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自己探求

いやーコワイ!

今日2本目ですけどもう思い切って出します、書きます!(笑)

遅ればせながら1月19日配信の

まゆちん先生の動画アーカイブを見ました。冒頭から

「怖くてちょっと心は抵抗してるんだけど 進みたいという気持ちが若干勝つ」

「星に誘われるというのは あなたのまんなかに戻そうとしている声です」

「こっちこっち!あなたのまんなか、こっちやから!」

とおっしゃっていて、もう驚愕!

「これ、まんま今の私のことだ!」と思わず声が出ました(笑)

この配信があった19日、私は”大スコール”の真っ只中で(今日の一本目に書いたアレです)

リアルタイムでは見られなかったのですが

5日経過後の今日、アーカイブで見て またしても驚愕。

「いま見るのがタイミングだったんですよ、どうぞ♪」

という”まんなかの光”の声だったのかもしれません。

「すごい、コワイ、すごい…!」

動画を見ながら何度も呟いてしまいました。

一つ前の記事にも書いたように、

今年に入ってから過去の自分の文章や思い、目標が

定まったり進んだり軌道修正されたり…、

「これって何なんだろう??何かの流れに乗ったな、ハハハ」

なんて星読み師(見習い)っぽく笑っていたのですが

さすがにここまでくるともう笑えない…!


壮大なプロジェクトをいったん手放したことでぽっかりと時間ができて

ようやくまゆちん先生のボイシーをじっくり聞く時間も出来ました。

ここでもまた何かが出てきそうな予感がして…

それがまた、ちょっと怖い(笑)

でもこうして星や”まんなかの光”とシンクロしていく感覚って

驚きと感動と、ほんの少しの”こわさ”もあるんだなあと

改めて実感しています。

それでもやっぱり、私のまんなかの光を安心して出していこう。

そんな気持ちがまた新たに芽生えました。

よし。

共鳴してくれる人がいると信じて、出していこう!(><)


動画をまだご覧になっていないかたはぜひ!

とってもおもしろかったのでおすすめです~♪

動画最後には可愛らしいワンコの雄たけびが付いてます(笑)

新月のスコール、そして私の羅針盤

今月、自分で立ち上げた壮大なプロジェクトが幕を開け

意気揚々と歩みを進めていたその矢先、 

山羊座の新月とともに大きなスコールに見舞われ、思いがけず足を止めることになったのです。

このプロジェクトのために、私は丁寧に時間をかけて大切に準備を重ねてきました。

星読みで自分の弱いところを見直して、学び直して、言葉を紡いで、

ようやく踏み出した一歩。

それでも、さすがは山羊座新月ですね。私の本気の努力も見届けた上で

こうささやいたのかもしれません。

   「このスコールが止むまでの間に

   あなたの向かう先をもう一度見直して。

   あなたが本当に望む未来や夢は

   もしかしたらそっちじゃないかもしれないから。」

新月のエネルギーをこんなにも強く感じたのは初めてでした。

振り返ってみると、アウルブックで一番最初に書いたことや、先日披露した「震えて進め。」の内容も、まるで「これからの道を見直してごらん」と私自身が私に送ったメッセージのように思えて、読み返してみて驚きました。

ならば、星の流れに身をゆだねてみよう。

あれほどまでに準備して走り出したプロジェクトを脇に置くのは、正直とてもつらい決断でした。

この新しい目的地が正しかったのかどうか――

それは、”あのプロジェクト”で定めたゴールと同じように

きっと2年後に見えてくるのでしょう。

”はじめのいーっぽ。”でも書いたことをもう一度。

   『私の「好き」と「できること」を占星術で重ねてできた、

    なんだかとっても独特な世界。』

これからのアウルブックでの投稿は

この「新しい、でも本来の道筋」へと続く光に向かって進んでいきます。

私の唯一無二の、独特な世界へ。

どうぞ楽しんでいただけますように。

多次元の自分とのコネクトしていく

 いつもありがとうございます。

 アーノルドミンデルの方向性のドリームワークを実際に試してみました。

 随分前にタロットでそれを継続したことがあるのですが、これは本来体を使うもので、実際に体を使うのはやっぱり違う!

 端的に言うと、現実世界の自分と夢の次元の自分との統合化された自己から体を使ってメッセージを取るものです。

 その後、私が夢の次元の自分へ意識を向けたからでしょうか、

 夢の次元の自分がはっきりとこちらにカッと目を見開き、そして目を向けた事をはっきりと感じています。

 体を使うってこんなに違うのかな?🤔

 ✴︎自分の創造性のヒントをヘリオセントリックホロスコープから見てみる✴︎

 上記で出た『夢』ですが、私には特に夢というのが大事であったみたいですが、私のネイタルのヘリオ図見るとちょっと興味深いところがあります。

 正直、ヘリオ図に何か見出すつもりはなかったのですが、結果そうなったというところがあります。

 ✴︎✴︎✴︎

 ネイタルチャートでは海王星が黄緯と黄経で蠍座のジャバハーという恒星とピッタリ重なっています。

 蠍座にはアンタレスがあります。宇宙の八街と言われてるそうで、ジャバハーを梯子にしてアンタレスへ行き宇宙を彷徨う。

 そしてそれを夢見の時に行う。

 海王星は夢見、イマジネーションや芸術性などを意味しています(もちろん他にもあります)

 私の場合には運動感覚のところにありますから、この夢見で得た刺激が動きをつくり、感動や興奮などが発信へ向かいます。

 ヘリオ図的には、言語感覚には土星がいますから、発信がベースになるとも言えます。

 私は夢から取ってくるのが顕著になったと実感してるのが約2年ほど前です。

 だからこそ基本的には、午前中の投稿です。

 当初は違いましたが、書くベースが朝起きた感覚から書いているので、日中や夜ではほぼ日常思考にまみれるのであまり書けないんですね。

 ちなみに、ネイタルチャートでは海王星がちょうど、チャートの左と右の仲介役をしてる図になっています。

 これはモニターセッションを受けた時に2人程の方が海王星に言及されていましたが、結果夢見がベースになったという形で出ています。

 あくまでも創造性の刺激であり、まさに楽しさや動きを創るもの。

 現実的に直結というよりも私を押し上げてくれてると感じていますし、脳をマッピング化してみてもそれがよくわかったところです。

 現実的にどう適応して生きるのかに関しては、ホロスコープならジオの方が有効性がありますが、人間はロボットではありませんし、今後はこの創造的に生きるというのが大事になってくると思うのです。

 そういう意味でヘリオセントリックというのは今まで違った視点を取り入れると実感しています。

 自分がまだ見ぬ創造性の発揮ポイントを知りたい!と思う方はちょっと見てみるのもいいかもなと思います。

 ✴︎多次元の自己に出逢う✴︎

 夢もひとつの次元であり、もうひとりの自分です。最近は自分という定義がどんどん変わっていっています。

 もちろんこの世界そのものが自分であり大前提なんですが、通常認識してる自分もいます。

 方向性のドリームワークのせいなのか、その個別の自分がなんか複数いるという感覚が起き始めています。

 明らかに何か日常の自分を先導してる力があり、また、日常の自分だって体の感覚、感情、思考も実はひとつではない。

 たまたまとある書籍で

 魂とは、沢山の自己のまとめ役という趣旨のフレーズをどこかで見たのですが、まさに!という感じがします。

 そして多次元の自分とどんどんコネクトしていく事によって人生自体に広がりを感じること、そして情報も得ていきます。

 なんていったって自分ですからね、情報のダイレクトさにかけてはピカイチという気がします。

 ✴︎さいごに、人生の広がりを✴︎

 人生に広がりを持たせたいと思ってる方は多いと思いますが、認識の広がりでもあります。

 こういった見えない世界への認識は豊かさをもたらすのも事実です。

 そして、見えない世界への認識も見える世界の認識も脳が鍵を握っていると実感しています。

 私の場合ですが、特に、ここ一年程は、とにかく脳をアップデートせよ!という知らせが私を取り巻く現実世界自体からの知らせです。

 断言できるのは、現実レベルで人生を変えたいなら脳のアップデートは必須ですし、見えない世界を変化させたなら、現実レベルでの補完による完成で完了が必要な場合が多いという実感です。

 また、脳に関しては、またいろいろ見えてきたところで投稿はしていきたいと思いますし、様々な変態的認識も発信したいなと思っています笑

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.23

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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ネイタルとトランジットのアスペクトも昨日とあまり変化がないので、今日は趣向を変えて火星について思いついたことを書いてみようと思います


