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星に重ねる日々のこと ~今日の星メモ~ 2026.4.29

ネイタルホロスコープ全体から一日を振り返ってみたり、時々思いついたテーマで読んでみたり、をやっています

いろんな読み方をしてみたり、その日に降りてきた感覚をつづってみたり、とゆるりとマイペースで続けています

よかったら足を止めてお読みください

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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昨日自分のもやもやについて書きましたが

普段はあまりモヤらないのに、なぜ昨日はあんなにモヤったのか

12ハウスの土星のせいもありますが、それは私のネイタルだから何かトランジットでトリガーになったのかもしれない

そう思いネイタルホロスコープを見てみると

「ネイタル月 トランジット太陽 クインカンクス」

でした

ということは、現実的な感情が大きな意思で揺さぶられる

しかもそれがハウス的には6ハウスと12ハウスで起きているので、トランジットの太陽は知らず知らずにじんわり私の気持ちや本来の意思に影響していく

というイメージでしょうか

しかもアスペクトではなくクインカンクスなので、オポジションほどの影響ではないけど、バランスを取るのに苦労する

よってなんかよくわからないけど、モヤる、ということでしょうか

このアスペクトはしばらく続くので、自分と向き合ういいタイミングなんでしょうね

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本日もお読みいただきありがとうございました

光の欠片を綴った後に一本の道筋ができていく

私のネイタルチャートは乙女座太陽に天王星がピッタリ重なり(コンジャンクション)、冥王星が隣りに寄り添っています

これまで「もっと完璧でなければ」「このままでは不完全」という重圧に押しまくられてきました。    しかし、この重圧は私の中で「最高なものを」と願う、誠実さを守ろうとしていたものだったんだと、見方を変えれば愛‪🫶🏻💞‬

でも、その先の自分のストーリーを進めていくのには足枷となる愛に、「今まで私を守ってくれてありがとう。でも、もう今の私には必要ないから、今日でさよならね」と別れを告げ、不完全なままでいいから進んでいく踏み出しとして、プロフィールを更新してみました。

このプロフィール更新も自分が納得いくようにすると、また完全主義のループに陥って停まってしまうので、今の自分に寄り添いながら怖くなく前に歩きだす為の、仮看板だと言い聞かせて立て直しました。

状況に合わせて書き換えていけばいいという自由さを自分に与えて。

100点でなく、例え50点の出来でも外に出せた自分に「よくやったね」と声をかけ、たっぷり甘やかして褒めて自分の機嫌をとっていくのって大事

プロフィールに載せた言葉は『自分という存在を丁寧に調律していくプロセスで見つけた光の欠片を綴っていきます』

以前投稿記事に載せた、朝日から受け取った一本の光の道と私を照らすスポットライトのシーンが蘇り、完成させたものでなく、未完成のままでも私が歩いた後に一筋の道が出来ていくのかもしれないと思いました。

軽やかに一歩踏み出した私の光の欠片を循環させます


星に重ねる日々のこと ~今日の星メモ~ 2026.4.27

ネイタルホロスコープ全体から一日を振り返ってみたり、時々思いついたテーマで読んでみたり、をやっています

いろんな読み方をしてみたり、その日に降りてきた感覚をつづってみたり、とゆるりとマイペースで続けています

よかったら足を止めてお読みください

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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ラジオのお悩み相談を聞くのが好きです

私も思わず「そうそう」と頷くような心当たりがあることや、そうでないことや、お悩みは多岐にわたります

好き、と言っても人が悩んでいるのを聞くのが好き、ということではなく、いろんなお悩みにこたえるパーソナリティーの表現力や物の見方が好きなのです

こんなお悩み、どうやって答えるんだろう?といった難しいお悩みにも、そのパーソナリティーは言葉を的確に選んで、時には厳しく、でも根底に流れる優しさ溢れる、その人に寄り添った回答をしていくのです

そのパーソナリティーがよく言ってるのは

「自分の幸せの基準を他人にゆだねない」

ということ

周りと比べると自分がいかに劣っているか、恵まれていないか

周りはきらきらしてるのに、私はくすぶっている

周りがこう言うから、仕方なくやっているけど毎日が楽しくない

そういう思いって、私も含めありがちなことだと思います

が、これ、星よみではまさに

「太陽を輝かせていない」

ってことだと思いませんか?

ネイタルホロスコープってひとりひとり全く違うもので、ひとつとして同じものはないですよね

「自分の幸せの基準を他人にゆだねる」

ということは、他人のネイタルホロスコープと自分のネイタルを比べて

「ここがこの人と私は違うからダメなんだ」

って言ってるのと同じ

でもネイタルの違いに、よい、悪いはありません

自分のネイタルホロスコープの太陽が何を求めているのか

太陽をとりまくその他の惑星がどう関わって太陽を輝かせようとしているのか

自分で決めていいんです

「自分の幸せの基準を他人にゆだねない」

ということは

「自分のネイタルホロスコープをないがしろにしない」

ということ

パーソナリティーは星よみのことは知らないと思いますが、お悩み相談にこたえるときの軸となる考え方に星よみの考え方が共通してるっぽいな思うと、星よみの神秘性を感じてしまいます

まさに「上なるものは下なるものと等しい」

ですね

そうは言いつつ人は悩む生き物です

でもそんなときにはちょっとこの言葉を思い出して、自分のネイタルホロスコープを眺めてみるのもいいかもしれないですね

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本日もお読みいただきありがとうございました

源氏物語の母娘

源氏物語に描かれる母娘は、キャッチ画像のように幸せそうにはいかない。

源氏の君が関わることにとって、母娘の運命は良い方へと向かっていきます。



20代の源氏の君 ★ 恋に翻弄される《薄幸な母=水の星座》

→30代後半の源氏の君 ★ 後見され大切にされる《娘=火・風の星座》

→後見を続ける源氏の君 ★ 《幸せな娘》として輝いていく


自分の欲望のおもむくままに女性を愛した若い頃。

愛した女性の面影をもつ娘を、大事に守ることを学んだ中年期。

男性として成長していくにつれ、

女性を幸せにする力をつけていく源氏の君の姿も読み取れます。 


:゚・*:゚・:



固定宮どうしの母娘:

蠍座の母・

六条御息所 ★ 獅子座の娘・秋好中宮

その場を動かず守る。

水(蠍座)から、火(獅子座)へ。

固定宮の母娘らしいエピソード。


秋好中宮が、源氏の君から与えられた住まいは、

六条院という広大な邸宅の一角、『秋の町』。

もともとそこにあった、母・六条の邸宅をそのままに、周囲を作り直したもの。


動かさない、手放さない不動宮のエネルギーです。

自分のテリトリーや価値観を大事にし、維持する強い力

蠍座・母の守り抜いた情念の一点が、

獅子座・娘の輝く舞台として昇華されたという、

不動宮的な見事な継承の形です🌟


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


活動宮どうしの母娘:

蟹座の母・

夕顔 ★ 天秤座の娘・玉鬘


動くことで運命を再生させる。

水(蟹座)から、風(天秤座)へ。

活動宮の母娘。


活動宮の突破力。


六条御息所に取りつかれ、消えるように最期を迎えた、母・夕顔。


娘・玉鬘は、母の死後、乳母と共に九州の筑紫へ。

十数年後、再び都を目指して旅をします。

都に戻った後は、天秤座的な美しさとスマートな対応によって、

自分の力で新しい人間関係を構築し、地位と居場所を作っていきました


活動宮の醍醐味です🌟


【穀雨】♉牡牛座の太陽が照らす「魂のロードマップ」。星の智慧を、未来を切り拓く地図に変えて
二十四節気の「穀雨(こくう)」を迎えました。百穀を潤す雨が大地に降り注ぐこの時期、占星術の世界では太陽が牡羊座から牡牛座へと移動し、新たな物語が動き出します。

今、夜空の星たちが描く配置は、非常に稀でパワフルなエネルギーに満ちています。この星回りをどう受け取り、これからの人生を軽やかに進んでいくか。宇宙から届いたメッセージを紐解いていきましょう。






 1. 意志が「形」になる特別なタイミング


今回のホロスコープで最も目を引くのは、牡羊座のエリアで水星・火星・土星の3つの星がぴったりと重なっている点です。

これは、自分の内側にある「こうしたい!」という情熱(火星)を、言葉(水星)にし、確かな形(土星)へと変えていく強い具現化のエネルギー。


「いつかできたらいいな」と夢見ていたことが、この時期、具体的な

「魂のロードマップ」として目の前に現れてくるかもしれません。宇宙は今、あなたが現実のステージで一歩踏み出すための「確信」を授けてくれています。

 2. 占星術を、人生を遊び尽くすための「地図」に


私たちは誰もが、自分だけの宝物が隠された「魂のロードマップ」を携えてこの世界に降り立ってきました。

占星術を味方につけるということは、その地図を広げ、自分の現在地と目的地を確認することに他なりません。



 不安を希望に書き換える: 時代の大きな流れを知ることで、目先の変化に一喜一憂せず、どっしりと構えて進むことができます。


 授かった資質を使いこなす: 自分がどんなギフト(才能)を持って生まれてきたのか。それを理解し、日々の仕事や暮らしの中で「使い分けていく」ことで、人生の景色はもっと鮮やかになります。

見えないエネルギーを星の智慧で可視化できれば、困難さえも自分を磨くためのエッセンスに変わっていくはずです。


 3. 感性を響かせ、新しい豊かさを創る


太陽が「豊かさ」を象徴する牡牛座に入った今、あなたの独自の感性や才能を、社会やコミュニティという大きな場所で試してみる絶好のチャンスです。

11ハウスで重なる金星と天王星は、あなたの「好き」や「こだわり」が、未来の仲間とつながる鍵になることを教えてくれています。




 おわりに


「困難なときほど、星はあなたを助ける灯火(ともしび)となる」



もし今、道に迷いそうになっても大丈夫。あなたの手元には、星々が描いた「魂のロードマップ」があります。自分の中に眠る可能性を信じ、この穀雨の恵みの雨とともに、新しい物語を書き始めてみませんか。


あなたの才能が、世界という舞台で存分に輝き出すことを願っています。




源氏物語の女君と太陽期

今回のテーマ:

平安時代の女君たちは、


自分らしさの太陽を輝かせることで男性にアピールした。


太陽期をどう生きたか。


※『源氏物語』をもとに、私の想像が入っています。



平安時代の姫君は、まさに深窓の令嬢。

御簾の奥は、身を隠す場所なんかではなく。

自分の「個」を極限にまで磨き上げるクリエイティブ・スタジオでした!

