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金星が教えてくれた「行動で受け取る」という新習慣

実際にやってみて面白いなぁと感じていることの一つに

「行動で受け取る」があります。



「受け取るために行動する」と「行動で受け取る」は

似ているようでやってみるとかなり違いました。

「受け取るために行動する」は

「どうすればいいか」という思考や

「無意識のパターン・反応」から行動している感じです。

占星術でたとえるなら水星や月を使っているイメージ。

それに対して「行動で受け取る」は金星を使っているイメージです。

たとえば「お風呂に入る」という行動。

本来私にとって心地よいことで、いろんな温泉に行くぐらい好きなのに、

家だと「入るのめんどうだなぁ」と思うことがあります。



どうしてそんな風に思ったのかこれまでを振り返ってみると、

めんどうだなぁと感じる時は「入らなくちゃ」と思っていたり、

ルーティンとしての行動になっていたりしたのかも…と気づきました。





一方で「行動で受け取る」という場合は、

「心地よくお風呂に入っているところをイメージする」

がまず先にあるんですよね。

現実には何も起こっていなくても

イメージすることで心地よい感覚になれるのは

人間の想像力のすごいところ✨



心地よい感覚を味わいながら

「その感覚を今どんな行動で受け取る?」

と自分に問いかけてみると

「じゃあお風呂に入ろう♪」と心から思えたんです。





お風呂に入るという行動自体はいつもと同じなのに、
「行動で受け取る」という意識でいると
めんどうだと思っていた一つ一つのことが心地よく感じられるから不思議👀❕


そしてそんな感覚で入っていると、

「今度は別の香りのボディソープも使ってみようかな」

「自然音のBGMを聴きながら入ってみるのもいいかも」

など、心地よさを受け取れるアイデアが出てきたりします。



さらに

「すぐに心地よさを受け取れるなんてありがたいなぁ」

という感謝の気持ちが自然と湧いてきて豊かな気持ちにもなります。

全ての行動が「受け取る」ことと繋がっているので、

お風呂に入り終わった時(結果)に心地よくなるのではなく、

入っている間(プロセス)もずっと心地いいんですよね。

それは五感を使って『今ここ』を味わっているからなんだと思います。

まさに金星パワー✨


「受け取るために行動する」だと

「何かを頑張ることで受け取れる」という前提になりやすいのかもしれません。

お風呂の例でいうなら、温泉に行くことで特別な心地よさを受け取れるような感じ。



でも「行動で受け取る」という場合は

「受け取るものがすでにある」という前提に立っている感じです。

宅配ボックスに届いているものを自分で受け取りに行くイメージ。

なのでどこかの温泉じゃなくても、いつものお風呂でも受け取れます。

だから頑張ってる感がなくて軽やかに動けるんですよね。


「受け取るために行動する」から、「行動で受け取る」へ。

前提を少し変えてみるだけで、いつもの行動が輝き始めます✨



もし疲れている自分に気づいたら、

時には頑張るエネルギーをちょっとお休みさせて、

すでにある豊かさをただ受け取る実験をしてみませんか🎁



大事なのは行動する前に「どんな気分を味わいたいか」をイメージすること。

いろんな心地よさや喜びが

あなたに受け取ってもらえるのを待っています。

自信はもっと頑張れば手に入るものだと思っていたけど… ~本当の自信って何だろう?~

【自信がない時、もっと頑張ろうとしてしまう】

あなたは、自分に自信がありますか?

