タロットには、貘(ばく)が棲んでるんだって。
じゃあ、不安とか悩みとか、悪い夢とか、まとめて食べてもらいたいですねぇ❀
タロットに限らず、占いというモノは全般、ソレが主なはたらき、だったかもしれません。
食べたものを消化して…いずれは、心の土壌の良い肥やしにもなる?かもしれません(笑)そう考えると、ちょっと面白いですね。
『西遊記』で、天竺へ旅する三蔵法師の乗っている馬って、実は龍神なんですが…その排泄物は、ほんの数滴でも広大な大地を潤し豊かにするという話が物語の中にありました。
…きっと貘のも、豊かになるんじゃないかと(爆)
人のためを思う全ての占い師さん・カウンセラーさんを、リスペクトいたします。
コバトンボは、占い道具から見つけたものを有効活用できないか?ということを、考えている感じです。
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宇宙そのものが神秘ならば、道具にも神秘があって然るべきではないか?
とゆー気付きがありまして
人間側に神秘があるんじゃないかと話してきましたけれども、意味ある道具や存在が無意味なものとして扱われる可能性を危惧しまして(遺物の破壊や破棄・損壊とか、寺社仏閣また神前霊前での非礼や毀損行為など)
人間は神秘を見出だせる存在である。
というふうに捉え直したら良いのかなと考え至りました。
考えをまとめたいので、考えながら書いています。ブレーンストーミングなどとも言いましたっけ。
足りなかったり捉えきれていなかったり、時には間違えていたり逸脱していたりするかもしれませんが、よろしくご了承ください。
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タロットは、その全体をして何を表しているんでしょうか?
いったい何を、かたどっているのでしょうか。
一つ一つのカードに描かれた絵の意味をなぞらえにすると、かなり様々な人物像・物事や出来事・事象現象・存在を、背景や世界観をカバーすることができます。
なぜなんでしょう?
タロットの人物像は、西洋中世の社会に見られる象徴的な人々を描いています。
GoogleAI…(封建社会の崩壊: 14世紀以降、十字軍の失敗、ペスト(黒死病)の流行、貨幣経済の発展、王権の強化(中央集権化)により、農奴の解放と貨幣地代への移行が進み、制度は解体された。
中世後期/14世紀〜15世紀頃:繁栄に陰りが見え始め、都市の発展や商工業の活性化、王権の強化など、近世への移行期となりました。)
日本にも、その長い歴史でも中世時代ありましたので、日本人にとってその心は比較的、読み取りやすいようです。
(日本と西洋の封建社会の違いは、日本は血族的で、西洋は契約的だったところのようです。)
日本でタロットが流行ったのは、そうした歴史ごとの文化的経緯の下地には、欧州西洋文化とも共通性があったから・なぞらえとして読み取る取り掛かりの多さが、理由なのではないでしょうか。
日本国以外でタロットが流行っている・定着している国があれば、たぶん歴史的経緯とか文化的背景などに共通している部分が多々あるものと考えられますし
また、タロットがどのようなものに変容したか?(タロットに限らないカード占いには、どのようなものがあるか?)というところに、各々の国柄が表れているものと思います。
日本には日本で独自の占いも今昔多様にありますから…占いは、その国柄の鏡・社会の縮図・歴史の端緒かもしれません。
日本は、圧倒的に豊かな様相を醸しているなと思っています。
それから占いには、何かしら品性があるように感じられます。
ルーン占いからは、たとえばヴァイキングの野趣であるとか
イーチンタロットというもので、卦について読みかじった限りですが…易経は、かなり世俗的・下町的な解釈を得意としているように感じました。そのほうが、より占われてみて実用的であり、リアルに感じる人々も少なくないと思います。(タロットの小アルカナに、それと近い世俗の営みを見る気がしています。)
なお、私が知っているのはアレクサンドリア木星王という方のイーチンタロットなので、私の知る易経のイメージには時代性・独自性があるかもしれません。
現在、通常のイーチンタロットは、八卦✕2の結果(大成卦)を描いた64枚の構成が主なようですが
八卦を2つ組み合わせ、正逆も卦として読み取る、独自のシステムだったようです。
(こうした「(正位置・逆位置を考慮する)要素に対する柔軟性」は、“貘”を読み物として考える上で似たようなものがあるなと思いました🤔)
タロットの大アルカナは、0番から21番までのカードにみる象徴を辿って、人間は人間の人間たる成長があることを説いているそうなのですが…
今、この瞬間に
0番から21番までのカードに、なぞらえとしても該当する人々が必ずあり…全ての人々が、いずれかのカードに該当する
と、言えると思います。(ユング的な発想でしょうか)
いずれかのカードに該当しない有り様な人々も、もちろんあるでしょう。(それこそは、その国柄や社会の独自性とかオリジナリティーとか可能性とも言えるのかもしれませんが…)
タロットの優れていると思うところ・特質の一つは、そのはみ出した可能性を、可能な限り入れられる0番の器があるところです。
ずるい感じがしますが、あとの1番から21番までの全ての象徴も、可能な限り柔軟性をもって…いっそガバガバな勢いで各々の象徴は様々な物事をカバーしていると思います。
タロットは、大アルカナと小アルカナによって、世の中について写し取る図像が違ってきます。
自分が“貘”を見つけたのは大アルカナからです。
大アルカナは、その全体をして何を意味しているのでしょうか?