その熱量は、並大抵の「自分オリジナルな太陽の輝き」ではなかったはず。


自分オリジナルとして太陽を輝かせる女君たち。


なにしろ、御簾の奥にいたままで、男性にアピールしていくのだから、よほど太陽を輝かせないと男性が近寄ってこないわけで。

そういう意味では、平安時代の女性は、現代の女性よりはるかに太陽を生きていた🌟



:゚・*:゚・:


平安時代の女性は、自分オリジナルの太陽を徹底してブランディング。

焚き染めるお香。

教養と豊かな感情溢れる和歌。

見惚れさせる筆跡。

和歌を届ける紙や折り方の雅な工夫。

オリジナルな調度や十二単。


強烈な太陽の輝きを、御簾の外に放ち、男性たちを引き寄せたわけですね🌟


:゚・*:゚・:


ただ、平安時代の女性の結婚適齢期は、金星期。

金星期: 15~24歳
太陽期: 24~34歳


まだまだ、太陽の輝き全開とはいきません。

そこで登場するのが、母君🌟

母君というプロデューサーの存在が欠かせなかったわけです。


当時は、母方の実家がすべての実権を握っていました。

結婚しても、娘は母方の実家に住まい、婿に関する経済的負担も、子育ての場も、母方の実家でした。


結婚適齢期である、金星期の娘をプロデュースするのも母君の役目。

母娘の連携プレーで、金星期の娘の太陽を輝かせ、「家」を存続させていったのです。


:゚・*:゚・:


平安時代の女君 《太陽の輝かせ方》:

金星期=結婚適齢期の娘⇒母が太陽を演出


太陽期=結婚後の娘、自分らしさの太陽を体現・確立⇒母は後援


娘の太陽を母親プロデュースで輝かせる、最強の成功例の一つが、

娘彰子と、母倫子でしょう。


源氏物語は、道長の娘:彰子のために書かれたもの。

彰子のサロンに、紫式部をマッチングさせた母倫子のバックアップあってこそ。

無口で控えめな彰子の太陽を、母倫子はじっくりと育てていったのでした🌟


:゚・*:゚・:


源氏物語を読んでみると、

なんとまあ、個性豊かな女君たちですこと🌟

目いっぱい太陽を輝かせている証拠!!


ただ。

結婚適齢期だった金星期で、太陽を輝かすことができなかった女君は、その後の人生が乏しいものになっていったように見えます。

たとえば、夕顔。

太陽をプロデュースしてくれる後ろ盾の母親がいませんでした。



源氏物語の女君と星座 ①夕顔

👆私の空想上、夕顔は蟹座だった、と書いたのがこちらの記事。


夕顔の、儚さ、ほっておけない感じ、高い共感力。

そのあたりから蟹座だと感じたのですが、蟹座のポジティブな面が発揮されていないようにも感じて。


蟹座のお母さん的な懐の大きさ、愛する人を守る力、不要なものをハサミで切る行動力。

夕顔は、こうした、活動宮としての蟹座の強さ、自らの信念のために凄まじいパワーで突進する力が発揮されていなかったようです。


金星期で、太陽を輝かせることが難しかった夕顔は、太陽期を待たずして、19歳頃に亡くなっています。


平安時代の女性にとって、「私はこう生きる」という太陽を輝かせることが、現代よりもはるかに大事だった。


:゚・*:゚・:


夕顔。

まるで、太陽を待たずして、消えてしまう象徴としての名前のよう。


太陽の意図を持たなかった、

太陽という未来を持てなかった女性として。

太陽期を生きることができなかった女性として。

紫式部は、夕顔を描いたのではないか、と思います。



源氏物語の女君と星座 ③紫式部

源氏物語の女君の星座は?を想像するシリーズです🌟

紫式部・・・乙女座(支配星:水星)

持ち味:緻密な計画性、卓越した言語能力、分析力の極致、「神は細部に宿る」を地で行く徹底した構想、完璧な管理能力(物語構成の矛盾のなさ)、情報の整理と深堀り、繊細な感受性、コツコツ積み上げる


そもそも、作者の紫式部の星座は。

これについては、《占星術を知っている×古典好き》な方が記事にされているようで。

検索してみると、乙女座説が多い様子。


私も、やっぱり乙女座以外には考えられません。


源氏物語のような超長編小説を、あそこまで緻密に描ききるには、やはり強力な水星の力が必要なはず。

そのためには、水星パワーが無理なく最大限に発揮できる星座・・

水星を支配星に持つ星座、といえば双子座か乙女座の2拓。


:゚・*:゚・:


双子座は風の星座。

自ら情報発信してつながっていく、自分の外側とコミュニケーション。


乙女座は地の星座。

堅実、実務的、情報整理、自分の内側深くとのコミュニケーション。


こうして見てもやはり、紫式部は乙女座的です🌟

余談ですが、清少納言のほうが双子座っぽいかな。


:゚・*:゚・:


実在の人物なのでもうちょっと深めてみました🌟

生年月日も妄想から作り出してみました。

紫式部 978年9月15日AM1:45 京都生まれ 乙女座                 太陽、水星、金星、土星、冥王星・・乙女座2ハウス                月、海王星・・蠍座4ハウス                     火星、木星・・魚座8ハウス                         天王星・・射手座5ハウス                         アセンダント・・獅子座                          MC・・牡羊座                                  *伝統占星術では、天海冥は存在はしていません。 計算上のものです。



                         *My Astro Chartより



この出生図を出してみたとき、紫式部という個が立ち上ってくる、というか。

生き様や人生の流れがありありと感じられてきて、紫式部と会話しているような気にさえなって嬉しくなりました^^

1000年以上の時を超えて、会話してる感じ。

              


まずは、生まれ年。

2説あって。

Wikipediaによると、970年または978年だそう。 

私は978年説を取りました。


理由は、土星。


970年生まれなら、双子座土星。

978年生まれなら、乙女座土星。                                                                    

源氏物語の大部分が完成した1008年頃、土星は乙女座を運行中。

この時期、紫式部は「サターンリターンを迎えていた説」にしたいので、978年生まれを選択。

サターンリターン:土星回帰。出生図の土星に、今の土星が重なり合う。人生の重要な節目をあらわす(キャリアアップ、転職、出逢い別れなど)



:゚・*:゚・:


次は、太陽。

乙女座で確定( ´艸`)

これで、誕生日の大枠は決まっていきますね。


しかも、乙女座の太陽だとしたら・・・

魂の使命(太陽)は、たぐいまれなる文才と(乙女座の水星)、恋愛力(金星)を味方につけて、現実化して後の世まで残す(土星)、人生の破壊と創造をかけて(冥王星)。


:゚・*:゚・:


次にこだわりたかったのは、水星。

とにかく最強の水星にしたいので、水星も乙女座。

天体の品位(エッセンシャル・ディグニティ):天体と星座の相性

【水星の場合】


🌟《支配星》双子座、乙女座 =天体本来の特性が最も強く発揮される


🌟《エグザルテーション》乙女座 =天体がやる気に満ち溢れる


そして、月。

月星座については、迷ったのですが、どうしても蠍座にしてみたかった。

ただ、蠍座の月はフォールなんですよね。


天体の品位

【月の場合】


🌟《フォール》蠍座 =天体の質が下降衰退、発揮できない。一極集中の蠍座にとって、感情表現は苦手。


反対に、

感情表現をあらわす月がその特性を存分に発揮するのは、蟹座(支配星)、牡牛座(エグザルテーション)。

だけど、紫式部は、これではなさそう。

感情をただサラサラっと描く、というよりももっと、ドロドロの情念とか、人間の隠された深いところにある本音を暴き出さずにはいられない。

しかも、それを唸りつつも、楽しみながらやってる感じ。


:゚・*:゚・:


蠍座の月、4ハウス。

これにこだわってみたかった。

華やかな宮廷を後にして実家に戻り、源氏物語の執筆を続けた紫式部。

一人静かに自分の居場所で、月と向き合う。


蠍座の月4ハウス。これだけの情報から、深く傷ついたインナーチャイルドが想像されてきます。

紫式部の幼少期におきた、あまりに早い家族との別れ。


そして同じ4ハウスに、蠍座海王星が入ることによって、深淵から湧き出てあの世までも広がる情念。


そして、この時点で、出生時間もほぼ決まりました。


:゚・*:゚・:


あとは、偶然にできあがった天体配置。

まず気に入った(!)のは、こちら👇

紫式部のホロスコープ

太陽、水星、金星、土星、冥王星・・乙女座2ハウス  


2ハウスは、生まれもった資質を仕事にする部屋。

魂の使命(太陽)も、

たぐいまれなる文才(水星)も、

恋愛も、人生の喜びすべて(金星)も、

文章として現実化して、この世に残す(土星)

己の人生すべてをかけて(冥王星)。


:゚・*:゚・:


こちらも気に入っているところ👇

紫式部のホロスコープ
アセンダント(第一印象)・・獅子座                          MC(社会的到達点)・・牡羊座  


アセンダント獅子座があらわすのは。

隠しきれずに漏れ出る、華とプライド。自覚なしに思わず目立ってしまう。


MC牡羊座は。

誰も成し遂げたことのない「物語の創造」という未踏の地に、一番乗りで旗を立てる開拓者精神。



そして。

魚座(感性、イマジネーション)の木星(拡大)、8ハウス(深く掘り下げる)。

源氏物語の登場人物を自由にどこまでも躍らせているような、慈しんでいるような。

そのすべてを包み込んでいる気がします。



射手座(自由)の天王星(変革)、5ハウス(恋愛)。

上下関係も飛び越えて、常識を書き換える自由恋愛の極致、源氏物語!


:゚・*:゚・:



紫式部の太陽サビアンシンボル 乙女座22度 王家の紋章


うわあ、なんかピッタリのイメージのが出てきました🌟


これがあらわすものは、

プロデュース、特権、信頼、有能。

自分に合った仕事を成立させるために努力すること。

唯一無二の絶対的なブランド力。


最高に華麗な彰子サロンをつくり上げるため、「王家の紋章」というブランドとして、自分自身を、そして源氏物語を、責任をもって築き上げた紫式部を、見事にあらわしているサビアンシンボルだなと思います。



長文おつきあいくださり、ありがとうございました。


父娘関係② 星から共感してもらう

星読みの世界を知って、本当によかったなあと思うこと。

星から共感してもらえた、という大きな安心感。

星たちにやさしく包まれる感じ。


天で起きることと、地で起きることは照応する。


星たちの大きな営みと、自分の人生が重なり合うのだとしたら。

それはもう、受け入れるしかない、というか。

そこには、

あきらめだったり、

納得だったり、

ま、しかたないか、だったりがある。



父獅子座、娘魚座。

私の魂がこれを選んできたのなら、そこには意味があるということ。


:゚・*:゚・:


今は、父との関係は良好だということを先にお伝えしておきますね🌟

まずは、私自身の出生図から、父娘関係を見てみる。

金星と土星が合(コンジャンクション)


喜び・楽しみの金星に、父親的な土星が乗っかっている。

この重さと言ったら!

