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自己探求

水星逆行からニーズ(望み)を探る。

今回の水星逆行、なんだか圧が強い気がしてます。

気を抜くとネガティブな感情がヒュッと心に入り込んでくるような……。


方向性を探ってみた。

その都度、ネガティブ感情に向き合うのはキリがなさそうだと思ったので。

方向性を探るほうに切り替えることに。


トランジットの水星はいずこ?

SNSで水星逆行の時のテーマを知る方法を発信してる人がいたので、私も調べてみた。

簡易的なものかもしれないし、他にもやり方はあるのかもしれないけど。

とりあえず、見たままにやってみた。


調べ方。

①自分の出生図(ネイタル)と水星逆行開始時(トランジット)とを二重円で出す。

※星読みテラスさんが提供してる「アステラスコープ」は何気におすすめ。

「設定」を変えれば小惑星系(ジュノーとか)も出せます。


②トランジットの水星がネイタルのどのハウスにいるかを調べる。


結果と考察。

私の場合、トランジットの水星は3ハウスにいると分かった。

「伝え方や表現の部分で見直しが入る」的な解釈になるんだろうか。


そこに魚座を絡めると、より具体的になる?

「感情的かつ内的な世界に関すること」とかかな。


さらにサビアンを加えるなら、魚座23度で「精神主義的な現象」も判断材料になりうると。

「普段、目に見えてないものが多くの人の前で現れる(現象化する)」みたいな?


それ、いま起きてるやつじゃん。

過去の未完了な感情。

いつのまにか置き去りにしてた(見ないふりをしてた)感情。

そういうのが浮上しやすいんだとしたら。

感情の奥にある、自分が求めてるもの(ニーズ)を探してみようと思った。


「つながり」を求めてる。

水星逆行と言えども、タスク自体はサクサクこなせてるので順調。

タスクが片付けば片付くほど、なぜか不安になるのがわかっていたから。


不安な気持ちを味わってみた。

(象徴的なものも内面世界で見たけど、その話は省略)

私が求めてるのは「つながり」。


忙しくしてたら自分のことでいっぱいっぱいで、さびしくなる時間もないよね☺️

ってことで。


満たされてないニーズに気づかせないための忙しさだったのに。


私がどんどんタスクをさばいて隠しきれなくなって。

それで「なんともいえない不安」が頻繁に浮き上がってきてたっぽい。


人間として「分離」しているからこその望み。

私が長年求めていたコアなニーズは「居場所」だったけど。

コアなニーズが変わったように思う。


蟲師の物語を通して「この世界全体が私の居場所なんだ」と答えを見つけて。

ニーズがすでに満たされていることに気づき、ふわふわしてる期間を経て。


今の私が求めてやまないのは「つながり」。


全員、意識の深いところでつながってるってことは頭では理解できるけど。


現実世界において、ちゃんと「つながれてる」と実感したいらしい。

それが今の私の望み。


すごく人間らしい回答で私はいいなと思った。


感じたい・味わいたい。

大テーマが「居場所」から「つながり」に変わって。

この人間の体を使って「つながり」を体験したい、「つながり」がどういうことなのか味わってみたいって感じなんだと思う。


ニュアンスが難しいところだけど。

「つながり」がないからほしいって感じではなく。


「つながり」をより感じたい、味わいたいっていう方向性。


自分とのつながりを感じてるだけでは、もう物足りなくなってきてるらしい。


そのためにできることをやっていくと決めたところ。


やろうとしてることがすごく「3ハウス」的だし。

行動を起こすことでつながりの見える化(魚座23度のサビアンシンボル)が起きそうだから。

「つながり」のニーズを思い出すための水星逆行でもあったのかも。


水星逆行、けっこうイイじゃん。

水星逆行からこんなにも得るものがあるとは。


最近アウルブックでサビアンの話をよく聞くから、めっちゃ気になってます。

あとで自分の出生図のサビアンを調べてみる予定です。

3/11*今日のタロット✦祈りの届きかた

今日はいつもと違う記事です。


今日、2026年3月11日は東日本大震災から15年が経過する節目の日です。


東北生まれ東北育ちの私にとってはもはや一生忘れることのない日となりました。

自然の怖さも人間の心のむごさもこれでもかと突きつけられた出来事で、まるで歯が立たなかったなぁと感じます。

地震や津波で甚大な被害があった上で、根拠のない憶測や差別や風評被害など次々とわいて起こる諍いは、あまりに残酷で大き過ぎました。


私の足には幼い頃の火傷の傷痕があります。身体にしろ心にしろ、深く大きすぎる傷は塞がっても痕が残る。それは変えようのないものなのでしょう。

どんなに未来を見ても楽しくても嬉しくても、ふと傷痕が肌を引きつらせる感覚。同じ感覚を持つ人にも出会ってきました。

綺麗さっぱり、とはいかないものですね。



でも、いつか消えない痕を美しいと思う日が来るかもしれません。


傷が塞がるまでを生き抜き、その痕跡とともになお生きていく。

それが美しく感じられたなら、そこには圧倒的な自然の脅威やむごたらしい傷つけ合いにも潰されないたくましさがあるのではないか。

意味や役目のためではなく、ただ生きることそのものが持つ美しさと強さを知れたのではないか。


そんな考えを持つ私はタロットのⅧ番:力(strength)が最推しカードです🤗笑




さて今日のタロットですが、東日本大震災に限らず世界中で様々な人や出来事、自然、神仏様などに捧げられている『祈り』について占ってみました。

カードへの問いは『祈りはどのように届いているか』で、一枚引きです。


出たカードはこちら。

↓

ペンタクル9。

達成・到達、そしてペンタクルの中でもザ・豊かさ!な一枚です。


カードに描かれた女性は援助や引き立てを受けながら成功を築いた人物で、背景や衣服には幸福や豊かさを示す黄色があしらわれています。

また服の模様は愛と美を象徴する金星のマークと言われています。


祈りは確かに届いていて、豊かさや愛情をたっぷり受け取っていると読みました。

物質を表すペンタクルは、物資や寄付金といった現実的な面で助けられている人や地域の存在を示しています。

また女性がのびのびと過ごす庭園は楽園と表現されることもあり、亡くなった人々も今は暖かな場所で心地よく暮らしているのかもと感じました。


全面に黄色が使われていて、充足感と優雅な美しさを感じるカードでしたね🍇🕊

ここまで読んでくださったあなたはカードを見てどう感じましたか?自由に解釈を広げる助けになれたら嬉しいです。




最後に、哀悼の意を捧げるとともに平和と幸福を祈って結びとします。


それでは皆さま今日も行ってらっしゃい🍀

急がば回れの3月

こんにちは。erikoです。

この時期になると年々鼻がむずむずするようになってきました・・・。

とりあえず、まだ薬などのお世話にはなっていませんが時間の問題かしら(^^;)

3月3日は乙女座の満月がありましたね。

今回は皆既月食ということで、およそ半年前の乙女座新月のあたりからスタートした何かに一定の区切りや答えが見えるタイミングでしょうか。

一方で新しい価値観やこれまで気付かなかった自分の本音に触れて戸惑っている方もいらっしゃるかもしれません。

でも、そこに気づいたことにとても大事な意味があります。

これまで私たちは「世間のルール」的な枠から外れないよう自分の本音に蓋をして気付かないフリを続けてきました。

その結果、いつの間にか本音に気付く感度が鈍っていたのです。

でも星たちはいつまでも本音に蓋をすることを許しません。

もし今、何か重かったりモヤモヤしていたり霧の中にいるような感覚を感じている方がいたらナイスキャッチ!