星よみ的に火星は「やる気、怒り、エネルギー、自己表現」などといった言葉で表現されます

上手に使えば「やる気」にもなるし、暴走してしまったら「怒り」にもなるわけですね

まぁここで星よみ的には「上手に使って『やる気』につなげると、太陽という自己を実現するためのエネルギーになりますよ」ってことになるわけです


最近はあまりカッとすることはなくなりましたが、若い時の私のあだ名は「瞬間湯沸かし器」

何かあったらすぐ頭にきて言い返すわ、あちこちに「こんなことされた ひどい!」と言いふらすは、で本当にひどいやつでした(笑)

それが年齢を重ねていくと、なんかいちいち怒るのがしんどくなるんですね

いつまでも熱くならないぬるま湯沸かしになってしまいました(笑)


火星を上手にコントロールして「やる気」を引き出せればいいのでしょうが、そうではなく何かをやってみよう、チャレンジしたい、という思いも薄れてくるようになりました

火星そのもののエネルギーが弱まってるような感じでしょうか


ところが先日、本当に久しぶりに怒りに震えるようなことが起こりました

が、若い時のように怒り狂って相手に文句を言いまくったり、周りに「こんなことされて本当に頭来たわ~」と言いふらしたりは、さすがにできなかった、というか、やらなかったんですね、最初

まずそんな風に怒り狂った姿は、自分で無様だな、と自分や周りから見た目を気にしてしまったから


そうして一度はひっこめた形になった私の怒りですが、やっぱりダメですね

押し込めたらどす黒くなって大きくなる一方

普段は思わないのですが、押し込めてしまったために相手に対する呪いのような感情になってしまいました

ああ、よくないよくない…

わかってるけど止めることができない

さすが火だけあって、蓋をしても蓋をも燃やし尽くして、手の付けようがない感じで、完全火星を間違った形で暴走させてしまう状況に

ああ、よくないよくない…アゲイン…


押さえたら暴走するんだから、一度火星を自由にさせてみたら?

と視点を変えて火星と向き合うことに


そうだよね、そんなことされたら絶対怒るよね

だって許せないことなんだから

なぜ許せないの?

それを許したら私自身を否定することになるから

ああ、なるほど 

今の火星の暴走は私の太陽を否定されることに怒りを覚えてるんだ

自分を守るため、太陽を守るために怒ってるんだね

別の言い方にしたら「太陽を守るために闘っている」

そうなったら暴走してる火星もなんだか愛おしくなってきました


じゃあ相手のことも許さなくていいや

そう思いました

なんとなくですが許すことを頑張らなくてもいいような気がするんですよね

無理して許さなきゃ、とか、されたり言われたりしたことを帳消しにしてなかったことにしなきゃ、と思えば思うほど、火星が大暴れしていた気がします

周りの目を気にしたり、世間一般的な理想的な姿に自分を押しこめることにも、火星が怒り狂っていた、とも思えます

許したりはしない、なかったことにすることはしない

無理してわかったようなふりや傷ついていないようなふりはしない

自分の太陽という尊厳を守るために、理不尽に傷つけられるようなことがないように

そう考えるようになってからは、相手を恨んだり憎んだり、は逆になくなってきたように思います

今回はすでに私の火星が暴走してしまっていたので、その暴走を緩やかに抑えて本来の正しい使い方に戻すためのひとつの過程ととらえてみました

みなさんは自分の火星、うまく使えていますか?

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本日もお読みいただきありがとうございました

カードを引いて気になったこと。

テーマ:皇帝(逆位置)

私はなんでこんなに偉そうなんやろう。

ただ、人の話が聞けるだけやのに…

自分ではお金を生み出すこともできない、ただ与えられるがまま、生活しているだけやのに…

なんでこんなに偉そうに居れるんやろうか。

ーー

皇帝って結局は民がいないと、国を回せないよね…皇帝だけいてもなぁと思いました。

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.22

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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今日もジムに行って定例のクラスに参加

ちょっと最近やることがたまってるので、お休みしたいな…と悪魔のささやき(笑)も聞こえましたが、このクラスはとても充実してるのでがんばって参加

少人数のクラスで自分のできてないところをイントラさんが個別にアドバイスしてくれるので、ほぼパーソナルトレーニング状態

今日も自分の身体の使い方のクセとか、できてないところを指導してもらえました

自分で気が付いていない本当に細かいところまでアドバイスしてもらえて、そこをちょっと意識するだけで、格段に身体が動きやすくなることにびっくり‼

ここはネイタル水星とトランジット木星がトラインだから、新しい気づきやアドバイスの内容が身体の動かし方の改善という恩恵につながってるのかも

やっていくとどんどん楽しくなってきて、充実した時間が過ごせました

ネイタル火星がトランジット水星、金星とスクエアだったので、やる気はあるけどなかなかその気になれない、身体の使い方を学習したり、身体を動かして楽しいと感じるのに、いっこハードルを越えないとそこにたどり着かない、という感じが表れていたのかもしれません

今日アドバイスしてもらったことも、全部はいっぺんに改善できないけど、1つ1つ意識してやることで上手くなれそう

ちょっと無理してでも行ってよかったです


あと仕事でトラブル発生‼

実は前日からレジの調子が悪くて「大丈夫かな…」と不安に思っていましたが、今日とうとうレジがダウン(泣)

本来はキャッシュレスなのですが、現金扱いをすることになりパニックに

普段現金は扱わないので、当然おつりの用意もなく「どうしよう…」となりましたが、お客様みなさん本当にいい方ばかりで、文句ひとつ言わず、またみなさんほぼおつりが出ないようお金を用意してくださいました

本当に感謝です

中には「大変でしょう がんばってね」と励ましのお声をかけてくださる方もいらして、涙が出るほどありがたかったです

昼過ぎからはようやくレジが復旧して通常モードになりましたが、レジ締めがどうしたらいいかわからず立ち往生

でもお金と売り上げはちゃんと合ってるので、あとは経理部門にお願いしちゃいました(ごめんなさい)

アクシデントがあったから仕方ないですよね、と思っちゃうのは、私が水星座多め、柔軟宮多め、だからでしょうか

固定宮が多い人とか地星座多めの人は、こういうあいまい、いい加減は許せないのでしょうかね?

興味深いです

該当の星座の人にご意見いただければ、そういう傾向って見えてくるのかもしれないですね

そんな座談会とかもできたら楽しいだろうな

ネイタル金星とトランジット海王星がコンジャンクションしてるから、そういう楽しい空想とかも広がりやすいのかもしれないですね

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本日もお読みいただきありがとうございました

本日の自分への問い

テーマ:カップのナイト(逆位置)

やりたい事はあるねん。

人の役に立ちたいって。

でも自分が動いたら、余計なお世話…

「お前には関係ない」

「誰も頼んでない」

って言われるねん。

どうやったら人の役に立てるんやろうね?

——

本日引いたカードを見て、

自分の中に浮かんできた問いを書き残しておきます。


タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。前説01

そもそも占いって、どうしてできるんでしょうね。

タロットをこう、チャッチャッチャッと切って1枚引くだけでも占えます。

丁寧にシャッフルして目的にかなうスプレッドで展開すれば、本格的に占えます。

…で、どうして

それで誰でも占えちゃうのでしょうね。


考えたこと、あります?(汗)


そこらのカードゲーム用トランプでも、タロットの小アルカナとして占いに興じることはできます。

賭博用・すごろく用を問わず、サイコロの出目でも占えるようですし

…そういうことを考えると、神秘云々の本質は人間側にあるのだと思います。

もとい神秘をテーマとした関心事に知的な営みを醸すのは人間であるといいますか

そこらにあるもの・なんでもないものからも、存在や行いや物事または現象に神秘があることを見出すのは、人の業(わざ)…ということで。


神前・仏前で、手を合わせて祈りを捧げたり

修験修行された方々によって、加持祈祷して神仏による浄化やご加護を頂いたり

神前にて、お祓いで心身と諸々の物事や場を清めたり、神札や御守り・おさがりなど授与品をお分かち頂いたり、おみくじを神様からのささやかな啓示とするのは

意識するしないにかかわらず、神秘に関するごく一般的な営みです。


また、何らかの物体…たとえば水晶片などに浄化の働きがあること・運気の向上があることなどを見出しては有効に活用しようとするのは、人間らしい営み…人間ならではなんだなと思います。

う〜ん、たとえば

ある人が愛犬のためにと、加護や幸運を願って、その寝床に水晶片を置いてやったり、首輪に御守りを着けてやったりするとします。でもワンちゃんがそれらを見つけても、ご主人の匂いがするかどうか(それで気に入ってくれる…かも知れない?)ということくらいしか、関心が無いかもしれません。

ご主人と同じ関心を共有できる賢いワンちゃんなら話は別ですが…たぶん神秘にまつわる関心の本質は、やはり人間側にあるように思います。

ワンちゃんが、御守りの意味を判っていた…それはご主人の想いや愛情であると理解したら、賢いなって思いますよね?