喜ぶなー、楽しむなー。いちいち全否定、みたいな。



太陽と冥王星が真正面(オポジション)

魚座の太陽5ハウスと、乙女座冥王星11ハウス。

1度差で向かい合っています。

自己表現しようとすると、足がすくむような恐怖を感じていました。


冥王星は、父親的な支配構造。

父を通して受け取った、「私は真っ向から全否定される」という価値観や、「一方的に最大の力で抑えつけられる」という力構造。

これらを、共同体感覚の中にさえも投影して、怯えていた私の太陽でした。




✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


父親の出生図と、娘である私の出生図を見比べてみます。


父の太陽獅子座×娘の太陽魚座


星読みを学んで、この一行から受けとれる情報が増えていったことで、どれだけ救われたことでしょう🌟


落ち着かない、かみ合わない、からの、関わりたくない。


私たち父娘、仕方なかったんだね。

そう思えたことで、得られた安堵感は大きかったです。

私のせいでもない、父のせいにしなくてもいい。


選んだのは私の魂で、魂の目的がここにある。

この安堵感。


父の太陽・水星獅子座 × 娘の獅子座インターセプト


インターセプトは、一つの部屋(ハウス)に丸ごと一つの星座が入っている状態。

その星座があらわすものを、無自覚のままに年齢を重ねていく。


いわば私の鈍感な獅子座の部分に、父親の獅子座が注ぎ込まれたわけ。



その上、こちらも👇

父の太陽・水星獅子座 × 娘の月水瓶座 真正面(オポジション)


幼少期をあらわす月に対して、真正面にいる父の威圧感!!


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


星読みで自分の人生を振り返ると、セルフカウンセリングしている感じがして、心地よくなってきます🌟


心が壊れかけた日

はじめまして、みおです。

初投稿で、いきなり何??ってタイトルですね。

せめて写真くらいは爽やかに、なんてね。


子供関係の呼び出し以外では途中早退しない私が、

2日連続で早退してしまいました。


自信のない持ち場。

欠員のためイレギュラーの配置。

迷惑かけないように作業していたつもりなのに。

ぶちっ。

言葉のナイフで

心の中で、なにかが切れた音がした。

たまりにたまった思いがあふれて

涙があふれてきた。

私にも落ち度はあるが、

もっと別の言い方があるんじゃないの?


上司と面談になったが、名前は出せなかった。

他にも同じ思いしてる人いるかもしれないから

教えてほしいけど、

自分を守ることも大切だよ、と

追及はしなかったのは有り難い。


食欲もなく、吐き気もあり、

このままいくと、壊れてしまうな

という感覚があった。


空いた時間に、四柱推命で

命式をじっくり見て分析しているうちに

段々と自分を取り戻しはじめた。



翌日、ちょうどえつこ先生のYouTubeを見て、

自分を満たしていくことは大事だなと

あらためて感じました。







自分の中にある2つのサイン—独学だけでは辿り着けなかった、「生きた知識」に触れた4日間

私は今、とある4日間の講座を受けています。

まだ最終日を残していますが、この講座を通して、初めて「星読み」を学ぶ仲間とリアルタイムで交流する機会に恵まれました。

講座は太陽・月・ハウスを読み解くことが主旨でしたが、何より印象的だったのは、ふんだんに設けられたグループワークの時間です。



私は、過去の経験から人と話すことに少し抵抗があり、グループワークを避けてしまう傾向にありました。

そのため、普段はそういった講座も避けてしまいがちなのですが、今回は講義が始まるまでグループワークの存在に気づかなかったのです。

そんな中で迎えたグループワークの時間は、心臓がバクバクするほど緊張していました。

けれど、回を重ねるごとに不思議と心が解け、安心して話せている自分に気づいたのです。

「緊張」が「喜び」に変わったのは、そこが"生身で感じる星の言葉"でいっぱいの、何にも代えがたい貴重な場だったからだと思います。



普段、PCや本に向き合い、一人で黙々と学習していると、星の知識を誰かと共有する機会はそう多くありません。

誰かに話しても「へぇ、そうなんだね」で終わってしまいがちな星の話。


けれど今回の場では、そのサインを実際に持っている人たちが、自分たちの「実感」や「体感」として星の性質を語ってくれました。

それは、文字通りの「生きた知識」が私の中に流れ込んでくるような感覚でした。

これまで私は、学んだ知識のアウトプットをAIとの壁打ちで行ってきました。

モニターセッションを控える今、もっとアウトプットの幅を広げたい。

けれど、教科書的な「キーワード」と、クライアントさんの「生きた実感」の間にある溝をどう埋めればいいのか…。

そんなモヤモヤを抱えていたのです。 



「練習相手になってくれる友人の時間も、実りあるものにしたい」という願いがあったからこそ、同じ志を持つ仲間から直接受け取る"星のギフト"は、私にとって奇跡のようなものでした。

そして、このシェアを通じて得た大きな気づきがもう一つ。

以前も書きましたが、私自身、個人天体のほとんどが双子座3ハウスに集まっています。

いわゆる「ステリウム」の配置。

そのため、どこまでが太陽の影響で、どこからが月の性質なのか、あるいは水星の思考なのか…。

自分の中にある「天体の境界線」が、実はとても曖昧だったことに気づかされました。



 「私=双子座そのもの」として溶け合っている感覚。

それはそれで大切な私の個性ですが、学びを深める身としては「それぞれの質を体感として切り分けてみたい」という欲求もありました。

(これもまた、双子座らしい悩みかもしれませんね)

話を戻しますが、他の方たちの話は違いました。

太陽と月が異なるサインを持つ方々は、自分の中に同居する「二つの異なる性質」をみなさん自覚されていたのです。



「自分の中に別の自分がいる感覚って、こういうことなんだ!」

それは、私にとって大変驚きであり、ワクワクするような体験でした。

また、ご本人が気づいていなくても、周囲から見ればそのサインの質がしっかりと滲み出ている様子も目の当たりにし、改めて星読みって素晴らしいなぁと感動しました。



知識として知っていることと、誰かの体温を通して理解すること―

その大きな違いを肌で感じられた時間でした。

この学びの仲間たちと、素晴らしい機会を与えてくれた環境に、心から感謝しています。

魚座 幻想への葛藤

魚座さんなら一度は悩んだことがあるのかも?

自分の内側にあるファンタジー、どこまで出すか問題。



きっと・・私だけじゃない予感🌟

水星も魚座だったりすると、より濃く感じる、のかもしれません。


🐟魚座のデータ

キーフレーズ: I believe

支配性:木星(拡大、ロマン、融解)

     海王星(癒し、曖昧さ、インスピレーション)

関連ワード:感性豊か、芸術、スピリチュアル、愛、境界線が曖昧、癒し系

     ファンタジー、不思議、イメージ力、神秘的


日常的にファンタジーで生きているものですから、じゃあ実際、それをどこまで出していいのかな、と。


魚座感を出してはいけない。どことなくそんな感覚を感じている魚座さんもいるんじゃないかな。



現実的、理知的、論理的に。

実体験を積み重ねていくうちに、

「どうやら、ファンタジーをありのまま出すよりかは、現実的のほうが世間一般を渡っていきやすいようだぞ」

と学んだ結果、そっちの方向へ進んでいってた、ということはあるかも。

事実、どうすれば現実的に見られるか、魚座(水星)のものまね力もあいまって、ある程度いけちゃう、できちゃうと思っているので。

日常的にはラクでもある、とも分かってるわけです。

周りと自然に溶け込むには、最短距離だろうな、と。



ファンタジーは、抑え込んで生きよう。

そこにメリットを感じてしまった経験からか、

無自覚からか、

そう決意してしまうことも考えられます。



:゚・*:゚・:


ただ、ね。


どんなに上辺を常識的に塗り固めようとも、内面では常に、とめどもなく湧き出てくるファンタジー感

ややもすれば、溢れ出してくる。

抑えようもないほどに。


この魚座ワールド、心地よかったりします。


:゚・*:゚・:


たとえば。


この記事のキャッチ画像。

ジェミニに作ってもらったのですが、

指示文(プロンプト)は、こちら👇

魚座らしいファンタジー感たっぷり、パステル調で、ブログキャッチ画像を作って。

この一文だけで、一回目に出来上がった画像です。



これ以上のものはないと思うほど完成形だわ、と満足。

幸せ・・・。

こうなると、

このキャッチ画像を披露したいがために、記事作成もするしかない、という流れをとりながら、ブログを更新していきます。


キャッチ画像ありきの、ブログ更新。


そんなことがあるのも、魚座っぽいかなと思います。


:゚・*:゚・:


表現方法も、ファンタジーを出そうと思えば、いくらでも出せると思うんですけど。

かなりセーブしている自覚が、心のどこかに存在しています。

セーブしないと、おそらくは、かなり濃厚ファンタジーになると思う。


私の場合は、超おとぎ話風になるかもです。

そうなると、ブログというよりも、別の場所で発表したほうがよい読み物になってしまうし。

やはり読み手のことを考えると、ちょっとな・・・、とも思うのです。


:゚・*:゚・:


じゃあ、思いっきり出してみれば?ファンタジー。


むろん、そうなのですが。

そうなると、自分の中に無限に膨大していくこのファンタジーの世界を、はたしてこの世の言語で表現でき得るのだろうか。


そんな言語能力が、自分にはないような気がして、自分の内側のファンタジーを言葉として紡ぎだそうとするも、言葉にしたとたん。

なんか違う気がする

どうもしっくりこない。

というよりむしろ、

心か意識のどこかで、ストッパーがかかるような・・・。



自分の内側に広がるファンタジーの世界が、つかもうとすると、つかみどころがないものに思えてきて、本当は自分の内側のものではないような、そんな感じさえしてくるのです。


:゚・*:゚・:


結論は!?


とりあえず、魚座ワールドをそのままここに置いてみました🌟


太陽回帰図から1年間をよみとく

太陽回帰図(ソーラーリターン・チャート)を見ていると、「おお、こんな年になるのかあ」と、おもしろくなってきます。


太陽回帰図

生まれた瞬間の太陽の度数に、今の太陽がピッタリ重なった瞬間の天体図。


今後1年間の運勢が見えてくる。


誕生日より1日程度前後する場合もある。


生まれた年から、今後10年くらいまでの自分の太陽回帰図をファイルにしています。ファイルを開いては、人生回想したり、未来予想したりして楽しんでます。


先日誕生日を迎えたので、前回2025年の誕生日から1年間を振り返ってみようと思いました。

で、2025年の私の太陽回帰図がこちら。👇





前回の誕生日から、これまでの1年間を振り返ってみると🌟

この星がこうなってて・・、ほお、ふむふむなるほどねー!ってなるのが楽しいのです。


:゚・*:゚・:


まずは、アセンダント(ASC)に注目・・・双子座だったのかあ。

ということは、主役の星(チャート・ルーラー)は、双子座の支配星である水星。

水星はどこにあるか、というと、牡羊座の水星。なんと、留(S)!