まずは気付くこと。

そしてその感覚や気持ちがどんなものでも、大切な宝物を抱き上げるように温かく包んであげてほしい。

ちょうど水星がうお座で逆行中の今は感情が敏感な時期です。

休むことは進むことと同じくらい大切なこと。

何かを急いで判断・決断するよりも、できれば少しゆったりと自分の内側を観察できるといいですね。

過去の傷からつながれる純粋なエネルギー。

一体、何に怒りを感じたりモヤモヤしたりしてるんだろうと思ったら。

あるニュースが取り沙汰されるようになって、自分が過去に受けた「傷」を思い出してるからでした。


私の心の中のチワワ。

白っぽい毛並みの小さなチワワがものすごい顔でキャンキャン吠えつつ、体をぷるぷる震わせてるイメージが出てきた。

大・小さまざまな経験を合算して見えてくる共通のイメージ。

比較対象として「大人の人間」を想像してみると。

チワワ目線になれば「人間」なんて脅威しかないわけで。


無力感、絶望、焦り、恐怖。

そういうもので世界は埋め尽くされていて。

心から「安心・安全・助け」などを求めていたのがわかった。


ニュースを見かけるたびに、自分の安心や安全が脅かされてるように感じて。

それが怒りやモヤモヤにつながっていたのかなと。


タイミングよく「今日のNVCのライブ」で「過去占い」の話が出ていたので……。


過去占いを開いてみた。

結果は「書きかけのメロディ」。


静観して見守る。

ゆっくり納得がいくまで向き合いたかった。


そうか……。


自分の「傷」がうずいたときにいつも思い出してはいた。


でも、いつもその時の感情や痛み、体感を全部なかったことにしようとしてて。


チワワなんていなかった。


そうすることで自分の心を守ってたんだよね。


チワワを抱きかかえる。

最初は「えっ!? 何っ!? 」って慌てた様子だったけど。

すぐに落ち着いてくれた。


穏やかな表情で私の腕のに包まれてるチワワを見てたら。

あの時の私が求めてた安心や安全ってこんな感じだったのかもと思えた。


受け取ってもらえた嬉しさからなのか。

あの時に味わいたかった感覚とつながれたからなのか。

なんなのかはわからないけど。

涙が出そうになった。


今すぐに解決しなくても。

いままでと違うのは「なかったこと」にしないで、ちゃんと今の私が感じてることをそのまま受け取れたこと。


繰り返し自分の純粋なエネルギーとつながることで癒えていくもの、見つけられるもはありそうだなぁと思ったのでした。

自分を変えるのは、小さな気づき

自分の敵はいつも自分の中にいる。

変わろうとするとき、心には恐れが生まれる。

けれど、その恐れから目を背けず、自分と向き合わなければ変われない。

未来を決めつけてはいけない。

この世界は、もともと予測できないものだから。

思い通りにならないこともあるし、何が起こるかは誰にも分からない。

固定観念に縛られず、

日常の些細な出来事や、人との何気ない会話、

ふと目に入ってくる景色や言葉、

その全てにアンテナを向けて、好奇心を持って生きていく。

そうしていると、

自分の中でまだ眠っている何かが、

ふと目を覚ます瞬間に出会えることがある。

小さな気づきが、自分を変えるきっかけになることがある。


※毎日一枚づつタロットカードを引き、生命の木の知恵を借りてメッセージを受け取っています。週1回、今週のメッセージとしてシェアしています。


NVCとの関わり方が変わってきてる件。

マーシャルさんの基本思想(暴力・分断のない世界に行こうとしてる、人は本来やさしいものである、など)に近づけるものなら。

NVCをどう活用してもいいのではないか?と考え始めてます。


自分の今の気持ちの整理も兼ねて、NVCへの思いを書くことにしました。


何を感じても考えてもOK。

10年近くスピリチュアルや自己啓発界隈を渡り歩いてきた私としては。

NVCはバランスがいいので活用させてもらってます。


感じちゃいけないもの、考えちゃいけないものは存在しなくて。

ジャッカルが居たってそれでもいいんだよってしてくれるところはすごく画期的。


「ジャッカルも大事だよ」って言ってくれるところがホントによい。


心の中の「吠える柴犬」に優しく接する。

ジャッカルって私のイメージだと「警戒心めっちゃ強くて吠えまくる柴犬」だと思っててて。


自分の中にいる「柴犬」を大切にし始めたら、それだけで結構スッキリしたし。

思いもよらないニーズにつながることもたくさんあったから。


いろんなことを感じやすい体質なのに、感じないように努力してきた私にとって。


自分の感じてることに素直になっていいんだよ。


そう言ってもらえることが私には救いだったんだよね。


そんなわけで、ジャッカル(柴犬)を感じるフェーズがあること自体に私は感謝を感じてます。


自分の体感ともつながれる。

ジャッカルと少し似てるけど。

自分の体がどんな風に反応してるのか。

自分の体感とつながる段階があるのもよい。


NVCを実践する過程で自然と自分の体の感覚に目を向けるようになったからこそ。

現実で味わえるものが増えたのは事実としてあるし。

自分の体で味わう・体験することの価値を再確認できた。


体で感じることの良さを認識できたら次は……


プロセスを大切にできるようになった。

体で感じる時間を増やしたいと思い始めた私は。

人からのアドバイスもあって、伝統工芸品の食器やマグカップを使うことにしたんだよね。


そしたら、既製品にはないものを感じ取れた。


職人さんが時間をかけて作って届けてくれたという、一連の流れも含めた深い感謝の気持ちを感じたし。


物の波動の違いを感じたというか。

飲み物でも食べ物でも、そのお皿やコップを使うだけで味が変わる体験もしたし。


そうなったときに、タイパやコスパを求めがちな現代において。

人が手間暇かけて作り上げること、その過程や背景を含めて味わうことの大切さを改めて実感できたっていう。


今の私にとってのNVC。

人とパワーウィズな関係を築く前準備として。

自己共感を重ねて、自分のニーズを満たしたり、自分の感情や感覚を味わったり。

自分とパワーウィズな関係を作ってから、人とつながりにいく。


これが今の私かな。


ただ内省するだけなら他のツールでもいいんだけど。

NVCをつくったマーシャルさんの思想や世界観を含めて考えると。

こんなにやさしいものを大切にしてるやり方って他に無いような気がするし。

だから、今でも採用してるんだと思う。


確かに私はNVCに魅力を感じてはいるけど。

魅力を感じる大本(ニーズ)は何かといえば、実践した先に「やさしい世界」がある・つながれると知ってるから。


根本の大切な部分を外してなければ、NVCは好きに活用していいんじゃないか。

それが今の私の考えみたいです。

木星順行〜内側の海が、外へ広がる日〜

木星が、蟹座の海で、逆行の渦を抜ける。3月11日、静かに、でも確かに、順行へ。


今まで、「もっと、もっと」という拡大の欲求が、内側へ、内側へ、巻き戻っていた。感情の過去。家族の記憶。安心の基盤。


「これでよかったのか」「もっと守らなきゃ」「もっと愛さなきゃ」ぐるぐる回り続けて、少し、息苦しかった人もいるかもしれない。


でも。順行の瞬間、渦が解けて、海面が、ゆっくり波立つ。蟹座の木星が、静かに言う。


「もう、内側だけじゃ足りないよ」拡大は、外へ。感情は、外へ。安心は、外へ。


「守る」だけじゃなく、「広げる」。


「抱きしめる」だけじゃなく、「信じて、手を離す」。


蟹座の木星順行は、内側で育った豊かさを、外の世界へ流していく時間。


家族の愛を、友達に。


自分の安心を、誰かの安心に。


過去の傷を、優しい記憶に。


逆行のあいだ、胸の奥で縮こまっていたものが、順行とともに、ゆっくり広がっていく。海の底から、水面へ。


そして、空へ。


木星は笑う。「内側でぐるぐる回ってたのは準備だったんだ」「今、外へ出る番だよ」


蟹座の波が、優しく、でも力強く、あなたを次の海へ押し出していく。


安心は、内側だけで完結しない。


外へ広げて、初めて、本当の豊かさになる。


木星は、静かに、でも確実に、あなたを、次の海へ連れていく。



🌙 今日の処方木星順行に合わせて、「これを、誰かに渡してあげれるかも」と思うものを、小さく一つ、外へ出してみてください。


優しさでも、言葉でも、時間でも。それが、蟹座木星の豊かさの始まり。

月蝕のメッセージか?自分を愛でる鏡のワークの効果とフラワーエッセンスセレクト

 たまたま

 日蝕や月蝕時の夢は特に注意せよという情報が入ってきた。

 そこから自分のノートを開いて見た時に

 夢に関しては特に記載してはいなかったけど、

 鏡のワークをやった日だったのか…

 と思い出す。

 本当に数日前であっても、人はいとも簡単に忘れるんだぁと思う。

 そうそう鏡のワークって小っ恥ずかしいけど、だからこそ強力だなって実感した時でもあったな…としみじみ。

 え?そんな事で?思うけれど

 鏡を見て、自分が人からかけてもらいたい言葉を笑顔をもってかけるだけというシンプルなのに気持ちが驚くほど違うのだ。

 そういえば、以前フラワーエッセンスの先生にも似たような事を教えてもらったが、正直当時は全く駄目だった。その先生は『今日も私可愛い😍』と言っていたと教えてくれた。

 当時も朝から自分を責めてるんだ…と知ったくらいだったか。

 今回やってみて思ったのが

 自分が鏡を見るときとは、やっぱりやたらチェックばかりして粗探ししていた事に再び思い知らされた。

 だから常に欠点ばかり探そうとしていて、頭や心の中で

 ああしよう

 こうしようと

 欠点改善に忙しいということで、典型的左脳思考

 これに気づいただけでも違う。

 知らなかった人は是非試してほしい!

