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自己探求

そっとあなたの心に逢いに行きます

ぽつりぽつり 星のした

〜ただ、聴いてほしい夜もある〜

あたまの中がもやもやしているとき

誰かに話したいけど、言葉にならないとき

ひとりでがんばって、少しつかれたとき

ここは、そんなあなたのための場所です

星のこと、夢のこと、ごはんのこと 

今思っていること、昔のこと

うれしいことでも、かなしいことでも全部そのまま、ぽつりぽつりとお話しください

星占いを通して見えてくる「あなたらしさ」

夢の中にかくされたメッセージ

アートを通じて、言葉にならない感情や潜在意識と出会うこともできます

「描く」「作る」ことに意味はなくて、その過程の中に、心が緩み、何かが解けていく感覚

そして、ただ眺めるということそれらを通して

あなたのこころに、そっと明かりがともりますように

あなたの心の奥にある "風景” に、そっと光を当ててみませんか?

だいじょうぶ、うまく話せなくても

だいじょうぶ、うまく描けなくても

だいじょうぶ

あなたが聴いてほしい方法で。。。

深呼吸したいタイミングで

自分のこと

お子様のこと

パートナーのことでも。。。

沈黙でもかまいません

ゆったりと過ごす時間



ゆっくり、あなたのことを、あなたの言葉で、お話聴かせてください✨


宇宙は愛そのものです

宇宙はそっとあなたを見守っています

宇宙からのエネルギーを感じて、一緒にゆっくりと深呼吸しましょう!

ダメ押しの過去占い。

「みらいテラス」の冥王星OOBのほか、月星座シリーズも見返してました。

ライブ配信の最後で「過去占い」の話をしてて、「過去占い」の存在を思い出した私。

せっかくなので、「兄か姉がいた可能性」を思い出した件を占ってみることに。


TYPE12 魂の計画書。

6月に入ってから起きた、かなりディープな気づきの数々。

本に書いてあるように「魂の意図を思い出させるために起きた」と考えれば、すごくしっくりくる。


ついでにある人からメッセージをもらってたことを思い出して、メールを検索。

これまたすっかり忘れてたやつで、もらったメールには「問い」が書いてあって。


知らない間に私はアウルブックで問いの答えを書いてた。


その問いが今の気づきにつながるの!? っていう衝撃。

魂の計画、恐るべし。

つづけてTYPE13 地球の鼓動も読んでみた。


TYPE13 地球の鼓動。

こんなに文章が深く刺さったのは久しぶりかもしれない。

命の祝福。生きる勇気……。


一番ビビッときたのは、

「私はこの命を受け取り、自分のことを責任を持って幸せにします」

という一文。


今の私が言うとしたら、肚に力が入る感じでズシッとした宣言になりそう。

「そのつもりで生きる覚悟はできてます」みたいな雰囲気が伝わってくるような感じ。


やるぞー。

一旦、アウトプットは終了。

やりかけてることを終わらせよう。

夢が教えてくれたこと。

2周間近く前。

「目の前で大切な人を失う」という、ショッキングな夢を見た。


目が覚めても鮮明に覚えてたので、AIと一緒に夢を深堀りしたら、ボロ泣き。

この夢がきっかけで、今の「生きる覚悟」が生じたと言っても過言じゃないかも。


心理的ブロックが全部、詰まってた。

生きてる意味のわからなさ。

定期的にやってくる希死念慮。

罪の意識。

許されたい気持ち。

喪失・変化・自分ではどうにもできないことへの極端な恐れ。

自分を低く見るクセ。


上記に挙げたものは今回の夢に関連してそうだった。


登場人物の想いを受け取る。

アニメやマンガにありそうな展開っぽく見えた。

バトル要素のあるアニメ。


女の子(高校生ぐらい)と男性(20代前半ぐらい)と2人で敵のところに乗り込んだものの、2人して相手の技にハマってしまって。

「女の子だけならなんとかできそうだ」と判断した男性が自分を犠牲にして、女の子を守って亡くなる、といった場面。


女の子が男性の名前を何度も泣き叫びながら、どうにかしようともがくものの。

どうにもならず……。


止まったままの時間。

女の子は男性を失ったそのときから、ずっと止まったまま。


なんで私だけが助かったの?

あのとき✕✕✕✕✕✕いたら……。

私だけ生きてたってしょうがないのに。

あの人がいなきゃ意味ない。

私のせいだ。


どうも、女の子なりに描いてる未来があったらしく。

「そうなるはずだ」と大きな期待を抱いていた分、絶対に叶わない状況になってしまったことへの悲しみや喪失感、罪悪感。

そういうもので埋め尽くされてしまってた。


一方、男性のほうはシンプルに「生きていてほしい」。

それだけが願いとして残ってた。


大切な人と共に生きたい。

男性の願いを受け取り、女の子の気持ちを受け取り。

その先で見えてきたのは「大切な人と共に生きたい」という願いだった。


相手は絶対にあの人じゃないとダメだってわけじゃない。

でも、自分だけが幸せになるってのも違う


私と誰か。共有できる相手が居てはじめて生じるモノ。

「お互いの思いを大切にし合う世界」みたいなのを求めてるらしかった。


動き出す時間。

女の子はずっと言えずにいたことを吐き出しきって。

泣きたいだけ泣いたら、前に進む気持ちを持ち始めた。


私も同じように「心の氷」が解けるような感覚を味わっていて。

自分につながってた何十本もの「見えない鎖」を、まとめて外したような感覚があった。


現実で思い当たることがあるとすれば。

私の前に本当は「お兄さんかお姉さんが生まれてくる予定だった」ってことぐらい。

それが今回の夢と関係あるのかはわからない。


登場人物たちの思いを受け取ることで「過去(夢)」に決着を付けて、主体的に生きてやろうと決めた。


で、今に至る。

そんな感じで夢を深堀りした5日後ぐらいに「余命1ヶ月だったら何をする?」っていうワークを人から聞いて。

あんな夢も見たことだし、やってみよう!ってことでやりはじめて。

ゆうやさんのライブを見て、気付きを得て……という流れ。


残り1ヶ月と設定して、残された時間あまり多くないとわかってても。

やってるのはこんなことばっかり。

どうも私の心(魂?)は今のうちにやり切っておきたいことがあるようです。


面白いシンクロ。

風神雷神のことを記事で書いたら、インスタで風神雷神が描かれたおしゃれなシャツの広告を見かけたのと。(さすがAI)