私は、全然自分に自信が持てませんでした


自信がない

そう感じる時、私たちはつい

「もっと結果を出さなきゃ」

「もっと認められなきゃ」

と頑張ってしまうことがあります


私もそうでした


でも

頑張っても、頑張っても

なぜか自信が持てないまま


褒められても、

「本当にそうなのかな」

と思ってしまう

せっかく褒めてもらっても

うまく受け取れない

それが自信につながらない

そんなことがありました


これって私だけでしょうか

【努力の先に、自信があると思っていた】

自信とは

いろいろなことができるようになったり

結果を出したり

努力した先に積み重ねられるものだと思っていました


頑張って、できることが増える

その頑張りによって何か結果が得られたら

自然と自信も育っていくのだろうと


だから私は、とても頑張っていました


学んだり

資格を取ったり

セミナーに出たり


とにかく

今よりもっと何かができる自分に

もっと高い自分に

もっとたくさんのことができる自分に


そうやって、自分を高めることにエネルギーを注いでいました


でも、頑張っているのに

ちっとも自信が育たない

この矛盾に、とても苦しんでいました

【結果を出している人にも、自信がない人がいる】


そんな中で

有名な人や、成功しているように見える人が

インタビューや動画の中で

「自信なんてないよ」

「自分なんてまだまだです」

「他の人に嫉妬してしまうこともある」

と話しているのを見たことがあります


私はそれを見て

「あれ?」

と思ったんです


十分成功しているように見える

すごい結果も出している

それでも、

自信がもてるようになるわけではないんだな、と


だとしたら

結果が出れば自信が育つ

というわけではないのかもしれない


私が今必死になって自信をつけようと

たくさん学んでも

いろいろ身につけても

自信がつかない人がいる


そして実際に結果を出している人さえも

自信があるとは限らない


そこに、とても不思議な矛盾を感じました


では、自信とは一体何なのだろう


そう考えた時に浮かんできたことがあります


【木星獅子座期と、本当の自信】


少しだけ星の話になります

木星が獅子座に移動することで

今回のテーマは

「自信」とつながってくるのではないかと感じました


獅子座は

自己表現や

自分らしさ

自信と関わりの深いサインです


木星が獅子座にいる間

私たちはもしかしたら

本当の自信と

そうではない自信について

向き合わされるのかもしれません

【自信とは、自分との関係なのかもしれない】


何かをがんばって積み重ねることで自信が持てると思い

頑張ってはきたけど

ちっとも自信なんて持てないまま走り続け

疲れ果ててしまった今の私は


自信とは

外側に見えるものとの関係ではなく

自分自身との関係が深く関わっているのではないかと思うようになりました


たとえば

うまくいった時だけ自分を認める


できた時だけ

「よし」と言う


でも失敗したら

すぐに自分を責める


思うようにできない自分を見て

「やっぱり私はダメだ」

と裁く


そんな自分との関係だったら

どれだけ外側で結果を積み重ねても

心は安心できないのではないでしょうか

【出来事と、自分の価値を結びつけてしまう】


失敗した

できなかった

これは、ただの出来事です


でもそこに

「だから私はダメなんだ」

「できない私は価値がない」

という解釈がついてくることがあります


緊張した

怖くなった

動けなかった


これは、心や体が反応しているだけなのかもしれません


でもそこに

「こんな私は弱い」

「私はダメな人間だ」

というラベルを貼ってしまう


私たちはいつの間にか

起きた出来事と

自分の価値を

ひとつに結びつけてしまっているのかもしれません


そしてそのたびに

自分が自分にとって

安心できる場所ではなくなっていく


自分が

自分を見張る人になる


自分が

自分を裁く人になる


自分が

自分に一番厳しい人になる


そんな状態に

気づかないうちに陥っているのではないかと思うのです

【できない人は、弱い人ではない】


できないこと=ダメ・弱い ではないと思うのです

頑張っている人は

できないと、ダメだ弱いと思って

自分を責め始めたりします


ただ、ここでまた

自分を責めてしまう自分まで

責めなくていいのだと思います


自分を責めてしまう人は、

弱い人ではないのだと思います


むしろ

とても自分に厳しく

より良い自分を目指してきた人なのではないでしょうか


きっと

そうやって自分を厳しく見張ることで

ここまで生きてきた人なのだと思います


失敗しないように

嫌われないように

期待に応えられるように

ちゃんとしていることで

価値のある人間だと思われるように


そうやって

自分が傷つかないように

ずっと自分を守ろうとしてきたのかもしれません

【もっと頑張る前に、問いかけてみる】


だから

何か結果を出して自信をつけようとする前に

一度だけ問いかけてみてもいいのかもしれません


「どうして私は、こんなにも自分を責めるようになったのだろう」


この問いは

自分を変えるための問いではありません

自分を責めるための問いでもありません

自分を理解するための問いです

【星は、自分の内側を見つめる灯り】


星を読む時

私はいつも思います


星は、私たちを決めつけるものではなく

「どうして私は、こう感じるのだろう」

と、自分の内側を見つめるための灯りのようなもの


自信がない自分

すぐに責めてしまう自分

安心できない自分


そのすべてに

きっと何かしらの理由がある


そこを少しずつ見つめていくと

責めていた自分自身への見え方が

少し変わることがあります


「ああ、そうだったんだね」

「そうやって、自分を守ってきたんだね」

そんな言葉が

自然と自分に向けて出てくることがあります

【理解すると、少しだけ自分に優しくなれる】


その時に湧いてくるのは

「自分を好きになろう」

「自分を責めないようにしよう」

という努力ではありません


ただ少しだけ

自分に向けるまなざしが

厳しさよりも

やさしさに変わっていく


一生懸命生きてきた自分が

少しだけ愛おしく思えてくる


私はその感覚が、

本当の自信の始まりなのではないかと思っています

【本当の自信とは】


自信とは

「私はすごい」

と思えることではなく

「この自分となら、これからも生きていける」

と、自分に対して安心できることなのかもしれません


失敗しても

私は私を見捨てない


怖くなっても

私は私の話を聞く

うまくできない日があっても

この自分と一緒に生きていく


その静かな安心感が

誰にも奪われない自信なのだと思います

【おわりに】


あなたは

どんな時に自分を責めてしまいますか?


その自分責めは

自分の何を守ろうとして生まれたものだったのでしょうか


もし、自分を責める前に

まず自分を理解していいとしたら

今の自分に

どんな言葉をかけてあげたいですか


本当の自信は

もっと何かができるようになることでも

もっと強くなることでもなく

自分を見捨てない場所へ

静かに帰っていくことなのかもしれません



最短ルートを突っ切らない。頭の理解に心が追いつくまで、あえて遠回りの景色を味わうこと。

「早く目的地にたどり着きたい」 「目の前の障害や問題は、さっとスマートに解決したい」 「周りと比べて自分のスピードが遅いから、早く追いつかなきゃ」

私たちは無意識のうちにそんな「効率重視・結果重視」の選択をしてしまうことがあります。 頭の回転が速い人ほど、何かトラブルや心地悪さが起きたとき、頭の理解だけで「はい、この出来事の意味はこうね!」とサッと片付けて、次の段階へ進もうとしがちです。

でも、本当にそうやって表面的な解決をすることだけが、私たちの人生の目的なのでしょうか。

先日、パートナーにある出来事を話し始めたとき、こんな風に言われました。

「で?それはいいから、結論は?」

話を遮られ、結論を急かされたとき、私の胸にはとても悲しい、拒絶されたような寂しさが広がりました。 いつもなら、その場の心地悪さを早く解決したくて、自分の気持ちをギュッと抑え込むか、あるいは我慢できずに相手に感情を吐き出すか、はたまた「相手の立場になればそれも理解できるな」と頭の理解だけでサッと片付けていたと思います。

でも、今回はそれをやめました。 すっきりしない、モヤモヤとした重さの中に、あえて長いこと居続けてみたのです。悲しかった自分の気持ちを無視せず、ただ、じっとその場に踏みとどまってみました。