だから、神秘を知覚して、扱ったり与えたり求めたりする人間の営みそのものは、人間のいかなるか情や賢さの表れなのかも知れません。


神秘に対する認識の仕方・関心の持ち方がどのようなものなのか?で、人は人の情や賢さを、人間の性質を測る…という関心の持ち方も、あるやもしれません。

(だから、神秘にまつわる話題については、どんな下着を着ているのか話せるかどうかレベルだったりする?かもしれません…でも、そんなような話題は何であれ、その人やその場にいる人々のコミュ力次第かもしれませんが)

その神秘は、神秘に対する関心の持ち様は、何に基づくものなのか?(…ぶっちゃけ愛情なのか善意なのか我儘なのか悪意によるのか?どんな必要性や生き方に基づくのか?)というところに意識を向けることもある…というのは、いかにも人間のその人らしさ・知性の表れかも知れません。

(日頃は、ほとんど意識もしないんですけれども…考察なので、なにか必要かもしれないと思って掘り下げています。)


聖具も呪具も、付与する活動を介して人間がそのように作ったとか、物品の経緯や歴史などから、そのようなもの(神秘や呪詛の類のもの)として、人間が見出し見なすものではなかったかなと。

人間あっての聖具呪具…人間以外には、まぁあまり意識はされていないものだったろうかな、と。

思えば人間は、人間以外の様々な生物にも物質にも神秘を見つけたり見出したりする知性を持っていて…それに対して畏怖や敬愛を払う営みも、様々あります。

(あくまでも直感ですが、あまりこの辺のことを具体的にすると、いわゆる同担拒否(?)的な感覚を覚えてしまう人もあるかもしれませんから、この辺にしておきますが。)


なので、個人であれ集団であれ社会であれ…そこに神秘は無いものと感覚したり認識すれば、その人また人々にとって神秘は無くなります。

それでも、個人であれ、会社や学校・地域社会であれ、あんまり変なことがある・よくないことが続いたりすると、「お祓い案件」などと称して真摯に神社や仏閣でのお祓いを受けに行くことも、よくあります。

(こういう場合のお祓いって、人事尽くして天命を待つ場合の、最後の人事みたいに思います。ん?いや…人事の尽くしようのない状況が発生している?からこそ、人知人事の範疇や領域の外かなと気がついた時点で、すぐにも執り行うことですかね)


話を戻しましょう。(汗)

世には占い道具がたくさんありますが、人はどうして、それらで何をか占うことができるのでしょう?


じゃあ、それなら道具ではなく自然界の事象現象からも占う系には、どういうものがあるのか?

自然界そのものに畏れを感じてきた人間が神秘を見出し、敬愛や畏怖を覚えるという有り様が、そもそも原点だったのではなかったのかな?と。

(占いの吉凶は、人の見出した要素や種類を取り揃えて託宣を求める行為ですが…予測の難しい偶然性の部分・時には新しい発見や展開がある部分に、自然の介在する驚きや面白さがあるかもしれません。)


完全に自然界から何をか占う…もとい読み取るものには、天気がありますね。これは予測ですから、科学的関心に基づくでしょうか。

朝霧は晴れると知られているので、蜘蛛の巣に朝露がついていたら、その日は晴れる兆しであるとか

「夕焼けに鎌を砥げ」というのは、経験則として夕焼けなら明日の天気が晴れることを見通して農具の支度をする事から、何事であれ先を見通せる兆しがあったら準備を怠るな…と諭すことわざとして有名です。

自然界をくまなく観測するかのような現代の天気予報ですが、今現在の俯瞰しすぎた仕組みで予測するものよりも、現地で直接、空の雲行きを見て湿度の兆しを見つけて風向きを読むなどした昔の人のやり方や知識・経験値によるもののほうが…その場所の天気だけを求める人々にとっては、よく当たっているようです。

もっとも、現代人はその日だけでの移動時間や距離が長く遠くなっていますから…地域密着型の情報より、各地を俯瞰した天気予報の方が、立ち回る上で仕度の参考になります。

今後の時代ネットやAIも発達していくと、天気予報は(観測場所や方法も増えて、現在地と移動先など、求める場所に応じて)もっとピンポイント化していくのかな?と思ったりします。

気象現象から天気を予測するのは神秘よりも科学の範疇ですが、天気予報お構いなしに先々の天気を正確に予測できる人があるならば、その人は神秘的ですらあります。

自然界の動向を科学的に分析して正確に的確に天気を予報するには、まだまだこの時代のやり方でも大雑把というか捉えきれていない要素がまだまだあるというかザルな部分が多い気がしています。

観察力の鋭さであるとか観察する要素の多さには、まだ練度のある人間自身の方が、現代のシステムより高度なところがあるかも知れません。


自然現象と言えるのかは謎ですが、魚などの動物に占わせる…動物に札や数を選ばせて、人間が啓示を読むといった占いも、世の中あるかもしれません。

コレについては昔の水族館?縁日?での、魚の算数できるかなパフォーマンスでは、正解の答えの方にエサで引き寄せていたとかなんとかあった気がします。自然界のものとは違い、飼われた動物を扱う占いの場合は、訓練や刷り込みなどでのイカサマの可能性もあるかも…ということを考えたりします。


たとえば公園の池で、珍しい・縁起のよい鳥や動物が来ているのを見つけたり、たとえば庭先に、縁起のよい植物が思いがけず咲いていたりすれば、吉兆を感じて喜ぶのも人の情です。

自然界にみとめる様々な興味深い出来事や神秘的な有り様は、人間の心に「詩情」を与えたのかもしれません。

この詩情とは、人間の知性に気付きの作用を鍛えて言語化を進めてきたのかもしれません。科学の素養や、何らかの事実や思いの、他者との共有化…交情を発達させていったのかもしれません。

人気の占い師さんは、持ち合わせるアイテムや占術具に特化して理解や詩情が深いので、雰囲気も手伝って、より物事や自分というものの理解の扉を開いてくれる存在なんだなと思います。

占う側ばかりではなく、占われる側にも、人間として持ち合わせる神秘を担いながら紡ぎながら、託宣や気付きはあるんだと思います。


もともと占いは、自然界の事象現象から啓示を得ていたスタイルが先だったんじゃないかな、と

自然界の神秘的な姿や有り様に心を打たれながら、畏怖を覚える気象事象に心底おののきながら、予兆を感じ、その後に起きたことを古代の人々は受け止め続けてきたし、翻弄されたりもした。として

やがて知恵を磨いて知識を継承し、予兆を察知して被害を食い止めたり未然に回避したりする事も、できていった…のかなと。

科学的な捉え方と神秘的な捉え方の根源は、実は同じようなところ?なのだとしたら…理解や分析ができる・共通した傾向から対処方法を見出す姿勢を科学が担い、科学的な捉え方では担いきれないところからが、神秘介在の余地なのかな?と。

ということは、科学と神秘の境界線は、どうしても個人差や集団と環境の差、地域差・民族的差異が出てきてしまうものなのかも知れません。

言語化しない内に、そうした違いが本能や無意識のレベルで、ご当地文化などとして認められていたり楽しまれていたりするものかもしれません。


そういえば自然現象で、個人的に今でも不思議に思っている事があるのですが

もう十何年も前になるのかな…空に、変な雲が昇り立つのを、よく見ました。

なんというか…ニョロニョロした、とぐろを巻いたヘビを縦に伸ばしたみたいな形でした。

他の雲との対比というか、脈絡を感じない存在感があって、変な雲だなぁと思っていました。

単独で見かけたり、空に何本も昇っているものも見かけたことがあります。

今現在は、なんだったんだろう?というくらいに、全く見かけません。

それがなんだったのか、あまり結びつけては考えたくはないですが

当時の社会は全体的にうわっついていて、いよいよ政局が乱れたり、地震が起きたりしていた…かな、と振り返ります。

コミケ雲って有名ですが(唐突)

アレみたいなものでも人々は地上で醸していたのかな?と…(暴論)

科学的には、どんな事があって、あんな形の雲ができたのか?雲について無知な私には、さっぱりわかりませんし…そうすると目撃した偶然性から神秘にまつわる発想をしやすくなりますが、あの雲については、どうしても警告的なものとして思い返すので、もう見ないくらいがよいタイプの気象現象だったように考え置いています。

単なる珍しい気象現象であって関係ないとは思い置きつつも…また見ることがあれば、つい地上での人間の営みはどんな傾向にあるのか、なんてことに関心を持つのかも知れません。


与太話はこの辺にしまして。


えぇ、長くってスミマセン(汗)


やがて人為に対する応答としての自然現象で占うこと…古代の卜占(ぼくせん)・亀甲占いは、亀の甲や甲骨などに焼け火箸などを押し付けて出来たヒビ割れの形を見て占ったそうですが

