こんにちは、大柴です。今回もニッチな感じで書いてみよう。
「バーナム効果」って知ってますか?
(入口が詐欺師くさいけど)今日はこの話にしようと思います。
よくきくあのセリフ
占い師のアドバイスに
「それってバーナム効果ですよね」
と返すアレです。
バーナム効果ってのは、
誰にでも当てはまるような曖昧なことを、自分のことだ!と信じ込む錯覚効果
のことをいいます。
それを、
「いや、それって誰にでも当てはまることですよね?」という意味で
「それってバーナム効果ですよね?」
と言うわけです。
文脈のとおり批判的に言うわけですが、ここに納得がいかないことがあります。
なんで、占いの場にまったく関係のない他者の視点が入ってくるのか??
占いの範囲
そもそも占いの範囲って、ご存知のとおり、クライアントと占い師の間にしかありません。この両者の間の契約で成り立っていますから、他者は存在しません。
なのに、なぜ「誰にでも当てはまること」がクライアントにも当てはまるのに、それを当たると言うと語弊になるんだろう。
誰に当てはまっても当てはまっていなくても、クライアントに当てはまっていることには変わりないでしょう。
当たったかどうかは「占い結果」と「クライアント」だけの関係で起こる問題であって、他人に当てはまっていても当てはまっていなくても関係ないのでは?
たとえば、「親が亡くなる」は、いっけんすると衝撃的で固有の人生イベントのように感じますが、誰にでもいずれ必ず起こりうる出来事です。
誰にでも当てはまる衝撃人生イベント、たっくさんあるんですよ。
つまり、「誰にでもあてはまるじゃん」は、「だからなに?」って感じでしょ。

今回は自分の整理のために画像を作ってみたんだけど、解像度大丈夫かな?(何度作ってもぼやけるんだよね)
で、
占いの範囲って、黄色い部分ですよね。
なのに、なぜか「多数の該当者」が口を出す。
なぜ占いの結果に対して、クライアント以外の該当者がいるとダメなんでしょうね??
なんで他の人にも思い当たることがあると、占いじゃないなんて言われるんでしょうね??
占い師的には、範囲外の人は関係ないですよね。
「誰にでも当てはまること」であっても、それが「今の自分に当てはまっている」と感じるのであれば、クライアントと占い結果という個人的な関係においては「当たっている」と言ってよいはずです。占いの契約関係では問題ありません。
でもこれ、占い師でもそう思ってる人いるんですよね。
それは、感情の混乱が原因かも
占いは、占い師とクライアントの契約で成り立っています。
なので、
クライアントが「当たった!」と思うならそれでいいんじゃない?
みたいなことなんですが、
(何をもって当たったというかはまた別の話として)
それにもかかわらず、バーナム効果であってもなくても、クライアントが得た納得感を「占いが当たった」と言うと語弊が生じたり、批判されたりするのはなぜなのか。
これは、「主観的な納得」と「客観的な的中」が混ざってしまうから。

「占いってバーナム効果ですよね」と言う人は、
「客観的な的中じゃないじゃん」と言いたいのかな、と思うんですね。
でもその人は、契約範囲内ではない。
範囲内では問題は起こっていないんです。
なぜなら、クライアントは「主観的な納得」が得られているからです。
バーナム効果の正体って?
「占いってバーナム効果ですよね」と言う場合、言い替えると「そんなもんは占いじゃない」ってことなのかなと思うんですが、理由としては
「クライアント固有の運命」を見抜いてるわけじゃないじゃん!
が言い分だと思うんですね。
これは誰でもそうなんですけど、クライアントは、
・人は誰でも、他の人とは違う個性的な存在だ
・占いは自分だけの特別な運命や性質を見抜いてくれるはずだ
こういう期待を心のどこかに持っています。
これが、占われる時に心に準備してある大前提となります。
クライアントはこれにより、バーナム効果が勝手に発揮されやすくなります。
そして、「曖昧で誰にでも当てはまる占断」が
「人間が抱く理想像や悩みはみんな似通っている」
という心理を突いてくる、というわけですね。
だから、「うわ当たってる!」「そのとおり!」になるわけです。
曖昧な事や当たり前のことでも、
「自分にしかない運命を見抜かれた!」
と思ってしまうんですね。
ライアント固有の性質を客観的に言い当てたのではなく、
占いの星読みやカードや命式などのシステムが、クライアント固有の性質を客観的に言い当てた
のではなく、
クライアントが自分の頭の中で「自分に当てはまるように意味を補って完成させた」
のが実態です。
そのため、客観的な視点から見ると、それは占いの予測精度が高い(=当たった)のではなく、人間の認知のクセに過ぎないとされ、
「当たったと言うのは錯覚でしょ」
と指摘するんですね。
指摘する側は、勝手に”当たって”しまうクライアントを前提としています。
でも人間ってそうですよねー
勝手に都合のいい材料を持ってきて組み立ててしまうことはよくあります。
図にするとこうなのかな。