 特に朝やると1日の気分が変わる!

 なにも人に褒めてもらおうとする必要はない、これも一種の自己ヒーリングでは?と思う。

 日蝕月蝕の夢はなんも覚えていなかったけど。まさかのギフト!

 そしてフラワーエッセンスと出てきたので、この鏡のワークに反応した方、また必要な人のエッセンスをセレクトしてみました!

 アラスカンエッセンス

 サファイア!!!

 自分の人生の本来の目的を助けるエッセンス

 この鏡のワークを行う事で、自分の心の浄化と癒やしが起き、凍りついた心に雪解けが起き、自身が向かうべき道に乗っていく、また乗っている方は更なる加速が起きるのでしょう。

 必要だなと感じた方、または苦手〜!と思った方は、是非行動に移してみてください。

 石のエッセンスは地に足をつけさせるエネルギーを持つと聞いた事がありますから、是非行動というカタチで体現を。

 すぐやる波動は、自分の人生の時間の密度を高めます。

 まさかこんなカタチで投稿とはね〜!人生はミステリー!

「行きたい」を大切にしてみたら

prismingリトリートに参加しました(^^)

リトリート参加を決めるとき、

初日が娘の卒業式と重なっていて悩みました。

親として娘の晴れ姿を見たい。

親として式には出ないといけないのでは…。

でも、リトリートにも最初から参加したい。

私は「行きたいところには行く」と決めているので、

夫に「会社を休んで娘の卒業式に参加してもらえない?」

と言ってみようかとも思いましたが、

無理かも…と頭の中でぐるぐる思考を巡らせていました。

今回リトリートに行きたいと思ったのは、

ただ癒される体験をしたいというだけではなく、

「なんか参加したい!」

「参加することで、今までの自分と違う自分になる気がする!」

と、自分のセンサーがピンときたからです。

土星×海王星0°(ヘリオのつながり)になった頃から、

*海王星(スピリチュアル・目に見えない世界)

*土星(整える・調整する)

この2つが0°で結び、一体になる感覚。

目に見えないことや、自分の内面に向き合うことに

スイッチが入ったように感じました。

リトリートに参加すると決めて、娘と夫に

「リトリートに最初から参加したい。

卒業式に出られないのは申し訳ないけれど、行かせてほしい」

と伝えました。

私の中では、伝えるタイミングや言い方

(卒業式には出ないけれど、大切に想っていることが伝わるように)

気をつけながら話しました。

すると娘は

「リトリート行きたいんでしょ?行ったら?

卒業式は私のことだし…」

とあっさり。

夫も直前までは行くそぶりを見せなかったのですが、

2日前に

「卒業式に行くことにした。スリッパを用意して」

と言ってくれました。

私は

「あれ?自分が思っていたより、望んでいた形になっている…」

と感じました。

自分のやりたいことをきちんと伝えるという行動をしたら、

望んだ方向に動いていく。

自分が「行きたい」と決めたら、

全体が行けるように動いていく。

そんな体験をしました。

リトリートに参加する前の段階から、

自分の光=想いを伝えることに

勇気を持てた出来事でした。

自己犠牲と完璧主義についてを語ってみる①

今回は私にとってチャレンジングな投稿です!理想論にならないよう着地させようと試みてますので、興味のある方はお付き合いくださると嬉しいです。

ずっと温めていた内容でしたが、月蝕の乙女座満月期間に「今書かなくちゃ!」と思いました!

海王星や土星が魚座に戻っていた頃からなんとなく書いてはいたけど、まとめられず下書きのまま放置してましたが💦このタイミングたと感じたのは、半年前の日蝕からの流れかもしれません~

魚座月間なこともあり乙女座ー魚座軸として、完璧主義♍️と自己犠牲♓️のトリセツについて考えていきます⭐️


《 聖典からひも解いてみる》

インドにはバガヴァット・ギーターという聖典があります。日本でもたくさんの方が翻訳されているので、読んだことがある人や名前は聞いたことあるという人も多いかもですね。

5000年も昔からインドに伝わるヒンドゥー教の聖典とされていますが、今も世界中で何億人もに読まれていて、信仰を問わず人気のある読み物です。

インド人が旅行に一冊だけ持っていくのならこの本(聖典)が選ばれるとも聞いたことがあます。

現代も生き方を学ぶための教科書としてインドでは広く読まれているようです。


ですが、内容が難解で、すぐに理解できる世界観でもありません。

私もヨガの学びの一環として初めて読んだのは20代の頃だったか。内容は好き!しかし分かるようで理解にまで落とし込むのが難しい😅

書いている言葉をそのまま鵜呑みに受け取って実践したらちょっと危ない面もあって、しっかり探求してその精神性を理解していくようなものだと感じています。(聖典というのは何でもそういうものだとは思いますが)

最近では好きな思想研究家さんがこの翻訳本を出されたので、それを読み進めていますが(まだ途中)、昔と比べて共感、納得できるようになっているなぁ~と感じたので、今の私なりの理解を言語化していこうと思います⭐️


アウルブックでも話題に(?)なっていましたが、自己の本質は肉体でも心でもなく魂であること。魂は死ぬことはなく普遍的なものであるという宗教観をベースとして、いくつかの主軸となる思想が展開されていますが、そのうちの一部分を切り取って見ていきます。

私がバガヴァット・ギーターのことを取り上げたいと思っていたのは、これを学ぶときいつも感じていた自己犠牲という発想がないこと。

「自己犠牲を止めよう〜」って日本ではよく聞く言葉です。占い界隈でも言われていますよね。自己犠牲を止めて自分らしく生きることをみんなが求めるような時代になっています。

けれどバガヴァット・ギーターでは『ただ行為しましょう』と逆の意味にもとれるようなことを言っている。昔の聖典だから考え方が古いというわけではなく、こっちのほうが核心的だと思えるけれど、自己犠牲はやめたほうがいいのも確か。

どっちも分かるから、さて、どう落とし込んでいけばいいのかとずっと自分の中のテーマとしてありますが、この聖典に沿って考えると、その人の考え方次第で無くなってしまう自己犠牲というのはたくさんあるなと思えるんです。実際に私にもそれをたくさん経験してきました。

《どうやって止めるのか?》

自己犠牲してる、完璧主義なのは分かっているし止めたい、けれど止められない。

分かってはいるけど出来ないんだよという人も多いと思います!


バガヴァット・ギーターでは行為の結果への執着を手放して『ただ行為せよ』と言っています。(これを実践することをカルマヨガと言います)

そう!手放すのは自己犠牲や完璧主義という性質ではなくて・・・結果へのこだわり!

そのためにすべきことが、自分に与えられている役目や仕事などを自分の役割だと受け入れて、その行為に意識を向けること。無心に淡々と行動することにだけ集中していくこと。

今を生きるということそのものですが、結果や見返りのために行動するのではなく、今の自分の役割を無私で行っていく、そんな生き方です。

自己犠牲も完璧主義も結果的にそうなってしまうもの。プロセス自体には犠牲も完璧もないですもんね?

