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星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.29

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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今日はジムの日

行くまでは

「なんだか行くのめんどくさいな~」

「やることいっぱいあるから行きたくないな~」など、なんとなく気乗りしませんでした

最近仕事も忙しいし、プライベートも予定がいっぱいで、ちょっと気持ちに余裕がないからでしょうか

「ネイタル水星 トランジット月 セクスタイル」でやらなきゃが気持ちと葛藤してたのかもしれません

なので、もう機械的に、自動的にジムに向かって参加

参加するとイントラの先生が温かく迎えてくれました

ここのクラスは先生がとっても優しいしフレンドリー

教え方もすごくわかりやすいですし、何よりほんとに少人数なので、ほぼプライベートレッスン状態なのが、とてもいい‼

あんなに「行くのめんどくさい」と思ってたのに、いざ行ってみるとやっぱり楽しいし勉強になるし、本当に得るものが多いと実感

イントラの先生がほぼ私だけのプログラム状態で、何点か改善点を教えてくれました

来週のレッスンまでに少しでも身体にしみこませていきたいな


レッスン後すぐに帰ろうと思っていたら、イントラの先生と他のレッスン生に声を掛けられ少しお茶をすることに

普段人とおしゃべりすることも少ないので、こういう交流できる機会はとても貴重

二つ返事でご一緒させていただくことに

ジムの近くにスタバのリザーブがあったのでそちらも初体験でお茶会開始

いろいろ身体の使い方やジムのことで話が盛り上がりました

そして今度イントラの先生がとある舞台ステージに出場されるので、クラスのみんなで応援にいこう、というツアーにも参加させていただくことに

昔からそのイントラの先生のファンだったので、ステージをジムの仲間と見に行けるのはとっても楽しみ

トレーニングだけが目的で始めたジムのクラスでしたが、それ以外のことでの恩恵、ギフトがとても多くて、勇気を出して入会して本当によかったな、と思いました

知り合いが増えると「行きたくないな~」な気持ちも少し小さくなるかも

「ネイタル月 トランジット太陽、水星、金星がトライン」で、自分の気持ちがいい感じで全体運、人間関係運、楽しいこと、などにうまく調和して、いいハーモニーを奏でているのかもしれません

いつも思いますが、何か始める、ってどんな小さなことでも一歩を踏み出すことがとても大事だな、と

じっとしていた場所からの景色はいつもと変わらず、それはそれで安心安全だけど、たとえ一歩でも足を踏み出せば見えてくる景色が変わる

景色が変われば自分に変化が訪れる

年齢を重ねるとどうしても守りに入りがちですが、ほんの少しでもいいので変化を恐れずやってみる気持ちも大事にしたいですね

海王星が1月27日からいよいよしっかり牡羊座へ移りました

私も環境がリセットされて、新しい世界に漕ぎ出すような予感がしてます

2月の土星、牡羊座へ完全移動で地に足つける時代に向けて、今はどんどん行動が広がっていく時期なのかもしれません

寒さ真っ盛りの時期ですが、春の活動期に向けて星たちがどんどん新たな芽吹きのメッセージを送ってくる時期なのかもしれないですね

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本日もお読みいただきありがとうございました

たっくさん答えを抱えてる身体とコミニケーション-自分が持つ智慧と繋がる-

 いつもありがとうございます。

 投稿はしとくもんだ!と、改めて感じさせる事がありました。

 アウルブックってホントに簡単に見直しができます。

 前回の下弦の月の頃、眠りから目覚める時に『肉体の大切さ』を受け取ってアウルブックに、投稿しています。

 それがなんともじわじわ実感させられる事が起きてるのと、そのメッセージを受け取った頃に、その重要さに繋がる出逢いをもしてる!と振り返りってわかりました。

 現実ってすごい!ミラクル!

 ってまた改めて興奮していますが、

 今朝は、朝一で、(エネルギー的にですが)自分のフィールドから、ワクワクのエネルギーを引っ張り出して浴びています!

 そのせいか、そう感じてしまうのかも!って思っています。これが感謝だったなら同じ現象でも感謝を感じる。

 感情を選ぶってそのくらい簡単な事って最近実感する事が多いです。

 体験したい!って思う方は、是非体験の意図を投げておく事をオススメしますし、投げたら忘れてるくらいがちょうどいい。

 体験されてる方は共感して、やっぱり〜!だよね〜!って気持ちを⤴️してもっと自分の体験の中で連鎖を起こしてくださいませ!

 ✴︎✴︎✴︎

 今朝は、身体からたっくさんのメッセージを受け取ったのですが、それを書き出していた後に

 『今、気づいていた方がいい事ある?』っていうのと『アウルブックへの投稿のテーマもある?』って立て続けに尋ねました。

 その後、ふと目が『易経』の本に向いたんです。

 私は、もともとビジョンで受け取るというのが少なかった方ですが、最近すっごく増えているんですね。

 それと同時に、この肉体の目も自動的に必要な方向へ向いていくのを度々体験しています。まるで目自体が意識を持っていて『こっちだよ』って指していくんです。

 五感の向上が六感や七感を向上させますね…

 それはさておき、

 それが『易経』の本だったんです。

 えーー!それ?って正直思ったんですけど、

 まあ、やってみるか!

 です。

 はて、どうしようか…🤔

 と思いついたのが、そこも身体の手に任せたのです。結果的にいわゆるビブリオマンシーってもの。

 で、64掛あるところの出たところが25番でした。私はそのページ自体がメッセージと感じたので、そのままページ事受け取りました。

 天雷无妄

 様々な解釈はあると思いますが、私の場合には

 不安な時こそ天に任せておく

 いわゆるよく聞く宇宙に委ねるという表現ですね。不安な時ほど、こうした方がいいかなとか動き回ったりして余計な事をして事を大きくしてしまう事ありませんか?