西洋占星術に明るい人が「冥王星ってそういうとこあるよね~」と言いながら「ラスト・ホリデイ(映画)」を紹介していて。

その映画の内容が「余命3週間と告げられた女性がやりたいことやる!」みたいなお話だったので、びっくり。


さりげなく目の前にやってきたものをスルーせずにキャッチできるか。

知識として「知ってるだけ」で終わらせずに、体験まで落とし込めてるか。


そのあたりも問われてるような気がしてならないです。

何故、私がヘリオセントリックを推しているのか

すごーく久しぶりの投稿です😅

アートセラピストの私が何故ヘリオセントリックを推しているのか、書き留めておきたいと思いました


私がおこなっているアートセラピーでは、こう考えています

もともと愛で満たされた存在のはずだったのに、環境や人との関わりの中で、心に少しずつ傷ついて、思い癖がついてしまう

その思い癖は無意識に絵の中に表れます


でも、その思い癖を治さなきゃとか、私はこうならなければとか、もがく必要はないと思うのです

本来あなたは満たされているということを、ただただ思い出してほしいのです


そこで、アートセラピーと星を結びつけ、逢心星詠みが閃きでうまれました

逢心流で集団無意識に着目して、盤面をアートと捉え、アートセラピストの知識を交えて、毎月1日の盤面をヘリオセントリックで詠んでいます

そして、あなたの誕生日の盤面からは、あなたの握りしめてきた魂を詠み解いています

なぜなら、あなたが創造主であり、あなたの人生そのものがアートだと私は想うからです


ヘリオセントリック占星術では、太陽を中心とした星の配置ですから、私たちも太陽の周りをぐるぐるまわっている宇宙の一員であるという感覚、誰が上とか下とかではない、凸凹を埋めながら、みんな繋がっているという愛に満ちた存在であるという世界感ではないかなと思います

星を使って。。。という表現をよく耳にしますが、もうすでに無意識に星を使っているのかもしれません

年代によって同じ感覚の人が多くなるのもそういう星の配置の影響なのではないかと私は考えています

ヘリオの世界観の中で、私たちは地球に生まれてくる前に星のエネルギーを感じながら握りしめた魂の想いがあります

そのままのあなた、ありのままの自分がそこにはあると思います



ジオセントリック占星術では、自分が中心に空を見上げた時の星の配置ですから、心理的宇宙の世界観になります

地球に生まれた瞬間から、ヘリオの世界観での星との約束があるとすれば、その記憶は心の奥底に押し込めて、私たちの想いは太陽に向かった目標へと変わります

育った環境や人との関わりによってできる思考や欲が出てきます

トライして、失敗して、またトライして。。。

そんなこんなを繰り返して成長していき、成功する人がいる

そういうことをしに、地球に体感しにきたのかもしれません

そういうタイミングとか、運気とか、自分の方向性をみるのにはジオセントリックって、すごくいいと思います


ですから、どちらもあなたであり、占星術としてどちらが正しいとかではない気がします

つまりはあなたの選択次第!

気づくことで選択肢が増えます

もしも、ジオの世界観に違和感を感じられる方がいましたら、ぜひ、ヘリオの世界観を感じてみませんか?

実は、私自身も違和感を感じた1人なのですが、ヘリオの世界観を知ったことで、星詠みが好きになりました


私と一緒に宇宙からにメッセージを感じてみませんか?


私の勝手な見解ですから、あなたが思っている星占術とは、ちょっと違うかもしれません


いろんな解釈があると思います

だからこそ、また星詠みって興味深いなぁと私は思っています


なんか違うなと感じる方もいるだろうし、なるほどねと感じる方もいるかもしれません


もし、共感していただけるのならば、私と一緒に星のエネルギーを感じながら、日々を過ごしてみませんか?


🔶あなたの星が教えてくれる人生の道しるべ🔶


星々の動きに秘められたメッセージを読み解き、あなたの本質や運命の流れを明らかにできるかもしれません

「何かがうまくいかない…」「進むべき方向が見えない」そんな時、星の力を借りて、自分の本当の可能性を引き出しましょう


最後まで読んでいただきありがとうございました💖



一期一会🌏


キロンが牡牛座へ

 2019年から牡羊座にいたキロンがいよいよ夏至前に牡牛座へ移動します。

 私はキロンはかなり重要視していますし、キロンリターンを迎える前後の時は年齢的にも、それまでの人生から大きく変化が起きる方もいるからというのもひとつ。

 私はヒューマンデザインが好きですが、ヒューマンデザインでもキロンリターン前後7年の変化にはかなり重要視しているようです。


 まず、さらっと振り返ると、

 スピリチュアルが浸透したのがキロン魚座時代

 2010年4月〜2019年2月

 ちょうど、その前の水瓶座時代に『オーラの泉』という番組が放送され、見えない世界への浸透が一気に広がったと思うのです。

 ある意味、あの番組は、それまでの見えない世界への概念を変えたという水瓶座の時であり、次に迎える魚座時代の繋ぎの役目をしたのでしょう。

 そこから『オーラ』という単語を多くの方がフツーに使うようになったり、エネルギーとか、見えない世界への認識の変化、認知が広がったと思うのです。

 また、その分野の仕事の裾野も広がったのではないでしょうか。

 『自分らしく』『自分軸』が浸透したキロン牡羊座時代

 2019年2月から牡羊座に入りましたが、やっぱりなんといっても自分らしく生きるという流れが一気に来たこと。

 今ではCMでも目にします。

 ただこれは、まだ精神性の段階であり、この時期はその生き方の情熱や原動力の源を湧かせた時とも言えます。


 いよいよキロン牡牛座時代へ

 精神性から実際の資質に時代が舵を切ります。

 個人の資質や才能を現す牡牛座でもありますが、所有やお金にも関係してるサインですよね。

 最近の犯罪は、何かエスカレートしている気がするのですが、犯罪の根底にはお金の問題があります。

 牡牛座時代では、より具体的な資質の発揮とも言えますが、所有やお金に対する傷。またそれに関連した私達の概念や認識の変容が起きるかもしれません。


 私がここ最近、関わる人で感じるのが

 個人防衛、とくにお金に関してです。


 当然と言えば当然なのですが、スピリチュアル界隈で聞く

 好きな事をして後からお金がついてくる。

 これを望む人が多いと思うのです。

 ただ、そのプロセスにおいて各々が、お金に対する概念の変容が思っている以上に、必要なのではないでしょうか。

 スピリチュアルや占いを仕事にしようが、私達の認識が古いままだと、別の仕事しようが違いはありません。それはアイテムの違いに過ぎないからです。

 また、人によっては自分で稼ぐという手段ではなかったり、二足の草鞋タイプもいたり、時に誰かのサポートを頂くという時期の時もあります。

 それもらしさ。

 なんらかの常識の破壊が、今の私達に必要でしょうが、今、破壊の冥王星は、牡牛座の90度の位置の水瓶座にいます。

 まさに過去の蓄積という固定概念や所有を牡牛座と見做すなら、それを方向転換させる位置に冥王星はいます。


 キロンは土星から天王星への橋渡し


 昨日、たまたま占星術の本を読んでいて、キロンと火星のところで、すっごく唸ってしまいました笑

 火星はまたタイミングが来たら書きますが、今回はキロンについて、抜粋したいなと思います。

 

