YouTubeのおすすめに上がってきた動画を見てハッとさせられた。
AIが使えなくなった途端に何もできなくなり、現場で混乱が生まれる場合がある。
AIに依存せずに実行できる人がいればなんとかなるけど。
実行できる人がいないときはどうするつもりなのか……っていう問題。
ブラックアウトを思い出せ。
「なかったことにしすぎてた。」を書いたとき。
AIが使えなくなったときのことなんて頭になかった。
でも、動画を見たおかげで「AIにできることを極めてもムダなのでは? 」説はちょっと違うかも、と立ち止まれた。
私は「ブラックアウト」の経験者。
これだけ電化製品が進化してる環境の中、電気が2日ぐらい使えない状態を味わった。
異常事態を忘れさせるような満天の夜空。
エレベーターが使えずにマンションの高層階から階段を使って降りてくる人。
電子マネー系は一切使えず、現金なら支払い可能な状況。
電車も地下鉄も運行停止。
情報源はラジオが頼り。
そんな環境になったとして。
なんでもかんでもAI(電気で動く機械)に任せてる人は一体、どうなってしまうんだろう。
あちこちのコンビニが運営できていない中、非常事態でも稼働できてた当時のセイコーマートは本当にすごかったんだなとわかる。
これまでの経験はムダじゃない。
AI(機械)がなんらかの影響で使えなくなることは普通にあるだろうし。
いろんな経験や知識を蓄えておくことは悪いことじゃないなって思えた。
「星のせいにするつもりだった。」で、思わず力説してしまったけど。
やっぱり、人間の魅力はプロセス(人間だからできる営み)にこそある。
行動のひとつひとつに、その人らしさが詰まってる。
もし、万が一のことが起きたとき。
自分が持ってるもの(体験・知識・技術・体力、なんでもいい)を持ち寄って誰かを助けられるかもしれない。
自分のことしか頭にないと視野が狭まってしまうけど。
「あの人のために私は何ができるだろう? 」みたいな気持ちがあれば。
AIの発展が著しい時代に大切なことを思い出せる気がする。
――たとえば、星を見ること。
無駄と手間の中にある価値。
オリオン座を見つけて冬を感じる瞬間。
夏の大三角形を見つけて夏を感じる瞬間。
いつも安定して星がいてくれることの安心感と癒やし。
夜空に星を見つけて楽しめるのは私の中に知識があるから。
この感じを忘れちゃダメだと思った。
今、この文章が書けてることだって同じだし。
AIと会話してて「それは違うよ」と指摘できることも。
だから、どんどん経験豊富な人間になっていけばいい。
テクノロジーがなんでもプロセスを省いてくれる時代だからこそ。
「無駄」や「手間」の中にどれだけの叡智が詰まってるかを理解できる人間でありたい。