一晩が過ぎ、今朝目覚めたとき、私の中に広がっていたのは驚くほどのすがすがしさと、静かな落ち着きでした。 そのとき、私は「あぁ、感情の中に居続けること、それ自体が先を急がずにプロセスを味わうということだったんだ」と、深く腑に落ちたのです。

頭の理解のスピードの速さに、心はなかなかついていけない。だからこそ、無理に気持ちを切り替えるのではなく、心が追いつくまでそのプロセスをじっくり待ってあげる。それこそが、自分にしてあげられる最大の優しさなのだと気づきました。

この感覚を味わったとき、以前散歩をしたときの記憶が鮮やかによみがえってきました。

ある場所を歩いていたとき、古い家が撤去されて、ぽっかりと見晴らしが良くなった景色に出会いました。 「ここを真っ直ぐ突っ切っていけば、道路を回らなくても、最短距離で一番短い時間で行き着けるのにな」

一瞬そう思いながらも、私はそこを突っ切るのではなく、立ち並ぶ家々の細い脇道を、ぐるりと遠回りしながら歩いていきました。

すると、どうでしょう。 最短距離で突っ切っていたら絶対に気づかなかった、家々の隙間に咲く小さなお花や、心地よい風の音、その場所ならではの美しい景色を、たっぷりと楽しんでいる自分がいたのです。 「最短距離でいったら、この景色は見れなかったんだな」と。

目的地に向かっていくことは、もちろん大切です。 けれど、そこに早くたどり着くことだけを目的にしてしまうと、私たちは大切なプロセスをすべてすっ飛ばしてしまいます。

踏みとどまることも、遠回りしているかもと思うことも、これまで歩んできたすべての経験は、あなたにとって何一つ無駄ではなく、すべてに深い意味があります。 だからこそ、表面的なところでの心地よさや、目に見える満足だけを指針にして、自分を急がせないであげてください。

知識や理解の差も、成長のスピードも、今いる段階も、人それぞれでいい。 どの段階にいたとしても、あなたが今歩いているその脇道の景色には、あなたにしか気づけない大切な宝物が溢れています。

🍀1日の中で、ゆっくりする時間をほんのひと時、自分に許可してあげること。 未来へ行き急ぐ足を少しだけ緩めて、心に優しさを満たしてあげましょう。自分にあった歩幅で✨️

「進んだ先は、大丈夫!」


アウルブック☆今の私&1年後の予祝

遅ればせながら

アウルブックさん、1歳のお誕生日おめでとうございます☆

私もアウルブックの魅力に夢中になっています。


今の私・・・

自分の内側にあるものと、星たちを、自由に結びつけて表現するのを楽しんでいます。


ほぼ毎日投稿から3か月がすぎました。

星よみことばを使って、自分の世界を表現するのが楽しくて。

とにかく自分が楽しいから、どんどん書いています。


星よみことばは、宇宙のことば。

愛だったり、自由、可能性、希望。


星よみことばを自在に紡ぎ出せる、そんな理想の自分になるまで待つよりも。

今の私のままで、今の私と一緒に、一歩ずつあゆんでいくことを選んでみた。

そうすることで、“何か”が自分の内側で変化してきているのが、分かってきたのです。


自分の内側に宇宙がどんどん広がっていってる感覚。


自分の内側が、星とつながる感覚。

それが楽しくて、進んでいっています。




1年後の予祝・・・

自分の内側にあるものを、学び(星よみ、タロット、四柱推命などなど)と自由に結びつけて表現する楽しさを味わうひとが増えています。


自分の内側と、スピリチュアルの学びをつなげて表現するって、楽しい。

表現していくことで、自分の内側に“何か”が分かっていく感覚、変わっていく感覚。

それを、誰かにも味わってもらいたい。


ほんとに自由に書いてるだけ。そんな私の記事を目にした誰かが、

「じゃあ、私はこれを書いてみようかな。」

「星よみって、そんなところにも使っちゃうんだ。なんだか楽しそう、学んでみようかな。」


アウルブックっていう、あたたかくて優しい場所をつかって、

そんなふうに歩んでいかれる方が増えるとしたら、嬉しいなと思います。



ポチしてなかったらシンクロじゃなくなるのよ。すごくない!?

私、実は4月からピラティスジムに通ってます。

月~金は朝20分ウォーキングして、食事も低糖質高たんぱくにして、週2のペースでジムも続いてる。

「1か月続けばいい方」だった私が、なぜこんなにも頑張れてるのか。

その「一念発起」の舞台裏には、自分でも鳥肌が立つような、とんでもない世界線のシンクロがあったんです。


🛑チラシは3回捨てて、だらだらしてた

きっかけは、下の子が小学一年生にあがったこと。

登校に付き添うっていう体(てい)でww 一緒に歩いて、帰り道は早歩きすることにしたのね。

そしたらタイミングよく、近所にピラティスのジムがオープンしたんです。

体験無料のキャンペーンで、入会金も最初の2ヶ月も無料。

大抵の人はチラシを見て「行きたいかも」って思っても、行かないじゃない? 私もそう。

実はそのジムのチラシ、うちに3回くらい入ってたの。

気にはなってたし、保管したりもしてたけど、最終的にはゴミ箱に捨ててたのね。

悩んでるときに、義母が「運動したい」って言ってて、ピラティスの話をしたら断られて。

そしたら夫から

「試しにレクちゃんだけ行ってみて、よかったらまたおかん誘えば?」

って、かるーーーいノリで言われたの。

珍しいく会話に参加してくるなって思ったんだ。

で、義母を誘った手前もあるし、体験会が始まる直前だったのもあって、

思い切ってWEBで検索して、ポチッと申し込んじゃったんだよね。

だらだら迷って、本当にギリギリのポチ。


⚡最後のラストピースをハメたら、奇跡が起きた

そしたらね、ここからが本当に凄いの。

体験当日、ジムに行ったらなんと、もう一人体験に来てた人がいて。

それが10年来のママ友だったの! びっくり!!