 キロンを正面から扱うというのは、天王星と土星の断絶を埋めていき、「天王星のように人間をトータルに見ることであり、特定のローカルな信念体系に委ねることから独立した視点を持つことである」ということです。

 

 キロンそのものを扱うよりも、自分のホロスコープの中で、天王星のあるサイン・ハウスを考え、次に土星のサイン・ハウスを考え、比較してみましょう。その上で、キロンのあるサイン・ハウスを考えます。

 完全マスター西洋占星術IIより

 天王星が現在の人間の寿命と同じくらいなので、人生をトータルに見れるのが天王星、という考えの視点で書かれているようです。

 そして私達は、そもそも人生を対象化できず、対象化できるのは、そのひとまわり小さな土星だとも。

(確かに!)

 キロン部分すっごくよかったんですが、気になる方は本で実際に見てくださいませ🙏

 さいごに  

 思わず長くなってしまいましたが、キロンは必要な人には、すっごく刺さるものだと思うのです。

 牡牛座に入るといよいよその世代がリターンを迎えて、人によっては大きな変化を迎える方もいるでしょう。

 また、年齢的にも、社会や家庭、肉体的にも男女とも変化を感じやすく、今後の人生を見据える時に入ることが多いので、ある意味悩み多くなる時。

 そんな時、キロンの視点が参考になるのかもなと私は思っています。


 是非是非素敵な時をお過ごしください🌈 

童心に帰る、けど自立していく新月

6月15日はふたご座新月ですね。


今回もタロットカードを展開してみました。




今回の新月は、


「過去と今の自分を大切にすること」


がテーマになりそうです。



これまで大切にしてきた思い出や経験、


楽しい、好き! と夢中になったこと。


大人になってから、もしくは最近忙しくて離れていた


趣味や学びがまた楽しくなるかもしれません。


童心に帰りつつも、私たちは大人として生きています。


これからを楽しんでいくために、


子どもの頃から抱えてきた痛みや家庭の中で求められてきた役割、


なんとなく続いているだけの環境、慣習などは手放し


自分らしい人生や魂のままに歩んでいく自立や変化がはじまっていきそうです。



今回の新月では理想や未来を描いてみることもおすすめです。



今までの大切なもの、想いを踏まえつつ「今の自分はどうしたいのか」「これからはどう歩みたいのか」


ぜひ考えたり感じたりしたことを、書き出してみてくださいね。



遠くを夢見るというよりは、


今の自分が実現したいこと、自分自身の力で育てていきたい未来。


そんな“地に足のついた理想”を描いてみてください。



新しい世界や環境に少し勇気を出して飛び込んでみることで、


これまで見えていなかった可能性が開いていくかもしれません。



過去を否定するのではなく、そこから少し自由になっていく。


そんな新月のはじまりになりそうです。




今回展開されたカードは


・カップ6(逆位置)・星・ソードナイト


でした。


読んでいただきありがとうございます。おだやかな新月をお過ごしください☕

受け継いだものを受け入れる。

母はバラが似合う女性だったけれども。

私から見ておじいちゃんはもっとすごかったように思う。

たとえば「風神雷神」や「金剛力士像」。

それらと同じくらいの存在感とオーラを持つ人だったなぁと。


家系ごと受容する。

3年ぐらい前かな?

アンドユーさんのスピリーディング講座のモニターを受講したときのこと。

「家系のオーラをリーディングしてみよう!」というのがあって。


私が母方のほうをリーディングしたときに禍々しいものを感じ取った。

イメージでいったら、刀剣乱舞の「時間遡行軍」のようなものが見えた感じ。

そのときは重苦しさ感じしかなかったし、怖くて逃げ出したくもなった。


父方のほうで見たものが素直に受け入れられるものだっただけに。

どこか受け入れにくさを残したリーディングで終わった記憶がある。


……なんだけど。

いまの私が同じモノを見ても納得しかない。

「いやー、それでこそウチの家系っすよね!😆」と言えるぐらいにはなってる。


恐れることもビビることもなく。

そういうもんだよねー🤗と。


「強さ」を精神力で発揮する。

母方の、特におじいちゃんのほうから流れてきてるもの。

家庭においては暴力や支配(行き場のない感情の放出)として現れやすかった「強さ」を。

私は「不屈の精神」を育てる方向で発揮してるんじゃないだろうか。


「情熱」や「意志」。

タロットで言うとワンド。

四代元素でいうなら「火」に変えてそうな感じ。


数ヶ月前からやってるジャーナリング。

実は定期的に生じる「燃え盛る炎」を沈静化することに非常に役立ってる。

(適切な場所で燃焼し切ることも大事だったらしい)


今にしてようやく、火の扱いを覚えたってことかもしれない。


今年の冥王星OOB期間、突入前の準備?

「死をそばに置いて生きる」と決めてみたり。

家系から受け継ぐものを受容して、自分の一部として前向きに活用してみたり。

……なんか、深い。


去年の冥王星講座の動画を見直してみたら。

(見直した動画はコチラ→【保存版】冥王星が導く2026年!極限を超える開運年の迎え方【冥王星アウトオブバウンズ】


必要なことしか起きてないなと思った。


バーナム効果の何が錯覚なのか分からない。

こんにちは、大柴です。今回もニッチな感じで書いてみよう。

「バーナム効果」って知ってますか?

(入口が詐欺師くさいけど)今日はこの話にしようと思います。

よくきくあのセリフ

占い師のアドバイスに

「それってバーナム効果ですよね」

と返すアレです。

バーナム効果ってのは、

誰にでも当てはまるような曖昧なことを、自分のことだ!と信じ込む錯覚効果

のことをいいます。

それを、

「いや、それって誰にでも当てはまることですよね?」という意味で

「それってバーナム効果ですよね?」

と言うわけです。

文脈のとおり批判的に言うわけですが、ここに納得がいかないことがあります。

なんで、占いの場にまったく関係のない他者の視点が入ってくるのか??