 ちょうど昨日、ちょっとした事で、不安に駆られる事があった直後でしたから、なるほどなあ〜と納得してしまいました😅

 というか…方向性のドリームワークでも同じ答えを受け取ってるんですけどね…💧ははは…

 ✴︎✴︎✴︎

 上記の体験は一例ですが、

 手段はビブリオマンシーだろうとタロットやホロスコープでもいいですが、自分の中の智慧がなんと伝えているのか?に着目することがすっごく重要だと私は思っています。

 そこがホロスコープを指し示したなら、ホロスコープに、タロットならタロットに、自分に今必要な答えやヒントはそこにあるって事だと思います。

 私は、占星術は好きですが、占星術やタロットそのものはそれ程重要ではないと思っています。

 ✴︎おしまいに✴︎

 現象だろうと、タロットやホロスコープだろうと、自分がそこに意味を与えたら、意味が発生するというのを知識ではなく、はっきりとそしてより深く体感する事が起きました。

 それは、まさに海王星が牡羊座に入った一昨日に起きたんですね。

 それこそ自分ではまだ認識できない何かが、エネルギーレベル(見えない領域)で起きたんだと思っていますから少しずつ現象として出てくるのではないかと思っています。

 そんな中で、この身体とのコミニケーションにおいて、たっくさん答えを持ってる事も今朝だけで、てんこ盛りな事を体験しました。

 私はアウルブックでは自分の体験を中心に書いていますが、

 投稿の継続を通して、自分が体験してる事というのは、私という個人の為ではなく、他者に伝える為のものでもあると思うようになってきたからです。

 それは誰も同じです。

 もちろんワクワクするような体験を伝えたい思いはありますが、ちょっと隠しておきたいなという体験を投稿する事も重要だと思っています。

 私自身は、この『委ねる』というのも数年前からの課題的なものでありますが、ダサい体験(全てを言う必要はないですが)は公開の勇気が必要です。

 これが重要で、

 自分のプライドを捨てる事にも繋がり、また他者へ勇気を与えるものでもあります。

 アウルブックは、それができる場ですから可能な限り、必要に応じて投稿はしていこーかなと思っています。  

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.28

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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今日は仕事がとても忙しくバタバタ

「ネイタル水星 トランジット木星 トライン」で仕事関係がどんどん増えて忙しくなり、売上が上がる、という感じです

見たことのない最高売り上げでした

「ネイタル金星 トランジット火星 セクスタイル」も金運上昇って感じがします

夕方には大口注文もあってまさに「トランジット木星 トランジット火星」がしっかり効き目あり、というイメージにピッタリ

また「ネイタル水星 トランジット木星」は今日もいろんな人からお誘いの連絡がたくさんあったことにも関係してそう

「ネイタル金星 トランジット海王星 コンジャンクション」も楽しいお誘いが広がって収拾つかなくなるという感じ

もう来月、再来月のカレンダーが予定でいっぱいになってしまいました

ありがたいことなんですが、忙しすぎるので大丈夫かな…と心配

「ネイタル金星 トランジット土星 コンジャンクション」で楽しもうと思っても冷静になれ、楽しい予定がいっぱいでも、地に足つけて落ち着いていこうね、と言われてるみたい

特に2月、3月は今年は同じ日付で曜日が同じなので、友達と話をしてても「あれ、〇日は土曜日だけど、それ、2月?3月?」と二人とも頭がこんがらがってしまうことがたくさん(笑)

スケジュール管理しっかりやらないといけませんね

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本日もお読みいただきありがとうございました

占いセカンドオピニオンのお話 〜その5〜

先日、オンラインで、

風水鑑定家 生田目 浩美先生の

『開運姓名判断講座』を受講しました。

私が「結婚して苗字が変わったら

『大凶』と言われました」と、コメントしたら

「ちっとも『大凶』じゃないですよ!」と言い切り、

画数のイメージを丁寧に解説して

「私はそういう感覚を持っていますよ」と

おっしゃってくださいました。

確かに、思い当たる節もあり 

納得できました。 


その時、

心の片隅にあった

冷たく硬い塊が砕け散り

ポッと熱くなった後、

消え去った感覚がありました。


☀️

☀️

☀️

生田目 浩美先生の姓名判断は、

画数を「吉・凶」ではなく

「運勢の強弱やバランス」と解釈し、

その画数の持つ

「ポジティブな側面」に

光を当てて解釈していこう

という考え方なのだそうです。

確かに

「要注意」な名前はあるそうですが、

そういう場合でも、

姓名判断の知識に基づいて

「30歳越すとブレイクしやすいよ」など、

ポジティブな側面を伝えると、

その"意識"に引っ張られて、

実際に「良いこと」に恵まれたという

例も紹介されていました。

☀️


今回の経験を通して

占い師の言葉には"強いパワー"があって、

言われた人の心の奥底に

「"冷たく硬い"何かを残すことがある」。

でも、それを

「一瞬で溶かしてしまうパワーも持っている」のも

占い師なんだなと、

改めて気づくことができました。


☀️


誰かを占わせていただく時は、

占いの鑑定結果の、

"ポジティブな側面"に光を当て、

相談者さんが

前向きな気持ちで

望む未来に向かって進んでいけるような 

鑑定をしたいなと思いました。


(おわり)


☀️


〜 おまけのお話 〜


名前の画数に「吉凶はありません」

あるのは、「運勢の強弱」です。


(注: 強いから良い、

弱いから悪いということはありません。)


吉凶ではなくて、

「その人がどう望んでいるか」


前に出たい人が、

前に出される名前なら

「吉」だけれど。


前に出たくない人が

前に出されてしまう名前なら

「凶」になってしまう。


そこで、

前出の姓名判断講座では

「欲しいパワー」があるのならば、

自分で"プチ改名"してみることを

オススメされてました。

占いセカンドオピニオンのお話 〜その4〜

以前、受講した占い講座の先生が

「良い画数の名前を『タオル』だとすると

悪い画数の名前は『ぞうきん』」と

表現されていました。


それを聞いて、

「『ぞうきん』って、

世の中に必要なものだよね」と

思った私は、

ちょっとへそ曲がりかしら?


結婚して苗字が変わったら、

画数が「吉」から「凶」に変わったということは

「『ぞうきん』の役割を担う必要があるのかな?」

とも考えたんですが、

何だかちょっと、寂しいような気もしたり。


(次回に続きます)

占いセカンドオピニオンのお話 〜その3〜

占いを学ぶのは大好きですし、

占いのお話をするのも大好きですから、

"占い師さん"と知り合う機会もあります。


依頼してないのに、

ご好意で占ってくださることもあります。


数年前、

占い講座を、(本名で)受講していたら、

受講生仲間の、プロの占い師さんから

「死ぬまで良いことないから、

改名した方が良い」と心配され

「自分で良い名前を考えなさい」といって、

無料で資料もくれました。


善意で言ってくださっているのもよくわかるし、

結婚後、

人生が順調にいかなくなった実感もあったので、

「やっぱり改名すべきかな?」と、

ちょっと悩みました。


(次回に続きます)

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.27

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

∴‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

今日は時間の許す限りため込んでしまっていたYouTubeの星よみ講座を見て勉強

2本分だったので2時間分を1.25倍速でやっつけました

ずっとこのYouTube講座で勉強していますが、いよいよ有料講座でしっかり勉強したくなってきて困っています(笑)

まだ使っていない教材も手元にあるのに、新たに別の講座に手を出してはいかん

ストップをかけるのに大変なんです

「ネイタル海王星 トランジット月 スクエア」で気持ちがつい早やってしまうのでしょうか

学習意欲があるのはいいことなんですがね

「ネイタル水星 トランジット月 トライン」で勉強したい気持ちにいい感じに火がついてるんですね、きっと


勉強の合間にはストレッチや軽い運動をして気分転換

ずっと座っていると眠くなってしまいますからね(笑)