ヒントは、小アルカナも含めて誰もが何かに当てはまる、というところです。
(人間どころか、物事や出来事や存在するものについても、何かしら当てはまっちゃうかもしれません。)
魔改造なんて思いもしませんでしたが、自分がタロットから“貘”を見つけられたのは、やっぱり日本で生まれ育った日本人だからなんだろうなって、素直に思います。
日本を愛する全ての人に、“貘”が微笑みますように。
“貘”には幸せになってほしいし、人や世の幸せの一助になってほしいな…って思っています。
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タロットを、ある種の“帝王学”として捉えることも、あったかもしれません。
ただ、タロットはジプシーの占い道具…といった経緯(というより、ステレオタイプ的なイメージ)から、タロットで描写される図像は“旅人の傍目”もしくは“傍観者の眼”という点によって、その思想性を捉えている・成り立たせているかもしれません。(占いでは、その客観性を応用していると言いますか)
本物のジプシーは、たぶん様々な占いを扱っていたものと思います。(もともとは、手相占いだったとのこと。『タロット大全』より。)
動画占い師さんたちのオリジナルスプレッドみたいに、きっとカッチリしたデッキではなく、様々なオラクルカードや水晶貴石もあればルーンもあり…みたいに、各々のインスピレーションやこだわりのある世界だったのではないでしょうか。こんな事でも、ジプシーなる人々の本当のところは、ちゃんと調べないとわかりませんけれども。(詐欺や盗みとか、もっとリアルで泥臭い実態もあり)
かつてフランスやイタリアなど欧州各地の酒場や交流の場で興じられていたカードゲームが人々に親しまれていたことから、ジプシーが占い道具に取り入れたのでしょうか?
カードゲームならば賭け事ですから、ツキのいいカードや悪いカードなんて観念や通念も、個々人や人々の間にはあったかもしれません。
そこを占い道具の切り札にされてしまっては、心に刺さるのも当然ですけれども…果たして真実とイカサマの人間ドラマなんて事が、どれほど街角では醸成されていたのかは知る由もありませんが
たぶん、タロットの0番から21番までの流れは、“旅人の傍目による帝王学”って感じじゃないでしょうか。
たとえば企業は…会社によっては、社員が入れ替わったり所在地が変わったり、キャラバンみたいですよね。
商いが多様化したり、仲間が増えたら、別に商隊を組んで活動したり。
…と考えると、しっくりくるのかもしれません。
なぜ、タロットの大アルカナの象徴画群は、0番から21番までの並べ方にされたのでしょうか。
それは、詳しい方に任せます。
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気になったので、『タロット大全(伊泉龍一)』とか『魔術的芸術(普及版)』とか、引っ張り出してきました。
いや〜…奥にあった(汗)
読み始めると、面白いですね。
トランプの語源は、ラテン語のトライアンフ(凱旋)なんですって。
カードゲームでの名称しか知らない私たちは、米国大統領の名前について、誤解というか軽視しちゃうかもしれませんけど、そういうことらしいです。凱旋ですか…う〜ん、いかつい。
(トライアンフ、やがてはトランプという名称も、切り札という意味でゲーム中の掛け声に使われたのだとか。)
ひょっとしたら、ご本人も自覚的かもしれませんね。
そういえば任天堂の花札に『大統領』って、ありましたね。ゲームつながり。
読んでいるところは『タロット大全』の350頁からなんですけど
「ポケモン」や「遊戯王」の名も出てくるあたり、似たような発想するんだなと思いました。(逆の発想ですけれども。)
実は、冒頭だけ読んだきり、パーッとめくったくらいで、詳しく読んだことがないんです。(数秘術の手前くらいまでは読み込んだ跡がありました…)
なぜなら、当時「あ、タロットの起源や成り立ちの歴史を、ちゃんと現存する資料をもとに丁寧に詳しく調べて、ご報告なさってるんだな。素晴らしい!」と気がついたら
たぶん安心してしまって、本棚に寝かせてしまいました。
(でも、思ったほど神秘のよすがを考えながら「占い」または神秘そのものについて向かい合う冷静な態度は、一般化していない?みたいに世の中を顧みています)(時には、タロットがダメなら他があるだろ!…みたいな?)(『ハッピー・マニア』って漫画で言うところのソレと同様、占いマニアや神秘マニアってのはある…としたら、占いや神秘にまつわる業界の中でも、どの辺の界隈の経済を回しているのか?って問題については、誰しもが、ちょっとはよく考えたいところですね。)