天体は留(順行と逆行の間)のとき、その特徴が際立つ。

こ、これは、めちゃめちゃ水星だった、ってことね。


しかも、1ハウスに双子座の木星が、アセンダントに乗っかってる。

1ハウスは自分自身をあらわす部屋、知りたい・伝えたい・つながりたいという双子座的な要素が、木星によって拡大された。

発展拡大の木星おじいちゃんがアセンダントに乗っかることで、出逢いを意味するポイント(ディセンダント)も刺激されたのね。

分かるわあ・・・。


(回想中)



けっこうがんばったもん、魚座の水星なりに。水星力、鍛えられました。

いろんな人と出逢って、コミュニケーションしていったなあ。

(※魚座水星:私の出生時、水星は魚座に。魚座水星は広がり過ぎて、大変使いづらいとされる。)


:゚・*:゚・:


その水星が、牡羊座の金星と重なってる。

11ハウスね。

だからかあ・・・!


(回想中)



11ハウスは、志を同じくする仲間たちをあらわす部屋。

なんだかプリズミングのリトリート、そのまんまだね!

水星と金星が牡羊座で重なる、これを直訳すると、直感で突き進む愛のコミュニケーション。

・・・納得。


:゚・*:゚・:


魚座の太陽は、土星と海王星にサンドイッチされ、行くべき方向を示すドラゴンヘッドのそばにいた。

魚座の支配星である海王星によって、どこまでも広がっていくエネルギーを、土星が現実化の方向へ。

そこに、牡牛座の天王星が、魚座の太陽とピタリ度数で、変革の協力体勢に。


2025年は、確かにそんな年でした。

こうやって1年間進んできて、今また新たな1年が始まっています。


楽しみだなあ🌟


・・・えっ?

2026年の私の太陽回帰図、見てみたら、アセンダントが乙女座。

ということは、今年も主役の星は、引き続き、水星だわ!

持って生まれた魚座の水星、鍛えます^^


タロットいじってたら「貘(ばく)」が出てきた件。2気筒目

1気筒目は、能力にまつわる話でした。

2気筒目は、技術にまつわる話です。


さて、ここからは…もしかすると価値観を揺さぶられて吐き気がしたり、気分を悪くしたり、頭が痛くなったりするような人が、出るかもわかりません。

もし読むのが辛くなったら、無理せず読むのを中断して下さい。


…もしかすると、もっと早くに伝えておくべきことだったかもしれません(汗)

13番の「死神」のイメージだけでも、けっこう人によっては脅迫的だったかもしれませんね。

不吉さを帯びたイメージからくる緊張感で、参ってしまう人(イメージ酔い?をする人)も、無くはないと思いました。

(なので、1気筒目ではコバトンボも本能的にセーブした話しか、それでもしていないのかもしれません。)(あまり掘り下げて話していないといった反面、シミュレーションですから事例に該当する現実に対して、不謹慎であってはならないという感覚もあります。)


また、読み方にも「心を正した読み方(あるいは「吉相的」な捉え方)」と「心やましい読み方(あるいは「凶相的」な捉え方)」で、“貘(ばく)”から読み取れる内容が違ってくるのですが(子供でも分かるような表現をしたので、もっと違った言い回しはあると思いますが、とりあえずそういう感じです。)

段が増えてくると、より読み方が広がりを持つので、頭の回転と繋がりの複雑化に、心がついてこれなかったり、心の中に起きた変化で頭が混乱するなんて人も、あるかもわかりません。


う〜んと…

時々、YouTubeで『Mr.Fuji』さんや『だいじろー』さんの動画、またはその界隈の動画を、視聴するのですけれども

そうした所でご活躍の方々も含めて、日本語を習熟している日本語ペラペラ外国人の方々が、しばしば「日」などの漢字の読み方の多様さで、悲鳴を上げていますが(汗)

たとえば「生」という文字は、基本的な意味は同じなんですが…読み方が多岐にわたりますし、それら読み方が意味にも多少の違いを与えています。(全ての読み方と意味を自由にしながらも統合した字が、その「生」という文字です。)

その読み方で繋がる文字(繋がってくる意味)が変わったりします。また、繋がるお互いの文字が同じでも、読み方次第で「生」そのものの意味も(時には文化的な背景も)変わったりします。

ソレと似たようなことが、タロット1枚1枚のカードに込められた意匠や象徴・伴ってくる意味であるとか通念にも、起きてくる感じです。(タロットカードの寓意に付けられた名前そのものも、また意味内容も、時代やデッキ・使い手によっては違ってきたりしますしね)

日本人がタロットを好む文化的な背景には、日本語に独特となっている多彩な「文字文化」も、精神面や理解力の資質に影響しているかもしれません。

(言ってしまうと、日本人が漫画やアニメを好む文化的な背景も…キャラクター1つ1つが象形文字的に物語を編んでいて、感情や冒険心など心と知性を育んだり刺激したりして、人々に愛されているのかもなぁと想像したりします。)


また話が逸れましたが(汗)

価値観が揺さぶられて、“貘(ばく)”についての理解とか話が読みづらくなる方々も、あるのかもしれませんが

まぁなんにせよ、大丈夫かどうかは試してみて、確かめてみてください。


タロットに見つけた、占い道具としてのものとはまた違う、“読み物”としての奥深い側面・ポテンシャルそのものなどとして捉えていただけたらと思います。


あと、コバトンボ自身の話し方も、ちょっと難しく思われたりしますかね(汗)

話が長すぎたり、フレーズを意識した書き方ができなかったりするようです。

(まゆちん先生の唱える、ゆるっと軽やかに♪…とゆーフインキやノリ、フィーリングとは、ちょっと乖離しているタイプかもしれませんハイ😅)

コバトンボの個性ということで、ご容赦いただけたらと思います❀

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コバトンボは太陽と水星が同じサインにあるので、いわゆる「コバトンボらしさ」みたいなのでも出てるんでしょうか?

クセ強?いやあんまり考えすぎてもな(汗)

土星が蟹座とかで、心を開くことに課題があるそうですし…読み手を信じて、考えたこと思うことなど綴っていくことにします❀

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もしかすると、時代遅れを感じる人も無くはないと考えました。

ぽっと思いついたので、何についてを時代遅れというのか?ということは、ハッキリしませんが…ただ、この営みについて、どんな意義があるのかを考えましたが

タロットの組み合わせについて、読み方によっては気分が悪くなるようなことも、向かい合ってみる・心の動きを自分で自覚して、思考訓練をしてみる…というようなことでしょうか。

心のジム、みたいな感じですかね。

AIでやると、読み込まれた内容の解析や手作業としては早いのでしょうけれども…AI任せにして、心を置いてきぼりにするみたいなことが無いように、ですかね。

気持ち悪いという気分がするのを避けて、人間の成長として必要な心の過程を省いてしまうと、人の気持ちが解らない人間になってしまうのかもしれません。

ソレで済まない場合、その人は、そのような人たちは、どうなっていくのか?

嫌悪感で、思考すること話し合うことにすら蓋をする・タブーにすることは、問題の解決を遅らせたり跋扈させたりします。


焦らずじっくり取り組む必要があるのは、基礎研究が肝要だからと考えています。

基礎研究には…たぶん後代の技術的な進歩による更新があるだけで、そうしたことが無い限りは…新しいも旧いも、あんまり無いように思います。

温故知新で、基礎的なこと・始まりのこと・旧いことを学んでおくと、おそらくこれからの何が古くて何が新しいのかが判るようになりますし…先々の発展で何か足がかりにもなるのかも知れません。

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さて、コバトンボがタロットで組んでみた“貘(ばく)”と呼んでいる、とある編纂物なんですが

プログラミング用語的に言う“エンジン”になぞらえ、

左から、仮に1気筒目、2、3、4、5気筒目…と呼んで

|08|01|09|04|05|

|21|18|03|19|06|

 --- --- --- --- ---

|13|07|20|14|12|

|11|16|15|10|02|

(自由にしている組み合わせが、00・17)


1気筒目が

08・21/13・11

能動性・力・能力の段から


2気筒目として

01・18/07・16

技(わざ)・術(すべ)・技術に移行するイメージです。

迷い、惑い、彷徨いながら…力を形にする・持ち合わせる能力に方向性を得る術を見出そうとします。たぶん。


上段 01・18

01「魔術師」を、たぶん技術力そのもの、またその研究者などとして象徴的に捉え

18「月」は、人の見せる迷い、感傷的な側面…あるいは、月や天体から理解されていった事と同様、よくよく研究すれば見えてくる法則性そのものを象徴的に捉えています。

本物の「魔術師」…つまり「技術を確立した者」は、ちっとやそっとじゃあ解らないような隠れた法則性を、一般的には不可解な物事から掴んでいるんでしょうね。

(地球上に潮の満ち欠けをもたらす「月」なので、ここでの「魔術師」のテーマは物質的・肉体的、物理的…といった現実的な追求になるようです。「月」の意味する“迷い”といった問題が、突き詰めたら実はそこら辺の物理法則的な物事・実在している物事に起因している…人々や物事の現実・現状が、その人の感情の土台となる、というわけです。)

(迷うもの・惑うものに、結果を得るための法則性をもたらすのも技術として考えると…勉強の技術を持つ塾の講師と問題をどう解いたらよいのか分からない受験生なんて関係性も見えてきますし、不妊治療の医師と妊娠を希望する女性なんて関係性も、あてはまってきます。)(両者とも、3気筒目の「09/03」の、結果に向かう過程を経て行くのかもしれません。)(「魔術師」と「月」で、探求の道を迷いながらも進み続ける…といった性質から、まずは精神的な孤独や孤立が付随しているかもしれません。)


じゃあ、なんで迷い、惑い、彷徨うようなことになってる人や物事が、あるのでしょうか?

下段 07・16

戦い方を知らない人間は、破滅に怯えます。抗う術を知らないで怯んでしまう、など。

ソレがしばしば「18」のはらむ“不安”になっているようです。


ってんで、どうですか?(笑)


07「戦車」は極めて能動的に、現状の好転のために戦うこと抗うことそのもの、それらの人や物事の象徴で

16「塔」は、(ソレはなんらか問題を抱えたビルドアップによって)訪れてしまった破滅そのものを象徴するとして

ここで、積極的に上下段の統合をしますと、戦う技や抗う術をもって破滅と不安を退ける…という積極的な流れが健全に見えます。


この段は、逆解釈…いわゆる“悪魔的な解釈”に基づいて統合をすると(いきなり何だって?)