あとは今日はなんだかいろんな人からの連絡が多かったですね

先日オンライン鑑定した方からお礼と感想のLINEが来たり

来月食事の約束をしている友達からリスケできる?と連絡が来たり

また実家の母から用事があったり

息子から今度会うスケジュールの調整連絡があったり

ジムの仲間からも連絡がありました

なんだか1か月分の連絡がいっぺんにきたみたいな感じ(笑)

普段はこんなににぎやかじゃないんですが

「ネイタル水星 トランジット金星 オポジション」でコミュニケーション面でたっぷり楽しみが目白押し、だけどにぎやかすぎてちょっとうれしい悲鳴って感じでしょうか

できれば連絡は少しずつバラしてもらえれば落ち着いて考えたりできるのですけどね

今日は久しぶりに通常モードのトランジットアスペクト中心に読んでみましたがいかかでしたでしょうか

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本日もお読みいただきありがとうございました

タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。前説02

「前説」という言葉には、以下の意味があるそうですね。

GoogleAIによる概要

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前説(まえせつ)とは、ライブやテレビ収録の本番前に、観客への諸注意やマナー説明、会場を盛り上げるためのトーク、簡単なネタ披露などを行うことです。主に若手芸人やADなどのスタッフが担当し、出演者の登場前に観客のテンションを上げ、本番への期待感を高める役割を持ち、芸人にとっては平場のトーク力や対応力を鍛える重要な場でもあります。

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単なる前置き的な説明の機会…という程度にしか思っていませんでした(汗)前説って言葉には、こんな実際的な意味があったんですね。

こんな面白くない内容、前説ナメんなとか思われそうですね…(汗)

知らなかったとはいえ、言葉を使ってしまったからには、面白くなるよう頑張ってみましょう。自信ないですけれど。

(前説じゃなくて、考察とか導入とかいった言葉だったら、よかったのかな?…でも、ソレもなんかしっくりこないんですよね。難しいものです)

ともあれ何事か制約の無い世界なので、自由にやってみようと思います。


改めまして、

昔から、タロットをテーマに考えていることがあり…その考えをまとめて、本を書きたいと思うようになりました。

(ちゃんと売れるものにしたいという願望があります。)


西洋から日本に輸入されてきたタロットは大変、魅力的で…本当に多くの方々を魅了してやまないものと思います。


占いのツールとしてばかりではなく、これまでタロットに見いだされてきた人や物事へのナラティブとしての作用や展開…

自分の考えていることは、タロットに込められているという0から21の旅路物語に、ちょっとならず違う視点をもたらすものとなりそうです。


その視点から見つめるタロットは、読み手によっては、たとえば

古く神秘学に謂われてきた『セフィロトの樹』をなぞらえたり

聖書を紐解けば、マタイの書にある『十人の乙女のたとえ』というくだりをなぞらえることもできそうで

段組みを眺めると、お能で聞いた『神男女狂鬼』として捉える事も出来たりと

今、思いつくのはコレくらいですが、特に10(人類らしく、手とか足の指の数)で、まとめられた話は様々、取り込んで考える事が出来そうです。


なので私は仮に、“貘(ばく)”と呼んでいます。

悪夢を食べてくれるという幻獣ですね。


ただしマイナスの扱い方もある気もします…

占いのツール・タロットを扱うからには、やはり読み手の心根・心がけ次第ということで。


この“貘”とは、どう付き合ったらよいのでしょう?

占いをしているときは大概の場合、全く現れません。

けど、この“貘”の性質を知っていると、読み解きの参考になるかもしれませんし

逆に、あまりにも“貘”に傾倒してしまうと…柔軟な読み解きができず発想力が縛られてしまうかもしれません。

そこは読み手を信じてみようかなと。


さて、“貘”とは何のことを話しているのでしょう?

それは、前説が終わった頃にでも。

(いっそタロットそのものが、占いそのものが、本来的には“貘”の一種なんじゃないかって気付きでも、よいと思います。)


前説が必要な理由は…「概念」というものが話の骨になるので、まずは血の通う肉体や顔…表情・感情、動きなどが見えるものとしてイメージしやすくするためです。

いきなり骸骨を見せられると、怖くなったりしますよね?

概念の世界でも、同じことがあるように思うんです。(それで失敗したことが、あった気がするので…)


動物のバクのされこうべだけ見せられても、不気味だし意味がわからないですよね。素人にはバクともわからず単に動物の頭蓋骨だとしか思わないし、そんなものいったいなんなんだって話で。

現実の動物・バクを犬猫みたいに飼うことは難しいでしょう。でかい。というか調べると、どのバクも絶滅危惧種として個人が飼うことを禁じられてます。夜行性だし、悪夢を払う験担ぎにしても、よほどの数奇者でなければ飼う気にもならないかもしれません。


そんなリアルのバクではなく、心に見る“貘”なので…コレについてを、どう書き表したらよいのかわからないままですが、不定期で、アウルブックに書いていこうと思います。

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実際の動物で言うバクでは、私はマレーバクが好きです。

身体の模様は独特の白黒で、もしかするとパンダロストの方々には、より印象的かもしれません。(全くの別物ですが…)

仔バクの模様など、とても瓜坊(イノシシの仔)っぽくて、でも足の爪が大きくて、不思議な存在感があります。

身体つきは、毛足が短く意外とスラッとした印象で、もっちりした感じがあり…ガラス越しに目の前で泳いでいる姿を見たことがありますが、動きはとてもダイナミックです。

普通(?)の茶色いバク…アメリカバク、ベアードバク、ヤマバクなどですね。も、バクに共通する独特の愛嬌があって、かわいいと思います。

特にバクは、鼻と耳に愛嬌を感じます(笑)


日本には野生のバクが存在せず、中国からの仏教伝来とともに、邪気払いがあるとする貘の伝説や毛皮などがもたらされたとのこと。

貘は夢を喰う…という言い伝えは、日本で発展したものなのだそうです。

きっと漫画や小説・アニメなどにも見てきたように、日本国は物語の分野でも伝統を重んじながらも施される魔改造大国たる片鱗を感じます(笑)

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タロットを、詩的解釈や修辞学的な捉え方をする試みとして、様々なスプレッド方法は楽しめるかもしれません。

もしかすると、様々なスプレッドの読み解きは、時の運で並ぶ絵札に占われる人にも、その詩的解釈や修辞学的な知的作用というものを刺激することで、行き詰まっている日常や関心事に対し、新たな視点や新鮮味をもたらすのかも知れません。

つまりスプレッド法の多様性は、そのまま展開される心の旅路の多様性といったところでしょうか。


動画占い師さんのオリジナルスプレッドの見事さたるや、各々方の心の旅路の豊かさ・言わば添乗員としての行き届いている様子など、さすがだなぁと思って視聴したりしますが

旅物語を辿ることで、占われる側は新たな発見や気分転換があると思います。


ナラティブとして、タロットを捉える。

としたら、タロットの持つ占いとしての神秘は、どこへ行くのでしょう?

