昨日、土星の自身の振り返りを書き、天王星についても書きたくなりました。
土星は試練、忍耐、課題等を表しているけれど、実は『安定』という側面もある。私はニュースを見ると土星と天王星を思い浮かべる。
よくある話として、当初は改革者とか革新者であっても長く権力や地位を手にするといつの間にか、その姿は消し、立場が逆転して新たな改革者が出てくる。これは土星と天王星のサイクルに思える。
また、社会的地位の高い親が、一般的に社会的に自立している言えないような子供との事件。これも土星的視点の強い親に対して、子供は天王星の役目をしていると私には感じさせる。
惑星はどんな惑星も光の側面と闇の側面を持つ。それが人間が好ましいカタチで出れば『改革者』や『革新者』の英雄扱いされるが、そうではない場合、天王星は案外きつい側面がある。なんて言っても安定を傷つけるので土星色が強い人からすれば好ましいとは言えない。
これはインド占星術のコラムか何かをみていたとき『聖者と犯罪者のホロスコープは似ている』というが書かれていて、私はなるほど!と思った。
どっちの側面から役割をやってるかにすぎない。
価値観の刷新をテーマに強く持ってる人生では、家族に天王星的人物を配置する可能性がある、それは自分の人生において体験したいものがあり、その人物はただの役目。
なんでこんな事を言うのかは、私がまさに家族の中でこの役目になってるから。これは数ヶ月前に自分がなぜこの両親を選んで生まれたのか?を思い出したからだ。その後たまたま受けたセッションでも一応確認の意味を込めて尋ねたら『その通りです』という回答。最近は疑問に思うことは、すぐなんらかの形をとって解決する。
すぐ解決や答えがくるというのは、誰でも起こりうる、念の為。
もし自分が社会不適合者と感じていたり、身近にそう感じさせる人物がいる場合は少し視点の転換をしてほしい。
そう簡単にはいかないかもしれないけれど。