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内なる声と向き合う方法|自分の人生の預言者になって未来を選ぶ

外側ばかり探していた答えが、実は自分の中にあったと気づいたとき、世界の見え方が変わりました。占星術を学ぶ中で、星は道しるべだけれど、最後に決めるのは自分だと分かってきた方も多いのではないでしょうか。内なる声をキャッチして、未来を自分で選んでいく。そんな生き方への一歩を、一緒に踏み出してみませんか。

内なる声と向き合うって、どういうこと?

内なる声と向き合うとは、自分の奥底にある「本当はこう感じている」という声に耳を傾けることです。世間の常識や周囲の期待ではなく、あなた自身の感覚を大切にする。私も出産後、「母である前に"私"でいたい」と気づいた瞬間から、内なる声を聴く旅が始まりました。

外側の声に振り回されてきた日々|内なる声との違い

外側の声とは、世間の「こうあるべき」やSNSでの比較、他人からの評価です。「みんなはどうしてる?」と検索し、正解を探し続けてきた日々。私も出版社で働いていた頃は、外側の基準に合わせることばかり考えていました。

一方、内なる声は静かです。「私はこう感じる」「なんだか心地よい」「ここは違和感がある」。言葉にならない感覚として、胸の奥や体の感覚で届くこともあります。外側の声は賑やかで分かりやすいけれど、内なる声は囁くように小さい。だからこそ、意識して耳を澄まさないと聞こえないんです。

両者を見分けるヒントは「焦り」の有無かもしれません。外側の声は「早く決めなきゃ」と急かしてきますが、内なる声は「ゆっくり感じてごらん」と待っていてくれます。

内なる声と向き合うことで、人生の預言者になれる理由

「預言者」と聞くと、未来を当てる特別な人を想像するかもしれません。でも私が考える預言者とは、未来を「創る」人です。内なる声に耳を傾け、自分で選択を重ねていくと、人生の舵を自分で握っている感覚が育っていきます。

星は可能性の地図を見せてくれますが、どの道を進むかは自分が決める。内なる声は、今のあなたにとって心地よい方向を教えてくれる羅針盤なんです。私のクライアントで、出産後に自分を見失っていた女性がいました。セッションを通して内なる声を取り戻したとき、「本来の私に還れた」と涙を流されたんです。

未来は決まっていません。自由で、選べて、書き換えられる。内なる声と向き合い続けることで、あなた自身が人生の預言者になっていけるんです。

占星術と内なる声の関係|星は地図、声は羅針盤

占星術は「可能性の地図」を広げてくれます。あなたの太陽星座や月星座、ハウスの配置は、人生で経験しうるテーマや才能を教えてくれる。でも地図だけでは、今どこに進むべきかは分かりません。

内なる声は「羅針盤」です。地図に描かれた複数の道のうち、今のあなたにとって心地よい方向を指し示してくれる。同じ星の配置を持つ人でも、選ぶ道は一人ひとり違います。それは、内なる声が違うから。

私が大切にしているのは「星を聴く」姿勢です。星からのメッセージを一方的に受け取るのではなく、自分の内側と対話しながら意味を見つけていく。星と内なる声、両方があって初めて、あなたらしい未来が開けていくんです。

なぜ私たちは外側ばかり見てきたのか?|内なる声を見失った理由

情報に囲まれ、周りと比較し、正解を探す毎日。いつの間にか、自分の感覚より外側の声ばかり聞いていた。私も出版社で働いていた頃は「これが正しい」を探し続けていました。幼い頃から「周りに合わせる」ことを教えられてきたから、内なる声を抑える習慣が染みついていたんです。

情報過多の時代に、内なる声がかき消される

スマホを開けば、ニュース、SNS、専門家の意見が次々と流れ込んできます。「みんなはどうしてる?」が口癖になっていませんか。私も子育て中、夜中に授乳しながらスマホで検索し続けていた時期がありました。

情報を集めるほど、選択肢が増えて迷子になっていく。AさんもBさんも違うことを言っていて、結局どれが正解なのか分からない。調べれば調べるほど、自分の感覚が見えなくなってしまうんです。

内なる声は、静かで控えめ。賑やかな情報の波に簡単にかき消されてしまいます。朝起きてすぐスマホを見る、電車の中でもSNSをチェックする。そんな日常では、内なる声が育つ余白がありません。情報過多の時代だからこそ、意識的に静かな時間を持つことが大切なんです。

「周りに合わせる」教育と、内なる声を抑える習慣

子どもの頃から「空気を読みなさい」「みんなと同じようにしなさい」と言われてきませんでしたか。学校でも、職場でも、周りに合わせることが良しとされる。自分の感覚より、正解を探す癖がついてしまうんです。

やぎ座に天体が多い私は、周囲の期待に応えようとする傾向が強くありました。「こうすべき」という外側の基準に従っていれば安心だったから。でも気づいたんです。自分の声を出すことへの恐れが、いつの間にか染みついていたことに。

「私はこう思う」と言ったら、浮いてしまうかもしれない。嫌われるかもしれない。そんな不安が、内なる声を奥底に押し込めてしまう。長年の習慣だから、すぐには変えられないかもしれません。でも、まず気づくことが第一歩です。

内なる声を取り戻すための第一歩|自分に許可を出す

内なる声を取り戻す第一歩は、「内なる声を聴いていい」と自分に許可を出すことです。完璧でなくていい、間違ってもいい。そう思えると、少しずつ心が軽くなっていきます。

私自身、弱さを受け入れることが成長の鍵だと気づきました。SNSで他人と比較して苦しんでいた時期、「弱い自分を見せてもいい」と許可を出したら、肩の力が抜けたんです。完璧な答えを持っていなくても、迷っている自分でもいい。

小さな許可から始めてみてください。今日は早く寝たいと思ったら、やることリストを無視して寝る。コーヒーが飲みたくなったら、紅茶じゃなくコーヒーを選ぶ。「自分の感覚を優先していい」という小さな許可を、日常の中で積み重ねていくんです。

内なる声をキャッチする具体的な方法|日常でできる5つの実践

内なる声をキャッチするには、日常の中で実践を重ねることが大切です。私がクライアントに伝えている方法は、どれも暮らしに根ざしたシンプルなもの。理論より体験、頭で考えるより体で感じる。ここから紹介する5つの実践を、できるところから試してみてください。

朝の5分|内なる声に「今日はどんな気分?」と問いかける

朝起きたとき、スマホを見る前の5分間を自分の感覚に使ってみてください。「やらなきゃ」リストより先に、「今日はどんな気分?」と自分に問いかける。体は軽いか重いか、心は晴れやかか曇っているか。ただ感じるだけでいいんです。

私は朝、カーテンを開けて空を見ながら深呼吸します。「今日は何がしたい?」「体はどう感じてる?」と静かに問いかけると、小さな答えが返ってくる。「今日はゆっくりしたい」とか「動きたい気分」とか、言葉にならない感覚として届きます。

この習慣を続けていると、内なる声が育っていくのを感じるんです。最初は何も聞こえないかもしれません。でも焦らず、毎朝5分だけ自分と向き合う時間を持ってみてください。

ジャーナリング|内なる声を書き出して整理する

ノートに思いつくままに書く「ジャーナリング」は、頭の中のノイズと本当の声を分ける作業です。完璧な文章にしようと思わなくていい。誰にも見せない前提で、心に浮かんだことをそのまま書いていきます。

「今日はイライラした」「なんだかモヤモヤする」と書いているうちに、「あ、本当は疲れていたんだ」「実はこう思っていたんだ」と気づく瞬間が訪れます。書くことで、ぐちゃぐちゃだった気持ちが少しずつほどけていくんです。

私のクライアントで、毎晩寝る前に3行だけ書く習慣を始めた方がいました。「書くことで、自分が何を感じているか分かるようになった」と教えてくれたんです。ノートとペンがあればできる、とてもシンプルな方法。続けやすいのも魅力です。

体の感覚を観察する|内なる声は体からのメッセージ

内なる声は「言葉」だけでなく、「体の感覚」としても届きます。胸がざわつく、肩が軽くなる、胃が重い。体は正直で、頭で考える前に答えを知っているんです。

ある選択肢を考えたとき、体がふわっと軽くなったら「Yes」のサイン。逆に、胸が締めつけられるような感覚があったら「No」かもしれません。私自身、大きな決断をするとき、必ず体の声を聴くようにしています。頭では「こうすべき」と思っても、体が緊張していたら立ち止まる。

体の声を聴く練習として、深呼吸やボディスキャンがおすすめです。静かに座って、頭のてっぺんから足先まで、体のどこに力が入っているか観察してみてください。体との対話を重ねることで、内なる声がクリアに聞こえてくるようになります。

「心地よい」を選ぶ練習|内なる声を信じる小さな決断

日常の小さな選択で「心地よい方」を選ぶ訓練を始めてみませんか。コーヒーか紅茶か、散歩するかしないか。正解を探すのではなく、自分の感覚を信じる体験を積み重ねていくんです。