しかもその時間の体験者は、私たちふたりだけ。

そこで一気に盛り上がっちゃって、ピラティスも思ったよりハードル低くて私でも出来そう!って思えたし、インストラクターの女性のボディラインが綺麗すぎて「これ見られるなら頑張れる!」って勢いで入会したんだよね。

(※エロい意味じゃないよ、美の意識の話よww)


これさ、一連の流れがシンクロだって言えるでしょ?

私が体験申し込みをポチってなければ、この物語は途中までで終わりじゃん。

つまり、シンクロが始まってるのに、気付かないで終わってしまう訳じゃん。

私が行動(ポチ)をしたからこそ、最終的に「シンクロの流れだった」って言えるわけでしょ。

これ、凄く大事なことじゃない??


🌌行動しないと、シンクロは完結しない

宇宙がどれだけ「ここが大通りだよ!」ってチラシを3回も投げ込んで、旦那の口を借りてヒントを出して、舞台をお膳立てしてくれていても。

最後の最後に自分が「ポチッ」とボタンを押さなかったら、その伏線はただの「ゴミ箱に捨てたチラシ」で終わってたんだよね。

行動しないとシンクロは完結しない、

引き寄せられないんじゃないの??って思った。

ポチしてなかったらシンクロじゃなくなるのよ。すごくない? シンクロってそういうことじゃない!?

だらだら迷いながらでも、最後の最後に行動のラストピースをハメたからこそ、世界線がガチッと確定した。

一滴の雫が王冠を作るように、波紋が広がるように、

気軽なポチッや思い切ったポチッから、新しい世界が広がるよ!


「行動のポチ」を押した私がたどり着いた、ピラティスでの『さらなる巨大な気づき』があるんだけど……

それはまた、次回のお話で。

日常の出来事の振り返り

先日、父と父の友人とのやり取りを聞いていて、

考えさせられる出来事がありました。



父が友人に、「僕のスマホに電話をかけてきてほしい。」とお願いしました。

ところが友人は、父に折り返し電話をするのではなく、

父の電話番号を別の友人へ伝えるために 

友人に電話をかけたそうです。

その後、父は「あの人は……あかんわ。」とつぶやきました。

「電話がかかってこなかった」という事実のあとに、

相手への評価や判断する言葉がでる。

何気ない会話の中でよく耳にするやりとりですが、

「あれ? この話し方、私にもあるなあ…。」



判断や評価をされるのは苦手なのに、

自分も無意識に使ってしまうことがあります。

どうして私たちは、事実のあとに評価や判断をつけ加えてしまうのだろう…

と考えました。

長年の習慣として身についているのかもしれないな…と思うと、
少し残念な気持ちになりました。

でも、ここで大切なのは、「良い・悪い」と考えることではなく、

「この人は、どんなニーズを大切にしていたのだろう?」と

想いを馳せることなのかもしれません。



父は、「理解してほしい。」「配慮してほしい。」

そんなニーズが満たされなかったのかもしれない、と感じました。

そして私は、この一連のやり取りを通して、評価やジャッジではなく、

お互いを理解し合い、共感しながらつながっていきたい。

そんなニーズを大切にしているのだと気づきました。



そのときのヘリオの盤面を振り返ると、
人とのつながりの中で、「私は何を大切にしたいのだろう?」と
気づき、試行錯誤しながら経験を重ねることで、
自分らしい伝え方や関わり方を育てていく。 
そんな流れを感じる配置でした。

出来事だけを見ていると通り過ぎてしまうことも、
星を振り返ってみると、「ああ、だからこんなことを感じたんだな」と、
新しい気づきにつながることがあります。
日常の小さな出来事も、星と重ねて眺めてみると、
自分を知るヒントになると感じます(^^♪

おもしろい!月との恒星パランが魂の経由地であるという考え方-記憶が活きる-

 これは、16年程前の松村潔さんの書籍にあったもの。


 これ、面白いわ〜!っていうのと、自分の中でピース繋がった感覚もあり、星好きの方が集まるこちらで投稿したいと思います。

 月とは過去を表しているもので、前世はどこかの宇宙にいて、そこからきたいう人がいる場合、月と関わる恒星を参考にしてみるといいでしょう。

 書籍『トランシット占星術』より


 星好きの私は、去年受けたセッションで『私はどこの星出身ですか?』と聞いたことがありますが、


 『魂は皆、源から生まれている』という趣旨の内容を伝えられ、自分の星への拘りを知ったのですね。そして、その時は何故か素直に『そっかあ』と思い、すっかり忘れていました。


 この本を読み、好奇心がそそられ、恒星パランの出生図を見直してみました。


 ありましたねぇ。


 ただ、パランあるから、即イコールではないとは思いますが、私の場合には、そのセッションで聞いた使命における手段とピースが繋がってしまったことです。

 

 てか、絶対やらなくちゃダメじゃん!