(何が言いたいのかというと、オカルトマインドは正しい歴史認識にブラインドをかけがちだな…ってことなんです。)
今は、どうやらコバトンボには必要な時みたいなので、またひっぱり出してきている次第です。
(ひょっとすると、昔に読みかじった際、『タロット大全』に記された、ポケモンや遊戯王というワードも、無意識に覚えていたのかもしれません。知らんけど。)
『タロット大全』によりますと
昔、イタリアではタロットを扱ったカードゲームが流行りすぎて、教会の修道士が止めるように説教しまくったみたいです。
トランプの起源になるゲーム用のカードは、占いとして扱うタロットより以前に歴史があるとのことです。
コバトンボは思ったんですけど
そもそもは、もしかしたら教会や権力者たちがタロットを流行らしたかどうにかしてたんじゃないかな?って。
言葉の意味もよく知らない・識字率も低いだろう当時のイタリアの市井でも、教会や権力者たちのイメージとか相関関係とかを、端的に理解してもらうために、絵図で解説していた…のではないかな?と。
ところが、人から人へとカードとして伝播する内に、そーゆー教会とか権力者たちの狙い(最初は、理解の浸透を鑑みて、目を瞑っていたのかもしれない)とは全く裏腹で無関係に…もっと面白くて、もっと(特には賭け事として)盛り上がるゲームに、なっちゃった…ってことはない?(汗)
(封建社会が崩れてきて、貨幣が出回り経済活動のある時代が来ていた…といったことを考えると、賭け事を伴うカードゲームの過度な流行でも、あったのかもしれません。)
その経緯は知ってか知らでか、後の世代の修道士が、賭け事でおおいに盛り上がって堕落しまくってる貴族たちに(ひょっとすると貴族たちの輪に教会の司祭が混ざったりもして?)、もうカードゲームは止めてください〜!って、一生懸命に説教して回って先輩たちの尻拭いてるみたいな構図かもしれません…あくまでも想像です。あしからず。
(『タロット大全』を読んだら、「う〜ん、無い?かな…」って、なりました(笑)そのくらい冷静になれる1冊。)
全く別のことで思ったことがあったことなんですけれども
たとえば、歴史的な資料を見たいって訪ねてきた人がいたとするじゃないですか。
歴史的な資料を持ってる側は、応援したいものにとって不都合なカードは、出さないと思うんです。
冗談を飛ばし合えるほど、よほどくだけた間柄にでもならない限り…おおいに知ってほしい殊勝な面だけ、見せたいものだと思います。
イタリアやフランス、イギリスなど欧州各国は、スタンスに応じて大なり小なり都合不都合を選り分けたカードを、わんさか持っている歴史大国の一つだと思っています(笑)
なんだか脈絡もなく『ジョジョ』ポーズ決めたい気分です❀
不都合な要素は、おそらく国柄を支える“秘密”として、相応の人々に継承されていくと思うので、一概には抹消されないものだと思います。たぶんソレ抹消すると、地力が損なわれてしまいますので…よっぽど意識してないといけないものではない限りアクティブにはしないものの、いつか必要な日のために必要なことだけ申し合わせながら、大概のものは奥にしまってあるのかもしれません。
歴史や文化に見る弱点や不都合や負の側面もまた、その国柄の大事な一部・大事な反省点などとして…捉え方次第では有用なものなんだと思います。
…イタリアやフランスなど欧州各国の場合、あまりにも歴史的資料がありすぎて、何が何だかワカラナイまま収蔵されてる遺物遺品が多いと思うので、お目当てのお宝が人知れずに眠ってる…ってだけだったりもしそうですね(汗)
『タロット大全』は、現存最古のタロット・パックを追うところ、タロットの起源を考察するところなど、まるで探偵小説みたいで面白く、とても興味深く読めます❀
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言葉遊びですけれども
“貘(ばく)”には、濁れば“バグ(Bug)”が出ないとも限らないから…なんというか、自分もその言葉遊びに気付いたからには、そーゆー市井での発想力に個人なり人々の間でなり冒されないとも限らないかもしれないな〜と思ったので、丁寧に話を綴っていきたい所存です。
“貘”のことを、プログラミング用語的に言うところの“エンジン”に該当するのではないか?って、言っちゃってますからね。
でも、心に落とし込んだご本人方の繋ぎ方やメンテナンス次第なんだと思います。
“貘”の扱いは自己責任で、よろしくご了承くださいませ。
