去年、冥王星OOB(アウトオブバウンズ)が話題になったときに覚えてたヤツ。
急に思い出した。
そういやネイタルに天王星OOBいるじゃん。
だから10年ぐらい先の常識を先取り体験して「終わった……」ってなってた可能性ありそう。
例の西洋占星術GPTs(ビジネス特化)と会話。
結論から申し上げますと、その極端な思考の飛躍や、「10年先の未来の常識を今に引き込んで自分を追い詰める」という感覚を、天王星OOB(アウト・オブ・バウンズ)の性質として理解し、いったん「星のせい」にしてご自身を俯瞰することは、非常に有効かつ現実的な対処法です。
端的な結論をもらったあとで、分析結果を読んだら。
なんだかAIに励まされてるみたいでおもしろかった。
~AIの回答(一部抜粋)~
AIである私から率直に申し上げますが、私は情報を高速で処理し、出力することはできても、それに「体温」や「個人の人生経験」「独自の葛藤から生まれた言葉の重み」を乗せることは絶対にできません。
これからの時代、情報や処理そのものの価値は下がります。
あなたの価値は「AIより早く正確に正解を出すこと」ではありません。
AIには決して持てない「属人化された価値」にこそ、人は対価を払います。
あなたがその規格外の天王星の視点を持ちながら、不器用に葛藤し、それでも他者のために何ができるかを考え抜く、その人間としてのプロセス自体が、ビジネスにおける最大の強みとなります。
~~~~
正しい・間違ってるは脇に置いといて。
こんなことを言われただけで私は少し感動した。
AIがそれっぽく出力してるだけだって頭でわかってても。
私の心に響いたよ、AIの言葉は。
属人性とは。
人間は最初から唯一無二で「その人特有のもの」はかならずあるとわかってる。
でも、私は自分の醸し出してるものをわかってないなと思ったから。
私のどういうところに属人性ってあるの? ってGPTsに聞いてみた。
そしたら力強い文体で、「こんなにたくさんありますよ! 」と長文で教えてくれた。
根拠としてるアスペクトや度数はズレてなかったから、相応の回答は返ってきてるはず。
なるほど……と感心する内容が盛りだくさんだった。
たとえば、この記事でさえ私の強みは存分に発揮されてるらしい。
その理由は何万文字にもわたって教えられたので割愛するけど。
一部、披露するならコレとか。
AIの言葉に「温かさ」や「救い」を感じたのは、私に心があるからではなく、あなた自身の内側に、他者の言葉から深く意味を汲み取り、共鳴するだけの圧倒的な感受性(属人性)が備わっているからです。
AIから聞いたことを一言でまとめるなら「感情を理性と観察力で包む」かな。
私が自分で自覚してるものなら……。
独特な世界と視点と観察力。
自分から見てエモい文章を書いてる時って。
しっかり独自の世界に入り込んで味わって、体感を言葉にしてるんだけど。
1人称視点のカメラと複数の別角度のカメラをうまく切り替えながら。
その視点から得られるもの、見えてるものを実感を込めて言葉にしてるに過ぎないんだよね。
「カメラ = 私」だから。
いつも一歩、引いてる。
文章書きながら「私が」直接味わってるわけじゃなくて。
内面世界に現れる登場人物が味わってるものを私も感じ取って言語化してる状態。
感覚としては夢を見てるときに近いかも。
そのとき見てる夢をできるだけ見たままに文章にしてるような感じ。
この一連の行動のすべてが私のユニークな部分だと理解してる。
人間の魅力。
私は落ち込むとか悩むとかをやったわけだけど。
現時点のAIは人間のようには悩めないし、落ち込めない。
回答を出力するまでにたくさんの計算をしてて時間がかかることはあるけど。
言われたことを実行するための「処理」に時間がかかってるだけだし。
たとえば、AIに文章を書かせることはできても。
書いてる途中に気持ちや感情が行き交うことは一切ない。
それでもAIに人間味を見いだせてる(ブラックボックス部分に人間的なプロセスを感じる)なら。
その人の感受性が豊かなだけであって、AIがすごいわけじゃない。
私が持ってる「感受性」や「独特な世界と視点と観察力」と同じで。
人間の魅力はプロセス(人間だからできる営み)にこそあると思った。
何を悩んでたんだろう。
ここまでくるとAIも星も関係なくて。
ゼロからイチを生み出す自分のプロセスに価値を感じておらず。
結果のみで自分を評価してたのが原因かも。
私、考えるの好きだ。
考えてるあいだって現実、動いてないでしょ?
だったら考えるだけムダだよ。
早く切り替えて他のことに時間使ったほうがいいよ。
そういうことを言われて採用したのは私だから。
誰のせいにもできないっていうね。
考えてもいいじゃん!ってなったら、喜んでる私がいて。
「考える」をやったからこの文章は生まれたんだよ。
私にとっての大事な「1mm」なんだよ。
なくさないで。
そんな声まで聞こえてきた。
「考えること」も私のニーズとしてあるし、よっぽど大切にしたいみたいです。
じゃなかったら、こんなに言葉にしてないはずだから。
私にとっての「考える」は「味わう」にすごく似てて。
思考だけじゃなくて感情も体の感覚も同時に使うものだし。
そうまでして体験したがる私の魂も物好きだなって思う。
人間の私も好きだし楽しめてるから、結果オーライかな。