今日は朝から雨で、窓をぼんやり眺めながらお茶を淹れていました。
雨の日って、なんとなく自分の内側に引っ張られる感じがしませんか。
外の音が遠くなって、いつもより静かな自分に気づく、そんな感覚。
こういう日に、ふと思い出すことがあります。
「自分のことって、よくわからないんですよね」最近、ホロスコープを見始めた方から、こういう言葉をよく聞きます。
そして、太陽が魚座にある方に、特に多い気がする。
責めているわけじゃないし、悩んでいるわけでもないんだけれど、なんとなくそう感じる、と。
これって、魚座の太陽を持つ方の、すごく正直な感覚だと思うんです。
輪郭がぼやけているのは、感じすぎているから
以前、魚座の太陽を持つ30代の方がセッションにいらしたとき、こんな言葉を話してくれました。
「映画を観ていると、気づいたら登場人物の気持ちが自分のことみたいに感じられて、しばらく引きずってしまうんです。
友達の悩みを聞いていると、自分が悩んでいるみたいになる。
自分と誰かの境目が、よくわからなくなる」それを「どうにかしたい」と思っている、と。
でもわたしは、その話を聞きながら、なんて豊かな感受性だろうと感じていました。
魚座の太陽って、自分と周りの境界線がとても薄い。
他の人なら「それは相手のこと」と切り分けられる場面でも、自然と溶け込んで感じてしまう。
だから「自分がどこからどこまでか」が、わかりにくい。
でもそれは、感じる力がそれだけ豊かだということ。世界をとても深く、細かく受け取っている、ということでもある。
「自分のことがよくわからない」という感覚の正体は、欠点じゃなくて、感じすぎていることからくる自然な霧のようなものかもしれません。
自己探求が、魚座には少しだけ違う形で必要なこと
「もっと自分を知りたい」と思ったとき、多くの人は「分析する」「整理する」という方向に向かいます。
でも魚座の太陽を持つ方は、そのやり方があまりしっくりこないことが多いようです。
分析しようとするほど、するりと逃げていくような感覚、ありませんか。
それもそのはずで、魚座というのは「定義する」よりも「感じる」ことを得意とする星座です。
だから自己探求も、少しだけ違う形が合っている。
ひとつ、試してみてほしいことがあります。
何かをしているとき、「なぜ」を問うよりも、「どんな気分だったか」を後からそっとメモしてみること。
心が動いた瞬間だけを、ひとことふたことで書いておく。
それだけでいい。
「楽しかった」「なんか嫌だった」「ほっとした」。
理由なんてわからなくていい。
それを続けていると、あるとき「ああ、わたしはこういうときに心が動くんだ」と、じんわりわかってくる瞬間があります。
魚座の自己探求は、分析ではなくて、そういう積み重ねの中にある気がするのです。
自分と仲良くなるって、自分のすべてを言語化することじゃないと思います。
うまく説明できない自分のまま、それでもその感覚をたいせつにしながら過ごすこと。
そういう付き合い方が、魚座の太陽を持つ方には、きっと合っている。
霧はいつか晴れるときもあるけれど、霧の中にいることそのものが、悪いわけじゃない。
今日のあなたの心は、どんな気分でいますか。
どうか、その感覚をそのままにしておいてあげてくださいね。