そんな理想的に生きられたら困らないんだよ〜って話になりますが、これを日常で出来ることから出来る範囲で取り組んでいく。結果を求めたらいけないのではなく、結果はいったんおいておいて、自分の役割を果たすことだけに専念してみる⭐️

これが魂が成長するめの手段となっていきます。


目の前に山のような家事が溜まっているなら、家事を終えることに必死になるよりは、その家事1つ1つが今の自分の仕事だと無心で行っていく。

すべきこと、役割というのは仕事や家事、子育てや介護、地域活動、学生なら勉強することなど。

やりたいやりたくないに関わらず、今の自分の役割として引き受けます。「◯◯だから××すべき」「◯◯◯のためだから」っていうのは、実は結果を見てますよね?それを、結果ではなく、ただこういう役割だからそれをするという自覚のみで行動するわけです😘


試験勉強している人がいます。試験に合格するために勉強するので、もちろん合格という結果を求めていますが、今すべきことは合否にこだわることではなくて試験勉強を毎日淡々と行うことです。試験の結果は、自分の行為の結果として受けとります。合格したら嬉しいし不合格ならショックですが、浮かれすぎたり落ち込みすぎたりせず(←これが結果の手放し)、その結果からまた次にすべきことを淡々と行っていく。

結果がでたら、それを結果として受け止めて、そこからは次の行為へとつなげていきます。

このサイクルで生きると、自分を責めている暇もなく、結果にこだわりすぎず、そのときに出来ることをただ行動している状態になるので、自然と自己肯定感も高くなると思います。(実際にこの生き方をしている人がそう言っておられました)


決して合否にこだわらないというのではなく、合格するためにがんばるけれど、ベースは今すべきことを受け入れてあれこれ考えずに行動するということです♪


普段は役割じゃないことでも、状況によっては役割になります。

たとえばお皿洗いが大嫌いな人がいて普段は家族が皿洗い担当だけれど、今日は自分しか家にいない。キッチンのシンクには汚れた食器が山積みに・・・

この場合は皿洗いは自分の仕事になります。たとえそれが嫌いなことだとしても、それを自分の役割だと自覚する。仕方なしに嫌々すると自己犠牲だけれど、淡々とすればただの役割です~。

《役割も結果も宇宙からもたらされる》

自分が与えられている役割というのは、宇宙から与えられているものです。ということは、会社のためとか家族のためとかではなく、宇宙のためにその役割を果たすという視点で行えばいいわけです♪

行動の結果というのも宇宙からもたらされたもの。成功も失敗も宇宙によって与えられたもの、として受け入れます。努力が報われなくっても、それは努力が足りなかったからではなく、宇宙からもたらされた結果なだけです。

嫌いな仕事も嫌な結果も宇宙から与えられたと思えば、魂の成長のためとストレス少なめで行えるかもしれません(笑)

宇宙の中での自分の役割として引き受けることで、嫌々したり自分に言い聞かせたりして無理してするようなことがなくなります。(とはいえ嫌なものは嫌なので、淡々と行う修行をしているというスタンスですね~)

このように、役割も結果も宇宙からもたらされたととらえると、自己犠牲や完璧主義という傾向にはなりにくいように感じます。

とはいえ、役割と受け止めて行動するがゆえの自己犠牲はあります。仕事をたくさん引き受けてしまうとかね。

勘違いしてしまいやすいのが、与えられたもの、頼まれごとすべてを自分の役割として引き受けるというもの。

これはそういう教えではなく、断るところは断るということも大事です。ここがつまずきポイント!次回はそこをつっこんでいきます〜!!

《~べきも大切》

すべきことと言っても、趣味でしていることや何かを目指して行っているものも、その行為は自分の役割(義務)だととらえることもできます。病気になれば療養することもすべきことですよね。

今なにをすべきかをみていくことが大切です。


「~べき」より「~したい」のほうが大事でしょ?という声が聞こえてきそうですが、したいことをするためにも、何をすべきかって考えないとけないこともありますよね?

私たちが普段考える義務感ではなく、我慢や無理がない状態でのニュートラルで見た「〜何をすべきか」です。



自分の役割を果たすことにただ務めるというのは、地エレメントさんにとっては「そんなの当たり前じゃないですか?」ということかもしれません。

これに関しては出来ないけれど、こっちはやっているということだってあるはずです~!

そう、何も特別なことではないし、普通にやっている人はとても多くいるのですよね。

反面、行動や結果に意味を強く求めてしまう場合には、こういった教えが生きてくるのだと思います⭐️


※今回のポイント※

🌙あなたの役割・今すべきことを自覚して、その行為だけを丁寧に淡々と無心で行う

🌙

結果は宇宙に委ね(成功しても宇宙の意志、失敗しても宇宙の意志)、宇宙から与えられたものと受け止める

効率的なストレス発散方法について

「なんだか疲れた、すごくストレスが溜まったなと感じた」時って、私の場合美味しいものおなかいっぱい食べたくなったり、物欲が強くなるんですよね。

なんでなのかな?って考えた結果たどり着いたのは火星の影響なんじゃないか?と言った答えでした。(ちなみに自分の火星は牡牛座です)

ストレスってよくよく考えたら、怒りにも繋がったりもしますし、火星との共通点ありますよね。

これは個人的な体験なのですが、火星の求める衝動的な欲求を満たしたところで、一時的にしか満たされないことがほとんどだったんですよ。

ここで、この火星の衝動的なエネルギーを衝動買いとか、食欲で発散するんじゃなくてべつのルートを使って発散すればいいんじゃないだろうか?と思ったんです。

ここで使えるかもって思ったのが月の求める欲求。

そう、火星の衝動的なエネルギーを月が大事にしている物に注ぐんです。

自分の月は蟹座で蟹座は家や家族を大切にするんですよね。

ということで、その衝動的なエネルギーを家の中を整えたり、子供と思いっきり遊ぶという方向性で使ってみたんです。

そしたらもうすっごい気分も晴れたし、疲れた感じが吹っ飛んで一気に元気になっちゃったんですよね。

もちろん疲れた時はしっかり体をやすめることは大事なのですが、

「なんだか燻っているな」って感覚を体で感じるタイプの疲れなのであれば思い切って月の求める要素で健全に発散するっていうのが1番回復の効率がいいんじゃないかと思いました。

この投稿を読んでちょっと気になった方、現在燻ってるなーと感じる方、ぜひ一度試してみてください。

そのうち分かるよって、そういえば、いわれたな。

こちらの記事は、自身のホロスコープを実感と共に掘り下げていく記事です。

画面の向こうのあなたと、一緒に勉強をするつもりで書いています。

良かったら、最後まで読んで行ってください。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ホロスコープの読み解きを始めた頃、私は、太陽よりも月よりも、「土星」が気になって仕方がありませんでした。