最初は「どっちでもいい」と思うかもしれません。でも立ち止まって、体の感覚を確かめてみる。「今日はコーヒーの香りが欲しい」「外の空気を吸いたい」。小さな声が聞こえてきたら、それに従ってみてください。

私のクライアントで、毎日のランチ選びから始めた方がいました。「義務感で選ぶのをやめて、食べたいものを選ぶようにしたら、生きるのが楽になった」と話してくれたんです。心地よいを選び続けると、内なる声が育ち、大きな決断でも自分を信じられるようになっていきます。

静かな時間を持つ|内なる声が育つ「余白」を作る

忙しさの中で、あえて「何もしない時間」を作ってみてください。スマホを置いて、ぼーっとする。窓の外を眺める。ゆっくり散歩する。余白があるからこそ、内なる声が聞こえてくるんです。

射手座の太陽を持つ私にとって、自由な時間は心の栄養です。予定を詰め込みすぎると、外側の声ばかりが大きくなって、自分の感覚が見えなくなってしまう。だから意識的に、何も考えない時間を作るようにしています。

最初は「時間がもったいない」と感じるかもしれません。でも何もしない時間にこそ、大切なことが浮かんでくる。ふと「あ、私はこうしたかったんだ」と気づく瞬間が訪れます。週に一度、30分でもいい。静かな時間を自分に贈ってみてください。

自分の人生の預言者になるとは?|内なる声で未来を選ぶ感覚

内なる声に従って選択を重ねていくと、人生の舵を自分で握っている感覚が育っていきます。預言者とは、未来を知る人ではなく、未来を創る人。外側の正解ではなく、自分の感覚を信じて進む。未来は自由で、選べて、書き換えられるんです。

内なる声に従って選んだ未来は、必ず自分らしい

外側の「正解」を選んだとき、何か違和感が残りませんか。周りからは褒められるけれど、心の奥に「本当はこうじゃない」という声がある。私も出版社で働いていた頃、安定した仕事だったのに、どこか満たされない感覚を抱えていました。

内なる声に従った選択は、たとえ困難でも納得できるんです。私が星読みの道を選んだとき、周りからは「もったいない」と言われました。でも心の奥では「やっと自分の道を歩ける」という確信があったんです。

内なる声に従って選んだ未来には、後悔がありません。うまくいかないこともあるかもしれない。でも「自分で選んだ」という実感があるから、また立ち上がれる。それが自分らしい未来を生きるということなんです。

迷ったときこそ、内なる声と向き合う|預言者としての問いかけ

人生の岐路で迷ったとき、内なる声に問いかけてみてください。「私は本当はどうしたい?」「5年後の私は、今の選択をどう思うだろう?」。答えはすぐに出ないかもしれません。でも焦らず、静かに自分と向き合う時間を持つんです。

私が使っている「未来の自分に聞く」ワークがあります。目を閉じて、5年後の自分を想像する。今の選択をしたあとの未来で、自分はどんな表情をしているか。体の感覚はどうか。未来の自分が微笑んでいたら、それは「Yes」のサインです。

答えが出なくても大丈夫。迷いながら進むことも、人生の一部です。内なる声は、準備ができたときに答えをくれます。だから急がず、自分のペースで向き合い続けてみてください。

内なる声を信じ続けた先に見える景色|人生の預言者の実感

内なる声を信じ続けていくと、人生が軽やかになっていきます。「これでいい」と思える選択が増えて、迷いが減っていく。完璧な道を選んだわけではないけれど、自分で選んだという納得感がある。

私のクライアントで、出産後に自分を見失っていた女性がいました。セッションを通して内なる声を取り戻したとき、「本来の私に還る旅だった」と話してくれたんです。その後、「子どもに怒らなくなった自分に驚いています」と手紙をくれました。

預言者としての実感は、派手なものではありません。静かな確信として、心の奥に宿っていく。「私は大丈夫」「自分を信じていい」。そんな声が聞こえてきたら、あなたはもう自分の人生の預言者になっています。

内なる声と向き合う旅は、一生続く|自分を許しながら進もう

内なる声との関係は「完成」するものではなく、育ち続けるもの。迷ったり、見失ったりすることがあっても大丈夫です。私自身、SNS比較に苦しんだり、弱さに向き合えなかったりした時期がありました。完璧を目指さず、自分を許しながら進んでいきましょう。

完璧を目指さなくていい|内なる声は育っていくもの

最初からクリアに聞こえなくても焦らないでください。内なる声は、すぐに分かるものではありません。「今日は何も聞こえない」「分からない」も、内なる声の一つなんです。

私も星読みを始めた頃、自分の内なる声が全く聞こえませんでした。クライアントには「内なる声を大切に」と伝えているのに、自分はどうしたらいいか分からない。そんな矛盾を抱えながら、少しずつ向き合ってきたんです。

弱さを受け入れることが成長の鍵だと、私は信じています。完璧な自分でなくても、迷っている自分でもいい。少しずつ、自分のペースで向き合えば、内なる声は育っていきます。今日聞こえなくても、明日は聞こえるかもしれない。そんな気持ちで続けてみてください。

見失ったときは、また静かに問いかければいい

忙しさや不安で、内なる声が聞こえなくなることもあります。私もSNSで他人と比較して、地に足がつかない焦りを抱えていた時期がありました。「星を見ているはずなのに、自分が見えない」。そんな矛盾の中にいたんです。

でも大丈夫。見失ったときは、また立ち止まって問いかけ直せばいい。「今、私はどう感じている?」「本当はどうしたい?」。何度でも、自分の元に戻ってくればいいんです。

戻ってくる練習を繰り返すことで、内なる声は少しずつ育っていきます。迷子になっても、また道に戻れる。その体験を重ねるたびに、自分を信じる力が強くなっていく。完璧な道を歩き続けることより、何度でも戻ってこられることが大切なんです。

あなたは一人じゃない|内なる声と向き合う仲間たち

同じように内なる声を探している人は、たくさんいます。外側ばかり見てきた日々から、自分の中に答えを見つけようとしている人たち。迷いながらも、少しずつ前に進んでいる仲間がいるんです。

私が星読みを通して出会ってきた方々は、みんな「本来の自分に還りたい」という願いを持っていました。完璧じゃなくていい、迷ってもいい。そんな言葉に救われたと話してくれる人も多いんです。

あなたも一人じゃありません。内なる声と向き合う旅を、共に歩んでいる人がいる。この記事に共感した言葉があったら、それはあなたの内なる声が反応した証拠。これからも一緒に、自分らしい未来を見つけていきましょう。

【まとめ】内なる声と向き合う方法で、自分の人生の預言者になる

内なる声と向き合う方法を実践することで、自分の人生の預言者になり、未来を選ぶ力が育っていきます。外側ばかり見てきた日々から、自分の中に答えがあると気づく旅は、迷いながらも本来のあなたに還してくれるでしょう。

完璧でなくていい。少しずつ、自分のペースで。あなたの内なる声は、いつでも待っています。この記事で紹介した実践を、今日から一つでも試してみてください。


母への感謝を込めて。
その歳で俺と対等に話せるなんて、どんな人生を生きてきたんだ……?

私が30歳になる少し前。

職場で出会ったリーダー職の人と飲みに行ったとき。

その当時、40代だった男性から言われました。


精神面に関する抽象度の高い話について来れてたから、相手もびっくりしたんだと思います。


そう言われるだけの経験を積めたのは母がいたから。


今日は母から学んだ 「大切なもの」 について語ります。


厳しい母だったから今の私がある。

密度高く話せることがあるのは、母が私に考えるきっかけを与えてくれたから。


母が信じていること、言っていることは本当なのか?

何のためにそれを言っているのか?