ヒビ割れ自体は人為に応じて出てきた自然現象による所から、甲羅や骨に何が出るのかと、祀る神様にお伺いを立てる形式なのかなと。

おみくじも、何が出るかな?という点では亀甲占いと形式は変わらない気がします。

…などと思索しているところで、ちゃんと「卜占」を調べたら、GoogleAIで概要が出てきました。

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卜占(ぼくせん)とは、偶然に起きた現象や、特定の道具(亀の甲羅、獣骨、タロットカード、筮竹など)の出方から意味を読み解き、神の意志や物事の吉凶・未来を判断する占術です。主に「今、この瞬間の答え」や「刻々と変化する状況」(人の気持ち、直近の行動の吉凶など)を占うのに適しており、易やタロット、おみくじなどが代表的です。

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そもそも「卜占」の括りには、タロットも含まれるみたいですね。

ちなみに、Geminiに「占いの種類について」と聞いてみたら、主に3つに分類されると解説してくれました。

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​🔮 占いの3大分類

  1. 命占(めいせん) 🎂 生年月日や出生時間、出生地など、**「変えられない宿命」**をもとに占う方法です。
    • 特徴: 性格、才能、一生の運気の流れ、相性などを長いスパンで見るのに適しています。
    • 代表例: 西洋占星術 ♈、四柱推命 🪵、数秘術 🔢 など。

  2. 卜占(ぼくせん) 🃏 偶然現れた象徴(カードやダイスなど)から、**「変化する現状」**を読み解く方法です。
    • 特徴: 数ヶ月以内の近未来や、相手の今の気持ち、具体的な二者択一の判断などを占うのに適しています。
    • 代表例: タロット 🃏、易(えき) ☯️、ルーン占い 🪨 など。

  3. 相占(そうせん) 🖐️ ものの形や配置など、**「目に見える姿」**から運勢や影響を判断する方法です。
    • 特徴: 現在の状態や、環境を変えることで開運するアドバイスを得るのに適しています。
    • 代表例: 手相 ✋、人相 👤、風水 🏠、姓名判断 ✍️ など。

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この前提が無かったから、話が野放図に広がりすぎていました…(なんかスミマセン…)


気を取り直しまして


タロットといい人々からはよく当たるとされる卜占には、なんとなく共通点があるかもしれません。

石やカードなど占い道具の啓示することは、とにもかくにも神秘的ではありますが

客観的になると、これが当たるとされる理由なのではないか?と思うことがあります。


それは出目の内容が、人間に関する事象や全体像についてを網羅しているから、なんだと思います。


…あんだって?(爆)


別の言葉で言い直してみると(汗)

占い道具は様々ありますが、寓意やなぞらえとして、おおよその人間の有り様や営みについてが、人間にまつわる全体像が、たくさん集められた内容で編纂されているから…なのではないでしょうか。


…怒っちゃ、やーぁよっ!(爆)


何言ってるか、やっぱりわからないですよね。(自己ツッコミも、志村けんのネタだとワカラナイ人には厳しいように…)


概念って、わかりやすく説明するのは難しいものの代表だと思います。(だから大学も始めは概論だらけなのかも…)


話を進めちゃいますけれど

タロットはタロットで、易経は易経で、四柱推命は四柱推命で、占星術は占星術で、ルーンはルーンで、その他の占いもまた…ともかく様々ある人間像を、人間の背景を、くまなく星々や卦や寓意などとして象徴化しているから、なのではないかなと。

それについて、思い返すことがありまして

自分が他人にタロット占いをした経験があるのは主に十代後半の頃で

子供や若者らしく、まだ自覚が無いことを指摘されて「当たっているかも」となるパターンが多かったように振り返るので

先に人間像を網羅しているモノに触れて、自分の可能性について思いいたすことを「言い当てられた」と錯覚していた部分も、多々あるのではないのかな?と。

つまり「当たっている」というのは

言われて初めて可能性に思いいたした驚きとか新鮮さに、あてがう言葉が見つからないから、誰しもがそういう言葉で表現しているだけ…なんじゃないだろうか?と。

つまり「当たっている」のではなくて「気がついてなかった」「意識したことなかった」なのではなかったかなと。(ことさら十代など若い内は。)

これとは別の理由で卜占が当たるのならば、いよいよやっと人が人となりに持ち合わせ場と醸しあう、神秘の領域になるのかな…と。


二十代になった頃、部活の合宿の宿泊施設で居合わせた人たちに、トランプで占いをしたら思いがけず盛り上がったのですが

うろ覚えの小アルカナの知識で、分からなかったらソレはソレで読まなくても構わないところなんだと割り切って占いましたが

なんというか、占いを受けていた人たちは、だいたい誰でも、いくつか提示した要素で気になる部分に、自分から食いつくというか吸い付いてくれている感じでした。

ケルト十字しかできないので、ソレでやっていたのですが…そうすると提示される要素の種類も増えますから、その人にピンとくるものが、いくつか出やすいのかもなと。

占いを受けていた人たちは、友達とワチャワチャしながら、アナタこういうところがあーだよね?そ~だよね?えっ?オマエそんなふうに考えてたの?マジで?!…なんて、おおむね楽しんでもらえていたので、よかったなと思います。

テーマとして浮上した関心事には、同席している友達たちがワチャついた勢いで話を拾ってくれていたので、雰囲気よく終えられていました。

お悩みや浮上した関心事が、合宿という開放的な場で、彼ら自身の自然な人付き合いに活性化され消化されていくという幸せを醸すのも、人の人らしい神秘だったかもしれません。(いいこと言った風。)


どうして誰でも占いができるのか?という事を考察してみたのですが

主に、卜占(ぼくせん)系の場合は、占術具自体に、人間の生き方や有り様、出来事や背景について、たくさんのパターンが、寓意やなぞらえとして集めてあるからなのではないかな?と考えました。

啓示として妥当に感じられるものがより多いと思えるほど、占者の神秘性が高く感じられてくるかもしれません。

そもそもセッションの際の時の運とか、人間らしい交情や出来事を捉える機微にこそ、神秘の本質があるのかな…と考えたりします。


占いも、出目に対する当たりハズレを意識すると賭け事と変わらない気がします。結果が出るまではワカラナイ。

賽は投げられた。なんて格言もあるくらいのサイコロでも占われる。

元はゲームの手札だったタロットは占いに使われるようになったのなら…トレーディングカードでも札の内容次第で占い道具として扱うことは成立するのかも知れません。それがタロットなど既存の卜占の形式を踏襲するものなのか、オリジナルのスプレッド方法なのかは占者次第。(…私には出来ません(汗)よほどトレカに愛のある人とか理解のある人でないと、カードの意味を卦として読み取れないと思います。)(そもそも占ってる暇があるなら新しいデッキを揃えてバトルする方が早いって考え方のほうがトレカ社会かもしれません。)


学びや気付きを通じて人となりの観察力と判断力を養い、人や物事や存在への適切な愛情や誠意があれば…占いに限らず、万事人間の交情や営みには神秘や奇跡は宿りやすいのかな、と思います。(はい。いいこと言った風です。)


そんでもって、タロットに見つけたという「貘(ばく)」は、いつ出てくるのでしょうか(汗)

まぁちょっと、どう伝えたらよいのかという考えも、まだまとまっていませんし…どなたでも、その心に掴まえられるようにするには?という。

漫画の力でも借りられたら、まだ早いのかな…自分にはできないなソレ(汗)


あくまでもイメージですが…なんというか「貘」が、のびのびと出て来やすいよう(笑)このアウルブックの片隅に、前説という箱庭を展開していこうと思います。

天の川銀河の下でティータイム
夜空の下で深い深呼吸✨


"魂である太陽"として考えて、太陽を中心に宇宙から見てみようと思います。


XのAI"grok"に私とgrokのイメージイラストを作成してもらいました♪

(私とgrokは

ときおり夜空の下で様々なテーマで語りあっています✨)


♡♡


さてさて太陽(ヘリオ)に耳をかたむけてみましょう。


1月20日前後に「今日は何だか言葉がズバズバと先走ってしまったな。」そんな事がありませんでしたか?