土星は凶星と考えられていた時代もあるし、サタンと名前が付けられているし(悪魔の意味ではない。音は同じだけど)、人生の試練や課題を示す星だと言われているし。

「夏休みの宿題は先に終わらせる派」だった私としては、人生の課題も、出来れば先に終わらせたい。

そんな思いもあって、自分の性質云々よりも、土星の意味するところを真っ先に読み解きました。


でも、これが結構難しかった。

土星の読み解きではなく、その課題に向き合う事が、です。


土星のいる場所は、「弱点」でした。

わかっているけど、できない。

そんな、強烈な苦手意識のある場所だったのです。

とてもじゃないが、一夜漬けでは太刀打ちできない。


対して、前回まで読み解いた木星は、意識しなくても、常に満たされている場所。それゆえに、木星は幸運と呼ばれるのだと分かりました。

常にある幸せ。

いつもある豊かさ。

自分では気づけないけど、他者と比較すると、その豊かさに驚く。

それが木星の場所です。


この二つの共通点は、「個人の視点の外にある」という事だと私は思います。

これって、まさしく、社会天体らしい働き。


土星の試練は、一定の時間を経た後でないと、向き合う事すらできない。いうなれば、長い時間をかけて修行して、ようやくたどり着く「奥義」のような感じ。

木星の幸運は、同じように長い時間をかけて修行して、無駄な力がそぎ落とされたときに見える、これまた「奥義」の一つ。そんなふうに思います。


知識として知ることは出来ても、年を重ねないと本当の意味が分からない。

土星と木星の性質は、まさにこれだと思うのです。


ホロスコープで、人生を早回しで覗き見ることは出来ても、体得することは出来ない。

リアルには、巻き戻しも早送りもない。


土星の奥義は、その時にならないと教えてもらえないし、木星の幸運も、その時にならないと見えてこない。どちらも、人生後半にかけての大仕事という事。


人は社会で生きてる。私もその一人。

「そのうち分かるよ」と、事あるごとに励ましてくれた年長者の言葉は、土星と木星の声だったのかもしれない。

そんなことが、木星の考察中に頭をよぎりました。


私はようやく、社会の入り口にたどり着いたようです。


「そのうち分かるから、大丈夫。」

これ、本当です。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

心から、感謝です。

また、遊びに来てくださると、とても嬉しいです。


受け身の人生は似合わない。

丙午(ひのえうま)だからとか、牡羊座だからとか。

後付けはいくらでもできそうだけど。


それとは別で、「棚ぼた的な(受け身で待ってるだけの)人生」を私はあんまり求めてないのかも。


引き寄せるとか引き寄せないとか。

そういうことじゃないなって思った。


ぼちぼち無茶してた。

過去を振り返ってみると。

ノリと勢いでなんかやっちゃうほうが性に合ってたはず。


やらかしたとしても、大した傷跡を残さずうまくやっていけるというか。

その場では「瞬間最大風速」を記録したように見えても。


案外、時間経過で忘れ去られる程度のことしかやらかしてない。


変えたい願望。

私が大勢の人を巻き込んで衝撃を与えるときって。

強烈に流れを変えたいときだったりもする。


だけど、時代の流れとか。

その場が長年積み上げてきてるもの。

所詮、他人が作った世界だから。

私が与えられる影響なんてほぼ無いに等しくて。


よくも悪くもその場において、何らかの強烈な記録は残していくけど。

それのせいで悪化したっていうのは聞いたことがない。


私が居たときより環境がめっちゃよくなってるとか、すごく進化してるケースばっかり。


組織の根本思想から様変わりするときもあったりするし。

物理的に建物、場所が移動してそれで空気が変わるとかもある。


私が繰り返してること。

でも、なぜか私が居る(関わってる)ときに具体的な変化は起きなくて。

私が居なくなってから1年後とかに劇的な変化が生じてたりする。


だいたいの場合、変化する少し前に私がお邪魔して。

「なにこれ? 私こういうのイヤなんだけど? 」って不満が溜まってきて。

その不満を私が具体的に表現するケースもあれば、ため込んで自滅するケースもあって。


そこを起点に私だけでなく、その場全体から変化の嵐に巻き込んでいく。


「インターセプト~」でも書いたように。

そうやって大勢の人を巻き込んだ強烈な破壊を起こしがちだから。

影響力を発揮する怖さや、どこかに所属する怖さは今も多少は持ってる。


変えたくなる衝動を自分に向けてやってきたけど。

底が見えてきてる気がしないでもない。


なんかもう、飽きてる。

自分で自分の変えたほうがいいところを作り出して(見つけて)、修正する。

その延命方法が使えなくなってきてる。

面白いと思えなくなってる私がいる。


というのも……。


「状態変化しかない」と気づいたから。

「今、私はそれをやってる(やってない)」というリアルタイムな状態変化しかないよなって思った。

気分や感情はオプション。


たとえば「自分の意志ではどうにもできないタイプのやらなきゃいけないこと」があったところで。


「やりたくない」という気持ちも全力で受け取ったあとで、その裏に同じだけ存在してる思いとつながればいいだけだし。


そういう仕組みを今の私は持ってる以上、本質的には「やりたくない」は存在してなくて。

「やる」しか残ってない……というか。


どんな気持ちでやったっていいんだけど。

私はネガティブな思いを持ったままやるのは気持ち悪いから、逆を見るようにしてるってだけで。

自分が思う「イイ感じ」に状態を振ってるだけだって思ったら、なんか……ね。


構造がシンプル過ぎて、この構造だけで人生を遊び倒すには限界があるって思ってしまった。


波紋を起こしていく。

「ルックバック」「ブルー・ピリオド」。

最近だと「超かぐや姫!」とか。

クリエイター視点な作品も好きでよく見てるし。

(3/21には「数分間のエールを」がEテレで放送されるみたい)


「うみねこのなく頃に」だって。

あれもクリエイター視点をメタ的に描いてるようなものだったりするし。


どうせ「やってる・やってない」の状態変化しかないんだったら。

「やってる」を私は選んでいきたいなと。


すべての情報は決めるための材料。

占いでもそうじゃなくても、なんでも。

自分の肉体の外にあるものは「材料」でしかないんだなって思った。


悩みを解決したくなるっていうのは、直接的に結果や答え(安心感など)を求めてるわけじゃなくて。


「判断材料を求めてる」が正しいのかも。


タロットでやれること。

そうなったときに「カードに描かれてること、世界観をそのまま伝える」ってことが真価を発揮するはず……。

「世界 = 完成」のようなキーワード読みではできない、情報の伝え方。


私には物語のようなものが見えてる。


(アウルブックにはホントに物語を書いてる人がいるから。

すごいなぁと思いながら、いつも読んでます)


未来の結果や予測を伝えるのでもなく。

単なる情報の羅列でもなく。

なにか新しい伝え方ができるような……。


そんな気配を感じてます。


人によって「材料」の魅せ方は違うから。

自分の求める「材料」を提供してくれる人を探すしかない。


どういうわけか、その材料の提供者は意外なところに居るもの。


アウルブックは「意外な出会い」ができる場所だと私は思ってる。


自分で読み返したときに中身がないように思えたとしても。

それがいい!と言ってくれる人はいるし。


ここにいるよ、と。

自分の存在を文章の投稿によって伝えることも大切だよなぁ、とか思ったりして。


一旦、終わり。

今の私が考えてることをざっと書いてみました。


見たいアニメ(夏目友人帳とかモノノ怪とか)も読みたい本(望月麻衣さんが出してる「満月珈琲店」や他のシリーズ、暁佳奈さんの「春夏秋冬代行者」とか)もありすぎて。

相変わらず、積んでるタスクに追われてるけど。

毎日、少しずつ片付けてます。


2月になって急に差し込まれた予定も片付きつつあるし。

趣味を楽しみながらやっと、タロットの勉強にも戻れそうです。

乙女座満月だよ!!タロットさんからのワクワクメッセージ

こんにちは!!元気ですかーー!!本日2026年3月3日はひな祭りであり、皆既月食の乙女座満月……ということでウェイト版タロットさんからメッセージをもらってみました。


今、目の前にある幸せを見つけてみよう。貴方の周りにはいくつあるかな~??

さぁ、探してみて!子供のように。探す時間もワクワクしなきゃもったいない!!