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“貘”は、漫画的な発想の産物なので、そのようなものだと端的に受け止めてもらえたらと思います。
昔、『Gu-Guガンモ』って漫画がありましたけれど…
コーヒーで酔っ払うんですよね(笑)アニメがメインで漫画も読んでたかな。
なんか、そのようなものだと思ってもらえたら幸いです(笑)
昔、Web漫画を描いていた時期がありました。(けれど、続きませんでした…)
その時に描こうとしていた漫画は、なんだか『Gu-Guガンモ』っぽかったように振り返ります。設定がまんまであったと思い返しますので、無意識的にも影響はあったと感じています。
気がついてないくらい、漫画を読んだりアニメを観たりしていた当時は楽しかったんでしょうね(笑)無意識に楽しさのところを、自分の世界でリバイバルしていたのかもしれません。
“貘”のヒントとして、漫画の影響がある・漫画的な捉え方があるものと考え置いていただけたら幸いです。
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『メイドインアビス』という作品は、深淵(アビス)から遺物を持ち帰ってくることを生業にしている人々の世界を描いているということで…それは、まんま漫画やアニメ、小説やドラマ、映画や舞台など…創作物を扱い担う産業に携わる方々のメタファーだと言われているようなのですが(岡田斗司夫の動画で聞いたのだったかな)
たぶん、ソレで言うところでは、どうやら自分が持ち帰ったものは“貘”なんですが…扱いきれなくなって、Web漫画家としての体は崩れてしまったようですね。
(ゲームについても、本当にほんの少し携わったことがあるのですが…かなり初歩の段階でリタイアした・どこか根本的なところで諦めていた・くじけていたんだなと顧みています。)
今や日本の主要産業であるクールジャパン分野の成り立ちは、かつて武士や侍がそうあるための生き方を為していたよう、遂には為せないまま終わる者たちも多い裾野の広大さ多様さ(選手層の厚さ、時期時節も様々ひっくるめて携わる人々の大人数さ)にも、あるんだなと確信する次第。
(たとえば野球界やサッカー界は…多様な世代が、かなりの人数で様々な関わり方でも野球やサッカーを介して社会形成をしているから、支えられたり底上げされたりしている、といった構造的な事ですね。ラグビーも分厚くなってきているということでしょうか。)(スポーツ界について種目を取り上げ始めたらキリがありませんが…スポーツ界そのものの文化的社会的な分厚さも、かなりのものなのでしょう)
『メイドインアビス』を気取るわけではありませんが、それなりに“後遺症”はあるかもしれません。現実を生きるためのバランス感覚とか?行動力とか自分の使い方とか、何かしら。常識感覚にも、違いはあるのかもしれません。
話をまとめて何らかのカタチにして売って糧を得て…買ってくれた方々も、可能な限りなんの労もなく“貘”を有効活用できるのならば…なんて夢を見ています。
岡田斗司夫さんの動画で、話はゼロから作るのではなくて、好きな作品から要素を置き換えて生成するんだ!といった内容を観ましたが…
“貘”は、たぶん“お話ジェネレーター”としても使えると思います。
(だったら、タロットカードをめくるだけでも、ソレは可能なんだと思いますが…神秘を担ってきた道具として意識された時に、扱う人自身が、それを許可するかしないか?ということだけが問題なのかな、と感じます。)(逆に、たとえばポケモンや遊戯王のカードを占い道具にするかどうか?なんてコトも、扱う本人が自身に・時には場をともにする人々も、ソレを許可するかしないかだけなんだと思います。)
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伊泉龍一さんの『タロット大全』を読んでみています。
この本は、世界中のタロティストらにはゲシュタルト崩壊をもたらしたのかもしれません…(汗)
何を信じるかは、本人次第…って、フォローになってないか。すんごい。
(この温室ガラスの天井が破れて大量の破片が降ってきた…みたいな厳しさは、これも“0年代”らしさかしら?)
もしかすると、世界中の秘密結社さんたちに、伊泉龍一さんの器(タロットへの愛情)で汲んできた日本の湧水を飲んでもらった…みたいな御本なのかもしれません。まじりっけなくてデトックス感。冷静になる一助?
自分が関心事にしているのは、図像モチーフのところなので…もっとよく読み込んでからだなぁと思っています。