「自分の内側が、外側の現実をつくる」とは言うけれど。

受け入れがたい現実が目の前にあらわれたときは、否定したくなるもの。





わたしたち兄妹がいわゆる不仲っていうか、それほどではないにしても、関係が希薄だった、それを星から読み解くには、私一人分のホロスコープで十分だったっていう事実。


これですよね。

私の内側に、「兄妹の不仲」が内在されていたっていう。

自分のホロスコープを読んで、これが分かった時、すごく楽になれました。

解放されたんです、自責とか他責とか、罪悪感とか恥っていう概念から。

占星術すごい、って思いましたよ。



「兄妹の不仲」を選んでわざわざ、私の魂はこの世にやってきたわけではないにしても、そういう体験をしてみたかった、そこから何か学びたかった、っていうのはあるかもしれませんね。

なんとなく納得しちゃいます。






「自分の内側が、外側の現実をつくる」説をベースとして、相手との関係であっても、自分一人分のホロスコープから読みとくことができるんですよね。



ただ、それと。

家族どうしが仲良くしなくちゃ、それが理想、だとは全然思いません。
仲良くなるために星読みするわけではないです。
あくまでも、自分のこころが楽になって、生きやすくなるため。

家族であっても、離れたかったら離れたらいいし、無理に付き合わなくていいし。
そんな必要どこにもない。
ただ、どんな距離を選ぶにしても、そこに罪悪感がない状態ならばそれでいいんです。
家族への思いが、自分の人生を進めていく上での足枷にはならないように。

家族を思ったときに、どこかヒリッとか、ズシッとか、なにか感覚が少しでもあるとしたら、今の家族関係よりももっと違う形をどこかで自分は望んでいるのかもしれない、もっとより楽な形に変えていけるのかもしれない、ってことなんだと思います。




というわけで、今回は私のホロスコープ=私の内側にある星たちの関係から、兄妹関係を読みといてみました。

①水星×火星

水星うお座×火星いて座 スクエア90°(誤差3°14′)

そのまんま、きょうだい(水星)がけんか(火星)してる。

けんかをふっかけていたのは、もしかして私のほうかもしれないなと思いました。

そういう意識状態がもともと私の中にあって、それがなんらかのシグナルを発信していて、現実化していたのかも。

星よみを始めてから知った、かなり衝撃的な星からのメッセージでした。

ただ、これを知ったから、じゃあ私が悪かったんだねごめん、とはなってないです。

深いわあ、って感じ。

私は、兄の中に、私自身の中にあるものを見ていたのか。

そこに反応して、でもそれはただ私自身のかげだった。

星から目線で、客観的に俯瞰的に、自分たちを見ることができるようになったのかも。

②月ノーアスペクト

月みずがめ座 4ハウス ノーアスペクト、インターセプト

完全孤立の幼少期。

ノーアスペクトの月、ってことは、どの天体とも関わってない。捉えどころがない、関わりづらい、自由というかどこか一歩引いてる感じ。

自分の感情がとどまることなくわき出てきて、自分の居場所を埋めつくして溢れていって、でもそれには本人は無自覚のまま(インターセプト)。

不安の大きい幼少期ではありました。

兄にとっては、遊び相手としてはむずかしい存在だったかも。


「自分を見る」って、相手のことも見えてくるものがあるんですよね。