十二国記、面白すぎる。
ひとまず、「魔性の子」→「月の影(上下)」まで読了。
下巻の終盤は今の私にも響くものがたくさん詰め込まれてた。
私も「広瀬」。
「魔性の子」はホラーというより、ミステリーとして読んでたかも。
面白すぎてあっというまに読み切ってしまった。
あの現実を突きつけるラストはしびれる。
現代なら「スターシード」とか。
「宇宙人だから地球で生きるのがヘタなんだ」みたいな解釈って、気持ちとしてはわかるけど……。
本来なら変えられるはずのものを、全部まとめて変えられないもの(または行動しない理由)に自分で固定しにいくような要素があるように思う。
今、この瞬間、私が生きてるのは地球であり、日本という場所。
住む国を変えたとて、それでなにかが帳消しになるわけでもない。
実生活で「スターシードだからわかりません、できません」が通用するかと言ったら通用するわけもなく。
私も「ここじゃない別世界が本当のいるべき場所で……」って考えたことはいっぱいある。
採用したくなった時期もある。
結局、私には現実逃避を加速させる装置にしか思えなくて。
今もこうして「普通の人間」として生きてる。
器や資格について。
「月の影」を読み切って思うのは「本当に必要がなければ、与えられることもないのでは?」だった。
「楽俊(ラクシュン。ネズミ)が出るまでがんばって!」と言われる理由も読んでみて理解。
年頃のときに読んでたら間違いなく、陽子と同じ気持ちになってただろうし、逆ギレしまくってた可能性ある。
陽子の視点で見ると、たしかにいきなり大変なことがありすぎた。
平凡に生きていた女子高生が味わうにはあまりにも過酷。
特に巧国の麒麟にやられたと思わしき場面は一番、ヤバかった。
王の立場の件で尻込みする陽子の気持ちはよくわかる。
私も責任にある立場に立たされることが少しずつ増えているし。
そのたびに「私でいいんだろうか」と考えてばかり。
だから、楽俊の言葉で思わず泣いてしまった。
あのなぁ、陽子。 どっちを選んでいいか分からないときは、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。 そういうときはどっちを選んでも必ずあとで後悔する。 同じ後悔をするなら、少しでも軽いほうがいいだろ。
やるべきことを選んでおけば、やるべきことを放棄しなかったぶんだけ、後悔が軽くて済む。
おいらは陽子がどんな国を造るのか見てみたい
小野不由美 『月の影 影の海(下)』,新潮社,2012年,P.246、P.247
おかげで私の迷いも晴れた。
天意なのか、魂の意図なのか、なんなのかはわからないけど。
やれるから、引き受けられるから、私の目の前に現れてる。
責任のない立場を選ぶことも可能なのに、そうしなかったってことは。
「なるべくしてなった」的なところもある気がして……。
かげしたさんがnoteで連載中の「占いを解体するシリーズ④」で書いてる、「フェーズ4的な感覚?
現実と内面を行き来しながら進化・成長するために、いろんなツール(本や音楽、占いなど)を利用してるのかも。
答えが欲しくなるときもある。
すべてを投げ出したくなるときもある。
時間は待ってくれない。
黙っていてもなにも始まらない。
だから、現実に立ち向かうために「現実を超えたもの」に頼る。
しかし、「現実を超えたもの」に囚われはしない。
「別物」として大切にしつつも、今を生きる。
言葉にすると難しいけど。
「現実」と「そうでないもの」。
両方をバランスよく活用しながら生きるのが、今の私にはちょうどいいっぽい。
「そうでないもの」はあくまでも現実を生きるための「ウソ」というか。
人間視点で重過ぎると感じたものを引き受けて、それでも前を見て進むにはどうしても必要になるというか……。
「感情の分散先」のひとつ、みたいな。
いま書けるのはここまでだなぁ。