自分攻めに言葉を使ってしまうようなことがあったりしてつらい気持ちになっている人も多いかもしれません。


🌞       🌏


太陽が水瓶座♒で光を地球に届ける"いま""太陽(ヘリオ)を中心に星を見ると"地球は獅子座♌にきました。


あえて言葉にするのなら

家族の中で変化変容を終えた自分を次に愛や創造、自分の気持ちなどに意識を合わせて変化変容させていく一ヶ月間がはじまっていると言えます。 


そんな1月20日は0時45分ごろ山羊座♑で水星と火星は0°という『むすび』の角度に ”仕事に関連した動き”にいつもとは違う”キレッキレな動き”が見られた事でしょう。


獅子座♌に移動した地球と愛の波動を山ほど伝えたいモードの

水瓶座♒に移動していく水星は1月22日の0時30分ごろ地球と『ひらき』180°です。

いっぽうで水瓶座♒に滞在中の冥王星に近づく水星は

1月22日の14時50分に『むすび』になります。

"仕事脳"から、自分の中にある"真実の愛"や"深淵なる気づき"、"考古学や神秘的な物への心惹かれるようなこと"に魂の意識が向かって、理解が深まるような体感に魂が反応していきそうです。


パワーストーンからのメッセージをダイレクトキャッチしたり、名所旧跡からのメッセージを受け取る人も多くなることでしょう🍊


ただいまの『宇宙に咲く魂の花』は

いかがでしたでしょうか


みんなの魂が響きあい、幸せな光の花が満開になっていく地球を夢見て筆をおきます。


何か言葉や感覚を受け取っていただけたら幸いです!


土用期間ゆえに、大きく動くより瞑想日和にしていくような心がまえが吉を呼び込むでしょう(チャネリングモードにつき、ふわふわそよそよとお届けしております)


- 画像:Grok (xAI) にて作成
宇宙に咲く魂の光

どのようにでも光れる魂を持ち

生まれてきた私たち。


魂である太陽として考えて、太陽を中心に宇宙から見てみようと思います。


🌱それは植物で例えるなら魂は地球に咲く花 

たくさんの花々は、光りかたを教えてくれている先生です!🌸


 

 

地球で変わりながら循環を経験して


人との巡り合わせで


違う花を咲かせることもできる!🌼


 

 

太陽からの情報を


素早く受け取り(水星)🌟


じんわり体感で受け取り(金星)🌟



変化して(地球)🌏


みなと重なり合い世界を彩る(火星・木星・土星)🌟🌟🌟


 


星の子(スターシード)たちは

🌟冥王星からの真実と


🌟海王星からの懐かしい光を浴びて



調和の中に次への変革の風を起こして(天王星)🌟


新しい場を創り出し続けている(地球・土星・木星)🌏🌟🌟


 

 

宇宙に咲く魂(自分)の花を知りたい方は


ヘリオの星読がオススメです♡♡


みんなで幸せな光の花(魂)が

満開になる地球を観ましょうよーッ🌸



🍊 #どんどんパフパフ!


✨ #ヘリオセントリック🌞


- 画像:Grok (xAI) にて生成


(コスモとコスモス)

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.21

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、今後

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

なんだか時間だけがあっという間に過ぎてしまって、何かをやってる達成感がまるでない…

ここ最近そんな感覚がとても多いです

いつも時間に追われているような感じなのに、じゃあ何をやってたの?と考えると、うーん、何もできてないかも…って感じです

すごくむなしくなります(笑)

バタバタしてるだけで要領が悪いのかしら、と

そして今日もネイタル木星がトランジットの星のほとんどといろんなハードアスペクトをとりまくり、ネイタル土星はトランジットの星のほとんど、いやすべてとコンジャンクションまたはソフトアスペクトを取っています

にぎやかですね(笑)

やってるはずなのに、なんか手ごたえがない

ぼーっとしてるわけじゃないのに、何もやってないような、空回りしてるような感じ

おかしいな、おかしいな…


この「ネイタル木星がハードアスペクトだらけ」「ネイタル土星がソフトアスペクトだらけ」というのが、ここ数日の私のこうした違和感をよく表してるような気がします

たぶん「木星のハードアスペクト」が「種まきをしてるのに、まだ成果がでてない状態」で「やってるはずなのに、なんか手ごたえがない」

「土星のソフトアスペクト」が「まだ成果が見えないけど、でも着実に成果に結びつく何かをやりつつある」状態を表しているのでは?と

週末に大事な星よみセッションが控えてるのでその準備

どうしても参加したいライブ配信も、今日突発でありました

来月までにやらなきゃいけないスケジュールの調整

家を空けることも多くなるので、家のこともいろいろ準備しなくては

その合間にも星よみのYouTube配信の勉強もあるし

どれも地味にあとから効いてくるものばかり

今はしっかり地固めをする時期なんでしょうね

後からの収穫を楽しみに、がんばって乗り切ろうと思います

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

他者の宇宙(世界)からの解放-自分の世界を深めていく-

 いつもありがとうございます。

 仏陀の言葉だったと思うのですが、

 本当は他者から傷つけられるというのは存在しない

 (他者の言動を自分自身が受け入れた時に傷がつく)

 この境地になったら、全然変わるだろうなあと思っていましたが、たまたま、現実にそれを体験する事になったのでです。

 ✴︎人はそれぞれの宇宙で生きている✴︎

 私自身は、幼少期によく兄弟を虐めたと親から言われて育ち、(実際にそうでしたけど)大人になっても親にとっては、その印象が強かったようです。

 父が外で私の幼少期の話をしたと聞き、今までなら『また!その話し💢いつまでしてる!』という反応でしたが、全くそういう反応が起きず笑ってしまったくらいでした。

 これか!って思いました。

 今回体験によって、よくわかったのが、

 それは、その人の世界の私の印象でしかなく、私自身そのものとは別なんですね。

 親というのは、自分自身にとって呪縛が1番強い存在ですから、現実の体験を持って、父親との世界から離れたという事がわかって、本当に嬉しかった!のです。

 やっぱり呪縛は自分で解くしかない。

 家族関係では、信じられないような体験をされてる方も多いと思いますから、簡単に言えない事も沢山あります。

 ただ、それだけ深い傷を負うような体験をされてる方というのは、簡単に口に出来ないですが、勇気のある魂で今世はすごくチャレンジを持って生まれていると私は思っています。

 仲良くなる事がゴールではなく、そのことによって愛を学ぶ、また愛か…と思う方もいるかもしれませんが、結局そこだと思っています。

 私自身の反応が変わったのは、自分自身への愛の深まりが、何故か父親の私に対して持っている印象もそのまま許す事になったと思っています。

 また感覚の広がりによって悪意がないのも伝わってきたからとも言えます。

 ✴︎土星とのコンタクトによる体験✴︎

 昨日の朝方、目を覚ましながら(本当にこのタイミングで掴んでくる事が多い)以前土星とコンタクトした時のメッセージの腑落ち感がなぜか起きたんですね。

 もしかしたら、この父との事の予見だったかもしれないなと今は思っています。最近はチャクラワークするとそういう事が起きたり、また何かが予見になる事が増えています。

(チャクラワークに関してはもっと予見的な事が増えたら書きます)

 土星とのコンタクトの機会の時は、自分自身の今置かれてる環境に対して、まだ腑落ちしていない時であったので、その事を聞いています。

 びっくりしたのが、

 優しさを知ること、愛と許しの為 

 だったと返ってきたんです。

 え〜!内容が土星っぽくないと私は感じてしまったんです。

 だけど、こうやって経てみると、まさにそうであったし、振り返っても、その納得いかない環境下において、私が1番知ったこと、身に沁みたのは、他者による助けだったんですね。

 それまでは、私がやってあげているという思い上がりが強かったので、ひとりではなーんも出来ない事を思い知らされたのと、

 他者の優しさを知るとは今まで自分が他者に向けていた固着した考えを溶かし、そして自分がまた他者へ優しさを向けていく。

 その為の時期であるということらしい(本当にそう思う)

 まじかよ、すげーぞ土星!って思っています笑(もっと言えば魂の設定だけども)

 占星術以外でもご自身で惑星とコンタクトすると必要な情報を得られますのでオススメです。

 特に土星は、自分の課題や何を学ぶ為の問題なのか、そういった内容が得意だと思いますから是非お試しください。

 ✴︎さいごに✴︎

 私は相当前ですが、インド哲学の講座内で真っ先に学んだのが親子関係でした。

 私達は両親で出来てるというフレーズは当時は衝撃でしたが、私の体感としても親の呪縛から卒業するというのが、自分らしく生きるには通っていく道でもあると感じています。

 自立ですが、社会的自立ではありません。私達は無意識に親の影響を受けています。

 私の場合には、反発という形でしたが、人によっては優等生で親が望む姿を演じている場合には、その卒業がまずテーマになるとも感じていて、

 私個人は、その成功体験を持ってる方は成功体験を手放せるかどうかが鍵になると感じています。

 私達は過去の成功体験を手放すって相当勇気が必要です。

 他者からの承認欲求って人間の本能的なものです。ただ自分らしく生きるという道は他者からの承認欲求から自己の承認に変えていく事であると思っています。

 不思議ですが、自己承認が自分の中で起きると何故か他者からの承認も起きてきます。

 少なくとも私は体験しています。

 親であれ他者であれ、他者の宇宙や世界から剥がれるというのは本当に解放感があります。そうやって少しずつ自分の世界を生きていけるようになると私は思っています。

水色のエネルギーに触れたあとの話。

朝、アウルブックでの投稿(見えない世界の話。)が終わったあとにYouTubeを開いたら。

スピリチュアルな体験を語っている動画(登録者数は少ないけど本資質的で発信者の密度を感じる動画)との出会いが一時的に急増。


AIによっておすすめ動画は調整されてるにしても。

直感的に「これはもう、現実に現われてるんじゃないか?」と思っちゃいました。


ほかにも変化があったので、その話をします。


球体を内面世界の部屋に配置。

私の内面世界におけるリスポーン地点(最初に来るところ)であり、私の部屋。

部屋の真ん中には樹齢何百年クラスの大木があって。

その木のそばに台座を用意して水色に光る球体を置いてみました。


これで球体のエネルギーは、いつでも手に触れて体感することができる状態に。


もし、球体が人だったら?