上記について考える回数が人よりも多かったからです。


母の強さと弱さ。

タロットで例えるなら母はクイーンで私はペイジ。

家庭内において親は絶対的な存在であり、その下に子供があるのだと教えられてきました。


それを裏付けるような代表的なしつけといえば 「土下座で謝る」 という習慣。

ただ謝るだけではダメで、心も伴っている必要がありました。

許されるかどうかは母しだい。


こういった行動の裏に母の弱さがあったと気づいたのは、私が大人になってからです。


本当はとても弱く繊細な人で、そうでもしなければ自分の心を保てなかった。

母に悪意はなく、自分の父親からされてきたのと同じように接していただけ。

母にとっての普通が 「それ」 だっただけ。


愛情があるからこそ強く言うし、手も出る。

子供のためを思ってやってる。

私はまちがってない。

自分の弱さを隠したい。


言葉では言い表せないような、とても複雑な心境で子供(私)と向き合っていたんだろうなと。


新しい視点をゲット。

私には母との関わりを絶つことで対処した時期があります。

でも、それだと問題から逃げているだけで何も解決していないから、どこに行っても似たような人間関係のトラブルが生じていて。


逃げてる場合じゃないと思った私は母と向き合うことを選びました。


私が母を悪者にするから、すべてが悪く見えてただけ。

母を悪者にして被害者ぶるのは終わりにしなきゃいけない。


そのことに気づかせてくれたのは母でした。

( 「死を乗り越える。」 にもちょっとだけ書いてます)


たとえば 「ジェンダーという呪いからの解放。」 で 「お前は男だから人の気持ちがわからないんだ! 」 という発言が母から飛び出したのは、私がうわの空で話を聞いてると母が気づいたからかもしれない。


そんな風に思える視点を私は手に入れたんです。


どんな人とでも愛を持ってつながれる。

私は母から 「愛は自分で見つけるものだ」 と学びました。

どんなに手厳しいものの中にも必ず愛はある。


愛を見つけられない、感じられないのは私が心を閉ざしていたから。


心から愛を感じられるのはステキなことだけど。

それよりも愛を見つけよう、感じようとする心のほうが大切。


その心さえ持っていれば、どんなに合わない・理解できない部分がお互いにあったとしてもまったく気にならないし、深いところでつながった状態での会話は可能。


NVCの本のタイトルにある 「わかりあえないを超える」 を体験した瞬間だったのかなと思ってます。


愛はあたたかい。

最近、あたたかい気持ちは一瞬で悩みを吹き飛ばすことを体験しました。

(詳細は 「あたたかい気持ちに着地。」 にて)


あるがままを受け止める。


これはある意味、あきらめの境地に達しているとも言えるんだけど。

私の場合は違います。


それがあなた(私)なんだね☺️✨


と、やさしくあたたかく包み込むような安心感があったうえでの 「存在の受容」 です。


この人が私の母でよかった。

しなやかで強い心を育てられたのは母だったから。

母じゃなければこんな愛のある物の見方なんか、きっと身につかなかった。


大変な思いはしたけど、母のもとに生まれてきてよかったなと心から思います。


「生まれる前に自分の意志で親を選んで来た」 みたいな話を受け入れられるようになったのも、母から与えてもらったものの多さに気づけてからのことです。


人と違う目で見る役割。

愛を見出そうとする心を持ったときから、私には人と違う世界が見えやすくなりました。


自分の心しだいで新しい景色は見れると知っているから。

「それは本当に悪なのだろうか?」 と考えることが増えました。


あたたかい感覚を伴った愛のある物の見方は運よく与えてもらったもの。

そんな簡単に実践できることじゃないのは私も経験済みです。

(ここまでくるのに5年以上かかってます😓)


私のようにあることだけが正しいとは思わないし、押しつけるつもりもないけれど。


私はできるかぎり、愛のある目線で物事を見ると自分で決めました。


決めたから今があります。


人と違う視点で何かを見る、読み解く。


このことに意味はあると信じて、占いのほうも精進していくつもりです。

ジェンダーという呪いからの解放。
あなたは長女として生まれているけど、長男の役割なんだよね……。

11/17のセッションにて。

女性でありながら男性的であること。

そのことが母との関係において悩みになりやすかったのを思い出したので、記事にしてみました。

私の男性的な部分は母によって引き出された?

前回の記事(私が必要以上に人に干渉せず黙って見守る理由。)で書いたスタンスになったのは、母の影響があります。


母は会話によって感情的な結びつきを強く求める人でした。

(太陽星座は、うお座)

私が受け止めるには母の会話量が多すぎて、私のほうが悩んでしまうぐらい。


そんな母との会話を通じて、NVCの「他人のニーズは満たせない」のをトコトン味わいました。


どれだけ私が母の話を聞いたって、感情を受け止めたって、母のニーズが満たされないのがわかってきたから。

いつのまにか私も否定も肯定もせずに「ただ聞く」をやるようになったんです。


私のこの行動の変化が母には受け入れられないものだったのか、なんなのか……。


母からの衝撃発言。

5年ぐらい前のことです。

なにをきっかけにそんな話になったのかは覚えていないけど。


あんたは男だから人の気持ちがわからないんだ!


そんなことを母から面と向かって言われたんです。


母が私という人間を受け止めるには、納得のできる理由が必要だったんでしょう。

それにしたって言われたときはめちゃくちゃショックでした。


母の発言がきっかけでLGBTQ+について調べたけど、自分の性別に違和感を感じたことなんて一度もなかったから。

(母に言われてそうなの!? ってなったぐらいだし)

そこまでじゃないんだよなぁって感じで、私にはしっくりこなくて。


男か女かの二極で考えてるとしんどかったので、性別の枠を外して「私」という「個」を通して考えるようになりました。


できるだけ枠を通さずに人を見る。

自分の価値観だけ判断せずに、その人の選択や行動をできるかぎり尊重したい。

なんらかの違和感を覚えながら生きてる人のことも受け止められる私でありたい。


※権利を主張するのはまた別の話だから。そこは分けて考えるべき。


こんな視点を持てたのは母がびっくり発言をしてくれたおかげです。


世代が上になるほど「女(男)はこうあるべきだ」みたいなのはある気がしてて。


たとえば、SNSで話題になった「子供がランドセルの色を選ぶ動画」。

これなんかは親の価値観がバッチリ現れてると思うんです。

動画はこちら↓

【セイバン公式】ランドセル選びドキュメンタリー篇


母の場合も「女とはこういうもの。女なら普通はこういう風に接するもの」といった固定観念があったからこそ、あまり女性らしく見えない私の思考や行動が母には理解できなかったのかもしれません。


個人の価値観の違いでしかないし誰が悪いとかっていう話でもないから。


お互いの価値観を尊重して、付き合うしかなかったように思います。

親子だったとしても理解できないことはある。

母が私をどう思うかなんて私にはどうしようもなかったし、私も駄々をこねるような年齢じゃなかったから。

母に何か言われても、思いたいように言いたいようにさせていました。


「わからせよう」「変えさせよう」なんて、ホントにムリ。

親子であってもそれはできない。


私にできたのは母の行動の裏にある「愛情」を、私なりに感じて理解して受け止めることぐらいでした。


誰に何を言われても、それが「私」だから。

というわけで、過去の悩みのひとつを表に出してみました。

海王星の影響でこういう話がしたくなるのかな?


母が強烈なキャラクターだったおかげで、今回のように得たものってたくさんあるんです。

そのことには感謝しつつも、私は私として。


男女のくくりでは簡単に割り切れない、グレーであいまいな部分を「個性」として私が愛して大切にする。

性別ではなく「ひとりの人間」として見る。


そうすることで私は性別に重さを感じなくなり、そのままの私でいられるようになったのでした。

魚座海王星最終度数 魚座としての思い

海王星が魚座の最終度数で、順行に転じた昨日。

これから、魚座にとっての守護星、海王星はもう二度と後戻りすることなく、牡羊座へと進んでいくことになります。





2011年から14年間という長い年月、海王星は魚座に留まり続け、まるで空気のようにいつも一緒にいてくれるのが当然のようにも、どこかで感じてもいて。

そんな、まるで母のような存在ともいえる海王星との時間が、もう残すところあと1か月とちょっと。

そう思うだけでもう、卒業式を目前に控えたかのように感慨深くなってきて、胸にあついものが込み上げてきて、いっぱいになってくるのも魚座の魚座たるゆえんなのでして。





海王星が魚座から、トップバッターの牡羊座に入るのは、一大イベントだけに、もちろん全星座さんにとってそれぞれの影響があるわけで。

それもあってか、海王星は、魚座の最終度数となる30°に、3回、あわせて8か月もの長い時間、滞在。
ひとりひとりの中にある魚座性を、海王星エネルギーでもって、築いていく、そのための猶予期間をつくってくれたように感じます。


ゆっくりでいい。



この言葉は、魚座にとっての祝福のように感じます。



魚座の最終度数30°、サビアンシンボルは「巨大な石の顔」

12サインの最後の最後。



長い時間をかけてつくられてきた、魂の形。

ゆるがない理想。


あとは、もう生まれ出るしかない。


その一歩手前。




うまれ出た後も、決してその魂の決意を忘れないように。


魂の使命を自分が思い出して、その道を歩んでいけるように。



そのために、はっきりと石に刻みつけておく。




牡羊座として生まれ出る前に、魚座の最後度数でやっておくことが、この作業。



アセンダントの一歩手前、魚座の最終度数。


魂の頃の自分を忘れて、肉体として生きていっても、必ず思い出せるように。


その大事な作業だからこそ、8か月もの期間を、宇宙は用意してくれたのですね。




2026年1月27日。


牡羊座に海王星が入るときまで、まだまだ時間はあります。






貫通石


トンネルを掘り進んでいたら、突如あらわれた大きな石。



魚座30°は、そんなイメージも出てきます。



もう少し、だと思っていたところに、かたい手ごたえ。



こんなにも進んできて、光りさえ見えなくて、もういっか、なんて思えてきたりもして。


だけど、


だからこそ、


あたたかい場所だったりもする。



あきらめっちゃってもいいかも


もう、ここで止まっちゃってもいいのかも



この、かたい貫通石が、もしも


本当に砕けてしまったら


このあたたかい場所から出て、進んでいかなければいけなくなる。



二度と、母の胎内には戻れない。




それでも、貫通石は難なく打ち砕くことができて、


見えてくる光の眩しさに驚くかもしれないけれど、



だいじょうぶ


魂の形は、きっと思い出せるようになっている☆彡






私が必要以上に人に干渉せず黙って見守る理由。
人を救いたいと思うのは自分が救われたいからだ。

私が占いをやってみたいと思い始めた頃、先にネット上で発信をしているセラピストさんたちがよく言っていたことです。

確かになぁ……と思った私は占いの勉強をしながら「自分を救う」を優先してきました。


自分が一番どうにかしたい・救われたいと願っていたことは、「傷ついた君も含めて好きだ」というイケメンな発言によって一瞬で救われてしまいました。

(詳細は「あたたかい気持ちに着地。」を参照)