占いの範囲

そもそも占いの範囲って、ご存知のとおり、クライアントと占い師の間にしかありません。この両者の間の契約で成り立っていますから、他者は存在しません。

なのに、なぜ「誰にでも当てはまること」がクライアントにも当てはまるのに、それを当たると言うと語弊になるんだろう。

誰に当てはまっても当てはまっていなくても、クライアントに当てはまっていることには変わりないでしょう。

当たったかどうかは「占い結果」と「クライアント」だけの関係で起こる問題であって、他人に当てはまっていても当てはまっていなくても関係ないのでは?

たとえば、「親が亡くなる」は、いっけんすると衝撃的で固有の人生イベントのように感じますが、誰にでもいずれ必ず起こりうる出来事です。

誰にでも当てはまる衝撃人生イベント、たっくさんあるんですよ。

つまり、「誰にでもあてはまるじゃん」は、「だからなに?」って感じでしょ。


今回は自分の整理のために画像を作ってみたんだけど、解像度大丈夫かな?(何度作ってもぼやけるんだよね)

で、

占いの範囲って、黄色い部分ですよね。

なのに、なぜか「多数の該当者」が口を出す。

なぜ占いの結果に対して、クライアント以外の該当者がいるとダメなんでしょうね??

なんで他の人にも思い当たることがあると、占いじゃないなんて言われるんでしょうね??

占い師的には、範囲外の人は関係ないですよね。

「誰にでも当てはまること」であっても、それが「今の自分に当てはまっている」と感じるのであれば、クライアントと占い結果という個人的な関係においては「当たっている」と言ってよいはずです。占いの契約関係では問題ありません。

でもこれ、占い師でもそう思ってる人いるんですよね。

それは、感情の混乱が原因かも

占いは、占い師とクライアントの契約で成り立っています。

なので、

クライアントが「当たった!」と思うならそれでいいんじゃない?

みたいなことなんですが、

(何をもって当たったというかはまた別の話として)

それにもかかわらず、バーナム効果であってもなくても、クライアントが得た納得感を「占いが当たった」と言うと語弊が生じたり、批判されたりするのはなぜなのか。

これは、「主観的な納得」と「客観的な的中」が混ざってしまうから。



「占いってバーナム効果ですよね」と言う人は、

客観的な的中じゃないじゃん」と言いたいのかな、と思うんですね。

でもその人は、契約範囲内ではない。

範囲内では問題は起こっていないんです。

なぜなら、クライアントは「主観的な納得」が得られているからです。


バーナム効果の正体って?

「占いってバーナム効果ですよね」と言う場合、言い替えると「そんなもんは占いじゃない」ってことなのかなと思うんですが、理由としては

「クライアント固有の運命」を見抜いてるわけじゃないじゃん!

が言い分だと思うんですね。

これは誰でもそうなんですけど、クライアントは、

・人は誰でも、他の人とは違う個性的な存在だ

・占いは自分だけの特別な運命や性質を見抜いてくれるはずだ

こういう期待を心のどこかに持っています。

これが、占われる時に心に準備してある大前提となります。

クライアントはこれにより、バーナム効果が勝手に発揮されやすくなります。


そして、「曖昧で誰にでも当てはまる占断」が

「人間が抱く理想像や悩みはみんな似通っている」

という心理を突いてくる、というわけですね。

だから、「うわ当たってる!」「そのとおり!」になるわけです。

曖昧な事や当たり前のことでも、

「自分にしかない運命を見抜かれた!」

と思ってしまうんですね。

ライアント固有の性質を客観的に言い当てたのではなく、

占いの星読みやカードや命式などのシステムが、クライアント固有の性質を客観的に言い当てた

のではなく、

クライアントが自分の頭の中で「自分に当てはまるように意味を補って完成させた」

のが実態です。

そのため、客観的な視点から見ると、それは占いの予測精度が高い(=当たった)のではなく、人間の認知のクセに過ぎないとされ、

「当たったと言うのは錯覚でしょ」

と指摘するんですね。

指摘する側は、勝手に”当たって”しまうクライアントを前提としています。

でも人間ってそうですよねー

勝手に都合のいい材料を持ってきて組み立ててしまうことはよくあります。

図にするとこうなのかな。

右ルートは混ざっちゃってるルートで、感情の混乱がありますが、

左ルートは、実際に占いの場で起こっていることです。

けっこう明確に違います。


ん?どっちが正解なの?

どっちが当ってるってことなの?

どっちが悪い人なの?

って思うかもしれませんが、どっちが正解でもありません。

状況を整理するとこうなってるよねってことですね。

客観的な事実としては、

占い師の占断が「誰にでも当てはまる一般論」だとしても

「私自身にとっては、心に響く意味があった占いだ!(当たった)」

と個人的に受け止めること自体は、決して間違っていません。

いや間違うもなにも、占いの場である契約範囲内では、こういうことも起こっていますよね。


原因はおかしな前提

こうした混乱や、混乱していることが自覚できず謎理論で占いを否定するのは、そもそも持っている前提がおかしいんじゃないでしょうか。

占いってものをどう捉えているのか、その捉え方は果たして本当に正しいのか?

と考えると、やっぱり正しくない。

・占いは「自分だけの特別な運命や性質」を見抜いてくれるもの

ではないし、

・精度高く予測するもの

でもないし、

・他の人とは違う個性的な存在であるはず

んなことはないし、、、


でも、こうしたピントのズレた前提を持っているせいで、

前提どおりにならない占断が出ると

「バーナム効果だ」と主張するんですね。

いったんまとめてみよう

「誰にでも当てはまること」を「占いが当たった!」と客観的な事実として主張しようとすると、「それは人間の心理的な錯覚(バーナム効果)ですよ」と反論されて語弊が生じます。

しかし、クライアント自身の人生を豊かにするためのヒントとして、「この言葉は今の自分にぴったり当てはまっている」と個人的なメッセージとして受け取る分には、他人に当てはまるかどうかはぜんぜん関係ありませんよね。

その主観的な納得感や気づきこそが、占いが持つ本来の心理的な役割であると言えます。


その人固有の運命を見抜けないって、占いの否定ではないよね

なぜか期待されているけど、実際はそういうオーダーはあんまり無いよね。

精度の高い予知がないからって、占いの否定要素ではないよね

精度の高い予知=占いじゃないからね。

(気象庁でもできないよ。。。)

でも、バーナム効果を感じることは実際あるよね

あるよ。人間の脳って勝手に当てはめるんだもんね。だって期待してるから当たって欲しいんだもん。

それに、誰でも特別な部分は実は少なくて、固有の運命なんてあんまりないからね。他の人には絶対にない、自分しか経験してない事なんてほとんどないからね。どこかしら似通っているものなんだよね。

みたいなことでしょうかね。

大柴の頭の整理結果なので、あっちこっち混乱しながらも、こんなことなのかなって思います。

こんな占い師はイヤだ!