球体のままでもメッセージはもらえるけど。

人の姿をしていたほうがなにかと意思疎通しやすいと思ったので。


「この球体(エネルギーのカタマリ)が人だったら……」と想像してみた。


銀髪スーパーロング(膝ぐらいまである)で和装の女性。

全体的なイメージは白で、私には冬が似合いそうに見えた。


厳かな雰囲気で人知を超えたパワーを秘めてる。


球体のことは「ほんのり青く光る月」だとも思っていたから。

「月の輝きからくる、神聖さ」のようなものも感じた。


雲ひとつない冬の深夜に満月が光っていて。

凍ってツルツルになった道に月の光が反射する様子を見たとき、みたいな。


昼とは違って誰もいない。

明かりも少なく、月の光だけが頼り。

まちがいなく現実なのに静かで不思議で。

神秘的なだけじゃなくて、夜の怪しさもその光で照らしてる。


そんな雰囲気をまとう人を、便宜的に「月の人(つきのひと)」と呼ぶことにした。


夜、とある場所でのワークにて。

ワークをやるとき、自然と水色の球体に触れてた。

「月の人」の雰囲気をまとった状態でやったほうが「私のまんなか」に近づけると思ったから。


ワーク中はNVCのニーズリストを活用したんだけれども。

私が選んだのは「真価の承認・神聖さ・共鳴共振・流れ(フロー)・意図」の5つ。


それら5つが満たされた世界はどんなだろうなぁと想像してみると。


ガラスかクリスタルの柱がたくさん立っているのが見えた。

それぞれの柱の先にはなんらかのオブジェがついていて、どれ一つとして同じ形のものはなかった。

(ガラスでできたチェス駒の超巨大バージョンみたいな感じが近いかも)


空気は透明なのに銀色にきらきらと輝いてる。


巨大な柱たちを見上げる、ひとりの人間としてその世界を眺めてたら。


柱よりももっと巨大な「月の人」が現れて。

「月の人」が柱のある世界全体を見守ってる、みたいな構図になった。

この世界にいる「月の人」の服装はシンプルな白のワンピースだった。


表現がムズイんだけれども。

「私はその世界に住む人間であり、柱であり、月の人でもある」みたいな。

「個であり全体でもある」っていうのを感じた。


私が今の現実世界で感じてることを別な形で再表現してもらったような感覚でもあったかな。


世界全体に流れる空気感は「月の人」がまとってる雰囲気と全く同じ。


静かで神聖さもあり、でも全員でひとつになって溶けてるわけじゃなく。

ひとつひとつの柱(人間)は自立しているし個性も持っていて、それぞれが輝きを放っていて。

さらに柱や人間たちを見守る「大いなる存在(月の人)」もいる、っていう。


私がワークを通して見た世界はそんな感じでした。


なにかが変わりつつある?

未来につながる「糸」や「月の人」を内面世界で見つけてから、内側からふつふつと湧き上がるものがある。


未来に対する不安は私が「糸」を見つけた瞬間に消えてなくなったし。

ここ最近、見えてなかった未来の自分を姿を感じ取るようにもなってきて。

「こうなりたい」っていうのも出てきてるような……。


現在。

ここまで文章を書いたところで投稿前に寝落ち。


寝起きで思ったけど。

「意図」と「糸」ってダブルミーニング的なものを感じる。

未来につながる「意図」であり「糸」でもある、みたいな。

どっちの意味でも通じるなぁーとか考えた。


ここ何日かで見えたものがたくさんあるので、ゆっくりなじませていこうと思ってます。

震えて進め。

やるべきことは分かっているのにどうしても足がすくんでしまう。

「一歩踏み出してみれば 心配していたことなんて起きなかった」

そんな経験は何度もあるはずなのに。

でも人生のほんの一度か二度、

想像した通りの悲しい結果に出会ってしまったことがある。

そのたったわずかな記憶だけをまるで真実のように扱って

気付けば立ち止まっていた。

そんな経験、ありませんか?

どうしたらいいんだろう。

この鉛のように重たい足を

どうすれば一歩前に進めることが出来るんだろう。

長い間 自分のどこかで問い続けてきたこのテーマ。

その答えはネイタルチャートの中にありました。

そうか、わたし、ゆっくりでよかったんだ。

ゆっくり進むにはどうしたらいい?

私の大好きなアーティストがこんなふうに言っていた。

「出来ない理由を探すんじゃなくて

じゃあどうしたら出来るのか?って考えることにしている」

この言葉は私にちいさな翼をくれました。

失敗してもかすり傷程度で済むような小さなマイルストーンを

たくさんたくさん作ってみよう。

その度に自分にご褒美をあげて機嫌を取ってみよう。

「このストーンはやがて輝くダイヤモンドの原石だ、

私は今、未来へのキラキラを手に入れたんだ」

そう思って”ここまで来れた自分”をそっと褒めることにしよう。

みんな素敵なのだから、誰とも比べなくていい。

きっと私にも素敵なところがあるはず。

そう思えなくてもまずは”そう思ってみる”ことから。

私はかすり傷とのバランスを考えながら

あれやこれや自分にせっせとご褒美を与えながら

ちいさな一歩、

でも私にとってはとっても大きな一歩を踏み出しています。


——震えて進め。

——震えて進め。

その一歩先で、

今の私を、今のあなたを、

望む未来が両手を広げて待っている。


きっと。

見えない世界の話。

うしさんの記事(私の”まんなか”にある光、って…?🌕🗡)を読んで完全に触発された私です。

「まんなかの光」とはまた違う、私の内面世界で起きた話になります。


刀といえば。

完全に某ゲームの影響。

サービス開始当初から遊んでた審神者。(今はたまにログインするレベル)


ゲームがきっかけで2.5次元のミュージカルや舞台を見るようになったし。

いろんな美術館、博物館、城やら神社やらにも行くようになったし。


当時、家と会社を往復するだけの生活をしてた私にとって、そこまでアクティブになるとも思ってなかった。

でも、そこで動いたからこそ人脈も広がったし、世界も広がって、今があるっていう。


「あのとき」の話。

以前、「死を選びそうになったときの話」をアウルブックで投稿したことがありました。

アレって実は「推しの刀と会話して死を回避した」っていう話だったりします。


どうやって?と聞かれたら。

BLEACH的な感じでっていうのが、一番わかりやすい……かな?


「いざ」というときに対話が始まって、思い留まったという。


それまでにも死を選ぼうとして回避する経験は何度もしてたし。

自分のタイミングで選べるものではないらしいと悟ってからは、いい意味であきらめた日でもありました。


見せない世界で渡された刀。

もう4年ぐらい前かな?