技術や戦力(この場合は暴力)を振り回して、露頭に迷う人々の発生であるとか物事への破滅がもたらされる…というストーリーラインにもなり、単純な戒めも含みます。

(「魔術師(技術者)」と「月(迷う者・不安)」の部分でも、妄想してしまうことなどで実在していないものに怯えてしまう心理といった傾向には…それが実在しているかどうかよく考えさせたり、実際に確かめさせることで不安を解消できますが…その「確かめ方」も、物事の真偽を理解する方法とか技術になってくると、“騙しの技術(詐欺師)”という逆解釈のパターンが出てきます。)


この時期、「07」と「16」の組み合わせで思うことには

今、現実の世界各地では、目に見えている形での戦争も顕在化していますが…この段に、あるいは公開されていく“貘(ばく)”のイメージを借りでもして意見を言いたくもなるような人も、出てしまう気がしてしまいます。(まさか居ないとは思ってるんですけども)

コバトンボの“貘(ばく)”は、たぶん人間や物事に見られるありがちな流れ(いわゆる“あるある”?)を構造化しているに過ぎません。ただ物事の流れや構造を客観的に見通すツールであるに過ぎない。としています。なので、何か知った気になって批判のための材料などとして扱い(引き合いにしたりして?)アウトプットするのは、タンマです。

意見は、自分の力で現実や事実から学んで調べて(事の真偽を見分けられる素養を身につけて)自分の言葉で言うようにしましょう。

寓意は全般、思い込みの言い訳や材料にされやすいとも考えます。

(タロットの寓意は、物事の骨格は説明できても、実際や具体を引き合いにして話せるのは、ごく個人的なレベル・狭い範囲の場に限ると考えます。)(占いでやっているのと同じだと思いますが…決定事項とは定めずに可能性を読み、今後の「かもしれない」状況を検討する作用を借りてくる道具ですから…そのよう慎重に扱います。可能性を広げて、現実的に掴めることを探る・どうすればより望ましい未来を歩めるのか。といった洞察を、より現実的に落とし込むには、やはり現実そのものを各々が経験し学ばねばなりません。)

破滅や滅びをもたらすような揉め事や争いごと全般、また戦争といった問題を止めるには必要な力があります。それも、より高度で総合的な。本当に様々な立場の人々が、必要な力というものを持ち寄らなければならない。

小さな単純なこと・部分的なことは可能かもしれませんが…この段だけで、または他の段を半端に交えても、現実に起きている大きなことをどうにかしようと考える事はできません。


もとい“貘(ばく)”は、シミュレーションツールです。

本当のことは本当のことから、事実から学んで実際の人間関係を育んでいって解決を見出すことが求められます。事実は小説よりも奇なり。

現実には“貘(ばく)”の大好物な、夢のように綾なる事実があります。

(どんな夢を喰ったら、どんな“貘(ばく)”になっちまうんでしょうね?)

(どんな夢を描いたら、それを心にした人々は何のために、どんな優れた成長をするのでしょうか?)

一人ひとりが、それぞれの現実に生きて、不安や迷いを晴らし、悪夢のような現実を消化する術を身に着けたら。

コバトンボは、そっと夢見ています。


現実を調べて考えていけば、いつか同じ現実から同じ事を考えている人々に出会います。もしくは、ある現実的な問題について真面目に考えていると、同じようにその問題について真面目に考えている人々に出会います。

設えごとや作りごと、ないしは知ってか知らでか嘘についてを調べていって、それに基づいて考えていくと、そうしたことを調べてきて同じ事を考えている人々に出会います。もしくは、設えごとや作りごと、ないしは知ってか知らでか嘘について問題があることを真面目に考えていると、同じように問題があることについてを真面目に考えている人々に出会います。

同じ事を真面目に考えている中でも、それぞれの現実や知性の違いもあって、意見の違いがあります。

しばしば、現実や事実が、問題ある設えごとや作りごとないしは知ってか知らでか嘘によって、浸食をされることがあります。どう抗えば、現実や事実は滅びを退けられるのでしょうか?または逆に、滅びるべき現実や事実とは?

(本にするときは、このダルい書き方をしないで済む内容にしたいなと感じます。)

その技や術を知って確立するには、より広い視野や経験の旅を、各々の人たちが経ていく・重ねる必要が、あるように考えます。

業(ごう)を嫌っていては、戦えないまま破滅があります。

嫌うあまりに業(ごう)が何なのかすらも知ろうとせず目を瞑っている間に、廃れや滅びはやってきます。(時間には風化力があることにも、よい任せ方と悪い任せ方があるのでしょう。たぶん。)

担い手として技術によって立つからには、他気筒の何と繋がりがあるのかを(要するに、たぶん信念はどこにあるのか)忘れては、持つものに振り回されるようです。


蟻の国の話では、主だった20%の活動に導かれて残りの何十%は追随し、さらに何%かは何もしないといった話があったと思うのですが(うろ覚えなので、実際の割合%は違っていると思います。)

コバトンボは時々、思います。

人間は蟻ではなく、各々に意思があるゆえに…様々な形態をした吉相的な流れ(20%)と、様々な形態をした凶相的な流れ(20%)とで、各々に追随するものたちごと相せめぎ合いするのが人間界の現実かも知れません。(たぶんグローバリズムなるものは下手に取り合うと、この流れを多方面に分散させて、人々がまとまって発揮できる問題解決能力も散漫にさせる作用があるのかもしれません。たぶんたぶん)


2気筒目の流れを正しくしたいのならば、1気筒目の「正義」は、どう定義づけたら良いのでしょうか?

(一部の富や利権の為だけでもなく、かといって全体を意識するあまり過ぎて偏ったり、一部や階層を蔑ろにするでもなく…)

真の正義とは、なんなのでしょうね。

人間が真に目指すべき正義とは、どのようなものなのでしょうか?


真の正義についてなど私が考えるべきことでは無いのかもしれませんが…しかし、たぶんそういう大きなことも含めて「正義」がなんなのかは、誰しもが考えておきたいこと・惰性で誰かの決めつけに流されず、どこにあるのか?なんのためなのか?…と考え慣れておきたいことなのではないかな?と思います。

真に能力を発揮するには、(齟齬があっても迷わずに済む思考訓練のため…という誤魔化しより、より望ましい現実を掴み取るためにこそ現実を理解し見通して、)頭や心の方でも訓練が必要です。

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単純に、自然災害(塔に象徴される高度で大規模な人工をしても、抗えないもの)として「16・塔」を捉えると、日本において「07・戦車」は災害時に出動する警察・消防・自衛隊や有志の個人や組織についても読めます。

日本では本当に多くの災害があります。

被災により亡くなられた全ての方々のご冥福を、衷心からお祈りいたします。

被災された皆様に、どうか真の復興がかないますように。

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気が付いた事なんですが。

気が付いたというか、思い出したのですが、


ビートたけしが北野監督として、何やら簡単な因数分解か何かの数式を使って説明をしてて…要はその、先に答えを最後まで見通してから(シナリオとか脚本とか?)映画は作るんだ。って話をしていたようなのですが

コバトンボは、ただ因数分解とかに似てるかもなぁくらいにして、思いつくまま自由発想的に話をしているので、読みにくい文章だったらゴメンなさい。


たぶん“貘(ばく)”も、こんなかな?

∞(α+ω)

(a+b)(x+y)

(c+d)(v+w)

(e+f)(t+u)

(g+h)(r+s)

(i+j)(p+q)

カッコ内の加減乗除(+−×÷)は、その都度によって変わると思います。また、加減乗除ばかりでも無い気がします。

()と()の間のことも、乗算ばかりではない気がします。

あと、それぞれのアルファベットの意味には、タロットカードなので逆位置として違った意味や働きがある(または掛け合わせによって生じる別の意味もある)というのも、より内容を複雑にしている(新旧の可能性に拡がりが出ている)かもしれません。


コバトンボは高校の時に、因数分解とかのところで補習を受けたことがあります。

コバトンボ、数学で赤点取ったことがあります(汗)

そーゆー人が、後になってからソレと似たようなことをしているんだとしたら、人生わかりませんw


この通り、コバトンボは因数分解の初歩止まりで、“貘(ばく)”に関しては、ずっと物事の理解の構造を巡っています。

“貘(ばく)”もまた、“作品”として人を囚われにする感化洗脳ツールにも、なり得る部分なのではないかな?と考えます。

ですので…若い人は、多様な数学的な思考をたくさん鍛えたほうが良いです。

必要以上に囚われないよう一定の思考回路から離れる習慣・その先や別の方法手法でもって物事の理解を進めたり考えたりする素養に、なるんだと思います。

人生の効率や生き方・物事の理解力とその深度・どこまで取り組んだらよいのかといった判断力の早さには、かなり影響があると思います。

数学は人類ならではの産物だけに、人類を個人的にも社会的にも救うと思います。

何も数学を宗教化するというわけではなく、頭の使い方や柔軟性…何事においても応用力や処理能力が身につく、脳とか思考力の筋力体力瞬発力みたいなのが身につくンだと判ります。


コバトンボ本当にもう、小学校の時は公文にでも通ってればよかったと、つくづく…(爆)

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ところで、1気筒目の「11」は「正義」と呼ばれています。

コバトンボは、なんだかなんでか、その言葉を使わないで「法」「方法」「手法」「手腕」…といった感じで逸しています。

法廷の場って統合されたイメージでも表したのかな。

法・11と断罪・13の、統合的イメージが法廷の場なのかな。

ところで12吊られた男って、生きているんですよ。(法廷の場以前、捕まっている時。裁判以後は刑期にある時、釈放前や処刑以前、って感じですかね)

13に至って死神に迎えられます。

それは社会的な死かも知れないし、本当の意味での死かも知れません。釈放ってことで、刑期そのものの方の終了を意味したりもします。

話が逸れましたが、11を司って呼ばれている「正義」という言葉は、非常に内容が変動しやすい側面があります…お気付きのように、場(たとえば、国)や立場(たとえば、法廷の場で相争う互い)によって異なります。

ゆえに場を必要とし、法を必要とし…それは場を占める法として相乗的に機能します。逆に言えば、お互いが無ければ機能しない。

ある場所で決まったこと・決着したことが、その場を共有する全ての場にも影響してくる。

参加した場の代表者の勝利や敗北の共有。法廷の場で下された判決が社会の先例前例になる…など。

「正義」を言い換えると「法」なんですかね。法も正義も、括りの無い世界で機能することがあります。どちらも人間あってのことですから、道徳や倫理や風紀とか常識なんて言葉で、人間は自分と他者のために秩序(正義)を守ろうとします。