さて、今回も長いこと語ってみましたが、ここから想像できてしまう、あったらイヤだなあという人物像がありまして。

ちょっと書いてみましょう。


①狙ってやってる占い師

バーナム効果を使って、ランキングトップになってやろう!

私は当たる占い師ですよ皆さん!

あなたは特別な存在で、あなた固有の運命を見抜きますよ!

②うっかり乗せられるクライアント

自分の特別な運命を教えてもらった!

見抜かれた!やっぱりこの占い師は当たるんだ!


蜜月だと思いますが。。。

実はこれがずっと続くと、占い師側にはこんなことも起きてしまいます。


・バーナム効果で当たる占い師を演出

・しかも★がたくさんついたり、支持されることで「私って当たる占い師なんだ!」と謎の自己肯定をしてしまう(最初は自信がなくても、どんどん強化していってしまう)

・謎の自己肯定により強化されたメンタルで、客観的な視点からの指摘を受け入れられなくなる(お客さんが当たるっていうんだから私が正解だよ黙ってて)

・当たる占い師という自信で学ばなくなり、指摘されるような学びの場には出なくなる(学びが足りていなければ当然ながら講師に指摘される)

・どんどん学びの足りない占い師になっていく。

・でも、バーナム効果を使いまくってランキングトップになる。


バーナム効果やちょっとおかしい前提を利用して、こういうことができてしまうし、どんどんはずれた道に進んでしまうかもしれません。

やはり、学びを止めないことは大事ですね。スーパーバイズは嫌がらずに。


感想で〆る

占い師でもよく分からないまま混乱しつつ占っている人はいるし、ちょっとおかしい前提を持っている人もいますから、一旦自分で考えを改めてみましょう。

占いとは〇〇〇〇

↑この前提、あなたはなんですか?


占いをどうとらえるか、占いでは何を得られるか、

それはかなり幅の広いこと。

そのすべてが「占い」ってことでいいでしょう。

寿命がたった数十年の私たちの前提なんて、視野の狭いこと。

占いの歴史は千年単位だよ。

ちっぽけな人間の小さな思い込みで量れるもんじゃないからねえ

星に重ねる日々のこと ~今日の星メモ~ 2026.6.12

ネイタルホロスコープ全体から一日を振り返ってみたり、時々思いついたテーマで読んでみたり、をやっています

いろんな読み方をしてみたり、その日に降りてきた感覚をつづってみたり、とゆるりとマイペースで続けています

よかったら足を止めてお読みください

(星の配置は記事upの日のものとは異なります)

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久しぶりにジムのレッスンに参加しました

いろいろあって疲れていて正直行くかどうか悩みましたが

身体を動かさないことが変な疲れにつながってるのかも、と思ったので

ちょっと疲労感はあったのですが、がんばって参加

今月から新しいメンバーが参加したので、今日のレッスン内容は基礎の基礎

時々こうやって基礎の基礎に戻るとすごく勉強になります

ここのところ気がかりでストレスになっていたであろう父のことも、身体を動かして

いる間は気分を切り替えることができてスッキリしましたし、笑顔にもなれました

「ネイタル金星 トランジット月、海王星 コンジャンクション」

があったので、運動がいいきっかけで気分も上がり、楽しい気分になれたのかも

しれません

父のことは長丁場になりますし、年齢も年齢なのですっきり元気になる、ということ

はなかなか難しいと思っています

母のことも心配です 

毎日電話したいぐらいですが、母には母のペースがあるので母が連絡してきたい

時にはしっかり話を聞いてあげようと思っています

そんな中でも自分の気持ちと身体のコンディションを上手に整えていくことが

これからの困難を乗り越えるのに大事じゃないかな、と考えています

「こんな状況だから楽しいことしたらダメ」

ということは思わずに、できるだけ自分のペースを守っていこうと思います

‥∵‥∴‥∵‥‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥

本日もお読みいただきありがとうございました

体を整える。

アナログの良さを感じるこの頃。

ジャーナリングも手を動かして文字を書いたほうが体全体に染み込む感じがある。

「手を動かす」って意味では体を動かす範囲に入れてもいいんじゃない?と思ったり。


重力を感じて生きる。

上とつながる、見えな世界とつながる。

そういうのはもう、できてる人のほうが多いと私は考えてて。


風の時代らしいといえば、らしいけど。

受け身でいるとあっという間に流されてしまうような。

油断してると他人の理論に言いくるめられて、自分が消え失せていくような感覚が私にはある。


他にたとえるなら「雨と風のなかにさらされてるとき」みたいな。

強い風が吹いてても、雨が降ってても。

それでも「立ち続ける(自分であり続ける)」をやろうと思ったら、体の強さって必要だなぁと。


自分の感情や思考に気づいていく作業(見えないものとつながって形にする作業)も大切だけど。

そればっかりじゃバランスが悪くて。

やっぱり、体も大事よねと思い始めた。


今回は別に健康目的でもダイエット目的でもなくて。

体を動かしてた方が調子いいから運動するか、ぐらいのテンション。


知らないうちに張り切りすぎてたのか、寝てる時間のほうが多い日が生じたとき。

濃厚な1ヶ月を過ごそうと思ったら体のメンテは必須で。

自分の行動を支えきれるだけの体の強さが無いとダメだとわかった。


さすがに20代の頃とはワケが違う。

ムリできたとしても、あとで返ってくる……。


しなやかな柔軟性を持った強さ。

何が起きても絶対に倒れないとか。

意地でも立ち続けてやる!みたいな、気合と根性でできた強さじゃなくて。


折れたり曲がったりしても、ふわっと元に戻れる。

「ふっ」と、自分に立ち返れる強さ。


運動してるときは「いま、この瞬間」に完全集中できるのもいいよなーと思ってて。

運動による効果や恩恵を受けながら、1か月を楽しく過ごそうと考えてます。

潜在意識変容ツールのタロットパスワークのススメ

 もはや多くの方が知っている、人生を変えたきゃ潜在意識を変えること。

 様々な方法がありますが、久しぶりにパスワークをやってみて、今までにない程の効果を実感しています。(まだ愚者から女帝までですが)