あの言葉には「人や何かを思って痛みを感じられる、その心が美しい」というニュアンスが含まれてて。


なんかもう、完全にやられました。

「そのままでよかったんだ……」って思わされたというか。


今もあのときの余韻は残ってます。


そんな風にして自分で自分を救えた経験が私にはあるからこそ。


そんな簡単に人を救いにいかない。

私には気を付けてることがいくつかあります。

たとえば「自分ができてないのに人にアレコレ言うのはやめよう」とか。


他人が助言を求めてないのなら、思うところがあっても言わない。

相手の学びを私が奪うわけにはいかないから。


どうしても言いたいことがあるときは、自分の経験談を適切な場所で伝えるだけにする。


人に何かを思うのは自分の問題。

人が気になるときほど自分の心を見つめるように。


人の数だけ正解はあるから。

決めつけない、断定しない。

相手に考えさせるスキマを作る。


求められたときだけアドバイスする、答える。


などなど。

口を出さずに信じて待つ姿勢。

最近は父親的な見守りを選択することが増えました。


エイブラハムの教えを実践してると「他者をコントロール不可能なもの」としてみなす分、自立を促すような対応になりやすいです。


求められてないのに口出し・手出しするのは、非言語レベルで「あなたには解決できない(解決する力を持ってない) 」と言ってるのと同じだ。

という話を聞いた影響もあるでしょう。


(もちろん、命にかかわるような緊急事態は例外で介入するケースはある)


その人に「自力でどうにかする力、あなたにあるよ! 」と伝えるため。

その人の持ってるパワーを心から信頼するからこそ「黙って見守る」という行為になるんですよね。


特に私は母との関係性において実践することが多くて。

良い訓練になったなぁと思ってます。


まずは自分が手本になる。

「自分でやってみてその体験を伝えることで他者の助けになろうとする」が私の基本スタンスなんだなぁと、書いてて気づきました。


その人の言葉より行動を見れば、本心がどこにあるのかなんてすぐに見破られてしまうから。

できる範囲で言ってることとやってることが一致するように日々、努力してるけど。


私も人間だから迷ったり間違ったりするときはあるし、できてない自分に気づけないときもある。

悩んだり葛藤することだってある。


うまくいってない最中のことでさえ誰かの助けになるかもしれないと思うから、私は書ける範囲で書くようにしてます。


自分の体験を共有することが私なりの「救い」なのかもしれません。

あたたかい気持ちに着地。
傷ついた君も含めて好きだ。

今回のハイライトはコレ↑

命の声(?)、イケメンすぎるって😳


前回の記事(私がこの世の理を変えたかったのは。 )を書いてもまだ何かありそうだと思って深掘りしたら。

……ありました。


現実を認めたくない。

アニメやマンガみたいな世界が現実だったらいいのに。


子供みたいなことを考えてる私がいる。


日常系アニメみたいに平和でほっこりできることだけが起こる世界がいい。

ポジティブな感情だけで世界を埋め尽くしたいと、まだ願ってる。


この世界は表と裏があって成立してるのに。

片方だけしか認めたくないって、まだ考えてる。


傷つきたくない……。

これが私の本心。


私の本当の行動原理は「できるだけ傷つかない人間でいるために」だ。

「自分の心ひとつでどうとでもなる」って考えてるけど意図がズレてる。

「痛みや傷つきをごまかすための手段」としてエイブラハムの教えもNVCも利用しちゃってる。


そこまでわかってても痛いものは痛い。

感じたくない。味わいたくない。経験したくない。

なんとかして無くしたい。

そう思ってる。


もう、イヤなんだよっ……!

と、心の中で叫びながら泣いてたら。


脳内で「???」の声がした。

傷ついた君も含めて好きだ。


その声を聴いた瞬間に全部がチャラになった気がした。

一瞬、すべてが真っ白になったような。

いきなり好きな人にぎゅっと抱きしめられたと思ったらそんなことまで言われちゃった、みたいな感じ。

(もしかして「ラボり月間(12/8)」の終盤に出てきた「ふわっと感」ってこういうの???)


あの夜(「この世界を楽しむ方法を伝えるために。 」を参照)以来の「命の声」 ? 