こればかりは個人と社会でのシッカリした教育養育が必要です。

その程度や内容の違いは、国や地域、社会的な集まりなどでの個性かも知れません。やはり、「法」にまつわる意識は、一定の括りによって人間を感化し観念化しているようです。

(この辺は…「観念」については「意識」の話になるので、“三区分(3品位)のエンジン”話の時にでも、またやるのかもしれません。“貘(ばく)”にも種類があるようです。たぶん)


秩序を守ろうとする人々の自由意志があり、道徳や倫理や規範や風紀や常識等として、その観念は…実は多くの人々の善意によって、何でもないようなところでも機能するくらい、細かく積み上げられている事がわかります。

でも自由意志がうまく機能していると思い込んで、必要な法律が足りていないなんてこともあります。

自由意志の善面を、問題隠しに使うこともあるかも知れません。

人間は、善意を備えながら、時には装いつつ、悪意や悪事に取り込まれないようにと…もっと賢くならないといけないみたいです。

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04と05の違いは、権力(04)と権威(05)の違いかも知れません。

ひとえに権力と言っても、その内容はそれぞれ違いますし

ひとえに権威と言っても、やはりその内容はそれぞれ違います。

現実には、複合しているものもあれば、様々な形態を取っているのかもしれません。

認識を曖昧にされている人々や場も、少なくないのかも知れません。


また01と09の違いは、研究者と学者の違いかも知れません。

研究者は実験的な段階に携わる者で、学者は結果から得たものをまとめる者…発信者も意味します。(文献や講演や電波やWebメディアと、いろいろだと思います。)

なので、09は編纂者やメディアそのものも意味してきます。

リアル5気筒エンジンの3気筒目が最後に点火する機構だと動力伝達スムーズ…なんてイメージを借りてくると、ちょっと興味深い(笑)

何を言ってるのやらw

物理は、思想と哲学の最高の足場。(なんか言ったw)

現代は、どのような立場の人も手元の端末からの発信力を持っているので…実は、それ(発信)をする前に知っておきたいことや考えておきたいことがあるとしたら、ひょっとしたら“貘(ばく)”は参考になるかもわかりません。

コバトンボは、先に知っていたら後でしなくて済んだ苦労もあったのではないか?もっとスムーズに楽しみながら発信ができたのではないか?と、自分を省みたりする事があります。

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08の能力が、01の技術力と違うのは

技術力も能力なのですが

技術力は、能力の無い人にも、飛び越して能力を与えるところに違いがあるのかも知れません。(AIロボット時代となっては、もはや能力以前に人間すら要らないと来たw…何のためのAIやロボットなのか?遅れ過ぎず行き過ぎず、開発や実用が人間と社会の実態実際と上手く噛み合えばよいのですが)(なんてコバトンボが考えるまでもないと思うのですが。)

能力は技術の下地ですね。適した能力が無ければ技術は扱えないし、磨けません。なので訓練が必要になりますね。

(身体的なことの他、心の事や知性も含めて、要する能力が無い場合、先ずは技術は持てないと考えます。)

いや、水上水中、刃物や車、サイバネティクス、医薬、諸々…心のことや知性も含めて下地となる能力なく、技術を持つのは危なっかしいですからね。

また技術力は能力を補完します。

パラリンピック選手のギアや、テレパシー(?)の代わりに電話など。車や起重機なんかも、もともと人間には無い能力を技術で人間に与えています。

ん?電話や重機といった機器や機械類は、補完ではないですね。あるいは誰かが描いた理想の有り様を補完したり完成している、ということなのかな。

能力があっても、訓練して技術を磨かないと発揮できない。

たとえば、オリンピック選手になれたかもしれない人は、もしかするとそこらじゅうにいるのかもしれない、として…環境因子的なことで縁がなくて、本人の意欲や習熟は無く、能力そのものは技術を身につける道を通ることなく開花せず、その世界には居ないだけなのかもしれません。

技術の成果は、様々な人々に恩恵をもたらします。

そして技術の怖いところは、その恩恵とは逆のものも、様々な人々にもたらすことが、あるところです。

道を間違えないように、能力を活かして技術を磨くことを、人は学ばないとならないようです。

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話を散らしながら書いているのは、発想するまま書いているからなのですが…あまり集中しすぎて気持ちが悪くなるのを避けているのかもしれません。本能的に。

書く方は日数をかけて書きますが、読む方は短時間ですから、胸焼けみたいなことでもあるかもわかりません。

現実や物語を解体して説明しているのではなく、物事の構造のエッセンスを扱っているので…たとえばバニラアイスは食べやすいですが、バニラビーンズのみを食べることはしないですし、バニラエッセンスのみを飲むことはありません。

寓意から発想する内容が個人によってはキツかったり、心が置いていかれてしまうようなこともありそうです。

ただ、料理人は食材研究が欠かせないように…それと同じように、寓意の組み合わせについてを、うまく説明できたらよいなと感じます。

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2気筒目は技術の段とも言えますが…現実の世界でハッキリとした戦争が起きている時期に扱うのは、気が引ける心持ちもあります。知った口はききたくない。(知ったようなことは言いたくない、という意味。)

ソレでも解説はしないといけないんですよね…始めたからには。


たぶんたぶん

01・18/07・16

上段は技術屋研究者の葛藤、下段は戦争そのものを意味すると、戦争が技術力を押し上げる・進歩進捗させる側面も意味します。

技術屋や研究者(01)・実行者や戦闘員(07)にも正義を信じて迷わない人はあると思います。第二次大戦では、原水爆など兵器開発や本土空襲の経緯に関してそうした逸話がたくさんあるようです。人が各々に、前もって得た知識やマインドというものについて考えさせられます。人間、後から真実を知ってどうするかが問われます。正義の定義を古したままで立場を固め反省も無く知らんぷりすると、人間の時代が遅れる・時間が止まる・真の理解は進まないのかも知れません。(以後にどうあるか立場を正して交渉のカード化するソレも、やはり技術なのですが…)

やっぱりこうしたことを考えるのはいいですが、とても伝えるのが難しくなってしまいますね。

読み手によって、立場や正義が違う(考えたことも無い人も少なくない。イメージしたことも無い人々も少なくない…その場合、脅迫的に受け止められることがある)と考えるからです。


技術開発(01「魔術師」)に関して、人間の肉体的な存在そのものや感情(18「月」)を飛び越したスピード(07「戦車」)で進んでいる場合、破滅(16「塔」)なんてこともサラッと読めます。

人間の困った所というかエグいところは、破滅をどこにもたらすのか?を考えて計算して実行できるところです。

その辺の流れは、4気筒目の権力の段とも複合します。(たぶん、1段の能力と2段の技術の関係のように…5段の権威は4段の権力の下地になってくる関係と読めます。)

この場合、3気筒目(発信力)は司令室的な構造を示してきます。軍事も立派な学術を持ち合わせた世界…というわけです。

今後の日本人も、国という概念には独立性をもって発想の柔軟性をつけていく必要があると考えます。スタンスの自覚とともに悪い方へは取り込まれない為に。


“貘(ばく)”は、決して誰かの心の“自分だけの国”とか“自分のための国”あるいは“仲間たちとだけのための国”…などの為だけにある訳でも、無さそうです。

タロットの寓意が現実から抽出された象徴群であるからこそなのか…そのくらいのリアリズムを、持っているかもしれません。たぶん

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“貘(ばく)”が、なんでこんな“読み物”なのかというと

「いろんな考え方の人がある」という事を、動力にしてしまおうという

寓意が回転してくると、繋がりや波及が起きたり、その逆に分裂や鎮静?などの影響があるとして

そうすると、全体として見た時に、ある部分ではうまくいっていても、ある部分ではうまく機能しないなんてことも見えてくるかなと

アッチではプラスでもコッチではマイナスとか?そんな単純ではないかもしれませんが

機能させたいのなら、協力関係とか理解とか…調整するわけですよね。回り方とか回し方とか


…………。

たた並べただけの寓意群は石板や版画のように、本当に、とても静かです。

でも読み手によって動きが生じ、その内容は千差万別です。

いったいこれは、誰のための『千夜一夜物語』なのでしょうか。

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もしかすると“貘(ばく)”は、洗脳解除ツールになるのではないかな?と考えたりしますが

逆に、洗脳ツールとして扱う方法・人間に必要なリミッター…必要な観念や秩序に要する常識を外してしまう・その逆に堅く固定化させてしまう作用の乱用や悪用など、技術として人の手に渡れば、ありはしないかとも疑ってもいます。

“悪魔的な解釈”とか“凶相的な読み方”というやつを、実際の人間関係や社会の営みに、持ち込んだ場合などですかね。(良かれと思って、良い事と決めて、ソレをしてしまうことも、人間には社会には、あるかも知れません。)

あるいは(タロットの寓意自体が、実際の人間模様や現実の社会からトレースされても来たからには)現実でもあてはまるとか、あるように…仕組みを組む側の意図を知ってか知らでか、人々は自動的に参加させられてしまう社会の有り様などですかね。たとえば税制みたいに。

どうしたら改善や改正が、できるんでしょうね。

ソレもたぶん、これまでの人々が何かに賛同して良かれと思って理想をもって戦ってきた結果なのだと思いますから…変えたいのならば、よりたくさんの人が大局を見極めて現実に敷かれた仕組みのことを学び、その仕組み自体を変えていけるように対処能力や解決能力を養い、各々で意見を盛んに出し合って行使していくしかありません。

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ところで…

いくら考えてもなんですけれども

コバトンボは、なんでこんな“貘(ばく)”なんてものを思いついたのか、未だに判りません。(汗)


強いて考えると…

まだ幼稚園の頃に、もう『パタリロ!』を読んでいたから?(爆)

ひょっとしたら知らないうちに、夢の中でマリネラ大学に留学していたのではないかと…(誤爆)

大好きな漫画でそんなふうに考えると、ちょっと気分がアガります(笑)

「誰も考えつかないことをするのが大好き」校訓からの、“貘(ばく)”マリネラ大学由来論❀(もうえぇわw)


『パタリロ!』単行本に収録されていた、タロットを扱った短編も読みました。

ってことは、思い出すに…コバトンボが人生でタロットの存在を知ったのは、どうやらその作品からですね。たぶん。

うろ覚えですが、死神フィーチャーな内容の物語でした。

その作品の紹介では、タロットをタロウとも呼んでいた気がします。

…ウルトラマ〜ン、タロ〜ウ♪(爆)

外国でも、日本人として覚えてもらいやすい名前の代表だそうですね。今後はどうかわかりませんが(イチローかな…?)(いや、著名な芸術家も政治家もあるから、タロウは不動でしょうね。)


小さい頃は『横須賀ロビン』が好きで、何度も読み返してましたw

魔夜峰央先生の作品は絵が綺麗なので…美的で、1コマ1コマがカードデザインみたいにキマっていると言いますか…子供心にも、怖いよりも先に魅了されてしまって、描かれている物語世界を読んじゃってたのかも知れません❀