 実は、先日タロットパスワークで、女教皇から得た回答も同じで、それがすっごく強いカタチで返ってきた。


 (女教皇が持っている本は、アカシックレコードであり、パスワークでは、彼女に質問を投げるのもいいとあり、やってみた結果です)


 話しを戻しますが、ちなみに、○○人というよりも、魂の歴史、経由地のひとつのヒントと捉えたほうがいいのかな?とは思います。


 その視点で言えば、それを携えて地球に来ている、また単純にホロスコープと捉えるなら、その恒星の影響が月に流れる。


 いずれにしても、なんらかのカタチでそのカラーが出るのでしょう。


 通常のジオセントリックホロスコープでも、月の影響の大きさは、誰もが知っていると思うのです。


 そこに恒星パランを加えてみると、どんな影響が惑星に入っているのかがわかり、サビアンとも照らすとより深く理解が進むでしょう。


 そのベースをどう目的やクリエイションに繋げるのかは、太陽の領域になりますね。


 ある俳優さんが、何故か同じ役ばかりくるような、ハマり役、当たり役みたいなものは、シャーリーマクレーンさんがその人の前世でそういう人間体験があるから


という趣旨をTV番組で話しされていました。


 その過去の体験が、現在俳優という仕事で活きているわけですね。


 太陽と月は両輪みたいなもので、どんな過去もひとりひとりにとって大事なピースではないでしょうか。


 経験がその人のエネルギーボディに刻印されていて、その人のエネルギーがイメージとなって周囲の方が受け取るのかな?って思います。


 さいごに


 とある人が、自分への繋がりが深まれば深まる程、魂を思い出すという趣旨の内容を言っていました。


 それを聞いた時に、自分自身、多少は蘇ったものがあるけれどほんとかねって思っていました。


 今回の事は、出生図における月との恒星パランの情報から、ピースが繋がった感覚でしたが、


 ここ最近、確かに思い出すといえる内容が増えているのです。


 その最も重要と思えるのが


 地球体験を信じられない程ワクワクな思いで入ってきた事です。


 『愛の地球へIII』という映画の中で、妊婦さんを通じて、これから生まれる赤ちゃんの魂との公開セッションがあります。


 その魂が語った中で印象的だったのが、


 地球に行くんだよ!

と周囲に自慢したこと(笑)


 それほどエキサイティングな星なんです。

 

 私達は忘れる事で、地球体験に没頭できますが、そろそろいろんな意味で思い出す時に来ているのかもしれません。


 それは、様々なホロスコープによって、それを思い出すヒントになるかもしれないですね。

澄んでいる、ということ

澄んだ自分で在りたい。


いつからか、私の中にずっとあった望みです。


⭐︎


昔の私は、澄んだ状態というものを、

まじりけのない透きとおった水で満たされた湖

のように捉えていました。


湖面は凪ぎ、差し込む日差しによって水底まで照らされているような、

穏やかさや明るさ・光に満ちた風景。


そんなイメージを思い描いて、〈澄んだ自分〉でいようと努めるとき、

勇気や意欲、喜び、愛おしさ、感謝といった前向きな感情たちには居場所が与えられる一方で、

迷いやためらい、疑い、恨みや憎しみ、悲しみといった、自分を立ち止まらせる感情や後ろ向きな感情は、存在してはいけないものになっていきます。


自然と、心から閉め出してしまいたい種類の感情たちは、

表に出て来ないように、底へ底へ閉じ込めておくようになりました。


そうして隠した感情は、心の底にだんだんと溜まっていき、膨らんで、

時折、望まない形で荒々しく噴き出して来そうになります。


そうなってしまわないように、

気持ちをひたすら紙に書き連ねたり、泣き続けたり、

あるいは、ただただ、ぼーっとしてみたり。


ひとりの時間で何とか感情を宥めすかし、発散して、

誰かと一緒のときには、また〈澄んだ自分〉でいられるように努める。


自分でも「あまり健全ではないな」「こんなのは偽物だ」と感じながらも、

〈澄んだ自分〉でいることによって人の役に立てること・笑顔が見られることは自分の喜びでもあったので、やめる勇気が持てず、

そもそも、他にどうしたらいいのかも分からずに、

そんなことを繰り返していました。


⭐︎


時は飛んで、現在は、と言えば、

あの頃よりは、上手く自分の心と付き合えるようになれています。


星読みや心についての学びや実践を通して、自分の内側を見つめることを積み重ねる中で、

少しずつ、澄んだ状態のイメージが変わっていったおかげだと思っています。




思い描くのは、凪いだ湖というよりは、流れてゆく川。

そして、その川を見つめる眼。


川の水は、砂や土、葉や木の枝などを含んでいて、

底に、ゴミが多少沈んでいたりもする。


水そのものは、けして完全に澄みきっているわけではない。


けれど、

川面の水のきらめきばかりに目をとられずに、

不純物からも目を逸らすことなく、

真っ直ぐに、ただあるものとして見つめている眼が、透きとおっている。


水そのものが澄んでいるかどうかよりも、

その水を見つめる眼が澄んでいるかどうか。


澄んだ自分でいるために、本当に大切だったのは、

そちらだったのかもしれない。


今は、そんなふうに感じています。


⊹ ⋆˚.⋆ ⁺₊⋆ 𖤓 ☽˚.⋆ ₊⁺⋆˚⊹


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


初めまして、橙明(とうめい)です。


木星が獅子座へ移動したことに背中を押されて、

ずっと気になっていたアウルブックへの初投稿に挑戦してみることにしました。


初めの一歩として何を書くのがいいか迷っていたのですが、

山羊座の月が、ネイタルの月と同じ度数で満ちたタイミングでもあるので、

自分の感情との向き合い方の変化を振り返るような文章から始めてみます。


星読みや心について探求をしながら日々を暮らす中で見えてきたことを、

自分なりに少しずつ言葉にしていく実験を、

まずは楽しんでいきたいです。


どうぞ、よろしくお願いいたします。



潜在意識は知っていた

前回の記事で、「腑に落ちる」の私的解釈を書いたんですけど、その後もなんとなく考えていました。

「腑に落ちる」ってみんな同じ感覚なの?

人によって違うの?


そしてある事に気がつきました。

「腑に落ちる」が潜在意識と顕在意識の同期であるならば、潜在意識を示す龍頭図にヒントがあるのでは?