見つけ出せたら嬉しい!!感覚も大事だけれど、探す過程を遊ぶように取り組めると踊り出しちゃうくらい楽しいよきっと。

そう、もっと踊って、自由に、あなたらしく。

お金だけ見つめても答えはでないし、夢だけ見ても答えはでない。

大事なのは何かで揺らいでいる感情だ。貴方の奥底に隠れている本音だ。

誰よりも自分に集中。それが道を切り開くヒントになる。

幸せは見つかった?……私?私はね、幸せを見つけようとしている貴方の姿に幸せを感じたよ。ありがとう!!またね。

カップの9の(逆)&カップの10(正)&ペンタクルの2(逆)より

タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。1気筒目

前説と本題の違いがなんなのかわからないようなまま、話は次のフェーズ(?)に移ります。


タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきました。

アリが10匹で、ありがとう。

バクが10匹で、麦芽糖(爆)

って、こないだ旦那さんが言ってました。

コバトンボがアウルブックで何か書いていることは、旦那さんは微塵も知らないハズです。バクなんて単語は、リアルではピクリとも出したことがありません。夫婦の奇妙な以心伝心でしょうか。

ひょっとしたら自分、あんまり“貘(ばく)”のことを考えすぎていて、寝言で「…ばっ、貘が!貘がああぁ?!」などと、わめいていたかもしれません(爆)

(センちゃんの白いワニって、とある漫画家さんのネタがあります。そんな感じで)

(トレパク、自分もWeb漫画家時代にやってた気がします。それどころか、まんま画像を拝借・加工したり…ホームページにHTML組んでた頃とは違って、もう遥かに時代も進んでいますし、気をつけないといけないなって思っています。反省点。)


さて、その寝てる夢にも出てきそうな“貘(ばく)”なんですが

要はタロットで組んだ、プログラミング用語的に言うところの“エンジン”なのではなかったかなと、考えを進めてきているところです。


これにはペア(10組+1組)と段組み(5段で上下2列)があるのですが、実際のガソリン車に言うエンジンとなぞらえて、5段組である事を5気筒エンジンなどと言ってみたりしていました。

08・21/01・18/09・03/04・19/05・06

13・11/07・16/20・15/14・10/12・02

旅するペアとして00・17

パパゲーノ&パパゲーナ❀

世の中、ウェルテル効果vsパパゲーノ効果。たぶん


タイトルに1気筒目、なんて⋯なんだか漫画の回数みたいですねw

回数を重ねるごとにモンスターエンジンになる仕様でしょうか?

ともあれ予定としては、このとおりで5気筒目までです(笑)

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たぶん、どこかで誰かもしたような話を、コバトンボの方が知らないで、同じ話にしているかもしれません。射手座とカイロンについてとか。(射手座は、賢者ケイローンのみならず、ケンタウロス族全般にもあてはまるイメージも含めた視野の広い捉え方なのかも。)

タロットを読んでいると、別々の人でも同じような読み方をしたりするように、似たような・ドンピシャ同じな発想をすることも、ままありそうですが…それと同じようなことは、占星術にも限らず、どっかでもあるかもしれませんね。

(スミマセンもしどっかや誰かと話が被っているところがあっても、知らないでいることが殆んどだったり、書くことで精一杯で読むことが無い・読んだり閲覧しているわけではないので、そこら辺ご了承ください。)

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伊泉龍一さんの著した『タロット大全』が、世に何をもたらしたのかっていうと…タロットにまつわる“厨二病的なオカルト性”を浄化してしまったことにもあるのではなかったかな、と。

(タロットに関する、可能な限りに正確な歴史と考察を記録することで、人々の持ち合わせたい現実把握意識と能力は、癒されたのかもしれません。)

(今から見れば厨二病的な…だなんて言えるようなものでも、その当時の人たちは、その時代に理解されていたことに基づいて行ってきた真面目な探求であったと思うので、そのことへの理解と敬意も忘れてはいけないでしょう。問題は、理解されたことが多くなったはずの後の世代への影響を、後の世代がどう処するかなんだと思います。)

そうすると、人々にある宗教への信仰心の本質と、いわゆるオカルト性とは、本来別なんだなとも気が付いたりします。

宗教と占いも別のものですし…だからこそ占いは本来、宗教というものを客観的事実として捉えることができるんだと思います。(オカルト性との距離感を学ぶ中で、)その性質の違いも、理解する知性を鍛えるかもしれません。

今後の時代は、いよいよ人々の理解力や精神的な余裕が進んで、宗教の本質とカルトの違いが問われていくのかもしれません。


占いの本質は「読み取ること」にあると思うので…学問の類なんでしょうね。

やはり宗教とは別のものだと判ります。


また、学問にも要不要や真偽があります。

その学問が、世に要るのか要らないのか?真偽は定かか?を、世の人々が問える・議論できるくらい、基礎的・本質的なものや良質な学問の浸透と理解が進めばいいですね。人の気持ちを理解する優しさ、道徳観、倫理観とともに。

知識や知見の基礎は歴史や由来歴・根拠や成り立ちを問うので、やはりこれも重要です。


を?

…待てよ?


じゃあ、宗教の現場から神々からの託宣として始まった「亀卜(きぼく)」は、どうなるのか?

宗教と占いの関係性は、深いです。


あ〜、しまった。

コバトンボは記憶力とIQが足りない(汗)


思考が浅くなっています。コレはスマホ依存だとかで、脳がやられているかもしれません。

この辺のことは、また改めて。

よく考えて捉え直さないといけないですね。

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ミラノ・コルティナ五輪、凄いですよね。

会場も本当に素晴らしいんですけれど、選手の皆さんの頑張りに心を打たれています。

ウィンタースポーツは、人間の限界を思わされるくらい持久系も雪中氷上でハードですし、より速く高く遠く、飛んだり跳ねたりクルクルと回ったりするものが多めなので⋯見ているだけでもうハラハラドキドキさせられながら、かなりイマジネーションにも刺激的です。

りくりゅうペアが、今回の大会そのものに大輪の花を添えて、本当に素晴らしいなぁと⋯

パラでも選手の皆様のご無事をお祈りしつつ、ご活躍を期待しています❀


実は、“貘(ばく)”と称して“(プログラミング用語的に言う)エンジン”に見立てて、コバトンボがタロットに見つけて編纂(?)してみた組み合わせの“1気筒目”って、まさしくオリンピックといったテーマとも、話の相性がとてもよい部分なんです。

それがコチラの組み合わせ。

08・21

13・11

タロットに馴染みのある方々には、ははーん⋯とか、フムフム⋯とか(笑)して頂いてもらえたら幸いです❀

エンジンスタートに相応しく、力強い内容になっています。


さて前説の話を論理的に考えると、ですね

…論理的ったって、以下の通りクッソ単純ですがw

 x(貘) = y(エンジン)

 y = z(国家)

 x = z

(ちなみに、しばしば文面語尾などに付くwは、たぶんジャパニーズ・アルカイック・スマイルですw)(文字類のxyzに混じりやすくて、ややこしい⋯)

つまり国家と“貘(ばく)”が、同じものなんでないのかい?的な読み方ができてしまうわけですが

国家が(国民をさいなむ)悪夢(的な現実)を食べて(実際に対処して)消化し(学びや教訓を得て、栄養や心の土壌の肥やしにし)、(二度と無いようにする・またあったらすぐ対処解消できるように)成長や進化をする⋯ものなんだよなと、単純に気づきを得ます。

国家モンスターエンジン搭載ポケモン論(爆)

もっとも、国家の進化はポケモンのような3段階には限りませんが。

また逆を言えば、“貘(ばく)”も悪いものとなったら、実在実際の国々の悪くした歴史や時代や有り様などに見るような問題だらけな内容にも、なり得るわけですね。(あまりの酷さや腐敗荒廃のある現実で生きている人々から発生する夢が…“貘(ばく)”の食べる夢が、あんまり悪かったのかもしれません。)

人類は発見や交流をするたび新旧の課題が出てきますから、国家についても進化や改良の限界は無い気がしています。


ん?⋯あれっ?⋯x、y、z⋯

ポケモンって、“貘(ばく)”ってこと?(爆)


キャラになったり、国になったり、与太話ばっかりスミマセンw

(じゃあタロットはポケモンなの?ってなると…タロットは象徴群として物語の集まりで出来ていて、ポケモンはたくさんのポケモンがバトル・セッションする物語の中の存在です。まぁどことなく似た者同士、かな?w)


ややこしかったり話が飛んだりしますが…読んでくださる方々には、心から感謝をいたします。フレーズをピックアップまでしてくださる方々、本当にありがとうございます❀

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タロットの象徴群を、プログラミング用語的な“エンジン”として組んだ“貘(ばく)”ですが、その各々のペアが踊る上で、フィギュアスケートりくりゅうペアの2人の距離感が、すごくしっくりきています。

木原龍一さんの言では、三浦璃来さんとは戦友を越えた家族みたいなもの。とのことだったかな。

目標としたことを成し遂げるために、困難な課題を幾つも乗り越えて自他を養育研鑽し、晴れの舞台で完成した姿を表現する。

本当に、並ならないことです。

青春の極み。

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なんで本題に入る前の話が長いのか、考えてみました。意味があるのか。