自分も、なにか面白いカラクリなどとして、世に“貘(ばく)”を紹介できたら幸いなことです♪

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C言語、アセンブラ…といったプログラミング用語の種類で言うと、“貘(ばく)”を組んだタロットは、BASICかも知れません。

なんだっけ。インタプリタ式?上から順番に読んでいく。

コンパイル式と違って、視界に入った順に読み取る人間らしい形式というか。


でも、“貘(ばく)”になると、平面に展開されている上、読み取られる内容が状況に応じて相互的に変化もするんですよね。たぶん

本当に、妙な読み物だと思います。

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技術の段には「月」があることを、また象徴的に感じています。

技術は、目に見えない。

私たちは、結果だけ・外側や表面の姿を享受します。

技術を磨く事に昼夜は無く、夜にも及び

研究もまた昼夜を問わず悩み試行錯誤し、何か法則性を見通すまで観察すること・視野を変えることも、かつてガリレオが落下の法則に実際の観察を重視したり、夜な夜な惑星の動きを観察し続けてきた姿に象徴されると思います。無理解や時代に拒まれるといった不遇も、時には研究者の葛藤には含まれるかもしれません。

月の動きを解明しても、それを人々がすっかり理解できるかどうか…というのも、研究者の悩みになります。その解決は、論文として共有化したり、人々に教育啓蒙する行為であったり、メディア媒体での発信に繋がるのかも知れません。(ソレを、2気筒目「01魔術師」から、3気筒目「09隠者」への流れとしてイメージしています。)(「月」に象徴化される“謎”や“不明性”は、その伝え方についても研究精度や面白さでもって、人々に理解を誘いもたらすといった構造でしょうか。)


日本国の神話では、「月」といえば「月読尊(ツクヨミノミコト)」があります。

月の神様で、夜(夜之食国:よるのおすくに)を支配するよう伊弉諾命(イザナギノミコト)に命じられたそうです。

月齢(陰暦)に基づく暦の神様、月の満ち欠けに連動した潮の満干から海の神様、暦と併せ保食神(ウケモチノカミ)を殺めた経緯で種を得てか農耕の神様…しかし、伊弉諾命から生まれ出た神々の内の三貴子として並ぶ天照大御神(アマテラスオオミカミ)や素戔嗚命(スサノオノミコト)と比べて神話上の記述(エピソード)が少なく、日本記紀神話の研究でも謎の多い神様のようです。

保食神を殺めた経緯では天照大御神は深く怒り、この事から昼と夜とが分かれるようになったそうです。


コバトンボは、ふと夜の帳が降りる頃から空に浮かぶ鋭い三日月に、日本の刀剣をイメージします。

刀工、刀鍛冶、鍛冶職人…日本刀に代表されるような日本の歴史に様々ある刀剣のみならず、日常の道具として包丁などの台所用品、鉋やノミなどの大工道具、鋤や鍬や鎌などの農耕具も生み出されます。

鍛冶職によって昼夜を問わず精錬されるその業(わざ)は、きっと日本の技術を象徴しています。

(HONDA、本田技研工業の本田宗一郎さんのご実家は、鍛冶屋さんだったという話もありますね。エンジン繋がりw)

「月読命」は、日本国の夜も頑張る技術人を見守っているのかもしれません。

(その当時、日本には資源が無いことを踏まえた発言もした本田宗一郎さんも、今後は喜ばしいことに自前資源とも向き合っていく、これからの日本国の技術人の夜を、きっと厳しくも温かく見守っていると思います。)

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コバトンボは悩んでいます。

このまんまでは、皆が読める内容ではありません。(汗)

アウルブック的では無い…という自覚があります。


ともかく、ともあれ…いつかきっと本にするにあたって(その際は、別に“貘(ばく)”という名称にもこだわりませんし)なんかこう、ひたすら発想したことについてをまとめている感覚のままで、書き続けています。

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技術の段で、ちょっとオカルト性のある話にも、触れておきたいと思いました。

タロットの「魔術師」に見る技術や研究には、いわゆるかつての西洋の「錬金術」とも繋がりがあるあたり…科学の前身的な所から様々な発見と洗練がされていった今があるのだなと考えたりします。


錬金術からオカルト性が取れたら科学になった…的な感じでもあるのですが(汗)

でも、どんなに科学技術が進んでも、説明のつかない現象が起きたりすることも、あるようです。

あるいは、どんな成功でも、それくらい奇跡的なこととして捉えては、自他の行いを顧みては、今は亡き誰かの・神々の加護あっての事と確信する。といったことでしょうか。

誰かのおかげ・何かのおかげを、人間模様や人間関係・実社会での営みにでも日頃から意識するためなのか…特に日本人は、それでも説明の尽くせないこと・大きな出来事などがあれば、折に触れて「魂」「神様」を身近に感覚する文化的な習俗や感性があるようです。


そんな文化的・精神的な背景があるためなのか


なんかこう、“貘(ばく)”の2気筒目・技術の段でコレを説明できそうな気がして、触れてみようと思ったのですが…


日本社会でのオカルト性として、個人や人々に悩みや迷いを誘う“呪い”ってものが、あったりします。(汗)

あと、自覚の程度は様々ながら…いわゆる霊障に悩まされる、“祟り”に逢う…といった人々があったりするようですね。


コバトンボは思うのですけれども

“イメージの共有”にも、いろいろとワザがあるように感覚します。


たとえばその、“呪い”といった行為についてですが

する方も、される方も…たぶんイメージ悪くなりますよね(汗)

そんな“呪い”なんかする人のことなんて知りたくもないですし

されている人のことを知れば「アイツ何したの?w」って話になって

そう、笑い話で済めば、まだ良いのですが…少なくとも真面目に受け取る人々を介した評判には、障るかもしれません。


たぶん“呪い”いわゆる“呪詛行為”の厄介なのは、(そんなヒマなことをするヤツが実在性をもって感じられた時に)不明瞭・確証なし・不明確なところで、人々に“思い悩まされる影響”があるところではないでしょうか。


そんなヒマなことをするヤツは居ない(笑)そんなバカなことしても効果があるワケない…と言い切れる強さ・確信力も、社会や場を仕切る(その社会や場の人々を信用する・自己に問題が無いことを確信する)能力として、克己心や信頼関係を強くします。


問題は、そのような場と人間関係からは離れたところでの、個人的な事になるでしょうか。

あるいは、そうした(場や参加の原理・精神的な強さや確証とは縁がなくて)薫陶を受けられない生活を送る人のことでもあるのかもしれませんが


身近なところで起きる現象や問題について悩まされたり、やがてストレスなどで身体的・精神的に現れた疲労や症状について、現代医療をもってしても解決しない…

疑いや不信感などで不安に苛まれると、人は感覚することにも影響が出て、あらぬことを確信してしまうようにも、なってくるようです。

誰かに呪われているのではないか…

悪い霊魂に祟られているのではないか…

これを一人で解決するには、とりあえず生活を整えて自身の亡き家族をお弔いしてみるとか、神社や仏閣でのご祈祷お祓いを受けるといった行為や判断があります。


でも、よくわからないですよね。

やってみて、安心したとかスッキリしたとか、何か本人にとっての実感があればよいのですが…

実感が無い場合とか、実感していたとしても

お祓いも、どこまでやったらいいの?とか(汗)

祟ったり呪ったりしている人が、本当にいるとは思えませんが…疑うときりが無いんだと思いますけど

ずっと祟ったり呪っていられるような、そんなヤツいないと思うんですけど(汗)

でも、相手がわからないものを考えるようになってしまうと、わからなくなってしまう心理とか、不安感とか、あったりするんだと考えます。


そこで、この時代に…「その道の技術」としても興味深いなと思ったのですが

いわゆる祝詞などを配信する、お祓い動画の存在なんですよね。

スピリチュアル系、ヒーリング系の動画になりますが

トランスセラピーを仕事にしていた方が個人でやってらっしやる、毎日無料配信されているものがあるのですが…朗々と祝詞を読み上げる様子や印を結ぶ手さばきであるとかですね、ちゃんと修行もされているそうで…見てますと、本当になんとも効きそうなンですけれどもw


その中でも“呪詛返し”っていう内容の動画が、あるんですよ。

いわゆる祟りや呪いを、施した本人へ跳ね返すというものなんだそうですが


“呪い”って、そうしたオカルト性を信じる人しか、しないと思うんですよ。“祟り”もそうだと思います。

だから、動画で“呪い返し”や“お祓い”を配信する方々は、他者を呪うような“(する方もされる方も)嫌われるようなこと”をする人を、諦めさせる社会的な効果も、あるのではないかな?と。

本当にあるのかどうだか私にはわかりませんが、呪ったり呪われたりなんてイメージダウンな営み・オカルト的な不安や妄想で悩んだり苦しんでいる人々を、実社会から無くしていく効果が、あるのではないかなと。

その“目に見えない世界での営み・その道での戦い”なんてものを垣間見た気になってしまうのですが…そうした期待を、そこはかとなくしてみる次第です。


動画配信時代に活躍する「スピリチュアルな方面での技術人」の存在を、興味深く思いました。


無いとは思うんですけれども

漫画で、『呪術廻戦』とか『青の祓魔師』だとか、オカルトがメインテーマの作品がたくさんあったりしますから…まかり間違ってソッチ(呪詛ること)に興味を持っちゃった子供や若い子・気の若い人や外国人なんてのが、あったりしたとしても

「世の中、お祓いや呪い返しの動画があるから、効かなかったり返ってきたりするから止めときなw」とか言ってやれば、そういう悪戯は、しなくなってくれそうですかね?(笑)


たとえば、ともすれば流行るような絵画や漫画やアニメを描けるくらいのイメージ能力を持つ人が、それを表現として出す技術を持つことなく、ごく普通の生活を送っていたとしたら…

(いわゆるオリンピックだったかもしれない人?ですかね)(そこまでいかなくても、持ってるものがある人っていう感じですかね)

何か外からの情報や刺激で、湧き出るイメージに悩まされてしまっている人なんてのも、あるかもしれないなって(汗)

そうすると、外からの情報や刺激の質を変えていくことで、悩まされるようなイメージを解消していけるのかもしれません。(もしも、何者かに・周辺に…外からの刺激として、呪いや祟りを思わされるものや現象、募る思いがあるならば…それを祓い清めたり送り返したりしてくれるイメージに、外からの情報や刺激の内容を置き換えることで、悩みや不安感を払拭したり和らげたりする…といったところでしょうか。)