 アウルブックに登録されてる方は、タロットに親しんでいる方も多いので、入りやすいと思うのです。

 ただ、効果を発揮するには、いくつかのポイントがあるなとわかって来ました。イメージ瞑想なので、それに慣れておくのはもちろんですが、


 感性を高め続ける事(右脳活性化)

 身体の力を抜けるようにする事(完全脱力状態に入れる)

 身体のエネルギー(気)の充填と循環を良くしておく事


 簡単そうですが、現代人にはなかなか…

 それに、肉体に関わる事が多く、私たちの通常の身体の使い方とは真逆。

 私達が忘れてしまった使い方そのものであり、大抵、最初は、あれ??できない!!!と感じるものばかり。(やれた!と思ってもその後、まだ余地があったと知る…💧)

 運動すればいいのかと思う方もいるかもしれませんが、好きな方はそれでもいいかもしれませんが、運動そのものではなく

 動かす意識

 自分にドンピシャな動きを発見すると、これだけでも身体が活性化して、キャッチできる情報にも違いが出るはずです。


 そもそも潜在意識を動かすと何がいいのか。知っている方も多いと思いますが、

 潜在意識を動かすと現実への違いや、自分に必要な答えを得られる

 今回、女教皇では、驚くほどはっきりとバッチリ明確に答えを!

 そして、アウルブックバースデーに関連した投稿でカードを引き、その時にビックウェーブが来る旨を書いたと思います。

 実はその前日に、女帝のパスワークをしたのですが、今までとは明らかに感覚もヴィジョンも違っていました。

 女帝は生命の樹だと横パスなので、動きが出やすい、そしてその翌日にビックウェーブのカード(↓)


 現実的に、まず、家族にそのビックウェーブの挑戦のチャンスが訪れ、その後も自分にもそれと思われるものがありましたが、

 何よ!そのパターン!笑てな感じでしたが、まずは一歩進んでみました笑

 さいごに

 ホロスコープは理論のみで読む方もいると思いますが、例えば、チャネリングの能力を高めるには、肉体の使い方を変えるのが、必要になると私は思います。 

 今後AIが爆発的に発達するからこそ、この感性が重要になると思うのです。AIに限ったことではなく、他者でもなんでも私達が感性を磨くと、情報に対する判断力が養われ、情報精査力が上がります。

 振り回される事がすっごく減り、無用にSNS等にアクセスしなくなります。

 実際私は、右脳活性で今までこれは必要!って思っていた事が、不安から来ていたものだったとわかった事、また様々な物事への迷う時間が驚く程減ったのです。

 肉体に目を向けていなかった方は、是非意識してみてください。

 急にわかるようになった!な〜んて事あるかもしれません🌈

「認めたくないもの」に秘められた魅力。

ゆうやさんのライブで描いたを絵を見直して、母のことを思い出した。

母にもよく似合いそうな柄だなと思ったから。


母を象徴するなら牡丹より薔薇だし。

黒地(または濃い紫)の布に、とても大きな真紅の薔薇が一輪、ドンと描かれてて。

細い金の模様とかが入るような、着る人を選びそうな柄のほうが似合う。


現実を自分の心を映す「鏡」とするなら。

母は激しい要素を持った人だったのは、それ自体に意味があるように思えてくる。


同族嫌悪してただけかも。

私にはそんなのあるはずない!

そんなのは私じゃない!

って。


否定したい心が激しさとなって現れていたのかな、とか。


……否定したくなってる時点で「ある」って、認めてるようなものなのに。


いい加減、受け取ろうよ。

母が持つような「毒」も「トゲ」も「クセ」も、私にはないと思いたかった。

でも、ゆうやさんのライブで描いた絵を見るかぎり。

「母から受け継いだ要素は自分にもある」としかいいようがない。


……よく考えてみれば。

私の精神の中心に「刀」がある時点で、キラキラ・ふわふわしてるわけがなかった。


少し視点を変えると。

私に向けられた「母の怒り」って実のところ、私の無意識の叫び声だったのでは?

そんな風にも考えた。


「なんで認めないんだ! お前にだってあるだろう! 」って怒りで返されてる感じ。

当然、怒りは表面的なものでしかなくて。


その訴えの先にあるのは、

お前が認めたくないものの中にこそ、お前にしかない魅力が詰まってるんだろうが!

持ってる魅力を自分から消してる場合じゃないだろ!

みたいな。


怒りよりは悲しみ。

どうして受け取ってくれないんだ!という叫び。


ごめんな。

母親ほどではないにしろ。

誰かの目を引くようなDNAはしっかりと受け継いでいそうな気がした。


自分のダークな部分を受け取ってみたら案外、心地よかったし。

離れていく人が居ても、なんとも思わなくて。


「いままで違う人のフリをしててごめんね」って思ったぐらいだった。

自分に対しても人に対しても。


一旦、自分の「心」を観る。

というわけで、ここからは「私らしい話」を。

(人によっては耳の痛い話かも?)