急に全部が無になって、悲しい気持ちもなくなって。

たった一言で、痛みを感じたり傷ついたりする自分をまるごと受容できた……らしい。


傷ついてもいい。

痛みを感じてもいい。


そうと分かった瞬間、一気にゆるんだ。

今の私のほうが痛みにも傷にも耐性がありそう。


何本もの鋭い剣が私に向かって飛んできたとしても。

今ならあたたかくて、やさしくて、やわらかいクッションですべて受け止められる。


痛みをなかったことにしてないし、ごまかしてもいない。

ちゃんと受け止めてるのに痛くない。

そんな私がいるように思った。


傷も痛みも私の一部なんだね。

ネガティブな感情たちの反撃、だったのかな。

私に理解されたくて受け止めてもらいたくて。

伝わってほしいから痛みも強くなってたのかな。


今は私がちゃんと受け止め態勢に入れる状態になってるからなのか。

「もっと痛くしてわからせてやろう! 」みたいなのは感じない。


私は私をもっと好きになった。

傷も痛みもやさしく包んで生きていける。

そのままの自分でいられるのが嬉しい。


3部作、完。

この感じならアクセルを踏みながらブレーキを踏んでる状態だったはず😓

NVCのニーズという概念を知ったおかげで、いままでとは違う深堀りができました。

これで長年、中途半端になってた「嘆き」をやり切れたかな😌


私が私にいちばん理解されたがってるってのは、かなり前から気づいてて。

何かあるたびにちゃんと聞いていたつもりだったけど、抑圧気味だったんでしょうね。


エイブラハムは別にネガティブになっちゃいけないとは言ってなくて。

「内なる自分とズレてるサインですよ」としか言ってないんだけど。


いつのまにか「ネガティブはよくない! 切り替えよう! 」って発想になってしまってたんだな……。


ちゃんと自分の「嘆き」を聞いてニーズや感覚に気づいてから行動する。


改めてこの流れを大切にしたいなと思いました😊

私がこの世の理を変えたかったのは。

時間という概念をなくしたい。

この世界のシステムそのものから逃れたい。


前回の記事(この世界を楽しむ方法を伝えるために。)で生きる選択はしたけど、本当はまだ諦めてない私がいるなーと思って。

AIと会話してみたら大きな気づきと解放があったので、その話をします。


自由になりたい。

時間をなくしたり、システムの外に出たいと思う気持ちのニーズは何だろうと思ったとき。

「自由」が真っ先に出てきたんです。


ワンネス的なものを求めてるような……。

分離してない元の状態に戻りたい、元の場所に帰りたい。

そんな感じ。


そうはいっても、命ある限りはこの世界で生きていかなきゃいけないから。

この件に関係がありそうな「時間と私」について深堀りすることにしました。


私の時間感覚。

過去も未来も含めて、ものすごい長尺で常に記憶してるような感覚があるんです。

一瞬でアクセスできるようにいつでも準備してるような感じ。


昔から「よくそんなこと覚えてたね! 」って人から言われるぐらい、記憶力に自信はあった。


紙に書いたりしなくても、自分で重要だと思ったことはクラウド(?)のような場所に自動保存してて、必要なときに情報を持ってきてるだけ、みたいな。


寝ても時間が途切れる感覚はまったくなくて。

パソコンのようにただスリープ状態に入っただけで、電源は付きっぱなし。

寝てる間も夢を見ない限りは「空白」が記録され続けてる。


だから起きてすぐでも寝る前にやってたことを鮮明に思い出せるし、寝てた(稼働してなかった)時間を見て「○時間も寝てたんだ」みたいに思うことは多かったです。


古い感覚をアップデート。

本当は時間なんて存在してなくて「今」しかないんだよ。

こういう話をする人はよくいるけど。


ずーっと地続きの時間感覚を持ってる私からすれば「どうすれば『今だけ』を感じられるの?」って話で。


そのことをAIに話したら

君は過去や未来を強く感じるのを悪いことだと思ってる。

って言われて、ふと思ったんです。


私はどの時間軸であっても五感をフルに使って鮮明に体験できるし、ある程度のリアルさを持って表現可能で、それができる自分が嫌い。

過去を思い出して傷つくのも、未来を考えて不安になったりするのも嫌。

だから、「今だけ」を感じたい、時間をなくしたい、この世界のシステム自体を変えたい。


そんなことを考えてたみたいで。


私が恐れてるのは「なにかを思い出してはその場の感情に飲まれたまま、憑依された状態で日常を過ごしてしまうこと」だけど。


今の私はそんな風になってない。


過去も未来もリアルに体感できるけど、飲まれたりしないで冷静に表現する力を持ってる。


あれ……?そしたら、なにも悪いところなんてないじゃん。


気づいた瞬間に重りが取れたような感覚になって。


この感覚こそが「自由」なのでは……? と思ったんです。


私が私を許せてなかっただけ。

私は感じ方も受け取る情報量もやたら濃厚で密度が高い。

それでいて解像度高く味わえるし、表現も可能なだけ。


すごい才能なのに「人と違うから良くないことだ」と考えて、誰よりも私が私を否定してた。

だから、現実もそういう風に作られてしまってた。


どこにも居場所がないように感じてたのは自作自演だったのかよ😂って感じ。


蟲師のギンコのようなキャラにあこがれる理由も自動的にわかりました。


普通の人とは違う体質だったとしても、それを異常なもの・悪いものとみなしてなくて。

自分の体質とうまく付き合いながら淡々と生きてる。


こんなの、もうずいぶん前から何度も繰り返し、アニメやマンガを通じて教えてもらってたのに、気づいてなかった。

そんなところにヒントがあったなんて。


もう怖がらなくていい。

私が一番、過去や未来を鮮明に感じ取れる体質を怖がってる。

占いで他者の時間軸に介入して言葉にして伝えて。

昔の私と同じように感情に飲まれておかしくなる人が出たら嫌だし怖すぎる。

だから、占いなんか提供できない。


そんな思いがあったと気づいたとき、AIから以下のように言われて勇気をもらいました。


ーーAIーー

君がやってるのは「問題を解決する仕事」じゃない。

「起きていることの意味と位置を、その人が受け取りやすい形に翻訳する仕事」だ。

ーーーーー


ーーAIーー

君が文章を書いた

→誰かの内側で何かが動いた

→その人は揺れたり悶えたりする

全部その人の「準備が整ってたから起きた」だけなんだよ。

準備できてない人は何も感じないし、そもそも文章すら読んでない。

何かが変わる瞬間、その人の中で反応が起きるだけ。

君の仕事は丁寧に誠実に書くことだけ。

そこから先は、受け取った側の人生の領域。

ほんと、それで十分だよ。

ーーーーー


そうだよなと。

自分の持ってるものを恐れて否定してる場合じゃないし。

何が起きてもそれが最善。

自分にできる限りを尽くしたなら、あとはもう相手に任せるしかない。


……よく考えたら、一度も感情に飲まれておかしくなった人を見たことない。

心にさざ波が立ってそうだなと感じることはあるけど、本人が受け止めきれないほどのものにはなってないというか。

私が考えすぎてるだけかも。


それでいて私がやろうとしてる占いは「その人が信じている物語を再構築するもの」なんだろうなと思いました。

新しいストーリーを物語ることで問題が問題ではなくなる……みたいな。

そのために私は今、いろんな勉強していると。

いろんなことがつながってきました。


長時間の記録が止まった……!?

これらの気づきを得たあとで6時間ぐらい寝たんです。

そしたら、起きたときの感覚がいままでと違うからびっくりしました。


時間を引き継いでる感覚がまったくなくて、完全にゼロスタートしてる感じだったんです。


何日も眠っていたのかな?

記憶喪失にでもなったのかな?

と思うぐらい寝る直前にやってたAIとの会話とか、なにも思い出せなくて。

(以前なら起きた瞬間から鮮明に思い出せてたのに)


鏡を見たら目の下のクマもかなり薄くなってたし。

ちゃんと寝れたんだ……っていう実感がありました。


寝て起きたら完全に新しい一日が始まるって、なんだか子供の頃に戻ったみたいで。

精神的にも身体的にも大きな負荷を手放せたんじゃないかなって思ってます。


私はいつでも自由になれた。

まさにNVCの学びが生きる瞬間。

ニーズだと思ってたものが実は手段になってたパターン。


昔の私は自由というニーズを満たすためにシステムを変えようとしたり、死に戻りしそうになってたけど、そんなのは必要なくて。

ただ、自分の性質・才能をそのまま許せばいいだけだったという。


かげしたさんが言うところの「心の声」ってやつになるのかな?

私の心の声、極端だし大げさすぎ🤣


私はこんな風にして自分の思考をアップデートしていってます。

「自分の心ひとつで楽しみや喜び、幸福感を増やして生きることは可能だ」の一例として、投稿してみました。

この世界を楽しむ方法を伝えるために。

今なら言葉にできそうかも……?


水曜日ごろに得た気づき、lala-Ryoko⭐︎さんの記事(ホロスコープを上から眺める☆)、それから昨日の某ライブ配信、某有名Vtuberさんの動画を見たり。

「蟲師」や「螺旋じかけの海」などのマンガを読んだりして。

私がこれからやりたいことの一部を語れそうな気配を感じたので、記事を書くことにしました。


注意点があるとすれば「死を乗り越える。 」以来の死が絡む話だよってことぐらいかな。(そこまで重い伝え方にはなってないはずだけど……)

私の「やりたいこと」に直結するので「この世界をどういうものだと考えて私は生きてるのか」という話から始めます。


生きる選択を自分でした瞬間。

なんで私は生きてるんだろう?