占術ツールを触媒として、そのままセッションする占い手と占われる側の双方に、人間そのものから神秘は醸されるのではなかったかな、と。

それも一つの命の輝きだと思います。

人は、自分なりの命の輝きを求めているところもあり、占いもまたソレを人にもたらしたり指し示したりする営みだったかもしれません。


タロットそのものに感じる神秘の正体は、なんなのでしょう?

もとい、なぜ人はタロットを扱って神秘を発揮してきたのか?(シェルレェル…超現実主義での営みも、その一つだったかなと)(コバトンボは衒学者…にも満たないヘタレなので、詳しく知りたい人はイロイロ調べてみてください。『魔術的芸術』とか、アンドレ・ブルトンとか、その辺だったと思います。)

昔から、人々の手に手に渡り、道具として使われる用途に応じて姿を変え品を変えて、それなりの遍歴・歴史を持っているから…人間は各々が持ち合わせる・人となりの神秘で応えてきたのでしょうか。

始まりの頃、画家たちに見出された絵柄、数・札の意味内容なども、どうしてこうなった?という謎…長年をかけて手に手に渡らい、人々の醸してきた文化的営為そのものも、本当にミスティックです。


もはや人間、というだけで神秘なんでしょう。

神秘そのものであり、神秘を担うもの。

(けど、たぶん人間が神秘の領域たり得るには機微に満ちているからこそと思い込んでいるためか野暮はいけないと畏れている。平拍子が常の環境で裏拍を取り逃しがちなのを悔しく思う。みたいなこと?とか。関係ないと思うんですけれども、この世に生まれてきたこと・生きているだけで十分、神秘なのですから。)

もうちっと視野を広げると、生き物という神秘的な現象が、広い広い宇宙のなかで、今のところ地球上(と、地球由来のもの)でしか人類は知り得ていません。

宇宙探査には、何があるのかということそのもの、純粋な興味・知的本能…いずれ実用性や資源としての関心のほかに、生命の痕跡を探る・生命の可能性を探す、というものがあります。

宇宙探査の科学者たちが求めてやまないように、生命現象そのものが宇宙では神秘です。


そもそも宇宙そのものからして神秘です。

その宇宙という神秘のなかに、生命現象の一部として生きている私たち人類もまた、れっきとした神秘の一部だろう…という気付きを辿れます。


じゃあなぜ心臓は奇跡を識ったときめきにビートを奏でず平たい日常を襲う諸問題に心疲れて生きている…みたいなことになってる人々が、行き詰まりに悩む人々が、現実では尽きないのでしょう?

自他の醸す奇跡に慣れっことなり、神秘の只中たるはずの日常に想像力なく生きていれば、ワクワクする気持ちも忘れてしまいます。いずれ悩みに囚われてしまうかもしれません。

想像力を疚しく喰われた悪夢を常とし、いっそ悪事に荷担して生きているならば、絵空事の貘を知ったとて、あまり意味はないのでしょう。


…違うなぁ。

こういうことを書きたいわけじゃない。

話はどこでしたっけ?

--------

あ。そういえば、たぶん

大事なことを考察していません。


「ナラティブ」って、なぁに?(爆)


コレ、なんにも調べないで流してたらダメな気がしました。


端的に「物語」と訳されますが…ではストーリーとナラティブの違いは、なんでしょう?

人生で各々が経験してきた物語は、同じ国や地域に生まれても、同じ学校や家庭にあっても、違ってきます。

「体験してきた物語」を、ナラティブって言うらしいです。

ゲーム用語としてのナラティブから、私は言葉を知りました。

ゲームでのナラティブに関する研究は、とても進んでいるようです。

参考サイト:

「ペルソナ」「キャサリン」「メタファー」に実は共通点? 橋野 桂氏×副島成記氏が語る,記憶の設計論とは[G-STAR 2025]

https://share.google/v3eajGpWLjG3jnlYt

[CEDEC 2013]海外で盛り上がる「ナラティブ」とは何だ? 明確に定義されてこなかった“ナラティブなゲーム”の正体を探るセッションをレポート

https://share.google/6d5NMwsziCGmPEUt7


タロットをモチーフにしたRPGゲームといえば『ペルソナ』シリーズが有名なようです。初期作をプレイしてきましたが、もうシリーズとして世界を跨いでいるんですね。(ちなみに私は4が好きです。)

かつて発祥の頃はカードゲームだった占いツールとして知られるタロットは、現代になってコンピューターの中で“先祖返り”して、またゲームになっちゃった!?…みたいですね(笑)

そういう視点で見ると、また面白い・興味深いところです。


スミマセンうろ覚えや読みかじり(理解に確信がないまま)でラフに説明しているので、本来的な意味でのナラティブとは厳密にはかなり違ってきてしまうと思うのですが…

たとえばRPGゲームがあるとします。

たくさんの人が、そのゲームをプレイします。

そのプレイヤー各々についてですが

たくさん予備知識を仕入れてからプレイする人と

全くの予備知識なしでプレイする人とでは

なんだかプレイ内容…体験していく物語に違いが出るもんなんだと思います。


そーゆーのの各々を、ざっくりナラティブと。

ナラティブ・フィールドを展開するゲーム製作者たちは、ユーザーに向けて三者三様・十人十色・千差万別で皆、思い想いに楽しんでくれと。


そーしますと

操作方法や、たとえば剣と魔法の世界観についてなど、そこから?という基本的な知識と経験の有無は、ゲーム世界にスンナリ馴染めるかどうか、という違いも出てきます。

(逆に、プレイすることで基本的な知識や世界観を楽しく覚えさせたり、操作方法もスンナリ身につけさせるゲームは、素晴らしいゲームだなって思います。)

タロットで言えば、たとえば

0番のカード名称は愚者で、その意味内容は云々…1番は魔術師で云々…2番は…

と、この0番から21番までの名前から意味内容を知っているかどうか、が基本的な知識にあたるのでしょう。

(剣と魔法の世界では、ドワーフがいたりエルフがいたり…各々がどんな種族でどんな生活をしているのか。戦闘ユニットとして考えると、どんな特性があるのか?…といったような)

ただしゲームに関しては、プレイする本人が楽しく遊べるのかどうか…という部分が重要なので、その為には、ありったけ予備知識が必要な人もいれば、予備知識ゼロどころか取説すら読まないでゲームスタートする方が楽しい、という人もいるでしょう。

