「1mm」変えるだけでいいんだよ。
1日の「1%」は約15分。
1%でいいから大切なことに使ってみて。
角度が「1度」変わるだけで、まったく違う方向に進んでしまうんですよ。
よく聞く話だけれども。
どうやら私は「1mm」も「1%」も「1度」も。
全部、ゼロとしてカウントしちゃってたみたいです。
ハードル上げすぎ。
1mm変わるだけじゃ価値なんかない。
1mmしか変わらないんだったら意味ない。
最低でも「1m~1km」の変化を起こさないと……!
そんなこと考えてるんだもん。
そりゃ、いつまで経っても動けないよね。
あとは言い訳にも使ってしまってた。
今じゃない、今じゃないって。
初手1mじゃないからダメ。
いつか初手1mになるからそのときまで……!
そうやって後回しにしてたのもあったし。
たった1mmでもやってることはたくさんあるのに、ないものとして扱ってた。
どれだけ自分を過小評価してたんだろう。
比較対象AI。
純粋に自分のアイデアをまとめたくなって、NotebookLM(ノートブックエルエム)を使ってみたら。
ボタンをポチッと押すだけできれいにまとまった資料を作ってくれたりしちゃう。
そういうの見たときに「終わった」と思ってしまった。
私が初手1mmでしかやれないことをAIは初手1kmでやっちゃうのかよ……って。
ほかのことに時間を使えるようになったんだから。
ありがたいと思うべきところなんだけど。
会社員時代にやってた資料作りって実はムダだったの?とか。
過去、時間かけて身につけたことが一気に無意味になったように感じられて。
落ち込んでる私がいた。
私に見えてなかったもの。
少し視点を変える。
AIがそんな優秀なのに、それでも人間に頼るのはどうして?と考えてみたら。
できること(機能)だけで選んでなかった。
なんかいいなって思ったから。
なんか好きって思ったから。
たったそれだけの理由で選ぶことは普通にある。
その人から出てくる言葉が好きだから。
その人の生き様が好きだから。
まとっている雰囲気が好きだから。
作っている作品が好きだから。
生き物特有のなんとも形容しがたい要素に「いいな」と感じて、「その人がいい」って思って選んでる。
私にも人間特有ものはあるはずなのに。
当たり前すぎて自分にはわからなくて、ないことにしてた。
人間特有の要素を完全に無視して「機能」だけを見てるから、AIと機能比較をして落ち込んでたわけだ。
1mmでいい。
なんでもかんでも初手1m狙ってたのをやめる。
0.1mmでもなにか変わったのなら、それでいいってことにする。
1mmでも努力した自分、がんばった自分をほめる。
ただ生きてるだけで「人間特有のなにか」は私から漏れ出てる。
特別なことをやろうとしなくていい。
演出しなくていい。
出そうとしなくていい。
今の私がいいと言ってくれる人はいる。
それでいいじゃないか。