たぶん“可塑性”に対するクッションのつもりなんです。

“可塑化”も過ぎたら洗脳ですかね。

という本能的な気付きや感覚のまま、“可塑化”にやられないで済むかもしれないバフをかけているつもり…なのかもしれません。

とはいえ、読み手は読み飛ばす自由があります。自己判断でダイジョーブ。自己責任でよろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・。

かえって“可塑性(洗脳)”を強めているのかどうか?という疑問が湧きましたが、どうだか自分には判りません(汗)

果たしてどんなものか、試してみてください。

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さて、

“貘(ばく)”のエンジンスタートを切る1気筒目ですが、その力強さゆえに、光と影が最も色濃い内容かもしれません。


光の照射があれば陰影ができ、

競争には勝者があれば敗者があります。

生命が生じるには、そのための条件が必要で、満たされなければ生じません。

競争のため・生命現象のため、どちらもそのための“聖域”を必要としています。

聖域とは、そのことのために不可侵の・守られる環境、世界のことです。

漫画などで、しばしば拳闘士の「リング」上を“聖域”と書いて、そう読むことがあったと思います。そんな感じ。


08の「力」とは、なんらか“能力”のことで(つまりパワーパワーしたものばかりではないものも、能力という括りには様々あって)

21の「世界」は、それがいかんなく発揮される“場”のことです。

ここで表現される「世界」とは、漠然と・漫然な世界中といったことを示すのではなく、何かのために完成された場や関係性を含めて、統合された世界として見るものです。

かつて古代ローマに“闘技場”がありましたが、まさしく拳闘士や剣闘士らの“能力”が発揮されるための場でした。

“オリンピック”もまた世界各国から集う競技者各々が“実力”を発揮するための最高の“舞台”とされています。

あるいは“劇場”は、“芸事の能力”を発揮され、その“世界観を顕す場”ですし

また法廷の場では、たとえば検事と弁護士が能力の限りを尽くして極刑であるとか無罪であるとかを争います。

獅子を飼う女主人の手法は確かで、その家は愛獅子との暮らしに十分な環境です。

高速回転で宙空を舞うスノーボーダーの姿、その跳躍方法の見事さには死神も惚れ込んで次を望み彼らを活かすのでしょうか。

ざっくり、こんな感じです。


話は変わって保健体育になります。

生命が宿る子宮では、種と土壌の関係があります。

21「世界」トートタロットでは、しばしば「アンク」の意匠がありました。

また、08「力」には「獅子座」の意匠がありました。

獅子座の記号、何に見えますか?

「アンク」を子宮とすれば、「獅子座」の記号♌は、精子に見えます。

子宮のさらに奥の卵管で、たった1つ(時には幾つか)の精子が、卵子との出会いを果たすために競争を繰り広げます。

出会ってなお、受け入れてもらうためにワイワイ精子たちなりの競争があります。

それは運なのか、まだ知られざる条件や能力なのか…ワイワイした精子たちの中で、とうとう卵子に受け入れられたものがあると、もう他の精子たちが入る余地の無いように膜が張られます。

やがてその受精卵(種)は、卵管を辿って子宮に行き、子宮内膜(土壌)に着床します。

子宮の中は、始まった生命現象が無事に誕生を迎えるまでの成長を守る聖域となります。


えっ?

ちょっと待った。


獅子座の記号♌に、そんな意味があったの?


知りません(爆)


少なくともコバトンボはそんな話、見たことも聞いたこともありません。


じゃ、なんで?

タロットカード各々の象徴群に込められた意匠から、ただ思いついたこと・イメージされたこと・発想されたことで、“貘(ばく)”の中で各々のペアや段が司っているらしい物語を組んでいます。

感情とか心のエネルギーが(どういう理屈で?)燃えるのか熱を帯びて、お話が回りだすはたらきを見立てて“エンジン”なんて言っています。


そもそも、占星術で各星座の記号が決まった時代は、いつでしょう?

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GoogleAI概要

占星術の12サイン(黄道十二宮)の記号は、古代バビロニアの天体観測とギリシア神話が融合し、数千年にわたり進化してきたシンボルです。各星座の形や特徴(牡羊の角、魚の対など)を簡略化したグリフ(絵文字)として、ヘレニズム時代以降に固定され、現代のホロスコープでも用いられています。

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で、獅子座♌️のマークが、精子を意味するのかどうか?…ソレならば

人類史上、精子が発見(顕微鏡で、その姿が目視確認)されたのは、いつでしょう?

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GoogleAI概要

精子の発見は、植物では1896年に日本の平瀬作五郎がイチョウで、同年に池野成一郎がソテツで成し遂げ、世界の植物学に大きく貢献しました。

動物の精子は1677年にレーウェンフックが顕微鏡で発見し、当時の研究者は精子の中に人間(ホムンクルス)が入っていると信じていました。

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もし、古代人は精子の形を知っていて、獅子座のシンボルとして記号化されたのでは?と言うならば

占星術の記号を制定した古代人には、今の人類より進んだ文明があった的な話になってきます❀


来た来た来た…クール・ド・ジェブラン的な厨二要素がですね(笑)


コバトンボは、きっとリアリスト側の人間なんですが…心のどこかでは、詳しいわけでは無いのですけれども、いわゆる雑誌『ムー』の世界であるとかTOLAND VLOGだとかUFO・UMAといった浪漫とかミステリーも、忘れたくありませんw

(またクール・ド・ジェブランは、正確なエジプト史の情報があったらどうだったのか・出版の錬金術で社会的にも成功した生活者リアリストだった点で、人間関係構築能力と生活力が皆無のコバトンボは、決してド・ジェブランを悪くは言えないゾと思っていますw)

線引きはちゃんとしつつ、謎は謎として解明されていった後の楽しみにしています。


それにしても、社会的に信用や能力を要する職種職務の方々ほど、UFOを見たって言ったら、人格や判断能力や精神面について問題ありと判断されるみたいなんで、なんというかツマラナイ世の中ですよね。

社会的信用や能力や判断力のある職種職務の方々から、もし「UFO見た!」って話があったら、UFO実在の最高の証言じゃないですか(笑)


コバトンボも、実はUFO見たことあります(爆)


いや、ホントに(笑)


新木場ら辺で勤めていた頃、ディズニーシー開園日の昼休みにですね、遠くからシーでの喧騒が聞こえる気がして、ちょっと外に出たんですよ。そしたらですね…海沿いだったので、アレは海の上だったのかな

遠くの上空で銀色の米粒みたいなのが、左右にゆっくり揺れていて(木の葉運動ってヤツですね。高さは一定なんですが、前後か左右に揺れていたようです)、しばらくしたら5、6機くらいはいたのかな?もっといたのかもしれないのですけれど、目が慣れたのか見えてきて…ソレに気が付いたくらいの頃に、見ていた辺りの空がキラキラしたなと思ったら、銀色の米粒たちは消えていました。(ワープなのか光学迷彩なのかは判りませんw)


たぶん、まだ携帯電話の時代だったし、ディズニーシー開演前からものすごい電波が飛び交っているとかして、人間が世界も含めた各地からものすごい熱量を帯びて大集合してきているから、地球上ではいったい何が起きているのか…やっぱり地球外生命体ってヤツなんですかね…ソレがUFOを使って様子を見に来たのかもしれませんね。

銀色の米粒UFO、もしかしたらドローンなのかな?