他責にするのは簡単だからこそ、自分の心を省みる力が大切だなと感じてます。


我慢してたことはなかったか。

そのとき本当に言いたかったこと、ぶつけたかった気持ちはなかったか。



過去のことは見なくていい、スルーしていいという派閥もあるけど、私には合わなかったようで。


創作でもいいから、心残りのある過去を自分なりに決着を付ける。

ケジメを付けてやっと現実が動き出すことのほうが多かったです。


もちろん、人それぞれに合った手法はあるはずだし、私のやり方だけが正しいとは考えてなくて。


これまでの人生経験から

心残りを自分で回収しないと、いつまでも同じところに戻ってしまうよね。

というのが私の持論だ、というだけ。


自分の行いに集中する。

感情的に強く反応する所があるのなら、言語化されてない思いが眠ってる証拠。


さまざまなバリエーションの「人」や「事」が目の前に現れてくれるおかげで、私は私の「どうしたい?」を発見できてるし、自己理解がどんどん進んでます。


「あの人のこういうところが嫌い!」で終わらせないで。

「じゃあ、私はどうしたいと思ってるの?」と問いかける。


自分にとって絶対に外せない、譲れないものを見つけたなら。

あとは自分が自分のポリシーに従って動けているなら、それでよしとする。


他人に「やってよ!」と要求しない。

やってくれることを期待しない。


「あの人は変わりっこないから、何も言わないでおこう」とかではない。

他人は関係なくて、私は私の在りたい姿を体現していようってだけ。


自分の大切にしたいものはっきりすればするほど。

「相手にも同じぐらい大切にしたいものがあるんだ」と気づくようになりました。


いままでなら違いが見えたときに「私のほうが正しい!」 と他者批判、反発心から動きたくなっていたところを。

今は正しさを他者に主張したくなったときほど、自分に矢印を向けることを強く意識してます。

母から受け継いだ「強さ」を、うまく自分の中で循環させれる仕組みが私の中で機能しつつあるようです。

【つぶやき】ホロスコープリーディングをお仕事にするって大変でおもしろい

ホロスコープというひとつの図が持つ情報量の多さにおののく。


天体がどのハウスにいてどの星座をまとっているのか、それだけなのに、アプローチによっていろいろなことを教えてくれる。


アスペクト、星座の特色、天体の性格…


さまざまなことがわかるからこそ、どんな情報を抽出して、どんなふうに伝えるのかを取捨選択する必要があって、読む人本人の価値観やリーディングを通して何をしたいのかか問われる。


これはきっとどのお仕事でもそうなんだろうな。


ホロスコープのもつ情報のポテンシャル、占星術の活用の可能性がとても高いと感じるからこそ、妥協せずに、リーディング力も伝える力も、編集力も磨いていきたいなぁと思う。

死をそばに置いて生きる。私を最大限に引き出す気づき。

アウルブック、1周年ですか。

お祝いムード(?)の流れがあるのに、「死」をテーマに生きてる私は完全に逆行してるなと思いつつ。


1か月の期限(※1)を思えば、まわりを気にしてる場合でもなく……。

マイペースにいきます。


※1 現在、ワーク実践中。詳細は 「余命1ヶ月だったら何をする?」を参照。


ゆうやさんのライブを振り返って。

「 The Source 〜源に還る日〜 ver.2.0 」のアンケート期限が今日(6/10)いっぱいまで。

昨日、時間を作って配信のアーカイブを見て、アンケートの回答まで終わらせました。


「ピカソの自画像」のとき、いつものように「お絵かきタイム」が用意されてて。

5分ぐらいで描いたにしては、ずいぶんと覚悟が決まってる絵だと思った。


タイトルは「繰り返し 繰り返し」

手元にあるニーズリストから「真価の承認」を選んだ。


絵を描いてみてと言われたとき、パッと頭に思い浮かんだのがモダンな和柄。


最近の浴衣にありそうな柄のイメージ。

「矢絣」と「麻の葉」の模様に、牡丹の花。

布地は白と黒。


「繰り返すパターン」としての模様。


この絵だけは何度見ても惹きつけられる。

それだけ自分の「源」に近い部分を表現できたってことなのかもしれない。


かなり昔のCM。

ACのやつで、1人だけ黒い紙を量産しまくる男の子のCMを思い出した。

(AC 公共広告機構「IMAGINATION/WHALE」「黒い絵」だそうです 

それに近いものを感じてる。


他の人のようにキラキラしてないし、明るくもない。

ほんわかする要素はひとつもない。

怖いと思う人もいるだろうし、びっくりする人もいるはず。

なんなら「大丈夫?」って心配されてもおかしくない。

でも、絵から感じる、伝わってくる雰囲気こそが「私」なのでは?

実は隠してる、抑え込んでるものがあるんじゃないの?


見ないふりをしてた部分にスポットライトが当たった。


自分の「影」にOKを出す。

どれだけ繰り返してきただろう。

なにかあるたびに、どうして人と違うのかを考えてきたけど。


1か月しかない(※ワーク実践中のため)って考えたら、人との違いを気にしてる場合じゃなくなった。


「死」をどう取り扱ったらいいのか。

「死」という現象に振り回されてるところがあったけども。


死を遠ざけるんじゃなくて。

すぐそばに「死」を置いて生きればいいんだ、と。

自分から「死」さえも抱え込んで一緒に生きていこう。

そういう境地に至りました。


自分にまとわりつく「黒い影」のような、なんとも言えない気配をできるだけなくさなくてはいけないとか。

明るい人間であるように見せないと……とか。


自分の「味」を消すような思考は終わり。


「死」でも「闇」でも「影」でも、なんでもいいけど。

人間が「ネガティブだ」「見たくない」とジャッジしたくなる要素もまるっと含めて、私として生きてやろう。

そんな気概が生まれた。


暗い、怖い、近寄りがたい。

どれも全部、褒め言葉ってことにしようじゃないか。

ちゃんと「裏」も含めて「表に出てる」って証拠なんだから。


「この私」で生きていく。

ウソをついてもしょうがない。

隠したところできっと、バレバレ。


私が好きになる2次元のキャラもだいたい独特な雰囲気を持ってる。

でも、「その雰囲気がいいんだよ! 」という人はたくさんいるわけで。


同じ理屈で「私がそうであったとしても、もういいんじゃないの? 」と。

(だからといって、自分勝手に振る舞うとか、わがままになるってのは違うから。

そこは気をつけたいところだけども)


こんな私に残せることはなんだろうなぁ……と、今も考えてる。


一般的な情報はAIが好きなだけ生成してくれる世の中になってしまったし。

私は自分の体験や思い(生きた人間だから出力できること)を表現していこうってことだけは決めてます。

見えない次元の自己との交流で深める愛、アウルブックバースデーに皆にビックウェーブの予感!

 

 アウルブック1周年おめでとうございます🎊


 昨日は、見えない次元からの知らせで、思いがけず太陽回帰図を投稿しました。

 当初理由がわからなかったのですが、それを通して私に認識させたいと思われるものがありました。

 え?!こんなカタチで別の疑問に対して知らせてくるんだ!