占いをする時も、占いができるかどうかという事と、絵札や卦の意味内容の理解度は、あまり関係がない…という事と、たぶん共通します。(※ちゃんと読み解きたいなら、よっぽど天才肌じゃない限り、参考になる読本は要ると思います。)


そこでタロットに見つけた“貘”のことですが

つまり、これはゲームでは無いのですが…占いでも無いんです。

なんというか、読み物なんですね。

読み手によって読み解き方・プレイ内容が変化するナラティブ・フィールドそのもの、みたいなもの?なので

ちょっと予備知識があった方が遊びやすい…もとい読みやすいのではないかなと。

それで、きっと前説が長くなるのですが

読み手によって、予備知識に興味の浅さ深さに違いが出るのも、その後の物語体験には違いが出るのだと思います。

(前説など必要ない人も、少なくはない気がしています。)

なお、今後もここで述べていく前説なる長話についての把握は、本当に、ざっくばらんで良いと思います。

その方が、細部にとらわれて矛盾が気になるといったことには陥らず、読む上での自由度は高いかも知れません。


ナラティブって結局なに?ちょっと何言ってるのかワカラナイ…という人には、どう言ったらよいのかな(汗)

タロットを、占い道具ではなく

物語を編んだ物として見てみると、人によって読み取るものが違ってくるよ、と。

いわゆる『千夜一夜』と言えるかわかりませんが…どう説明したらよいのかをどことなく考えあぐねていた日々は、少なくとも数年間くらい忘れながら十数年くらい経ってる感じです(汗)


どうしてタロットは物語が編めるのでしょう?

もしかすると、卜占(ぼくせん)ならではの特徴かもしれません。

なかでもタロットは、多彩なスプレッドを展開して多くの人々を魅了してきただけあって、浪漫タップリです。

タロットは、そもそもどんな物語(歴史と環境)によって編まれたのでしょうか?

0から21まで描かれている個人個人の辿るという数ある旅路は、いったいどんな物語を持ち合わせていたのでしょうか?

“貘”は、いたずらっぽく笑っています。

--------

私がタロットに見つけた“貘”は、たぶんプログラミング用語的に言うところの“エンジン”です。

占いツールに組み込まれてみて機能するタイプのものだとして…タロットは恐ろしく相性が良かっただけかもわかりません。

というか、タロットからしか、私には“そのようなもの”は見つけられませんでした。

(というか、他の占いツールをじっくり検証したわけではないので、本当のところはわかりません。)

エンジンというからには、タロットという窓を介して、人生というナラティブ(旅物語)を経る際に有効な推進力…に、なるはずです。

行き場のないエネルギーには適切なリズムとパイプラインを与え、夢や目的に対して、より有効な活動が保てるよう…に、なったらいいな(笑)


“貘”で何をしたいのかというと、私は『パロ』みたいなものを目指したいと考えています。

メンタルコミットロボット「PARO-パロ-」 | NDソフトウェア https://share.google/neevW55RhIZyo6PJA


イーロン・マスクが、日本のロボット産業を評価した時、技術は(効率の鬼に支配させるのではなく・支配のために技術を扱うのではなく)人々の笑顔や幸せのためにある。といった主旨のことを話したそうです。

その違いがわからないなら、価値あるものはつくれない、と。

(ショート動画の拾い読みなので、実際の言葉とは、ちょっと違うかもしれませんが…)


「何を目的としてつくるのか?」が重要なのかなと。

パーパスを問う。とでも言うのでしょうか。

…パンパースじゃありませんよ(爆)

パーパスとは、たぶん志(こころざし)とか目的とかいった意味だったと思います。

ナラティブ(物語)は、あるペルソナ(人格)によるパーパス(志、目的)の容れ物あるいはジム(鍛錬の場、道場)、でもあるんだと思います。

(ナラティブには、居場所に近い心理的な作用があるかもしれません。人格の揺らぎ・目的設定の甘さといった要因次第では、程度も様々な依存に陥る可能性を考えるので、注意点だと思います。)


『パロ』は、接した人を笑顔にするロボットです。

でも、私の見つけた“貘”は、愛嬌はありますが、『パロ』のように、可愛いねぇ〜ってナデナデできる感じではありません(汗)


見た目や感触の問題でカバーできるにしても、中身に向いている容れ物になるものだとすると…

解像度高めのガチリアルな容姿をしたロボットが、どうやったら人間を笑顔にできるでしょうか?(汗)

『鉄腕アトム』みたいに、人々と笑顔で交流しながら、彼にしかできない仕事をする。

ロボットとの会話や交流で、かけあい漫才やコントみたいなことにもなる(爆)

もしかしたら“貘”は、そこまで応用ができる発見かも知れません。盛り過ぎですけれども。

私たちは、ひょっとしたら“貘”を搭載したロボットを相手に人間と変わらない交流をしながら、人間として大事なことも必要に応じて教えてもらったりできる・間違ったことをしたら適切にツッコまれて諭してもらえる…なんて未来が、あるかもしれません。

“貘”なんて関係なく、まずは手元の端末を介したAIで人間との交流を重ねて、その内にそうなっていく…んでしょうね。(人類は様々なプログラミング・エンジンなりインターフェイスなりデバイスなりなんなりを目的に応じて考案して開発して…すでにやってきていることと思います。ただロボット開発をする目的によって、その優先順位には高い低いがあると思います。)


そんなわけで、ここではタロットをかたどった木札をパタパタ繰り出して人間と交流を図るカラクリ人形みたいなイメージで、“貘”の仕組みについて考えながら肉付けをしていこうと思います。

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昔、いわゆる手塚治虫の黒本(黒いカバーをしたシリーズの漫画単行本)で『鉄腕アトム』の表紙に、アトムの顔の中身を描いたものがありました。

アトムはロボットだから、あの顔は“殻(仮面)”なんだな・漫画やアニメでも研究所でのアトムの様子を見てきたように、中身は機械なんだな…って、子供なりに端的にわかりました。

人間も、トルソーなどで見ても筋肉だけの顔になると、まぁあんな感じの印象を受けると思います…たぶん一般的には不気味です。

でも、子供の頃から手塚治虫の『ブラック・ジャック』とか読んでたので、私は(もちろん、絵的な表現での)中身を見ることには慣れっこだったみたいです。不意に中身を見ても、あぁそういうものなんだなって、(人間の骨格や表情筋がどうなっているのか?といった)事実や(空想科学上だけどもロボットなるものの)実際的なものとして受け入れることができていたと思います。

あの頃、誰でも深いことは考えず、そんな感じだったように振り返ります。今の時代でも同じようなんだと考えます。

生体でも機械でも、脈絡なく中身が見えている状態は、たぶん非日常性とか異常性を覚えます。人によって、このことの感じ方の差は大きいと思います。

概念を伝える上で語られる概論や概要も、もしかしたら老若男女や立場を問わず、むき出しの筋肉や骸骨のような印象をもってソレを気持ち悪く思い、受け止めがたく感じる人も、あるのかもしれません。