スピリチュアルやヒーリングにまつわる動画でも、トランスセラピーといった心や精神面への影響について、ちゃんと研究してきている方の(龍の癒し人さんの『神霊祈祷』というタイトルで始まる、潜在意識に作用して自己治癒を高めるといった手法が下地になっている、お祓いや解呪のご祈祷などの)ものは、見てますと…やはり生半可な技術じゃない・修行と研究が徹底しているから、なんかすごい…大したものだなぁと思ったりしています。

(龍って、実在はしないイメージ上の存在ですよね。古代人にとっての実在性は、恐竜の化石から説。なのでそのまま、それ(龍)を見ようとする人間の感受性とか、人の心とか精神とか魂そのものを意味しているのかもしれません。あるいは、何かに関心を寄せる人々の、その集合的な有意識や無意識全体・集合する意識の流れを“龍(=流)”とするのか…動画で拝見した“龍癒人”さんとは、視聴されるクライアントの規模(“龍”の大きさ)を鑑みつつ、その各々の人たちの心や精神や魂の癒しを担おうとする人のことなんだなって考えたりします❀)


お彼岸ですので、コバトンボは世に配信されている般若心経など読経系の動画に、お世話になっておりますw

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コバトンボは、書く技術についてどーにかならんのかな(汗)と自己反省しつつ(水星逆行の時期を避けてみても、なんかどーしょーもないモノを感じます…)、今回はここら辺にしておこうと思います。


残りの春のお彼岸の日を、皆様がどうか穏やかに幸せに過ごされますように❀

2026年春分。嵐の中で自分を失わない。内なる情熱を『平和な創造』へ注ぐ時。

宇宙の元旦に、深い静寂のなかで


太陽が牡羊座の0度へと還り、いよいよ「宇宙の元旦」である春分を迎えました。新しい1年の幕開け。本来なら、弾けるような始まりの喜びに包まれる季節です。


けれど、今、私たちの周りを見渡すとどうでしょうか。絶え間なく流れてくる不穏なニュース、誰かを煽るような言葉の刃、そして正体不明の不安感……。まるで、激しい嵐のなかに立たされているような感覚を覚えている方も少なくないかもしれません。


そんな中、今回届けられた春分図は、私たちに「真の強さとは何か」を静かに問いかけています。


ホロスコープの底、私たちの根源を象徴するIC(天底)には、太陽とともに土星と海王星が深く重なり合っています。これは、ただ闇雲に外の世界へ打って出るのではなく、まずは自分の足元を固め、魂の深い場所で「ある決意」を固めるよう促しているかのようです。


かつて人類が繰り返してきた、自由を勝ち取るための「戦い」。今、星たちが私たちに求めているのは、その激しいエネルギーの矛先を「破壊」ではなく、まだ見ぬ「創造」へと振り向けること。


情報の波に呑まれず、誰かの声に惑わされず、自分自身の内側にある叡智と繋がること。この春、私たちが静かに踏み出すその一歩が、新しい世界の土台となっていくはずです。


今日は、この2026年の春分図が教えてくれる「大人のための星のメッセージ」を、丁寧に紐解いていきたいと思います。


 牡羊座の情熱を「破壊」から「創造」へ


IC付近で重なる、牡羊座の太陽、海王星、土星。このステリウムをより深く見つめると、今の私たちが持つべき「力の使い方」が見えてきます。


牡羊座の火のようなエネルギーは、時として目の前の壁を打ち破る「破壊」の力として現れることがあります。これまでの人類の歴史も、そうした戦いの中で自由を求めてきました。ですが、そこに寄り添う海王星と土星は、今回、その情熱を別の方向へと導いています。


海王星は、目に見えない理想や「平和への祈り」を。

土星は、それを現実の形に落とし込むための「規律と忍耐」を。


この二つの星が太陽と寄り添っている配置は、私たちが抱く情熱を、外側への攻撃ではなく、内側からの「静かな創造」に使いなさいと伝えているかのようです。


既存のものを壊して新しい何かを待つのではなく、今ある場所から、自分の叡智(海王星)と責任感(土星)を総動員して、一歩ずつ新しい土台を築き上げること。

この「静かなる再編」こそが、今の激動の時代において、嵐に呑まれずに自分を保つための唯一の方法ではないでしょうか。


平和について語る場を失わないこと、文化を絶やさないこと。

そんな「守り、育むための創造」へと、私たちの牡羊座的な情熱をシフトさせていく。それが、今回の春分図が私たちに課した、魂のミッションのように感じてなりません。


 時代の変革を、日々の「アップデート」に変える


内側で固めた「静かな決意」は、決して精神世界の中だけで完結するものではありません。今回のチャートでは、ICの太陽に対し、2ハウスの水瓶座冥王星、そして6ハウスの牡牛座天王星が、それぞれ「セクスタイル」という調和的な角度で寄り添っています。


占星術において、冥王星は「破壊と再生」を、天王星は「変革」を司る強力な星です。これらが、私たちの「価値観・お金(2ハウス)」や「日々の働き方・習慣(6ハウス)」という極めて現実的な場所に位置していることは、非常に大きな意味を持ちます。


世界がどれほど騒がしく、時代のルールが書き換わろうとも、私たちはそれに怯える必要はありません。むしろ、その大きな変化の波を、自分の生活をより良くするための「追い風」として取り込むことができるからです。


 情報の波に呑まれず、自分の「資質(2ハウス)」を磨くこと。

 古い慣習に縛られず、日々の「ルーティン(6ハウス)」を心地よいものへ整えること。


社会の煽りに乗って右往左往するのではなく、最新の技術や新しい価値観を賢く選び取り、自分らしい「生活の土台」を淡々とアップデートしていく。その知的な柔軟性こそが、今の時代における真の強さとなります。


大きなことを成し遂げようと力む必要はありません。今日、何を信じ、何を食べ、どんな言葉を発して働くのか。その小さな選択の一つひとつに「創造的であること」を意識する。

その積み重ねが、気づけばあなたを嵐の届かない、豊かで安全な場所へと運んでくれるはずです。


 情報を超え、歴史的視点を持つ


コミュニケーションと知性を司る3ハウスには、いま非常にメッセージ性の強い星たちが集まっています。魚座で逆行中の水星、そして魂の向かう先を示すドラゴンヘッドの重なり。さらにそこには、情熱の火星も鎮座しています。


魚座の水星が逆行しているとき、私たちの周りには曖昧な情報や、感情を煽るような言葉が溢れやすくなります。情報をただ鵜呑みにしていれば、いつの間にか誰かの作った物語の中に飲み込まれてしまうかもしれません。


だからこそ今、私たちは「立ち止まって紐解く」という大人の知性を発揮する必要があります。


逆行する水星は、私たちに「過去」や「歴史」への再アクセスを促しています。

目の前の断片的なニュースに一喜一憂するのではなく、歴史という大きな流れの中で今を捉え直すこと。先人たちが何を大切にし、どんな過ちを繰り返してきたのか。その「叡智」に光を当てることで、現代のノイズに惑わされない確かな視点が養われます。


3ハウスにある火星は、その知性を「平和のために使う」という強い意志を求めています。

煽りに乗って誰かを攻撃するエネルギーにするのではなく、事実を冷静に紐解き、自らの内側にある深い知恵と繋がること。


平和について語る場を失わず、文化を育み続けるために。

私たちが歴史的な視点を持ち、冷静に情報を精査する。その知的で静かな姿勢こそが、新しい世界の土台を支える、何よりの力になるのです。


傷みを知る心が、誰かの居場所になる


今回の春分図で、もう一つ見逃せない重要なポイントがあります。それは、4ハウス(心の安らぎ、プライベート)で月・金星・キロンの三つの星が重なり、7ハウスの木星と葛藤の角度(スクエア)を取っていることです。


「キロン」は、占星術において「癒やし」と「魂の傷」を象徴する小惑星。それが感情の月や、愛の金星と寄り添っている配置は、私たちが過去に経験した「自分らしさを出せずに傷ついた記憶」や「居場所への渇望」が、今、深い癒やしのプロセスに入っていることを示しています。


「もっと自由に自分を表現したい」という情熱と、「周囲との調和を保ち、誰かを守りたい」という願い。その間で揺れ動く葛藤は、決してあなたを苦しめるためのものではありません。


傷みを知っているからこそ、あなたは他者の痛みに寄り添い、本当の意味で温かな「場」を創り出すことができる。


7ハウスの木星は、そんなあなたの繊細な感性が、対人関係において大きな豊かさへと繋がっていくことを約束しています。

自分の脆さや傷を否定するのではなく、それさえも「創造」の源泉に変えていくこと。

「完璧な私」としてではなく、「等身大の私」として大切な人と向き合う勇気が、この春、あなた自身の心に本当の安らぎをもたらしてくれるはずです。


 静かな決意が世界を救う


この春分図の全体を包み込む「顔」とも言えるアセンダントは、高い精神性と理想を追い求める射手座です。そしてその支配星である木星は、7ハウスの蟹座にゆったりと鎮座しています。


この配置が教えてくれるのは、私たちが内側で固めた「静かな決意」は、決して独りよがりなものではないということです。蟹座の木星は、目の前の大切な人や仲間を温かく包み込み、共に育んでいく喜びを象徴しています。


私たちが「破壊」ではなく「創造」を選び、情報を鵜呑みにせず自分の足元を整える。

その凛とした大人の姿勢は、言葉で語る以上に、周囲の人々に安心と勇気を与えていくでしょう。


平和について語る場を失わず、文化が健やかに育つ土壌を守ること。

今の社会の中でそれは、時に孤独な戦いのように感じるかもしれません。けれど、あなたが「やるべきこと」に淡々と集中するその背中は、必ず誰かの光になります。


世界を救うのは、派手な革命や大きな叫び声ではありません。

歴史的な視点を持ち、自分の内なる叡智と繋がり、今日という一日を丁寧に、創造的に生きる。そんな一人ひとりの「静かな決意」の連鎖こそが、もっとも確かな、そして一番の近道だと私は信じています。


新しい1年。

嵐の中でも自分を見失わず、心の中に揺るぎない平和の種を植えていきましょう。

その芽吹きが、やがて世界を優しく塗り替えていく日を信じて。







【後半】あなたはどっち? 春分以降、運が開く人

春分に入った太陽は、射手座のエネルギーを纏い上ってきます。


射手座:自分の限界を知った上で、さらに一段高めたい、評価されたいにつながっていく成長のエネルギー。


それが結果として、自己価値観にもなっていきます。


前日が魚座の新月でした。新月は始まり。魚座の新月は、自分の内側に沈み込む・深く潜るように自分の奥底にあった内面を浮かび上がらせ、新しい始まりに意味を持たせています。


今回は、そんな春分のエネルギーを星座毎に照らしたメッセージ。後半です。












ご覧いただき、ありがとうございました。

よろしければ、【前半】【まとめ】もご覧ください。