そして、この一件があったからこそ、私は自分がどれだけ真っ直ぐで、どれだけ美しいかに気付くことができたと思っています。
いやあ面白いですね。
この一連の流れを「偶然」と呼ぶか、「こじ付け」と呼ぶか、「必然」と呼ぶか、「運命」と呼ぶか、何と呼ぶかは人それぞれだと思いますが、冒頭にも書いたように、「自分の”まんなか”にある光の世界って、何かもっと広くて壮大で境界線がなくて沢山の光で成り立っている世界っていうイメージだったんだけどなあ……?」と私自身は思っていたし、何なら今も思ってる。だってこれってあまりにも「おれとおまえの世界♪Yeah♪」って感じじゃないですか、と。何かもっとさあ、みんなとか全体っていう視点だったりさあ、11室とか12室的な???沢山の個性が調和してたり???最早ワンネス的な???やつなんじゃないの???と。
そう思ってるんだけど、如何せん私のネイタルの11室は蟹座、12室は獅子座なんですよね。もう私はそれがめちゃめちゃに効いているとしか思えなくて。
それこそ「ツインレイ」とか「ソウルファミリー」って言ったらそれっぽいかなとも思うんですが、ここでは私が小惑星の中でも四大小惑星やカイロンを凌いで最も重要視している小惑星についても触れておきたくて、それが、分離して地球に下りてくる前の、統合された本来の魂のエネルギーを表す小惑星リリスです。
私はこの小惑星リリスを蟹座11室に持っているのですが、サビアンシンボルが蟹座25°『右肩越しに突然投げられた黒い影』、それを発揮する度数と言われている一つ前の度数が蟹座24°『南から差し込む太陽に照らされたところにいる女と2人の男』で、彼らの持つ小惑星が面白いくらいにここへ集っているのです(我々は女と3人の男だが。でも0°コンジャンクションは2人の男なので間違ってもいない)。
トランスサタニアン達の大移動が始まった2023年からのこの3年、このタイミングで彼らの存在に気付かされたのも、このタイミングで占いを学びこのことに気付いたのも、11室が表す未来を見据えた出来事で、12室が表す魂同士の約束なのではないかと思えてならないし、まあ何か、どうなるのかなんて何も分からないんですけどね、それでも観測させられ続けているものもあるし、ここからの人生のテーマが7室へ移るので、ここからどうなっちゃうんだろうねえ~~~というところも自らの眼で見ていくために延命していこうと思っています。
そして、この私の人生がどうなってくのか見ててよ、という気持ちです。
占い、特に私の中では占星術は、「このタイミングでは何を見て、何を感じているんだろう」と思えるので、「もう少し未来を見てみようかな」と思わせてくれる存在だなと感じています。
今、まゆちん先生はいのちの星読みと向き合われていて、3室の冥王星についてのお話をどこかでされていたと思うのだけれど、私も冥王星を3室に持っている女なので自然と今のこの命(この人生)と星の関係という部分に目が向き、こうして文章を書いているのだろうか……?と思ったりもしています。とにかく自分の経験や感じていることを元に、という部分においては牡牛座グランドコンジャンクションが効いている気がするし、冥王星は蠍座21°、太陽は牡牛座23°でタイトなオポジションだからねえ~~~とも思っているけど。月は天秤座で2室にあるので、所謂”大衆向けの星読みコラム”みたいなものも書こうと思えば書けなくはないし書いたこともあるのだけど、天秤座22°なことも相まってか、こちらはこちらで太陽とタイトなクィンカンクスなので、そういう”大衆向けの星読みコラム”ってどうしても”私の文章”って感じがしなくて、そう感じる理由もこの辺りに詰まっているような気がします。本質を表すと言われている月反転は「I am!!!」な牡羊座ですしね(私は月反転採用派です✋🏻)。
これは余談ですが、少し前にまゆちん先生のnoteでも取り上げられていた「占いを信じると考えなくなる」「占いは信じてはいけない、参考にするのもいけない」という意見が話題に上がっていましたが、私が占いを学び始めたのは”占いという視点から見た自分”という存在を知りたかったからで、自分自身を見る視点を増やしたかったからでした。
半分残ったホールケーキを見て「まだ半分もある」と思う人が居れば「あと半分しかない」と思う人が居るのと同じで、”自分にはこういう部分がある”と知ることで「可能性の幅が広がった」と思う人も居れば「可能性の幅が狭まった」と思う人も居て、どちらの捉え方もできるものだと思うし、それは置かれている状況やその時の心境でも変わるものだと思います。
勿論、自分自身を縛るために使うことだってできるしそれは否定しないけれど、「私って何でこうなんだろう?」と思ってきた疑問の答えのようなものをホロスコープや命式から見つけることができたり、それによって「これで良かったんだ」と自分を許すことや認めることに繋がったりもするし、そもそも人間って、占いを通さなくたって勝手に「私は主婦だからこれはできない」とか「僕はこういうことしかやってこなかったからそういうのは向いてない」という枠に自ら嵌まりやすい生き物だと思っていて、占いは「自分にもこういうのってアリなのかも」とか「本当はこういうことがやりたかった」というところに気付くためにだって使えるわけで。
私は、占いは人の可能性を広げるものであってほしいと願っています。
いちいち余談が長いですが。
しかしこの「占いは信じてはいけない」という話題に関しても、正直もっと違う角度でも感じているものがあって、その記事を書くか否かというところで悩み、一旦ステイしています。
私的には、庚っぽい切り口なのかなあと思っているところがあって、もしかしたら私の刀が傷付けてしまう人も居るのかもしれないな、と(全然そんな意図はないのだけど、「俺のジャックナイフ」みたいな発言だなと思いながら書いています😇千〇ジュニアさんではありません😇千原〇ュニアさんが自ら「ジャックナイフ」発言をされていたかは知りませんが😇)。
しかしOwlbookはコメント欄がないので声を募るにも難しいわね~~~と思ったので、マシュマロのアカウントを取ってみました。需要があればご活用ください。ちなみにうしはチョコマシュマロが好きです🫶🏻
そして、ちょっと最後にこちらに触れて終わりたいのですが。
みらいテラスに上がっていた本日の山羊座新月の動画、2026年1月19日【山羊座新月🌑】全才能が目覚める!流れに乗って最高のスタートを切ろう【占い】【開運】の中で、
確信がなくても、見出した未来と向き合い、信じて進む覚悟が求められる
という言葉が出てきましたが、ずっと胸の奥に秘めていた私の”まんなか”にある光をこうして文章に書き、現実的に目に見える形にして公開するという流れの中に居ることにオモロを感じてなりません(この記事をどうやって〆ようかなあ~と思いながら動画を見たので余計に面白い)。
しかし、「これだけ書いておきながら何を言っているんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本当に私の核の部分に触れているからこそ、それを公言するのは怖いのです。「何の根拠もないけど、観測させられているこの人生を始めよう」と決意して会いに行き、出来る限りの行動はし尽くしてきて、だけど、タロットの7 of Pentaclesのような感覚がず~~~っとあるのですよ。だからこそ余計にこの文章を公開するのは怖いのです。けれど、それでもこうして公言する流れの中に居るということは、ある種私に求められた覚悟の形なのかなとも思っていて。
この記事を読まれる方が何を感じてくださるかは分からないし、果たしてこれがPrismingが掲げているような光なのかも分からないし、もしかしたらもっと違う形の光も私の中にあるのかもしれないけれど、「こういう光の形もあるのか」と思っていただけたなら幸いです。
新月の夜。今日の空に月は輝いていませんが、月光に照らされた私の”まんなか”にある光に触れてくださり、ありがとうございました✨