オディの古瓶-1- からはじまった物語
今回は、
3ハウス 金星 水星もかな、、
の色あいが多めかと思います。
どんな感覚、天体の声がにじんで感じられますか?
˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。
身がとけるように樹にもたれながら
りんごから出てきた種を手に取った。
「ボクとりんごも、助け合う?」
そう思ったのかどうか、
自分でも定かじゃないけれど、
そっと土に埋めた。
脇を歩く蟻が数匹、
列をつくっているのを眺めていると、
少し寂しくなって
胸の奥に、
ふっと空洞みたいな感覚が生まれた。
呼んだのか
呼ばれたのか
古瓶を、手に取った。
「街へ行こう」
思いついた熱が冷めないうちに、
ボクは立ち上がった。
りんごの木がいつか大きくなって、
赤い実をつけたらいいな。
そう心に描きながら、
鹿と出会った場所へ戻ると
街並みの見える山の麓へと歩き出した。
*◦……☆……*◦*……☆……◦*
森を抜け、街へ――
開けた通りに出ると、
ちょうど市場が立っていた。
布を広げた台の上に、
野菜や果物が色とりどりに並んでいる。
ボクは少し距離をとって、
その様子を眺めながら歩いた。
ひとつの声があがると、
別の声が跳ね返す。
軽やかで、
張りつめていて、
ほどけていて、
結ばれている。
人と人とのあいだに、
目に見えない糸が走っているみたいだ。
足を止めると、
焼きたてのパンの匂いが流れてきた。
視線が触れた気がして、
ボクは顔を上げた。
「こんにちは
焼き立てのパンはいかがですか?」

声はやわらかく、
けれど市場のざわめきから
すっと浮き上がって届いた。
振り向くと、
髪をひとつに結んだ売り子の少女が、
淡い色のワンピースと
袖口には粉がついている。
ボクと同じくらいだろうか
丸いパンから湯気がのぼり、
きつね色の割れ目から白い中身がのぞいている。
彼女は一歩近づき、
そこで止まった。
「たった今、窯から出たばかりですよ。」
市場のざわめきの中に、
ボクはその声を拾うと
さっきの寂しさが、
少し動いた気がした。
「どこから来たんですか?」
「え?」
思わず足元を見ると
靴の縁に乾ききらない土がこびりついている
ズボンの裾に、小さな葉っぱも…
「葉っぱと土、ついてますね。」
からかうでもなく、
ただ気づいたことを置くように
彼女はくすっと笑いながら言った。
「さっきまで、あっちにいたんだ。」
山のほうを顎で示すと、
彼女は遠くの緑に目を細めた。
「それ、いくら?」
少しはぐらかすように聞くと、
彼女は言った
「二つで銅貨一枚です。」
指先で丸いパンを並べる下から
湯気がふわっと散った。
銅貨。
森に値段はなかった。
水も、りんごも、光も。
ここでは、
やり取りに形と区切りがある。
指先に触れた金属を差し出すと、
鈍く光っていた。
彼女は銅貨を受け取り、
パンを紙に包んでくれた。
「街、初めてですか?」
「……この街は、はじめてで、」
言いかけて、止まった、
古老と、瓶のこと。
ここで話すには、
あまりに唐突で、
あまりに不思議すぎる。

「山に泊まっていました。」
嘘ではない。
「朝は霧が出てましたね。山、好きなんですか?」
彼女は目を丸くし、あっさりと言った。
「う、うん、まぁ……」
誰かが笑い、市場の音は一層弾んで賑わっている。
彼女は少し身を寄せ、小声で言った。
「山は静かでしたか?」
知っている人の確認みたいだった。
「……うん。でも、静かすぎるわけじゃない。」
自分の言葉に、自分で驚いたが
彼女は、ほっとしたように笑った。
「ですよね。
ここは、声が外へ出やすい場所です。」
笑い声。
値を呼ぶ声。
怒鳴り声。
「でも——
出ない声も、あります。」
その言葉は、
ざわめきの中に沈んだ。
小瓶は掌の中で、
かすかに温度を持っているようだ。
「山では、静かに奥ににじむでしょう?
街では、忙しさの下に沈みます。」
風が布をバタバタと揺らしている。
「でも、無いわけじゃない。置き去りになっているんです。」
彼女は踏み込まない。
ただ、見えているものを置くように言った。
ボクの胸の奥で、
さっきの寂しさが
別の形になって感じられた。
山で感じた空洞とは、ちょっと違う。
「……石、古い石を知っていますか?」
ボクがたずねると彼女は首を傾げた
「どんな石?」
「山の、峠へ向かう道にあると……」
「あぁ、祈り石のことね。そこへ行きたいの?」
ブルルルルゥ…
向こう側では荷を積まれたロバが鼻を鳴らしている。
「明日は市がお休みなの。
おばさんに話をするわ。
あなたは、わたしに着いてきて。」
わけが分からない。
でも、頷いた。
「そうだ、名前、聞いてなかった。」
彼女は振り返ると言った。
「ネネ。」
「あなたは?」
市場の喧騒の中で、
自分の名前を言うのが
少し新鮮だった。
「ミロ。」
ネネは、また前を向き、
走りはじめた。