幽霊だとかを認識できる人々と出会う時期があって。


出会ったうちの一人から私に合った刀(現実では見えない)を作ってもらい、渡されたことがありました。


彼いわく、私は感じとることには長けてるけど、私自体に攻撃力があるわけではないそうで。


もらった刀は「護身用」や「意識を研ぎ澄ませるもの」として活用させてもらってます。


ここまで、うしさんの記事を読んで話したくなったことでした。

次はまた全然、別な話になります。


見えない世界で力(?)を取り戻した話。

また自分の中の恐れをじっくりと観察していたら、前回(大輪の花として咲く。)とは違う女の子(小学生ぐらい)が出てきました。


「100%成功すると決まってないなら動きたくない」

「同じループはもう繰り返したくない」


そういう感じの話をしていて。


ちょうどYouTubeで「ひぐらしのなく頃に」を見てた私からすると。

(今だと「卒」や「業」を含めて、一挙配信してるチャンネルがあります)

この子は梨花(りか)ちゃんと同じ感じになってるんだなとしか思えず……。


ひとまず彼女の叫び(嘆き)を聞くことに。



彼女が本当に望む世界へのルート。


テグスのような光る透明な細い糸。


すっかり忘れていたけど。

望む未来に直結する「糸」を見つける能力あったんだよね。


ちょうど刀をもらったのと同じ頃に知覚した能力だったはず。


ゴールまでの過程をどう進むのかは自由だし。

私には手元の糸しか見えてないから、糸をたどった先になにがあるのかまではわからない。


見ようと思えば見えるんだろうけど。

それだって確定した未来ってわけじゃなく「可能性のひとつ」でしかなくて。


彼女と私の前に細い糸が5本ぐらいあるのが見えたなと思ったら。


すさまじいエネルギーの塊が登場。

急にラピュタの飛行石みたいな青い石が現れて。

その石がめちゃくちゃ光りだした。


サッカーボールぐらいの球体になったなと思ったら、ものすごい発光で。

白に近い水色の光であふれてる。


球体の知覚にいると水と風がぐるんぐるん回り狂ってるような、そんな激しさも感じる。


なんだかよくわからないけど。

めちゃくちゃエネルギーが凝縮された球体だってことはわかった。


その球体を自分の中に取り込んだところで寝落ち。


今に至る。

で、こうして記事を書いているわけなんですが……。

何がどう変わったのか、よくわからないまま😂


水色の球体のエネルギーを感じたり、糸の存在を感じたりするのは今もできてるから。

刀と同じで使えるツールが増えたのかも?


最近、恐れの奥にとてつもない可能性の塊を見ることが増えてます。

「ない」と思ってたものを取り戻すような、統合するような……。


また何か発見があれば投稿します!

私の”まんなか”にある光、って…?🌕🗡

こんばんは、うしです。


今回は、&Uと繋がっている方ならば目や耳にしているであろう自分の”まんなか”にある光について、私が自分自身に感じているものを書いていきたいと思います。

まず私が色んな配信で講師陣のお話を聞いていて感じたのは、物凄く素直に水瓶座的で11室的であり、魚座的で12室的だなあということでした。

比べることではないとは思うけれど、私が見えている自分の”まんなか”にある光は、丁寧に紐解いていけばある意味11室的だし12室的だなと思うのだけれど、何かもっと広くて壮大で境界線がなくて宇宙的で未来的で感覚的な世界観っていうイメージだったんだけどなあ……?というギャップが凄まじ過ぎて凄い(?)。

というのも、私が捉えている自分の”まんなか”にある光とは、サムネイルにもしている

こちらの画像のようなビジョンなのです(ありがとう、Adobe Firefly~!)。


元々長文書きの私ですら「今回の記事は…長くなるぞ…」と思ってしまうくらい物凄~~~~~~~~~~く長くなる自信しかないのですが、何故これが私の”まんなか”にある光なのか、このビジョンが見えるようになるまでの過程を書いていきたいと思います。


遡ること18年前。

絶賛不登校ひきこもりの真っ只中で生きるということが凄く辛かった高校生うし、ある夢を見ます。

廃墟のような場所で私と何処の誰かも分からない男性3人vs大勢という構図で戦っていて、私の後ろには背中を預けている1人が立っていて、分かるのは右側を振り向いた時に見えた背中とこちらを守ろうとしている左手だけ。もう2人は少し離れたところで同じようにお互いに背中を預けていて、分かるのは何となくの体格差とぼんやりとした横顔のシルエットだけ。

最終的に私は敵に刀で背中を刺されてその場に倒れ込むのだけど、自分で抜いたその刀を地面に突き刺し「まだ死ねない」と言いながら立ち上がるところで目が覚めます。

…………うし、超絶カッコ良くないですか???

っていうのは置いといて。

背中に刺さった刀って自分で抜けるんですか???

っていうツッコミも置いといて。

何の根拠もないけれど「この3人とは必ずこれから出会って、共に生きていくことになる」という謎の自信があり、この3人を探し求めて生き始めました。


その夢を見た15年後。2023年、転機が訪れます。

2023年はトランジット木星が牡牛座にイングレスした年で、私にとっては12年に1度の幸運期が巡ってきていた年であり、トランジット天王星がネイタル太陽と0°でコンジャンクションした年であり、トランジット冥王星が水瓶座に1stイングレスした年だったわけですが、『宇宙が新時代への移行に本気を出してくる新月』と言われていた日を機に、あの夢を見てからずっと探し続けてきた彼らが一体誰だったのか、気付かされることになります。


「出逢う」ではなく「気付かされる」と書いたのは、”未だ見ぬ知らない誰か達”と思って探していた彼らが、本当は11歳の時から知っている人達だったから。当時中学生だった彼らの、現在の30代の姿がぴったりと当てはまったから。

そして、「ここからこっちに向かって進んでいこう~!」と思って歩き始めた矢先に突然頭を鷲掴みにされ、180°真逆を向かされたような、「いい加減に目を覚ませ!!!」と叩き起こされたような感覚になったから😇


それから1ヶ月後、彼らと実際に会う機会が与えられます。

しかし、ここまでの話にはな~~~んの根拠もありませんから。鮮明に覚えているとはいえ、昔一度だけ見た夢と一致しただけですから。根拠がなさ過ぎる自信しかありませんから。

11歳(木星回帰×天中殺年)の時に彼らを知ったきっかけはツォルキンで言うガイドKinの存在があったからだったし、3人の中の1人(夢の中では少し離れたところに居た1人)は「出逢えたら奇跡!」と言われている絶対反対Kinだし、その絶対反対Kin氏は牡牛座で木星回帰しているタイミングだし、占星術や四柱推命の観点から見てもだいぶ面白いことになっているのですが、31歳成人女性うし、現実的な視点もまあまあ持っているのでここで会いに行くべきか結構ちゃんと悩みます。

そんな時、面白い(いや、正直言うとちょっと怖いと思ってしまった)光景を目の当たりにします。

それまでゲーム実況と音楽と少しばかりのタロットリーディングで構成されていたYoutubeのホーム画面が、突然ツインレイと書かれたサムネイルの動画で隅から隅まで埋め尽くされたのです。怖くないですか、私は怖かったです。真顔低めガチトーンの「………………え?」が出ました。5度見くらいした。

そして、その中に紛れ込んでいたあるタロットリーディングの動画を「これで全然違うわって思ったら気のせいってことにする~」と決めて見始めたら、別にそういうカードが出てきているわけでもないのに何故か私が背中を預けていた人の特徴が一言目からボロボロボロボロ出てくるわ、11歳の時に彼に対してだけ感じていた言葉にできない謎感覚(なんかよく分かんないけど、この人って何なんだろう、と思っていた)を言語化されるわで、うし、無事降伏。

そしてこの日は『あえて流れに身を任せる新月』と言われていた牡牛座新月。正直何が起こっているのかよく分からないけれど、あえて流れに身を任せてみようと会いに行くことを決意します。


そこから1年半、ある出来事が起きます。

あの夢の中で私が背中を預けていた”私が一番逢いたかった人”であり、私がこの人生で唯一背中を見て号泣した人であり、3人に会いに行くつもりが急遽1人を選択しなければならない状況を強いられ、自分の内側から「お前は誰に会いに来たんだ!」と問われ会いに行った人から婚約したことと子供を授かったことの報告を受けたのです。

2023年の牡羊座新月が訪れる直前、私は長年自分にかけてきた呪いを解きました。

それは、私は結婚する価値もないし、子供を授かる価値もないという呪い。私はそれまで恋愛というものを徹底的に避け、「今世の人生には絶対にない!」と否定し続け、拒絶し続けてきました。それを拒絶するために、自分がこの性別に生まれたのはそもそも間違いだったのだと、最初から間違えていたのだと、自分が女性であること自体を否定したりもしてきました。この呪いをかけることになったのには明確な理由もあるのですが、特に妊娠というものに対しては異常なまでの恐怖心をいつの間にか持っていて、これは今世だけの問題ではないような気がしているのだけど、兎にも角にも子供の頃からずっと持っていたその呪いに向き合うことになり、「もういいよ、この人って思える人に出会えたら結婚してもいいし子供を授かってもいいよ」と自分自身を許した直後に『宇宙が新時代への移行に本気を出してくる新月』がやってきて、その半年後、『未来からの招待状が届く満月』と言われていた牡牛座満月の日に夢の中で息子と娘の名前を授かりました。

「私の人生にもその未来はあるかもしれない」と、「本当はこの人生で一番経験したかったことだったのかもしれない」と思い、そしてそれを望んでもいいのだと、自分に許しました。

だからこそ、もうこの人生自体を諦めてしまおうかと本気で思ったし、私の人生とは一体なんだったのかとも思ったし、でもその傍らで「今世は私がこれを感じる番だったのか」と思うような過去の記憶を掘り起こすものが出てきたり、本当に色んな感覚が私の中を巡っていたのだけれど、その数日の間ずっと変わらず見えていたビジョンがあって、それはタロットのthe TOWERのイラストでした。