つまりディズニーシー、UFO呼ぶくらいの地球人による大規模な地上活動で社会現象だったんですね。


って、あの日に見たことについてを考え置いています。

(もしかしたら、ディズニーシー開園当日にUFOを見た人々の証言って、掘り起こすとあるかもしれませんね。)

(時流に乗っかったフカシもあるかもしれないので…各々の真偽のほどは、なかなか見透すのは大変そうですが。)(なんて言ってると、コバトンボの話も嘘かもしれないってコトにw)


コバトンボはパイロットだとかいった大事なお仕事をしている人ではないから、こーゆーお話をしてもダイジョーブですね。


と、ここで獅子座の記号♌の由来を検索↓

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GoogleAI概要

獅子座(♌)の記号は、百獣の王ライオンの頭とたてがみ、あるいはしなやかに動く尻尾を抽象化したものです。このマークはライオンの誇り高い姿と力強さを表しており、ギリシャ神話に登場する「ネメアの森のライオン」が由来とされています。 

獅子座の記号に関する詳細:

由来: ギリシャ神話で英雄ヘルクレスに退治された「ネメアの獅子」の姿。

デザイン: ライオンの頭部からたてがみが流れる様子、または「ししの大鎌」と呼ばれる頭の星の並び(逆クエスチョンマーク型)をモチーフにしている。

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コバトンボは、この中で「獅子座の大鎌」説を、説得力あるように読みました。

♌の丸のところが「獅子座の大鎌」の一番下の1等星レグルスにあたるのでしょうね。


と、いうわけでですねw

とりあえず、獅子座の記号♌と精子の形が似てるのは単なる偶然なんですけれども…

「能力」が発揮される「世界」…“貘(ばく)”の中の、とある始まりの世界観・力強いエンジンスタートの有り様についてを説明する上で、その偶然を使わせてもらっています。

コバトンボも愚者たる所以ですw


「力」…活発な生命力・能動性そのものを意味するってことで、「獅子座」また記号♌の事とは別としても、お話はできるとも思っています。


冷静に物事の成り立ちや歴史を調べることで、思い込みがどこから来るのかを分析し・おかしなところを探して、物語の構成にどんな影響があるのか?考えたんだと思いますが…

のっけから“可塑化”とか“洗脳”に類するはたらきについて体感できた気がしましたら、一つ経験値だと思ってみてください。

(ここでは本質の話なので保健体育ですけれども…物語として、情動を伴うロマンチックな展開やエロ要素なども、意識への貫入や可塑化が強いのか、しばしば感化や洗脳に伴うモノのようですね。)


TOLAND VLOGなどの、神話とか古代浪漫系の動画とかって本当に好きなんですけれども、残念ながらなかなか観る暇がないんですよね…(汗)

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さて、生命にとって絶対の法。

それは「死」ですね。


「死」という絶対…昔、C.W.ニコルという方の本で、そうした記述を見た気がします。あるいは、ネットで見たのでしょうか。うろ覚えですスミマセン。


“貘(ばく)”と名付けた“エンジン”は、死や滅びのある存在にとっての哲学かもしれません。

人間は死にます。

生命現象である存在は全て、いつか死にます。

対して、国は滅びと抗います。

(おそらく人間が機械の身体を得て長生きすることになったとしても…知性ある生命現象であるからにはソレを司る脳の有無は問うと思いますが…やがては知性的な機能や部分だけ残るのであって、いつしか生命としては死んでるのかもしれません。)

何ができるようになり、何を遺していけるのか?という事には人間、早い内に気がついておきたいことなのかもしれません。

国には、歴史として遺構として文物として民草として…たくさんの国民や人々の遺してきたものがあると思います。

滅んだら、それがなくなってしまう・無意味になってしまう。けど部分部分で必要なものか不要なものかを問いながら、滅びの代わりに改遷や変遷を続け、歴史を遺し…根本の滅びを退けるため、滅びと競うようにして存続をかけた活動があると思います。


上段08・21は、生命現象や物事の、発生から一旦の完成まで

下段13・11は、そのための条件やルール、終わりと仕切り直し…

うーん。違う

そういうんじゃないんですよね


コレはコレで、発想されるお話の一部は表していますが、不完全燃焼な組み方のように思います。まだ他の発想に基づく話は表せます。

たぶん完全にペアや段を仕切っていては、言うなれば力学的な流れには、ならないんですよね。

ペアの上と下は繋がっています。

また時には、別の段とも対称となったり照応したりします。


でも、たとえばこんな話。

伊勢神宮の遷宮ですね。

一定の期間経つと、お宮が新しくなります。

各地から決められた儀式と方法で材料が集められ、定められた建築様式で神宮が改められます。

厳しく定められた通りに、成し遂げる力は巡る。日本という国の中で旧きは新しく改められ、日はまた昇る。

滅びを散らす・あらざるを祓うと言いますか…これからも変わりない、あるべき営みのために、お宮が改められます。

コバトンボは、そんなふうに捉えています。


生きとし生けるものの身体が持つお宮でも、生命現象の発生が…と考えれば、一連の条件が満たされなければ生命現象は生じません。そしてまた条件が満たされる機会まで、繰り返される。

一旦の世界の完成(胎児の十分な成長)があれば、次のステージに移行する(出産と育児)。

どんな宮でも営みの続く限り、得られるもののための機会は繰り返されます。


なんか上手な説明の仕方ができなくてスミマセン。

今時期の水星逆行のせいかな…いやもともと下手なんだろうな(汗)


能力と聖域、絶対の法のもと。

微笑みの妊婦は揺り籠を支度する。

死神をなだめる子守唄を歌いながら。

拳闘士の奮戦、確かな手腕で勝ち残る。

獅子と刀交える剣闘士、栄光か終焉か…

こんな感じで自由発想に任せて、たくさんのテーマが詩文のようにもなるんだと思います。

(恐れられる死神を、なだめる法として子守唄が「11」なんですかね。なかなか詩的ですね。自分で言ってます。)

ペアや段組みは、その部分だけでも対立したり交わったり、相乗したり…忙しく立ち回ります。

コレが5つもあるとか、とんだモンスターですw


なんかこうブレない要素さえ把握できたら、あとは読み手の自由発想次第で、なんとでも物語は紡がれるんだと思います❀


もしかすると、物語性の可塑化でタロット占いをする時に、この“貘(ばく)”の組み合わせに囚われる人も、あるかもわかりません。

ソレを囚われと捉えるのか、固定観念からの縄抜けやスウィングバイで新しい発想や境地を得るのかは、占者次第だと考えます。


1気筒目に関して、何か他にも思いついたら書き足すか、別で書いたりするのかもしれません。

読みにくい文章なんだと思いますが…読んでくれたアナタ、ありがとう(笑)

じゃあ今回は、この辺で。

どっとはらい❀

月の影に、置いていくもの

今日は皆既月食を伴う、乙女座満月

その影響力の大きさに、少し驚いている


月食を伴っているので、前回の半年前からを振り返ってみると

仕事を辞めて、四柱推命を学び、モニターセッションを提供し始めた頃が、ちょうど半年前くらい

そこから星読みも!タロットも!と、最初はコーチングを提供したかったのに、心の学びが深まりながら、流れに身を任せてここまで運ばれてきた

そして、

学びが深くなる=宇宙の流れに乗る切符を手にしている

そんな感覚なのか、自分の体のリズムも星の動きに影響されていることに、最近気づいた

こんな感じになるなんて、全く予想していなかった

でも、それは私が選んで、流れに乗ったから

そして、想像をはるかに超える、おもしろい世界に到達している

この半年で出会った人たちは、流れに乗らなかったら出会うことはなかった

そう思うと、人生は本当におもしろい


でも、この乙女座満月は、本当に自分に必要なことを見極めるタイミングでもある

ということは、私の苦手な「手放し」をするということ

私は「手放す」ということが、どうしてもうまくできないと思っているけれど、視点を変えてみるといいのかもしれない


「それって私に必要?」だと、何だか惜しくなるというか、「いつか使うかも」みたいな気持ちになる

でも、「それがないと何か困るの?」と聞かれると…

あれ???別にかも

手放したい物事そのものではなく、手放した後の感情にフォーカスをしてみると

…そうでもなかったみたい

と、自分の想いに直接アクセスできる

これって結局コーチング的な考え方だったりする

ということは、私は無意識にコーチングをやってたんだ

方向は間違っていなかったし、道は続いてた

そんなことに気付かされた

違う道を歩いているように感じていたけれど、目的地は同じだったのかも


だからこそ、今立ち止まって、ちゃんと考える

望む未来に向けて、着実に進んでいる

そうだとするのなら、次の一歩はどこに出すのか?

それを見定める、乙女座満月

落ち着いて、焦らずに

乙女座らしく丁寧に考えて

そして、勇気をもって踏み出す一歩の先には

きっと光がある

その光さえも、何だか見えているような気さえしている


宇宙ってすごい

心は宇宙なんだ