アウルブック、1周年ですか。

お祝いムード(?)の流れがあるというのに。

「死」をテーマに生きてる私は完全に逆行してるなと思いつつ😂


とはいえ、1か月の期限を思えば、まわりを気にしてやりたいことをやめてる場合じゃないから。

独自路線のまま突っ切ります。


ゆうやさんのライブを振り返って。

「 The Source 〜源に還る日〜 ver.2.0 」のアンケート期限が今日いっぱいまでだったこともあり。

昨日、時間を作って配信のアーカイブを見て、アンケートの回答まで終わらせました。


「ピカソの自画像」のとき、いつものように「お絵かきタイム」が用意されてて。

5分ぐらいで描いたにしては、覚悟決まってんなぁーと。


タイトルは「繰り返し 繰り返し」

手元にあるニーズリストから「真価の承認」を選んだ。


絵を描いてみてーと言われたときにパッと頭に思い浮かんだのがモダンな和柄。


最近の浴衣にありそうな柄のイメージ。

「矢絣」と「麻の葉」の模様に、牡丹の花。

布地は白と黒。


「繰り返すパターン」としての模様。


この絵だけは何度も見入っちゃうんだよね。

それだけ自分の「源」に近い部分を表現できたってことなのかも。


もうだいぶ前だけど。

ACのやつで、1人だけ黒い紙を量産しまくる男の子のCMを思い出した。

(AC 公共広告機構「IMAGINATION/WHALE」「黒い絵」だそうです 

なんか、それに近いものを感じてる。


他の人のようにキラキラしてないし、明るくもない。

ほんわかする要素はひとつもない。

怖いと思う人もいるだろうし、びっくりする人もいるはず。

なんなら「大丈夫?」って心配されてもおかしくない。

でも、絵から感じる、伝わってくる雰囲気こそが「私」なんだよなと。

改めて認識する時間になった。


自分の「異質さ」にOKを出す。

どれだけ繰り返してきただろうか。

なにかあるたびに、どうして人と違うのかってことを考えてきた人生だったけど。


1か月しかないって思ったら、気にしてる場合じゃない。


「死」をどう取り扱ったらいいのか。

「死」という現象に振り回されてるところがあったけども。


死を遠ざけるんじゃなくて。

すぐそばに「死」を置いて生きればいいんだ、と。

自分から「死」さえも抱え込んで一緒に生きていこう。

そういう境地に至りました。


自分にまとわりつく「黒い影」のような、なんとも言えない気配をできるだけ無くしたい。

明るい人間であるように見せたい。


そんなのは完全に終わり。

「死」でも「闇」でも「影」でも、なんでもいいけど。

それらを含めて「私」として生きてやろうっていう気概が生まれた。


暗くて、怖くて、近寄りがたい。

全部、褒め言葉ってことにしておくわ。


「この私」で生きていく。

ウソをついてもしょうがないというか。

隠してたところでバレバレだろうし。


たとえば、私が好きになる2次元のキャラもだいたい、独特な雰囲気を醸してる。

でも、「その雰囲気がいいんだよ! 」という人はたくさんいるわけで。


同じ理屈で「私がそうであったとしても、もういいんじゃないの? 」って思った。

(だからといって、自分勝手に振る舞うとか、わがままになるってのは違うから。

そこは気をつけたいところだけども)


こんな私に残せることはなんだろうなぁ……と、今も考えてる最中。


一般的な情報は、AIが好きなだけ生成してくれるだろうから。

私はこうやって自分の体験や思い(生きた人間だから出力できること)を表現していくつもりです。