右ルートは混ざっちゃってるルートで、感情の混乱がありますが、
左ルートは、実際に占いの場で起こっていることです。
けっこう明確に違います。
ん?どっちが正解なの?
どっちが当ってるってことなの?
どっちが悪い人なの?
って思うかもしれませんが、どっちが正解でもありません。
状況を整理するとこうなってるよねってことですね。
客観的な事実としては、
占い師の占断が「誰にでも当てはまる一般論」だとしても
「私自身にとっては、心に響く意味があった占いだ!(当たった)」
と個人的に受け止めること自体は、決して間違っていません。
いや間違うもなにも、占いの場である契約範囲内では、こういうことも起こっていますよね。
原因はおかしな前提
こうした混乱や、混乱していることが自覚できず謎理論で占いを否定するのは、そもそも持っている前提がおかしいんじゃないでしょうか。
占いってものをどう捉えているのか、その捉え方は果たして本当に正しいのか?
と考えると、やっぱり正しくない。
・占いは「自分だけの特別な運命や性質」を見抜いてくれるもの
ではないし、
・精度高く予測するもの
でもないし、
・他の人とは違う個性的な存在であるはず
んなことはないし、、、
でも、こうしたピントのズレた前提を持っているせいで、
前提どおりにならない占断が出ると
「バーナム効果だ」と主張するんですね。

いったんまとめてみよう
「誰にでも当てはまること」を「占いが当たった!」と客観的な事実として主張しようとすると、「それは人間の心理的な錯覚(バーナム効果)ですよ」と反論されて語弊が生じます。
しかし、クライアント自身の人生を豊かにするためのヒントとして、「この言葉は今の自分にぴったり当てはまっている」と個人的なメッセージとして受け取る分には、他人に当てはまるかどうかはぜんぜん関係ありませんよね。
その主観的な納得感や気づきこそが、占いが持つ本来の心理的な役割であると言えます。
その人固有の運命を見抜けないって、占いの否定ではないよね
なぜか期待されているけど、実際はそういうオーダーはあんまり無いよね。
精度の高い予知がないからって、占いの否定要素ではないよね
精度の高い予知=占いじゃないからね。
(気象庁でもできないよ。。。)
でも、バーナム効果を感じることは実際あるよね
あるよ。人間の脳って勝手に当てはめるんだもんね。だって期待してるから当たって欲しいんだもん。
それに、誰でも特別な部分は実は少なくて、固有の運命なんてあんまりないからね。他の人には絶対にない、自分しか経験してない事なんてほとんどないからね。どこかしら似通っているものなんだよね。
みたいなことでしょうかね。
大柴の頭の整理結果なので、あっちこっち混乱しながらも、こんなことなのかなって思います。
こんな占い師はイヤだ!
さて、今回も長いこと語ってみましたが、ここから想像できてしまう、あったらイヤだなあという人物像がありまして。
ちょっと書いてみましょう。
①狙ってやってる占い師
バーナム効果を使って、ランキングトップになってやろう!
私は当たる占い師ですよ皆さん!
あなたは特別な存在で、あなた固有の運命を見抜きますよ!
↕
②うっかり乗せられるクライアント
自分の特別な運命を教えてもらった!
見抜かれた!やっぱりこの占い師は当たるんだ!

蜜月だと思いますが。。。
実はこれがずっと続くと、占い師側にはこんなことも起きてしまいます。
・バーナム効果で当たる占い師を演出
⇊
・しかも★がたくさんついたり、支持されることで「私って当たる占い師なんだ!」と謎の自己肯定をしてしまう(最初は自信がなくても、どんどん強化していってしまう)
⇊
・謎の自己肯定により強化されたメンタルで、客観的な視点からの指摘を受け入れられなくなる(お客さんが当たるっていうんだから私が正解だよ黙ってて)
⇊
・当たる占い師という自信で学ばなくなり、指摘されるような学びの場には出なくなる(学びが足りていなければ当然ながら講師に指摘される)
⇊
・どんどん学びの足りない占い師になっていく。
・でも、バーナム効果を使いまくってランキングトップになる。
バーナム効果やちょっとおかしい前提を利用して、こういうことができてしまうし、どんどんはずれた道に進んでしまうかもしれません。
やはり、学びを止めないことは大事ですね。スーパーバイズは嫌がらずに。
感想で〆る
占い師でもよく分からないまま混乱しつつ占っている人はいるし、ちょっとおかしい前提を持っている人もいますから、一旦自分で考えを改めてみましょう。
占いとは〇〇〇〇
↑この前提、あなたはなんですか?
占いをどうとらえるか、占いでは何を得られるか、
それはかなり幅の広いこと。
そのすべてが「占い」ってことでいいでしょう。
寿命がたった数十年の私たちの前提なんて、視野の狭いこと。
占いの歴史は千年単位だよ。
ちっぽけな人間の小さな思い込みで量れるもんじゃないからねえ