ありました!!!

出生図×龍頭図の複合アスペクトです。

出生図と龍頭図を二重円にした時に、複合アスペクトが2つありました。

まずはミニトライン。


ミニトラインはトライン(120度)の2つの天体に、セクスタイル(60度)が加わり三角形になっている複合アスペクトです。

三角形の頂点となっているセクスタイルの天体が、発展をもたらすアスペクトですね。


私のホロスコープを当てはめてみます。

出生図の木星に土星がトラインしていて、龍頭図の水星が加わるとミニトライン。


木星と土星のトラインって私的解釈だと、発展⇆課題、理念⇆構造、理解⇆定着みたいな感じかなと思うんですけど、龍頭図の水星がその関係性を後押ししてくれる位置にいて、何かを伝えようとしてくれていたのでは?と思ったんですよね。

言葉を持っていなくて、直感、イメージという形になったのかな?と思うんですけどね。


そしてもう1つの複合アスペクト、メディエーションです。

メディエーションは2つの天体のオポジション(180度)の、トライン、セクスタイルの位置に天体が加わり、その天体がオポジションの緊張を和らげてくれる複合アスペクトです。


私の出生図の金星に、龍頭図の土星がオポジション、その緊張を和らげてくれる位置にあるのが、出生図の水星です。


現実世界での愛や美意識、喜びと、魂の取り組むべき課題が対立関係にあるわけです。

その間を取り持ってくれるのが、出生図の水星ですね。

その関係性を理解することによって、調停してくれているということになります。


出生図の土星(課題や構造)も龍頭図のそれも、理解する鍵は水星なんです。

龍頭図の水星が直感やイメージで伝えてきたことを、出生図の水星が理解し、言語化できた時に「腑に落ちる」。

現実世界で理解する。

顕在化するということですね。


龍頭図の水星がヒントをくれて、出生図の水星が答え合わせをしてくれていたんですね。


これが「潜在意識と顕在意識の同期」の私のシステムだったわけです。


なので、「腑に落ちる」はみんな違うシステムで、違うルートを通っているということになりますね。


私の過去記事「龍頭図」から、「水晶を凝視する人」「出生図と龍頭図のアスペクトとは?」「バックグラウンド更新」、そしてこの記事、何となく繋がっています。

記事を書くことで、私の思考が整理された様です。

アウトプット、大切ですね。


🔮 満月の次の日に。変わらない時期を乗り越える『星の運行』のお守り

昨日、6月30日は満月でしたね。

あいにくの天気で見られなかった方も多いかもしれませんが、エネルギーは優しく満ちて、今日から新しく7月がスタートしました。

何か新しい目標に向かって頑張り始めるときって、最初は変化が見えやすくてサクサク進むから楽しいですよね。

でも、途中で必ずやってくるんです。

「あれ? なんだか最近、変化がないな……」という、あの、いわゆる停滞期が。


🛑 スピリチュアルで言う「お試し期間」の正体

よく巷の引き寄せの法則なんかで、

「願いが叶う直前には、諦めたくなるようなお試し期間が来る!」なんて言われたりしますよね。

あれ、実は人間の心と体に100%備わっている、ものすごく正常な防衛システムなんです。

人間の脳や体にとって、一番の最優先事項は「現状維持(生き延びること)」。

だから、私たちが変わろうと一生懸命がんばっていると、脳は急に大パニックを起こします。

「待って!急に変わりすぎて怖い!

死んじゃうかもしれないから、一旦やめてー!!」 あわあわ。

そう。

あなたがサボっているからでも、才能がないからでもないんです。

変わりたい「自分の心」と、あなたを守りたい「脳の防衛本能」が、

バチバチに中身を大工事している真っ最中なだけなのです。


🌌 星の運行のように、ジワジワと。

宇宙の流れも、人間の心も体も、みんな一緒です。

星が何日も、何ヶ月もかけてゆっくりと夜空を巡るように、物事が中からジワジワと新しく作り変わるのには、絶対的な「時間(サイクル)」が必要です。

焦って無理やり力技で「バンジー」を飛ぶような一瞬の無理は、反動でまた引き戻されてしまいます。(リバウンド怖い💦)

「変わらないなぁ」と焦る気持ちが出てきたら、それがまさに脳の罠。

そんなときは、笑顔でこう言ってあげてください。

「あ、今、人生の次のステップに向けて大工事してるのね〜」ニヤニヤと。


🍹 7月のスタートは、自分を100%甘やかすことから

一度、今の状態に「慣れる」期間をちゃんと挟んであげれば、ある日突然、ストンと次のステージに落ちる瞬間がやってきます。

だから、変化が見えない時期こそ、淡々とルーティンを続けながら、頑張っている自分をたくさん全肯定して、甘やかしてあげてね。

満月が明けて、新しい風が吹き始めた7月1日。

冷たい美味しい飲み物でもプシュッと開けて、のんびりいきましょう。

あなたの光は、見えないところできちんと、どこまでも走り続けていますから。

太陽を急かすのをやめた朝。効率優先の「自動操縦」を手放して見つけた、光の一本道と確信の感触。

完璧主義で、いかに効率よく事を済ませていくか。 無駄な時間を省き、無駄な労力を使わない。 かつての私は、そんな風に効率よくできた自分に満足し、社会のスピードに置いていかれないようにと、無意識に未来へ行き急いでいました。

今朝、いつもならサッと終わらせる洗濯物を、あえて「丁寧に干す」ということを自分に許可してみたんです。

すると、不思議なことに気づきました。 丁寧にやろうとすると、自然とピンを留める自分の指先に目が行く。 指先の感覚をじんわりと感じる。 そして、いつの間にか洗濯物の扱い方が、驚くほど優しくなっている自分に出会ったのです。

