はじまりの空気

このお正月は、特別なことを何もしませんでした。

好きなものを食べ、見たかった映画や録画の番組を見てのんびりと過ごし、家族もそれぞれが好きに時間を過ごしました。

お正月らしいことといえば、朝にお雑煮と、チーズを乗せた磯部焼きを食べたことくらいでしょうか。


以前の私

以前は、「1年の計は元旦にあり」を意識していたように思います。 「1年の始まりだから」「スタートが大事」「きちんとしなきゃ」「しきたり通りに」と。

また、「仕事のことは、お正月休みの間は考えない」、「仕事始めまで手をつけない」と、そんなルールも課していたのを思い出しました。

その頃の私は、それらを実践する(守る?)ことで、自分を認められたり気分良くいられたのでしょうから、それはそれでよかったのです。

ただ、今の私には、構えすぎない今年のお正月の過ごし方が、心静かで心地良いものでした。


混ざっている時間

お正月休みの間は、Owlbookの投稿のことは考えないつもりでいました。 でも実際には、好きなことをしてのんびりしている中で、「次は何を書こうか」という考えが、楽しく頭に浮かぶのです。 それを止めようとも、切り替えようとも思わなかったことにも気づきました。

私にとってこの場で書くことは、仕事ではありません。 ライフワークというのも大げさです。 かといって、趣味というのも違うような気がします。

よくわからないけれど、それでいい気がしています。

以前は、「仕事とプライベートの生活は分けた方がいい」、「オンとオフは切り替えた方がうまくいく」と思っていました。

今は、切り替わらない感じも、悪くない。
混ざっているまま、流れている感じ。
案外、今の私にはそんな在り方が合っているのかもしれません。


シームレスという感覚

この年末年始、「時間はシームレス」という言葉が、ふと浮かびました。

時の区切りは存在しますが、内側の時間は、そんなにきれいには切り替わらないことの方が、自然なのかもしれません。

昨日と今日、去年と今年、仕事と休み、考える時間と何もしない時間。
どれも、少しずつ溶け合いながら続いている感じ。

以前の私は、切り替えられない自分を、どこか未熟だと思っていました。 きちんと区切れないことは、だらしなさのように感じていたのかもしれません。

でも今は、切り替わらないからこそ、見えてくるものもあると感じています。

流れの中にいるから気づけること。拾える感覚。

時間は、思っているよりもずっとなめらかで、私たちはその中を、行ったり来たりしながら生きている。

そんなことに思いを巡らせた、お正月でした。


問いのままに

時間の区切りや暦は大切に思います。 活用するのは楽しいものです。

ただ、「切り替えなきゃ」と思わなくなったこと、「始めなきゃ」と急がなくなったこと。
その分、感じられることが少し増えた気がしています。

区切りを大切にする生き方もいいし、流れに身を任せる時間があってもいい。

どちらが正しいかではなく、今の自分にはどんなスタイルが心地いいのかーーそんな問いが、今の私の中にあります。

それでは、また☆