すまるさんの記事(エンジェルズゲートの今日を考察)を受けて。
思い切ったことを言ってるようで、今の私にとっては普通のこと。
その話をします。
現実はマトリックス(仮想現実)だよ。
現実は自分の心が投影されてるだけ。
などと言われる理由が「世界の味わい方を変えてみよう。」を書いたあとで体感的に理解できたんだけど。
ただ、巷で言う「5次元意識」ってのはカッコつけた言い方な気がしてて。
私からすると。
自我の作り出す物語にいつでも出入り可能になった。
っていうだけのような気がしてる。
悲しい、怖い、不安とか。
そういう感情がベースにある、浮き沈みの激しい物語を楽しんでもいいし、やめてもいい。
どっちもできるぞ!とハッキリ自覚できてるのが「一歩抜け出た人たち」の見てる世界かなと思う。
愛すべき自我。
たとえば「あの人は○○な人だ!」って思ってることがあるとしたら。
それは事実じゃなくて、自分がある体験をもとにして作った「その人の姿」でしかないんだよね。
それなのに自分の見てるもの・感じてるものが正しいと信じて、そこから一歩も動かない感じが自我らしいなと思う。
その自我の目線がダメかっていうと、そんなことはなくて。
ちょっと動物の本能的なところが出やすいってだけかも。
自分を守るために攻撃しなくては!って部分が引き出されやすいって感じがする。
ただ、現実を生きる上で危機察知能力は必要なものだし。
なくそうとする必要はないし、攻撃的になることを責める必要もなし。
自分がそのときに感じたこと・思ったことをトコトン大切にして。
感情(体感、気持ち)の奥にある、大事にしてるものにどれだけ気づけるかってことのほうが大事だなと思う。
奥にある物こそが自分にとっての真実だから。
自分で作った設定にこだわってたことが笑えてくるし、それならやり方を変えればいいだけじゃん?ってなりやすい。
(私の場合はNVCがうまく構造にハマった)
「時間」の話。
時間自体がどういう性質を持っていて、どんな働きをしてるのかは別に気にしなくていいと思ってて。
時間は「今」しかない。(過去・現在・未来は同時に存在する)
これがいちばんシンプルな時間の説明と思う。
時間経過による変化を肉体で感じ取れるから、過去・現在・未来と分けて考えるクセがついてるだけ。
「今しかない」を体感で落とし込めてれば「いつまで私は昔のことにこだわってるの?いつまで執着してるの?」っていう意識になりやすいし。
「あー、私、自分の物語にハマってたのね」と気づきやすくもなる。
時間感覚なら変更可能。
時間の存在そのものを消すことはできないけど。
時間の感じ方なら変えられる。
いろいろ動画を探してみると「私は時間感覚を引き延ばして作業してる」と断言してる人もいた。
1時間をまるで3時間かのように扱って作業してるらしい。
で、私も同じことができると気づいた。
わかりやすい例を出すと。
時間がない。
もう夜なの!?
一日が早すぎる。
「時間が早く過ぎ去る」と思ってるときは、本当にその通りになってた。
「何もしてないのに、もう夜なの!?」がずっと続いてた。
なので、「早く終わる」っていう脳内の口癖をやめると同時に。
動画で見た人と同じように私も「1時間は3時間と同じ」と「設定」したらどうなるかを試してみたら。
「あれ!?まだ30分しか経ってないの!?」みたいに感じることが増えてて。
(いい意味で)人間の私が見てる現実はなんて曖昧なものなんだろうとも思った。
科学で説明することに興味がない。
量子力学とかそっちのほうはあんまり興味なくて。
"私が"現代の科学を利用して見えない世界を説明するのはなんか違う。
自分の体験がすべて。
だから、それ以上の説明はしたくてもできないような感じ。
体系立ててそれっぽく説明できる人はすごいなーと思う。
今の私が体感してること。
「5次元意識」みたいな領域のことを私は「自分とは遠く離れたもの、別世界のもの」と考えてたけど違った。
なろうとする、至ろうとするんじゃなくて。
「思い出す」が正しい。
「もともと5次元意識的な世界にいたよね!」って思い出すだけでOK。
これも私の感覚でしかないけど。
「世界は3つでできてる」らしく。
魂(見えないもの全般)
心(自我、思考)
体(肉体、器)
これで1セット。
自分の感覚を変えたいときは、この3セットを意識すると私はやりやすくて。
体の感覚を感じつつ、自分の思考にも目を向けて、見えない世界のハイヤーセルフ的なものにも同時に意識を向ける感じ。
ちゃんと「体」と「魂」にも通じた状態で唱えるから、意図して「自分の設定」を変えられるというか、なんというか。
アファメーションの効果が出ないのは「心」だけで唱えてるからだと思った。
ちゃんと体で味わいつつ、見えない世界のことも信頼ししつつってのがポイントなのかも。
あとは別パターンとして「そうである」とするのもいいと思う。
ただ、「そうである」と意識するのはかなり慣れが必要な感じ。
「心」が若干抵抗してるのを感じたら、抵抗をクリアにすることで「そうである」は浸透しやすくなるし。
現実も自然と「そうである」に寄っていく気はしてる。
「そうである」は私も実験中。
そもそも、なにを「そうである」と設定するか、迷ってる最中だったりして。
あとは「これは頭で考えた願いだ!」とハッキリわかるようにもなった。
芯が通ってない感じなんだよね。
「体」と「魂」に線が通ってなくて、「心」だけで願ってるのがわかるようになった。
生活が急に変わるわけじゃない。
別に人間をやめたわけじゃないからね。
世界の見え方がちょっと変わって、思い込みを外しやすくなって、自分に関すること(思考とか感覚とか)なら変えやすくなった。
ホントそれぐらいだと思うんだけど。
身近にこの意識で生きてる人が少なすぎて、わかる人いないかな!?って探してる。
覚醒ってこうだよ!とか教える側の人じゃなくて。
「5次元意識」を感じながら、地球をどんな風に生きてるかを発信してる人を探してる。
「今、どう生きてる?」が聞きたい。
……書いてて思ったけど。
探そうとするんじゃなくて「いる」と思ってたら、見つかるのかも。
また、変化や書きたいことがあれば投稿します。