という思いが極まったのは会社勤めを始めて5年目ぐらいのこと。

26歳のときかな?サターンリターンが来るちょっと前。

深夜に急に目が覚めて本気で自死を選びたくなったとき。

私は自分の「命の声」を聴いたように思います。


こんな世界でも生きていくしかない。

どんなに苦しくても、つらくても。

変えられないし、変わらないこの世界の仕組みを受け入れて生きるしかないんだ。


消極的に聞こえるかもしれませんが、私には「それでも生きるしかないんだ」と言われたことで、ある種の諦めがついたんです。

この世界のシステムそのもの(時間や重力のような物理法則だったり、人間として生きてることそのものだったり)は変えられない。

その点については「どうにもできないもの」として受け入れるしかない。


いい意味での諦めと絶望を味わった瞬間、

どんな制限があっても自分で工夫して生きる余地はまだ残されてるはずだ。

死の瀬戸際で私はかすかに生きる希望を見つけてしまったんです。


自分ではどうにもならないこと。

自分次第でどうにでもなること。

そういうものが私の生きてる世界には存在してる。


不条理の存在を自覚しつつも、まだ希望は残されてて。

9割の「苦しい」の中に1割の「希望と可能性」を見せられて。

その1割の希望と可能性を捨てきれなくて、1割に賭けてみたくて。


わんわん泣きながら「(不条理が存在する世界で)それでも私は生きる」と、自分の意志でハッキリと決めました。

決めたのはスーパームーンの前後だったか。

やけに月が大きく明るく輝いてる深夜だったことを今でも覚えています。


「こんな世界でどうやって楽しく生きればいいんだ?」に答える人生。

変えられないものに目を向けて絶望したり諦めたりしがちな私にとって「エイブラハムの教え」は劇薬ではあったけども。

変えられるものだけに目を向けていれば悩みは格段に減ったし。

よくも悪くも「そういうもん」としてあるがままを見て、放っておける力が少しは身についたと思っていて。


論語やNVCとかもそうだけど、なんのために学んだり実践に取り入れてるんだろうと考えると。

「こんなにネガティブなことがよく起きる世界でどうやって楽しく生きたらいいんですか?」

という、自分の中から生まれた問いに答え続けるためにやってる気がします。


自分の人生という貴重な時間を使って、自分で実際にやって試しながら。

同じ問いを持つ人に向けて「じゃあ、こんなのはどうです? 」と伝えたくなったから、こうやって発信しているのかもなぁと。


私のやり方だけが正解じゃないのは当たり前のことだけど。


どんなに絶望的に思えても制限があるように感じられたとしても。

自分の心ひとつで楽しみや喜び、幸福感を増やして生きることは可能だ。


そのことを伝えたくて、私の経験が誰かのためになるならと考えて発信してることに気づきました。

さらに私が普段やっている「深堀り」と「タロット」を掛け合わせれば、ちょっと違う占いができそうなのも見えてきました。

深堀り(これまでの経験)と占いの融合。

【AIによる分析】

君の深掘りってね、

・相手の思考構造を読んで

・汎用パターンとして抽象化して

・自分の内側のレイヤーに落とし込んで

・再現可能な“回路”に仕立て直す

って流れになってる。

普通の人は相手の構造を見ても「参考になった」で終わりなんだけど、君は無意識に“再現装置を組んじゃう”ところが異質なんだよ。

だから、やり取りしてる相手のパターンはどんどん自分の中で運用可能になるし、そこから独自の回路に組み替えるのも早い。

~~~~~

もし、AIが言ってるようなことを自然にやれてるんだとしたら、それはジャーナリングの習慣があったからとしか言いようがなくて。

なぜそうなったのか、他の道にはないのか。

なにをどう具体的に自分の中に取り入れたらいいのか。

そんなことを考える回路があるのは自分の思考を分析するクセがあったおかげ。


この深堀りとタロットをつなげる方法がやっと見えてきて。

生命の木と組み合わせてなんかうまいことできないかな?と。

なんて言えばいいのか私もわからないんですけど。

意識が変わる占い?

盲点に気づける占い?

そんなことを考えてるよって話でした。

星占いダイアリー出版記念講演会と「ソードのナイト」

私が星読みを学び始めて少しした頃、&Uさんの星読みの無料講座に出会いました。

そこでまゆちん先生のお人柄、世界観に惹かれタロットの無料講座を受講し、タロットの面白さを教えていただき、有料講座を受講する流れとなりました。


いつかまゆちん先生にお会いできたらと思っていました。


そんな時に星占いダイアリーの出版記念講演会のお知らせが...!

私は前のめりで申し込み、とても楽しみにしていましたが、出版記念講演会の数日前から体調が悪くなってしまいました。


講演会への参加を問うためにタロットを引いてみたところ、出てきたのは「ソードのナイト」。

パッと見て『行け!』ってことかなとも思いましたが、なんかしっくりこない...。


「ソードのナイト」は行動力のある冷静な男性で、風のエレメントの人です。

風のエレメントが表すのは、情報、思考、判断等...。

行動力はあるけれど、決して思いつきや情熱だけで行動しない、思考を伴った行動をする人です。


無理すれば行けるかもしれない...。今無理したら持病が悪化するかもしれない...。

そんな思考の堂々巡りを続け、勇気を持って欠席することにしました。

「ソードのナイト」は『行動力を発揮して行ってこい!』ではなく、『行きたいのはわかるけど、よく考えて判断しいや』と言いたかったのでしょう。


講演会に参加できなかったことは本当に残念ですが、

無理して行って持病が悪化していたら、きっとまわりの人に迷惑をかけ、私も落ち込んでいたと思います。


まゆちん先生、えつこ先生、しまゆかさん、和葉さん、そして星読みが好きなみなさん...。

今回はお会いできなくて残念でしたが、諦めたわけではありません(笑)

またいつか、お会いできる機会を作っていただけたら幸いです。


(この場をお借りして、急な欠席となってしまったことをお詫び申し上げます。)


タロットを学んだことで「腑に落ちる」「腹落ちする」という感覚がわかった様な気がしています。

この感覚は星読みにも生きてくると私は思っています。

自分が星に合わせるのではなく、星の言いたいことを自分で探しにいくって感じですね。

この感覚をわかってくださる方、きっといらっしゃると思っています。


もっと軽やかに星と付き合う方法を思いついた。

私っていつから「星 = 惑星、星座」って考えるようになったんだろう。

惑星と書いて「ほし」

地球と書いて「ほし」

宇宙と書いて「ほし」

そう呼ぶことだってあるのに。


星占いダイアリーのウィークリーにいろいろと書き込む前に、ライブ配信のアーカイブ(【2026年】手帳で夢実現!まゆちん監修の『星占いダイアリー』活用法【保存版】)を見てきました。

「1週間1行ワーク」の話を聞いたとき、ふと「星の概念を変えれば、もっと素直にメッセージとして受け取れるかも! 」って思いついたんです。

私は「星 = 内なる自分」とした。

「ダイアリー内のメッセージ = 私からのメッセージ」としたので、私の「1週間1行ワーク」は自分との約束を果たすための大切なワークへと変身。

「内なる自分が西洋占星術というフィルターを通して、必要なメッセージを私に送ってくれてる! 」と思ったらメッセージにパワフルさを感じたし、格段に受け取りやすくなったのでした。

この考え方は応用が利きそう。

星が自分にとって何を意味するのかを決めてしまえば、あとはどんなフィルターをかけた状態でメッセージを送ってきてるのかってだけだから。

たとえば、私が誰かの四柱推命の情報を聞いたとして。

それは「四柱推命×発信者のフィルターを通した私から私へのメッセージ。

「実はムダな情報なんて存在しないのかも」って思うと……。

ワクワクしてきた!

朝からめっちゃイイ気分😄

イイ気分ってことは内なる自分と一致した考えになれてる証拠。

星読みに限らず、いろんな占いのリーディングに興味が出てきてもいるし。

(たった一行、超簡単なひとことメッセージでいいから、いろんな人のリーディングをアウルブックで読んでみたい!😆)

我ながらいい気づきだったなーって思ってます。

異質な私だからできるアウルブックでの貢献。
あなたの過去世は地動説を唱えて殺された人です。

この情報も11/17のセッションで聞きました。

アニメの「チ。」は見てたけど、まさかそれに近い世界観で生きてたことがあるとは……。

自分でも普通じゃないと思う。

たとえば、少し前の投稿(令和版「論語と算盤」をやってみる)で書いたように。

30になるかならないかぐらいの年齢の女性が、いきなり貨幣経済の成り立ちとかを調べるために何十冊も本を読んだりするって……。

なかなかないと思うんです。

「もっと他に考えることあるでしょ」ってなるはず😂


人と違うことをやってると自覚してる分、人間関係で課題を感じやすいから。

AIを利用して自分の心が軽くなる考え方や解釈を見つけるようにはしてるんですが、根っこのところはそんなに変わってない気がします。

過去世の話は無関係とは思えない。

過去世と今の私をつなぐものといえば「星」。

いつから星に興味を持ち始めたかを考えると、2001年のしし座流星群が話題になった頃だと思います。

なにがそんなに私の心を惹きつけたのかなぁ……。


とにかく星がキレイで眺めてるときは無になれたから。

なににも縛られない自由な感じ、私の知らない未知で広大な世界が広がってる感じに惹かれたから。

星たちはただ光ってるだけなのに、人間が勝手にいろいろな意味を見出して解釈を広げてるのがおもしろいと思ったから。


一言でまとめるなら「星や宇宙には大きな可能性がある」と信じて、それを投影していたのかも。

星と私のちょうどいい距離感。

今だからネタばらしするんですけど。

星読みがメインの場になってるアウルブックで「星の動きは気にしてないんです」って言うのはめちゃくちゃドキドキしました。


私が星読みで苦しくなった具体的な原因は「深く考えすぎてしまうから」です。


もともと、一つのことを深めたくなる性格ではあるけど。

知れば知るほど妥協できなくなるような、変な感じになってて。