効率ばかりを追い求めていると、私たちは人生を「こなす生き方」にしてしまいがちです。 その結果、「味わう、感じる」という、今この瞬間にしかない豊かさが、どこかへ置き去りになってしまうのですね。

その静かな余白の中で、ふと4ヶ月前の「ある朝」の記憶が蘇ってきました。

あの日、私は朝日が見たくなって東の空を見て待っていました。 それなのに、太陽が昇るまでのわずか数分が待てず、「この数分があれば家事が1つや2つできるのに!早く出て!」と、太陽を急かしている自分がいたんです。

でも、ふと見渡すと、空も、雲も、周りの木々も、ただ普通に佇んでいて、季節に合わせて昇る太陽のリズムに、100%身を委ねていました。

行き急ぐ私と、ただ佇む大自然。 その真反対のエネルギーのギャップを感じた瞬間、私の内側の波立ちが、すーっと静かになりました。 そして静けさの中で朝日が昇った途端、なぜか涙が溢れて止まらなくなりました。 あの時は理由が分からなかったけれど、今なら分かります。自然の完璧な波長と、自分の命がピッタリと重なり合って、言葉にならない豊かさを感じ取った感動だったのだと。

そして今朝、その朝日の記憶の先に、あの時私と朝日を一直線に結んでいた「光の一本道」がありありと私の内側に戻ってきました。

「この光の中で、私は今、大切な人にどんな感触を手渡したいのだろう?」

自分にそう問いかけてみたとき、胸の奥から溢れてきたのは、まだ形にはなっていないし、目に見えてはいないけれど、確かにあるという「確信」でした。

それは、覚悟とか決意といった重いものではなく、「進んだ先の感覚が分かっているからこそ、大丈夫」と思える、驚くほど軽やかで、すがすがしい感触です。

🍀毎日、仕事や家事で頭をフル回転させているあなたへ。 日常が「自動操縦(オートマチック)」になって、未来へ行き急いでしまっていませんか?もし毎日が「自動操縦(オートマチック)」になっていると感じたら、ほんの少しだけ、意識的な「余白」を作ってみませんか?

例えば、洗濯物を一枚、指先の感覚を味わいながら丁寧に干してみる。 お茶を飲む時、手に伝わる温かさやカップの厚みや重さを感じてみる。化粧水を肌に馴染ませる時、手のひらが顔に触れた時の温もりや皮膚の感触を感じてみる・・・・・

スピードを落としたとき初めて、今この瞬間の豊かさを「味わう」ことができます。

未来は、焦って掴みに行くものではなく、軽やかな安心感とともに、丁寧に紡いでいくもの。

「進んだ先は、大丈夫!」 

この軽やかな確信の光をお守りに、みなさんと共に歩んでいきたい。今そう感じています。

🍀今日ほんの少しの優しい余白で、新しい風🍃を感じてみませんか?


新しいフェーズへ。

寝起き一番、頭に浮かんだのは「仕事したい」だった。


今日(6/30)もスゴイけれども。

あちこちの星読み情報を見た感じ、7月上旬は特に荒れそうな感じ?

それなら7月は自分の仕事に専念するのもありだなぁと思った。


やりきったからこそ。

五感を使って死をリアルに想像したあとから、向き合ったものが大量にあって。

どうも完全燃焼したっぽい。


過去を振り返ったり、ネガティブな思考を書き出すジャーナリングにも嫌気が差しはじめた。

そういうわけで過去を掘り起こすターンは一旦、終了。


もー! ホントにイヤ!!!


本気でそう思えるまでやり続けるってアリだなと改めて思った。


どんなにムダだよ、やめなよって言ったって。

やりたい気持ちが強ければ止まらないんだろうし。


やりたいだけやらせてあげる。

必ずよきところに着地することを信じて見守る。


そういう辛抱強さが必要なときってあるかもしれない。


過去を引きずったりするのも含めて「自分がやりたくてやってるんだ」と考えたら、それすらも楽しめるっていうか。

とらわれてる最中はしんどいし、早く終わってくれと思うのに。

抜け出したくても抜け出せないことが楽しいっていう、ナゾの遊び。


一体、過去を利用した「感情のジェットコースター」でどれぐらい遊んだのやら。


7月は低浮上で。

死を意識したからこそ、どういう人間として生きて何をしていきたいかがハッキリしたし。


アウルブックもいい場所なんだけれども。

私の「仕事したい!」を優先して、別な場所での活動に集中しようかなと。


仕事の息抜きでちょろっと投稿する、とかはあるかもしれないけど。

7月は周囲の嵐に巻き込まれることなく、自分のやるべきことに集中する予定です。

蟹座涙の度数☆家族と和解したいときは

2026年6月29日 4:29 火星 牡牛座→双子座へ入宮

            6月30日 2:35 水星 蟹座で逆行開始


                           8:56 山羊座満月(太陽蟹座×月山羊座)


                        14:52 木星 蟹座→獅子座へ入宮

星たちは大忙し☆彡


この流れの中で、《蟹座的なエネルギー》に焦点を当てたいと思います。

山羊座の満月、天体図のスタート地点(アセンダント)は獅子座。

獅子座の支配星は、太陽。

太陽は今、蟹座にあります。


そして、この満月、木星が蟹座の最終度数にいる時におきます。

ここに注目したいのです。

涙の度数だから。

涙の度数。蠍座の最終度数29~30度、少し広い意味で、蟹座・魚座も含みます。

その星座の卒業、とか。

総仕上げ、という意味が強い場所。


さらには、水星も蟹座で逆行。

《蟹座》を振り返ってみる? って感じかな。



だから、今回の山羊座満月。

次のステージに進む前に。

蟹座的な、家族や仲間との日常を楽しんでみたり。何よりも大切な人を慈しむことが、自分の心地よさや心の安定となるのを味わっておこうね、と促されている気がします。



✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


そこで、もしも。

つらい過去とつながっている家族がいるとして、和解したい、と思うときは。

どうしたらいいか、ということについて書いてみたいと思います。


でも、まず初めに。

蟹座って、家族を大切にするイメージありますが、たとえ家族であっても自分にそぐわない、自分の甲羅の内側に断固として入れない面も、持ちあわせているようです。


だから、自分の内側に入れるのは、心地よいものだけで、家族のように思える仲間だっていいんです。


でも、その上で、もしも。

いい思い出じゃなくて、怒りや憎しみの感情とつながっている家族を、自分の内側に入れたいという思いがあるとしたら。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