 またそれを自分で発見できる楽しさです。

 高次元でもプラスとマイナスがあり、プラスの方は本人の成長を奪わないと聞きます。実際私自身もセッションで、あまりにも絶妙な伝え方に驚いた事があります。(後からわかってくる)

 体験されている方もいらっしゃるでしょうが、見えない次元の知らせとは、それがひとつでもなく驚くような精密なピースの繋がりと、予測を上回ること。

 人間の思考を凌駕する。

 それは、また自分の謙虚さを育み、そして、その意を自分自身で発見する喜びと驚きは感動に満たされます。


見えない次元の自己と交流を深めてみる


 なんとかのという存在でもいいのですが、まずオススメは自己の領域と交流。魂で生きていきたいなから欠かせない交流だと思うから。

 先日のこと

 知識として理解していた夢の次元はもうひとりの自分であるというのが、体感としてはっきりと認識した夢の体験がありました。

 夢の内容も鮮明ですし、メッセージというなら、今の自分に対して、それも『なるほど』と思えるもの。

 せっかくなら統合化された自分のメッセージを引き出してみよう!と💡久しぶりに…


 ドリームワークをタロットでのクラウドスプレッドで!


 これは、松村潔氏の著書のクラウドスプレッドから知ったもので、私のお気に入りがアーノルドミンデルの方向性のドリームワークをタロットで行うものです。

 最近お気に入りのライトランゲージカードは、構成はタロットと同じ。2つのカードをワークに使ってもいいのですが、今回はこれひとつで!

 そして今回はプロセスを省き、統合化された自分からのメッセージという一択という意図。

 冴えていたのか、自分に必要なカードと最後にジャンプして出てきたカードもありました。カードを開くと、

 今の自分

 夢の次元の自分

 そして統合化された自己

という3つのピースがビッタリハマる!そしてジャンピングカードもドンピシャなサポートアドバイスでした!

 タロットに親しんでる方には、プラスワンとしてオススメのクラウドスプレッドです。

 

 さいごに


 私はアウルブックへの投稿の頻度の高さと継続の意味が自分でも分かりません。

 ただ、太陽回帰図の投稿にあたり、自分のジオのネイタルとアウルブックのそれが2つもピッタリと重なるポイントとその惑星の組み合わせには驚きました。 

 なるほど!

 そして、このクラウドスプレッドでのメッセージもそこをアシストする意味も含まれてて数珠つながり。

 私達がこれはやってる意味はなんだろう?と思えるものの答えは、大抵後からわかるものですよね。そこに意味がないと決めつけるのは自我です。

 凄くもったいない。

 ご存知だと思いますが、サポートを依頼すれば、ちゃんと様々なカタチを取って知らせてくる。

 そしてそれは自分が宇宙に愛されているという感覚を私達にもたらせてくれます。

 本当に最後に(笑)アウルブックバースデーなのでカードを一枚

 運命の輪!!

 人生を変えるビックチャンス!

 運命の輪は現状を超越する展開をもたらします。ただ与えられるままの人生から、自分で選択し、創造して行く人生に挑戦したいと思いませんか?今こそ勇気を出して新しい展開に飛び込んでみる時なのです。人は可能性を差し出された時、そのリスクについて考えます。現時点でのリスクを背負うことを恐れ、踏み出さない決断をする人の多いことか。しかしこの世界は、自らのスイッチを入れる事が大切なのです。もし明日、あなたの人生が終わるとしたら、やり残した事はなんでしょうか?運命の輪はあなたに覚悟を決める事を求めています。チャンスは決断によってのみ開かれるのです。勇気を出してトライしましょう。大きな報酬と共に未来を書き換える絶好のチャンスがあなたの前に現れています。

 ※カード説明文より引用

 決めた方は宇宙が動く、また応援が入るタイミングのようです。

 素敵な時間をお過ごしください🌈


余命1ヶ月だったら何をする?

数日前から「あと1ヶ月で人生が終わってしまう」という「設定」を大真面目に生きてます。

なぜか定期的に「死」と直面させられる私。

今回は「自分が死ぬ瞬間」をリアルに想像したら、新しい世界が開けてきました。


意外な発見。

ある人が「一旦、自分の人生を終わらせてみたらいいよ」と言っていて。

素直に聞いたことをやってみることにしたのがはじまり。


命が尽きる直前であるとか、お葬式の場面とか……。

私がどんなことを想像したのかは、私が文章にしようとすると生々しくなりすぎるので割愛。


ちゃんと想像してみると、自分の願いと思いが出てきて。

申し訳ないけど自分の親族のことは全然、出てこなかった。


それよりも「私が作り上げた場に集まってきた人たち」のことが頭に浮かんだ。

その人たちのために何ができるか、何を残せるのかってことばっかり。


いま書いてる文章もすべて終わったあとで、誰かが読むのかもしれないと考えると。

伝えたいことは山ほどありそうなものなのに、意外と出てこない。


限られた時間の中で何をやるのか、毎日考えさせられてます。


アウルブックでは書きづらい。

やってることがやってることだし。

センシティブすぎる気がしてアウルブックでの投稿を避けてました。


私にとって自分にいちばんしっくり来る形で「死」に関する表現をしようと思うと。

ちょっとアウルブックのガイドライン(規約)的にアウトな気がして😂


どのような死に様を思い描いたか? は書けなさそうだけど。

「こんなことやってます」って話ならできると思ったので投稿してみました。


あと1か月だとしたらと考えると、どんな文章(発信)を残したいのか。

そんなことも真剣に考えていて。



自分の死を想像した直後だからなのか。

すごく重く考えてしまってるのは自分でもわかる。


今この瞬間も命を削りながら書いていると思ったら、どんな些細なことも自然と大切にしたくなってて。


死を想像した直後の心境として、さまざまなことを「惜しい」と感じてる。


1ヶ月と決めたからこそ。

やることの取捨選択がとにかく早い。

それでいて「時間がない」を理由にやる前から見切りをつけがち。


やる前に諦めてると気づいてからは「1ヶ月」という締切は頭に入れつつも。

「できるかぎりやってみる」の精神で動くことにした。


一つも逃したくない。

すべてを味わいきりたい。


そう思っているのに、ギュッと握りしめる感じではない、さわやかな執着。


ほしいけどほしがりすぎない、みたいな?

妙な感覚のせいで、かえって毎日が充実してる。


なんでもないことにいちいち感動するし、喜びも嬉しさも倍増してるような……。


死を意識したワークと出会ったこと自体もそうだけれども。

外からやってくる「ギフト」もすごくて。

精神的にも物質的にもスゴイのが来てるなと感じる。


個人的には上り調子。

なぜか、いままでになく充実しちゃってるような……。


いままでの時間の使い方がどれだけずさんだったのかを思い知らされてる。

1ヶ月の締切ができただけでこんなに変わるのかってぐらい。


さっきも書いたように。

1秒たりとも無駄にしたくないという気持ちがありながら、まったく焦ってなくて。

なんだか不思議な感覚のままに、私はいまも生きてます。