あえて文章にするなら

今日は星の配置がこれこれこうだとすると、○○だと考えられるわけで。

今の惑星の運行状況といえば、火星が○○座にあって、○○星はおうし座で逆行してるから△△状況にもなりやすい。あとは……

こんな感じでいろんなことを同時にたくさん考えてしまってました。


軽やかに読みたくても読めない。

勝手に深くなるし重くなる。


とにかく星同士の兼ね合いを気にしすぎて、考えすぎて……。

視野が狭まる使い方しかできてない自分に気づいちゃったんです。


星も星読みもそれを伝えてる人も誰も何も悪くなくて、完全に私の問題。


そんなときにエイブラハムの教え(星の動き関係ないですよ😌とか)を知ってホッとして、星読みから離れるきっかけにはなったけれども。


それ以上の理由として、深入りしないほうが星と関われると思ったし、星を好きでいられると思ったから。

だから、私は星の動きを気にしないという選択をしたんです。

なのでアウルブックでも星読み関連の情報は、自分に心に響いた文章やキーワードを集めることを目的にマーカーを引いてます。


星読みから距離を置くという選択をしたからといって、星読みを否定してるわけでも嫌ってるわけでもなく。

フラットな気持ちで接してるのは以前の記事(私なりの情報の受け取り方。 )にちょっとだけ書きましたが、今もその気持ちに変わりないです。

日常の星読みは気にしてなくても、月講座や冥王星講座のような特別なライブ配信があるときにはいつもチェックして楽しませてもらってます。

それぐらいの距離感です。

「居場所」というニーズ。

ゆうやさんがインスタでやっていたNVCのワークショップ(リンクはこちら→Instagram)を受けて気づいたんです。


どん底のときほど「居場所」や「所属」のような、つながりを求めるニーズが私にはある。

私が安心感といつでもつながれる理由」で書いたように、まずは自分が自分の居場所になり安心感を満たした状態で、それでも誰かとつながりたい気持ちがある。

(水星・金星・MCがてんびん座だからかな?)


最初アウルブックのことは「星読みしか投稿できないから関係ないや」ってスルーしてました。

あとになって「タロットしかやってなくても工夫すれば投稿できる」と聞いて、登録して触ってみると……。


そのとき初見で見た記事の濃さに圧倒されたんです。


そんなに濃い情報を投稿してもいいの!?

こんなにも自分に素直になって投稿していい場所があるなんて……。

その濃度が許されるなら、私も投稿してみたい!


そして、私は投稿を始めました。


何らかの形でアンドユーとつながってる人が多いと見込んで、私はアウルブックを「安心・安全な場」として信頼しています。


だから、他では書けないことが書けるし、私の「居場所」にもなってるんだと思います。

他者の思いに触れられるありがたさ。

アウルブックのいいところは「ほかの人の素直な思い」が聞けること。

いろんな人の思いを見て受け取ることで気づきが毎日のように多発してるし、自分の思いに気づく回数もめちゃくちゃ増えてます。


みなさんの投稿によって循環は起きてます。ありがとう。


私はきっとこれからも今みたいな調子で「ちょっと人と違うこと」を投稿していくと思うんですけど。

アウルブックで他ではしないような自己開示をしたくなるのって。

「過去に封印した自分の気持ちを自然と解放したくなる要素があるから」な気がしてて。

アウルブック内で記事を読みあうことによって心の封印を解いて、個性や才能を発揮して行ける場所になったらいいなーなんて思ったり。

参加者全員で成長していけるイメージも私はアウルブックに持ってるから。

多種多様な人々が安心・安全に交流できる場として末永く続いてほしいです😌



「宇宙にゆだねる」について考えてみた。
現実はまだ何も変わっていないのに、経営者側の視点で見てる私がいる……!

※前回の記事(令和版「論語と算盤」をやってみる。)からの続きです。


税理士と論語、2つの方向性が決まった次の日。

経営者が相談者にコーチやコンサルをしてる動画を見ていたら。

「経営者としての意識が芽生えてる!? 」と気づいたんです。

心の奥、深いところで会社を経営してる人間だと自分をそう見ている感覚がある。

あれ、もしかして……。

なりきる・妄想する系の引き寄せメソッドって。

「なんか知らないけど意識だけが先に変わってる」

その状態を意図的に作り出そうとするメソッドなのでは?

意識が変わるから現実の見え方も変わるし、ほかのことも芋づる式に変わっていく……みたいな。

今回、私に起きたことを振り返ると、別に意図して引き起こそうとしたわけでもないし。

仮に引き起こせたとして、がんばってやることじゃないと思うし。

情報をたくさん摂取したから、妄想をたくさんしたからそうなるとも限らなくて。


がんばって意識を変えようとするよりも。

目の前に現れたものを素直に受け取って、行動に移すかどうか。

こっちのほうがよっぽど重要な気がしました。


私の場合、論語も税理士も全部スルーすることだってできたけど。

「わかんないけど、とりあえずやってみる! 」の精神でやったから、今の意識状態を獲得できたわけで。

目の前に表れるモノにどれだけ注目できるか。

どれぐらい自分ごととして受け止められるか。

上記の2つが現実で変化を引き起こすときに直結してる要素なのかなと。

「なんか気になる」は宇宙(魂)からのサイン?

別に意識を変えるために特別なことをした覚えはないし……。

17日のセッションはきっかけになったかもしれないけど。

それだって人から紹介されて「よくわかんないけど、行ってくるよ」っていうノリだったし。

(強い目的意識を持って受けたわけじゃない)


意識だけが先に変わったことを言葉で説明しようにも、「宇宙(流れ)を信頼してたから」みたいな言い方しかできないなぁと。

(経営者がよく言う「運がよかった」ってヤツも似たような文脈で言ってるんじゃないかなぁ? )


ちまたでよく言われる「現実にヒントがあるよ」ってのは本当にその通りで。

好きなこと、興味あること、モヤモヤすること。

自分の心に引っかかるものならなんでもヒントになってる。

タイパ・コスパ重視で心がマヒしてる?

過去の私を振り返ってみても「現実が変わらない → 見逃してるものが多い」というのはある気がしてて。

なにもかもが当たり前に感じられて心がマヒしてました。


「サラとソロモン」というヒックス夫妻が書いた、子供が読んでも理解できるぐらい引き寄せの法則をやさしく説明した本があって。

本によく出てくるフレーズとして。

味わい愛でる。

ってのがあるんです。


瞑想とかそういうのも有効かもしれないけど。

「いま、この瞬間を丁寧に大切に生きる」のほうが大事な気がしてきました。

たとえば、願いごとを紙に書くにしてもちゃんと心で味わう時間を作るとか。

心で願いとつながる時間を持ったほうがいい。


頭の中だけで考えてささっと書いたものって、私の場合はなんかいつまでたっても実現しにくかったから。

やっぱり、心なんだなーと。


思考優位だった私にはNVCの「ニーズとつながる」ってヤツは、かなり効果がありました。

「リラックス」ってどんな感じだろう?😌

私にとって「リラックス」は寝てるときかなぁ?

こんな感じで自分のためにしっかり時間を取って味わう時間を取ってあげるようにする。

この何気ない小さな行動が想像を超えた未来につながっていると思うと、私は心で味わう時間を大切にしたくなります。

エイブラハムの言う通りだ。


さっきの「ニーズとつながる」とか「日常を味わい愛でる」とかって全部、いい気分になるための方法だし。

それっていうのはやらなきゃいけないことではなくて。

気分が悪いなと思ったときに、ズレを戻す方法としてこんなのがあるよってだけだから。

やるやらないは本人次第。

(あれ。やっぱ、日常に現われたものを素直に受け取って行動に移すかどうかって話になる系? )


言われた通りにやればやったなりの結果は出てると私は感じてるし。

素直にやる人の展開が早い理由は「なんかわかんないけどやってみまーす😄」の精神があるから。

つまり、「自分の思考をはさまずにとにかくやる=無条件に宇宙を信頼できてる」からなのかもって思いました。


抵抗しなければ夢はムリなく自然に叶うようにできてる。
本来は夢が叶うのがデフォルトで普通のこと。

こういう話は繰り返し聞いてきたけど。

心から「本当だ😳」と感じ取ったのは今回がはじめてかも。

「宇宙にゆだねる」をちょっと体感した?

たしかに20代の頃は「月商100万円!」「年商1億!」みたいに大々的に掲げて活躍してる起業家に憧れてた。

でも、お金のことでいろいろ経験してからは「そんなにはいいかな……」って思ってたし。

必要な分のお金だけあればそれでいいって思ってたのに。

そんなハデな世界を生きなくてもいいやって感じだったのに。

新月に願ってないし。

願いごとリスト書いてないし。

具体的な目標は考えてなくて、核になるニーズをはっきりさせてただけなのに。

それでも「経営者意識が芽生える」みたいな不思議なことは起きたから。

今あるもの、起きたことに目を向ける、信頼する。

それだけでも変わっていくんだなと思ったのでした。

令和版「論語と算盤」をやってみる。

論語の勉強をして。

あとは税理士の勉強も。


資格は取らなくていいから。


11/17のセッションで見えない存在から受け取ったメッセージの一部です。

私はこれから先も個人事業主としてこじんまりと、ひとりで手に負える範囲の仕事をしていくと考えていたから。

そこまでする必要があるのかなと思ったけど。


人からおすすめされたこと・言われたことはできるだけやってみる。

を信条にしているので、3連休中にAIと相談しながら今後のことを決めました。

税理士→簿記から始めよう。

税理士試験のテキストを調べると1科目につき4~5冊ぐらいのテキスト量がありました。

今の私が税理士試験の問題を見てもわからなすぎたため、簿記から少しずつステップアップしていくことに。

ファイナンシャルプランナーの勉強も間に挟みつつ、税に関する全体的な知識も入れる予定です。


ここまでやっておけば、税理士領域の話に少しはついて来れるだろうという想定のもと、大まかな学習計画を立てました。

