「早く目的地にたどり着きたい」 「目の前の障害や問題は、さっとスマートに解決したい」 「周りと比べて自分のスピードが遅いから、早く追いつかなきゃ」
私たちは無意識のうちにそんな「効率重視・結果重視」の選択をしてしまうことがあります。 頭の回転が速い人ほど、何かトラブルや心地悪さが起きたとき、頭の理解だけで「はい、この出来事の意味はこうね!」とサッと片付けて、次の段階へ進もうとしがちです。
でも、本当にそうやって表面的な解決をすることだけが、私たちの人生の目的なのでしょうか。
*
先日、パートナーにある出来事を話し始めたとき、こんな風に言われました。
「で?それはいいから、結論は?」
話を遮られ、結論を急かされたとき、私の胸にはとても悲しい、拒絶されたような寂しさが広がりました。 いつもなら、その場の心地悪さを早く解決したくて、自分の気持ちをギュッと抑え込むか、あるいは我慢できずに相手に感情を吐き出すか、はたまた「相手の立場になればそれも理解できるな」と頭の理解だけでサッと片付けていたと思います。
でも、今回はそれをやめました。 すっきりしない、モヤモヤとした重さの中に、あえて長いこと居続けてみたのです。悲しかった自分の気持ちを無視せず、ただ、じっとその場に踏みとどまってみました。
一晩が過ぎ、今朝目覚めたとき、私の中に広がっていたのは驚くほどのすがすがしさと、静かな落ち着きでした。 そのとき、私は「あぁ、感情の中に居続けること、それ自体が先を急がずにプロセスを味わうということだったんだ」と、深く腑に落ちたのです。
頭の理解のスピードの速さに、心はなかなかついていけない。だからこそ、無理に気持ちを切り替えるのではなく、心が追いつくまでそのプロセスをじっくり待ってあげる。それこそが、自分にしてあげられる最大の優しさなのだと気づきました。
*
この感覚を味わったとき、以前散歩をしたときの記憶が鮮やかによみがえってきました。
ある場所を歩いていたとき、古い家が撤去されて、ぽっかりと見晴らしが良くなった景色に出会いました。 「ここを真っ直ぐ突っ切っていけば、道路を回らなくても、最短距離で一番短い時間で行き着けるのにな」
一瞬そう思いながらも、私はそこを突っ切るのではなく、立ち並ぶ家々の細い脇道を、ぐるりと遠回りしながら歩いていきました。
すると、どうでしょう。 最短距離で突っ切っていたら絶対に気づかなかった、家々の隙間に咲く小さなお花や、心地よい風の音、その場所ならではの美しい景色を、たっぷりと楽しんでいる自分がいたのです。 「最短距離でいったら、この景色は見れなかったんだな」と。
*
目的地に向かっていくことは、もちろん大切です。 けれど、そこに早くたどり着くことだけを目的にしてしまうと、私たちは大切なプロセスをすべてすっ飛ばしてしまいます。
踏みとどまることも、遠回りしているかもと思うことも、これまで歩んできたすべての経験は、あなたにとって何一つ無駄ではなく、すべてに深い意味があります。 だからこそ、表面的なところでの心地よさや、目に見える満足だけを指針にして、自分を急がせないであげてください。
知識や理解の差も、成長のスピードも、今いる段階も、人それぞれでいい。 どの段階にいたとしても、あなたが今歩いているその脇道の景色には、あなたにしか気づけない大切な宝物が溢れています。
🍀1日の中で、ゆっくりする時間をほんのひと時、自分に許可してあげること。 未来へ行き急ぐ足を少しだけ緩めて、心に優しさを満たしてあげましょう。自分にあった歩幅で✨️
「進んだ先は、大丈夫!」