(また、あまりにも単純化された概念に生きることは、暮らしをシンプルにする反面、同じ概念を共有できない人々とは、人間らしい交情を紡ぐに足りないものも出てくるかもしれません。)


かつて西洋で魔女が気味悪がられたのは、キリスト教とその教会が取り仕切る社会では、本質の扱い方が異質・非日常だったから…かもしれません。

そうしたこととは関係なく、西洋の精緻な静物画には、果物の他に、時には髑髏や狩猟の獲物が描かれたりしていますので、ちょっと驚いたりします。

タロットは、ちょっとそんな古典的な雰囲気が、絵札の象徴には、あったかもしれません。


まずは“貘”としても、いずれは可愛いねぇと言ってもらえる・愛される方向で、なんか面白い・興味深い話になればな、と思いながら下手っぴな前説を綴っています。

占いセカンドオピニオンのお話 〜その2〜

占ってもらった時、

「改善が難しいことを

指摘されても困るな〜」と

思うもののひとつが


「姓名判断」


私の名前は、

両親が姓名判断鑑定士に依頼して

いくつか候補を出してもらい

「こういう子供に育ってほしい」

という願いに合った名前を

選んでつけてくれたものです。

だから、そこそこ良い画数でした。


ところが、結婚して、

苗字が変わったら

地格(下の名前)以外は、

すべて大凶になってしまいました。


結婚を考えた頃、

夫婦別姓が話題になっていたこともあり、

「別姓が認められるようになったら、

旧姓に戻す」という予定で入籍しました。

そんな経緯もあり、

改名はしませんでした。

(・・・あれから早ウン十年💦)


(次回に続きます)

感覚

直感で思い立った。

表現苦手意識のある私だけど

湧いたもの書いてみよう。


I sense 

蟹座さんのキーワード

星読みを学んで

私には蟹座さんが中にいると知った

体で星を読んでいきたい。


海王星 牡羊座入り

牡羊座さんパワー心強い


占いセカンドオピニオンのお話 〜その1〜

胸の辺りにあった

「冷たく硬い塊」が

ブワッと砕け散って

一瞬、ポッと熱くなって 

跡形もなく消えました。


「占い」を通して経験したことなのですが

これだけでは、

一体、何のお話なのやら?

といった感じですよね。


毎日のように、占いに関するお話を

書かせていただいてますが、


実は

「占われるのは、あんまり好きじゃない」んです。


「嫌い」とまでは、いかないんですけど

「改善が難しいことを指摘されても困るな〜」

というのが本音です。


(次回に続きます)

今のしんどさが“長引く人・抜ける人”の差

このしんどさ、いつまで続くんだろう。

毎日少しずつ耐えてるつもりなのに、

朝起きると、昨日と同じ重さが胸に残っている。

「もう少し頑張れば抜けるはず」

そう思いながら、

その「もう少し」が延々と続いて、

気づけば疲れが慢性化していく。

周りを見ると、

同じような状況から

スッと抜け出せた人もいるのに、

自分はなぜか抜け出せない。

「この状態、いつまで?」

そんな問いが、

静かに心に浮かぶ日。

それは、

土星の使い方が違うからだ。

土星は、時間と構造の星。

耐え抜く力、責任、制限を与える。

しんどさを「耐える」プロセスを

支えてくれる星だけれど、

土星は

「永遠に耐えろ」とは言わない。

土星が求めるのは、

「いつまで耐えるか」という明確な期限

期限がない耐え方は、

土星の力を「消耗」としてしか使えず、

しんどさを

無限ループに変えてしまう。

一方で、期限を決めた人は、

土星に「ここまでだ」と線を引かせ、

その先で、再生の扉を開く。

土星は断言する。

「期限のない耐えは、君を壊すだけだ。」

今のしんどさが

長引く人と、抜ける人の差はこれ。

期限を決めているかどうか。

抜ける人は「耐える時間」を決め、

長引く人は「いつか」を信じ続ける。

期限がないと、

土星は「まだ耐えろ」と

制限を課し続ける。

期限を決めると、

土星は「ここまでだ」と

静かに制限を解除し、

次のフェーズへ導く。

もし、

「いつまで?」という霧の中にいるなら、

今日はこんな風に、

終了日を決めてみるのはどうだろう。

カレンダーやノートに、

「このしんどさの終了日」を

ひとつ書く。

今日から1週間後、2週間後、

あるいは

「次の新月まで」でもいい。

自分が納得できる日を選び、

「この日まで耐えて、そこで終わり」と

静かに宣言する。

その終了日までに、

「耐える」以外の小さな行動を

ひとつだけ決める。

(誰かに話す、散歩する、日記を書くなど)

期限があると、

行動は

「無意味な消耗」から

「意味のある移行」に変わる。

終了日が来たら、

「今日はここまで」と

自分に断言する。

しんどさが

完全に消えなくてもいい。

「耐えるモード」を、

そこで終わらせる。

すると土星は、

新しい構造を

静かに作り始める。

これは、

しんどさを無理に終わらせる方法ではない。

ただ、

土星に

「いつまで耐えるか」を

はっきり伝える練習。

今のしんどさが

長引いていると感じる日は、

もしかしたら、

自分の土星に、

「期限を決めろ。

それで君は抜けられる」

と、

耳打ちされている

瞬間なのかもしれない。

終了日を決めた瞬間、

しんどさはまだ残っていても、

それはもう

「無限」ではなくなる。

そこから、

抜ける道が、

静かに、

でも確かに、

開き始める。

海王星のベル???

 いつも有難うございます。

 自分の目に見える世界が自分の延長ならば、今朝ちょっと面白い事が起きました。

 ✴︎なんかすごいぞ、現実に起きた海王星のベル?✴︎

 私は、本はフォトリーディングという方法を知ってからは、基本的にはこの方法で読んでいます。

 昨日、たまたまふらっと出会った本をフォトリーディングを済ませて、今朝最後のパートの活性化をしていました。

 (後から、この本が海王星の動くタイミングでの時限チャイムだったと知る…)

 この本がすごくって!

 エネルギーが動き回り、自分の中の鎖という鎖が弾けまくる!まくる!

 なんなんだーーー!海王星の牡羊座のスタートの日に!って思っていました。

 それと同じタイミングで、近所のどっかの家の防犯ベルが鳴り止まず、

 うるさいなあ💢って思っていましたが、全く止まる気配がない!

 本自体も、そうそう後ひとワードよ!って思って、終わるタイミングと共に消防車が来てフィニッシュ!

 なんだこのタイミングは!

 と朝から驚き〜!のことでありました…

 やっと終わったよ🍵はあ…

 しかもこ今朝は、この本の活性化と共にアウルブックのテーマを出すと意図したんですが、想像以上のことになりましたが、改めて

 人生ミラクルだわ!

