完璧主義で、いかに効率よく事を済ませていくか。 無駄な時間を省き、無駄な労力を使わない。 かつての私は、そんな風に効率よくできた自分に満足し、社会のスピードに置いていかれないようにと、無意識に未来へ行き急いでいました。

今朝、いつもならサッと終わらせる洗濯物を、あえて「丁寧に干す」ということを自分に許可してみたんです。

すると、不思議なことに気づきました。 丁寧にやろうとすると、自然とピンを留める自分の指先に目が行く。 指先の感覚をじんわりと感じる。 そして、いつの間にか洗濯物の扱い方が、驚くほど優しくなっている自分に出会ったのです。

効率ばかりを追い求めていると、私たちは人生を「こなす生き方」にしてしまいがちです。 その結果、「味わう、感じる」という、今この瞬間にしかない豊かさが、どこかへ置き去りになってしまうのですね。

その静かな余白の中で、ふと4ヶ月前の「ある朝」の記憶が蘇ってきました。

あの日、私は朝日が見たくなって東の空を見て待っていました。 それなのに、太陽が昇るまでのわずか数分が待てず、「この数分があれば家事が1つや2つできるのに!早く出て!」と、太陽を急かしている自分がいたんです。

でも、ふと見渡すと、空も、雲も、周りの木々も、ただ普通に佇んでいて、季節に合わせて昇る太陽のリズムに、100%身を委ねていました。

行き急ぐ私と、ただ佇む大自然。 その真反対のエネルギーのギャップを感じた瞬間、私の内側の波立ちが、すーっと静かになりました。 そして静けさの中で朝日が昇った途端、なぜか涙が溢れて止まらなくなりました。 あの時は理由が分からなかったけれど、今なら分かります。自然の完璧な波長と、自分の命がピッタリと重なり合って、言葉にならない豊かさを感じ取った感動だったのだと。

そして今朝、その朝日の記憶の先に、あの時私と朝日を一直線に結んでいた「光の一本道」がありありと私の内側に戻ってきました。

「この光の中で、私は今、大切な人にどんな感触を手渡したいのだろう?」

自分にそう問いかけてみたとき、胸の奥から溢れてきたのは、まだ形にはなっていないし、目に見えてはいないけれど、確かにあるという「確信」でした。

それは、覚悟とか決意といった重いものではなく、「進んだ先の感覚が分かっているからこそ、大丈夫」と思える、驚くほど軽やかで、すがすがしい感触です。

🍀毎日、仕事や家事で頭をフル回転させているあなたへ。 日常が「自動操縦(オートマチック)」になって、未来へ行き急いでしまっていませんか?もし毎日が「自動操縦(オートマチック)」になっていると感じたら、ほんの少しだけ、意識的な「余白」を作ってみませんか?

例えば、洗濯物を一枚、指先の感覚を味わいながら丁寧に干してみる。 お茶を飲む時、手に伝わる温かさやカップの厚みや重さを感じてみる。化粧水を肌に馴染ませる時、手のひらが顔に触れた時の温もりや皮膚の感触を感じてみる・・・・・

スピードを落としたとき初めて、今この瞬間の豊かさを「味わう」ことができます。

未来は、焦って掴みに行くものではなく、軽やかな安心感とともに、丁寧に紡いでいくもの。

「進んだ先は、大丈夫!」 

この軽やかな確信の光をお守りに、みなさんと共に歩んでいきたい。今そう感じています。

🍀今日ほんの少しの優しい余白で、新しい風🍃を感じてみませんか?