私の場合です・・・


家族との記憶。ゆるせない、怒りがわいてくる、つらく悲しかったこと。それらを、自分の意志で思い出して。

気のすむまで、

十分に、

とことん、味わった。



味わい尽くして、そろそろ飽きてきた頃。

自分の純粋な願いに気づいたんです。


家族を憎みたくて憎んできたわけじゃなかったんだったな。

本当は、ものすごく、愛でつながりたかったんだ。


愛でつながりたくてしかたがない、だから憎んできたんだ、って。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:

だったら、これからは愛でつながってみても、いいんじゃない?


自分のネガティブな思いの奥底にあった、純粋な願いに気づいた、というか。

自分の思いの表と裏が反転した感じ、でもあったと思います。


すると、不思議と。


「愛でつながってみてもいいんじゃない?」

私自身がそう思っただけで。

家族たちが変わったんですよ。

私自身の殻の内側に、スルスルっと入れても痛くない、あたたかみを感じる家族に。


そうして今、ここちよさと愛で、自然につながることができています。



✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


自分の純粋な思いに気づいて、

本当の自分との関係が太くなった。

それを土台に、家族との関係性が自然体でここちよく感じられるようになりました。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


もしも今、生まれる前に戻って、自分の家族を選び直せるとしたら。

幼少期からこれまでを振り返って、

もう一度、この家族を選ぶかな?


ん~、難しい質問です。

だって、もうあんな幼少期は過ごしたくない!!

十分だわ。

もっと幸せな子ども時代を送りたいもの。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:


もしも、そう思えるとしたら。


それでも、その境遇を恐れることなく選んで生まれてきた自分の魂を、

心から尊敬できる、って

思えてきませんか?



小骨

とあるスピリチュアルリーダーの方に言われた言葉がずっと喉につかえた小骨のように忘れられません。

その言葉は、「普通の企業で働いても上手くいかない人がスピリチュアルの仕事をしようとしても上手くいかない」といった趣旨の言葉でした。

 

正確な表現は思い出せませんし、私の被害妄想かもしれませんが、その言葉を聞いた私は、「あなたは一般企業で上手くいっていないから、スピリチュアルで稼ごうなんて思わない方が良い」という風に聞こえてしまいました。

 

馬鹿にされているのかな‥

それともいつもの私の被害妄想‥?

 

この方には、占いとかスピリチュアルを仕事にしたいって言いづらいなぁ、

そう思っていたところ、案の定このような発言。

 

結局、この方とは喧嘩別れしてしまいました。

 

何年も前から知っていた方なので、寂しい気持ちはありますが、

この別れを通して成長できて、この出会いと別れにも意味があったと感じています。

 

最後は、不満な気持ちをぶつけるような形でしたが、後悔はありません。

こんな風に人は成長していくんだろうなぁ‥なんて。

 

そしてこの方は、私との事をYouTubeとかのネタにでもしそうと思いますが、確認はしてません(笑)

 

忘れられないこの出来事を、最初の記事にしてみました。

もし少しでも共感してもらえたり、何かの参考になれば、とても嬉しいです。

【直感と今までの歩みを信じてみる】やぎ座満月

6月30日はやぎ座満月ですね。

今回もタロットカードからメッセージをもらってみました。





今回の満月は



自分の内面に静かに耳を傾けて、



「自分の中にあるものを見つめること」



「より自分を高めていく、研ぎ澄ませていくこと」

がテーマになりそうです。


また、

ここまで積み重ねてきた経験や学び

何気なく続けてきたことの中に、

あなたらしさや強みが育っています。


今回の満月では、

今すでに持っているもの

恵まれていること

今できていることを


あらためて受け取って、


今後どう活かしていけそうかな?

より自分らしく育てていくためには、
どうしたらよいだろう。


今までの経験や学びから、

新たな気づきや可能性が

自然と生まれていきそうです。


それが今までにないものでも、

ぜひ自分の直感と今までの歩みを
信じてくださいね。



展開されたカードは


・女教皇

・ペンタクルクイーン


でした。



読んでいただきありがとうございます。

おだやかな満月をお過ごしくださいね☕

自由の音

外は雨が降っています。蛇口をひねって、そこから流れ出す水がシンクに当たっているような音が、窓の向こう側からちいさく聞こえてきます。


部屋の中はいつもよりはっきりと時計が秒針を進めています。少し奥から、冷蔵庫の「ブーン」という無機質な音がします。


今朝、鳥の声に耳を傾けたことを思い出しました。

ひよひよ、よく通る声で誰かに何かを伝えているようです。


音の大きさは冷蔵庫の音よりももっと大きいはずなのに、私があの時その声をどうして耳障りに感じなかったのかが気になりました。

もしかしたら、その不規則さに安心しているのかもしれません。


私は何かを決められるのが苦手です。

だから鳥の声や雨や風の音や、いつどこでどんなふうに聞こえてくるのかが予測のつかないものの響きに、私の中の自由でいたい心が存在を肯定されているように感じるのかもしれません。