 と改めて思いました。

 まだまだ衝撃の余韻が残っていいますので、今日はこのあたりで!

 海王星が新らしいスタートを切る時、自分の周囲で何が起きるのかを注視するのも面白いかもしれません!

 仮にネガティブな事が起きたとしても、変えられる自分がいます。

 出来事は過去でも、今という自分が出した感情の周波数を変えられるのが私達。

 そしてその今が未来を変えます。

 もし今の感情や感覚を転換できたらいいスタートがきれます!

 よい一日をお過ごし下さい!

星で振り返る 今日という一日 ~あとづけ星よみ日記~2026.1.26

「月から読む 今日はどんな日」でトランジット月と自分のネイタルのアスペクトから、今日起きそうなことを予想し、実際の一日と比べてどうだったか?という視点で記事を書いていましたが、これからは

① 今日起きたこと、感じたことを書く

② ネイタルとトランジット、その他をホロスコープで確認する

③ 星の何が影響してたのか?を考える

と、もっと多角的にホロスコープを読む練習をしようと思っています

月のアスペクトだけでもヒイヒイ言いながらやってたので、この新しい方法が毎日実行できるか、非常に心配で不安でもあるのですが、せっかくなのでチャレンジしようと思いました

無理なくできる範囲でもいいから、毎日続ける

とりあえずこれが目標‼

今日も張り切って参りましょう

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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久しぶりに母と電話で話しました

互いに近況報告をしているときに出た話が「女性が我慢することで家庭が成り立ってた時代だった」ということ

とあることで父が「家族だからどんなことがあっても支えあって暮らしていける」としれっと(笑)言ったことで、母がモヤモヤしたそうで

母は父の両親と長い間同居していたので、本当に苦労やしんどい思いをしてきました

「私が我慢して頑張ったから、わがままおばあちゃんがいても、同居生活が何とかできたんだ」と母は言いますが、その苦労を父は何も気づいてないと思ったらしいです

一般的にネイタルホロスコープの4ハウスのルーラーで出生時の父親のイメージが

10ハウスのルーラーで同じく母親のイメージがわかるそうです

(専業主婦の場合は10ハウスで判断するのは難しいみたいです)

私のネイタル4ハウスのカスプは蟹座なので、ルーラーは月で天秤座

父はどんな時でもどんな状況でも常に平等を重んじる人です

娘だから、息子だからと身びいきはありません

わがままおばあちゃんが母に意地悪をしていたけど、どちらの味方もしませんでした

そして感情的になることもなく、いつも穏やかで波風たたない、といえば聞こえはいいですが、どちらかといえば常に冷静沈着

母からしたら父が自分の味方をしてくれないことが、つらいことでもあったし、でも家庭の中でバランスをとって生活をするためには、その方法しかなかった、ということも理解するしかなかったようです

なので「家族だからどんなことがあっても支えあって暮らしていける」という発言も、父としては当たり前の価値観なんだろうな、と思います

母からしたらずっと我慢して自分の感情を抑え込んでやってきたのに、となるんですけどね

母親を表す私のネイタルの10ハウスカスプは山羊座でルーラーが土星で魚座です

まさに「家族の犠牲になる」イメージぴったりです

でも私が星よみを始め母のネイタルを読んであげたことで「自分で自分のことを甘やかしてもいいんだ」と気が付いて、最近は「自分で自分を癒す」を優先して過ごすことを心掛けるようになってきた、と言っていました

星よみが母の役に立てて私もうれしいです

冥王星山羊座時代なら「そんな星占いなんていい加減でばからしいこと、やめなさい」と厳しく言いそうな母でしたが、今は冥王星水瓶座時代

社会全体が個性を優先することに価値を置くようになり、どんどん流動的に進化していく

そんな時代の後押しもあって、母もずいぶんマイルドになれたのかもしれないです

そして私にも「我慢することなく自由に生きなさいね」と言っています

自分ができなかったこと、しんどかったことは、もう私の時代にはしてもらいたくない

そんな母からの愛情をたくさん感じることができた時間でした

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本日もお読みいただきありがとうございました

最近、なぜか心に残っている言葉はありますか?

■言葉と出会う時間のお知らせ

Owlbook Liveのお知らせメールが届きました。

今回のライブは、「今のあなたに必要なメッセージを、言葉を使って一緒に紐解いていきましょう♪」というもの。

皆で一緒に、ビブリオマンシー(書物占い)を行うそうです。

言葉を介して、今の自分に必要なメッセージを受け取る時間。

想像しただけで、心がはずみますね。


■ビブリオマンシーとは?

ビブリオマンシーは、古くから行われてきた占いの一つで、本を開いたときに目に飛び込んできた言葉や文章を、今の自分へのメッセージとして受け取るものです。

オラクルカードのルーツとも言われていて、カードの代わりに「書物」を用いるところが特徴です。 ※書物占い/ビブリオマンシー(wikipedia)


■映画の中の、何気ない一言

このメールを読んでいて、ふと思い出すことがあります。

映画を観ているとき、特別に重要そうでもない何気ないセリフが、なぜか心に残ることがあります。 昨年からこの1月にかけても、何度かありました。

ストーリーの核とは直接関係がないのに、そのセリフだけ切り取られたように感じたり、スッと心に入ってきたり。 大抵は、短いフレーズです。

映画を見終わったあとも、そのセリフだけは不思議と覚えていて、「あれは、今の私に必要な言葉だったのかもしれない」と感じることがあるのです。

意図して選んだ映画でもなく、もちろん占おうと思って観ていたわけでもないのに。

それでも確かに、“受け取ってしまった言葉”があるのです。


■日常にひそむ、メッセージ

ビブリオマンシーやオラクルカードのように、明確な意図を持って始めるわけではないですが、こうした体験は、普段は見過ごしている「ひらめき」や「心の反応」に気づく感覚を、少しずつ研ぎ澄ましてくれるのかもしれません。

直感力に磨きをかけてくれる、小さな贈り物のように。

日常で触れる、映画のセリフや本の一節、ふと目にした言葉。 そんな偶然を、「今の私へのメッセージかも」と軽やかに受け取ってみる。 それは、思いもよらぬ言葉と出会うことを楽しむ、ひとつの方法なのだと思います。


■終わりに|1/29(木)12:00〜のOwlbookライブ

言葉を通して、今の自分と向き合う時間。

どんな言葉が、どんなふうに心に触れてくるのか。 

皆さんと一緒に行うビブリオマンシーが、今からとても楽しみです。

それでは、また☆


prisming 私の中の光

プリズミングの世界観に触れたことで、自分の光を感じるようになっています。

光って抽象的だしスピリチュアルっぽくもあるし、とても曖昧な言葉でもある。

だったのだけど、自分の中にある光は、本当に目に見える光の感覚だと気がつきました✨


プリズミングのライブで、光の感覚、自分の真ん中の世界観を講師のみなさまがそれぞれお話されていて、自分にはそういう光とか天界の感覚みたいなのは何も無いよな・・・?っと、そのときは感じたのだけれど。