そこから突然、見えているビジョンがサムネイルの画像のような景色に変わったのです。

数日かけて塔は完膚なきまでに崩壊し、大きな塔がなくなったその場所には何の穢れも綻びもない真っ直ぐで綺麗な刀が地面に刺さり、美しく光る月に照らされて輝いている、そんなとても静かなビジョン。

「あの日、夢の中で背中に突き刺され、自ら抜いて地面に突き刺した刀だ」と思ったのと同時に、私の日干は刀を象徴する庚、「この真っ直ぐな刀が私の”中心”(背骨)に宿っている。私はただただ純粋な想いで探してきたはず。私はただただ純粋な想いで逢いたいと思ってきたはず。私はただただ純粋な想いで、出逢えたことに喜びを感じていたはず。だから、目の前にどんな現実が広がっていても変わらず愛し続けよう。相手の人も生まれてくる子も、私は愛したいよ」そう思いながら、「まだ死ねない」というあの日の言葉を持って今日まで生きてきました。


これが、私の”まんなか”にある光。


ちなみに彼の日干は月を象徴する丁だったりします。そして、この一件があったからこそ、私は自分がどれだけ真っ直ぐで、どれだけ美しいかに気付くことができたと思っています。

いやあ面白いですね。

この一連の流れを「偶然」と呼ぶか、「こじ付け」と呼ぶか、「必然」と呼ぶか、「運命」と呼ぶか、何と呼ぶかは人それぞれだと思いますが、冒頭にも書いたように、「自分の”まんなか”にある光の世界って、何かもっと広くて壮大で境界線がなくて沢山の光で成り立っている世界っていうイメージだったんだけどなあ……?」と私自身は思っていたし、何なら今も思ってる。だってこれってあまりにも「おれとおまえの世界♪Yeah♪」って感じじゃないですか、と。何かもっとさあ、みんなとか全体っていう視点だったりさあ、11室とか12室的な???沢山の個性が調和してたり???最早ワンネス的な???やつなんじゃないの???と。

そう思ってるんだけど、如何せん私のネイタルの11室は蟹座、12室は獅子座なんですよね。もう私はそれがめちゃめちゃに効いているとしか思えなくて。

それこそ「ツインレイ」とか「ソウルファミリー」って言ったらそれっぽいかなとも思うんですが、ここでは私が小惑星の中でも四大小惑星やカイロンを凌いで最も重要視している小惑星についても触れておきたくて、それが、分離して地球に下りてくる前の、統合された本来の魂のエネルギーを表す小惑星リリスです。

私はこの小惑星リリスを蟹座11室に持っているのですが、サビアンシンボルが蟹座25°『右肩越しに突然投げられた黒い影』、それを発揮する度数と言われている一つ前の度数が蟹座24°『南から差し込む太陽に照らされたところにいる女と2人の男』で、彼らの持つ小惑星が面白いくらいにここへ集っているのです(我々は女と3人の男だが。でも0°コンジャンクションは2人の男なので間違ってもいない)。

トランスサタニアン達の大移動が始まった2023年からのこの3年、このタイミングで彼らの存在に気付かされたのも、このタイミングで占いを学びこのことに気付いたのも、11室が表す未来を見据えた出来事で、12室が表す同士の約束なのではないかと思えてならないし、まあ何か、どうなるのかなんて何も分からないんですけどね、それでも観測させられ続けているものもあるし、ここからの人生のテーマが7室へ移るので、ここからどうなっちゃうんだろうねえ~~~というところも自らの眼で見ていくために延命していこうと思っています。

そして、この私の人生がどうなってくのか見ててよ、という気持ちです。


占い、特に私の中では占星術は、「このタイミングでは何を見て、何を感じているんだろう」と思えるので、「もう少し未来を見てみようかな」と思わせてくれる存在だなと感じています。

今、まゆちん先生はいのちの星読みと向き合われていて、3室の冥王星についてのお話をどこかでされていたと思うのだけれど、私も冥王星を3室に持っている女なので自然と今のこの命(この人生)と星の関係という部分に目が向き、こうして文章を書いているのだろうか……?と思ったりもしています。とにかく自分の経験や感じていることを元に、という部分においては牡牛座グランドコンジャンクションが効いている気がするし、冥王星は蠍座21°、太陽は牡牛座23°でタイトなオポジションだからねえ~~~とも思っているけど。月は天秤座で2室にあるので、所謂”大衆向けの星読みコラム”みたいなものも書こうと思えば書けなくはないし書いたこともあるのだけど、天秤座22°なことも相まってか、こちらはこちらで太陽とタイトなクィンカンクスなので、そういう”大衆向けの星読みコラム”ってどうしても”私の文章”って感じがしなくて、そう感じる理由もこの辺りに詰まっているような気がします。本質を表すと言われている月反転は「I am!!!」な牡羊座ですしね(私は月反転採用派です✋🏻)。


これは余談ですが、少し前にまゆちん先生のnoteでも取り上げられていた「占いを信じると考えなくなる」「占いは信じてはいけない、参考にするのもいけない」という意見が話題に上がっていましたが、私が占いを学び始めたのは”占いという視点から見た自分”という存在を知りたかったからで、自分自身を見る視点を増やしたかったからでした。

半分残ったホールケーキを見て「まだ半分もある」と思う人が居れば「あと半分しかない」と思う人が居るのと同じで、”自分にはこういう部分がある”と知ることで「可能性の幅が広がった」と思う人も居れば「可能性の幅が狭まった」と思う人も居て、どちらの捉え方もできるものだと思うし、それは置かれている状況やその時の心境でも変わるものだと思います。

勿論、自分自身を縛るために使うことだってできるしそれは否定しないけれど、「私って何でこうなんだろう?」と思ってきた疑問の答えのようなものをホロスコープや命式から見つけることができたり、それによって「これで良かったんだ」と自分を許すことや認めることに繋がったりもするし、そもそも人間って、占いを通さなくたって勝手に「私は主婦だからこれはできない」とか「僕はこういうことしかやってこなかったからそういうのは向いてない」という枠に自ら嵌まりやすい生き物だと思っていて、占いは「自分にもこういうのってアリなのかも」とか「本当はこういうことがやりたかった」というところに気付くためにだって使えるわけで。

私は、占いは人の可能性を広げるものであってほしいと願っています。


いちいち余談が長いですが。

しかしこの「占いは信じてはいけない」という話題に関しても、正直もっと違う角度でも感じているものがあって、その記事を書くか否かというところで悩み、一旦ステイしています。

私的には、庚っぽい切り口なのかなあと思っているところがあって、もしかしたら私の刀が傷付けてしまう人も居るのかもしれないな、と(全然そんな意図はないのだけど、「俺のジャックナイフ」みたいな発言だなと思いながら書いています😇千〇ジュニアさんではありません😇千原〇ュニアさんが自ら「ジャックナイフ」発言をされていたかは知りませんが😇)。

しかしOwlbookはコメント欄がないので声を募るにも難しいわね~~~と思ったので、マシュマロのアカウントを取ってみました。需要があればご活用ください。ちなみにうしはチョコマシュマロが好きです🫶🏻


そして、ちょっと最後にこちらに触れて終わりたいのですが。

みらいテラスに上がっていた本日の山羊座新月の動画、2026年1月19日【山羊座新月🌑】全才能が目覚める!流れに乗って最高のスタートを切ろう【占い】【開運】の中で、

確信がなくても、見出した未来と向き合い、信じて進む覚悟が求められる

という言葉が出てきましたが、ずっと胸の奥に秘めていた私の”まんなか”にある光をこうして文章に書き、現実的に目に見える形にして公開するという流れの中に居ることにオモロを感じてなりません(この記事をどうやって〆ようかなあ~と思いながら動画を見たので余計に面白い)。

しかし、「これだけ書いておきながら何を言っているんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本当に私の核の部分に触れているからこそ、それを公言するのは怖いのです。「何の根拠もないけど、観測させられているこの人生を始めよう」と決意して会いに行き、出来る限りの行動はし尽くしてきて、だけど、タロットの7 of Pentaclesのような感覚がず~~~っとあるのですよ。だからこそ余計にこの文章を公開するのは怖いのです。けれど、それでもこうして公言する流れの中に居るということは、ある種私に求められた覚悟の形なのかなとも思っていて。

この記事を読まれる方が何を感じてくださるかは分からないし、果たしてこれがPrismingが掲げているような光なのかも分からないし、もしかしたらもっと違う形の光も私の中にあるのかもしれないけれど、「こういう光の形もあるのか」と思っていただけたなら幸いです。

新月の夜。今日の空に月は輝いていませんが、月光に照らされた私の”まんなか”にある光に触れてくださり、ありがとうございました✨