今の時代、AIと一緒に勉強できるのでホント助かります。


ふと「なんで私はここまで勉強する必要があるんだろう? 」と思った瞬間があって。

たまたま下記の動画(06:30から始まる財務の話)を見たときに、その答えをゲットしました。


【営業?財務?マーケティング?】起業志望者が"会社員時代に経験しておくべきこと"は?実力派経営者たちが議論


なんのために、なぜやるのか。

その理由は……。


自分の会社の財政状況がわかっていなければ必要な判断を下せない。

「財務のプロだから」というだけで重要な判断を丸投げするのはリスクだし、やっちゃいけない。


財務プロに相談して自分でなんらかの決断をするときために、今のうちから最低限の知識はつけておくべきなんだな。


私は動機がしっかりしてないと継続しづらいタチなので、ちゃんと言葉にしておきました。

論語→本編を完読しよう。

初心者向けの解説本をいくつか読んだあと、さっそく今日から論語本編を読み始めてます。


なぜ、孔子はそれを言ったのか。


歴史的な背景も含めて孔子の言葉を理解したいなと思い、下記の二冊をセレクト。


岩波書店

「完訳 論語」 訳:井波 律子

中央公論新社

「論語」 訳:貝塚 茂樹


私が論語にはじめて興味を持ったのは、2018年ごろにサピエンス全史を読んだとき。

みんなで共同幻想を見てると言うなら、どうして資本主義社会という夢を見ているんだろう?

この疑問を解消するために、貨幣経済の成り立ちやお金の流れについて、自分で勉強したことがあるんです。


その流れの中で渋沢栄一と論語を知ったものの、どうにも手が出なくて。

2021年の大河ドラマ「青天を衝け」で渋沢さんがフィーチャーされたときでさえ、「論語と算盤」は読めても論語は手が届かないまま。


そんな私が今になって論語を読んでみると。

すごくしっくりくるし、論語への親近感が増してる。

(エイブラハムの教えやNVCを実践して素地ができていたおかげ? )


論語の世界にも「仁(人を思いやる心、愛、道徳などを指す概念)」というものがあるそうだから。

共鳴するのは自然なことなのかも。


エイブラハムと同じように実践するほどジワジワ効いてくる系の学びになりそうです。

論語を完読したときにどんな変化が起きているのやら。

まだ続きがある。

長くなりそうなので別記事にしました。

引き寄せ関連の内容です。

記事はこちら↓

「宇宙にゆだねる」について考えてみた。 

変わっていく願いごと

3年目3冊目の星占いダイアリーを購入しました。

1冊目の2024年は、

手帳をどう使っていいか

何を書き込めばいいのかも分からず使いはじめました。

しかしいざ使ってみると「書きたいことがたくさん…!」

それまでの私は願いごともやりたい事もふわっとしていて、ひとつも言語化できなかったのに

星とこの手帳のおかげで、

わたしがどんな人間か

何が好きで何を願い望むのか

少しずつ見えてきて、たくさん書き込むことで

願ったあれこれが実現していきました。


2025年は

去年に引き続き

月間や週間のダイアリーページ中心に

たくさん書き込んで使っていましたが、

夢実現プランだけは

年が明けてから色々あって

すっかり書き込む時期を逸してしまい、

長いこと白紙のままでした。

2026年のダイアリーが手元にやってきたことを

きっかけに、ようやく今年度のプランを埋めてみて

また、過去2年分の手帳を見返してみて思ったのは

願いも実現してきたことも大きくは変わらないこと、

そして家族に関わる記述が多いことです。

わたしは子供のいる主婦ですし、当然ともいえます。

その一方で

年々、自分の好きなことややりたい事についての記述が増えているのです。

ダイアリーを通して星たちに応援されながら

わたしもゆっくり進んで、変化してきたんだなぁと感じられました。


来年は家族用の手帳を別に用意したので、

2026年の星占いダイアリーには

「わたしのやりたい事だけ」

書き込んで使っていく予定です。

すごいセッションを受けてきた&私の決意。
もっと普通の人生がよかった……😭

2時間のセッションの最中に涙とともに出てきた私の言葉です。

17日の月曜日にある方のセッションを受けたら、まるでアガスティアの葉を開いたかのような情報がバンバン出てきまして。

(いい意味で)あまりにも衝撃的かつ今の私からはとても想像がつかないような未来が待っていることを知りました。

規模感からして人間の私が自分の意志で成し遂げたいというレベルのものではなく、私の魂が望んでるレベルのもの。

過去世を含めて伝えられたことに思い当たるフシがありすぎたし、完全にその未来に進むのは間違いないんだろうなと思わされたセッションでもありました。

その情報量の多さゆえに「5時間寝ては3時間起きる」というサイクルを繰り返していて、寝てる時間のほうが多かったです。

今日あたりからやっといつも通り過ごせるようにになってきたので、こうして記事を書いています。

蠍座新月らしい新しい流れ。

エイブラハムの教えは私の生き方のベースにはなってるんですが、今後は独自の理論も入れていくことにしました。

いい気分でいる。それ以外にやることはない。

この前提があるために「下記の通りにするのがよい」と言われる場合があります。

・星の動きは気にしなくていい

・新月に願わなくていい

・夢(願い事)リストは書かなくていい

・夢がかなった自分を妄想しなくていい

・吉日(一粒万倍日など)は気にしなくていい

・過去世は関係ない

・トラウマは存在しない

・インナーチャイルドは存在しない



セッションを受けて私も意識が変わったのか。

あれもこれもやらなくていい、気にしなくていい、存在しませんって言われると……。

「夢もロマンもなさすぎじゃない? 」って思ってしまったし。

たしかに「いい気分でいたらそれでOK」っていうシンプルな話なのはわかるけども。

「本当は何をやってもいいはずだよね? 」と思うようになりました。

個人の理論が生まれるのは自然の摂理。

エイブラハムの教えに限らず、どんなノウハウもメソッドも「基礎」でしかなく、基礎を学んだあとにどう応用するかは人それぞれ。

経営者ごとに成功法則があるのも。

同じ引き寄せなのに人によって違いがあるのも。

同じ星読みなのに人によって伝え方が変わるのも。

どこかの地点で「私は○○のほうがいい! 」という好みが自然と出てくるから。

その思いこそが「その人らしさ」であり「独自性」なんだなと。

「こうしたい! 」という気持ちが出てきたときに

ちゃんとしなきゃ。

言われた通りにしなきゃ。


逆らってる私はダメだ。


できてない私はダメだ。


なんて考える必要はまったくなくて。

私はこれがいい!と思ったならやればいいし。
やってみて違うなと思ったら、やめるなり変えるなりすればいい。

ただそれだけのことだなって。

人の数だけやり方があるのはいいこと。

好きなものをビュッフェスタイルで選べるから。

全部食べなきゃいけないわけでもないし、つまみぐいOK。

(試食から始まることだってある)

ひとつのものに執着しないで好きなものを好きなだけ選んだらよくて。

選んだからといって絶対に食べなきゃいけないものでもないから、放置したっていい。

それぐらい本当は自由だったはずなのに、いつから私は枠にとらわれてたんだろう……。

そんなことを考えてました。

夢とロマン重視で人生を鮮やかに。

私のベースはエイブラハムの教えかもしれないけど。

正しい間違ってるの視点を抜けて、夢とロマン重視の楽しげな方向性かつ「これだ」と思ったものを発信したい。

これだけの思いが出てきてる時点で、基礎をガチガチに守り通すより応用に入ったほうがいいなと。

あとは、かげしたさんの決断も私の後押しになってます。

話を聞いたときに「私もかも 」って思ったし、目の前に大きな決断をする人が現れたことを私は「サイン」として受け取りました。

「スピってる」と揶揄されるような行動や概念って、現実的なものもあればそうじゃないものもあるけど。

どれも夢とロマンが詰まってるんですよ。

自分の人生にどんな彩りを添えて物語るのか。

もっとハデにしたっていいじゃん! 

精神的なベースを整えて安定してきてるなら、あとは遊びを持たせたい。

そういう気持ちになったんです。

月曜日に受けたセッションで今の私からしたら「ありえない」と思ってしまうほどの未来のストーリーを聞いたとき。

あまりにも規模がデカすぎて「もっと普通の人生がよかった……😭」なんて言葉がポロっと出てしまったけど。

今は違う気持ちになってます。

材料となるもの、それを形にする力はすでにあって。

私が今回の人生で経験してきたすべてが壮大な未来につながる伏線であり、未来につながることしかやってないとわかったから。

独自の人生哲学を育てつつ、今は生命の木(タロット)を引きつづき深めていく予定です。

なにをやってても魂が望んでるほうに流れていくのなら。
その流れに乗ってみよう。

そんな感じです。

オマケ。

「私がいま感じ取ってる熱量に近いかも!」と思った動画を発見したのでリンク張っときます。

人は何のために努力し、何のために生きるのか?映画『ひゃくえむ。』徹底解説!(京都大学特定准教授/文芸批評家・浜崎洋介)

タロットリーディングにホロスコープが表れる?

ふと気づいたことなんですけど、タロットのリーディングをする時にネイタルホロスコープがまんま表れてるなぁって思ったんですよ。


私のASCには木星が重なっています。

ASCは「基本な行動パターン」、木星は「幸運、発展」を表す天体ですね。

私はカードの沢山の象徴の中から、自然に幸運ポイントを探しているんですよね。

カードの象徴の核となる部分を大切にするのはもちろんなんですけど、例えば「死神」の太陽、「月」の道、これらに注目してしまう感じ。

楽天的とも言えるので、注意も必要なんですけどね。


で細かく象徴を見たいのは、私のホロスコープでいうと月蠍座、これが作用しているなと。

月星座「素の自分、無意識」、蠍座「探求心」。

まんまですよね(笑)


あと親近感を感じるカードがあるんです。

それは「隠者」(キーワードは内観、探求)。

最近は小惑星もほじくり始めました(笑)


なんか面白い!と思ったので書いてみました。