それから私の中にある光について思い巡らし、先日のライブでの光を感じるワークをやってみて「これは光の感覚だったのか!」っと、ずっと追い求めていたものが光の感覚だったことに気がついたのです。


私の光の体験✨

その体験が私に初めて起こったのは17歳のとき。

ある朝目覚めたら、多幸感に包まれていて、自分の中にあったネガティブなものがすべて無くなっていた。目にうつるものがキラキラして見えて、通学途中の青空や景色が鮮明に輝いて見えて、これは一体何なのだろう?という気持ちでその日を過ごした。いつも通り高校での生活を送っていたのだろうけれど、ふわふわした感じとクリアな感じとがあって、おしゃべりな頭の中がいつもより静かになっていた。その状態は2~3日後には完全に無くなって、以前と全く同じ日常に戻ってしまった。

きれいさっぱり流れたように感じたネガティブな感情も戻ってきたし、ぐるぐる思考も戻っていたし、景色がキラキラ見えることもなくなった。勉強も部活もがんばってはいたし、学生生活の楽しさみたいなのもあったけれど、思春期特有のもやもやもあって、あの頃は幸福感とうものはそんなに感じたことがなかったかもしれない。だから忘れられない体験となった。


それから、1年に1度ほどこのような体験が起こるようになった。何の前触れもなく突然やってくるそれは、毎回1~2日ほどで消えていった。

そのたびに私は「これがずっと続けばいいのに」と思った。

理由もないのにただ幸福感に包まれるその体験をどうすれば再現できるのかわからなかった。まだ若かった私は、その体験が何なのかもよくわからなかったし上手く言語化もできなかった。


20代の中頃になって、それがちょっとした悟り体験のようなものだと理解した。一瞥体験とか神秘体験というには、自分のそれは強烈なものではなかったし、同じものとしてあつかうのは違うかと思ってもいたけれど・・・

今ではこういう情報もあちこちから集めることができるけれど、当時SNSは今ほど一般的でなくて、本とか人から直接話を聞くとかで集めていった情報の中で共通点があることに気がついた。

そういう体験をした人が口を揃えて世界(自然)と溶け合うような感覚や安心感があって、見えるものすべてが輝いて見えるという表現をされていて、自分に起こったのはこれだ!と確信するようになった。悟ってもないし私のはワンネスというかんじでもなかったけれど、目に映るものが輝いて見えるというのが、まさに自分のそれと同じ!!

精神性を高めたら、あの状態をキープできるんじゃないの?(今で言う波動を高めたらいいんじゃないの、というニュアンスですね)と思うようになり、幸福感の基準が外側に求めるものではなく内側からやってくるものになっていた。

きらきらして見える✨

気がつけば、いつの間にかそれが急にやってくることが無くなってしまったけれど、ヒーリングを受けたり瞑想をすると、それと似たような軽めのバーションのものが起こるということが分かるようになった。幸福感があるときもあれば、静けさだけを感じることもあるけど、視界のきらきらはなぜかよく起こっていた。

好きな神社に行くときも似たような体験はよく起こって、神殿や木々がやたら眩しく輝いて見える。ここ数年は自然のものを見てるだけでそうなる。太陽の光が眩しくてキラキラして見えてるんだといまだに思うこともあるけど、曇っている日でも起こることもあるし、自然しかそう見えない日もあるし、生命エネルギーの高いものに反応が起こるのだろうという自分なりの答えを持っている。

最近では外を歩いているときそれが日常化してきて、それとともに急に思考が静まって自分という感覚が薄くなってふわっとした何かに包まれるような感覚になる。地に足ついてないかんじもあるので、安全のためボーっと歩かないようには気をつけているけど、これが起こったらそれに身を任せている。

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ちなみに世の中キラキラした人という表現があるけれど、人間に対してキラキラして見えることはあっても頻繁ではない。実際にきらきらして見えた人は瞑想家だったりが多かった気がする。これは私の見え方の質で、実際はすべての人がきらきらを持っていてそれを発しているとも感じている。


私のプリズミング✨

プリズミングというものをイメージしたとき、最初は真ん中の感覚?内側にある光というものがわからなかったけれど、外側がきらきら輝いて見える。

これって光だよね?と思い・・・

外側にあるものではなく自分の内にある光・・・?

内にあるから外に見えるわけだもんね?←投影

もしやこれが私のプリズミングか!?と徐々に確信へと変わっていった。

そんな中、プリズミングライブの光を感じるワークをしてみて、私の中から湧いてきた感覚が、自分の例の体験でいつも感じていたあの幸福感と重なった⭐️

全く同じというわけではないけど、そこそこ近い質があった!!

その体感ワークでのあかりさんの詩に『光のつぶ』という表現があって、きらきらと見える世界はひかりの粒で構成されていたんだと直感した。

私の経験してきたあれこれは、光の感覚だったのかぁ~と妙に納得してしまった。


これ・・・実はずっと自分の中にあった?


私にとっての光の感覚は、急にやってきてすぐに去ってしまうというスタートだったから追い求めるものになっていたし、私の真ん中にあるものとは思ってもいなかった。

そこに行ってチューニングするという方法も、ここ数年でどうにか身につけられたもので、デフォルトのものという認識がなかった。

けれど、プリズミングの世界観と結びつけることで、無自覚なままだったけれど本当は真ん中の感覚としてずっとあったものだったのかも?と思えるようにさえなってきた。


プリズミングという新しい試みの案内を受けたときは「何それ!面白そう〜✨」とワクワクしたけど、こんな思いもよらなかった展開が身に起こってきて、私どうなっていくんだろうか?!との思いで、今の地点でのプリズミング体験をアウトプットしてみました。

プリズミングというものすごいものを創造されたなぁという驚きと感謝とでいっぱいです⭐️

そして、今これを書いているのは、自分の光を活かそうと思っているからにも違いない、とも。

光とつながってアウルブックを発信することもできるとライブでもお話されていて、それで何を書くのだ?と思ったけど、今、実際に自分の光を感じた状態でこの投稿を書いています。

光の循環の中で、受けとってつながって流して循環の輪を広げる一員になりたいと願わずにはいられません。

まゆちん先生は内なる光が星を読ませるとおっしゃっていたので、まずは光の感覚で星を読むことにフォーカスしてみよう♪

これまでと何ら変わらないような発信をしてるかもですが〜(光の感覚とつながってると書きたい欲が湧いてこないんだな😅)

光の感覚で、真ん中の状態で出てくるものがあれば書いていこうと思います😊