気づけば、私はよく迷走している

私は瞑想が苦手です。
けれどその代わりに、よく「迷走」します。
献立を考えるとき、部屋の片づけで何を捨てるか考えるとき、講座や習い事を選ぶときも。 頭の中でぐるぐると考えて、結局わからなくなってしまい…時に失敗も──そんなことがよくあります。


迷いの中で見えた、自分の「思い込み」

Owlbook Liveでは、いつもたくさんの学びと気づきをいただきます。
今回のテーマ「ソース原理」の回も、そっと背中を押してもらったような感覚でした。

以前のライブで学んだ「相手目線」を意識して、いくつかの記事を書いてみたことがあります。 四柱推命に触れたり、少し“占い師らしい”アドバイスを意識したり。
でも、推敲まで終えても、なぜかその場で投稿する気になれなかったのです。

時期じゃないのかな? 気持ちが乗らないだけ?
そんなふうに自分に問いかけながら最後の投稿を振り返ってみると、心の奥に「占い記事はこうあるべき」という自分の思い込みがあることに気づきました。

「人のためにならなきゃいけない」それは間違っていないけれど、それだけでは何か満たされない感覚が残ります。 誰かのために書こうとするほど、自分の言葉が遠のいていくような気がしたのです。


自己表現という「原点」に戻る

記事を書くということは、ただ“役に立つこと”を伝えるだけではないのかもしれません。 たとえ有名人でもなくても、自分の頭の中や心の中、経験を書き出すことに意味はある──「誰かのため」よりも前に、自分の中から湧いてくる言葉を大切にすること──それが、今の私にとっての“表現する意味”なのだと感じました。

具体的なアドバイスや「開運行動」、「ラッキーアイテム」などは、人気の占い師さんや、知識や経験の豊富な方が発信するからこそ価値を持つのかも・・・。 では、私が書くことは???

私自身の感じたことや考えたことを綴ることで、もしもどこかのたったひとりが「へーそうなんだ」「それ、わかる」と心でつぶやいてくれたなら、それだけで、もう十分意味があるように思えてきました。

私の書きたいものは、エッセイに近いものなのかもしれません。


迷走のなかにも、道がある

今日は、水星と冥王星が調和の角度をとる日(毎日星読みラジオより)。
考えたことや感じたことを言葉にすることで、本質的な気づきに至るかもしれない日です。

なので今日は、迷走する私の思いをそのまま綴ってみました。
瞑想が苦手でも、迷走する時間の中で、自分の本音や、これからの道が見えてくることがあるのかもしれません。

迷走はつづく。

それでは、また☆

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【備忘録】 Owlbook Live での「ニーズリスト」から選んだ言葉。

・あたたかさ

・愛

・共鳴/共振

・学び