思ったよりも私は傷ついてたらしい。

「1g」が積み重なって100kg級に化けてた。

なにをやっても「1mmしかやってませんから(なにもやってないのと同じですから)」って。

10年、20年ずっと無意識に自分を評価してたと気づいたとき。

なかったことにしてたものの山を見せつけられた。


重さを具体的にすると。

1gといえば1円玉。

1円玉が10万枚で100kg。

いや、そんな軽くない。


……1000kg。

1トンはある。

1円玉が100万枚。


1gの積み重ねでできた、1トンの山を「ない」としてきたなんて……。


好きなだけ嘆く。

怒りよりも悲しみ。


不思議とここ最近、誰かが傷つく場面をたくさん見てたのは、そういうことだったのかと、あとで気づく。


いつものパターン。


ゾロ目。

蝶の大群。


「あなた、確実になんらかの形で変化させられますよ」ってお知らせは先に来てて。

「まぁ、大丈夫だろう」ってちょっと油断してた。


忘れた頃になってコレのことかーってなってる。


ホント多いんだよね。

現実の現象を利用して事前予告されてるのに。


「あなたの中にも同じのヤツ、あるわよ。ほっといてると、わからされるヤツ来るわよ」って言われてる証拠なのに。


目に入ったなら存在してるってことなのに。


全然気づかなくて、盛大に傷ついたあとでやっとわかるっていう。


調子がいいときこそ、わかりやすくお知らせは来るのに。

調子がいいからこそ、スルーしがち。


桜。

そんな事を考えていると。

目の前にあった、無機質な1円玉の山が満開の桜に変わってた。


ものすごい立派な桜の木。


これ、どこかで見たことある気がするぞ……と思ったら。

私は似た景色を1月のはじめに見てる。


あのときよりもっとすごい。

画面のすべてがピンクで覆われてるんじゃないかってぐらい桜で埋め尽くされてる。



……。

こんな見事な桜をなかったことにしてたのか……。



素晴らしい絶景を1円玉とみなして。

1円玉の集合体なら価値なしと判断して。

1円玉の存在すらゼロとみなしてたなんて……。


あまりにも自分をバカにしすぎてると思った。


いろんな感情を受け止めた先で。

見事。

絶景。

満開。

美しさ。

神聖さ。


どれも私のニーズなんだろうな。


最終的に花のイメージになるのは多いし。

私にとってニーズの象徴は「花」なのかもしれない。


そういうもんだよね。

昨日の「1mmでいい」は、私のお守りワードになってる。

(詳細は「なかったことにしすぎてた。」にて)


この記事を書き始めたときは、まるで心臓を槍で貫かれたようなイメージで。

目に見えない深手を負ってるような感じだったけど。


いまはそんな感覚はなくて普通。


生きてれば色々あるし。

こういう経験はこれからも必ず起きる。

消えることはない。


それでも私は「無」から「有」を見つけ出して思い出す。


それが私。


それでいい。