マーシャルさんの基本思想(暴力・分断のない世界に行こうとしてる、人は本来やさしいものである、など)に近づけるものなら。

NVCをどう活用してもいいのではないか?と考え始めてます。


自分の今の気持ちの整理も兼ねて、NVCへの思いを書くことにしました。


何を感じても考えてもOK。

10年近くスピリチュアルや自己啓発界隈を渡り歩いてきた私としては。

NVCはバランスがいいので活用させてもらってます。


感じちゃいけないもの、考えちゃいけないものは存在しなくて。

ジャッカルが居たってそれでもいいんだよってしてくれるところはすごく画期的。


「ジャッカルも大事だよ」って言ってくれるところがホントによい。


心の中の「吠える柴犬」に優しく接する。

ジャッカルって私のイメージだと「警戒心めっちゃ強くて吠えまくる柴犬」だと思っててて。


自分の中にいる「柴犬」を大切にし始めたら、それだけで結構スッキリしたし。

思いもよらないニーズにつながることもたくさんあったから。


いろんなことを感じやすい体質なのに、感じないように努力してきた私にとって。


自分の感じてることに素直になっていいんだよ。


そう言ってもらえることが私には救いだったんだよね。


そんなわけで、ジャッカル(柴犬)を感じるフェーズがあること自体に私は感謝を感じてます。


自分の体感ともつながれる。

ジャッカルと少し似てるけど。

自分の体がどんな風に反応してるのか。

自分の体感とつながる段階があるのもよい。


NVCを実践する過程で自然と自分の体の感覚に目を向けるようになったからこそ。

現実で味わえるものが増えたのは事実としてあるし。

自分の体で味わう・体験することの価値を再確認できた。


体で感じることの良さを認識できたら次は……


プロセスを大切にできるようになった。

体で感じる時間を増やしたいと思い始めた私は。

人からのアドバイスもあって、伝統工芸品の食器やマグカップを使うことにしたんだよね。


そしたら、既製品にはないものを感じ取れた。


職人さんが時間をかけて作って届けてくれたという、一連の流れも含めた深い感謝の気持ちを感じたし。


物の波動の違いを感じたというか。

飲み物でも食べ物でも、そのお皿やコップを使うだけで味が変わる体験もしたし。


そうなったときに、タイパやコスパを求めがちな現代において。

人が手間暇かけて作り上げること、その過程や背景を含めて味わうことの大切さを改めて実感できたっていう。


今の私にとってのNVC。

人とパワーウィズな関係を築く前準備として。

自己共感を重ねて、自分のニーズを満たしたり、自分の感情や感覚を味わったり。

自分とパワーウィズな関係を作ってから、人とつながりにいく。


これが今の私かな。


ただ内省するだけなら他のツールでもいいんだけど。

NVCをつくったマーシャルさんの思想や世界観を含めて考えると。

こんなにやさしいものを大切にしてるやり方って他に無いような気がするし。

だから、今でも採用してるんだと思う。


確かに私はNVCに魅力を感じてはいるけど。

魅力を感じる大本(ニーズ)は何かといえば、実践した先に「やさしい世界」がある・つながれると知ってるから。


根本の大切な部分を外してなければ、NVCは好きに活用していいんじゃないか。

それが今の私の考えみたいです。